第2章 労働市場の多様化とその課題 第3節

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第3節 労働市場の多様化が経済に与える影響

本節では多様な人材の活躍が経済や労働市場にどのような影響を与える可能性があるのかという点について分析を行う。具体的には、多様な人材の活躍を促進していくことは、単に人手不足への対応としてだけでなく、企業の収益性や生産性を高める効果をもつのか、あるいは、人材の多様性を活かすような積極的な取組を行っている企業とそうでない企業では差があるのかという点について考察を行う。また、近年、雇用が増加している高齢者や外国人材を特に取り上げ、こうした人材の雇用が増加することは、労働市場に対してどのような変化を与えるのかについても分析を行う。

1 多様な人材の活躍は生産性等を向上させるか

人材の多様化は企業の生産性等にどのような効果があるのかについて分析を行う。具体的には、多様化が生産性・収益率の向上、人手不足の緩和に寄与しているのかという点について分析を行う。

多様な人材の効果に関する先行研究の整理

多様な人材の活躍により期待される効果として、生産性や利益率等の向上がある。多様な人材がいることで新しいアイデアの創出やイノベーションが起こり、企業業績や生産性にプラスの効果が期待される一方、従業員間のコミュニケーションコストが高まる等のネガティブな影響も考えられる72。最終的にどちらの影響が大きいのかは企業の組織のあり方や産業分野にもよるため一概に言えないが、実証的にも諸外国も含めた分析結果は両方の結果がある。例えば、雇用者の文化的な多様性について、デンマークの研究では生産性と負の関係にあると示されているが、フランスの研究では外国人労働者が企業の生産性を高める効果を持つと結論づけている73。また、多様性の効果は産業にも依存するとの指摘もあり、ドイツやベルギーを対象にした分析によると、ハイテク産業では文化や性別の多様性が生産性に対しプラスになるとの結果が報告されている74。日本においては、性別の多様性の効果を分析した先行研究があるが、全般的には女性が活躍している企業においては収益性の向上等のポジティブな効果があることを示す結果が多くなっている75

このように内外の先行研究を整理すると、多様性による効果はプラスとマイナスとどちらの結果も混在していることがわかるが、この要因としては多様な人材が生産性に与える効果は、各国の各企業が置かれた環境や状況によって異なるためであることが考えられる。また、従来の雇用制度等を維持したまま、多様な人材の採用だけを増やしても、企業の業績には、かえってマイナスとなる可能性がある。つまり、多様性によるプラス効果を享受するためには、多様化によるネガティブな要因を抑制し、ポジティブな要因を引き出していくための何らかの取組や変革が必要であると考えられる。確かに必要な取組内容は企業による差異も無視できないが、ここでは企業の属性を可能な限りコントロールした上で、プラスの効果を引き出す可能性のある取組内容とは何かについて計量的な分析を行う。

コラム2-3 多様性の拡大の効果と課題

ここでは経済的な観点とは少し視点を変えて、多様性がイノベーションや生産性の向上につながる、という考え方について、心理学的な側面から議論を整理したいと思います76。まず、多様性の高い組織では、チームの目標を達成するのに役立つ豊富な情報を保有しているため、チームの目標に対して、より有用性の高い解決策を見出すことができると考えられます。例えば、女性、外国人、高齢者、障害者等、それぞれの視点から議論をすることで、新しいビジネスチャンスやより生産的な働き方等のアイデアが生まれることが考えられます。

ただし、多様化を心理的側面から考えると、必ずしもプラスと言いきれない部分があります。例えば、日本人10名のチームと、日本人5名・外国人5名のチームとを比較すると、後者の方が多様性は高いですが、チーム内で日本人グループと外国人グループという2つのサブグループが存在するとみることもできます。仮に、この2つのサブグループ間において、コミュニケーションの齟齬等がおきれば、異なるグループに対する不信感の形成とチーム内のまとまりの低下等につながり、チームのパフォーマンスが低下することが考えられます。

多様性の向上がチームの目標や任務に与える影響について43本の研究結果を整理した海外の論文によると、研究結果の約60%は効果が観察されない、約20%はプラスの効果、約20%はマイナスの効果であったとされています(Joshi and Roh、2009)。このように観察される多様性の効果は様々ですが、重要なポイントとしては、多様な人材やグループ間の意思疎通を円滑にし、意思決定プロセスを明確にするなど、いかに多様化によるマイナス面の影響を抑えるかという点にあります。必要とされる取組は企業によって異なるかもしれませんが、人材の多様化とそれに伴う様々な制度の見直しを同時に進めることが重要です。

多様な人材が生産性等を向上させるための取組

以下では、2種類のデータセットを利用して多様性と収益・生産性との関係を分析する。1つ目はCSR調査であり、上場企業内の性別・年齢別・国籍別の割合について精緻に把握できるが、財務データの制約から生産性の推計が困難であるため、多様性と収益率の関係についての分析に利用する。2つ目は内閣府企業意識調査であり、財務データから生産性の推計が可能であるため、生産性と多様性の分析に利用するが、多様性の把握は方向感にとどまるとの制約がある。

まず、多様性と収益率との関係性について分析を行う。ここでは多様性の測定についてダイバーシティ研究でよく利用されているBlauの多様性指数を利用する77。この指標は企業における各カテゴリーの構成比率を算出することで、企業の多様性はどの程度高いかについて指標化したものである。この指数は、性別を例にとると、男女の割合がそれぞれ50%の時に最大、男性(女性)の割合が100%の時に最小となり、男性7割・女性3割の企業と女性7割・男性3割の企業の多様性は等しくなる。ここでは上場企業を対象に、性別、年齢別、国籍別の多様性を示すBlau指数をそれぞれ作成し78、収益率(売上高経常利益率(ROS)、総資産利益率(ROA))との回帰分析を、企業属性(産業・規模)をコントロールした上で分析を行った。

分析結果をみると(第2-3-1図)、性別のBlau指数はいずれの収益率に対しても統計的に有意にプラスの関係性が確認できる。男性と女性が平等に活躍している企業ほど、収益率が向上している可能性が考えられる。次に、国籍のBlau指数については、売上高経常利益率とプラスの関係性が有意に確認できるが、総資産利益率については有意な関係性を見出すことはできなかった。また、年齢のBlau指数は、どちらの収益率を利用しても有意な関係性を確認することはできなかった。

以上の分析結果を踏まえると、性別や国籍の多様性を進めることは、企業業績に対して何らかのプラスの影響を与える可能性が示唆されている。また、年齢の多様性については収益率との関係性を確認することはできなかったが、そもそも男女や国籍と比較すると年齢の多様性は現在でも高い企業が多いので、こうした年齢の多様性のメリットを生かすような取組を行うことで、収益性の向上につなげることが期待される。例えば、ある食品会社では新しい味の開発と伝統的な生産スタイルの両立のために、複数の世代から構成されるチームを形成する取組みを行なっていることが報告されているが(太田、2012)、こうした世代間の意見を活かしていくことが現時点ではあまり進んでいない可能性が考えられる。

次に、多様性と生産性の向上の観点から分析を行うが、ここでの生産性には、全要素生産性(TFP:total factor productivity)を用いる。TFPとは各企業における付加価値から、労働と資本の投入を差し引いたものであるが、例えば資本と労働の投入が同じであるにもかかわらず、より高い付加価値額を生み出すことができればTFPは上昇したことになる。TFPは生産性を論じる上では望ましい概念であるが、推計値のため手法による差異が生じしてしまうため、ここでは2種類の推計値(推計<1>:Levinsorn and Petrin(2003)、推計<2>Wooldridge(2009))を利用することで分析結果の頑健性を高めることとしたい79

多様性の変化がTFPにどのように影響を与えるかという因果関係をより詳細に分析するため、過去と比較して多様性が高くなった企業(=多様性変化指数を4分割した場合における多様性変化が最も高いグループ)と、同じ企業属性(産業・規模・売上変化・労働投入変化等)を持つが多様性の高まりがみられない企業をマッチングさせ、両企業における2013年度~2017年度におけるTFPの伸びの差を確認する80。多様性の高まりが生産性を上昇させていれば、前者の企業におけるTFPの伸びは、後者のTFPの伸びを上回ることが期待される。

分析結果をみると(第2-3-2図)、推計<1>のTFPを利用した分析では、多様性が増加した企業においては、増加していない企業と比較して生産性が5%ポイント程度(年率1.3%ポイント程度)統計的に有意に増加するとの関係性が確認できたが、推計<2>のTFPによる分析では、TFPの伸びの差はプラスではあるものの統計的に有意な関係ではない。多様性が生産性を向上させている可能性は指摘できるが、エビデンスとしてはやや弱い。そこで、 前掲第2-2-1図でみた各企業における多様な人材の活躍にむけた取組内容とクロスさせて分析することを試みる。具体的には、多様性が増加すると同時に活躍に向けた取組を行っている企業と、その企業と同じ属性を持つが多様性の高まりがみられない企業をマッチングさせ、上記同様にTFPの伸びの差を確認する81

図では有意な関係性が確認できたもののみプロットしているが、多様性の高まりと同時に、多様な人材活用の中長期計画・ビジョンがある企業、または、柔軟な働き方を実施している企業においては、TFPの推計<1>と<2>ともにTFP成長率が9%~10%ポイント程度(年率2.1~2.4%ポイント程度)統計的に有意に増加する関係にあることが確認できた82。先ほど推計した全体的な多様性増加の有無の結果と比較して、TFPの伸びが2倍程度となっている。また、2節では、柔軟な働き方は多様性を高める上で重要な要素であると指摘したが、生産性向上にも寄与する可能性もあり、その重要性は非常に高いと言える。

さらに、人材の多様性が増加したにもかかわらず、多様な人材の活躍に向けた取組を行っていない企業と、同じ企業属性を持つが多様性が増加していない企業とを比較してTFP成長率に差がみられるのかについても分析を行った。推計結果をみると、人材の多様性が高まったが、何の取組も行わなかった企業では、TFPの伸びが6%ポイント程度(年率1.6%ポイント程度)統計的に有意に低くなっていることが確認できる。最初にみた全体的な多様性増加の結果に統計的な有意性が明確に観察されなかった背景には、こうした取組なしの企業が影響していたと考えられる。つまり、人材の多様性を増加させただけの企業においては、多様性の増加が生産性に対してかえってマイナスの影響を与えている可能性が高いといえる。

企業の制度変革や取組等を伴う多様化は生産性を向上させるが、そうした変革や取組を欠いた多様化は企業にとって負の影響すら与える可能性が高いことが示唆されたと言える。性別のダイバーシティの研究では、日本的な職務特性が強い職場や多様性を受容する組織風土がない場合、組織にマイナスの影響があることが指摘されている(正木、2019)。今回有意となった項目は、中長期計画・ビジョン、柔軟な働き方の実施であったが、こうした取組を行っている企業では、多様性を尊重するような企業風土が形成されたことが、多様性による負の影響を抑制した可能性が考えられる。また、先行研究の整理でも指摘したが、必要な取組は各企業にとって異なる可能性があるため、すべての企業において本節で有意になった取組を行うことが最適とは限らないことには留意する必要がある。ただし、多様性に対応するための取組を行わない(何もしない)場合には、多様性によるプラスの効果を享受できない可能性が高いと考えられる。

多様な人材の活用は人手不足の緩和に寄与

年齢や性別等によらずに多様な人材を活用していくことで期待される効果として、1節で議論したように、人手不足の緩和が指摘できる。では、こうした効果が実際に計測されているのかについて、内閣府企業意識調査を利用して分析をしてみよう。

まず、人手不足と多様性の関係を分析するが、ここでは人手不足の指標として、各企業における人手不足感と未充足求人比率(欠員率)の2種類を利用した83。各企業の属性(産業・規模・非正規比率・人件費等)をコントロールした上で、人手不足の指標と多様性の高まり(多様性変化指数)との相関を推計したが、単純に両者を回帰すると84、多様性変化指数の増加は有意に人手不足感の上昇と相関を持つが、これは人手不足が強くなっている企業ほど、多様な人材の活用を進めているとの逆の因果の存在に影響をうけている可能性が考えられる(第2-3-3図(1))。そこで、こうした逆相関の問題に対処するための手法として、多様性の増加(説明変数)とは相関があるが、人手不足(被説明変数)とは直接的に関係がない変数(操作変数)を利用する手法を用いることとし、ここでは、同業他社における多様性変化指数の平均値を操作変数として利用することで逆の因果関係をコントロールすることを試みた85

操作変数による分析結果をみると86、多様性変化指数の増加は、未充足求人率を有意に低下させるとの関係性が確認できた。ただし、人手不足感については、多様性の増加は人手不足感を弱めるとの方向になっているものの、有意な関係ではなかった。内閣府企業意識調査では人手不足感が高いと回答する企業が多いが、より客観的に人手不足の度合いを計測できる未充足求人比率において、多様な人材の活用が有意となった可能性が考えられる。少なくとも操作変数を利用することで、多様性の増加が人手不足を緩和する可能性が示唆されたといえる。

2 高齢者や外国人材の増加は労働市場にどのような変化を与えるか

ここでは特に関心が高い、高齢者や外国人材の増加について分析を行う。高齢者については、高齢者が増加することで若年層の賃金や雇用に影響を与えているのか、高齢者の活躍を促進するために必要な取組は何か、の2点について分析を行う。外国人労働者については、日本人労働者との関係性について整理を行う。

高齢者・外国人増加の影響に対する若年層の考え

まず、高齢者や外国人の増加に対し雇用者がどのように考えているのかについて確認する。内閣府個人意識調査により、30代と40代の正社員に対して、高齢者の雇用増加には自分たちにどのような影響があると思うかを尋ねたところ(第2-3-4図(1))、両年代とも職場における人手不足の緩和との回答割合が約36~37%と一番多く、高齢層の増加をむしろポジティブに捉えている。また、様々なアドバイス取得ができるとの回答も両年代とも25%前後の割合となっている。他方で、自分の年代の賃金が圧迫されるとの回答が2番目に多く、特に30代において賃金圧迫を懸念する傾向にある(30代:32%、40代:26%)。さらに、自分の年代の昇進の遅延を指摘する声もあり、30代において特に懸念されている(30代:22%、40代:14%)。なお、両年代とも10%前後の者は特に影響はないと回答している。

同じ内閣府個人意識調査では、外国人従業員と働くことになった(または現在働いている)場合の影響についても調査を行っている。ここでは4つの項目それぞれに対してどの程度同意するかについて5段階で聞いているが、同意する場合にプラス、同意しない場合にマイナスとなるように点数を付与し指数化した上で、年代別に調査結果をみたのが第2-3-4図(2)である。図では、より指数がプラス方向に高いほど、各意見に対してより強く同意していることを示しているが、すべての年代においてコミュニケーションに支障が生じることを懸念する声が強いことがわかる。その次に同意が多い項目は、多様性によるアイデアが生まれること、人手不足が緩和することとなっている。最も同意が得られなかった意見は、日本人の仕事が少なくなるであり、50代ではほぼゼロ、60~64歳ではマイナスとなっている。また、全般的に若い年代の方がどの意見に対してもより同意する傾向にあることから、外国人労働者による影響について良い面・悪い面の両面ともに、より若い層が敏感に感じていることが考えられる。

以上をまとめると、高齢者の増加に対する若年層の意見としては、全般的にはポジティブな影響であるとの回答割合が、ネガティブな回答割合を上回っていているが、30代を中心に自分達の賃金に対する影響を不安視する声がある。また、外国人労働者に対しては、どの年代においても、コミュニケーションの問題を解決できれば、全般的には外国人労働者は職場にポジティブな影響をもたらすと考えている傾向にあることが確認できる。

高齢者雇用の増加による、若年層の賃金・雇用への影響はみられない

高齢者雇用の増加に対する不安として、30代を中心に懸念の声が高かったものとして賃金の圧迫があったが、以下ではCSR調査を利用してこうした高齢層と若年層の賃金・雇用環境にどのような関係性が確認できるのかを分析する。

まず、2017年度の各上場企業における30歳平均賃金(月給)と60歳以上従業員比率との関係性をみたのが第2-3-5図(1)である。単純な単回帰分析によると、60歳以上比率と30歳平均賃金は有意に僅かながら正の関係性にあることが確認できる。高齢層の割合が多い企業では30歳平均賃金が高くなっており、上記の懸念とは逆の関係性が観測された。このように正の相関関係がみられる理由としては、利益率が高い企業で、30歳の平均賃金も高く、高齢者も雇用する余裕があるとの関係性が影響している可能性もある。そこで利益率等の企業属性をコントロールした重回帰分析を行ったところ、利益率と賃金には正の関係性がみられるが、60歳以上比率と30歳平均賃金との間には統計的に有意な関係性はみられなかった。

高齢者雇用の増加が若年賃金を押し下げるとは言えないとの結果であるが、高齢者雇用の増加は賃金ではなく雇用(採用)の抑制といった形で影響を与えている可能性も考えられる。ただし、高齢者が担当する仕事と他の雇用者が担当する仕事が異なる場合や補完関係にある場合には、高齢者雇用の増加は新規の採用に対し影響しないことも考えられる。全体的にどの現象が観察されているのかについては、実証分析による研究が必要であるが、これまでの先行研究の結果を確認すると、継続雇用の拡大が採用の抑制につながったとする研究や、高齢者の労働供給の増加は若年層には影響しないとする研究等、両方の分析結果が報告されており、コンセンサスは得られていない87

ここでは上記同様にCSR調査を利用し、60歳以上比率の高い企業において入職率や新卒比率88が抑制される傾向にあるのかを確認した。60歳以上比率と入職率の両者を単純にプロットしたのが、第2-3-5図(2)であるが、近似線からは有意に緩やかな負の関係性がみられるものの、賃金同様に収益率等の企業属性をコントロールした回帰分析を行ったところ、両者には有意な関係性がないとの結果を得られた。入職率の代わりに新卒比率を利用した分析も行ったが、単純な近似線では有意に緩やかな負の関係性がみられたものの、企業属性をコントロールすると60歳以上比率の増加が新卒採用を抑制するとの関係性はみられなかった(付図2-4)。

以上の分析からは、高齢者雇用の増加が若年層の賃金や雇用(採用)を抑制するとの関係性はみられておらず、若年層が抱えていた高齢者の増加に対する懸念は必ずしも正しくないことが指摘できる。人手不足感が高まっていること、高齢層と若年層の仕事が代替関係にないこと、60歳以降の賃金を大きく低下させることで人件費を抑制していること等がこの背景にあると考えられる。ただし、これとは逆の結果を示した研究もあることから、こうした推計結果には一定の幅をもってみる必要があると考えられる。

高齢層を対象とした訓練の重要性

65歳以上の雇用者が増加した際に、企業側としては高齢層の人材を適切に活用することが必要である。前掲第2-1-10図でみたように、人手が不足していると回答した企業においても高齢層(55歳以上)は過剰と回答している企業もあり、硬直的な人事制度やジェネラリストを育てる傾向にある企業等においては、高齢層の雇用者が十分に活躍できておらず、高齢層における過剰感が形成されている可能性が考えられる。

高齢層の過剰感が生じる背景として、賃金に年功が大きく反映される傾向にある企業においては、高齢層の過剰感を抱える企業の割合が高くなる傾向にあることから89、年功により昇進する制度のため管理職候補の高齢層が過剰となっている可能性が考えられる。また、ジェネラリストを好む日本的雇用慣行の下で、十分な専門性がない高齢層を抱えている企業においても、高齢層の過剰感が高まる可能性がある。

このように高齢層の雇用者を十分に活用できていない企業に対する解決策として、抜本的には、年功による人事制度の改革が必要であるが、それと同時に、高齢層を対象にした訓練を強化することも重要であると考えられる。特に、環境変化が激しい昨今においては、スキルのアップデートは非常に重要な要素となる。内閣府企業意識調査を利用し、企業属性をコントロールした上で、高齢層に対する訓練を行っている企業と行っていない企業それぞれにおいて、高齢層が過剰と感じる確率(理論値)をプロットすると(第2-3-6図(1)90、訓練を行っている企業では、そうでない企業よりも過剰と感じる確率が10%ポイント以上低くなっており、統計的にもこの差は有意な結果となっている。

しかし、日本においては高齢層に対する教育訓練は不十分である。55~64歳の雇用者のうち、仕事関係の訓練に参加した人の割合を国際比較すると、日本は30.6%であり、アメリカ(56.8%)、ドイツ(42.0%)、OECD平均(42.4%)を下回っている(第2-3-6図(2))。順位でみると、データが利用可能な28か国中、日本は24位と高齢層の訓練参加が非常に少ない国の一つである。教育訓練は定年後の高齢者が正社員として再就職できる確率を有意に高めるとの実証研究も存在しており(Sato、2017)、労働者側にとっても利益が大きい。高齢層の活躍を日本経済にとって、よりプラスの効果としていくためにも、硬直的な人事制度の見直しとともに、高齢層に対する教育訓練の充実が課題となっている。

外国人労働者の労働市場への影響

最後に、外国人と日本人の雇用の関係について取り上げる。既に内閣府個人意識調査でみたように、日本においては外国人労働者の増加により雇用に影響があると考える者は限定的であったが、外国人労働者が労働市場に与えるインパクトは、経済学において非常に関心の高いトピックである。ただし、アメリカや欧州を対象とした先行研究においては、外国からの労働力の増加が賃金や雇用に対して与える影響の正負や大きさについて明確な結論がない状況にあることが指摘されている91

CSR調査を利用して、2012年度~2017年度における各企業における外国人従業員の伸びと日本人従業員の伸びを比較する分析を行ったのが第2-3-7図であるが92、近似線からは両者の間には明確な関係性を見出すことは出来なかった。そこで、産業等をコントロールした簡単な回帰分析を行ったところ、外国人従業員の伸びと日本人従業員の伸びには有意に正の関係があるとの結果が得られた。内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2019)においても、外国人労働者を増やした企業と、同じ企業属性を持つものの外国人労働者を増やさなかった企業をマッチングさせた分析を行っているが、外国人労働者が増加している企業では、女性正社員、中途・経験者採用、高齢者といった多様な人材の雇用も増加していることを確認している。

以上の分析からは、全体として雇用者が伸びる中で外国人材も増加している状況がみられる。この背景には、全般的に人手不足であること、外国人と日本人とで活躍できる分野が異なること等が考えられる93。また、本節の最初で論じたように、多様性の効果が、国や企業によっても異なるように、外国人材が雇用に与える影響も各企業の状況によって異なることが考えられる。政府統計においても、外国人の雇用・賃金等を把握できるように調査項目の追加が予定されており94、今後より詳細な分析が進んでいくことが期待される。

経済学解説<5>:外国人労働者の労働市場等への影響

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ここでは外国人労働者が雇用や賃金等に与える影響について考え方の整理を行います95。外国人労働者の影響として、労働力人口の急激な増加によって賃金の低下や失業の増加などを懸念する声もありますが、このような懸念は必ずしも正しいとは言えません。例えば、外国人の仕事内容が、これまで労働市場に十分供給されてこなかった仕事である場合(一例として、外国人が語学力や海外経験を活かした業務を行う場合など)、外国人労働者の増加は、企業収益の増加を通して雇用や賃金に対してプラスの影響を与える可能性があります。実際には、雇用・賃金は様々な要素が影響し合って決定されるため、外国人労働者の増加が労働市場に与える影響について一般論として語ることは非常に困難です。

では、諸外国における実証分析では、どのような影響が報告されているのでしょうか。OECD(2016)は、OECD諸国において外国人労働者が雇用・失業に与える影響について分析した様々な論文の結果を整理していますが、全般的に影響がないことを示した研究結果が多いと指摘しています。この理由として、外国人のスキルは既存の労働者のスキルとは異なり補完的な関係にあること、外国人の増加により雇用の配置転換が生じること、生産技術や資本流入の変化等の調整によりその影響が薄まること等が指摘されています。ただし、その流入数によっては影響が大きくなる可能性や、分析アプローチや推定方法によっては影響の大小や方向感にも違いがみられているのも事実です。このため、外国人労働者の影響に関する研究結果は必ずしも一貫しておらず、評価は定まっていないと言えます。また、一口に外国人労働者といっても、そのスキルレベルが異なるため、平均的には影響がなくとも、一部の労働者層においては影響を受ける可能性も考えられます。さらに、外国人労働者の増加が、住宅価格、公的サービス、財政等に対しても影響を与えることを報告した研究もあることから、労働市場以外の影響についても考える必要性があります。

このように外国人の増加が労働市場に対して与える影響は様々な経路が想定され、特定の傾向があるとは言えません。外国人労働者の影響については、受入れ国の社会的・文化的な側面、時代や地域など、様々な要因に影響を受けることにも留意は必要です。外国人労働者の議論においては、全体的にはプラスでも一部にマイナスの影響を受けている層がいるのではないか、もしそのような層が存在しているのであればどのような解決策・対応策があるか、などの論点について更に議論を進めていくことが重要です。


(72)理論的な議論は1節3も参照。
(73)Parrotta et al.(2014)は、デンマークの企業と従業員をマッチさせたデータを利用し、文化的な多様性は企業のTFPと負の相関関係にあることを示し、この背景として、多様性の増加がコミュニケーションのコストを増加させたことを指摘している。一方、フランスの企業データにより、外国人労働者の影響を分析したMitaritonna et al.(2017)は、外国人労働者が企業のTFPを高めていることを確認している。
(74)Trax et al.(2014)では、ドイツの事業所データを利用し、技術集約的な産業において文化的な多様性が生産性に対しプラスの効果がある一方、ローテク産業等ではその効果が確認できないとしている。ベルギーの企業・従業員をリンクさせたデータを利用したGarnero et al.(2014)は、ハイテク産業/知識集的産業においては性別の多様性が企業の生産性を増加させるが、より伝統的な産業では逆の影響が観察されたと報告している。
(75)例えば、佐野(2005)による上場企業を対象とした分析では、女性比率と営業利益率との間には有意にプラスの関係があるものの、女性を多く採用することが企業成長を促進するとの関係性はみられなかった。Siegel・児玉(2011)では、女性の役員や課長がいることは、製造業では収益性を高めることを確認している(ただし、サービス業には当てはまらない)。山本(2014)では、正社員女性比率が高いほど利益率が高いとの結果を得ているが、管理職女性比率と収益率と間には有意な関係性が発見できなかった。
(76)本コラムは、正木(2019)を参考に議論の整理をした。
(77)例えば、正木(2019)や谷口(2014)等。
(78)Blau指数は多様性が全くない場合は0、全てのカテゴリーが均等の場合、性別(男性・女性)、国籍(日本人・外国人)のBlau指数は0.5、年齢(~29歳・30~39歳・40~49歳・50~59歳・60歳~)のBlau指数は0.8をとる。
(79)各企業のTFPは、コブダグラス型の生産関数を想定し、各企業における付加価値額から、労働投入量と資本入量に各生産要素の分配率を掛けた値を引いて算出される。この分配率については、被説明変数を付加価値額、説明変数を労働投入量と資本入量とした重回帰分析により算出することが可能だが、これをОLS(最小二乗法)により推計すると、投入量と(誤差項に含まれる)観測できない生産性ショックが相関するという内生性の問題により、推計される労働と資本の係数にバイアスが生じる可能性が指摘されている。この問題に対処するため、Levinsorn and Petrin(2003)は、観測できないショックの代理変数として中間投入を説明変数に追加し、セミパラメトリック手法を用いた2段階推計を行うことを提案した。Wooldridge(2009)の手法では、中間投入を代理変数として利用する点は同じだが、GMM推計によって2つの推計式の同時推計を行っている。なお、ここでは売上高から付加価値額を引くことで中間投入を算出した。
(80)差の差(difference in difference)を利用した傾向スコアマッチング(propensity score matching)。
(81)取組内容の組合せが効果をもつ可能性も高いが、分析サンプル数が少なくなるため、ここでは取組内容毎による分析に限定している。
(82)今回有意とならなかった取組内容についても、他の取組と組み合わせることや、各企業における多様性の進捗状況等によって効果がある可能性もあり、有用性がないと結論づけることはできない。
(83)人手不足感は不足と回答した企業は1、それ以外の企業を0とする変数。未充足求人比率(欠員率)は、2018年末の正社員の未充足求人数÷正社員数として計算した。
(84)人手不足感が被説明変数の場合はプロビット分析、未充足求人比率が被説明変数の場合は通常のOLSによる重回帰分析を行った。
(85)山本(2015)では、女性比率の増加が企業業績を高めるのかについて、企業業績が高い企業ほど女性を登用する傾向にあるとの関係性(逆の因果関係)が考えられるため、同業他社の女性比率(平均)を操作変数として利用する方法が紹介されている。今回の分析においても、同業他社の平均的な多様性変化指数が自社の人手不足に影響する可能性はある程度低いと考えられるため、山本(2015)と同様の操作変数を利用することとした。
(86)人手不足感は操作変数を利用したプロビット回帰、未充足求人比率は2段階最小二乗法。
(87)例えば、周(2012)は継続雇用の利用率が高い企業等で新卒採用が抑制される傾向にあると指摘している。太田(2012)は男性の55歳以上に占める60歳以上の割合の上昇が若年層用を抑制する傾向が観察されたとしている。一方、永野(2014)は高齢層の雇用増によって若年層雇用が影響を受けたとの関係性は発見できなかったと報告している。Kondo(2016)は継続雇用措置の義務化が若年のフルタイム雇用を抑制するという関係性はみられないと分析している。
(88)入職率=(新卒採用+中途・経験者採用)÷従業員数。新卒比率=新卒採用÷従業員数。
(89)高齢層が過剰と回答する企業の割合は、賃金に年功が大きく反映されるとの質問に対し、あてはまると回答した企業では約35%、それ以外の企業では約28%である。なお、結果の表は省略するが、規模・産業ダミーをいれた単純なロジット分析の結果によると、賃金に年功が大きく反映される(あてはまる)と回答した企業では、高齢層の過剰を感じる確率が有意(5%水準)に高いとの結果が得られた。
(90)ロジット回帰を行い、教育訓練の有無以外の変数をすべて平均値として試算した確率。
(91)神林・橋本(2017)を参照。
(92)2012年度の外国人従業員が0人の場合は単純な伸び率が計算できないため、2012~2017年度の従業員全体の伸びに対する日本人従業員と外国人従業員の寄与度を利用した。
(93)日本政策金融公庫総合研究所(2016)「外国人材の活用に関するアンケート調査」によると、中小企業において外国人を雇用する理由の上位2つは、日本人だけでは人手が足らない、外国人ならではの能力が必要、となっている。
(94)例えば、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」では、2019年調査より外国人の雇用形態・賃金等を把握するための調査項目が追加される予定である。
(95)本コラムは神林・橋本(2017)、OECD(2016)、中村他(2009)を参考に議論を整理した
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