第2章 金融危機と日本経済 第3節

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第3節 「危機後」の日本経済を考える視点

本節では、第1節、第2節での検討を踏まえ、金融危機の後の世界経済、日本経済の姿を考えるに当たっての素材を提供する。国際的な資金の流れと金融セクターの構造変化、産業構造と競争力、政府の対応の三つの視点から議論を進めよう。

1 国際的な資金の流れと金融セクターの構造変化

最初に、世界的なネットの資金フローを規定する、各国における資金過不足の状況を確認する。次に、グロスの資金フローを点検し、各国の金融セクターがその需給にどう関与しているかを見る。その上で、各国の国内における金融セクターの位置づけを調べる。

(1)国際的な資金過不足と資金の流れ

今回の金融危機に先行したアメリカへの国際的な資金の流れの背景には、アメリカの経常収支赤字と我が国を含む他の主要地域の黒字の存在があった。また、さらにそうした世界的な不均衡は、各国国内における家計、企業、政府といった部門ごとの資金過不足(=貯蓄投資バランス)を反映したものでもあった。そこでまず、過去の金融危機の前後での各国の資金過不足の状況を振り返り、今回の危機に伴う変化の方向を探る。

●アメリカでは家計部門が資金不足に

アメリカの経常収支は、83年以降、恒常的に赤字(海外部門が資金余剰)である。しかも、2000年代になって赤字幅が大きく拡大した。では、その裏側で国内各部門の資金過不足はどう変化してきたのだろうか。これについては、以下のような特徴が指摘できる(第2-3-1図)。
第一に、80年代には企業が資金不足(=投資超過)であったが、S&L危機に伴いその縮小が観察される。S&L危機は、81~82年及び86~90年代初めの2回生じているが、危機前に企業の資金不足(投資超過)が拡大し、危機後に再び急激に縮小している。こうした動きの背景には、直接金融での資金調達の拡大による企業部門の金融機関借入に対する資金需要の低下がある。それに対して、金融機関が不動産向けなどのリスクの高い分野への投資を拡大していき、危機の発生によりバブルが崩壊したことで、銀行貸出が急速に縮小している。結局、危機後には、企業部門の資金過不足はほぼゼロで推移している。
第二に、政府部門については、97年頃まで資金不足の部門は政府のみとなっていたが、98~2000年に資金余剰となった。ITバブルが崩壊した2001年以降、再び資金不足に転じ、翌2002年から、政府部門が大幅な資金不足に戻っている。
第三に、家計部門を見ると、99年から資金不足(投資超過)となった。その後、住宅投資の増加と、住宅価格の上昇に伴う消費の拡大を受けて、家計部門はしばしば大幅な資金不足となった。
こうした資金過不足の変化により、2000年以降、海外の資金は、家計部門の赤字と政府の財政赤字に向けて大量に流れ込む形となっている30。今回の金融危機は、こうした姿が持続不能になって生じたということもできよう。

●北欧では銀行危機後に民間部門が資金余剰に

次に、金融危機を経験した国の資金過不足の変化について、北欧の3か国の状況を簡単に確認しておこう(第2-3-2図)。
第一に、銀行危機が起きたのは、ノルウェーでは88年頃、スウェーデン、フィンランドでは91~93年頃であるが、3か国とも、危機の発生前には民間部門の資金不足が拡大していることが分かる。そのため、経常収支も赤字となり、海外からの資金が流入している。
第二に、危機発生後には民間部門が資金余剰となり、スウェーデン、フィンランドでは政府部門が大幅な赤字となっている。ノルウェーは石油収入があるため、通常、財政収支は黒字であるが、92~93年には赤字となっている。
第三に、94年には、スウェーデン、フィンランドで経常収支が黒字となり、その後は黒字基調となっている。一方、財政収支が黒字化するのは、スウェーデン、フィンランドでは98年であり、危機の終息後6年程度を要している。
このように、アメリカ、北欧では、危機をはさんで、投資貯蓄バランス(資金過不足)が大きく変化していることが分かる。一方、日本でも危機を挟んで資金の流れに大きな変化があったと見られる。次に、日本について、どのような変化があったのかを振り返ろう。

●日本では金融危機後に企業部門が資金余剰に

日本では、これまで長期にわたって経常収支黒字を続けてきていることには変わりはない。それでは、日本の国内における資金過不足はどう推移してきたのだろうか。主な特徴を挙げると以下のとおりである(第2-3-3図)。
第一に、バブル崩壊の前後で構造変化が見られる。すなわち、バブル崩壊前には家計部門は大幅な資金余剰、企業部門は大幅な資金不足だったが、バブル崩壊後には、家計の資金余剰が徐々に縮小する一方、企業部門の資金不足も縮小した。また、政府部門は88年から91年にかけては資金余剰であったが、バブル崩壊後には不足に転じている。
第二に、97~98年の金融危機の前後でさらに変化が進んだ。家計部門は一時的に資金余剰を拡大させたが、その後は縮小の一途をたどった。また、企業部門は資金余剰に転じた。政府部門の資金不足は大幅に拡大し、その状態が長く続いた。
なお、2006年になると、バブル崩壊後の過剰債務圧縮がほぼ終了した企業部門の資金余剰が大幅に縮小する一方、財政再建がようやく進み始めて政府部門の資金不足も大幅に縮小した。

●一般に金融危機後は部門別の資金過不足が構造的に変化

以上のような各国における経験から、金融危機前後の資金過不足の変化について、次のように一般化できると考えられる。
第一に、金融危機に先行するバブル期がある場合、民間部門(企業、家計)の支出が活発化し、資金余剰が縮小、あるいは資金不足が拡大する。他方、財政収支は好景気により改善し、資金余剰となりやすい。民間部門と政府部門のバランスで、財政の改善が相対的に小さければ経常収支赤字となり、大きければ黒字になる。
第二に、危機発生直後には、景気悪化や金融システムの問題に対応するため、財政収支は悪化する。また、民間部門が資金不足であった場合、景気悪化によりそれが縮小したり、あるいは資金余剰に転じたりする。
第三に、危機後しばらくしても、資金過不足の姿はもとには戻りにくい。まず、財政収支の改善に比較的長期間を要する。また、北欧や日本のように金融危機が大規模な場合、バランスシート調整に伴う投資不足により、民間部門の資金余剰が続く。
こうした経験を踏まえ、今回の金融危機が終息に向かったとして、アメリカの資金過不足はどうなるだろうか。財政再建に時間がかかる一方、家計のバランスシート調整にも時間を要し、家計は資金余剰が続く可能性が高い。その結果、経常収支の赤字幅が縮小することも考えられる。日本の輸出先市場としては、中国など新興国の内需への期待が高まるであろう。一方、日本は今回、バランスシート調整圧力が弱く、民間部門の資金余剰が比較的小さい。したがって、景気回復後は財政再建を着実に進め、国内の資金需給がタイトにならないよう注意する必要がある。

(2)金融セクターのプレゼンスと構造変化

以上は、いわばネットの国際的取引であるが、金融セクターの活動に焦点を当てるため、グロスの金融取引についても見よう。加えて、各国の国内における企業の資金調達の形態についても確認する。

●アメリカ、英国は、資本取引の規模が大きい

まず、今回の危機前のグロスの国際的な金融取引の動向を確認しよう。最初に考えるべき疑問は、経常収支赤字国であるアメリカや英国は、資本収支は黒字で、ネットでは資金流入国であるはずなのに、世界の金融資本市場において、これらの国の金融機関の存在が大きかったのはなぜかという点である。その理由としては、米英の金融機関が、本国の資金によらない海外での取引に多く関与していたこともあるが、そのほかにも、ネット(収支尻)である資本収支に比べて、グロス(資産、負債の両方の取引)の額が大きいことが挙げられる。主な経常収支黒字国である、日本、ドイツ、中国と、経常収支赤字国であるアメリカ、英国について比べよう。確かに、資本取引(フロー)額では、日、独、中では、輸出入額の大きさに比べて資本取引額が小さい。一方、米、英では、相対的に大きく、特に英国では資本取引額が輸出入額を大きく上回っている31
資産・債務の残高(ストック)で見ても、日、独、中に対して、米、英が非常に大きいことが分かる。米、英では、海外からの資金によって家計の住宅や消費への支出や財政赤字がファイナンスされる一方で、巨額の資金の海外への流れが存在していた。こうしたことが、米、英の金融機関の国際金融市場での大きな存在の背景としてあったと考えられる。
第2-3-4図

●危機前のアメリカへのグロスで見た資金の流れ

以上のように、アメリカ、英国では対外的な資本取引が資産、負債両建てで膨張していたが、具体的に世界のどのような地域から資金が入っていたかを、アメリカについて確認しておこう(第2-3-5図)。
第一に、欧州諸国からは、民間資本による資金の流れが、2007年半ばにかけて急増した後、急激に縮小するという姿となっている。これは、第1節でも見た、欧州系の銀行の資金取引状況と符合している。
第二に、我が国を含むアジアからは、資本流入の多くが外貨準備の増加によるものである。いうまでもなく、これらの外貨準備の多くは、アメリカ国債で保有され、アメリカの財政赤字をファイナンスしている。
第三に、北米・中南米からの規模も大きかったが、2008年に入って急減している。ここからの資金の流れは、ケイマン諸島等のタックス・ヘイブンで組成された金融商品を通じて、世界の各地域から資金が集まっていることを示している。

●主要国のいずれでも企業の資金調達は直接金融のウエイトが上昇

では、主要国の国内における金融取引はどのように変化してきただろうか。家計については(日米比較の形で)第1節で触れたので、ここでは企業の資金調達の形態に焦点を当てたい(第2-3-6図)。
アメリカにおいては、基本的には、社債、企業間信用、借入(銀行以外)等の寄与が大きく、直接金融中心の資金調達であるといえる32。こうしたことが、金融が拡大する局面で、企業への融資よりも、住宅投資や消費支出への意欲が旺盛な家計向けの住宅ローンが大きく拡大する素地となったと考えられる。第二次S&L危機、2001年のITバブル崩壊後は、企業の資金調達が大きく減少しているが、特に、ITバブル崩壊後は銀行借入が減少したことが特徴的である。
その他の諸外国はどうか。英国では、80年代後半には金融機関借入が中心であったが、92年のポンド危機前後は借入が低迷ないし減少した。その後は、社債、その他借入を含め調達形態が多様化している。なお、ITバブル期に株式・出資金等による資金調達が一時的に急増した。一方、ドイツでは、ITバブルまでは借入が中心であったが、その後は社債中心となっている。ITバブル期に株式・出資金が増加したのは英国と同様である。ここでは示していないが、フィンランドやスウェーデンでも、銀行危機を経て借入のウエイトが低下し、直接金融にシフトしている。
日本企業の資金調達は、伝統的には銀行借入に対する依存度が高かった。しかし、バブル崩壊後から大きな構造変化が生じている。すなわち、企業の資金需要が全体として低迷するなかで、銀行借入は89年をピークにして縮小しており、金融危機後の2000年にはマイナスとなっている。一方、社債など市場での調達が増加してきた。また、2003年頃から景気回復に伴い、海外市場経由の資金調達も増加している。

●投資銀行が担ってきた「情報生産」機能は今後とも重要

過去、金融危機が発生するたびに、株価が暴落し金融の全般的な縮小が繰り返された。しかし、それらは一時的な現象であり、危機が終息に向かった後、金融セクターは姿を変えつつも厚みを増してきた。金融業は産業であるとともにインフラであることから、金融セクターの健全な発展は依然どの国にとっても重要である。
一方、今回の危機を契機に特に小国が金融業に特化するという意味での「金融立国」モデルの脆弱性が明らかになった。例えば、アイスランドでは、金融部門の自由化による発展を背景に、近年、国民一人当たりの国民所得は非常に高い水準を誇っていた。金融部門の総資産は2000年にはGDPの96%だったが、海外からの資金が大量に流入し、2006年末にはGDPの8倍に達していた。しかし、世界的な金融危機とともに投資資金の国外流出が始まった。2008年10月には信用不安の高まりを受けて、三大銀行が倒産し、国有化された。こうした金融部門の崩壊により、アイスランドは、空前の経済・金融危機に陥っている。
今回の金融危機では、リーマン・ブラザーズのような投資銀行のビジネスモデルが問題となった。アイスランドの三大銀行もこうした投資銀行業務に傾斜していた。では、金融セクターのビジネスモデルをどう考えれば良いだろうか。投資銀行業務とは一般に、企業などが発行する株式や公社債を引き受け、それらを投資家に販売する引受業務、M&A仲介業務、自己資金で有価証券の売買を行って収益を得るトレーディング業務の3つを柱にしてきたといわれる。金融機関の競争が激化するなか、高収益を求める米欧の金融機関等が、自己勘定でハイリスクの金融資産を抱える形でトレーディング業務に傾斜していったことが、今回の世界的な金融危機の背景になったことは否定できない。
しかし、投資銀行業務のうち、企業の金融資本市場からの資金調達やM&A等の財務戦略のアドバイスを行うこと等(いわゆる「情報生産」機能)は、今後、日本でも一層重要性が高まると見込まれる。その理由として、第一に、グローバル化の進展を踏まえると、国際市場での多様な株式・社債の発行やクロスボーダーM&Aなどが事業展開の上で有力な選択肢とならざるをえない。第二に、国内的には、成長機会が限られる中で、大胆な事業再編による生産性の向上が求められている。大恐慌後にM&Aが増加したように、金融危機はこのような手法の必要性を高める効果もある。適切な規制及び各金融機関における適切なリスク管理の下で、こうしたビジネスモデルも含め、金融セクターの再活性化が課題となっている33

2 産業構造の変化と競争力

「危機後」の日本経済を考えるに際し、金融資本市場の構造変化と並んで重要な点は産業構造、産業の競争力、生産性といった供給サイドの変化であろう。危機に直面した国は、金融面での問題処理が遅れて産業面への負の履歴効果を残すか、それとも危機を契機に資源を大胆に再配分して持続的成長に移行するか、という岐路に立たされる。今回、我が国自身に金融面で深刻な危機が生じたわけではないが、各国での危機克服の取組を睨みながら、危機後の世界でいかに成長力を発揮していくかが問われている。以下では、日本、アメリカ、北欧、韓国に加え、ポンド危機後に目覚しい復活を遂げた英国を取り上げる。

(1)危機後の産業構造の変化

最初に、危機の前後における産業構造の変化に着目する。これは、輸出依存度や比較優位構造等に深く関係するので、それらとあわせて見ていこう。なお、ここでの着眼点はやや中長期的である。そこで、危機により経済成長率が鈍化した期間の前5年及び、危機からの回復期間(3年)を経た後の5年間についての平均的な姿を比べることとする。

●北欧、韓国ではIT製品への輸出特化が進展

金融危機を契機として産業構造が大きく変化した国はあるのだろうか。産業構造の変化が先鋭に現れる貿易に着目してこの点を調べよう。まず、貿易における比較優位の構造がどう変化したかを見よう。比較優位を示す指標はいくつか存在するが、ここでは代表的な2つの指標で確認する。また、産業構造そのものを直接見るため、製造業のGDPに占める割合の変化も確かめておこう。
第一に、輸出特化係数(=(輸出-輸入)/(輸出+輸入))である(第2-3-7図(1))。この指標は各財の純輸出がその財の貿易総額に占める割合であり、当該国のデータだけで作成が可能である。ただし、輸出全体が輸入全体に対して伸びると財ごとの特化係数も上昇しやすい、という性質を持つ。その結果を見ると、危機前後で特徴的なのは、フィンランドのIT製品、スウェーデン、韓国のIT製品、輸送用機器が、輸出特化の度合いを高めていることである。他方、日本や図示していないアメリカでは輸出特化の度合いを高めている品目が見当たらない。
第二に、顕示比較優位指数(=(自国の輸出全体に占める当該財の輸出)/(世界輸出に占める当該財の輸出)である(第2-3-7図(2))。この指標は、世界の平均的な輸出比率に比較したときの当該国の輸出比率の大きさを財ごとに示すものであり、各国が世界的に見てどのような財に比較優位があるのかを表す。OECDのデータベースによれば、事務・会計・計算機械、電気機械、自動車のいずれについても、日本、アメリカでは危機の前後で目立った上昇が見られない。これに対し、フィンランドでは事務・会計・計算機械、電気機械の比較優位指数が上昇し、韓国では事務・会計・計算機械、自動車の指数が上昇している。
第三に、GDPに占める製造業の割合である(第2-3-7図(3))。製造業は一般に輸出依存度が高いことから、輸出競争力が高まるにしたがって製造業のGDP比率が上昇する傾向がある。結果を見ると、フィンランド、スウェーデン、韓国では、危機の前後で比べるとGDPに占める製造業の割合が高まっている。これは、日本、アメリカ、英国で割合が横ばいまたは低下しているのと比べれば対照的である。
日本で金融危機を経ても産業構造に大きな変化がなかったことについて、詳細は後述するが、バブル崩壊後から金融危機前後にかけて、生産要素の移動が遅れたことが影響した可能性がある。

2-5 日本の主力製品の海外市場でのシェア

リーマンショック以降、世界景気の後退が鮮明となるなか、2008年度の日本の貿易収支(通関ベース)が28年振りに赤字に転じた。こうした状況下、日本製品の海外市場での競争力の喪失が懸念されている。そこで、日本が得意とする自動車、半導体のアメリカや欧州、世界市場でのシェアの変化を見てみよう。
第一に、日本の輸出の約2割を占める自動車について見ると、日本企業はアメリカ市場で長期的にシェアを拡大しており、リーマンショック後もシェアを維持している(コラム2-5図(1))。欧州市場でも、シェアは横ばいとなっており、アメリカや欧州、韓国と比べても目立った競争力の低下は見られない。日本の自動車産業については、国内外の燃費規制、排ガス規制をクリアするエネルギー・環境技術に強みがあるといわれており、欧州やアメリカ市場でのCO2排出規制に向けた動きのなかで競争力をさらに強化することが期待される。
第二に、日本の生産の主な牽引役の一つである半導体について見ると、パソコンや携帯電話等の最終製品の需要が減退するなか、世界市場で上位25社に入る日本企業全体のシェアは緩やかに上昇している(コラム2-5図(2))。日本の半導体産業は、品質の高さや国内周辺産業の層の厚さを強みとしている。一方で、アジア市場の開拓の遅れや低収益による投資余力不足が弱みとして指摘されており、こうした課題を克服し、規模の大きなアジア市場を攻略することが今後の競争力強化の鍵といえる。

●中期的な自国通貨安が外需依存度を押し上げ

上記の結果のうち、第一の輸出特化、第三の製造業比率が上昇した国については、輸出依存度の高まりが背景の一つにあると考えられる。危機との関係でいえば、第2節でも触れたように、為替レート減価がこれに影響を及ぼした可能性がある。ここでは、危機後数年程度の後にも自国通貨安が続いていたかどうか、それが輸出にどう影響したかを調べよう。
具体的には、金融危機の前後について、先に設定したような5年というやや長めの期間をとって、為替レート(名目実効為替レート)の変化と、外需依存度(純輸出/GDP(%))との関係について見よう(第2-3-8図)。まず、為替レートについては、日本以外の国では危機後に減価している。このうち、韓国、フィンランド、スウェーデンでは、外需依存度がマイナスからプラスに、すなわち経常収支赤字から経常収支黒字に転じている。特に、韓国では変化が大きい。これらの国では、中期的に為替レートが減価したことで、外需依存度が高まり、GDPの押上げ要因となった。
一方、アメリカ、英国は、為替レートは減価したものの、外需依存度はそれぞれ、マイナス、プラスの領域で横ばいとなっている。これらの国では、為替レートの中期的な変化と外需依存度との関係は見られない。日本については、経常収支黒字国であり危機後に外需依存度が高まっているが、金融危機が国内の問題にとどまったこともあって、為替が減価する状況にはならなかった。

●自国通貨安と規制緩和を背景に対内直接投資が増加

産業・貿易構造の変化に影響を及ぼす要因として、対内直接投資の動向を見ておく必要がある。対内直接投資は経営資源の速やかな移動を通じて産業・貿易構造の変化を加速する可能性を持つからである。特に、高度な技術や人材を伴った対内直接投資は、潜在成長力の向上に対する貢献が大きいと考えられる。
対日直接投資に影響を与える要素としては、マクロ経済環境(経済成長率や為替レート)、経済・社会のインフラの整備状況、労働コスト、規制などが挙げられる。ここでは、金融危機との関係で、為替レートの変化と規制について見よう。
対内直接投資の環境にとって重要な要素の一つは、やはり為替レートである。前述のように、危機後、中期的にも為替レートが減価するとした場合、対外的に見れば投資コストの低下を意味することから、これが誘因となって対内直接投資が増加する可能性がある。実際にデータで確認してみよう(第2-3-9図(1))。ここで挙げた危機を経験した国では、日本を除いていずれも為替レートの減価に伴って対内直接投資のGDP比が高まっている。日本だけは、為替レートの変化、対内直接投資の変化ともに生じていない。
もう一つの重要な要素は、対内直接投資を誘致するための制度的な枠組であるが、なかでも規制緩和の度合いは、各国の誘致姿勢を端的に示すものといえよう。この点について、OECDの調査34による直接投資に関する規制指標で確認しよう(第2-3-9図(2))。第一に、アメリカ、英国は80年代から比較的規制が緩かったので、危機の前後での変化は大きくない。もっとも、英国では90年にさらなる規制緩和を進め、2000年になるとOECD加盟国の中で最も規制が緩い国となっている。第二に、北欧のフィンランド、スウェーデンは90年の時点では比較的規制の厳しい国であった。しかし、2000年にはOECD平均と同程度かやや緩い水準となっている。第三に、日本であるが、90年から2000年への変化はほとんどなく、この時点ではOECD平均より厳しい規制となっていた35
このように、日本以外で危機を経験した国では、為替レートの減価に政策的な取組が加わって、対内直接投資が増加してきたといえよう。

(2)危機後の技術、人材、生産性

高度な技術や人材を導入し、経営資源の再配分を通じて成長力を高める有力な方法が対内直接投資であることを述べた。しかし、こうした目的に資するのは直接投資だけではない。地道な研究開発、人材育成、さらには生産要素の効率的配置こそが基本であろう。これらの点について考えてみよう。

●研究開発投資は危機の際の政府による下支えが重要

研究開発投資は、リスクが高く懐妊期間も長いため、景気後退局面では民間企業において削減対象となりやすい。金融危機やそれに伴う景気の急速な悪化が生ずると、最も犠牲にされやすい支出であるといえよう。それゆえに、将来を見据えていかにその水準を確保するかが危機に際しての課題である。
研究開発費のGDP比の推移を見ると、ここで着目している国々のうち、危機の後で伸び率が加速したのはスウェーデン、フィンランド、韓国である(第2-3-10図)。その結果、この北欧の2か国は日本の水準を超え、韓国も日本の水準に近づいている。なおこの間、日本の比率は、バブル崩壊後に低下したが、90年代半ば以降は緩やかな上昇を続けてきた。
伸び率が加速した国で共通しているのは、危機のときに政府の負担比率が一時的に高まっている点である。これは、景気悪化によって民間の投資が低迷したことの反映でもあるが、同時に、政府による下支えの存在を示している。
今回の危機では、アメリカのいわゆる「グリーン・ニューディール」を始めとして、環境分野を中心に研究開発に対する支援が各国の経済対策に盛り込まれている。我が国でも、経済対策において、世界最先端の省エネ・新エネ技術等の研究開発を行っていくとともに、経済成長の鍵を握る技術力や人材力の強化を目指した大学等の教育研究施設・設備や研究支援者等の研究環境の抜本的な改善を図ることとされている。もっとも、日本の研究開発費は国際的に見て、その政府負担比率は低めであるものの、官民計のGDP比はすでに高い水準にある。問題はむしろその効率性であり36、日本企業の比較優位と今後の戦略に沿った投資の選択と実施が求められている点には注意が必要である。

●高度人材と生産性の向上

研究開発投資とともに産業高度化の基礎を担うのは高度人材である37。残念ながら、「高度人材」をその人材が持つスキルを的確に反映した形で国際比較をすることは困難である。そこで、ここではEUのデータベースにある「高スキル人材」(実際には多くの国では大学卒業程度の人材)で見よう。具体的には、縦軸に産業ごとの全要素生産性(TFP)上昇率をとり、横軸に、各産業に占める高度人材のシェアをとる(第2-3-11図)。
まず、日本について見ると、高度人材のシェアが大きく上昇したのは金融・保険業だが、生産性はむしろ低下している。また、輸送用機械についても生産性がマイナスである。一方、電気機械・光学装置については、生産性が大きく上昇している。
アメリカでも、電気機械・光学装置については生産性が上昇しているが、高度人材のシェアはほとんど高まっていない。その他の産業では、高度人材のシェアは上昇しているが、生産性上昇率には大きな変化はなかった。
韓国では、高度人材は増加しているものの、金融・保険業以外では生産性上昇率が低下している。もっとも、韓国の場合、それまでの途上国としてのキャッチアップ過程が終わったこともあり、この生産性上昇率の低下は割り引いて考える必要があろう。
フィンランドでは、IT関連の電気機械・光学装置と、紙・パルプ産業の二大産業において、高度人材のシェアが上昇して生産性上昇率も高まっている。ITだけでなく伝統的な輸出産業も伸ばそうとした点が興味深い。

●経済成長率と生産性

以上の個別的な要素が合わさって、生産性の向上、経済成長に結びつく。最終的な成果である実質GDP成長率の変化を、成長会計の手法でIT資本、非IT資本、労働投入、雇用構成、全要素生産性(TFP)の各要因に寄与度分解したものを見てみよう(第2-3-12図)。ここで、IT資本とはIT関連の機器とソフトウェアの合計、雇用構成とは学歴構成などから推計した「雇用者の質」である。以下の特徴が指摘できる。
第一に、IT資本の寄与が、アメリカ、英国、フィンランドで危機後に高まっている。これは、企業組織の変革に際しIT機器等を積極的に導入することにより、金融やサービスなどを含めた様々な産業の生産力を増強したものといえよう。日本、韓国ではIT資本の寄与はほとんど見られない。
第二に、雇用構成については、韓国と英国で危機後の寄与が大きい。高学歴化によって人材の質を高め、それが成長につながったものと考えられる。フィンランドではむしろ危機前に人材の高度化が大きく進んでいた。
第三に、TFPはフィンランドで寄与が大幅に拡大している。この背景には、それまでの研究開発投資の効果や、危機前の雇用構成の変化が後の成長にプラスに働いた面も考えられる。

●「追い貸し」を防ぎ生産要素の移動を円滑化することが重要

金融危機に関連した生産性向上の阻害要因として、生産要素の移動の遅れが挙げられる。その一つの例が我が国のバブル崩壊後における「追い貸し」の問題である。これは、結果として本格的な不良債権処理を遅らせることになったが、先に見た成長会計において日本の危機前のTFP上昇率がマイナスとなった要因とも考えられる。
そのメカニズムはこうである。バブルの崩壊後、金融機関が再生の見込みがない貸出先に「追い貸し」を続け、延命を図ろうとする。それは、不良債権を処理する体力がないからであり、その場合、不良債権の処理を先送りしてもやがて景気が本格回復をすれば問題が解決するとの期待が生じている。その分、自己資本の制約などから健全な企業に対する貸し渋りが発生しやすくなる。結果として、マクロ的には成長を牽引する企業が少ないまま低迷が続くことになる。
当時の「追い貸し」の状況を確認するため、先行研究38に倣って、最低支払利息をカバーできない収益状況にあるにもかかわらず、金利減免や追加の貸出を受けている企業に「追い貸し」がされているとみなし39、その割合を試算してみよう(第2-3-13図)。この結果によれば、ピークの2001年度には、1/4程度の企業が「追い貸し・金利減免」を受けていたことになる。また、業種別に見ると、ノンバンク等の貸金業が含まれる「金融業(銀行、証券、保険を除く)」では91年度をピークに8割超と突出しており、不動産業でも93年度をピークに2割強が「追い貸し・金利減免」を受けている。「追い貸し」とTFPの関係については、今回の試算では、「追い貸し・金利減免」を受けている企業割合が高い業種ほど、TFP上昇率が低いとの関係が見られた。こうしたことから、「追い貸し」企業の割合が高かったバブル崩壊後の90年代には、マクロ的に生産性を上昇させることは困難であったといえよう。
今回、我が国はこのときのような深刻な金融危機ではないが、第1節で見たように不良債権の増加が懸念される状況であり、バブル崩壊後の教訓を生かした対応が求められている40

3 危機後の世界を展望した政府の対応

各国政府は、現在、危機への緊急の対応を精力的に進めている。だが、この作業は同時に「危機後」の持続的成長へと通ずるものでなければならない。以下では、金融資本市場の規制・制度のあり方、財政収支と債務残高の処理の問題、さらには産業支援と規制のあり方について論じてみたい。

(1)金融資本市場における規制・制度のあり方

ここでは、金融資本市場における規制・制度のあり方について検討する。これまでの金融危機を振り返ってみると、そもそもの金融危機の原因として、監督体制が不十分なままでの金融自由化や規制緩和等があったことはすでに述べた。今回の金融危機では、サブプライム住宅ローンを組み込んだ金融商品の格付の問題があった。また、金融資本市場での値付けができない場合などに、金融商品の評価額の暴落により銀行の自己資本が毀損する問題が発生している。こうしたことから、金融部門に関する様々な規制・制度のあり方が議論となっている。

●過去の規制変更等によってどのような影響があったか

金融に関する規制については、これまで金利や業務についての緩和がなされる一方、金融機関の健全性に関する部分については、強化がなされてきた。金融規制の変更は、金融セクターにおいてどのような影響があったのだろうか。
まず、アメリカを中心に見てみよう(第2-3-14図(1))。アメリカでは、世界大恐慌時に、高リスク・高リターン投資を行っていた金融機関が破綻したことを教訓に33年にグラス・スティーガル法が制定され、銀行・証券の兼営禁止、預金金利上限規制などが行われていた。その後、80年代から自由化が進められ、99年のグラム・リーチ・ブライリー法により銀行・証券の兼営が認められるなど、アメリカの金融自由化は完了している。
以下では、規制と金融危機の関係について簡単に整理してみよう。
第一に、金利規制が危機の要因となる場合である。アメリカでは、第一次石油危機、第二次石油危機の際に、市場金利が高騰する中で、預金金利の上限が規制されていたために、銀行離れが起こった例がある。
第二に、規制緩和との関係である。これは、金融自由化の際の金融監督の不備が、S&L危機や北欧の銀行危機の要因となったことを見たとおりである。自由化により競争が激しくなるなかで、より高リスク・高リターンの分野へ資金が流れていく。その後、バブルが崩壊すれば、金融機関は大きな損害を被ることになる。これは、基本的には、世界大恐慌において、預金獲得のためにリスクの負担限度を超えて利息を付し、高リスク・高リターン融資や証券投資を行って大きな損害を被った当時の金融機関と同様である。
第三に、金融危機時にとられる金融機関の健全性を確保するための措置等による影響である。これは、例えば、S&L危機時の、金融機関改革救済執行法41や連邦預金保険公社改善法等が該当すると考えられる。連邦預金保険公社改善法では、早期是正措置の導入や預金保険の料率について破綻危険度に応じて設定することが義務付けられるなど、問題発生の未然防止と問題金融機関への迅速対応を図るように健全性規制を強化した。
これらの規制緩和や規制強化と、アメリカ、日本の金融機関の貸出の動きを並べたのが、第2-3-14図(2)である。もちろん貸出の動向は、経済状況や国内の資金需要等によって大きく左右される面が大きいが、規制緩和の時期は貸出の増加と、規制強化は貸出の伸びの鈍化の時期とおおむね合致しており、規制の変更が貸出動向に対して何らかの影響を及ぼしている可能性がある。

●BIS自己資本比率規制の景気循環増幅作用

BIS自己資本比率規制については、景気循環増幅作用が働くとの指摘がある。すなわち、第1節でも見たが、国際基準行の株式の評価益の45%は自己資本としてティア2に算入され、評価損の約60%(税効果勘案後)はティア1から控除されるため、銀行が保有している株価の下落は自己資本比率を低下させることを通じて、銀行貸出の抑制要因となりうる。また、景気後退局面における不良債権処理費用の増加による自己資本の毀損も同様に貸出を抑制する可能性がある。
今回の危機を受けて、資本不足の懸念がある各国の金融機関に資本の増強が求められている。過去の日本の金融危機において、公的資金による資本増強が銀行貸出の増加に寄与したかどうかを見ると、自己資本比率は総じて上昇したものの、当時の資金需要の低迷もあり、貸出が減少した結果となっている(第2-3-15図)。資本の増強は、資金需要の動向次第では、必ずしも貸出の増加につながらない可能性があることが示唆されている。そこで、資金需要を除いた公的資本注入による貸出の変化への直接的な影響を見るために、資本注入行以外を含めた銀行全体の貸出の変化との差を比較すると42、資本注入前は自己資本比率と貸出との間に明確な関係が見られなかったものの、資本注入後は自己資本比率の高い金融機関ほど貸出を増やすという結果が得られた。ここでは、公的資本注入を受けて、自己資本比率が一定以上の水準に上昇した金融機関が貸出に積極的になったことが示唆されている。したがって、資本不足の懸念がある金融機関は資本増強に努め、自己資本比率の制約のために資金需要に対応できない状態となることを避ける必要がある。
なお、今回すでに、アメリカ等では、自己資本増強のため公的資金の注入が行われた(第2-3-16図)。一方、公的資金を受けた金融機関でも、政府による経営への干渉を受けないよう、公的資金の返済を急ぐ状況が見られる。こうした動きが、金融資本市場や銀行貸出にどのような影響が出てくるか、注視が必要である。

●金融セクターにおける規制見直しの動き

現在、各国が協調して、金融システム上の重要な金融機関、金融資本市場、金融商品を適切な規制・監督の下に置き、ヘッジファンド等のもたらすリスクを評価するための適切な情報開示を行っていくための仕組みが検討されているが、そこでも、金融規制が景気循環を増幅させないようにすることが必要との認識が示されている。
さらに、システミックリスクの集積を防ぐために、マクロ経済の健全性の監督を強化することにより、規制を強固にするとともに、好況時における資本バッファーの積み増しやレバレッジを制限する措置などが求められている。
2009年4月1日及び2日に開催されたロンドン・サミット(第2回金融・世界経済に関する首脳会合)では、金融セクター及び金融規制・監督における大きな失敗が金融危機の根本原因との認識の下、金融監督・規制の強化に関する議論が行われた。会議終了後に発表された首脳声明では、
[1]金融システムに影響を与える脆弱性の評価、必要な措置の特定、監視、
[2]システム上重要なすべての金融機関・商品・市場への規制・監督の拡大、
[3]タックス・ヘイブンを含む非協力的な国・地域に対する措置の実施、国家財政及び金融システムを保護するための制裁の用意、
[4]評価・引当基準の改善及び単一の質の高いグローバルな会計基準の実現への取組、
[5]規制監督及び登録の信用格付会社への拡大
等の事項が首脳声明に盛り込まれたところである。これらに基づき、強力で整合的な監督・規制の枠組みを構築すべく行動するとされている43

2-6 バーゼルII(新しい自己資本比率規制)導入の影響

バーゼルII(新しい自己資本比率規制)は、2007年3月末より日本で実施されているが、これは銀行の自己資本比率にどのような影響を与えたのだろうか(コラム2-6図)。
バーゼルIIでは、リスクウエイトを精緻化し、行内格付を利用して借り手のリスクをより精密に反映する手法も任意で選択できるなど、信用リスクをより精緻に算定して信用リスクアセットを求めることとしている。また、リスクアセットの項目として、従来の信用リスク・市場リスクとあわせて、不正行為やシステム障害などから損失が生じるリスクをオペレーショナルリスクとして追加している。
バーゼルII実施年度である2007年3月期決算において、リスクアセットは前年度末と比較して減少している。これは、オペレーショナルリスク相当額の追加が増加に寄与したものの、中小企業や個人向けの貸出に係るリスクウエイトの低下による信用リスクアセット相当額等の減少寄与の方が大きかったためである。すなわち、バーゼルIIの実施によって、リスクアセットが増加し、自己資本比率が低下することで、貸出を減少させるような影響は見られなかった。
なお、オペレーショナルリスク相当額は、金融機関の職員数におおむね比例しており、「不正行為やシステム障害等で損失が生じるリスク」との趣旨に沿った水準となっている。

(2)財政収支と債務残高

ここでは、過去の金融危機における当事国の政府の対応について振り返った上で、政府の債務残高の推移と、財政赤字について見よう。

●金融システム安定化のための財政支出

アメリカのS&L危機の際は、政府が整理信託公社(RTC)を設立して破綻金融機関の資産を売却し、預金保護と債権回収を行ったが、RTCの一部にも財政支出が行われている。本来、S&Lの預金者保護は連邦貯蓄貸付組合保険公社(FSLIC)がその任に当たることになっていたが、S&Lの破綻の規模が大きかったため、預金保険の残高が枯渇の危機に瀕したことや、預金者保護の重要性に鑑み、財政支出による支援が行われた。FSLICとRTCに対する直接の財政負担は約1千億ドル程度とされている44
また、北欧の銀行危機では、スウェーデンとフィンランドにおける危機対応が成功例とされている。スウェーデンでは、92年に公的資金による銀行の預金・債務の全額保護を含む包括的な支援策がとられた。2行の銀行が国有化され、それぞれに政府が出資した資産管理会社45が設置されている。フィンランドでも、92年にすべての銀行に対して予防的な公的資金を注入したほか、41の貯蓄銀行を合併して設立したフィンランド貯蓄銀行(SBF)に対して政府保証基金による公的資金注入、債務保証等の支援を行った。また、SBF等の不良債権を処理するため、政府及び政府保証基金が出資した資産管理会社を設立した。こうして、両国で用いられた公的資金は、97年のGDP対比で、スウェーデンで3.6%、フィンランドで同8.9%に上ったとされている(第2-3-17図)。
日本のバブル崩壊後については、金融機関の不良債権残高は、ピーク時(2002年度)には約43兆円、不良債権比率は8.3%(対GDP比8.5%)に達した。この状況に対し、政府は、厳格な資産査定の下で不良債権買取、資本注入等の対応策を実施した46第2-3-18表)。このような政策対応の下で、金融機関において不良債権処理が進められた結果、92~2008年9月までの処理額累計は約100兆円となっており、この間の預金保険機構による資金投入実績額は約47兆円となっている。このうち、国民負担となったのは、約10兆円である。

●日本では債務残高は積み上がっているが、その他の国は危機終了後に縮小

以上のように、各国政府は、金融システム安定化のために公的資金を投入したが、そのほか、景気が悪化することによっても、財政赤字は拡大している。そのため、政府の債務残高(名目GDP比、以下同様)は危機後に増加している。日本と他の3か国を比べて明らかなのは、日本では、バブル崩壊後に長期にわたって財政赤字が続いて債務残高が積み上がり、2002年からの景気拡張局面においても債務が増加を続けたことである。他の国では財政赤字が黒字化するまでに時間はかかっているが、債務残高は緩やかに減少している。(第2-3-19図(1))。
このような違いはどこから生じたのだろうか。先行研究によれば、財政再建の鍵は手法の持続可能性にあり、歳入面の増加に加え、政府消費や移転支出の削減が効果的であるとされる。そこで、政府の最終消費支出と固定資本形成、税収のGDP比についてこれまでの推移を見よう(第2-3-19図(2)~(4))。ここから、次の三点が指摘できる。
第一に、日本では政府消費のGDP比が上昇したままである。これに対し、北欧3か国の平均を見ると、銀行危機以来、すう勢的に低下している。実際、フィンランドやスウェーデンは、危機後の財政改革パッケージにおいて、社会保障分野での家計への移転に加え、政府消費の削減を大胆に進めたとされる47
第二に、この間、日本では一般政府の固定資本形成の削減を急速に進め、GDP比では主要先進国並みの水準まで低下してきたが、その中では高いグループに入る48
第三に、日本では2000年代、景気回復に伴って税及び社会保険料の合計額のGDP比は緩やかに上昇したものの、その水準は30%未満であり、アメリカと同程度である。銀行危機の時点で税収等がGDPの半分近くとなっていたフィンランドやスウェーデンでは、危機後に税収等のGDP比がさらに高まっており、我が国の水準とは大きな開きがある。
こうした状況を踏まえると、我が国においては、景気回復後の財政再建にどう取り組むか、十分な検討が必要である。

(3)産業に対する支援と規制のあり方

前述のとおり、金融危機後の成長を展望するために、研究開発や人的資本への投資に関して政府が支援していくことには意義がある。過去においては、フィンランドなど、危機に見舞われた国が、こうした支援もあってIT関連分野を中心に発展を遂げたのは事実である。しかし同時に、産業支援に当たって注意すべき点もある。以下では、保護主義への警戒と、規制のあり方を巡る課題について取り上げよう。

●保護主義、特定産業への支援

現在、アメリカでの、政府調達においてアメリカ製品を優遇するといった、いわゆる「バイ・アメリカン」49など、各国で、保護主義的な動きが広がっているとの指摘がある。世界貿易機関や世界銀行の報告でも、今回の金融危機の下で導入された貿易関連措置のうち、貿易制限措置としてみなされるものが増加してきていることが指摘されている(第2-3-20図)。
今日では、世界大恐慌時のような保護主義が台頭する可能性は比較的小さいと考えられるが、一見、保護主義とは無関係と見える、国内の特定産業への支援、新産業育成の政策、業界支援も、貿易上の不当な競争力強化につながりかねないことには留意が必要である。こうした支援は、企業の非効率な体質を温存したり、市場からの退出を求められている企業の救済につながる可能性がある。国内でのショックが大きなものとなる可能性が高いのであれば緊急避難的にとりうる場合もあるが、長期化すれば、生産性が低下していくことになりかねない。
各国が貿易のメリットを享受するに当たって求められるのは国際協調であり、協調を図るなかで、早期に景気が改善していくことが重要である。保護主義的な措置は、国際貿易の回復を遅らせるものである。

●規制一般のあり方

先に述べたように、金融セクターにおける規制は、危機を経験するたびに強化の取組がなされている。それでは、実物セクターの規制はどうだろうか。OECDが作成した、7分野の規制の度合いを示す指標を見てみよう(第2-3-21図)。これによれば、以下のようなことが分かる。
第一に、金融危機を経験した国のうち、フィンランド、スウェーデン、韓国では、危機の前後で大幅な規制緩和を行っている。これは、金融危機を乗り越えて成長を図るため、実物セクターの生産性を高めることをねらったと考えられる。
第二に、その他の国でも90年代を中心に規制緩和を進めたが、反対に規制を大幅に強化しようという動きは見られなかった。
今回の危機を受けて、金融資本市場に対する規制・制度で不十分な点が明らかとなり、それへの対応が進められているが、このことを以って実物セクターにおける規制緩和、自由化の行き過ぎを指摘する声もある。しかし、金融セクターにおける規制強化の動きは、自由な取引を原則として維持しつつ、金融監督などの面で不十分な点を補い、グローバルなシステミックリスクの顕在化を防ぐことが主眼である。実物セクターにはそれぞれ市場の特性があり、政府としては、今後とも、それらに適切に配慮しつつ、全体として市場機能が最大限発揮されるよう、規制・制度の運用を行っていく必要がある。

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