第1章 着実に持ち直す日本経済 第1節
第1節 実体面から見た景気の動向
我が国経済は2009年春頃から、徐々に持ち直しの動きを見せ始めた。本節では、今回の持ち直し局面について、各種経済指標の動きからその特徴を振り返り、今後を展望する際のポイントを考える。最初に、マクロの視点から全体的な特徴、外的要因の状況を把握した上で、企業部門、家計部門の動向を順次見てみよう。
1 今回の景気持ち直しの特徴と対外経済環境
今回の景気持ち直しは、その初期段階を中心に、海外景気の改善と経済対策によって支えられたことが特徴である。今後の課題は、景気の持ち直しがより自律的なものとなり、持続的な景気回復過程に移行できるかどうかである。以下では、「現在の日本経済はどういう状況か」「今回の持ち直し局面の特徴は何か」「対外経済環境と公共投資削減の影響をどう見るか」といった諸点を検討する。
(1)現在の日本経済はどういう状況か
最初に、現在の景気がどういう状況かを分析する。具体的には、GDPの動きを実質と名目の両面から振り返った後、両指標のかい離を示すGDPデフレーターの動きを説明することで、マクロ的な視点から景気の動向を概括的に整理する。
●輸出と個人消費が景気の持ち直しをけん引
我が国の景気は2007年10月1をピークに後退局面に入り、2008年9月のリーマンショック後は急速な景気の悪化を経験した。その結果、実質GDPでは、2008年4-6月期から2009年1-3月期にかけての約1年間、前期比マイナスが続くこととなった。2009年4-6月期になってようやく前期比プラス成長に転じたが、その後の持ち直しの動きを実質GDPとGDPギャップを見ることで振り返ると、次のような特徴が指摘できる(第1-1-1図)。
第一に、輸出と個人消費がけん引した。輸出増加の背景には、新興国を始めとする海外景気の改善があるが、世界各国における在庫の急速な圧縮に伴う在庫復元効果という面もあり強めの数字となった。個人消費も2009年4-6月期以降にプラスとなり、実質GDPの押上げ要因となっている。エコカー減税・補助金や家電関連のエコポイント制度などの政策が、耐久財消費を押し上げることで個人消費を増加させた面が強いと考えられる。
第二に、その一方で、設備投資や住宅投資など他の民間需要は弱い動きを続けてきた。海外経済の改善による輸出増加、経済対策に支えられた個人消費の伸びといった要因が日本経済の持ち直しを支えてきたが、今後は、こうした動きが企業や家計の所得やマインド面の改善などを通じ、所得面と支出面の好循環を生み出し、設備投資や住宅投資、個人消費の自律的回復につながっていくかがポイントになる。
第三に、需給ギャップは2009年4-6月期以降の景気持ち直しとともに、マイナス幅の縮小傾向が見られる。2009年1-3月期に潜在GDP比8%程度の大幅なマイナスを記録した後、GDPギャップは緩やかに縮小している。しかし、依然としてマイナス幅は大きく、経済全体として大幅な需要不足(供給過剰)が続いている。この大幅な需要不足の存在が、設備や雇用の過剰感を通じて、設備投資の抑制や雇用環境の厳しさにつながっており、また、物価面においては、需給環境の緩みから継続的な物価の下押し圧力となっている。
●名目GDPは低水準が続く
次に、名目GDPの動きから現在の景気局面を見てみよう。かつてのインフレ時には、物価変動による景気の「錯覚」を排除するためには実質値で議論することが重要とされた。しかし、現在のようなデフレ状況下においては、家計や企業の収入金額に直結する名目値の方が「実感」に近いといわれることもある2。ただし、この場合でも、購買力という面を考えれば、実質値で議論する方がより適切ともいえる。いずれにしても、名目値、実質値それぞれの特徴を踏まえた上で、両方の数字を見ていく必要がある。名目GDP成長率について、各需要項目別の寄与度を見ると、次の特徴が指摘できる(第1-1-2図)。
第一に、2009年4-6月期以降の持ち直し局面であっても、名目成長率は前期比ゼロ%近傍で推移していた。名目成長率で見れば景気持ち直しのテンポは非常に弱いといえる。
第二に、需要項目別に見ると、輸出がけん引しているのは実質成長率と同様であるが、個人消費によるけん引力が弱い。個人消費はエコカー減税・補助金やエコポイントの効果等で耐久消費財を中心に増加している。しかし、価格面を見ると、耐久消費財の価格下落が大きく、名目値の伸びはその分抑制されている。その結果、個人消費の増加による名目GDP成長率の押上げ効果は、実質値と比較して抑制されたものとなっている。企業側から見れば、消費数量は伸びているが、売上げがあまり伸びない状態ということになる。
第三に、GDPの水準を名目値で見ると、2009年度の名目GDPは直近ピーク時2007年度の9割程度にとどまっている。過去に遡って比較すれば、バブル崩壊直後の90年代前半頃の水準まで名目GDPは低下している。経済規模がバブル崩壊直後の水準まで縮小したともいえる。名目GDPの縮小は、経済規模との相対関係が重要な、例えば、社会保障支出などの財政支出や税収といった財政制度の設計等を難しくしている。名目値を議論する際には、「実感」という視点だけでなく、議論の対象が「規模」を重視すべき事項かどうかという視点が重要になろう。
●GDPデフレーターは2009年4-6月期から下落
実質値と名目値の動きのかい離はGDPデフレーターの動きに等しい。ここでは、GDPデフレーターの動きを需要項目別と分配面から要因分解してみよう。なお、GDPデフレーターは前期比では振幅が大きく基調を捉えにくいため、以下では前年同期比の動きで議論する(第1-1-3図)。
第一に、GDPデフレーターの前年同期比は2009年4-6月期からマイナスに転じた。その要因を需要項目別に見ると、輸出デフレーターの下落とともに個人消費デフレーターの下落が大きく効いている。輸出デフレーターは、リーマンショック後の世界経済の低迷を反映し、2008年10-12月期以降大幅な下落となった。他方、個人消費デフレーターについては、下落傾向が続く耐久消費財への需要増などを背景に、消費財・サービス価格が下落したことが主因である。このほか、設備投資や公需デフレーターも下落しており、主たる需要項目のデフレーターはすべて下落することとなった。
第二に、内需デフレーターの動きを見ると、GDPデフレーターよりも早く、2009年1-3月期から下落に転じている。内需デフレーターとGDPデフレーターの動きのかい離は、輸出入デフレーターによってもたらされる。2009年1-3月期から7-9月期にかけて、内需デフレーターの下落率はGDPデフレーターの下落率を上回ったが、この差は、輸入デフレーターの下落寄与が輸出デフレーターの下落寄与を上回ったことによる。原油を中心とした輸入品価格が、前年の高騰の反動で大きく下落したことが反映されている。このように輸入物価が大きく変動するとともに、それが国内物価に完全に転嫁できない場合には、GDPデフレーターと内需デフレーターの動きにはかい離が生じやすい。2009年のように輸入価格が大きく変動するときには、GDPデフレーターとともに内需デフレーターも合わせて見ることが重要であろう。
第三に、単位労働コストも2009年10-12月期には前年比下落に転じた。GDPデフレーターが生産量1単位当たりの付加価値を表すことを利用し、その動きを分配面から分解してみよう。2009年4-6月期と7-9月期の下落においては、生産量1単位当たりの営業余剰等の下落を単位労働コスト(ユニット・レーバー・コスト、生産量1単位当たりの雇用者報酬)の上昇である程度緩和していたが、10-12月期以降は単位労働コストも下落に転じることで、GDPデフレーターの下落率が拡大した。単位労働コストは、実質GDPが前年比で増加する一方で、雇用者報酬が減少したため大きく低下している。
1-1 景気実感と名目値・実質値
人々の景気実感は名目値と実質値のどちらに近い動きをしているのであろうか。例えば、収入額など「金額」を重視するのであれば名目値が実感に近いと考えられる一方、収入によってどれだけの財・サービスを購入できるかという「購買力」を重視するのであれば実質値が実感に近いとも考えられる。ここでは、景気状況を端的に表すGDPの動きを例にとり、名目値と実質値のどちらが家計と企業の景気実感と相関が高いか調べてみよう(コラム1-1図)。
概していえば、景気実感は実質成長率との相関の方が高い。企業の景気実感(業況判断DI)は明確に実質成長率との相関が高く、家計の景気実感(暮らし向きの意識指標)についても、名目値、実質値それぞれと同程度の相関が見られる。ただし、最近時点、特にリーマンショック後の急激な景気後退期においては、景気実感は名目成長率とも相関を強めている。
また、デフレ下の景気持ち直しであっても、景気実感と実質成長率との相関は強い。2000年代前半のデフレ期では、家計と企業の景気実感はともに実質成長率との相関が高かった。2009年のデフレ期においても、実質成長率との相関が弱まっていることはない。デフレ下であっても、実体経済が動いて取引数量が増えてくれば、景気実感も改善する傾向にあると見ることができるだろう。少なくともGDP成長率を見る限り、名目値の方が実感により近い動きになっているとはいえないようである。
(2)今回の持ち直し局面の特徴は何か
次に、今回の景気の持ち直しについて、他の先進国と比較するとともに、日本の過去の持ち直し局面とも比較し、その特徴を確認する。その後、今回の持ち直しをけん引してきた輸出と個人消費の動きについて検討しよう。
●景気持ち直しテンポはアメリカと同程度
日本の輸出は各国の景気対策や在庫復元の恩恵を受けた。各国における景気対策の協調が、貿易等を通じて相乗効果を生み出していると捉えることもできる。それでは、日本の持ち直しテンポは他の先進国と比較して、どのように評価できるだろうか。日本とアメリカ、ユーロ圏の3地域について、リーマンショック後の実質GDPと名目GDPの動きを比較し、日本の特徴を抽出しよう(第1-1-4図)。
第一に、日本の持ち直しテンポはユーロ圏よりも速く、アメリカと同程度である。実質GDPの動きを見ると、日本は2009年1-3月期、アメリカとユーロ圏は同年4-6月期を底に持ち直し傾向にあるが、その後の成長テンポについては、ユーロ圏はおおむね横ばいで推移する一方、日本とアメリカは前期比平均1%弱程度で成長している。日本はリーマンショック前から実質GDPが下降局面に入っていたこと、さらに、リーマンショック以降は輸出を中心に急激に落ち込んだことから、アメリカやユーロ圏よりも深い景気後退となった。しかし、リーマンショック直前の2008年7-9月期を基準とすれば、日本の実質GDPはユーロ圏の水準を上回る程度まで改善している。
第二に、名目GDPで見ると、リーマンショック直前の水準を基準とすれば、日本の経済水準は2010年に入ってもアメリカばかりでなくユーロ圏と比べても低い。日本の名目GDPは、実質成長率の動きと同様に2008年中の落ち込みが大きいことに加え、2009年に入っても弱い動きを続けており、アメリカやユーロ圏に比べて相当程度低い水準となっている。実質GDPがアメリカと同程度の持ち直しテンポを示していることを考えれば、日本の名目GDPはデフレによって相当程度押し下げられているといえる。
第三に、日本はリーマンショック以前から、原油高の影響等を背景に、GDPは名目、実質ともに明確な減少基調にあった。実際、前述のとおり、2007年10月を山として景気後退局面に入っていた。すでに景気後退が1年程度続いたなかで、我が国経済はリーマンショックのような大規模な外生ショックに遭遇したことになる。
●今回の持ち直し局面では遅行指数の弱さが目立つ
次に、過去の景気持ち直し局面と比べることにより、今回の持ち直し局面の特徴を見てみよう。2007年11月以降の景気後退期の特徴は、世界的な景気後退の影響もあり、落ち込み方が急速かつ深かった。そのため、変化の方向のみならず水準も重要となる指標、例えば、雇用や設備投資、物価などの関連指標の戻り方が遅くなることが予想される。ここでは、景気動向指数において一致指数に採用されている鉱工業生産指数の動きとともに、遅行性のある設備投資や失業率、さらに物価の動きについて、過去の景気持ち直し局面と比較する(第1-1-5図)。
第一に、今回の持ち直し局面では、設備投資の減少が長く続いた。生産の増加が急テンポであるにもかかわらず、設備投資は谷を過ぎても半年(2四半期)程度は減少を続けた。過去の持ち直し局面と比べても、今回の設備投資の落ち方は際立っている。後述するが、生産の急減に伴う稼働率の低下、設備過剰感の強さなどがその背景にある。
第二に、失業率については、反転するタイミングは過去と比べて大きな差はないものの、景気の谷を過ぎた後の悪化のテンポが急速であった。このため、失業率は谷から1年程度経過しても、依然として谷の水準より相当程度高い水準にとどまっている。
第三に、民間最終消費支出デフレーターの動きを見ると、今回の持ち直し局面における下落テンポの速さが目立つ。また、下落の幅も過去の持ち直し局面と比べて大きい。確かに、99年1-3月期を谷とする景気循環以降、景気が持ち直しを続けても民間最終消費支出デフレーターは下落を続ける傾向にあるが、今回は下落幅、テンポともに大きなものとなっている。次節で詳しく議論するが、景気の急速な落ち込みに伴う需給ギャップのマイナス幅拡大がその背景にある。
●輸出増加の原動力はアジア向け
リーマンショック後、我が国の輸出は仕向け先を問わず急減した。背景には、世界各地で我が国が得意とする自動車やIT関連製品を中心に需要が大きく落ち込んだことがある。さらに、現地の企業が資金ショートのリスクを恐れて在庫を徹底的に減らしたことがこれに拍車をかけたと見られる。その後、輸出数量は2009年3月に減少から増加に転じ、当初は急ピッチの増加を示した。この動きを地域別、品目別にやや詳しく振り返ってみよう(第1-1-6図)。
第一に、地域別に見ると、アジア向け輸出について、減少から増加への反転の時期が2009年2月と早く、かつ、その後の増加ペースも速かった。その結果、2010年の初めには、リーマンショック前の水準に戻っている。アジア向け輸出は我が国の輸出金額の過半を占める(2009年は54.2%)。そのため、アジア向け輸出の動きが全体の輸出動向を規定する傾向が強く、今回の輸出増についても、アジア向け輸出のリバウンドの早さとその後の回復ペースの強さがその背景となっている。
第二に、アメリカとEU向けはいずれも反転の時期が遅く、かつ、持ち直しのペースが緩慢である。アメリカ向けは2009年春頃までは底ばいに近く、その後ようやく増加基調が明確となったが、2010年に入って再び横ばい圏内の動きとなっている。EU向けも、2009年春頃の段階までは底ばいで、その後ようやく緩やかな持ち直しに転じている。
第三に、品目別に見ると、輸出の反転をもたらしたのは、電気機器や化学製品である。半導体等の電子部品やプラスチックなどの素材関連の輸出がアジア向けを中心に増加したことがその主因である。その後、自動車等の輸送用機器の輸出が、各国における買い替え支援策等の影響もあって増加に転じ、遅れて原動機や金属加工機械などが含まれる一般機械の輸出も持ち直しに転じた姿となっている。
以上のような地域別、品目別の動きを合わせて考えれば、生産財を中心にアジア向け輸出がまず増加に転じ、その後、アジアに加えてアメリカやEU向けの自動車など耐久財輸出が増加し、遅れて、資本財などの一般機械輸出が少しずつ上向いてきたと理解することができる。
●個人消費の持ち直しの原動力は経済対策
輸出と同様に、個人消費もリーマンショック後に落ち込んだ。我が国では米欧のような金融危機は発生しなかったが、消費者マインドが急速に冷え込み、それまでは堅調だった耐久財を中心に個人消費が減少した。しかし、そこからの耐久財消費のリバウンドは落ち込み以上に急テンポであった。その様子を振り返ってみよう。
第一に、実質民間最終消費支出を耐久財、半耐久財、非耐久財、サービスに分けてみると、2009年4-6月期以降、耐久財消費が急速に伸びていることが分かる(第1-1-7図(1))。その結果、耐久財消費の水準は2009年7-9月期にはリーマンショック前の水準を超えている。エコカー減税・補助金制度が2009年4月から始まり、省エネ家電(地上デジタル放送対応テレビ、エアコン、冷蔵庫)購入を対象とするエコポイント制度も2009年5月から始まるなど、各種政策が耐久財消費の持ち直しに寄与したことがうかがわれる。
第二に、耐久財以外の消費はそれほど動いていない。その結果、耐久財消費の動きが個人消費全体の動きを規定する姿となっている。ただし、やや仔細に見ると、サービスが非常に安定しているのに対し、半耐久財、非耐久財は2008年中に減少し、2009年になって下げ止まる形となっている。
第三に、過去の景気持ち直し局面と比較すると、今回の耐久財消費の増加テンポが突出して速い(第1-1-7図(2))。また、過去においては、耐久財消費は景気に先行して持ち直す傾向が見られたが、今回は耐久財消費の底と景気の転換点が一致していることが特徴である。
(3)対外経済環境と公共投資削減の影響をどう見るか
景気の先行きを考えるに当たって重要な外生要因として、対外経済環境と公共投資の動向を取り上げて検討する。特に、輸出相手国の景気と輸出数量の関係、為替レートや原油価格、さらには予想される公共投資削減の影響について検討しておきたい。
●アメリカや中国向け輸出は「巡航速度」へ移行
前述したように、今回の輸出の急速な増加には、リーマンショック後の世界各国における在庫の急速な圧縮に伴う在庫復元の動きが背景の一つとしてあると考えられる。しかし、2009年末頃から輸出増加のテンポは幾分緩やかになっている。問題は、そのテンポが世界経済の回復に見合った「巡航速度」を意味するのか、それとも日本製品がシェアを落とす兆しなのか、という点である。ここでは、アメリカとEU、そしてアジアの代表例として中国について、2009年以降の輸出数量の増加率と相手国の経済成長率の関係を過去の平均的な関係と比較し、この点を調べてみよう(第1-1-8図)。
第一に、アメリカについては、2009年10-12月期及び2010年1-3月期の輸出は過去の平均的な関係(傾向線)に沿った位置にあり、同国の経済成長率から想定される伸びとなっている。4-6月期と7-9月期の輸出は過去の傾向線より上にあり、アメリカにおける自動車購入支援策や在庫復元の効果が大きかったことが確認されるが、その後はこれまでと同様の「巡航速度」に落ち着いたと考えられる。
第二に、EUについては、2010年1-3月期の時点でも輸出が傾向線より上に位置している。4-6月期と7-9月期もやはり上に位置していたが、このことからすると、自動車購入支援策や在庫復元による輸出押上げ効果が続いている可能性がある。
第三に、中国向け輸出については、過去において経済成長率との間に明確な関係が見らない。もっとも、2000年代のうち輸出数量の伸びが25%を超える高い2か年(2002年、2003年)を別にすれば3、2009年以降の輸出の伸びは過去の平均的な伸びから大きく離れてはいない。しかし、中国向け輸出は中間財の割合が高く、中国が最終需要地ではないことも多い。この点を踏まえ、横軸を中国からの輸出増加率に置き換えた図を描くと、右上がりの関係が得られる。この図では、2009年4-6月期には中国の輸出の伸びがゼロであったにもかかわらず、日本の中国向け輸出は前期比15%程度伸びている。その後は傾向線近傍に復することを踏まえれば、2009年4-6月期において、中国向け輸出についても在庫復元効果によって増加した可能性が考えられる。
以上から、EU向け輸出は依然、在庫復元等による巡航速度以上の伸びを示しているほか、アメリカ向け、中国向けの輸出ではそうした動きは終わったものの、海外経済の成長に見合った増加が続いており、特に我が国の輸出に対する需要だけが低下する兆しは出ていないと考えられる。
●原油価格の上昇テンポは前回並みだが注意が必要
景気の先行きを占う際に重要な海外要因として、為替レートと原油価格の動向がある。ここでは、為替レートと原油価格の動向について、過去の景気持ち直し局面と今回の持ち直し局面を比較し、現在の日本経済が置かれている状況を確認する(第1-1-9図)。
第一に、景気の谷から1年程度の実質実効為替レートの動きを見ると、今回の持ち直し局面においては、為替はやや円安傾向で推移している。円高・円安それぞれにメリット・デメリット両方あるが、輸出の増加が今回の景気持ち直しのけん引力の一つであることを思えば、為替レートが実質ベースではやや円安傾向で推移していたことは、景気に対してサポート要因となってきたと考えられる。
第二に、他方、原油価格の動向を見ると、今回の持ち直し局面においては、前回(2002年1月を谷とする循環)と同程度の原油価格上昇となっている。持ち直し初期の半年程度に限れば、99年1月を谷とする循環とも同程度の原油価格上昇であった。過去の持ち直し局面においても、原油価格は世界経済の回復などと連動して上昇する傾向が見られており、この点では、今回の持ち直し局面においても、前回と同程度ではあるが、素材価格の上昇等を通じて収益を圧迫していることがうかがわれる。
なお、2009年における円ドルレートを振り返ると、日米金利差とおおむね連動して推移する傾向が見られた。例えば、2009年夏から秋頃においては、アメリカ経済の回復の脆弱性への懸念などから主としてアメリカの長期金利(2年債利回り)等が低下することによって、日米金利差が縮小する傾向が見られ、円ドルレートも円高ドル安に動くことが多かった。逆に、2009年末においては、日本銀行の追加金融緩和などもあって日本の長期金利(2年債利回り)等が低下傾向で推移することを通じ、日米金利差は再拡大し、円ドルレートも円安傾向で推移することが多く見られた。
●過去の持ち直し局面では公共投資から民間需要へ円滑にバトンタッチ
公共投資については、累次の経済対策等に加え大幅な前倒し執行の効果もあって、特に2009年度前半に大きく伸びた。年度を通して見ても、2009年度は前年度を上回る水準となり、景気を下支えしたものと見られる。ただし、2010年度については、経済対策の効果の剥落や公共投資の抑制もあって、総じて低調な動きが予想される。問題は、その景気への影響である。ここでは、過去の景気持ち直し局面において、公共投資が減少に転じた時期に何が生じたかを振り返り、その点を考えてみたい。
第12循環(93年10-12月期~)及び第13循環(99年1-3月期~)の景気持ち直し局面において、公的固定資本形成は景気の谷から3四半期程度増加を続けた後、減少に転じた4。この時期に、他のどのような需要項目が公的固定資本形成の減少の影響を補っていたかを見ておこう。特徴として次の点が指摘できる(第1-1-10図)。
第一に、過去の持ち直し局面では、公的固定資本形成が減少に転じるタイミングで民間企業設備投資が下げ止まり、あるいは回復の動きを示している。第12循環、第13循環ともに、景気の谷後2四半期程度で公的固定資本形成が減少に転じているが、民間企業設備投資は、第12循環においては下げ止まり、第13循環においては反転増加となっている。成長へのプラス寄与という意味において、過去の景気の持ち直し局面では公共投資から設備投資にバトンタッチが行われている。
第二に、過去の景気持ち直し局面において、公的固定資本形成の減少に連動して減少した需要項目は見当たらない。輸出や住宅投資は、公的固定資本形成が減少に転じる頃からむしろ伸びを高めている。個人消費についても、緩やかながら安定した増加基調を続けている。見方を変えれば、景気持ち直しが半年程度続き、民間需要の堅調さが増し始めた時期に公的固定資本形成は増加から減少に転じているともいえる。
第三に、以上は景気持ち直し初期の分析であったが、比較のため、持ち直しが短期間で終了し、景気の山を迎えた時期(第13循環における景気後退期、第1-1-10図(2))を見ると、景気の拡張から後退の転換点は輸出や住宅投資の減少と同時に生じており、公的固定資本形成の減少が景気の転換点をもたらしているとはいえない。景気の転換点は様々な要因でもたらされるが、少なくとも、他の主要需要項目が安定的な伸びを示していれば、公共投資減少の影響は吸収可能ともいえる。
●新たな需要や雇用創出に向けた新成長戦略を策定
公共投資の低調な推移が見込まれる一方で、政府としては、今後、新たな需要と雇用の創造により、日本が本来持つ成長力を実現するため、需要面を中心とする新たな政策体系と政策理念の下、日本経済を本格的な回復軌道に乗せるとともにデフレを終結させるよう政策運営を行うこととしている。また、デフレ終結後には、需要、供給両面から日本経済の成長力を高めることとしている。このため、2010年6月18日に「新成長戦略」を閣議決定し、その推進を図っている。「新成長戦略」のポイントは次のとおりである。
第一に、明確な成果目標を設定し、その実現に向けた経済財政運営の基本方針を明らかにしたことである。2020年度までの11年間をデフレ終結の前後で2つの期間に区切り、2011年度中には、消費者物価上昇率をプラスにするとともに、速やかに安定的な物価上昇を実現し、デフレを終結させることを目指す。また、2020年度までの年平均で、名目3%、実質2%を上回る経済成長を目指すとした上で、個別の戦略分野では、環境、健康、アジア、観光で120兆円を上回る需要創造、約500万人の雇用創造の実現を目指すこととしている。
第二に、強い経済の実現のための戦略、「課題解決型」の国家戦略である。安定した内需と外需を創造し、富が広く循環する経済構造を築くとの考えの下、「グリーン・イノベーション」、「ライフ・イノベーション」、「アジア経済」、「観光・地域」を成長分野に掲げ、これらを支える基盤として「科学・技術・情報通信」、「雇用・人材」、「金融」に関する戦略を実施することとしている。また、上記7つの戦略分野のうち、経済成長に特に貢献度が高いと考えられる21 の施策を、国家戦略プロジェクトとし、これをブレークスルーとして、各分野の攻略を強力に進めることとしている。
第三に、政策の実現力を高めるための取組の実施である。具体的には、21の国家戦略プロジェクトを始め7つの戦略分野の施策を計画倒れに終わらせずに確実に実現するため、工程表を提示した。同時に、予算編成や税制改革に当たっては、経済成長や雇用創出への寄与度等も基準とした優先順位付けを行うこととした。さらに、PDCAサイクルに立脚した進捗管理の徹底を掲げている。
1-2 地域間における生産のばらつき
今回の景気持ち直しにおいては、地域間でどのような違いが見られるだろうか。2000年11月を山とする前回の景気循環と2007年10月を山とする今回の景気循環において、景気の谷前後の動きを地域別の鉱工業生産指数で比較してみよう(コラム1-2図)。
まず、今回の動きを見ると、リーマンショック後に生産活動が大きく落ち込み、その後速いペースで持ち直すという点が各地域とも共通であり、水準の差はあるものの、生産活動の方向性は類似している。また、山からの生産の落ち込み幅の地域差については、2009年3月の谷に最大となったものの、4月以降生産が持ち直すにつれて徐々に縮小している。他方、前回の景気循環においては、生産減少から増加に転じるタイミングが地域間で異なるなど、今回ほど類似した動きはしていない。また、山からの落ち込み幅の地域差については、持ち直し局面であっても縮小していない。
今回の動きをやや仔細に見ると、自動車のウエイトが高い東海の落ち込みが特に大きいが、その後の持ち直しも急テンポであり、電子部品などへの依存が相対的に高い東北や九州でも大幅な落ち込みの後、大幅に上昇している。これに対し、内需向け産業である食料品のウエイトの高い北海道では、リーマンショック後の落ち込みがそもそも小さい。今後については、先進国での自動車の需要の回復テンポが鈍化しつつあるなかで、どこまで地域間のばらつきの縮小が続くかどうか注視が必要である。
2 企業部門における持ち直し-項目別の点検
リーマンショック後の世界的な景気後退のなか、企業部門は厳しい調整を余儀なくされた。しかし、その後は生産が急速に持ち直し、企業収益もリーマンショック時の水準まで回復している。企業部門における今後の鍵は、下げ止まりを示している設備投資が回復へ向かうかどうかである。ここでは、こうした企業部門の状況について、「生産の持ち直しに業種の広がりは見られるか」「デフレ下でなぜ企業収益は回復したか」「設備投資は回復へ向かうか」といった点に注目しつつ点検する。
(1)生産の持ち直しに業種の広がりは見られるか
最初に、企業の生産や在庫調整の進展について、過去の景気持ち直し局面や海外との比較を通じて、その特徴を確認する。その際、景気の持続性との関係で、生産の持ち直しに業種の広がりが見られるかどうかに注意する。
●生産は急激な落ち込みの後、速いペースで持ち直し
リーマンショック後の景気後退の特徴は、その落ち込みの速さと深さであった。こうした状況の下、企業の生産活動は2009年春頃から持ち直しに転じた。その特徴として、次の点が指摘できる。
第一に、今回の生産の落ち込みとその後の持ち直しは、過去の景気持ち直し局面と比較して例がないほど急速かつ急激であった。80年以降の景気の谷前後9か月について、鉱工業生産の累積減少率と累積増加率を比較すると、今回の持ち直しにおける幅の大きさが際立つ(第1-1-11図)。比較的大幅な調整であったITバブル崩壊後の2002年1月前後においても、減少幅と増加幅それぞれ10%程度であった。しかし、今回においては、9か月間の減少率及び増加率はそれぞれ30%程度と極めて大幅なものとなっている。
第二に、生産の持ち直しについて、業種別の寄与度を見ると、自動車などの輸送機械工業や半導体などの電子部品・デバイス工業の寄与が大きく、特に持ち直し初期での貢献度が高い(第1-1-12図(1))。また、自動車生産などに多く使われる鉄鋼業の生産も増加に寄与している。内外における自動車購入支援策やアジア新興国経済の成長などが、我が国の生産活動が減少から増加に転じるきっかけをつくったことがうかがわれる。
第三に、2010年に入り、持ち直しも1年程度が経過すると、初期の急激な増加テンポはやや緩やかになり、巡航速度に近づいている。同時に、業種別寄与度の主役においても、輸送機械や電子部品・デバイス等のみならず、設備投資用の機械など一般機械工業も増加に寄与しており、業種別の広がりが見え始めている。
●日本の生産活動の持ち直しはアメリカやEUよりも早く始まる
次に、生産活動の持ち直しについて、アメリカとEUの持ち直しと比べた日本の特徴を見てみよう(第1-1-12図)。
第一に、日本における生産活動の落ち込み幅とその後の増加幅は突出している。外需の急激かつ大幅な落ち込みを反映し、日本の生産は大きく減少した。輸出の割合が高い自動車産業など、外需に関連した生産がアメリカやEUに比べて大きく落ち込んだことも特徴である。その反面、2009年春以降の持ち直しにおける増加幅も大きくなっている。アジア向け輸出の増加が生産増に寄与している。
第二に、日本の生産はプラスに転じた時期が早い。アメリカやEUの生産は、2009年後半から前期比プラスに転じているが、日本は同年春頃からプラス化している。自動車生産を始めとする輸送機械工業などがけん引しているが、これは世界各国で採られた自動車購入支援策等の経済対策による効果が寄与していると見られる。そのなかでも、輸出割合の高い日本の生産は各国の政策効果の恩恵を大きく受けることとなった。また、日本は成長力の高いアジアとの貿易取引が多く、その面からも早い生産回復につながっていると考えられる。
第三に、日本、アメリカ、EUともに、自動車関連の生産が持ち直し局面をけん引した。特に、持ち直し局面初期において、その傾向は顕著であった。世界各国における自動車購入支援策によって、各国の生産活動は持ち直しのきっかけをつかんだことがうかがわれる。世界的な景気後退を受け、各国とも協調して経済対策に乗り出し、その結果をともに享受したことは今回の持ち直しの特徴の一つである。
●在庫循環図では調整局面から回復局面に
2008年は急速な生産の落ち込みに伴い、在庫が急増した。2009年に入り、生産は持ち直してきたが、その程度は在庫調整の進展度合いにも依存する。出荷と在庫の関係から業種別の在庫循環の状況を確認すると、鉱工業全体では、2009年10-12月期に45度線を越え、在庫は調整局面から回復局面に入っている(第1-1-13図)。これを業種別にやや詳しく見てみよう。
第一に、電子部品・デバイス工業では、リーマンショック直後の2008年10-12月期に、在庫は前年同期比50%程度の大幅増となった後、2009年1-3月期には急速な出荷減となり、また、生産調整に伴って在庫も前年同期比横ばいの水準まで急減した。その後、輸出が増加に転じたことなどに支えられ、同年4-6月期以降は出荷の持ち直しが見られ始め、同年7-9月期から在庫循環図の上では回復局面に入っている。
第二に、輸送機械工業においても、他の業種に先んじて出荷が持ち直し、在庫調整の進展が早く見られた。しかし、輸送機械工業では2008年10-12月期においても在庫は積み上がらず、リーマンショック後は一貫して在庫削減が続いたことが特徴的である。需要の減少以上に生産を削減したことがうかがわれる。その後、世界各国における自動車購入支援策などもあり、2009年は出荷が持ち直している。
第三に、在庫調整が遅れていた一般機械工業においても、2009年10-12月期には45度線近傍にまで在庫循環が進展し、在庫調整はようやく一巡しつつあることを示している。設備投資需要の減退などを背景に、一般機械工業の生産・出荷は持ち直しが遅れていたが、景気全体の持ち直しやアジア等の設備投資需要の回復などとともに、一般機械工業の生産・出荷も徐々に持ち直し始めている。
(2)デフレ下でなぜ企業収益は回復したか
生産の持ち直しとともに、企業の収益状況も改善している。ここでは、まず企業収益の改善要因について確認する。また、今回の持ち直しはデフレ状況下での持ち直しであることを踏まえ、仕入価格と販売価格の動向から見た企業の交易条件、売上高と費用の関係を示す損益分岐点比率の動向についても検討する。
●費用削減を中心に企業収益は増加へ
企業収益は、2009年春に輸出や生産が増加に転じた後も減益を続けていたが、2009年10-12月期にようやく前年比増益に転じることとなった。製造業と非製造業に分けて、経常利益の前年比を要因分解し、増益となった要因を見てみよう(第1-1-14図)。
第一に、経常利益の回復は製造業・非製造業ともに、主として変動費や人件費などの費用の削減によってもたらされてきた。売上高が減少するなか、2009年7-9月期まではその減少に対してコスト削減ペースが追い付いていなかったものの、2009年10-12月期にはコスト削減が売上高の減少を上回るようになり、増益に転じている。さらに、2010年1-3月期においては、売上高が前年比プラスに転じ、売上高も増益要因となった。
第二に、製造業と非製造業を比較すると、製造業の経常利益の回復が急速である。特に、2010年1-3月期においては、変動費の削減に売上高の増加が加わることによって、製造業の経常利益は前年同期比で大幅に増加している。他方、非製造業においては、2010年1-3月期に売上高は前年比で増加に転じたものの、変動費が利益を引き下げる要因となった。電気業などを中心に、原油価格の上昇などのコスト増が収益の圧迫要因となった。
第三に、販売価格と仕入価格の動向から見た企業の交易条件は2009年後半以降幾分悪化している。販売価格にほとんど変化がない一方、仕入価格については、2009年半ば頃から原油価格を始め、素材価格が上昇したことを反映し、徐々に上昇している。その結果、企業の交易条件(販売価格DI-仕入価格DI)は特に製造業において悪化傾向が見られる。今後、世界的な景気の持ち直しが続いていけば、国際商品市況が強含むことなどを通じ、素材価格は上昇傾向を続ける可能性がある。需給ギャップが大幅なマイナスを続けるなか、企業は素材価格が上昇しても最終財価格への転嫁は容易ではない。仕入価格の上昇は企業収益の圧迫要因になる可能性があり、今後、注意が必要である。
●損益分岐点比率も低下へ
コスト削減により、企業は低い売上高でも利益を出せるようになった。この点について、規模別及び製造業・非製造業別の損益分岐点比率を計測することで確認してみよう(第1-1-15図)。なお、損益分岐点比率とは、企業収益がゼロになる点(損益分岐点)の売上高を実際の売上高で除したものであり、その比率が低ければ低いほど売上高が減少しても利益が出ることになる。
第一に、製造業・非製造業ともに2009年後半以降、損益分岐点比率は低下した。特に、大企業製造業においては、2008年後半から大きく損益分岐点比率が上昇した後、ようやく低下することとなった。売上高の減少が続くなかでも、利益が出せる収益構造になったことを示している。
第二に、損益分岐点比率の低下をもたらした要因は、主として人件費や変動費のコスト削減要因である。特に、中小企業においては、人件費削減の傾向が強く見られる。製造業・非製造業ともに、景気が急速に悪化した2008年後半以降、中小企業は人件費を継続して削減した。人件費の削減それ自体は、損益分岐点比率の引下げ要因であったが、それ以上に売上高が減少したことで、人件費削減の効果は打ち消されてしまっていた。しかし、2009年後半において、ようやく売上高の減少幅が縮小し、コスト削減努力が損益分岐点比率の低下に表れるようになった。
第三に、損益分岐点比率は低下に転じたものの、依然として高水準である。損益分岐点比率の水準はリーマンショック以前と比べると相当高い水準にあり、景気の持ち直しによって売上高が増加しても、企業のコスト削減努力は当面続くと見込まれる。
●企業の業況判断は改善が続く
企業収益の改善を反映し、企業の業況判断も2009年において改善を続けた。日本銀行「全国企業短期経済観測調査」における業況判断DIの動きを確認しよう。
第一に、企業の業況判断は、全企業ベースでは、2008年1-3月期から2009年1-3月期にかけて急速に悪化した後、4-6月期にはほぼ横ばいとなった。7-9月期以降は、順調に改善傾向を続けている(第1-1-16図(1))。また、改善のテンポは、前回の景気持ち直し局面の2002年に比べて速い。
第二に、規模別では、大企業においては、落ち込み方が激しかった分、改善テンポも速い傾向が見られる。また、中小企業の業況も改善しているが、大企業に比べるとそのテンポは遅い。
第三に、この図表には含まれていないが、製造業と非製造業に分けてみると、製造業の業況判断が大きく改善している。リーマンショック後の輸出の落ち込みを反映し、輸出産業の多い製造業において業況が急速に悪化した。他方、その後の持ち直しにおいては、輸出や生産の増加テンポの速さを背景に、製造業の業況判断が大きく改善することになった。ただし、今後、輸出や生産が内外の在庫復元局面から巡航速度に変化していくと見込まれるなかで、製造業の業況判断についても改善ペースはやや緩やかになることが予想される。
また、倒産件数の推移を見ても、2009年後半から前年比で減少が続いている(第1-1-16図(2))。業種別には、まず建設業や小売業において倒産件数の増加に歯止めがかかり、減少に転じた。公共投資の増加や緊急保証制度による融資保証など経済対策による下支えが寄与したことが考えられる。その後、卸売業や金融・保険、不動産業等においても倒産件数が減少に転じた。また、リーマンショック後大幅に倒産件数が増加し、その後の改善も遅れていた製造業についても、2009年末には倒産件数は減少に転じている。倒産件数も、景気の持ち直しとともに改善している。
(3)設備投資は回復へ向かうか
経済活動の水準の低さは企業に強い設備過剰感をもたらしてきた。このため、過去の景気の持ち直し局面に比べ、今回の設備投資の動きは遅れている。以下では、設備投資の動きについて、業種別動向を確認した上で、経済活動水準の低さの表れである稼働率の低さとの関係を見る。さらに、中長期的な視点から、期待成長率と設備投資の関係を議論する。
●非製造業を中心に設備投資は下げ止まり
まず、最近の設備投資動向について概観しよう(第1-1-17図)。
第一に、企業は製造業・非製造業を問わず、過去3年程度にわたって設備投資を抑制している。全産業の設備投資は2007年半ば頃から弱い動きとなり、リーマンショック後に減少幅を拡大させた。減少の初期は非製造業の投資減が大半を占めていたが、リーマンショック以降は、輸出の急減などを反映し、製造業における設備投資の減少が全体の設備投資を押し下げていた。
第二に、製造業の設備投資は、景気の回復に対して遅行することが多いが、今回の持ち直し局面における設備投資の動きはさらに遅かった。その背景には、2008年の世界的な需要減退に伴う輸出減や生産減に伴う設備の過剰感の高さがある。なかでも、輸送機械産業や電気機械産業など輸出の急減に直面した産業において、設備投資の減少が顕著であった。
第三に、最近では、非製造業を中心に設備投資は下げ止まっている。非製造業においては、製造業に先駆けて、2009年4-6月期から下げ止まりの傾向が見られ始めた。過去の持ち直し局面においても、非製造業の設備投資は、景気の谷付近で横ばい圏内の動きとなっている。非製造業は、製造業のように売上げや収益の変動幅が大きくなく、設備投資の調整も比較的緩やかな動きとなる傾向がある。また、非製造業には、電力・ガス等の公益事業や運輸通信業が含まれることから、景気動向からは比較的独立した視点で必要な投資を行う、いわゆるスケジュール投資の要素もある。さらに、それらに加え、卸小売業やサービス業の設備投資が下げ止まってきたことで、非製造業の設備投資が製造業に先んじて改善し、設備投資全体の下げ止まりにつながっている。
●稼働率の水準は設備投資底打ちの水準に近づく
稼働率の上昇と設備投資の回復には一定の関係がある。稼働率が低い状態にある場合には、需要が回復しても既存設備の稼働率を引き上げることで対応することとなり、設備投資の増加にはつながりにくい。この意味では、稼働率の上昇は設備投資回復の必要条件といえる。ここでは、製造業の稼働率と設備投資の関係をプロットし、稼働率の水準や動向から見て、設備投資が回復に転じつつあるのかを検討しよう(第1-1-18図)。
第一に、製造業全体を見ると、設備投資の減少が続くなか、生産の増加等により稼働率の上昇が続いている。稼働率の水準は、前回の設備投資底打ち時(2002年7-9月期)の水準に近づいている。
第二に、輸出や生産の持ち直しの原動力となった輸送機械と電気機械の稼働率は、2009年10-12月期には前回の設備投資底打ち時の水準に近づき、2010年1-3月期にはその水準に到達している。また、両産業の設備投資については、減少幅が大きく、すでに前回の設備投資底打ち時の水準を下回る水準まで投資を抑制していることも特徴である。
第三に、一般機械においては、2009年中は他の業種よりも稼働率の改善が遅く、前回の設備投資底打ち時の水準までには距離があったものの、2010年に入り稼働率が急テンポで上昇した結果、やはり前回の底打ち時に到達している。稼働率の動きから判断すれば、生産の持ち直しとともに設備投資が増加に転じる時期が近づいていると見ることができる。
●中長期的な設備投資の復調には期待成長率の回復が鍵
設備投資に対する積極性は、将来の需要増加期待が高まらないと生まれてこない。内閣府「企業行動に関するアンケート調査」によれば、リーマンショック直後、企業の期待成長率は大きく低下し、2009年1月調査では、単年度で-1.5%のマイナス成長、今後3年間の平均でも0.2%とゼロ近傍の期待成長率となった。期待成長率の低下は、企業の最適な資本ストックの水準を引き下げる。結果としてストック調整圧力が高まり、設備投資は抑制されることになる。2009年はまさにこうした状況であった。
第一に、資本ストック循環図(全産業)を見ると、リーマンショック後設備投資は急減し、2009年1-3月期には、0%~0.5%程度の期待成長率の水準に見合う程度にまで設備投資は急減している(第1-1-19図(1))。さらに、同年4-6月期以降はマイナス成長を前提とした設備投資の水準まで落ち込んでいる。
第二に、期待成長率は2010年に単年度でプラス成長になるなど改善したものの、中長期的な期待成長率、特に今後5年間の期待成長率の改善度合いが小さい(第1-1-19図(2))。更新投資のみならず、新規事業に向けた設備投資を促していくためには、より長期的な期待成長率を高めていくことが重要である。
第三に、しかしながら、上記のマクロ的な推論から想定されるより、実際の設備投資が早めに回復する可能性もある。それは、今回の世界的な経済危機の前後で、内外の需要構造が大きく変化している場合である。実際、「企業行動に関するアンケート調査」から、今後5年間の業種ごとの需要見通しのばらつきを見ると、リーマンショック後のばらつきが過去と比べて大きくなっている。過去においても景気が弱い時期に需要見通しのばらつきが大きくなる傾向は見られるが、今回のそれは特に大きい(第1-1-19(3))5。今後5年間の見通しという長期的な需要予測ということを考えると、このばらつきの大きさは、政策効果等による一時的な要素ではなく需要の構造変化を反映している可能性がある。そうだとすれば、既存の資本ストックの陳腐化のテンポは通常より速く、ストック調整圧力は予想より弱まっているとも考えられる。
3 家計部門における持ち直し-項目別の点検
次に、家計部門の動向について点検する。景気動向を概観した際、経済対策の効果もあって、個人消費が耐久財を中心に持ち直していることを確認した。問題は、これまでの対策効果が剥落した後である。また、住宅着工は持ち直してきているが、これが住宅投資の持続的な回復につながるかどうかが注目される。「経済対策以外に消費のけん引力はあるか」「雇用の厳しさはどの部分に残っているか」「住宅投資は回復へ向かうか」といった論点について考える。
(1)経済対策以外に消費のけん引力はあるか
経済対策は、個人消費を下支え、けん引しているが、それは持続可能ではない。この効果が剥落したときに、個人消費が持ちこたえられるかが重要な論点である。そのためには、経済対策以外のけん引力として何があるかを見極める必要がある。以下では、こうした問題意識から、個人消費を取り巻く環境を検討しよう。
●雇用・所得環境に底堅さ、マインドは改善傾向
個人消費の主たる源泉は所得である。まず、実質雇用者所得と対比しつつ消費の動きを振り返ってみよう(第1-1-20図)。
第一に、2009年末から2010年初頃にかけて実質雇用者所得の悪化に歯止めがかかり、その後、底堅さが見られ始めている。今回の景気持ち直し局面では、失業率など景気の遅行指標の戻りが遅かったことが一つの特徴であり、雇用者所得についても2009年後半までは悪化を続けた。この間、所得は消費の抑制要因になっていたと考えられる。その後、ようやく所得は消費を抑制する要因から支える要因に変化し始めたと見られる。
第二に、実質消費支出(消費総合指数)と実質雇用者所得は、過去においてはおおむね連動している6。しかし、2009年においては、実質雇用者所得が減少を続けたにもかかわらず、消費総合指数は上昇基調で推移している。この所得と消費の動きのかい離は、主としてエコカー減税・補助金や省エネ家電への購入支援策の効果で説明される。図には示していないが、実際、各種業界統計では、ハイブリッド車の売上げ増加が新車販売台数を大きく押し上げ、エコポイント関連製品についても、テレビや冷蔵庫を中心に売上げが大きく伸びていることが分かる。しかし問題は、さきに述べたように、経済対策以外のけん引力をどこに求めるかである。
第三に、マインド面は改善している。消費者態度指数、事業者側のマインドである景気ウォッチャー調査の家計関連DIのいずれでも、景気の持ち直しとともに2009年春頃から上昇傾向が見られた。同年秋頃にいったん低下したが、年末から再び持ち直しており、おおむね改善傾向を続けている。所得環境が悪化しているにもかかわらずマインド面が持ち直してきたことも、消費を下支えする要因になったと考えられよう。
●耐久財消費価格の下落が消費拡大に寄与
これまでの検討では、耐久財消費の急速な増加は主として経済対策の効果によるものと解釈してきた。しかし同時に、耐久財消費はもともと景気に対する先行性があり、上記で確認したようなマインドの改善がそうした自律的な要素を裏付けていると考えられる。また、パソコンやDVDレコーダーなど、対策の対象以外の耐久財が売れているのも事実である。ここでは、実質耐久財消費の動きを所得や相対価格、金融資産残高などの基礎的な要因で説明する関係式を推計し、対策効果以外の要因を抽出してみよう(第1-1-21図)。
第一に、耐久財消費の動向は、相対価格(一般物価と比べた耐久財の価格)の下落によって、押し上げられている要素が大きい。特に、近年になるほどその影響は大きくなっている。テレビやパソコンなどのIT製品を始め、耐久財価格は継続的な下落傾向にあり、また、下落幅についても他の消費財・サービス価格よりも大きい。そのため、消費者にとっては耐久財の割安感は増していると考えられ、これが耐久財消費の押上げ要因となっている。IT製品など技術革新の速い品目が耐久財には多くあることから、耐久財価格の下落傾向は今後も続くと見られる。相対価格要因による耐久財消費の押上げは今後も続く可能性が高い。
第二に、80年代は雇用者所得の増加が耐久財消費を押し上げる主な要因となっていたが、90年代以降その程度は縮小している。2009年においては、雇用者所得の減少が耐久財消費の押下げ要因となった。もっとも、現在は雇用・所得環境に底堅さが見られつつある状況であり、これが増加傾向に転じれば、耐久財消費の安定的な増加を助けると考えられる。
第三に、近年では住宅投資の減少も耐久財消費の押下げ要因となっている。一般に、住宅を購入すると家具購入など耐久財消費が増える傾向にあり、実際、80年代後半や90年代半ば頃には、住宅投資の増加が耐久財消費の増加につながる傾向が見られた。しかし、90年代末から2000年代においては、住宅投資が前年比で減少することが多くなり、耐久財消費を押し下げる要因に変わっている。現在、住宅着工は持ち直してきており、その進捗とともに耐久財消費の増加を下支えすると見込まれる。
●政策による負担軽減で家計の可処分所得は押上げ
2010年度予算には、子ども手当や高校の実質無償化など家計を支援する政策が含まれている。他方、年金保険料など毎年度における段階的な引上げがすでに決まっている制度もある。ここでは、現時点で決まっている税制や社会保障制度の改正が2010年度の家計の可処分所得にどのような負担増減を与えるかをマクロ的に捉えてみよう(第1-1-22図)。
第一に、2010年度は政策的な家計支援によって家計の負担は軽減し、可処分所得は押し上げられると見込まれる。なかでも、子ども手当による給付増(既存の児童手当からの上乗せ分)の影響が突出しており、年金保険料率引上げなどの負担増を大きく上回っている7。
第二に、その一方で、子ども手当の創設に伴う年少扶養親族に対する扶養控除の廃止、高校の実質無償化に伴う特定扶養親族に対する扶養控除の上乗せ部分の廃止など、所得税及び個人住民税に係る諸控除の見直しによる負担増も予定されている。しかしながら、子ども手当の給付増に比べれば2010年度における影響は小さい8。マクロ的な負担増減を見ても、家計重視の制度改正であるといえよう。
第三に、高校の実質無償化も家計支援に寄与すると見込まれる。家計にとっては、高校の授業というサービスの受益には変化がない一方、高校の実質無償化分だけ自由に使える所得が増加することとなる。
(2)雇用情勢の厳しさはどの部分に残っているか
雇用情勢は景気動向に遅れて急速に悪化した後、持ち直しの動きが見られるようになった。しかし、生産の水準などの低さを反映して、雇用の過剰感が重石になっている。以下では、こうしたなかで、依然残る雇用情勢の厳しさについて確認しよう。
●特別給与を中心に賃金は大幅に減少
現金給与総額は2009年に平均4%程度の大幅な下落となった。その内容を見ると、次のような特徴が指摘できる(第1-1-23図)。
第一に、特に賞与等の特別給与の落ち込みが激しく、企業がボーナスの削減を中心に賃金調整を行ったことが見て取れる。例えば、2009年の夏季賞与は前年比-9.7%、年末賞与が同-9.3%(厚生労働省「毎月勤労統計調査」9)と夏、冬ともに記録的な落ち込みとなった。過去の賞与削減においては、アジア金融危機や金融システム不安等で景気が悪化した98~99年頃であっても前年比-3%程度、ITバブル崩壊後の2002年の雇用悪化時でも同-6~7%程度であったことを思えば、2009年のボーナス削減がいかに大幅なものであったかが分かる。
第二に、残業代等の所定外給与の減少も大幅であった。しかし、2009年後半からは前年比での減少幅が縮小し、持ち直しの動きが見られている。これは、輸出や生産の増加とともに、製造業を中心に残業時間を増加させてきたことが主因である。
第三に、所定内と所定外給与を合わせた定期給与の動向について、フルタイムとパートタイム労働者のそれぞれの給与とパートタイム労働者の全体に対する比率の変動に要因分解すると、2009年はフルタイム労働者の給与減少が全体の定期給与の押下げに最も寄与していることが分かる。前回の雇用悪化局面ではパートタイム比率の上昇が定期給与の主たる押下げ要因であったが、今回は前述のとおり、フルタイム労働者の賃金が削減されたことが特徴である。日本企業は、ボーナス制度を活用して柔軟な賃金調整を行うことで雇用コストを調整する傾向が強い。しかし、リーマンショック後のような急激な景気悪化においては、ボーナスによる調整に加えて、フルタイム労働者の定期給与も削減することで雇用コストを調整せざるを得なかったことが表れている。
●失業率上昇の主因は需要不足
2009年の完全失業率は5.1%と前年に比べ1.1ポイント上昇し、過去最大の上昇幅となった。ここでは、雇用失業率10と欠員率11が等しくなるときに労働力需給が均衡していると捉え、そのときの失業率(均衡失業率)を推計する。その上で、均衡失業率と実際の完全失業率の差を需要不足に起因する失業率(需要不足失業率)とみなし、今回の失業率上昇のうち、どの程度が需要不足によるものかを計測する(第1-1-24図)。次のような点が特徴として指摘できる。
第一に、均衡失業率は2002年以降の景気拡張局面のなかで低下傾向にあったが、2009年は再び上昇に転じた。推計には誤差が伴うため、幅を持って解釈する必要があるが、2009年時点の均衡失業率は3%台半ば程度と推計される。労働市場においては、好不況にかかわらず、求人側と求職側の間において求める技能や待遇など条件面で相違が生じる場合が多い。また、中長期的には、景気循環を超えて、産業構造や就業形態の多様化などに伴うミスマッチもあり得る。均衡失業率は、こうした雇用のミスマッチによって生じる失業率を示していると解釈することが可能である。
第二に、需要不足失業率は2009年時点では2%程度と推計される。2008年から2009年にかけて需要不足失業率は大きく上昇し、アジア通貨危機や金融不安が生じた90年代末頃と同程度の水準まで悪化している。景気の持ち直しを続け、持続的な景気回復につなげていくことが、失業率を低下させるためには必要である。
第三に、労働力人口が減少局面に入ったことを考えれば、長期的には、労働供給は需要に対して不足する可能性がある。現在のような需要不足の状態においては、まずは、需要面に着目して、循環要因による失業率を低下させることが大切であるが、同時に、雇用のミスマッチを緩和して構造的な失業率を引き下げるとともに、労働供給の減少を補うような政策、例えば、女性や高齢者の労働参加率を高めるための政策などを続けることで潜在的な労働力の活用を目指していくことが重要である。
●雇用調整圧力は低下
需要不足失業率の上昇の背景には、企業における雇用過剰感の高まりがある。次に、企業の雇用過剰感の動きを振り返るとともに、景気の持ち直しに伴い、雇用調整圧力がどの程度緩和されてきたかを見てみよう。
第一に、日本銀行「全国企業短期経済観測調査」の雇用判断DI(「過剰」-「不足」)を見ると、企業の雇用過剰感は2008年のリーマンショック以降急速に悪化した後、2009年春頃の景気持ち直しとともに改善している(第1-1-25図(1))。なかでも製造業における雇用過剰感の悪化と改善が急激である。リーマンショック後の生産活動の急減とその後の持ち直しが、雇用過剰感に反映されていると見られる。ただし、2010年半ばにおいても、雇用過剰感は依然として高水準で残っており、前回の景気の谷から1年程度過ぎた2003年と同程度の水準となっている。
第二に、雇用調整圧力について、製造業の生産活動の落ち込みと労働投入量(就業者数及び総実労働時間)の削減の関係から推測すると、2010年春には相当程度雇用調整圧力が緩和している可能性がある(第1-1-25図(2))。前回の景気の山(2007年10月)から持ち直し局面直前の2009年3月にかけて、鉱工業生産は30%以上低下したが、労働投入量は15%程度の減少にとどまった。その後、景気の持ち直しとともに生産活動の低下幅は縮小し、2010年春には労働投入量の減少幅とおおむね近い水準にまで改善している。また、労働投入量の動きを見ると、初期における労働投入量の削減は主として労働時間の削減によってもたらされている。企業が雇用調整を行う際、雇用者数の削減を行う前に労働時間の短縮から始める傾向が示されており、その背景には、雇用調整助成金などの雇用維持政策が寄与したことも考えられる12。一方、2010年春の時点では、雇用者数の減少が労働投入量の削減の大部分を占めている。
第三に、やや長めのスパンの展望を考えるため、現在と同程度の雇用過剰感であった2003年頃の企業の雇用見通しと現在の見通しを比較すると、今回の方が、非製造業を中心に雇用に前向きである(第1-1-25図(3))。また、非製造業の中でも、サービス業や情報通信業などにおいて、今回の雇用見通しが高くなっている。生産の持ち直しが続く一方で、こうした非製造業での雇用創出が実現すれば、前回のような雇用の回復の遅れといった事態を避けることができよう。
●若年世代の失業率は高水準
今回の雇用情勢悪化の特徴として、若年世代の雇用環境が悪化したことが指摘できる。ここでは、若年世代の失業率の高まりや長期失業の増加について、データを見て現状を把握しよう(第1-1-26図)。
第一に、15~24歳の若年世代の失業率は2009年に急上昇した。2008年に7.2%であった15~24歳世代の失業率は、2009年には9.1%と1.9%ポイントの急速な悪化となった。全年齢の失業率が1.1%ポイントの悪化であったことを考えれば、若年世代における雇用情勢の悪化が際立つ。
第二に、大学卒業予定者の就職内定率を見ても、2009年、2010年に大きく悪化している(いずれも3月大学等卒業予定者の内定率)。特に、2010年の内定率は、調査開始以来最低の内定率となった2000年に近い水準となった(2010年4月1日現在91.8%)。いわゆる就職氷河期と呼ばれた時代と同程度の内定率にまで低下している。また、高卒者の就職内定率も低下しており、新卒者の就職環境は厳しい状況となっている。
第三に、失業期間1年以上の長期失業者の推移を年齢別に見ても、15~24歳と25~34歳の若年層で長期失業者が増加している。2008年から2009年にかけて、15~24歳と25~34歳においてそれぞれ20%程度長期失業者が増加している。全年齢階層の長期失業者数が9%程度の増加であったことに比べると、長期失業者の増加が若年層に偏っていることが分かる。
若年層の長期失業は、就業を通じた職業能力開発の喪失などを通じ、中長期的に我が国労働力の質の低下を招くおそれがある。政府としても、新卒者の就職支援態勢の強化など、第2の「ロスト・ジェネレーション」をつくらないための取組を行っている。
(3)住宅投資は回復へ向かうか
最近の住宅建設の動きについて、持ち直してきた背景を概観する。また、家計の住宅取得能力やマンションの在庫調整の状況を確認し、今後、住宅投資が持続的に回復へ向かう素地があるかどうかを検討する。
●住宅着工も持ち直し
2008年10-12月期以降、景気の急速な悪化とともに、住宅着工件数は急減した(第1-1-27図(1))。2008年に109万戸程度であった着工件数は、2009年は79万戸程度と3割減となった。利用関係別に見ると、マンションなどの分譲住宅(共同建て)の落ち込みが激しく、2009年は前年比58%減と半減以上の急速な減少であった。ただし、住宅着工戸数(総戸数・季節調整値)を四半期ベースで見ると、2009年10-12月期には前期比プラスと持ち直しの動きが見られるようになった。持ち直しの背景としては、次のような点が指摘できる。
第一に、各種政策の住宅取得促進効果である。住宅ローン減税等による所得税額控除や長期優良住宅に対する優遇制度、さらに贈与税の非課税枠の拡大など各種の住宅取得促進策が2009年に行われた。こうした政策の効果が、持家や分譲住宅を中心に住宅建設の持ち直しに寄与したものと見られる。
第二に、金融環境の改善である。リーマンショック後、世界的な信用収縮が見られ、住宅関連においても、事業者側の資金繰りが厳しくなっていた。しかし、その後、金融市場が落ち着きを見せるとともに、個人建築主を含む事業者側の資金繰りにも改善が見られ始め、貸家を始めとした住宅建設の悪化に歯止めがかかったことが、持ち直しの背景として指摘できる。
第三に、雇用・所得環境の悪化に歯止めがかかり、底堅さが見られ始めたことである。過去の景気循環において、住宅着工は景気に先行して動くことが多かったが、今回の持ち直し局面においては、住宅着工は遅れて動いていた。リーマンショック後の深い景気後退を受け、将来に対する不確実性の高まりとともに、家計は住宅購入のような将来の所得や金利の展望などに基づく長期的な意思決定を躊躇していた可能性があった。しかし、2009年末頃から雇用・所得環境の悪化にもようやく歯止めがかかり、安定的に推移するなかで、住宅建設にも明るい動きが出てきている。
このほか、住宅建設には、世帯数の増加に伴う潜在需要や住宅の老朽化等による建て替え需要といった、構造的な需要の下支えもある(第1-1-27図(2))。また、後述するが、在庫調整にも進展が見られており、住宅建設は底堅く推移していくことが期待される。
●個人の住宅取得能力は改善傾向
次に、個人の住宅取得能力という面から、住宅の潜在需要を捉えてみよう。ここでは、住宅価格に対して家計の資金調達可能額がどの程度あるか、という視点で住宅取得能力を定義する。具体的には、金融機関から住宅購入資金を借り入れる前提の下、返済期間を30年、利払費も含めた年間返済額を可処分所得の4分の1までとして、住宅取得能力指数を算出した。なお、住宅価格として、データの制約から、首都圏マンションの発売価格を用いている。住宅取得能力指数の動きを見ると次のような点が指摘できる(第1-1-28図)。
第一に、住宅取得能力指数はリーマンショック後、2009年7-9月期までの約1年間改善を続けた。経済対策による住宅ローン減税の拡充や長期金利の低下が、その主たる要因である。そのなかでも、住宅取得能力指数の上昇に対する寄与度を調べると、長期金利の低下による寄与が最も大きくなっている。
第二に、住宅価格が上昇に転じたことなどから、住宅取得能力指数は2009年10-12月期に低下した。住宅価格(首都圏マンション価格)は、リーマンショック直後の2008年10-12月期から下落を続けていたが、景気の持ち直しなどから2009年4-6月期を底に上昇に転じている。他方、資金調達可能額は、金利の低下余地が限られていることもあって、住宅価格の上昇を相殺するほどには上昇していない。このため、住宅取得能力指数は2009年10-12月期に低下することとなった。この点は、今後の懸念事項であろう。
第三に、過去と比較すると、現在の住宅取得能力は必ずしも高くない。水準的には2007年程度に戻っただけであり、2002~2005年頃と比べると依然として8割程度の水準にとどまっている。
●マンションの在庫調整は進展するも供給側は着工に慎重
2009年の住宅建設の落ち込みにおいては、特にマンションなど共同建て分譲住宅の建設着工の減少が大きく寄与した。マンション建設の減少は、需要の回復とともに在庫調整を進展させる。ここでは、マンション在庫の動きから、住宅着工の回復に向けた展開を見てみよう(第1-1-29図)。
第一に、マンションの在庫率(販売在庫数の総販売戸数に対する比)はリーマンショック後に急上昇したが、その後低下傾向を続けている。その要因は、主として販売在庫の削減である。販売戸数がおおむね横ばいで推移するなか、事業者は市場への新規供給を絞り、在庫削減を優先していたことがうかがわれる。
第二に、在庫循環図を見ると、マンション在庫は依然として調整局面にある。在庫戸数の前年比を横軸に、着工戸数の前年比を縦軸にして、東京・神奈川における在庫循環の進展度合いを見ると、グラフの第三象限、すなわち、在庫戸数と着工戸数が同時に大きく減少した場所に、2010年1-3月期も位置していることが分かる。依然として在庫戸数の減少以上に着工戸数が減少するという意味で、在庫調整局面にある。事業者側の在庫過剰感が強く、新たなマンション供給に相当慎重になっていることが推察される。
第三に、事業者側の慎重な態度の証左として、発売戸数と着工戸数の動きのかい離が指摘できる。縦軸を着工戸数から発売戸数に変えて、在庫循環図を描いてみると、2009年4-6月期から在庫戸数の減少率の拡大とともに発売戸数は前年比の減少率が縮小している。販売戸数ベースでは、着工戸数ベースよりも在庫調整が進展していることが分かる。本来、発売戸数と着工戸数の動きにラグはあるものの、似たような動きになることが予想される。しかし、2009年においては、両指標の動きの差は大きく、発売戸数の方が着工戸数に先んじて改善している。すでに工事が終了したものの発売には躊躇していた物件(いわゆる隠れ在庫)が相当程度存在したことが考えられる。