第2章 労働市場の多様化とその課題 第4節
第4節 本章のまとめ
本章では、<1>多様な人材の活躍が進んでいる背景、<2>多様な人材の活躍のために必要な雇用制度等の見直し、<3>多様な人材の活躍が生産性等の経済に与える影響、の3つの論点について分析を行った。
1つ目の論点である多様な人材の活躍が必要な理由については、雇用者の観点からは、女性については仕事を続けたいにもかかわらず労働市場から退出している理由の上位に依然として育児や介護があるが、近年の育児施設の増加など両立支援策の強化もあり、女性の就業率が高まっている。65歳超の雇用者についても就業率が高まっているが、高齢者の就業意欲については、経済的な側面だけでなく、健康維持や社会貢献等の就業理由、自主的なキャリア形成等の側面も大きく影響している。外国人材については、様々な在留資格制度が整備される中で、日本語能力の活用というだけでなく、日本の技術力の高さや人材育成に期待して日本で就業している状況がみられる。
他方、企業側の観点からは、第一に多様な人材の活躍により、イノベーションの促進・競争力の強化が求められていることが指摘できる。多様な人材の活躍の利点として、業務量拡大への対応に次いで、新しい発想の創出、専門知識の活用を挙げる企業が多い。第二に、人手不足への対応の一環として多様な人材の活躍を図っている面がある。景気回復の長期化、少子高齢化の進展等を背景に、企業の人手不足感が高まっており、多様な人材の活躍の利点として、業務拡大への対応を挙げる企業が最も多い。こうしたことから、多くの企業において、実際に、女性、高齢者、外国人、障害者等の多様な人材の雇用が進んでいるが、企業内部での人員配置の硬直性によるミスマッチや、女性従業員数に比して女性管理職が少ない等の課題もみられる。一方、多様な人材の活躍にあたっての課題としては、よりきめ細やかな労務管理、教育訓練の必要性、意思疎通の問題を挙げる企業が多い。
2つ目の論点である多様な人材の活躍のための雇用制度等の見直しについては、第一に柔軟な働き方やワーク・ライフ・バランスの改善等の働き方の変革が非常に重要な要素である。残業時間の削減や在宅勤務等の制度を整備していくこと等により、時間制約のある人やWLBを重視する人等、様々な人材の労働参加が促進されることが見込まれる。ビッグデータを利用した分析によると、男性や若年層等を中心に残業時間が削減されている可能性が観察されるなど、現状においては働き方改革に対する一程程度の進捗がみられており、今後も働き方改革の取組を進めていくことが重要であると考えられる。第二に、同質性と年功を基準とする人事制度では、個々人の状況に応じた適切な評価ができず、中途・経験者採用、外国人材等の多様な人材の活躍を阻害している。こうした制度を根本的に見直し、非年功的な制度や自己管理型のキャリア形成等へ移行していくことが重要である。第三に、上記のような人材の多様化の取組を行っている企業であっても、現場レベルにおいて、多様な人材が活躍できるためには、管理職が適切にマネジメントを行うことが強く求められる。また、雇用者側としても、このような適切な制度が整備された状況下では、多様な人材が参加している職場は利点の方が多いと考える傾向が年代によらず確認されている。
また、65歳以上の雇用者の活躍については、年功による賃金カーブ、定年年齢や継続雇用制度のあり方についての見直しや多様な選択肢を整えることが必要である。特に、賃金の大幅低下や長い労働時間は高齢者の就業に対する意欲を大きく低下させ、こうした条件で再雇用された雇用者は、生産性が高まらず、望ましい状況ではない。生産性に応じた賃金制度へ変革していくことが必要である。企業側としても、高い専門性を持つ者、健康で働く意欲が高い者等は、65歳以上でも雇用したいと考えていることから、年齢によらず働ける環境整備が求められる。そのために必要な取組としては、長時間労働の是正、職務の明確化、キャリアモデルの再構築等を挙げる企業が多い。
3つ目の論点である多様化の効果や影響については、多様な人材の増加は、収益率・生産性の向上や人手不足の緩和を通して、日本経済に対してプラスの効果が期待できることが示された。ただし、それは2つ目の論点で指摘したような、多様化な人材の活躍のための取組とセットで行うことが非常に重要である。多様な人材はいるが、それに対応した取組を行っていない企業は、多様な人材がいない企業よりもかえって生産性が低くなる可能性が指摘された。これまで維持してきた制度の変革は困難を伴うが、多様な人材の労働参加を日本経済の成長へとつなげていくためには、環境変化に応じて雇用・人事制度も改革する必要がある。また、性別や国籍の多様化と収益率には正の関係がみられたが、年齢の多様化と収益率との間には関係性が確認できなかったことから、世代間という観点からも多様な視点・意見を活かすことが重要である。
さらに、高齢者や外国人の雇用者の増加が労働市場にどのような変化を与えるかとの観点からも分析を行った。第一に、高齢者の増加は、人手不足の緩和やアドバイスをもらえるなどの利点がある一方、若年層の賃金等を圧迫するとの懸念の声があるが、高齢層の増加が、若年層の賃金や雇用(採用)を抑制するとの関係性は確認できなかった。また、高齢者が活躍できていない企業については、その解決策の一つとして、現状では国際的にみて低い水準である高齢層の教育訓練が重要である。第二に、外国人労働者が労働市場に与える影響については、全体として雇用が伸びる中で外国人材が増加している。ただし、課題として外国人労働者とのコミュニケーションを指摘する声が多いことから、円滑に意思疎通ができる職場環境の構築が重要であると考えられる。
白書の注目点<3>:多様な人材の活躍に向けて
●多様な人材の活躍が進む背景
◇近年、育児と仕事の両立支援策の充実や在留資格制度の整備もあって、女性や外国人材の労働参加が増えるとともに、人生100年時代を迎え、より長く働く意欲を持つ高齢者も増えています。企業にとっても多様な人材の活用を促進することはSociety 5.0に向けた技術革新に対応し、創造性を高めることや人手不足の緩和につながることが期待されます。こうしたことを踏まえると、多様な人材が、個々の事情に応じて柔軟な働き方を選択でき、より多くの人が意欲や能力に応じてより長く活躍できる環境を整備することが重要であると考えられます。
●多様な人材を活かすための働き方や雇用制度の見直し
◇女性、高齢者、外国人材など多様な人材が企業で活躍できる環境を整備するためには、働き方や雇用制度の見直しが不可欠です。特に、働く時間や場所等に関して柔軟な働き方を導入することは、女性、高齢者、外国人材、中途採用者、限定正社員など幅広く多様な人材の活用に寄与すると考えられます。ワークライフバランスの改善や人事評価制度の見直しも、女性の活躍や限定正社員の活躍に寄与すると考えられます(図1)。
◇多様な人材を確保するためには、採用についても、新卒一括採用を中心にしたやり方を見直す必要があります。内閣府企業意識調査によると、通年採用を導入している企業は3割程度、導入を検討している企業は2割程度あります。通年採用のメリットとしては、「予定人員を確保しやすい」、「より自社にマッチした人材が獲得できる」といった点が挙げられています。他方、「採用後の研修・配属が困難」などのデメリットを指摘する企業もありますが、実際に通年採用を導入している企業では、そうした指摘は少ないので、工夫次第で通年採用に伴う問題は対応可能と考えられます。(図2)
●65歳以上の高齢者の就業に向けた課題
◇人生100年時代を迎え、65歳を超えても働き続ける人が増えています。内閣府個人意識調査によると、現状で30代から50代の人の半数は65歳を超えて働く意思がないとしていますが、その多くは条件次第では働く可能性もあるとみられます。65歳を超えて働く際に、どの労働条件をどの程度重視するかを推計すると、「賃金の変化」が最も重視され、次いで、「労働時間の長さ」、「職業が現在と同じかどうか」、「仕事のやりがい」という順番になっています。65歳を超えて就業する意欲を高めるには、特に、賃金水準が能力に比して低くならないようにすることや、労働時間面で配慮することが必要と考えられます。(図3)
白書の注目点<4>:労働市場の多様化が経済に与える影響
●多様性の増加のメリットを活かせる職場環境
◇女性、高齢者、外国人など人材の多様性(ダイバーシティ)が高まることは、企業にとって収益や生産性の向上などの効果が見込まれますが、一方で対処すべき課題もあります。まず、ポジティブな効果としては、人材の多様性の高い企業では、同質性の高い企業と比較して、多様な価値観が存在しているため、新しいアイデアの創出やイノベーションが起こりやすく、生産性や収益率の増加が見込まれます。また、多様な人材を受け入れて、それぞれが活躍できる環境を整備することは、人手不足の緩和にもつながることが期待されます。他方で、多様性の増加を活かすには課題もあります。多様な人材が働きやすい環境が整備されていない企業や、多様な価値観を許容しない風土がある企業等では、メンバー間のコミュニケーションの齟齬、企業内のまとまりの低下等が起こり、企業の生産性等にかえってマイナスの影響を与えてしまう可能性が考えられます。(図1)
●多様な人材の活用は生産性や人手不足に効果
◇人材の多様性と企業の生産性や人手不足の間にどのような関係性があるかを内閣府企業意識調査のデータを利用して分析すると、人材の多様性の増加は生産性にプラスの影響を与えるとともに、欠員率が低下することで人手不足が緩和されることを示唆する結果が得られています。ただし、働き方の見直し等の人材の多様性を活用しようとする取組をせずに、多様性のみを増加させた企業の場合、多様性を増加させなかった企業よりも生産性が低くなる可能性があることも確認されています。柔軟な働き方の実施などの多様な人材を活用するための取組を行うことが非常に重要だと考えられます。(図2)
●高齢者の雇用増加が若年層の賃金・雇用に与える影響
◇人生100年時代を迎え、働く意欲のある人が、年齢によらず働ける環境が整備され、高齢の雇用者が増加することが見込まれます。高齢者の雇用増加については、若い世代から人手不足の緩和や様々なアドバイスがもらえるなどポジティブな捉え方が多いですが、自分たちの賃金や雇用が圧迫されてしまうのではないかとの懸念もあります。企業データを用いて、60歳以上の雇用者の増加と若年層の賃金や雇用(採用)の関係性を分析すると、60歳以上の雇用者の多い企業では、若年の賃金や採用が抑制されるといった関係性は発見できませんでした。高齢層と若年層の担当する仕事が異なるなど、両者は必ずしも代替の関係にはないと考えられます。働く意欲のある高齢層の雇用者を十分に活用していくためには、年功による人事制度の見直しや教育訓練の強化も重要だと考えられます。(図3)