第3節 構造改革と企業の経営環境

第1節で詳しくみたように、今回の景気回復局面における企業業績の改善には、単にマクロ経済の回復が寄与しただけでなく、各企業レベルにおける事業再構築(リストラクチャリング)の取組も大きく寄与したと考えられる。こうした事業再構築の取組は、各企業の財務体質の強化につながっただけでなく、マクロでみた資源配分の効率性の改善にもつながり、今回の景気回復の持続性に貢献したと考えられる48

企業部門の事業再構築の取組は、基本的には各企業の経営判断によるものである。法制や税制といった企業を取り巻く諸制度も、そうした企業の経営判断の自由度を高める方向で改正が行われた。加えて、企業活動がグローバル化する中で、企業にかかわる諸制度も国際的な基準と整合的なものに変更されてきたが、そうした制度変更は、結果的に投資家の企業に対するガバナンスを高める方向に作用したものと考えられる。この節では、90年代後半から現在に至るまでの主な企業関連の制度面の変化を整理するとともに、そうした制度改正が企業からどのように評価されたかについて、独自に行ったアンケート調査の結果を用いて分析する。

1 企業を取り巻く諸制度の変化

 企業統治・事業再編に係る法制度の改正

近年における事業再構築に係る制度の整備状況を振り返ると、会社法制面では、1997年に合併手続きが簡素化され、1999年には株式移転・交換制度が、2001年には会社分割制度が導入された。株式移転・交換制度は、会社の買収等にあたって、子会社の株を現金で買うのではなく親会社の株式との交換や移転により完全子会社化することを可能にするものであり、会社分割制度は、従来現物出資について必要だった裁判所の指定する検査役の検査や債権者の同意取り付けといった手続を緩和するものであり、いずれも、企業の事業再編を行いやすくするために導入された。株式交換制度や会社分割制度の利用状況をみると、制度導入後数年間で利用件数が急激に増加し、その後も着実に増加している(第2-3-1図)。税制面においても、以前は企業再編の際に資産の移転等への譲渡益課税が生じていたが、2001年には企業組織再編税制が整備され、一定の要件のもとで課税が繰り延べられることとなった。加えて、2002年には連結納税制度が導入された。

企業の合併や買収(M&A)の件数をみると、1997年から2002年の5年間で2.5倍と急速に活発化した後、2003年にはやや増勢が一服したが、2004年、2005年と再び件数の増加が加速している(第2-3-2図)

企業統治に影響を与え得る諸制度についても近年整備が進められてきた。具体的には、監査役の機能強化(取締役会への出席・意見陳述の義務化や社外監査役の半数以上の義務付け等)や委員会等設置会社制度(業務執行と経営監督を分離した上で各委員会の取締役の過半数を社外取締役化)の導入を選択的に可能にする取締役会の機能強化、株主が取締役等の責任を追及できる株主代表訴訟制度の見直し(取締役・監査役の会社に対する損害賠償責任を一定の範囲で軽減)等が行なわれた。こうした改正は、一般株主による企業統治体制を整備するとともに、経営の監督機関としての取締役会や監査役の機能を強め、社外の監視機能が働きやすくするものであると考えられる。

 企業会計制度の改正

日本の企業会計制度についても90年代後半から大きな改正が行われてきた。具体的には、持株会社形態を採用する企業が増えていること等を背景に、1999年には企業の財務諸表の開示が単体ベースから連結ベースに移行された。2000年度からは、企業の保有する金融商品に時価会計が導入されるとともに、退職給付会計の導入により、年金資産の時価評価を開示した上で積み立て不足を15年以内に処理することが義務付けられた。2001年度からは、持合い株式等についても時価評価が行われ、さらに、2005年度からは土地、建物、設備の時価評価を行う減損会計が導入された。

以上のような会計制度の改正により、企業会計の透明性は大きく改善し、国際的にも整合性のとれた会計制度となった。こうした会計制度の改正は、株主による企業統治への影響を高めることで、企業の効率性向上にも資するものであったと考えられる49

 雇用に関する制度改正

雇用に関する制度については、雇用形態の多様化に対応するための環境整備が進められた。具体的には、期間を定めた有期労働契約について、労働契約期間の上限を原則として1年から3年へ延長したほか、労働者派遣についても、1999年に幾つかの例外を除いて適用対象業務の原則自由化が行なわれ、その後、製造業務への適用が拡大されるなどの改正が行なわれた。また、パート労働者の処遇改善のため、パートタイム労働者と通常の労働者との均衡を考慮した処遇(均衡処遇)の考え方を具体的に示したパートタイム労働指針の改正が行われたほか、短時間労働者に対する雇用保険の適用基準から年収要件を廃止する等の制度改正が行なわれた。

 企業年金・法人税制の改正

企業年金については、低金利が継続する中で、厚生年金基金や適格退職年金といった従来の給付建て方式の企業年金制度の下では、運用収益率や割引率の悪化を通じて退職給付費用を増大させるというリスクがあった。こうした状況に対し、2001年には、厚生年金基金の代行部分の返上により、新たに創設された確定給付企業年金への移行を認めること、適格退職年金を2012年3月までに他の制度へ移行すること、新たに確定拠出年金を設けること等を主な内容とする企業年金制度改革が行なわれた。

こうした新たな企業年金制度の導入は急速に進んでいる。代行返上後の厚生年金基金の受け皿ともなる確定給付企業年金の数は2004年度で1103件まで増加している(第2-3-3図)。確定拠出年金のうち企業型については、2005年3月時点で規約数は1402件、加入者数は125万人程度まで増加し、個人型も加入者数は46万人程度まで増加している。

近年の法人課税制度の改正については、既に述べたように、企業の組織再編成に係る税制の整備(2001年度)が行なわれたほか、我が国産業の競争力強化のための研究開発・設備投資減税の集中・重点化(試験研究費の総額に係る特別税額控除制度及びIT投資促進税制の創設(2003年度))、国際的な経済交流の促進や課税の適正化のための国際課税の見直しが行なわれた。

 その他の企業関係の改革

なお、ここでの分析は、一般企業の多くに関連する制度改正に焦点を当てたため、重要な改革であっても今回の分析の対象とはなっていないものもある。例えば、銀行の不良債権処理の促進や産業再生の取組、最低資本金の引下げなど起業・開業を促進するための取組、会社更生や民事再生などの事業再生に係る法制度等の整備等の政府の取組も、資源配分の改善等に大きな影響を与えたものと考えられる。これらの点については内閣府(2003)や内閣府(2005)において詳細な分析を行なっている50

2006年5月からは、従来の会社に係る各種制度の在り方について抜本的な見直しを行った「会社法」が施行されている。具体的には、制度利用者にとって使い易いものとするとの観点から、株式会社と有限会社を1つの会社類型(株式会社)として統合するとともに、最低資本金の下限額を撤廃する等の見直しを行った。会社経営の機動性・柔軟性を向上させるとの観点からは、組織再編行為に係る規制について、合併等対価の柔軟化や被支配会社の株主総会の承認決議を要しない略式組織再編制度を設ける等の見直しを行った。さらに、会社経営の健全性の確保の観点から、株主代表訴訟制度の合理化や大会社に内部統制システムの構築の基本方針の決定を義務付けする等の見直しを行った。

2 企業活動に関連する制度改正とその評価

 企業アンケート調査による制度改正の評価

以上のような企業活動に関連する諸制度の改正について、企業側ではどのような評価を行っているだろうか。内閣府では、前節の企業アンケート調査を実施した際に、主な制度改正に対する企業側の評価についても調査した。具体的には、既に述べたような企業統治関連制度、事業・組織再編関連制度、法人課税、会計制度、企業年金、雇用・賃金関連制度の6分野における制度改正について、制度改正による各企業への実際の影響と制度改正に対する評価を聞いた。

調査結果について、各項目別に企業の回答状況を要約すると、以下のようになる(第2-3-4図)

A)企業統治

4割程度の企業が制度改正はプラスの効果があったとし、5割程度の企業が制度改正はおおむね妥当としている。具体的には、プラスの効果があったとした企業の6割程度が「企業統治の向上によって顧客・取引先・金融機関等からの信頼度が向上した」としている。

B)企業の事業・組織再編

3割程度の企業がプラスの効果があったとしている一方、実際には事業再編等経験していない企業もあることから、制度改正は「影響なし」とする回答が7割にのぼっているのが特徴である。しかしながら、7割弱の企業が制度改正自体はおおむね妥当と高い評価をしている。

C)法人課税

3割程度の企業が制度改正はプラスの効果があったとし、5割強の企業が制度改正はおおむね妥当としている。プラスの効果としては、特に「研究開発投資や設備投資が促進された」とする評価が多い。

D)会計制度

5割以上の企業がプラスの効果があったとし、7割弱の企業が「制度改正はおおむね妥当」とかなり高い評価をしている一方、マイナスの効果があったとする企業も2割以上と多い。プラス面としては、「経営判断がしやすくなった」、「投資家からの評価があがった」といった評価を約半数の企業がしている一方で、マイナス面では「一時的な損失が膨らんだ」、「事務費用がかかった」といった指摘があった。

E)企業年金

4割の企業がプラスの効果があったとし、5割強の企業が「制度改正はおおむね妥当」としている一方で、1割程度の企業がマイナスの効果があったとしている。具体的には、プラス面として「企業の将来的な負担が軽減した」と答えた企業が多かった一方で、マイナス面では「企業負担が一時的に大きくなった」といった指摘が多い。

F)雇用・賃金

3割の企業が制度改正はプラスの効果があったとし、5割強の企業が制度改正はおおむね妥当としている。プラスの効果があるとした企業のうちそれぞれ4割が、「柔軟な事業展開が可能となった」、「人手の確保に役立った」としているほか、2割の企業が「人件費抑制に役立った」としている。「改正の方向性はよいが不十分」と指摘した企業も3割強と比較的多い。

以上の調査結果を総合すると、今回の調査で取り上げた6分野については、いずれも制度改正は「おおむね妥当であった」とする企業が半数を超えており、企業側からも高く評価されているものと考えられる。

 どのような企業が構造改革を評価しているか

アンケート調査から得られた各企業の構造改革に対する評価の高さを得点化したものを被説明変数とし、説明変数としてROAなどの財務指標や同じアンケート調査から得られた様々な項目への企業の回答状況を用いて、どのような企業が構造改革を評価しているかを分析した(第2-3-5表)

構造改革の評価と企業属性との相関に関して特徴的なのは、第一に、それぞれの政策の目的にあった企業から適正な評価を得ていることである。具体的には、持株会社の形態をとっている企業が組織再編関連の施策について高く評価をしているほか、事業戦略として買収・合併を行っている企業から法人税の改正が評価されていること等を踏まえると、企業統合等を進めている企業から関連する制度・税制改正が評価されているものと考えられる。また、研究開発費を増やす予定の企業は、法人税の改正を高く評価していることから、研究開発投資減税等の措置が評価されているものと考えられる。第二の特徴としては、ROAについては構造改革への評価とあまり相関がみられないが、トービンのqについては構造改革の評価と正の相関を持つ項目が複数みられており、成長企業から改革が高い評価を得ている可能性が考えられる。

 今後の制度改正に関する企業の要望

今後の制度改正に対する企業の要望としては、行政手続等の利便性向上・透明性向上、法人課税の見直し、規制緩和・官業の民間開放等の推進について、いずれも5割前後の企業が期待しているとの回答であった。さらに自由回答の中から要望の多かった事項を整理すると次の3点がある。第一は、行政サービスの改善に関する要望である。具体的には、行政手続きの簡素化・効率化を求める意見だけでなく、商法・税法・会計制度といった制度間の整合性を求める意見や、入札制度のさらなる改善を求める意見等があった。第二は、社会保障や税制に関する要望であり、少子高齢化が進む中で今後の企業負担増加を懸念する意見や、企業年金制度のさらなる利便性向上、税制の簡素化等を求める意見がみられた。第三は、規制緩和や民間開放の促進を求める意見であり、様々な業種でさらなる規制緩和を求める意見がみられた。