第4節 日本の金融機関の現状と課題

バブル崩壊と金融危機などの影響により深刻化した金融機関の不良債権問題は、金融機関の厳しい不良債権縮減努力もありようやく正常化してきた。金融機関の経営体力が回復する一方、金融機関の収益性は依然として国際的には低い水準にとどまっている。既にみてきたように構造調整を経た企業の資金調達行動には変化がみられる中で金融機関も新たな資金需給環境に対応した経営手法の確立を迫られている。こうした流れの中で、新たな収益機会の確保先として家計部門を対象とするリテールバンキングが注目されているが、取り組むべき課題は多い。企業への資金供給という伝統的な銀行機能に着目すると、地域金融機関による地域における中小企業向けの貸出への取組も始まりつつある。

1 金融機関の現状

 不良債権比率は低下し、経営体力は回復

2006年3月期の主要行51の不良債権比率(速報値)は1.8%となり、2002年のピーク時(主要行:8.4%<2002/3月期>)から大幅に低下した(第2-4-1図)。経営体力も、収益増に加え、積極的な資金調達から回復している(主要行52合計の資本:05年度末30.6兆円、自己資本比率12.1%)。主要行を中心とした不良債権問題はおおむね正常化したと言える。地域銀行の不良債権比率も、主要行に比べるとテンポは緩やかなものの低下している(地域銀行:8.3%<2002/9月期>→4.5%<2006/3月期>)。銀行の株価は上昇し、本年3月末現在で、1999年12月の水準まで回復してきている(東証の業種別株価指数:484.12ポイント)。銀行の自己資本比率が回復し、リスク許容力が増加するに従って、金融仲介機能は改善しつつある。民間銀行貸出は、2006/2月に8年2カ月振りにプラスに転じた。金融システム改革による不良債権処理は着実に進展するなか、金融機関では、業態を超えた投資・提携により、新たな金融サービスやビジネスの展開を模索する動きもみられる。

今後、再び金融システムが不良債権問題に揺るがされないためには、金融機関の体力や耐性を高めておくことは重要である。そのためには、1自己資本の充実、2適切な金利設定や信用リスクの管理強化、さらに3収益力向上による経営の安定化などが求められる。以下では、日本の金融システムが新たな局面を迎える中で、主に我が国の金融機関(主に銀行)の現状と課題について整理する。

 海外金融機関に見劣りする邦銀の安全性、収益性、ビジネスモデル

不良債権処理が一段と進展し、金融仲介機能が正常化していく過程で、邦銀の(i)安全性(自己資本)、(ii)収益性、(iii)銀行の金融機能(ビジネスモデル)のいずれをとっても、改善・強化されつつある。しかし、海外の大手銀行と比較すると、依然として格差が存在する。

(i)安全性(自己資本)

主要行の自己資本比率は12%超を維持しており、改善傾向にある。もっとも、水準及び質の面では、海外銀行に比べて弱い。Tier1自己資本比率が自己資本総額に占める割合は55%程度と米銀の70%台と比較すると低い。自己資本の水準は、貸出や保有する有価証券のリスクと兼ね合いで、強化されていくべきである。日本の金融機関の貸出集中リスク(企業向け大口与信上位20社への与信額の資本に対する比率)は、海外の金融機関に比べると高いとの指摘53も存在する(付図2-6)

自己資本の中身をみると、必ずしも金融機関が自らの力で稼いだ利益や資本市場から調達した資金だけが蓄積されているわけではない。例えば、繰延税金資産は、ほとんど計上額がない米銀に対して、日本の主要行の場合、低下傾向にあるとは言え、Tier1に対して10%を超える水準となっている(第2-4-2図)。今後とも与信集中リスクの削減とともに、公的資金や繰延税金資産の比率を漸減させ、自らの利益で自己資本を維持・拡充していくことが重要である。

(ii)収益性

日本の銀行は、欧米の銀行に比べて、相対的に低い利益率を如何に高めるかが、重要な課題である。邦銀の特徴の一つとして、貸出利鞘が薄いことが指摘される。信用コストを十分カバーできるだけの利鞘を設定しないと、貸倒れが巨額であったり多発した場合には、金融機関自らの経営が悪化しかねない。邦銀の場合、貸倒れに伴う損失率(信用コスト率)も1%程度で推移しており米銀並みに近づいている。しかし、貸出利鞘(収益性)は、これらコストを賄うには十分とは言えないため、収益力の強化が必要である(第2-4-3図)

(iii)ビジネスモデル(金融機能)

銀行のビジネスモデルは(ii)収益性とも関係する。邦銀の場合、企業向け貸出業務が主力である。しかし、大企業向けの貸出業務が伸び悩む中、預金の3割は国債など低利回りの国債等で運用されている。最近では、金利上昇リスクの抑制を図るため、保有国債年限の短縮化が進められた結果、有価証券利回りも低下している。従って、貸出の伸び悩みや低金利環境の下で、非金利収入の強化が経営課題とされてきた。現状、投信等の個人向け金融商品の販売や企業向けフィービジネス(シンジケートローンの組成など)の強化が収益に貢献しつつあるが、欧米の大手と比較すると、非金利収入の比率は相対的に低水準である(付図2-6)

 オーバーバンキングによりもたらされる低収益性の可能性

銀行の収益性は、マクロ環境はもとより、上記のとおり収益構造や国内市場の競争状況に影響を受ける。特に国内の貸出市場の競争状況に関連して、しばしば邦銀の低収益性がオーバーバンキングに起因するとの指摘がみられる54

そもそもオーバーバンキングの定義自体、金融機関数のほか、支店数や従業員数でみる場合や、経済規模と対比でみた貸出(間接金融)の規模、あるいは預貸率の低下(貸出量<預金量)など、様々である。さらには、公的金融のプレゼンスを考慮する必要がある。

オーバーバンキング指標を国際比較することは、国土の広さや人口集積度、さらに規制や金融慣行の状況などが国により異なるため、その解釈には注意が必要である。単純に銀行数や支店数からみれば、圧倒的にアメリカが多い。しかしながらそれだけをもって、アメリカはオーバーバンキングである、といった単純な話ではない。各種の指標をみると日本におけるオーバーバンキングの可能性を示唆するものが多い。

貸出残高の対名目GDP比率をみると、日本が126%であるのに対して、直接金融が主流であるアメリカは40%である。同比率をみると、ドイツ(123%)や英国(107%)も日本同様100%を超えている(第2-4-4図)。ただし、英国の場合、貸出市場に占める大手行のシェアが8割を超えている。日本の場合、国内の貸出金残高における金融機関の業態別シェアをみると、大手行シェア4割強と最大であるが、大手行以外のシェアも5割以上を占める。

90年代以降、アメリカや欧州では、不良債権問題に伴う経営破綻や州際業務規制の緩和のほか、EU統合をきっかけに、世界的に金融機関の数は急速に減少し、銀行の統合・合併が進んでいる(第2-4-4図)。これに対して、日本も90年代を経て大手行同士が主要3グループへ再編する方向へと進んだが、現状のところ、日本の金融システムは、間接金融優位の下で、貸出業態による棲み分けは比較的維持されていると言えるだろう(第2-4-5図(1))。地方においては、強固な地盤を持つ地域金融機関も存在しており、英国の大手行のような強力な経営能力を背景とする全国レベルでのプライスリーダーは存在していない。

預貸率(貸出金/預金)をみると、地方の低下傾向が顕著である(第2-4-5図(2))。預貸率が全国的に低下している背景には、企業向けを中心とした資金需要の伸び悩みがある。地方の場合、高齢化の影響や地価の下落傾向のほか、産業構造面を考慮した場合、今後も預金を貸出業務で吸収していくことは難しいと考えられる。ちなみに大手行の預貸率を国際比較してみると、邦銀の主要行は70%台となっているのに対して、欧米銀では総じてみれば貸出の好調さと預金調達の困難さから100%を超えており、邦銀が置かれている状況とは異なる(付図2-6)

さらに、銀行の貸出先をみると、収益率の高い製造業向け貸出が80年代半ばから減少傾向を辿っている。これに対して、90年代の前半には収益率の低迷していた不動産業やサービス産業への貸出が増加していることが分かる(第2-4-5図(3))。第1章でみたとおり、今後も製造業を中心とした大企業などでは、直接金融を利用するインセンティブが強まっていくと予想される。こうした中、収益性の高い事業を持つ企業への貸出機会は限られてくることが予想される。高収益分野への融資競争が強まる一方で、低収益で信用リスクの高い先への適切な金利設定が行われない、あるいは経営不振先への処理が遅れる場合、銀行の収益性が低下するおそれがある。

2 金融機関が直面する今後の課題

(1) 収益性向上を目指すリテールバンキング重視路線

 金融コングロマリット化とリテールバンキングへの流れ

我が国では、90年代以降、銀行・証券を始めとする相互参入によって、次第に金融コングロマリット化が進展している。また、2000年代入り後は、大手行の統合等により、いわゆるメガバンク・グループが形成されてきた。「金融コングロマリット」とは、一般に「銀行、証券及び保険の少なくとも二つを包括するような広範囲の金融サービスを提供する企業グループ55」を指す。

金融コングロマリットを組成するメリットを整理すると、第一に、広範囲の金融サービスを提供することによる「リスク分散効果」があげられる。貸出業務による貸倒れ損失は景気動向や企業倒産と相関関係があるが、保険業務による非金利収入はこうした外部変数とは必ずしも連動しないことが言われている。この点は、近年邦銀が投信や年金・保険の販売手数料収入を中心とした非金利収益強化への根拠にもなっている。

第二に、「顧客基盤の維持・拡大効果」があげられる。多種類の金融サービスを提供することによって、顧客を繋ぎ止め、収益のグループ外への流出を回避できる。顧客の立場からみれば、金融商品のワンストップショッピングにより、預金、証券、保険といった金融商品を1カ所で購入することができるため、利便性が高まることになる。

第三に、「費用のシナジー効果」があげられる。銀行、保険、証券が店舗や従業員、システムさらにはブランド力といった経営資源を共同利用することによって、固定費を節約することが可能となる。これ以外のメリットとして、他業態との共同によって、単独では提供できないような革新的商品の開発・提供が可能になる場合も考えられる。

一方、金融コングロマリット化のデメリットとしては、業務が多岐にわたり複雑化することに伴うリスク管理の難しさが指摘されている。顧客の立場からみると、ワンストップショッピングに伴うメリットの一方で、金融商品の抱き合わせ販売などにより損害をこうむるケースも考えられる。このように金融コングロマリット化の組成に関しては、メリットとデメリットが存在する。

 海外で進むリテールバンキング重視路線

海外においては90年代以降、大手金融機関を中心に業態を超えた統合・合併が活発化すると同時に、収益の柱をリテール業務へシフトする動きが見られている。そこでは、銀行、証券、保険の3業態を組み合わせながら、顧客数、資産、店舗数等の拡大を通じて市場シェアを確保する動きが見られた。

日本でも、金融コングロマリット化の動きとともに、リテール重視のビジネスモデルへのシフトがみられている。総資産規模で世界上位行に数えられている欧米の金融機関では、リテール・個人業務での収益割合が5割を超えている先が多い。これに対して、邦銀の場合は、10%程度と低い水準に止まっている。上記でみたとおり、企業向けを中心とした貸出業務が伸び悩む中、預貸率が低下し、銀行の収益環境は厳しくなっている。こうした中で、個人向けを対象に投資信託や年金保険の販売、住宅ローンの提供、カードビジネスの積極化など、様々な金融商品を個人に販売することで、安定的に収益を確保していく動きがみられる。こうしたリテール重視の動きは、主要行のみならず、地域金融機関でも活発化している。以下では、我が国における個人向けを対象としたリテールビジネスの現状を整理する。

 好調に推移する個人向け投資信託・年金保険の窓販

1998年12月にスタートした銀行の投信窓販は、個人のリテール分野の中核商品として、各行とも取組に注力している。2006年4月時点で、銀行等の投信窓販純資産残高は23.0兆円と公募投信全体の39.0%に達しており(第2-4-6図)、株式投信残高の比率は2005年8月に初めて50%を上回り、証券会社を逆転した。銀行等の投信窓販純資産残高のうち、大手行(8行)のシェアは約48%を占めているのに対して、最近では地方銀行のシェアも約36%まで増加している56。一方、2002年10月に、銀行の年金保険の窓口での販売が解禁され、順調に拡大してきており、累計販売残高(2006年3月末)は約10.6兆円となっている57。銀行窓販は、国民にとって、最も身近な金融機関である銀行が、投資信託や年金保険を販売することによって、家計の資産選択行動全般に影響を及ぼし、我が国の金融システムにおける貯蓄から投資への流れを形成していくことが期待されている。銀行の収益構造に関し、非金利収益の強化が課題とされる中で、投資信託や年金保険の販売手数料収入は、重要な収益分野となりつつある。主要行において手数料収入(役務取引等利益等)に占める投資信託や年金保険の販売手数料の比率は、おおむね10~20%程度であるが、近年増加傾向にあり、業務収益全体を下支えしている。しかしながら、非金利収入比率が高いとされる米銀では、ミューチュアルファンドや保険等の販売手数料の比率はそれほど高くない。むしろ、現金・預金の取扱やクレジットカード業務等にかかる各種サービスへの正当な対価としての手数料収入の位置づけが鮮明である。窓販シェアが拡大している株式投信等は市場変動リスクに晒されやすい。短期的な収益拡大志向が先行する一方で、顧客ニーズを重視した販売サービスの提供による預かり資産の拡大化を前提としない場合、中長期的にみて安定的な収益源として望めなくなる可能性もある。

 個人向け住宅ローン業務における競争激化

個人向け住宅ローンの増加は、住宅金融公庫が原則として直接融資を廃止する方向であることから、市場が民間銀行にシフトしていることや、収益性の高さから、銀行が積極的に取り組んでいることが背景にある(第1章第3節4.回復に転じた銀行貸出を参照)。住宅ローンの総貸出残高に占める割合は24%(05年12月末)まで上昇している。低金利の継続や堅調な住宅着工も追い風となっている。

各行とも優遇金利の適用(貸出金利の値引き)や商品設計の工夫などにより顧客取込みに注力しているほか、ノンバンクなどでも超長期の固定ローンを銀行よりも低利で提供する先がみられており、金利面での競争条件は厳しくなっている。融資基準という点からは、民間銀行は住宅取得費の100%融資を行っている。貸出額の上限を住宅取得費の80%としていた公庫融資に比べ、貸倒れが生じた場合には、物件売却による回収率が低くなる可能性がある。住宅販売会社を通じたローン提供を巡っての競争も激しくなっている。業者サイドが、融資の可決率の高さなど販売に有利な銀行を選択した場合、融資基準が実質的に緩和される可能性もある。

先にみたとおり民間銀行の住宅ローンの約5割は固定金利期間10年未満の選択型固定金利となっている。日本では10年以上の長期固定の比率が低いため、専ら金利の上昇リスクを顧客サイドである個人が負担している。当初の金利負担は軽いが、固定期間終了後の金利上昇の程度如何によっては、借入者の支払負担が急増する可能性も考えられる。例えば、先にみた住宅ローン金利上昇による家計負担増の試算(付注1-4)によれば、当初2,363万円の借入額に対して固定金利5年を選択したとして、5年後に金利が2.5%上昇していたとすると、年収614万の家計の返済比率は22.7%と当初から5.4%上昇し、年間33万円の大幅な負担増となる。返済比率が高まれば、銀行の貸倒れリスクは高まることになる。我が国では変動金利や選択型固定貸出が本格的に導入されて以降、金利上昇が生じていないだけに今後の貸倒れリスクの発生には注意が必要である。

 消費者ニーズの見極めが求められる銀行による消費者金融への取組

無担保ローンの提供やクレジットカード事業を、競争が激しくなりつつある住宅ローン提供や投信等の販売に次ぐ個人向けリテール業務の柱と位置付ける動きも見られている。これら消費者金融事業への取組の背景には、収益性の高さが上げられる。消費者金融の金利帯は、ターゲットとする顧客の信用力に応じて幅があるが、カードローンやキャッシングで10%を超える高い金利収入が得られる58。従来、銀行にとって、個人への無担保ローンは積極的に行われてこなかった分野である。主要行では、消費者金融会社と資本・業務提携を行った上で、審査・回収ノウハウを活用しながら、自らの顧客基盤を生かして新たな貸出先を広げようとする試みがみられている。貸金業者がローンを提供する場合には貸出金利水準についてグレーゾーンの存在があり、このため、消費者金融の分野では既存の業態の棲み分けが行われていたが、今後については、グレーゾーン金利を含む金利規制のあり方に関する議論の動向にも留意する必要があると考えられる。

銀行本体又はカード会社との合弁でクレジットカード事業(リボルビング決済とキャッシング)にも取り組んでいる。クレジットカード事業は、リボルビング決済やキャッシングなどの高い金利収入に加え、クレジット履歴がもたらす顧客の消費動向や生活情報を分析することで、顧客ニーズに見合った金融商品を販売していくなどの相乗効果も期待されている。

現在日本におけるクレジットカード信用供与額は26.6兆円(2003年度)である(第2-4-7図)。これは、日本の家計最終消費支出(276.5兆円<2003年度>)の9.6%にあたる。同水準は、アメリカ(25%)に比べて、まだ低い。家計の高い消費性向を可能とするような家計向けの各種の資金借入手段が金融市場で提供されるアメリカの制度は必ずしも世界的に標準と見なすことはできない。しかし、今後、日本でもクレジットカードでの決済率が高まれば、マーケットの拡大の可能性はある。ただし、その場合でもアメリカの消費者金融マーケットは無担保ローンではなく、クレジットカードのリボルビング・キャッシングが主流となっており、これが米銀の大手行のリテール収益源になっていることに留意する必要がある。日本におけるクレジットカードは依然として一回払を中心とした非割賦が圧倒的な比率を占めている。今後も一回払が基本とすれば、米銀同様の収益性を期待することが困難と考えられる。日本の消費者の場合、アメリカと異なり、預金と借入れを両建てで持つということがあまりみられない。貯蓄形成が進んでいない若年層を中心に即時性や利便性から気軽に消費者金融を利用する向きもみられるが、今後日本の消費者が借入れを増やしていくかどうかが、同分野の成長性に影響すると考えられる。

 リテール分野の市場拡大に必要な顧客重視と収益性重視

以上のように、我が国でも、銀行の収益力強化を目的としつつ、金融コングロマリット化の動きやリテール業務重視の動きがみられている。顧客の立場からみれば、金融機関に対しては、金融商品の仕組みや利点、リスクを丁寧に説明し、多様な品揃えの中から中立な立場で最も適した商品を提示した上で、商品購入後もその商品の適正を定期的に見直すなど、親密なサービスやアドバイスを期待することが通常であろう。顧客ニーズを踏まえることなく、金融サービスの提供が専ら供給者側の論理で行われることとなれば、顧客の信任を失う可能性があり、結果的にマーケットの拡大につながらない可能性がある。

金融機関の立場からみれば、このような業際を乗り越えた金融サービスの提供方法に関しては、金融コングロマリット化のメリット・デメリットを踏まえつつ、その他の方法を選択することも考えられる。実際に、金融コングロマリットの先端を行っていた海外の銀行の中には、自らの得意分野を意識しつつ、中核業務の絞り込みや不採算部門からの撤退の動き、さらに提携(アライアンス)によって多様な商品を顧客に提供することを選択する動きもみられている。

我が国においては、本年4月に新たに銀行代理業制度が創設された。これに伴い、一般事業者の銀行代理業への参入が可能になることなどによって、国民にとって、金融サービスのアクセスの確保・向上が図られる一方で、銀行にとっては多様な販売チャンネルの効率的な活用が期待されることとなった。例えば、投信や年金の販売などの対面営業に関しては、有力な顧客ネットワークを持つ一般事業者の能力やノウハウを生かしていくことも可能となる。銀行にとっては、自前の店舗運営コストを代理店への手数料で代替することなども考えられ、これまで以上に経営上の選択肢が拡がっている。銀行業における販売部門の切りだしを意味する銀行代理店の活用の仕方次第では、単なる金融商品の販売チャネル拡大に止まらず、新たなビジネスモデルの創出につながる可能性もある。

(2) 地域金融機関に期待される地元企業への資金供給機能

 地域の景況に影響を受ける地域金融機関の経営力

今後、地域金融機関の経営を展望した場合、金融機関の収益性に影響を与える経営環境に留意が必要である。景気動向は、企業規模や地域による差が目立っている。例えば、非製造業中小企業の業況判断DIは改善しつつあるが、依然としてマイナスである。第1章でみたように地方都市の中にはいまだに二桁以上の地価下落となっている地域も存在する。

以下では、地域銀行(地方銀行64行、第二地方銀行48行)の経営パフォーマンスと経営環境の関係をみるため、多変量解析の一種である主成分分析を行った(第2-4-8図)。主成分分析とは、複数のデータが有する情報をより少ない数の変数データ(主成分)に要約する統計的手法である。ここでは、地域銀行の安全性、収益性、効率性をあらわす複数の財務指標の中から代表的な特性を抽出してみた。抽出された代表的な特性の強さを寄与率でみると、寄与率が最も大きい第一主成分は、地域銀行の経営パフォーマンスの高さをあらわすものとなっている。ちなみに、次に寄与率が高い第二主成分をみると、自己資本比率の係数がマイナスの符号、不良債権比率の係数がプラスの符号となっており、経営再建途上にある銀行の特性をあらわすものとなっている。ここでは、地域銀行の経営パフォーマンスの高さを示す第一主成分による各行の主成分得点を計算した上で、得点が高い(又は低い)地域銀行とその地域銀行が直面している経営環境との関係をみてみた。

主成分得点の高い地域銀行は、首都圏や政令指定都市に本店を有し、当該地域を営業地盤とする先が多くみられる。さらに、各行の主成分得点(経営パフォーマンス)の格差と経営環境の関係をみるため、主成分得点を被説明変数として、各行本店が所在する都道府県の県内GDPと貸出シェアで回帰したところ、プラスで有意との結果を得た。県内GDPに変えて、都道府県の商業地価の変動率を使用して同様の推計を行ったところ、こちらもプラスで有意との結果を得た。このように、ある程度の経済規模や人口があり、商業業務機能が集積している地域(当該地域では商業地価も上昇ないし持ち直し)に存在し、それなりの競争シェアを有している銀行ほど、経営パフォーマンスが高いとの結果になっている。なお、上記分析によれば、営業地盤となっている地域の経済規模やそこでのシェアなどの経営環境によってもなお、経営パフォーマンスの格差を説明しきれない部分がある。これらの部分は、経営上の巧拙により各行が生み出す付加価値の差が反映されている可能性も考えられる。

以上のように地域金融機関の経営パフォーマンスは地域の経済構造と切り離せない関係となっている。首都圏の地域銀行とその他地域の銀行では、規模や顧客層、求められる役割も異なると考えられる。リテール分野でも大手主要行ほどには「規模の経済性」が働きにくい状況下、営業地盤に必ずしも恵まれていない地域金融機関では、地域の経済発展を図りながら、自らの業績向上を実現していくための経営努力が一層求められると言えよう。

 地元企業への資金供給主体としての地方金融機関の可能性

地域での中小企業は依然として資金調達を金融機関からの借り入れに依存しており、こうした需要に応えることで地域金融機関の収益性を確保する可能性は残されている。中小企業への貸出は、担保を裏付けとした融資が困難な場合も多く、リスク管理が難しい分野であると考えられてきた。しかし、地域金融機関も地域に密着したその業務特性等を再認識する中で新たなビジネスモデルの確立に向けた動きが続いている。

2005年3月に公表された「地域密着型金融の機能強化の推進に関するアクションプログラム(平成17~18年度)」では、事業再生や中小企業金融の円滑化のための具体的取組として、1創業・新事業支援機能等の強化、2取引先企業に対する経営相談・支援機能の強化、3事業再生に向けた積極的取組、4担保・保証に過度に依存しない融資の推進など、引き続き地域密着型金融(リレーションシップバンキング)の機能強化が取り上げられている。これは、中小企業の財務情報等の定量情報に加えて、長期的な取引関係に基づき入手した経営状況に係る情報等を用いながら、顧客との関係を質的に高め、オリジナリティの発揮により、付加価値の高いサービスを提供していくものである。

顧客との関係を質的に高めていくことは、取引先の経営状況の透明性を高めていくことでもあり、金融機関による地域密着型の中小企業の望ましいデッドガバナンスの方向性とも整合的なものといえる。地域金融機関にとって、企業情報の透明化を行いつつ、企業が抱える様々な問題を解決に導くことを追及し、それに見合った対価を得ていくことが重要である。

また、上記4に沿った取組みとして、例えば、信用リスク等を定量的・機械的に分析して担保・保証等に依存しないクレジットスコアリングを活用した融資が増加している。こうしたトランザクションバンキングの手法も有効に活用することで、地域密着型金融をコアとするビジネスモデルが確立されていくものと考えられる。さらに、域外金融機関との統合などによるスケールメリット追及や主要行との積極的な提携による取扱商品・管理ノウハウの強化などによって、低コスト化や信用リスク管理の高度化を図ることも、経営上の選択肢として考えられよう。