第2章 金融危機と日本経済 第1節

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第1節 世界的な金融危機と国内金融

アメリカのサブプライム住宅ローン問題に端を発する金融市場の混乱は、2008年9月のいわゆるリーマンショックを契機に金融資本市場全体の危機に発展し、米欧の金融システムを機能不全に陥れた。こうした危機は、日本に、直接、間接に影響を及ぼしている。本節では、金融危機の、[1]金融資本市場への影響、[2]金融機関を通じた企業金融への影響、[3]家計のバランスシートへの影響、について見る。

1 国内金融資本市場への影響

ここでは、国内金融資本市場の受けた影響について、株式・債券市場と銀行間市場に分けて検証する。あわせて、日本銀行が各国中央銀行とも協調しつつ実施した対応についても述べる。

(1)株式・債券市場の動向

株式、国債、社債・CP市場の順に、2007年以降の状況を振り返り、特にリーマンショック後にどのような変化が見られたかを確認しよう。

●株価はリーマンショックを契機に大幅に下落

2008年における我が国の株式市場の動きは、三つの期間に分けて整理すると理解しやすい(第2-1-1図)。第一は、3月のベアー・スターンズ1救済までの時期である。この期間は、サブプライム住宅ローン問題が顕在化した2007年夏以降、世界的な金融不安が高まるなかで株価の下落傾向が続いていた。第二は、その後、9月のリーマンショックまでの時期である。この期間の株価は、一旦は回復の動きを示したが、途中から下落基調となり、3月の水準まで戻った。第三が、リーマンショック後の期間である。この期間は、大幅に下落したあと、軟調な動きが続くこととなった。
2009年に入っても、世界的な金融危機が深刻化するなかで、当初は軟調な動きが続いていた。しかし、3月になると、アメリカの金融機関の決算が公表され、経営不安が和らいだことを契機に、持ち直しの動きが見られるようになった。
こうした一連の株価の動きに通底する背景として、各国の株価との連動性と、為替レート変動との関係を挙げることができる。すなわち、最近の日本の株価は、米欧を中心とした金融危機を巡る動きに反応する形で、これら各国の株価と基本的には同じ方向に推移してきた。同時に、為替レートが円高方向に動くときは、輸出の急減による企業業績の悪化懸念等から我が国の株価が特に大きく下落する場合が多かった。これらはいずれも外国人投資家による売買の影響を強く受けていると見られるが、その点を含めた詳しい分析は第2節で行う。

●「質への逃避」が繰り返された国債市場

国債市場の動きを長期金利(国債の利回り)で振り返る。長期金利の推移も、2008年を株価の場合と同じ三つの期間に分けてみよう(第2-1-2図)。第一の、ベアー・スターンズ救済までは、2007年夏頃からの流れを受けて、各国における景気後退懸念の強まりなどを背景に、低下傾向を示していた。第二の期間、すなわちリーマンショックまでは、夏場にかけて上昇、その後は低下した。これは、原油価格等が高騰し、世界的にインフレ懸念が高まる局面があったが、夏場以降、原油価格等が反落したことや金融不安が再燃したことによる。第三の、リーマンショック後は、当初、流動性の逼迫などから債券を現金化する動きが強まりやや上昇したが、それが一段落すると再び低下に転じた。
2009年に入ってからは、各国で積極的な財政政策が実施されたことから、長期金利は上昇基調を示している。日本の長期金利は、アメリカの長期金利上昇の影響や、政府の経済対策による景気押上げ期待などから、幾分上昇しているが、米欧と比べると依然低水準で推移している。
以上のような推移の背景には、次の特徴が指摘できる。第一に、株価と同様に、各国の長期金利の連動性は高い。例えば、世界的にインフレ懸念が高まったとき、日本のインフレ期待は依然低かったが、日本の金利も急勾配で上昇した。また、海外投資家が流動性の制約から日本国内の先物のポジションを縮小したことで、現物市場への資金の流入も細って国債市場の流動性が低下し、長期金利の上昇につながった局面もあった。第二に、金融不安や景気の先行き懸念から投資家のリスク許容力が低下すると、「質への逃避」として資金が国債市場に流入した。ただし、リーマンショックの直後は、国債でさえハイリスクと認識され資金が流出したという点で、今回は異例の事態が生じたといえよう。

●社債・CP市場にも金融危機の影響が波及

以上で見たように、国際的な裁定が働きやすい株式や国債については、世界的な金融危機に伴う投資家のリスク回避姿勢などが我が国の市場に大きく影響を及ぼした。一方、社債・CP市場は参加者が主として国内勢であるにもかかわらず、リーマンショック後は大きな影響が生じた。それはなぜだろうか。
社債利回り(AA格)の対国債スプレッドを見ると、米欧では2007年夏以降、金融不安が高まるなかで拡大していたが、日本ではほとんど目立った動きはなかった(第2-1-3図)。しかし、リーマンショック後は、米欧で一段と急速にスプレッドが拡大したのに呼応し、日本でも幾分拡大が進んだ。特に、リーマンショック後は、BBB格以下の社債発行がほとんど見られなくなった。この背景としては、第一に、株価の大幅下落等により、投資家のリスク許容度が低下したことが挙げられる。第二に、リーマン・ブラザーズ向けの債権や、新興不動産会社の社債、投資法人債のデフォルトが続き、投資家が社債のリスクをより厳しく見るようになったことも考えられる。
CP市場では異例の事態が生じた。CPは短期の債券であり、主として信用力の高い大企業が発行する。しかし、CP発行金利はリーマンショック後の2008年秋以降に急上昇し、11月には銀行借入金利を一時上回った。発行残高も10、11月には急激に縮小した。この背景には、第一に、社債の場合と同様、株価の大幅下落等による投資家のリスク許容度低下が影響したと見られる。第二に、CPでは発行主体の短期の資金繰りが問題になる。海外の金融危機を受けて国内的にも信用不安が高まり、こうしたリスクが強く意識されるようになった面もあろう。

2-1 サムライ債の動向

外国人投資家(非居住者)が日本の市場で発行する円建て債券(サムライ債)については、2008年以降も、海外市場での信用不安により、サブプライム住宅ローン問題の影響が比較的軽微だった日本での起債が増加していたが、リーマンショック後、2008年末にかけて発行が急減した(コラム2-1図)。発行が困難な状況となったのは、リーマン・ブラザーズが発行したサムライ債がデフォルトしたことに加え、他の欧米の金融機関でもデフォルトが発生したことなどから、年末にかけて国内投資家のスタンスが慎重化したためと考えられる。ただし、サムライ債での資金調達の需要は強く、金融危機の影響の小さい公的セクターや、政府保証付きの起債はある程度見られている。

(2)銀行間市場の動向と金融政策

以上で見たように、金融資本市場でのリスクの取り手が減少するなかで、銀行部門の役割が重要となった。銀行がそうした金融仲介機能を果たすためには、短期金融市場における銀行間取引が十分に機能していることが前提となる。世界的に金融市場が機能不全に陥ったが、銀行間取引市場は中央銀行の金融調節の直接の場でもある。以下では、量的緩和解除後に機能を回復しつつあった日本の銀行間取引市場について、金融危機前後の状況変化を調べる。また、各中央銀行との協調を含めた日本銀行の対応についても述べる。

●外国銀行の資金調達が減少し銀行間市場の規模が縮小

我が国における銀行間市場もまた、海外の金融危機の影響を受けた。その主な原因は、外国銀行の動きにある。銀行間市場の規模は、99年のゼロ金利政策、それに続く量的緩和政策の下で大幅に縮小した。これは、都市銀行が大きく資金調達を減少させたことによるが、2006年に量的緩和が解除された後も、この状況に変化はなかった。他方、資金の取り手として存在感を増していたのが外国銀行であった(第2-1-4図)。
サブプライム住宅ローン問題が顕在化した2007年8月以降、米欧の短期金融市場の需給逼迫から、日本でも銀行間のターム物金利に上昇圧力がかかる場面があったが、米欧に比べれば小幅であり、影響は小さかった。しかし、2008年9月のリーマンショック後は、外国金融機関に対するリスク意識の高まりから、日本の金融機関が外国金融機関を相手方とする取引を敬遠する傾向が強まった2。さらに、円キャリー取引の巻き戻しもあって、外国銀行は銀行間市場での円資金の調達を大幅に削減したと見られる。こうした結果、銀行間市場での資金の取り手としての外国銀行の存在感は小さくなり、市場は量的緩和政策がとられていた2001年半ばから2006年初め頃の状況まで縮小している。

●各国中央銀行、日本銀行における対応

リーマンショックによる世界的な金融危機の高まりに対し、6か国の中央銀行が2008年10月8日に政策金利の引下げに同時に踏み切るなど、異例の対応がとられた。その際には、日本銀行は、日本の金融市場は欧米と比べ相対的に安定した状態にあるとして、利下げは行わなかった。しかし、その後、日本銀行は、国際金融資本市場での緊張が著しく高まる状況において、日本の金融市場の安定を確保することが中央銀行としてなし得る重要な貢献であるとして、金融政策面での対応を行ってきている。具体的には、2008年10月末と12月に政策金利の引下げを行ったほか、金融市場の安定確保、企業金融円滑化の支援策について、様々な措置を実施している。金融市場の安定確保を図る観点からは、年末・年度末越え資金の積極的な供給を図るとともに、長期国債買入れの増額等の措置を講じた。企業金融円滑化支援では、年末・年度末に向けた企業金融の円滑化に資する観点から、日本銀行は、「企業金融支援特別オペレーション3」を導入した(その後、9月まで延長)。さらに、CP・社債についての買入れを行うなどの措置を行っている。
また、金融政策面での対応のほか、金融システムの安定を図るため、金融機関保有株式の買入れを再開したほか、金融機関向け劣後特約付貸付の供与を実施している。
一方、米欧では、その後も断続的な利下げが行われ、2009年6月末現在、アメリカ、ユーロ圏、英国の政策金利は、それぞれ0~0.25%、1.0%、0.5%と極めて低い水準となっている。それに加え、銀行間市場の機能が低下している中で、流動性供給を拡大するための措置を実施しており、中央銀行のバランスシートが拡大している(第2-1-5図[1][2])。
日本銀行においても、積極的な資金供給の実施に伴い、バランスシートは若干拡大しているものの、米欧のような急激な拡大は見られていない。日本銀行のバランスシートの負債側では、資金供給の拡大に伴い日銀当座預金が増加しているほか、米ドル資金供給オペの導入・拡充に伴い「その他預金」が増加している。なお、日銀当座預金については、超過準備額に利息を付す補完当座預金制度の導入を2008年10月末に決定した4。これにより、補完当座預金制度対象先は、その適用金利(0.1%)より低いレートでの運用を控え、日銀当座預金に超過準備を積み増す結果となった。2009年6月末時点では、日銀当座預金残高は15.8兆円、うち5.9兆円が超過準備となっている。

●国際金融資本市場の安定化のための措置

各国中央銀行は、国際金融資本市場の安定化のため、国際協調の枠組みの中で、米ドル資金供給などの措置を講じている。リーマンショック後には、世界的にドル資金の流動性制約が強まったことから、こうした国際的なドル資金調達圧力に対処するため、アメリカ連邦準備制度(FRB)と各国中央銀行が米ドル・スワップ取極を締結し、その下で各国中央銀行によるドル資金の供給が実施されている5。日本銀行によるドル資金供給制度は、国内の金融市場安定化のための措置や、企業金融円滑化支援策に先立って導入された6
リーマンショック後に、世界的に国際金融資本市場が緊張し、ドル資金不足に陥った背景としては、金融危機前にユーロ圏、英国、スイス等の欧州系の銀行がドルの国際資金取引を拡大していたことがある。特に、産油国やアジア新興国等の経常収支黒字国からのドル資金が、欧州系の銀行に集まり、そこから、アメリカや中東欧等に資金が流れていた。こうした資金の流れについては、サブプライム住宅ローン問題顕在化後の金融混乱で巻き戻しが起こっていたが、リーマンショック後の金融市場の流動性の急激な低下により、ドルの資金繰りが急速に困難化したのである。
日本については、経常収支黒字を背景として、アメリカ国債の購入など対外債権を増加させてきており、また、邦銀は、銀行間の対外資金取引において、ネットでドルの運用超となっていたことから、欧州系の金融機関と比べてドル需給逼迫の影響は相対的に小さかったと見られる。しかし、米ドル短期金融市場において、調達金利は急上昇し、米ドル資金市場の著しい機能低下や、為替スワップでのドル調達環境の悪化が見られた。こうした状況に対処するため、日本銀行は、各国中央銀行と協調して、ドル資金供給制度を導入した。
その後、米ドルの流動性逼迫が一段と強まったことを踏まえ、米ドル短期金融市場における流動性向上のための中央銀行間の協調策(10月13日公表)に基づき、日本、ユーロ圏、スイス、英国において、適格担保の範囲内で、固定金利入札、金額無制限のドル資金供給を行う措置が導入された。
また、日本銀行は、2009年5月には、資金供給に当たり、外貨建て・国外発行・外国所在の証券を担保とする、いわゆる「クロスボーダー担保の適格化」について決定し、米国債、英国債、ドイツ国債、フランス国債を適格担保とすることとした。

●金融危機時における金融政策をどう考えるか

以上で見たように、現在、各国の中央銀行は、流動性の供給など本来の役割を果たすとともに、企業金融支援等の非伝統的な政策手段も用いている。日本銀行も、リーマンショック以降、こうした手段を多用してきたが、今後については、次のような視点から、金融政策運営のあり方を考えていく必要がある。
第一に、経済・物価動向との関係である。景気については、依然厳しい状況が続いている上、雇用調整圧力の高まりや世界経済の下振れリスクに十分注意する必要がある。物価面では、大幅な需給ギャップが存在するなかで、デフレに逆戻りすることが懸念される状況にある。こうしたことから、当分の間、金融政策面からの景気の下支えが必要である。
第二に、非伝統的な手段の及ぼす効果である。CP・社債についての買入れ等の企業金融円滑化支援のための資金供給が行われているが、企業金融の状況によっては、拡充が必要となる場合も考えられる。一方、これらの措置は、日本銀行が企業の信用リスクを引き受けていることにほかならず、金融政策が個別の資源配分に対して介入しているといった論点が意識されている。
第三に、国際金融資本市場安定化のための措置の評価である。ドル資金供給やクロスボーダー担保の適格化のように、国際協調の枠組みの中でとられた措置については、その効果等について説明責任を十分果たしていくことが必要であろう。
日本銀行は、各国中央銀行と同様、物価と金融システムの安定に責務を負うとともに、日本経済が持続的成長経路へ復帰していくため、最大限の貢献を行っていくことが求められている。同時に、十分な説明責任を果たしていくことが重要であり、日本銀行の役割が適切に理解される必要がある。

2-2 円キャリートレードのその後

日本円については、世界的に住宅金融バブルが形成される過程で、キャリートレードを通じて、国際的な過剰流動性の一因となったとの指摘があった。実際、2002年頃から2007年半ばまで長期的に円安傾向が定着するなかで、低金利の円を調達して高金利国通貨へ投資する取引が増大した。もっとも、キャリートレードは日本円に特有の現象ではない。スイスフランも同様にこうした取引の対象とされた。このことは、シカゴ商業取引所でショートポジションが拡大していたことなどに現れている(コラム2-2図(1))。
しかし、2007年半ばのサブプライム住宅ローン問題の顕在化によって、投資家のリスク回避姿勢が強まると、キャリートレードの巻き戻しが生じ、円やスイスフランは各国通貨に対して増価した。その結果、ショートポジションも大幅に縮小した。
リーマンショック後には、スイスフランの増価は緩やかなペースで進んだ一方、円の増価は急激なペースで進んだ。こうしたことから、2008年後半の円高は、キャリートレードの一律の巻き戻しによるものというよりは、日本の金融システムの相対的な健全性が評価された面もあったものと見られる(コラム2-2図(2))。

2 金融機関を通じた企業金融への影響

以上で見たような、株式市場や社債・CP市場の混乱は、大企業を中心とした企業金融に少なからぬ影響を及ぼしたと考えられる。それでは、金融機関を通じた企業の資金調達はどのような影響を受けたのだろうか。金融機関の財務状況を見た上で、企業の資金繰りや倒産の動向を分析する。

(1)金融機関の財務状況

日本の金融機関の状況は、米欧と比べ相対的には健全であるとされるが、2008年半ば以降、世界的な金融危機が深刻化するなかで、株価の下落等により、金融機関の財務状況にも影響が見られている。経常利益の動きを見た上で、貸出に関係が深いとされる自己資本比率、不良債権比率について点検する。

●株価下落と不良債権の増加により主要行の収益は悪化

金融機関の収益構造は、金融危機の影響によりどの程度厳しい状況となっているだろうか。経常利益の変化を主な収益と費用の寄与に分解することで、この点を明らかにしよう(第2-1-6図)。
まず、2008年9月期の主要行の決算を見よう。この時点では、経常利益は前期と比べて半減している。その内訳から抽出できる特徴として、以下が挙げられる。第一に、本業である貸出から得られる資金損益、第二の本業ともいうべきフィービジネスから得られる役務取引等損益を合わせた額は、ほとんど変化していない。営業費用も同様である。第二に、一般貸倒引当金繰入額を含む与信関係費用が大きく増加している。これは、景気が後退するなかで、取引先企業の倒産の増加や収益の悪化等を反映したものと考えられる。第三に、株式等関係損益は利益超から損失超に転じている。これは、いうまでもなく株価の下落を反映したものであろう。
次に、2009年3月期の決算はどうだったか。この時点では、経常利益が黒字から赤字に転じている。その特徴として、第一に、与信関係費用がさらに増加している。これは、2008年10月以降の景気の一段の悪化を背景とする企業の信用リスクの高まりに応じて、貸倒引当金が積み増されたことなどの影響と考えられる。第二に、株式等関係損益の損失額が大きく増加している。これは、2008年9月のリーマンショック後において、世界的に株価が下落したことを反映している。当該損失額の大幅な増加は、世界的な株価の調整が極めて急激であったことを物語っているといえよう。

●株価下落を受けて多くの銀行で評価損に

以上で主要行全体としては、株式等の評価損益は大幅に減少したことが分かった。問題は、これがどの程度ばらついているかである。主要行だけでなく、地方銀行、第二地方銀行についてもこの点を調べてみよう。具体的には、まず、各銀行の有価証券報告書に基づき、2008年3月期における「その他有価証券」の評価損益を、その額が小さい順に左からプロットした。また、2009年3月期においてそれらがどのように変化しているかを見るため、2008年3月期と同じ順で各行の評価損益をプロットした。その結果から何が分かるだろうか(第2-1-7図)。
第一に、2008年3月末では、主要行、主要行以外のいずれについても、約半数の銀行で評価損益がゼロ近傍、残り半数が評価益を計上していた。
第二に、2009年3月末では、多くの銀行で評価損となっている。これは、この間の株価の大幅な下落を受けたものだが、2008年3月末時点において有価証券の評価益が大きい銀行ほど評価益が縮小(評価損が拡大)している。

●自己資本比率は総じて横ばい、不良債権比率は主要行等でやや上昇

金融機関の自己資本比率について見ると、総じて横ばいとなっている。過去の動きを遡って見ると、2002年度以降上昇し、2006年度には主要行等11行の合計で13%を超え、地域銀行の合計でも10%を超えた(第2-1-8図)。しかし、2007年度には株価下落の影響もあってやや低下し、2008年9月期の主要行等の値はさらに低下した。ただし、2009年3月期は、各金融機関の資本調達努力などにより、総じて横ばいとなっている。2009年3月期末の自己資本比率は、主要行等で12%台であり、国際統一基準(8%)の達成が直ちに懸念されるような状況ではない。
不良債権は主要行等で幾分増加している。不良債権残高を見ると、主要行等では2002年3月期のピーク時に約28兆円であった。その後、景気が回復するなかで急速に処理を進め、2006年9月以降は4兆円前後で推移してきた。この間、不良債権比率も大幅に低下した。2008年9月期及び2009年3月期には不良債権残高が幾分増加(不良債権比率はわずかに上昇)したが、引き続き低水準にある。地域銀行は、これまでの不良債権の減少テンポが主要行等と比べ緩やかであり、2008年9月期には幾分増加したが、2009年3月期は不良債権の処理などによって、再び緩やかに減少している。

●自己資本比率8%以下の金融機関が増加

株価の下落や不良債権の増加は、銀行の自己資本比率を低下させる。国際統一基準行では、株式等の有価証券の評価益はその45%相当が自己資本比率の分子(補完的項目:ティア2)に算入され、評価損はその約60%(税効果勘案後)が分子(基本的項目:ティア1)から控除される7ことから、株価が下落すれば、自己資本比率は低下する。また、不良債権の増加は、償却や貸倒引当金の積み増しによって自己資本を毀損することから、銀行の貸出動向等に大きな影響を与える。
ここでは、個別行のデータを用いて、自己資本比率、不良債権比率の分布を調べよう(第2-1-9図)。2002年3月期から2008年9月期の推移を見ると、2008年3月期までは、自己資本比率、不良債権比率とも総じて改善している。不良債権比率については、全体として分布が左にシフトしており、改善(低下)していると評価できる。ただし、2008年9月期に不良債権比率が上昇した金融機関が幾分増加している。一方、自己資本比率については、2008年3月期まで平均は上昇(改善)しているものの、ばらつきが大きくなっている。特に2008年3月期及び2008年9月期において、自己資本比率が8%以下の金融機関が増加している点が懸念される。
ところで、自己資本比率や不良債権比率は、かつて、不良債権問題が深刻であった頃には貸出との関係が見られたが、その後も同じことがいえるかを確認しておこう(第2-1-10図)。過去3年分の個別銀行のデータで、自己資本比率、不良債権比率と、貸出金残高の変化の関係を調べてみると、最近においてもこの関係が成立している。すなわち、自己資本比率が高いほど貸出の伸びが高く、不良債権比率が高いほど貸出の伸びが低いという関係が見られる。したがって、今後、景気の厳しい状況が続くなかで、不良債権が累積し、自己資本が毀損する銀行が増加するならば、マクロ的にも貸出に影響が及ぶ可能性がある。

(2)銀行貸出

このように、銀行の自己資本比率や不良債権比率の状況を踏まえると、一部の銀行でリスクテイク能力が低下し、貸出の抑制につながるおそれがある。実際、企業側から見た、金融機関の貸出態度は厳しくなっている。ところが、現実には貸出はむしろ増加している。これをどう理解すべきだろうか。以下では、まず貸出の動向を貸出先企業の規模別に確認する。その上で、業種別に貸出の動向を見ることで、銀行側、企業側の要因がそれぞれどの程度、貸出に影響を及ぼしているかを調べる。

●大企業向け貸出が増加、中小企業向けも減少幅は縮小

銀行貸出は、2008年に入って前年比の伸び率を次第に高めている。すなわち、9月にはやや伸びが縮小したが、10月以降は一段と伸びを高めている。これを規模別に分けてみよう(第2-1-11図)。
第一に、大・中堅企業向け貸出が大きく伸びを高めている。これは、金融危機が発生し、前述のとおりCP・社債市場の機能が低下したことにより、大・中堅企業の資金調達が銀行からの借入にシフトしたことを示している。また、金融危機による不確実性の高まりに対応して、手元流動性を確保する動きが強まっていることもある。2008年11月以降、コミットメントライン8の契約額と利用率が上昇しているが、これも予備的な資金需要の増加を表している面がある。
第二に、中小企業向けの貸出については、2007年半ば以降、前年比でマイナスが続いている。ただし、2008年10月末から拡充された信用保証協会の緊急保証制度9により、マイナス幅は縮小している。緊急保証は、対象業種が順次追加されてきており、2009年2月時点で760業種が対象とされている。2007年10月に導入された「責任共有制度」10の対象外であり、信用保証協会の100%保証となっていることもあって、2008年末にかけて信用保証協会による新規保証承諾額は大幅に増加している(第2-1-12図)。
なお、信用保証協会による代位弁済11については、2002年度をピークに低下してきていたが、2007年度に上昇に転じ、2008年度は大幅に増加していることから、今後の動向には注視が必要である12

●業種別の利ざやにはばらつきがあり、建設業や不動産業で高い

それでは、このように大企業向け貸出が増加、中小企業向けも減少幅が縮小するなかで、業種による選別が生じているのだろうか。その点は、利ざやに着目すると分かる。具体的には、借入金利と預金金利の差である利ざやを業種ごとに計算し、2007年1-3月期から2009年1-3月期までの期間について、全業種の平均からどの程度かい離しているかを見る(第2-1-13図)。
その結果、次のようなことが分かった。第一に、非製造業向け貸出の利ざやは、平均的には大きめになっている。これは、大企業、中小企業を問わない。第二に、非製造業の利ざやを業種別に見ると、大企業では建設業、中小企業では不動産業の利ざやが大きくなっている。貸出金利は貸出先ごとの信用リスクに応じて設定されていると考えられるが、業種別では、建設業や不動産業に対する貸出金利が高くなっており、これらの業種の信用リスクの高まりがうかがえる。

●建設業向け貸出は減少、不動産向け貸出は増加してきたが最近は減少

それでは、建設業や不動産業への貸出は減少しているのだろうか。過去数年の動きを振り返ると、実は、この二つの業種に対する貸出の状況は対照的である(第2-1-14図)。すなわち、建設業については、一貫して前年比で貸出が減少してきた。減少の大部分は運転資金である。これに対し、不動産業に対しては、2008年前半までは貸出を増加させてきた。増加の大部分は設備資金である。
この背景を探るため、国内銀行の不良債権比率と、建設業、不動産業向けの貸出比率の関係に着目しよう。これらの業種に対する貸出が、銀行の財務にとってどのような意味を持ったかを考えるためである(第2-1-15図)。第一に、2000年3月期から2002年3月期については、不動産業向け貸出比率が高いほど不良債権比率が高いという関係が観察される。一方、建設業向け貸出比率との関係は乏しい。第二に、2006年3月期から2008年3月期について見ると、今度は不動産業向け貸出との関係は見られない。その一方で、建設業向け貸出比率が高いほど不良債権比率が高いという関係が見られる。
このような関係の逆転が生じた背景としては、不動産業については、不良債権化した貸出の処理が進められたことに加え、景気回復と地価の下げ止まり等により業況が改善してきたことが挙げられる。他方、建設業については、2002年度以降、公共事業が縮小されてきた影響もあって、業況が悪化してきたことによるものと見られる。こうした状況の変化もあって、銀行は建設業向けの貸出に慎重となり、不動産業向け貸出は増加させてきたと考えられる。
もっとも、最近は両業種に対する貸出の動向にさらなる変化が生じている。第一に、建設業については、2008年10-12月期には、前述の「緊急保証」を含む経済対策等の効果もあって、貸出の減少幅が大幅に縮小している。第二に、不動産業では2007年半ば以降、不動産市況の悪化を反映して、貸出の伸びが急速に縮小し、減少に転じている。

(3)企業の資金繰りと倒産

これまで見てきたように、銀行の貸出は全体としては増加している。一方で、業種による利ざやの差は大きく、建設業向けの貸出は長期にわたり減少が続き、不動産業向けも最近は減少に転じている。その理由として、金融機関の財務状況の悪化の影響も考えられるが、企業の財務状況の悪化が大きく影響している可能性も高い。こうした問題意識から、以下では、企業の業況や資金繰りと貸出態度の関係、企業格付けの変化、倒産の状況について調べよう。

●中小企業では資金繰り悪化が貸出態度厳格化に先行

企業の業況判断、資金繰り判断、金融機関の貸出態度判断のDIは、おおむね連動している。しかし、やや詳細に見ると悪化の度合いやタイミングの差が浮かび上がる。そこで、大企業、中小企業別に、こうした点を過去2回の景気後退局面と比べてみよう(第2-1-16図)。主な特徴は次のようになる。
第一に、今回は、大企業、中小企業とも、業況判断、資金繰り判断の悪化は、2000~2001年のITバブル崩壊のときと比べ深刻な状況にあり、97~98年の金融危機のときと同程度である。
第二に、貸出態度もITバブル崩壊時と比べ悪化しているが、97~98年と比べると悪化度合いがやや小さい。この背景には、大企業ではCP・社債市場からのシフトなどもあって貸出が増えていること、中小企業では緊急保証の効果もあって貸出の減少が緩和したことなどがあると考えられる。
第三に、今回、中小企業の資金繰り判断は、景気後退の初期から悪化が始まっていた。貸出態度の厳格化はその動きにやや遅れ、緩やかに進行した。これに対し、97~98年のときは貸出態度の大幅な悪化が先導する形で資金繰りが悪化した。これは、今回は、2008年半ばまでの原油価格等の高騰が資金繰りを圧迫し、その後、企業の資金繰りの悪化を受けて、リーマンショック後に貸出態度の厳格化が目立ってきたためと考えられる。
以上からは、今回は97~98年のように金融システムの問題による信用収縮のために企業の資金繰りが悪化したという状況ではなく、景気後退により企業の資金繰りが厳しくなり、実体面が悪化するなかで、金融機関の貸出態度の厳格化をもたらした面が強いとの推論が可能である。

2-3 金融機関の貸出態度に関するアンケート結果

日銀短観に見るように、今回の景気後退を受けて、中小企業を中心に企業の資金繰りは悪化しており、企業から見た金融機関の貸出態度も厳格化している。金融機関からの借入が難しくなっている状況について、その貸出態度が具体的にどのように変化しているのか、企業側にアンケートを行なった。
資金繰りの変化の背景として、「金融機関からの借入が難しくなっている」と回答した企業の割合は約3割強であり、そのうちの約半数から具体的な状況についての回答を得られた。その結果、最も多かったのは、「融資の営業が少なくなっている」との回答であり、次いで、「運転資金の融資を断られた」との回答が多く、日々の経営活動のなかで必要となる資金需要への対応に金融機関が慎重になっている事例が見られる。中小企業は金融機関からの借入以外の資金調達手段が少ないことから、借入が困難となった場合には、即座に資金繰りの悪化に直面することになる。これに対しては、信用保証制度や政府系金融機関が一定の支援を行っているものと考えられる13
また、「提出を求められる資料が増えている」や「審査期間が長くなっている」といった回答も目立ち、企業の信用リスクに対する金融機関の警戒感が高まり、融資の判断に当たって、より慎重な審査を行なっている姿勢が感じられる。
なお、「借入金利水準の引き上げを要求された」や「借入金の早期返済を求められた」などの回答もあり、企業の資金繰りに大きな影響を及ぼしかねない事例も一部で見られる。
このような事例もあることから、金融機関が企業の信用リスクを適切に評価し、積極的に金融仲介機能を発揮していくよう、企業金融の動向を十分に注視していく必要がある。
コラム2-3図 金融機関の貸出態度に関するアンケート結果

●日本では2008年下期に格下げが急増

大企業については、資金繰り判断がリーマンショック後に急激に悪化した。このような資金繰りの悪化の主たる原因が、業績悪化等により企業の財務面が悪化したことによるならば、それは信用格付けの変化となって表れるはずである。そこで、格付け会社による信用格付の変更状況を見よう。海外の金融危機が波及したタイミングを見るため、参考として米欧の状況とあわせて示す(第2-1-17図)。
第一に、全体的な格下げ率を見ると、米欧では2007年下期から上昇が大幅だったのに対し、日本では2008年下期になって急速に上昇した。
第二に、投機的格付け(BB格以下)への格下げ率は、日本は米欧より低水準にとどまっている。アメリカではこれが2008年下期で4割を超えており、多くの企業で財務内容が著しく悪化しているが、日本ではそうした状況に至っていない。
第三に、高格付け(A-格以上)からの格下げ率、二段階以上の格下げ率も、全体的な格下げ率と同様に、日本では2008年下期になって急上昇している。特に、2008年下期における二段階以上の格下げ率は米欧を超え、これまで健全とされていた企業の信用リスクの大幅な見直しが進んでいることが分かる。
以上から、リーマンショック後における大企業の資金繰りの急速な悪化は、同時期にその信用リスクが大幅に高まったことで資金調達が困難化したことも背景にあるといえよう。

●上場企業の倒産が増加し、黒字倒産も少なくない

企業の資金繰りの悪化等により、2008年後半には企業倒産の増加ペースも速まった。その特徴について何がいえるだろうか(第2-1-18図)。
第一に、業種を見ると幅広い業種で倒産が増加したが、特に目立つのは建設業、不動産業、製造業である。建設業は2007年後半から2008年7-9月期まで、改正建築基準法施行や資材価格の高騰の影響もあって、倒産件数への寄与が極めて高かった。製造業はリーマンショック後に寄与が高まっている。また、不動産業は上場企業の中でのウエイトが高く、2008年後半以降、その約半数を占めるようになっている。
第二に、規模別では、2008年後半以降、負債金額5億円以上、10億円以上の中堅企業、大企業の倒産が寄与を高めている点が目を引く。中堅企業が円滑な資金調達ができず資金繰りに行き詰まるケースが多かったと見られる14。なかでも、上場企業の倒産は戦後最高水準となっている。上場企業でも中堅クラスは、業績不振による格付け低下で資金調達ができない場合も多かったと見られる。
第三に、2008年中は上場企業の黒字倒産が多かった。こうした中には、新興デベロッパーで、銀行からの借入金の借り換えができないなど、金融機関による貸出先の選別強化の影響を受けた事例もあったと考えられる。
なお、2009年に入ってからは、倒産件数の増勢は鈍化している。特に、建設業における倒産件数が減少しており、累次の経済対策による、公共事業の前倒しや緊急保証の効果、日本銀行や政策金融機関による企業金融の支援策等の効果が現れている。

3 家計のバランスシートへの影響

金融危機の家計への直接的な影響については、我が国では、株価の下落等による金融資産の価値の下落が最も大きなものとして考えられる。また、間接的な影響として、資産価値の下落から消費支出を抑制するといった行動(「逆資産効果」)が考えられる。

(1)家計の資産・負債

ここでは、金融資産である株式の価格の下落がどの程度の影響を持ち、家計の属性によってどう違うかを概観する。その際、金融危機の震源地であるアメリカの家計との比較を行う。

●日本の家計は株式等の保有が少ない

金融危機の家計への影響については、日本では株式等の保有が少ないためアメリカと比べると軽微ではないかと予想される。その点を、家計資産の総額及び構成の2007年から2008年への変化を、日米で比べることで確認しておこう(第2-1-19図)。この比較からは、以下のようなポイントが指摘できる。
第一に、2007年時点で、日本の家計資産の約半分は現金・預金であり、株式・出資金や投資信託の保有は合計しても2割に届かなかった。これに対し、アメリカでは約3割強が株式・出資金、約1割が投資信託であった。
第二に、2008年時点では、両国で株式・出資金、投資信託の割合が低下している。これは、両国の家計がおおむね同程度の株価下落に見舞われた結果である。
第三に、これらのリスク資産の目減りによって、家計の保有する総資産が大幅に減少した。日本は1520兆円から1434兆円と86兆円、約6%の減少であった。一方、アメリカは49.8兆ドルから40.8兆ドル、約18%の減少であった。このように、日本の家計資産の目減りは大きかったが、アメリカと比べるとリスク資産での運用比率が相対的に小さい分だけダメージが小さかったといえよう15

●日本では高齢者に株価下落の影響が比較的集中

それでは、こうした株価等の下落の影響は、どのような家計で相対的に大きく現れたのだろうか。それを間接的に推測するため、日米について、年齢別、世帯年収別の株式保有割合を比べてみよう(第2-1-20図)。それによれば、以下のような観察が可能である。
第一に、年齢別に見ると、日本では、60~69歳、70歳以上の高齢者世帯で株式保有割合が高い。したがって、株価下落の影響は高齢者で大きかったと考えられる。この点、アメリカでは、年齢による差はあまり大きくない。
第二に、世帯年収別に見ると、日本では株式保有割合が低所得層でやや低く、高所得層でやや高いという傾向はあるが、総じていえば年収による差は小さい。一方、アメリカでは、高所得世帯ほど株式保有割合が高いという傾向が明確に見られる。
このように、日本では家計の平均的な株式保有割合は低いが、所得水準とは関係なく高齢者が比較的多く保有しており、こうした世帯に影響が大きく現れたといえよう。

●家計のバランスシートは相対的に健全

以上は資産側の動きであるが、バランスシートの負債側にも注意が必要である。米欧においては、今回の金融危機の影響は、株価下落等による金融資産の減少といった問題よりも、むしろ負債側での家計のバランスシート調整が問題となっている。日本のバブル後のバランスシート調整は、バブル期に積極的な投資により過剰な債務を抱えた企業部門が中心であった。一方、アメリカでは、住宅バブル期において積極的な住宅投資が行われたことに加え、住宅価格の上昇がホームエクイティローン等の仕組みを通じて個人消費の拡大につながっていたため、家計が大きな債務を抱えている状況にある。こうした中で、サブプライム住宅ローン問題が発生し、市場の混乱を通じて住宅価格が大幅に下落したことから負債側の圧縮が必要となり、個人消費への影響が出ている。
そこで、家計の負債の状況について日本とアメリカで比べてみよう(第2-1-21図)。第一に、日本では、家計の債務残高はおおむね横ばいで推移してきた。一方、アメリカでは、サブプライム問題が顕在化する2007年半ばまでの間、急速に債務が増加してきた。第二に、日本では債務残高の約半分が住宅ローンである。これに対し、アメリカでは約7割を住宅ローンが占めており、これが債務残高が増加してきた主因となっている。こうした状況では、金融危機による信用収縮で住宅ローンの借入れが困難となれば、逆回転を始める。リーマンショック後には若干の減少が見られている。
アメリカでは、バランスシート調整がすでに消費の抑制という形となって現れている。一方、日本の家計では、所得階層によらず、金融資産が負債を大幅に上回り、預金だけで負債を上回るのが平均的な姿である。住宅ローン返済世帯は負債が預金額を上回るが、その他の世帯では、負債額は預金額に対しても大きなものではない。こうしたことから、日本の家計のバランスシートは相対的には健全であるといえよう。

(2)個人消費への逆資産効果

日本では、アメリカのような、家計の大幅なバランスシート調整の可能性は小さいと考えられる。他方、株価の下落する局面では、「『逆資産効果』により家計の消費支出が抑制される」と指摘される場合がある。家計が保有する資産が消費支出に与える影響としては、[1]物価が下落(上昇)したことで、資産の実質価値が上昇(下落)し、消費支出を増加(減少)させるルート(ピグー効果)と、[2]株価等資産価格自体の上昇(下落)で実現益(損)や含み益(損)が生じたことにより、消費支出を増加(減少)させるルートがあるが、一般に、後者[2]の株価等の下落により、消費支出を減少させる効果を捉えて、「逆資産効果」ということが多い。その存在について検討しよう。

●株価下落による「逆資産効果」は比較的小さい

まず、株価等の変動の個人消費への影響を見るために、各国共通の枠組みで簡単な推計を行った。こうした国際比較については、データの定義の違い等による制約があり、確たることはいえないが、主な結論をまとめよう(第2-1-22図)。
第一に、日本における株式の弾性値(保有株式の評価額が1%増加したときに個人消費が何%増加するか)は、他の主要国に比べて小さい。これには、日本ではそもそも家計の株式保有割合が低いことも反映していると見られる。ちなみに、2008年の初めから2009年3月にかけて、株価は日本、アメリカでともに5割近く下落した。これがそのまま保有株式の評価額の減少をもたらしたと仮定すると、日本で1%程度、アメリカで1.5%近く個人消費を減少させた計算になるが、実際には個人消費はそこまで大きく落ちていない。
第二に、日本では「その他純金融資産」の弾性値が相対的に高い。日本の場合、その多くは現預金のため、今回の金融危機に伴う目減りは少ないと考えられる。したがって、この面から日本の個人消費が受けたダメージは比較的小さい、といえそうである。なお、アメリカでこの関係が見られないのは、ローン(ネットの金融資産の減少)で消費支出を賄うことが多い点も影響している可能性がある。
第三に、アメリカ、英国は実物資産の弾性値が大きい。これに対し、日本では実物資産の効果は検出されなかった。日本では、住宅の中古市場が未発達なこと、ホームエクイティのような仕組みがないこと等がその背景として考えられる。ちなみに、アメリカ、英国ではここ2年程度で住宅価格がそれぞれ3割、2割程度下落している。これがそのまま実物資産保有額の減少をもたらしたとすると、アメリカで2.5%程度、英国で3%近く個人消費を減少させた計算になる。

●高額品の消費は株価と高い連動性

上記の分析では、国際比較のため簡単な枠組みでマクロ的な関係を把握しようとした。それでは、現実の消費にこうした資産効果が現れていることを分かりやすく捉えることができるだろうか。ここでは、過去のエピソードと最近のデータから振り返ってみたい。
第一は、80年代後半のバブルが形成された時期である。このときは、大型化、高機能化、複数保有化の進展から自動車を含む耐久財消費が盛り上がった。
第二は、そのバブルが崩壊した後の91年、92年である。このときは、耐久消費財の伸びが鈍化し、まさに「逆資産効果」が生じたとされた。また、91年後半からは、美術工芸品、貴金属、高級雑貨等の高額商品が大きく減少した。
第三は、今回の株価下落局面である。この間、やはり百貨店などで高額商品の販売が大きく落ち込んでいる。個人消費が全般的に不振となったなかで、特に高額商品に逆資産効果が現れたと考えるのは、その動きに株価との強い連動性が見られるためである(第2-1-23図)。
一般に、資産効果を検出することは容易ではないが、このように株価の上昇ないし下落がある程度の期間持続する場合、一部の商品の動きからその存在を確かめることができる。

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