第1節 景気の現局面

日本経済は、2002年初めから息の長い景気回復を続けてきた。しかし道のりは平坦なものではなく、過去2回の「踊り場」や経済の一部の弱まりを経ている。こうした中で、2007年半ばごろから景気回復を支えてきた企業部門の勢いが徐々に弱まり、2008年初めには景気は「足踏み状態」となった。ここでは、現在の「足踏み状態」をこれまでの「踊り場」と比較しつつ、国内の景気動向を点検しよう。

「足踏み状態」となった景気回復

日本経済の状況を包括的に示す国内総生産(GDP)の動向をみると、2007年度の実質成長率は、年後半に改正建築基準法の影響(後述)により住宅投資が大きく落ち込んだこともあり、前年比1.5%の伸びとなった(第1-1-1図)。しかし2008年に入り、主要な需要項目である民間消費と設備投資及び生産のいずれもが横ばいとなり(生産はその後弱含み)、景気回復は足踏み状態が続いている。

この背景には、原油・原材料価格の高騰と、2007年半ばから急激に世界経済の先行き不透明感を高めたサブプライム住宅ローン問題の影響がある。それまでも、原油・原材料価格の高騰は、販売価格への転嫁が困難な企業にとって経常利益の圧迫要因となっていた。ただ、これまでは、企業は効率化を進め、売上高を伸ばすことでコスト増をなんとか吸収してきた。しかしながら、企業収益の圧迫の影響は、設備投資の伸びの鈍化として現れてきている。また、2007年末ごろからアメリカ経済が減速したことを背景に、日本からアジア向けの輸出が弱含んでおり、生産も横ばいとなった。さらに、アメリカの景気後退懸念が高まるなど、先行きに不透明感が高まってきたことから、企業の生産活動や設備投資計画が慎重化している。

一方、家計部門では、賃金が伸び悩む中で、2007年半ばごろから雇用者数の伸びが鈍化した結果、所得が横ばいで推移している。こうした所得の動向や消費者マインドの急激な悪化を受けて、個人消費は横ばいで推移している。

過去2回の「踊り場」の特徴

2002年初めからの景気回復は、拡張期間としては「いざなぎ景気」(1965年10月~70年7月の57カ月)を超えて戦後最長となり、この間、実質成長率の年平均は2%台を超えるものとなっている。しかし、四半期ごとにみると、回復期間中に「踊り場」を挟むなど、弱い動きがみられている。今回の「足踏み状態」も、過去2回と同様、一時的な「踊り場」で終わるのだろうか。まずは過去の「踊り場」を振り返り、現状をそれらと比べてみよう(第1-1-2図)。

[1] 最初の「踊り場」(2002年後半ごろから2003年前半ごろ)

一度目の「踊り場」入りは、日本の主要な輸出先であったアメリカやアジア地域の経済が減速し、輸出の伸びが鈍化したことが原因であった。この背景には、2002年後半以降のイラク情勢の緊迫化とそれに続くイラク戦争の勃発や、重症急性呼吸器症候群(SARS)の感染地域の拡大の影響等があった。こうした輸出の動きを受け、生産の伸びは鈍化し、2003年前半まで弱含みで推移した。また、雇用のリストラが進む中でボーナスを中心に賃金が減少したことに加え、イラク情勢やSARSの影響等もあって消費者マインドが悪化し、個人消費は2002年末ごろから弱い動きをみせ、その後もしばらく横ばいで推移した。

[2] 二度目の「踊り場」(2004年後半ごろから2005年前半ごろ)

このときの「踊り場」入りは、世界的にIT関連財の需給が軟化したことが原因であった。その結果、我が国でも情報化関連生産財の在庫が積み上がるとともに、輸出の伸びが鈍化したことから生産が弱い動きとなった。この背景としては、アテネ・オリンピックに向けた需要見通しがやや高めであったことが指摘されている。また、2004年秋に台風の襲来が相次いだことや年末にかけて気温が高めで推移したため冬物衣料や暖房器具などの消費が盛り上がりを欠いたことなどから、個人消費の伸びも鈍化した。

こうしてみると、2002年初め以降の景気回復局面を通しては、世界経済の順調な回復を反映して輸出が堅調な伸びを示す中、「踊り場」では、輸出が弱まり、生産と個人消費がともに伸び悩むという状況が共通してあった。そして、輸出の回復とともに、「踊り場」を脱している。それが可能だったのは、輸出の弱まりが一時的であったことと、設備投資が好調であったこと、情報化関連生産財を除いて国内で大きなストック調整の動きがみられなかったことによる。今回の「足踏み状態」が一時的な「踊り場」で終わるかどうかも、これらの点が鍵を握りそうである。他方、今回は原油・原材料価格の高騰による所得流出が非常に大きい点で、これまでの「踊り場」と異なっている。以下では、こうした問題意識を念頭に、輸出の動向に触れた後、所得、需要、生産の三つの面から国内の状況を確認しよう。

輸出はアメリカ経済減速の影響で弱含み

これまでの日本の景気回復は、輸出が牽引してまず輸出関連産業の生産や収益が回復し、それによって企業の成長期待が高まり、設備投資の増加につながっていくパターンが多かった。今回の景気回復局面を振り返っても、輸出関連業種を中心として企業部門が好調であった。輸出は、「踊り場」などで一時的な弱さをみせることはあったが、2007年半ばまで、世界経済の順調な回復を反映し、総じて堅調に推移してきたといえよう(第1-1-3図)。

しかし、2008年に入り、サブプライム住宅ローン問題を背景としたアメリカ経済の減速が直接、間接に現れ、今回の足踏み状態でも輸出が弱含むようになった。特に、アジア向けを中心に、情報化関連生産財の輸出が弱いが、これはアジアのアメリカ向け製品輸出の伸びが鈍化していることを反映していると考えられる。

減少に転じた企業収益

次に、2007年において原油・原材料価格の高騰等、日本経済が遭遇したショックの影響をいち早く受けた、企業収益の動きをみよう(第1-1-4図)。企業の売上高をみると、全産業ベースで2008年1~3月期には20四半期ぶりに減収となった。経常利益についても、原材料コストの上昇などを背景とした変動費の増加によりこのところ減益が続いており、約6年ぶりの「減収減益」となった。依然として原油価格の高騰が続いていることや、鉄鉱石や石炭価格が大幅値上げで決着したことなどを受け、今後企業収益は更に圧迫される可能性がある。一方、中小企業では原油・原材料価格の高騰に加え、人材不足への対応のため従業員数を増やしており、人件費の増加が収益の下押し要因となっている。

2007年半ばからの円高は輸入価格上昇の影響を緩和する方向に働いているものの、一方で輸出価格の低下を招くため、輸出依存度の高い企業を中心に収益への影響がマイナスに現れつつあるとみられる。

雇用情勢の改善も足踏み

企業収益と並ぶ所得の源泉は、賃金である。雇用情勢は、景気回復の中、失業率や雇用者数を中心に、2007年半ばごろまでは着実に改善が続いてきた。だが、その後は失業率は横ばい、雇用者数も伸び悩むなど、その改善は足踏み状態となっている(第1-1-5図)。ただし、団塊の世代の退職等もあり、雇用の過剰感は高まっていない(不足超が続いている)。

賃金は、景気回復期を通じて定期給与が低調に推移する一方、最近はボーナスも振るわず、全体として伸び悩んでいる。グローバルな競争の下で企業が人件費の抑制姿勢を強め、非正規雇用を増加させてきたことで、所定内給与の低調さが続いている。また、業績連動型報酬体系の採用が進む中で、企業収益が好調な間はボーナスも増加したが、収益が弱含むとともにボーナスも減少へと転じた。

このように、雇用者数の増勢が鈍化したことや、ボーナスも減少に転じたこともあって、雇用者所得は、2007年半ばごろから、実質ベースでおおむね横ばい圏内の動きとなっている。

なお、若年層の失業率は、低下傾向で推移しているものの高水準にあることにも注意が必要である。長期失業者数をみても、25~34歳の層で20万人を超えて全体の3割程度を占めており、それ以下の年齢を加えると4割近くとなっている(第1-1-6図)。

盛り上がりに欠けた国内需要

国内需要については、景気回復期を通じて、全体として回復は緩やかであった。この間、輸出は実質ベースで1.8倍になったが、国内需要は1.1倍程度にしか増加していない(第1-1-7図(1))。特に、今回の景気回復では輸出増加の実質GDP成長率への寄与が大きく、寄与率では戦後の景気回復局面の中でも最も高く6割1を超えている(第1-1-7図(2))。成長率への寄与では、やはり海外の強い需要増に支えられた成長であったといえるだろう2。また、名目ベースでみても、GDPに占める輸出のシェアは、設備投資を上回っている(第1-1-7図(3))。

こうした中で、好調な輸出が企業の増収増益につながってきたが、前述のように、海外発のコスト高の影響を受け、2007年半ばには企業収益は弱含みとなった。また、これが雇用者所得の伸びの鈍化にもつながった。こうした所得面の弱さは、内需の回復を遅らせる原因ともなっている。加えて、2007年後半には制度的な要因による住宅投資の落ち込みがあり、これも内需を下押しした。以下では、その住宅投資をはじめとして、主要な内需項目を概観する。

[1] 民間住宅投資

住宅投資はGDPに占める割合が小さいことから通常は成長率に対して大きな影響を与えない。しかし、2007年後半には改正建築基準法施行の影響で大きく落ち込み、これがGDP成長率を押し下げる要因となった。改正法が施行された後のGDPにおける民間住宅投資の動きをみると、2007年7~9月期が前期比-8.0%、10~12月期が同-9.2%と大幅な減少となっており、実質GDP成長率への寄与度も7~9月期が前期比-0.3%、10~12月期が同-0.3%となった(第1-1-8図)。

建築基準法については、いわゆる耐震偽装問題の再発を防止するため、建築確認・検査の厳格化を柱とする改正が行われ、2007年6月20日に施行されたが、改正内容の周知が必ずしも十分ではなかったことから、改正法の施行後、建築確認手続の現場が混乱し、建築着工が大幅に減少した。具体的には、住宅着工戸数については、同年7月より減少し、9月には約6万3千戸(年率換算値では73万戸)、前年同月比で-44%まで減少した。また、非居住用(設備投資に区分される)の着工床面積も、同様の動きを示した(第1-1-9図)。

こうした建築着工の大幅な減少を受け、改正建築基準法の円滑な施行に向けて、関連情報の周知徹底等に努めた結果、住宅着工は2008年1月におおむね改正法施行前の水準となった。こうした動きは徐々にGDP成長率に対してプラスに寄与していくとみられる。ただし、地価やマンション価格の上昇等の影響から住宅への需要が弱まってきているため、今後の動向には注視が必要である。

[2] 民間設備投資

設備投資はGDPに占める割合が大きく変動も大きいため、景気循環で大きな役割を果たす。GDPに占める割合(名目ベース)は2002年1~3月期の13%台から2008年1~3月期の16%程度まで上昇している一方、実質GDP成長率への寄与率をみると、名目金額で3.5倍以上ある個人消費に匹敵する大きさとなっている(第1-1-10図(1))。

設備投資増加の要因をみると、景気回復初期から稼働率の上昇に伴って設備投資も伸びる、という関係が読み取れる。しかし、2007年に入ってから稼働率の上昇にもかかわらず伸びが鈍化している(第1-1-10図(2))。

そこで設備投資を巡る環境を点検しよう。まず、依然として設備過剰感は高まっていない(第1-1-10図(3))。したがって、ストック調整が原因で設備投資が抑えられているとは考えられない。しかし、企業収益は減少し、企業の景況感が慎重化している。設備投資の原資となってきた収益の落込みは、資金制約の強い中小企業を中心に投資意欲を減退させる。また景況感の慎重化は、企業が世界経済の先行きに不透明感を持っていることを反映している可能性もある。設備過剰感がみられないとはいえ、ストックの適正水準はあくまでも需要の期待成長率との関係で決まる。世界経済の不透明感が高まる中、単年度(2008年度)及び今後3年間、今後5年間の期待成長率の上方修正が止まっており、設備投資計画の大幅な増加は期待しにくくなっている(第1-1-10図(4)(5))。

[3] 個人消費

個人消費については、総じてみれば緩やかに増加してきたが、その伸びはGDP成長率を下回っている。景気回復初期からの6年間で、消費支出は、名目ベースではわずか3%程度、実質ベースでも8%程度しか増加していない。それでも、2005年中、及び2006年末から2007年の初めごろには、比較的堅調な伸びを示した。だが、2007年半ばごろからは横ばい圏内の動きとなっている。

最近の個人消費の基調は、基本的には実質所得が横ばい圏内で推移していることで説明できる。加えて、2007年半ば以降、消費者マインドが急激に悪化していることも指摘できる。その結果、個人消費は天候に大きく左右されるような脆弱さを抱えており、景気回復の家計部門への波及も足踏み状態となっている(第1-1-11図(1))。

ただし、消費者マインドの急激な悪化から予想されるほどには、個人消費は落ち込まなかったということもできる。消費者マインドの悪化は、ガソリンや食料品など、身近な(購入頻度の高い)品目の価格上昇により消費者の感覚としての物価見通しが急激に高まってきたことを反映しているとみられる3。しかし、実際の消費者物価の動きは前年比で1%程度であり、消費者が感じている物価上昇とマクロの物価との間にかい離が生じている。このように、消費者マインドは物価上昇に過敏に反応している可能性があるため、実際の消費行動にそのまま影響しているわけではないと考えられる(第1-1-11図(2)第1-1-11図(3))。

横ばい圏内の動きとなった鉱工業生産

最後に、生産面から景気の足取りを確認しよう。鉱工業生産は、今回の景気回復局面において、堅調な輸出を背景として電子部品・デバイス、一般機械、輸送機械、鉄鋼などを中心に増加傾向で推移してきた。この間、2004年の「踊り場」や2007年初めには、情報化関連生産財で在庫調整が生じたが、一時的なものにとどまった。2007年7月には新潟県中越沖地震の影響で自動車の減産を余儀なくされたが、年末にかけての増産で取り戻した。また、前述の建築着工の大幅な落ち込みにより、2007年半ば以降、建築用建設財の生産と出荷が減少、在庫が積み上がる局面もあった。ただし、建設財が鉱工業生産に占めるウエイトはわずかであり、これは生産の大勢に影響するものではなかった(第1-1-12図(1)第1-1-12図(2))。

しかし、2008年に入ってからの鉱工業生産は、2月に過去最高水準を記録したものの、その後おおむね横ばい圏内から弱含みの動きとなっている。これには、2007年末にかけての自動車の増産の反動という面もあるが、その他の財を含め総じて伸びの鈍化ないし減少がみられる。現在、輸出が弱含む中で、アメリカの景気後退懸念や中国のオリンピック後の状況など、先行き不透明感が高いことから、企業側にやや様子見の姿勢が強まっているものとみられる。

また、2008年に入って、情報化関連生産財の出荷・在庫ギャップが再びマイナスとなっており、在庫調整局面入りしている。情報化関連生産財は鉱工業生産全体に先行して動く傾向があり、その動向には十分注意が必要である4第1-1-12図(3))。

国内要因で景気後退に陥る可能性は低いが、海外からの下振れリスクに留意が必要

以上でみたとおり、これまでのところ雇用、設備投資のいずれについても過剰感はみられず、在庫調整の動きも一部の財にとどまっており、循環的な要因からは底堅さを示している。バブル後の長期低迷を経た日本企業の行動は慎重であり、緩やかな景気回復が続いていたことがその背景にある。一方、国内需要が振るわなかったことは、海外需要の変動に対して脆弱な経済であることを意味する。現在、日本企業は、アメリカ経済の景気後退懸念等が生じる中で、先行きの様子見をしている状況であると考えられる。

したがって、現在の景気回復の「足踏み状態」が過去2回と同様の「踊り場」で終わるかどうかは、アメリカ経済の先行きなど海外経済の動向に依存する面が大きい。現時点では、アメリカ経済が減速する中でも、アジア経済は全体として拡大しているが、アジアからのアメリカ向け輸出の伸びが鈍化する中、日本からアジア向けの輸出も弱い動きとなっており、アメリカ経済の減速の影響が間接的にも我が国に及んでいる。

アメリカでは、4月末から7月中旬にかけて個人所得税の還付が行われている。金融緩和や金融機関の資本増強策に加え、こうした減税の効果が徐々に出てくることが見込まれる。政策効果で景気が下支えされている間に、金融資本市場の混乱や住宅部門の調整などが落ちついてくればアメリカ経済も持ち直し、結果として我が国の輸出も再び増加基調となって、「足踏み状態」を脱するものと期待される。他方、アメリカ経済が景気後退に陥り、長期化する場合、あるいは原油・原材料価格の高騰が更に続くような場合、景気の下振れリスクが顕在化する可能性があることには留意が必要である。

コラム2 経済の先行きについての見方

世界経済や日本経済の先行きについては各種の予測が公表されているが、そのうち代表的なものは以下のとおりである(コラム2表 各機関の経済見通し)。

政府は、毎年1月に翌年度の経済見通しを閣議決定している。これは、足下の経済情勢に加え政府の経済財政運営の基本的態度を踏まえて想定される経済の姿を示したものである。なお、内閣府は、年半ばに、政府経済見通しからの上振れ、下振れを踏まえた経済動向について試算を行い、経済財政諮問会議に報告している。

日本銀行は、年2回4月と10月に公表する「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)において、経済・物価情勢に対する見通しを示すとともに、政策委員の見通しを参考資料として公表している。また、2008年7月より、展望レポートの中間評価時(1、7月)にも政策委員の見通しを参考資料として公表することとした((参考)政府、日本銀行の経済見通し)。