第2節 日本企業の特徴とその変化
企業を取り巻く環境が変化する中で、かつて「日本的」経営といわれた日本企業の特徴にも変化がみられている。本節では、国際比較を行うことにより、日本企業の財務・雇用面などの特徴はどのようなものかを分析するとともに、独自の企業アンケート調査を用いて、現代における平均的な「日本的」経営の特徴は何か、また、そうした特徴は企業のパフォーマンスにどのような影響を与えているかについて検証する。
1 世界における日本の産業のパフォーマンス
ここでは、まず、国際的な観点から、生産性、貿易、研究開発活動といった分野における日本の産業のパフォーマンスについて俯瞰することにより、日本の産業の比較優位がどこにあるのか、また、その背景にはどのような要因があるかについて考察する。
● 技術集約度の高い製造業で強さがみられる日本産業の生産性
OECDのデータにより、1990年代から2003年にかけての主要先進国のマクロでみた全要素生産性の伸びをみると、アイルランドで3~4%程度、フィンランドで2%前後と、IT産業に特化した国で高い生産性の伸びがみられる一方、日本の全要素生産性の伸びは、90年代には1%を大きく下回っており、アメリカなど他のG7諸国と比べてもやや低めの伸びとなっている(第2-2-1図)。ただし、日本の場合、労働力人口の減少や労働時間の短縮により、労働投入が低下しているため、労働生産性でみれば2%程度上昇しており、他のOECD諸国並みの水準となっている。
産業別の労働生産性の動向をみると、日本の場合、1995年から2003年までの期間については、製造業ではOECD諸国の中でも比較的高い生産性の伸びを示しているが、非製造業についてはOECD諸国の中では平均的な伸びとなっている。さらに詳しく業種別の特徴をみると、日本は、製造業の中でも電気機械、自動車、一般機械等を含む技術集約度が比較的高い業種の生産性がOECD諸国の中でも相対的に高く、食料品、繊維製品等を含む技術集約度の低い業種の生産性が相対的に低い傾向がみられる。
このように、生産性の観点からは、国際的にみて、日本の産業は引き続き技術集約度の高い製造業において相対的な優位性を持っていることが伺える。
● 世界市場における日本のシェア低下とアジア諸国の台頭
世界市場(各国の輸入金額の合計)に占める日本の輸出シェアは、90年代以降、傾向的に緩やかな低下が続いてきた。具体的には、1990年時点では、日本の輸出シェアは8%程度であったが、2005年には5%程度まで低下している(第2-2-2図(1))。こうした輸出シェアの低下は、他の先進国でも同様の傾向がみられ、アメリカのシェアは同じ期間に11%程度から8%程度に低下し、ドイツのシェアも11%台後半から9%程度まで低下している。他方、アジア諸国の占める輸出シェアが急速に拡大している。日本以外のアジアのシェアは、1990年の13%程度から2005年に22%まで上昇しており、特に、中国のシェアは4%程度から10%程度まで急激に上昇している。したがって、日本を含む先進国のシェアの低下は、アジア等における新興国の輸出が増加してきたことを反映したものであると考えられる。ただし、こうした新興国の輸出増加は、それらの国の経済成長を通じて、世界の輸入市場の拡大にもつながっており、先進国にとっても必ずしもマイナスではなかった。第1章でもみたように、日本の輸出市場(日本の貿易相手国の輸入金額の合計)については、中国等アジア諸国の高成長の恩恵もあり、他の先進国と比べても高い伸びとなっており、日本の輸出回復に貢献している(第2-2-2図(2))。
● 棲み分けが進む日本と中国の生産関係
日本がどのような分野において比較優位があるのかを大雑把に把握するために、主な貿易品目について貿易特化係数(輸出入の合計額に占めるネットの輸出額の割合:値が1に近いほど輸出に特化)を、対世界、対アメリカ、対中国について計算した(第2-2-3図)。対世界の特化係数でみると、日本は輸送機械、一般機械、電気機器等の分野で輸出特化の傾向が大きい。90年以降の時系列的な推移をみると、輸送機械の輸出特化係数は0.8前後でほぼ一定しているが、一般機械や電気機器の特化係数は傾向的に大きく低下している。これを地域別にみると、対アメリカとの貿易特化係数でみた場合には、輸送機械、一般機械、電気機器ともに90年以降ほぼ安定的に輸出特化係数が高い水準で推移している。一方、対中国でみた場合には、この3品目ともに特化係数の低下がみられる。これは、中国において、日本からの輸出が直接投資による現地生産に切り替わっていることを反映している面もあるが、電気機器や一般機械については、中国から日本への輸出が増加していることも反映している。このように、日本と中国との間では、一部の製品について比較優位の変化が生じ、新たな棲み分けが進んでいるものと考えられる。
● OECD諸国と比較して遜色のない日本の研究開発力
OECDの統計によると、日本のR&D投資のGDP比は2003年時点でOECD諸国の中で3番目に高い水準にある(第2-2-4図)。ただし、既にR&D投資の水準が高いということもあり、伸び率でみると、他のOECD諸国よりも低くなっている。より広い知識投資(R&D、ソフトウェア、高等教育を含む)という概念でみると、日本の水準はOECD平均並みとなっている。これは、相対的にソフトウェア、高等教育への投資が日本では小さいためである。
こうした活発なR&D投資を反映して、アメリカ、EU、日本の3地域における特許取得件数でみると、日本はアメリカに次いで2番目となっている。ただし、時系列でみると、90年代に入ってからは、アメリカとの差がやや拡大している。
国際収支上の技術収支(特許使用料等)をみても、日本はOECDで5番目の黒字国となっている。ただし、こうした技術収支の改善の背景には、日本企業の海外進出が進み、そうした海外の日本企業による特許使用料支払いが増加している面もあることには留意する必要がある。輸出に占める高度及び中度の技術集約的製品の占める割合についても、日本は約8割程度であり、OECD平均の6割強よりもかなり高い割合となっている。
他方、人材的な面をみると、大学における博士号取得者が少ない、高度な知識を持った研究者・技術者の国際移動が極めて少ないといった面がみられる。今後、少子化により研究者の数を確保することがより困難になる可能性もあり、注意する必要がある。
● 日本の産業の特徴と日本的システムの関係
以上にみたように、日本の産業は、依然として高度な技術分野における優位性を保っており、それを企業の研究開発力が支えている。こうした日本の技術力の高さは、教育や基礎的研究分野における政府の貢献もあるが、基本的には、民間部門における旺盛な企業家精神に基づいた進取の気性、健全な市場競争による技術革新に対するインセンティブ付け、新製品を受入れる需要の大きさといったものが相互に作用してきた結果であると考えられる。
以上に加えて、日本企業が活発な技術革新を行なってきた背景には、日本企業の経営にみられる幾つかの特徴も貢献してきたと考えられる17。具体的には、日本企業は経営戦略として長期的な成長を志向する傾向があるために、長期的な視野で研究開発に投資を行ってきたこと、日本の経営者は内部昇進でかつ技術系の出身者が比較的多いために研究開発に積極的な傾向があること、研究・生産・販売の現場の連携が高く新技術への現場の適応能力が高いこと等である。さらに、こうした日本企業の特徴は、終身雇用制のような長期雇用の慣行や、安定株主が多く内部出身の経営者の裁量が高いといったような、いわゆる「日本的」経営と呼ばれるものとも密接に関連していると考えられる。
ただし、こうした「日本的」経営は、必ずしも全ての分野で技術的な優位をもたらすわけではない。例えば、日本的経営の特徴の一つとみられる企業間の長期取引慣行や内部労働における現場の連携は、自動車のように、部品メーカーと完成車メーカーの間の協調や開発陣と生産現場の協調的作業が必要とされるような「擦り合わせ型(インテグラル型)」の製品においては優位をもっているものの、パソコン等一部のIT製品のような汎用部品を組み合わせて作る「組み合わせ型(モジュール型)」の製品分野では、必ずしも日本的経営の利点が生かされない面があることも指摘されている18。
コラム 5 雇用システムと研究開発活動の関係について
雇用の流動性や賃金決定の方式といった労働市場の在り方は、企業の研究開発活動や人材育成のインセンティブに大きな影響を与えることが多くの先行研究によって指摘されている。一般に、雇用の流動性が低い場合には、大幅な技術革新によって従来からいた人員が余剰となった場合に調整コストが高くなるため、研究開発のインセンティブにマイナスの影響を与えると考えられている。他方、雇用の流動性が低く、賃金決定に際して企業間の賃金格差がそれほど大きくない場合(協調型賃金決定)には、企業内訓練によって技能の上昇した従業員が他企業に移った場合でも必ずしも賃金面の待遇が大きく変わることはないため、従業員の転職意欲は低く、企業は訓練投資を行うインセンティブを持つ。したがって、総合的にみた場合には、必ずしも雇用の流動性の低さが企業の研究開発投資にマイナスに作用するわけではない。
以上のような雇用システムと研究開発活動のインセンティブの関係を仮定すると、各産業が持つ技術特性によって雇用システムとの相性が異なることが考えられる。具体的には、IT産業のように、非連続的な技術革新が短期間に生じるような産業では、企業内で人材を育成するよりも、その時々で必要な技能をもった人材を社外から採用して対応することが求められるため、どちらかというと雇用の流動性の高い国(例えばアメリカ)との相性がよいと考えられる。他方、自動車産業のように、技術革新が従来技術の連続線上にあるような産業では、企業内部においてその企業固有の技能をもった人材を育成することが求められるため、どちらかというと雇用の流動性が低く協調型賃金制の国(例えば日本)との相性がよいと考えられる。
実際に、OECDの実証研究(備考1参照)によると、こうした雇用システムと各産業の研究開発投資比率との相関関係を推計した結果、アメリカのように雇用の流動性が高い国だけでなく、日本のように雇用の流動性が低くても企業間の賃金格差が小さい協調型賃金制の国では、技術集約度が高い産業の研究開発活動が促進される傾向があることが示されている(コラム5図)。
2 国際的にみた日本企業の特徴とその変化
(1)財務データからみた日本企業の特徴
● 国際的にみて低い日本企業の収益率
ROA(総資産利益率)は、保有する資産をどれだけ効率的に運用したかを表す指標である。ROAは、ある一時点での利益率を測るもので、本来の企業価値である将来の収益の流列を表しているものではないという限界はあるものの、企業の財務データから容易に計算できるため、企業の収益率を示す代表的な指標として広く用いられている19。
まず、マクロの統計(全産業)で日米のROAの時系列の推移をみると、日本では80年代初めから2000年代初めにかけておおむね低下傾向がみられ、ROAの水準は、80年代初の6%程度から90年代末には2%台まで低下している(第2-2-5図(1))。ただし、2002年以降については回復がみられ、2005年時点ではROAは4%台半ばまで上昇してきている。他方、アメリカについては、ROAは1990年代初めと2000年代初めにそれぞれ一時的に落ち込みがみられるが、その他の期間においては、おおむね7%から8%台で安定的に推移している。こうしたマクロのROAの推移については、企業の利潤最大化行動を前提にすると、資本装備率(労働者一人当たり資本)が高いほど低くなる一方、全要素生産性(TFP)が高くなるほど高くなると考えられる20。このうち、資本装備率は日本、アメリカともほぼ一貫して上昇傾向にあることから、ROAの変化はTFPの動向を反映している可能性が高いと考えられる(第2-2-5図(2))。実際、ROAとTFPの動向を比べると、日本では90年代にTFPの伸びが大きく低下するに連れてROAも低下している様子がみられる。
より詳しく企業の収益性の動向をみるために、日米欧における上場企業約4千社の財務データによって各地域の企業の収益性の最近の状況をみた。すると、日米欧ともほぼ同じような動きをしており、2001年度を底に2004年度にかけてROE、ROAともに大きく改善している(第2-2-6図(1)、(2))。ただし、ROE及びROAの水準をみると、アメリカとEU諸国の場合は、2004年度で、ROAが7%台、ROEが22%台に達しているのに対し、日本の場合は、ROAが5%台、ROEが16%台と相対的に低い水準にとどまっている。他方、レバレッジ(総資産/株主資本)についてみると、アメリカやEUでは、多少の振れはあるものの、おおよそ3倍程度で期間中安定的に推移している。一方、日本については、2000年度の3.5倍程度の水準から低下傾向で推移し、2004年度については、アメリカ・EUとほぼ同じ3倍程度まで低下してきた(第2-2-6図(4))。なお、ここで、定義上、ROA(利益/総資産)にレバレッジ(総資産/株主資本)を乗じたものがROE(利益/株主資本)になるという関係があることを考慮すると、日米欧の3地域とも同じレバレッジとなっていることから、ROAの水準の格差がそのままROEの水準の格差になっている。
さらに、こうした日米欧の収益性の格差の背景をみるために、ROEが売上高利益率(利益/売上高)、総資本回転率(売上高/総資産)及びレバレッジ(総資産/株主資本)をそれぞれ乗じたものに分解できるとの等価関係を用いると、レバレッジは日米欧でほぼ同じなので、日本の利益率の低さは、売上高利益率、あるいは総資本回転率の低さに求められることになる。実際、日本企業の売上高利益率は2004年度で6%程度であり、アメリカ・EUが9%以上の水準にあることと比べると低い水準にとどまっている(第2-2-6図(3))。したがって、日本の総資本回転率がアメリカ・EUよりもむしろ高い水準にあることを考えると、日本の収益率の低さは、売上高利益率の低さに表されるように、十分なマージンがとれていないことを反映しているものと考えられる。
● 日本企業の低収益性の背景としての資本コストの低さ
日本企業の収益性が低いことについては、既存の研究でも様々な指摘がなされている。例えば、企業レベルの財務データを用いてROAの国際比較を行った分析では、日本の場合、他の国と比べて、ROAの企業間のばらつきが小さく、かつ個別企業のROAの変動自体も小さいという特徴が示されている21。こうしたことから、日本では、個々の企業が大胆なリスク・テイク行動や他企業と差別化された行動を示すことが比較的少ないことが低収益性に結びついており、その背景には、株主のガバナンス機能が十分に働いていない可能性が指摘されている。そうしたガバナンス面の問題については、別の実証分析でも指摘されている。企業のROAと企業アンケート調査の回答状況を関連付けた実証分析によると、投資の意思決定に当たり部門間バランスや他社の動向といった定性的要因を考慮する傾向がある企業は、投資採算の定量的評価を重視するドライな投資行動をとる企業と比べてROAが低い可能性があることが示されており、かつ、こうした投資行動の背景には、メインバンクや安定株主の影響が大きいことが示されている22。
このように、日本企業の低収益性の背景には、株主によるガバナンスが十分に働いていなかった可能性を指摘する研究が多いが、そうした投資家による圧力が小さいということと関連して、資本コストの低さが結果的に企業の収益性の低さに結びついているとする考え方もある23。既に第1節の資本生産性の分析の際に述べたように、資本コストとは、負債コストと株式資本コストの加重平均として求められるが、これは、企業が資本市場から負債や株主資本を調達する際に、資本提供者に対してもたらさなければならない必要収益率を表すと考えられる。一方、企業は長期的にみれば、資本コストを上回るリターンを投資家にもたらす投資を行うと考えられる24。したがって、投資家の求めるリターンが低い場合には、企業も低収益のプロジェクトまで投資を行うことになり、結果として企業の収益性も低下する。こうした株主の意向は、株主の投票権行使の程度、企業買収の脅威の程度などによって経営陣に対する伝達の度合いが異なる。日本の場合、株式の持合いやメインバンクが資本面でも企業に資金を提供していたこと等を背景に、一般株主の影響力が弱く、結果として資本コストが低く抑制されていたことが指摘されている。
● アメリカ企業の資本コストは日本企業のそれを一貫して上回る
そこで、以下では、資本コスト及びそれを用いた経済付加価値について、一般に用いられているスターン・スチュワート社の提唱する方法をやや簡便化した方式に基づき、1999年から2004年までの日米の企業財務データを用いて推計し、国際比較を行なった。日本については、先ほどと同様、金融・保険業を除く上場企業800社あまりのデータを用い、アメリカについては1300社あまりの財務データを用いて計算した(第2-2-7図)。
推計結果によると、1999年から2004年までの期間において、アメリカ企業の資本コストは一貫して日本企業のそれを上回っていることが示された。具体的には、アメリカ企業の資本コストは6~8%程度の範囲で推移しているのに対し、日本企業の資本コストは3~4%程度で推移している。この内訳としては、アメリカの負債金利の水準が日本のそれを上回っていることに加え、株式コストについても、アメリカの方がかなり高い水準となっている。また、推計された資本コストに基づいて、それを税引き後営業利益から差し引いた経済付加価値を計算すると、先ほどもみたように、日本では2002年以降プラスに転じている。一方、アメリカについても、循環的な景気変動もあって2002年まではマイナスとなったが、2003年以降はプラスに転じていることから、現状では、日米ともに企業は資本コストに見合った収益率を実現しているとみられる。
なお、資本コストの計測には、各国の税制、会計処理の違い等も影響するため、以上の推計結果はある程度の幅をもってみる必要がある。しかし先行研究においても25、80年代、あるいは90年代半ばまでの状況をみても、日本の資本コストはアメリカのそれよりも低い傾向が示されていることから、今回の推計結果はこれまでのトレンドと整合的なものと考えられる。こうしたことから、アメリカにおいて日本よりも利益率が高いことの背景には、資本コストの高さに表されるような投資家の求める収益率の高さが一定の圧力となっている可能性が考えられる。ただし、最近では、日本でも企業に対する株主の影響力が増してきており、そうした企業統治面の圧力から企業の資本効率も高まっていくものと考えられる。
(2)投資・配当・資金調達行動にみる日本企業の特徴
国際的にみた場合、投資・配当・資金調達といった基本的な企業行動に関して、日本企業には何か際立った特徴はあるだろうか。基本的に、国が違っても企業が利益最大化を目指して合理的に行動しているならば、投資・配当・資金調達行動には大きな差はないはずだが、仮に違いがあるとすると、それはどのような背景があるのだろうか。以下では、日米欧の企業データを用いて分析する。
● 日米欧における投資・配当・資金調達の最近の動向
各地域における投資、配当、資金調達について、最近の動向をみると以下のような特徴がみられる。
まず、投資面について、営業キャッシュフローのうち投資に振り向けている割合をみると、日本企業の場合はアメリカの水準を下回って推移してきた。しかし、アメリカ企業の投資割合が急速に低下してきたこともあり、2004年度については、ほぼアメリカと同じ水準に回復してきている(第2-2-8図(1))。なお、EUの場合は、第3世代携帯電話にかかる経費等もあってやや投資額がぶれている可能性もあり、厳密な比較は難しい面があることには留意する必要がある。
企業の配当性向(配当の純利益に対する割合)については、黒字企業に限ってみると、日本の配当性向は2割程度で、アメリカの3割強程度、EUの4割程度と比べて低い水準にある(第2-2-8図(2))。ただし、日本企業の大きな特徴としては、配当を行なっている企業の割合が極めて高い点であり、今回のサンプルでみる限り、アメリカ・EU企業の有配企業割合を大きく上回っている。アメリカ・EU企業で無配当企業が多い背景の一つには、新興企業等で上場まだ間もない場合には配当していない企業も多いといったことがある可能性が考えられる。
最後に、企業の資金調達の状況については、既にみたように、レバレッジ(総資産/株主資本)でみると、アメリカやEUでは、多少の振れはあるものの、おおよそ3倍程度で期間中安定的に推移しており、日本についても、このところ低下傾向で推移し、2004年度については、アメリカ・EUとほぼ同じ3倍程度となっている(前掲第2-2-6図(4))。
● 投資・配当・資金調達行動の要因
以上のような集計値でみる限りでは、日本とアメリカ・EUの企業行動の間には幾つか相違点もみられる。そこで、以下では、企業の投資行動、配当性向、資本構成(負債比率)に焦点を当て、日米欧の企業の2000年度から2004年度までのパネル・データを用いた推計を行い、日本企業とアメリカ・EUの企業でどのような違いがみられるかを分析した。推計結果からみられる各地域の特徴について整理すると以下のようになる。
第一に、設備投資における特徴としては、日本企業、アメリカ企業ともに、有利子負債比率が高いと設備投資が抑制されるという傾向が強くみられることである(第2-2-9表(1))。これは、日本企業だけでなくアメリカ企業においても、設備投資にあたってバランスシートの状況が重視されていることを示しているものと考えられる。近年、両国において企業部門が貯蓄超過になっている背景には、こうした設備投資における慎重な姿勢があるものと考えられる。
第二に、配当の動向に関して特徴的なのは、営業利益の変動係数が日本では有意になっていないが、アメリカ・EU企業では共に変動率が大きいと配当を抑制する方向で強く働いていることである(第2-2-9表(2))。利益の変動係数は、一般に倒産確率を表すと考えられており、理論的には、変動が大きく倒産確率が高い場合には配当を抑制する方向で働く。したがって、アメリカ・EUで有意となっている点はむしろ理論と整合的である。日本企業で営業利益の変動係数が有意となっていないのは、日本企業が利益変動とかかわりなく一定額の配当を行なう傾向があることを反映したものと考えられる。理論的には債務比率が高い企業ではなるべく配当を抑えて内部留保を積み増す可能性が考えられる。しかし債務比率が有意に配当を抑制する方向で働いているのは日本企業だけであり、アメリカ・EU企業の場合には、配当に際して債務比率がほとんど影響を与えていないとの結果になった。一つの仮説としては、比較的新しい企業がサンプルに多く含まれる場合には、株式による資金調達が多く債務比率が低いにもかかわらず、配当を行わない企業が多くなるといったことも考えられる。
第三に、各地域の負債比率については、4つの変数のうち2つの変数の係数の符号は3地域とも同じになっており、総資産利益率が高いほど、また企業規模が大きいほど負債比率は低下する傾向がみられる。他方、担保力を表す固定資産比率については、アメリカでは理論通り、固定資産比率が高いと負債比率が高まる結果となっているが、日本とEUでは逆の関係がみられている。ただし、こうした推計結果について総じてみれば、企業の資本構成やそれに影響を与える要因については、現状において日米欧とも大きな相違はないと考えられる。
(3)企業の雇用調整速度の国際比較
● マクロベースで目立つアメリカの雇用調整速度の速さ
国際的にみた日本企業の特徴の一つとして、経済的なショック等があった場合に雇用の調整速度が遅いということが指摘されることが多い。この背景として、いくつかの仮説があるが、その一つは、日本企業が企業内訓練等を通じて人的資本投資を多く行なっているため、こうした訓練費用が埋没費用(回収不可能な費用)となり、マクロの経済ショックに対して企業は容易に労働者を解雇せず賃金による調整を行う傾向があるという説である26。雇用制度とメインバンク制といった金融制度の補完性を強調する見方もある。この考え方によると、一般に企業の業績が好調な時には主たる債権者である銀行による経営の監視は弱いが、業績が悪化した場合には銀行は経営救済に乗り出し、結果的に企業の解散・清算が避けられることになるため、企業は長期的な視野に立って人的投資を行なうことができるとするものである27。
実際に、マクロのデータを用いて雇用調整速度について国際比較した既存の実証分析によると、日本の雇用調整速度は、1960年代、70年代に比べて近年速くなっているものの、アメリカと比べた場合には、いずれの期間でもかなり遅いとの結果となっている28。ただし、英国、フランス、ドイツといった欧州諸国と比べた場合には、日本の雇用調整速度はそれほど変わらないとしており、国際的にはアメリカの雇用調整速度の速さが目立っている。
● 企業レベルでの改善がみられる日本の雇用調整速度
そこで、以下では、企業レベルのデータを用いて、日本、アメリカにおける企業の雇用調整速度を推計した。雇用調整のモデルとしては、多くの先行研究で用いられているように、部分調整モデルを想定した29。このモデルでは、雇用調整にかかるコストは調整規模に関して逓増する傾向があることを前提にしており、そのため、実際の雇用が望ましい雇用水準を上回っている場合でも、企業は一度に大規模な調整をせず、徐々に調整していくことを想定している。
2000年以降のデータを用いて推計した結果によると、製造業については、日本企業の雇用調整速度は、アメリカの企業の調整速度よりも遅い傾向がみられる一方、非製造業については、アメリカ企業とそれほど大きな差はみられなかった(第2-2-10図)。ただし、日本企業について、90年以降のデータまで遡って推計を行うと、製造業の雇用調整速度は、90年代前半と比べると、90年代後半及び2000年から2004年までの期間については、かなり上昇してきている一方、非製造業の雇用調整速度はそれほど大きく変化していないという特徴がみられる。こうした製造業における日本企業の雇用調整速度の上昇の背景を調べるために、企業の負債比率を推計に加えて分析すると、負債比率の高い企業ほど雇用の調整速度が高まる傾向がみられる(付表2-3)。このことから、日本では、90年代後半以降、債務が過剰となった企業では雇用調整を迅速に行っていることが示唆される。
3 日本的経営の変化と企業のパフォーマンス
いわゆる日本的経営と呼ばれるものは、1980年代には日本経済の高成長とあいまって内外で高く評価されたが、1990年代のバブル崩壊後においては、逆にそれに対する否定的な見方も多くなった。こうした中、企業活動のグローバル化の進展やそれに伴う法制や企業会計制度の変更等もあって日本企業を取り巻く環境が変化しつつあることに加え、90年代の低迷の中でリストラの必要性に迫られた企業が終身雇用・年功制によって特徴づけられる雇用制度を若干修正していることもあって、日本的経営は大きく変化していると言われている。ここでは、いわゆる日本的経営と呼ばれるものが、どの程度変化したか、それが企業のパフォーマンスにどのような影響を与えているかについて分析する。
(1)日本的経営について
● 日本的経営とは何か
終身雇用に代表されるような日本企業が持つ幾つかの特徴をまとめて、「日本的経営」と呼ぶことがある。こうした日本的経営と呼ばれるものは、必ずしも一義的な定義があるわけではないが、ここでは、様々な文献によって日本的経営の構成要素として挙げられているものについて、その最大公約数的なものを「日本的経営」として考える。
日本的経営モデルの特徴として挙げられる要素を簡単に整理すると、第一に、終身雇用と年功賃金制に代表される企業内部組織、第二に、企業内部から昇進した経営者と銀行を中心にした企業統治のしくみ(企業の効率的運営を担保する監視と規律付けのしくみ)、第三に、企業グループや系列といった企業間の長期的な取引関係の構築といった3つの要素を挙げることができる30。
それぞれの要素について若干補足すると、第一の企業内部組織の特徴である終身雇用と年功制は、長期間の雇用を保障し、外部からの中途採用を制限するとともに、年齢、勤続年数、実績に基づいた昇進システムを通じて、内部の従業員に企業固有のノウハウや技術を蓄積するインセンティブを与え、組織内での協力を高める効果を持つとされている31。また、こうした内部組織の中では、組織内部の様々な部署・階層間で情報の共有が行われ、組織の階層に頼らない水平的な意思決定の調整が行われるとされる。これは、言わばボトムアップによる意志決定といわれる日本企業の特徴にも通じるものであり、現場の従業員が広範な意志決定権限を与えられていることによって、状況に応じた柔軟な対応が可能となると言われている32。
第二の企業統治については、多くの文献が、日本の場合、企業の主たるステークホルダー(利害関係者)は従業員である考えられていると指摘している33。このため、日本の企業では取締役が内部出身者によって占められ、社外の取締役の割合が低いという慣行がみられる。日本では株式持合いの慣行もあり、メインバンクが主たる債権者であると同時に、株主でもあるという関係がみられたため、メインバンクも一定の監視機能を果たしてきたと考えられている34。内部者から構成される取締役会と、その結果として発生する経営執行と監督の未分離は、従業員には利益を生むが株主には利益を生まない投資プロジェクトを選択するという可能性を伴っているが、債務による圧力、あるいはメインバンクの存在が、こうしたモラル・ハザードを抑制してきたとも考えられている。
第三の企業間取引の特徴については、大企業がその子会社や関連会社の企業統治に果たす役割の大きさが指摘されるとともに、日本の完成品メーカーと部品メーカーの間の協調関係が日本企業の競争力を支える面もあるとの評価も多い35。他方で、いわゆる旧財閥系の金融機関を中心にした「系列」の存在やその評価については、そもそも実体がないのではないかといった否定的な見解も存在している36。
● 日本的経営の歴史
日本的経営と呼ばれるものを構成する以上のような要素がどのようにして形成されてきたのかについても様々な議論がある37。終身雇用や年功性といった企業内部組織の特徴については、19世紀末から20世紀初めにかけての産業発展の過程において、繊維産業等を中心に労働力不足とそれを補うための高い採用コストに企業が悩まされた結果として、企業側が従業員の定着を図るために採用されたとする説がある。当時、欧米諸国に遅れて産業化が始まった日本では、企業が新技術への迅速なキャッチアップを図る必要があったため、企業が技能を持った労働者の育成を自ら社内で図らざるを得なくなったことが、終身制や年功制定着の背景にあるとの説もある。終身雇用・年功賃金・企業別組合といった日本型企業の特徴は、第二次大戦中に行なわれた統制経済の諸制度にあるとする説もあり、インフレによる実質賃金低下を背景にした労働争議の拡大を抑制するため、労使協調体制が築かれたことに、その起源を求める見方もある38。
従業員出身の経営者や銀行を中心にした日本の企業統治に関する特徴については、第二次大戦後に行われた過度の経済力の集中を排除するための措置が影響したとの説がある。集中排除によって旧経営陣が一掃されるとともに、旧財閥等の持株会社が所有していた株式が没収され、企業の従業員が優先的に株式を買う機会が与えられるなどの措置もあって、個人所有の割合が高まった39。これによって、旧財閥企業のような企業の経営と所有が一体化した関係から、両者が分離し、経営者は内部からの昇進による者が増えた。その後の株価の暴落等もあって資本市場から資金調達が困難になったため、企業は銀行からの資金調達を増やす一方、企業買収防止の観点から銀行に対して安定株主として株式を保有することを企業側が望んだということが指摘されている。加えて、国際的な資本取引の自由化によって企業が買収防止をより重視するようになったことによって昭和40年代に入ってさらに持合いが進んだとの見方もある40。ただし、いわゆる「系列」については、戦後、旧財閥系の銀行を中心に、主として銀行融資を通じて産業界の巨大企業と資本の統一を進め、それを補完する形で株式持合いの関係を強めた企業グループを形成することとなったとされているが、その実態については、既に述べたように疑問を呈する見方もある。
● 日本的経営の変化:メインバンク依存・株式持合いは低下41
日本的経営の特徴の一つと考えられている負債・メインバンクによる規律付けといった側面については、既に大きな変化が生じていると考えられる。日本企業の負債比率は90年代後半から大きく低下してきており、国際的な比較でも、ほぼアメリカやEUの企業と変わらない水準となっている。ただし、こうした銀行離れは最近になって生じたということではなく、かなり長期的にみれば、70年代後半をピークとして負債比率は低下傾向にある。こうした背景には、適債基準の緩和、資本取引の自由化など規制の在り方が変化したことも影響している。先行研究によると、80年代の規制緩和の段階的実施により、収益性の高い企業を中心に社債依存度の上昇がみられた一方で、引き続き銀行借入への依存を続けたのは低収益企業が中心であったという2分化がみられたとされている42。さらに、90年代に入ってからも、格付け基準への全面的移行、96年の全面的自由化・規制緩和の動きが、企業の銀行離れを促したとされている。
こうした企業の銀行離れといったことだけでなく、そもそもバブル期における貸出債権の多くが後に不良債権化したことが示すように、銀行のモニタリング機能が一般に指摘されていたほど機能しなかったのではないかとの見方もある。いずれにせよ、メインバンクによる企業統治への関与という側面は、少なくとも大企業においては現在ではかなり小さくなっているものと考えられる。
企業間あるいは企業と銀行間での株式持合いについても傾向的に低下が続いている。具体的には、持合株式の割合は、90年代初めの2割弱程度から2003年には7.6%まで低下し、安定保有株式の比率(2社間の相互の株式持合に加えて金融機関及び事業会社が保有する株式等の割合)も、同じ期間に40%台半ばから24%まで低下した(第2-2-11図(1))。その結果、株式の保有主体の多様化が進んでおり、外国人株主の割合は90年代初めの5%程度から2004年には2割を超える水準まで上昇している(第2-2-11図(2))。こうした90年代以降の株式所有構造の変化の背景としては、もともと銀行との取引関係がそれほど強くない事業会社では、機関投資家等の資本市場の圧力もあって、経営の効率性をアピールするためにも、株価下落の著しい銀行株の売却を促進させたこと等が指摘されている43。加えて、金融機関の側でも、事業会社との取引関係が弱まったことを背景に、そうした事業会社の株を積極的に売却し、不良債権処理の原資等に当てたことが指摘されている。ただし、全ての企業がこうした持合解消を一斉に行ったわけではなく、総じて、銀行依存度が高く、かつ相対的に収益性の低い事業会社と銀行との間の持合関係は維持される傾向にあったことには留意が必要である44。
● 日本的経営の変化:年功賃金の程度は縮小、終身雇用は維持
日本企業の特徴とされる終身雇用制や年功型賃金制といった雇用システムについても大きな変化がみられる。年功型賃金制は、そもそも終身雇用制度を維持するためのインセンティブ・システムとして採用されているものであり、若年時には生産性の割には賃金を低めに抑制する一方で勤続年数の増加に伴って賃金を高めていくのが一般的である。こうした年功型賃金制は、企業が高い成長を続け、新卒の従業員を増やしている状況において可能となるものである。90年代以降は、景気の低迷によって企業の新卒採用が縮小したこともあって過去と比べると、企業の従業員の年齢構成がより高年齢層中心にシフトしてきており、企業の人件費負担が著しく増加することとなった。このため、企業は定期昇給の廃止や成果主義賃金の導入などを進めており、雇用システムに変化がみられている。
平成16年度企業行動に関するアンケート調査を特別集計してみると、サンプルとなった約1千社のうち、成果主義賃金を採用している企業の割合は83%、導入を検討している企業は13%となっている。どのような企業が成果主義賃金を採用しているかについて、プロビット・モデルで分析を行うと、中途採用の多い企業ほど採用確率が高いこと、企業特化型の技能よりも専門性の高い技能を重視する企業ほど採用確率が高いこと、企業業績と成果主義採用との関係がみられないこと、が示される(第2-2-12表)。このように、成果主義賃金は、専門的な技能を有する人材を社外から積極的に採用している会社でより多く採用されているとみられる。こうした成果主義賃金の採用等もあり、企業の年齢別の賃金上昇カーブをみると、最近時点になるほど傾きが緩やかなものとなっている(付図2-4)。
他方、終身雇用については、引き続き正社員に関しては維持している日本企業が多いとみられる。賃金構造基本統計調査によると、短時間労働者を除いた一般社員の平均勤続年数は2005年で12.0年であり、1990年時点の10.9年と比べても長期化している。10年以上の勤続者の割合も47%台(2004年)となっている。ILOの国際比較調査によると、日本の平均勤続年数は、アメリカの6.6年(97年)、英国の8年(2002年)よりもかなり長く、比較的長期雇用が多いといわれるEU14カ国平均の10.6年(2002年)よりも長くなっている(第2-2-13図)。10年以上の勤続者の割合をみても、アメリカの26.2%(2002年)、英国の32.1%(2002年)と比べて高く、EU14カ国平均の41.5%(2002年)も上回っている。したがって、日本では、パート社員比率の上昇によって全従業員平均でみれば勤続年数が低下している可能性はあるが、ある程度長期雇用の慣行は継続していると考えられる。
コラム 6 勤続年数と生産性の関係について
同一の雇主の下で連続して働く勤続年数の長さは、国によって大きく異なるが、こうした勤続年数の長さは国全体としての生産性や各産業・企業レベルの生産性にどのような影響を与えるであろうか。以下では、国際労働機構(ILO)による分析を紹介する(備考1.参照)。
既に本文でもみたように、平均勤続年数はアメリカのように7年程度という短い国から、日本のように11年という長い国まで、国によって大きな違いがある。こうした勤続年数の相違が生じる背景としては、人口構成が若いほど国全体の平均でみた勤続年数は短くなる、経済成長率が高いほど新たな雇用が生まれ、また転職が盛んになることで平均勤続年数は短くなる、解雇規制など雇用保護規制が強いほど勤続年数は長くなる、組合の組織率が高いほど勤続年数が長くなる、といったことがあると考えられる。
勤続年数と生産性の関係については、理論的には必ずしも一義的な見方があるわけではない。一国全体で考えれば、労働者の移動が盛んで勤続年数が短い国では、労働力が低生産性部門から高生産性部門へと迅速に移動することで、国全体としての生産性が高まると考えられる。他方、企業レベルでは、同一企業に連続して勤務する年数が長いほど、労働者はその企業固有の技能を身につけると同時に、企業も転職確率が低ければ労働者への訓練をより多く行うインセンティブを持つために、結果として、従業員の技能向上によって企業レベルの生産性は上昇すると考えられる。
ILOの分析では、1992年から2002年までの欧州13カ国における各産業レベルのデータを用いて、産業レベルの平均勤続年数の長さと当該産業の生産性の伸びの相関を推計している。この推計結果によると、1年勤続年数が長いと0.16%生産性が上昇するとの結果になっている。ただし、より細かく分けた勤続年数別のコーホートごとの生産性への影響を調べると、勤続年数1年超から9年までのコーホートの生産性と比べると、他のコーホートは生産性が低いとの結果となっている。具体的には、1年以下のコーホートの占める割合が2倍になると全体の生産性は4.2%低下、10年から20年のコーホートが2倍になると1.8%低下、20年以上のコーホートが2倍になると9.2%低下することが推計されている。こうした関係を用いて、生産性と勤続年数が凹関数で表されることを想定すると、勤続年数13.6年が生産性のピークになる。
以上の関係は、あくまで産業レベルの生産性に関しての推計であるため、経済全体としての生産性を考える場合には、既に述べたように産業間の労働移動の効果も考える必要がある点には留意が必要である。しかし少なくとも企業レベルでは、長期雇用慣行を維持しようとする傾向が日本では根強くみられることにも、ある程度合理性があると考えられる。
(2)企業経営についてのアンケート調査による分析
● 企業統治・財務・雇用に関するアンケート調査
以上のようなマクロ統計からは、日本的経営と呼ばれるような日本企業が持つ特徴の一部にも変化がみられるようになっていることが示唆される。これは、グローバル化の進展、少子高齢化、法制度等の改正といった企業を取り巻く環境が変化していることに合わせて、企業が雇用・財務等の在り方を見直していることを反映していると考えられる。そこで、内閣府では、企業アンケート調査を実施し、現代における平均的な日本的経営とはどのようなものか、また、そうした日本的経営を構成する要素は、企業のパフォーマンスにどのような影響を与えているかについて分析を行った45。
企業アンケート調査は、上場企業3791社を対象に実施され、669社から回答を得た(回収率17.6%)。回答企業の内訳は、1部上場企業等が約5割、2部上場企業が約2割、新興市場上場企業が約3割である。業種別では製造業が約4割、非製造業(建設業含む)が約6割である。アンケート調査の質問内容とそれを用いた分析の概要は以下のとおりである。
i)調査項目
アンケート調査では、企業の財務・経営戦略、雇用の在り方等に関して5段階評価で企業に重視度を評価してもらった。具体的には、経営上重視するステークホルダー・財務指標・資金調達手段や、正規雇用・中途採用・非正規雇用・賃金等の雇用に関する方針、他企業との取引関係、事業戦略・組織再編の方針等について、企業に重視する度合いを5段階で評価してもらった。
ii)主成分分析による平均的な「日本的」経営の特徴の抽出
以上のように、5段階評価された回答結果について標準偏差を用いて正規化することによりスコア化し、それに外部のデータベース46から引用した企業統治に関する変数を加えてデータベースを作成した。その上で、これらの変数を用いて主成分分析を行い、日本企業に共通にみられる特性が要約された合成指標(主成分)を抽出し、現代における「平均的」な日本的経営の特徴をみた。
iii)各主成分と企業パフォーマンス
主成分分析から得られた各主成分について、企業ごとに主成分得点を算出し、それと企業収益等との相関を分析した。
● アンケート調査の主な集計結果
主な調査項目に関する回答の集計結果の特徴について整理すると、以下のとおりである(第2-2-14図)。
第一に、いわゆる日本的経営と呼ばれる特徴のうち、終身雇用制や従業員中心の企業統治については、いずれも多くの企業が重視している様子がうかがえる一方で、株主を重視する企業も予想以上に多い。具体的には、重視するステークホルダーに関して、重視度が「強い」「やや強い」と答えた企業の割合をみると、従業員と答えた企業が7割近くにのぼっているほか、正規社員の雇用方針についても、長期安定雇用を今後も維持していくと答えた企業の割合は9割に達している。他方、重視するステークホルダーとして株主を挙げた企業も8割にのぼっており、多くの企業が株主の存在を相当程度意識している様子がみられる。
第二に、日本的経営の特徴の一つとして挙げられるものの中でも、メインバンクとの関係、長期的な企業間の取引については、それほど重視している企業の割合は高くない。具体的には、重視するステークホルダーとして、メインバンクを重視している企業の割合は4割程度であり、他のステークホルダーと比較すると重視度が低い47。長期的な企業間取引については、「今後も維持する」、あるいは「それに影響しない範囲で新規の開拓を行う」と答えた企業の割合は5割であったが、そうした長期取引関係はないと答えた企業の割合も3割近くにのぼっている。他方、株式持合いについては、1割強の企業が「今後強める」、6割弱の企業が「現状を維持する」と答えており、かなりの企業が重視している。この点については、最近、企業買収が活発化している中で、企業が警戒感を強めていることも背景にある可能性が考えられる。
第三に、財務戦略については、売上高といった規模の追求を優先する傾向が強いが、ある程度効率性も重視している様子がみられる。具体的には、重視する経営指標に関して、重視度が「強い」「やや強い」と答えた企業の割合をみると、売上高や利益が8割から9割と高いものの、ROAやROEといった資本効率を表す指標についても、半分以上の企業が重視しているほか、キャッシュフローも7割弱の企業が重視する姿勢をみせている。
● 根強く存在する日本的経営の特徴
主成分分析の手法を用いることにより、アンケート調査から得られた財務、経営、雇用等の座標軸で表された情報を、新たな総合的な座標軸によって括り直すことで、複数の変数間の関係や特徴の把握を行った。
財務、経営、雇用等の全ての項目について、回答状況を正規化してスコア化したものを主成分分析にかけることにより、35の変数をより少数の主成分に集約した。このうち、説明力の高い上位7つの主成分に注目すると、その多くが、いわゆる日本的経営にかかわるような項目と関連が深いことが観察される(第2-2-15図)。特に、第1主成分については、ステークホルダーとしてメインバンクが重視され、財務面では、資金調達は借入れ中心で、配当は安定配当(額面配当)重視、雇用面では、正社員比率が高く、賃金は年功型、中途採用には消極的で、企業間関係については株式持合いを重視するという特徴がみられており、いわゆる日本的経営と呼ばれる要素のかなりの部分を集約したような成分となっている。第2主成分以下の主成分についても、経営戦略としてROAなど資本効率よりも売上高を重視するといった特徴(第2,3主成分)や、ステークホルダーとして従業員を重視するといった日本的経営の特徴(第6主成分)がそれぞれみられる。他方、第5主成分については、株式による資金調達に積極的、第7主成分については、企業価値向上の重視といった特徴がみられ、一般にいわれる日本的経営とはやや異なるものとなっている。
以上のような主成分分析の結果からは、一般にいわれるような日本的経営の特徴が、現在の企業にも根強く残っていることが示唆される。ただし、日本的経営の特徴が表れているとみられる上位4主成分の合計でも、全体の分散の2割5分程度しか説明できていないことから、日本的経営の特徴の中でも根強く残っているものがある一方で、現在の日本企業の姿が「日本的経営」という言葉では括れない多様なものであることも指摘できる。
より詳細に、日本的経営のどのような特徴が現在でも多くの企業に共有されているか、あるいは、多様化したかをみるために、同様の主成分分析を企業統治、財務戦略、雇用の3分野ごとに行った。その結果からは、日本的経営の特徴の一部は引き続き根強くみられるものの、それと相反した特徴もそれなりに広くみられる。分野ごとの主成分分析の結果によると、それぞれの分野で説明力の最も高い第1主成分については、従業員重視、売上高など規模の拡大重視、正社員比率が高いといった日本的経営の特徴がでているが、その説明力は1割強から2割強程度にとどまっている。他方、第2主成分については、株主重視、株式調達重視、正社員比率が低いといったような第1主成分とは相反する内容となっており、企業行動が多様化していることが示されている。
● 企業属性からみた経営の特徴
上位7つの全体の主成分について、業種等の企業属性や他の質問項目への回答状況と併せてみることにより、どのような企業でそうした特徴がみられるかをさらに詳しく分析した(付表2-5)。
まず、業種や上場市場などの企業属性との関係をみると、日本的経営の特徴が最も明確にみられる第1主成分は1部上場企業の得点が高く、業種別では製造業や建設業、電気・ガス業等の得点が高い。第3主成分についても、1部上場企業の主成分得点が高い。対して、第2主成分と、第4主成分については、新興市場上場企業の得点が高く、日本的経営の特徴は上場する市場を問わず広い範囲に見られる傾向がある。
次に、他の質問項目への回答状況との相関をみると、組織再編等の状況に関しては、人件費削減や拠点の縮小等のリストラを行っている企業では、メインバンクを重視し正社員比率も高いという特徴をもつ第1主成分の得点が高いという特徴がみられる。自社の強みに関する回答状況に関しては、日本的経営の特徴が強い第1主成分の得点が高い企業で、「経営力」を強みとして挙げている企業が少ないという特徴がみられるほか、従業員をステークホルダーとして重視する第6主成分の得点の高い企業では、自社の強みとして技術力に加えて営業力を挙げている企業が多い。
● 企業業績への影響
主成分分析から求められた各企業の主成分得点を用いて、企業統治・経営戦略等の違いがどのように企業の収益性や株価形成等と相関しているかを分析した。具体的には、被説明変数として、ROA、トービンのq、総資産成長率、PBR(株価純資産倍率)を用い、それぞれについて、説明変数として企業規模や上場年数、財務状況等を入れて調整した上で、上位7つの主成分得点及び分野別の主成分得点との相関をみた(第2-2-16表)。
推計結果を整理すると、次のようになる。
第一に、メインバンクを重視し正社員比率の高い特徴を示す第1主成分は、ROA、トービンのq,総資産成長率、PBRともに負の相関がみられる。したがって、こうした特徴をもった企業は、成長性が低く既に成熟した企業であるとともに、資本効率も低く、株式市場においても評価が低い傾向があると考えられる。
第二に、従業員重視といった特徴を表す主成分(全体の第6主成分、企業統治の第1主成分)はROAと有意に正の相関がみられる。したがって、少なくとも一般にいわれるように、従業員重視といった日本的経営の特徴をもった企業の資本効率が低いというわけではないことが伺われる。
第三に、株主を重視する主成分(企業統治の第2主成分)や株式による調達を重視する主成分(全体の第5主成分、財務戦略の第2主成分)は,総じて、トービンのq、総資産成長率、PBRと正の相関がみられる。したがって、株主を重視する企業や、株式による調達を重視する企業では、成長性が高く、株式市場での評価も高い可能性(あるいはその逆の因果関係)が考えられる。
● 従業員重視の企業では業績も良好
以上のような分析結果については、先行研究や理論と照らして、どのような解釈ができるであろうか。
まず、メインバンクを重視し正社員比率が高いといった日本的経営の特徴を表す第1主成分が、トービンのq,総資産成長率、PBRともに負の相関をもっていることについて考える。既にみたように、第1主成分の得点が高い企業の属性をみると、リストラを行っている企業に多くみられることから、そうした企業は、過剰債務や雇用の過剰を抱えてリストラを行わざるを得ない状況に直面しており、株式市場では低く評価されていた可能性が考えられる。また、先行研究では 、90年代初めには、メインバンク依存度が高い企業ほど規模を拡大させる傾向がみられたとするものもあることから、メインバンクの不良債権処理に伴って、そうした企業では規模縮小に転じている可能性がある 。したがって、必ずしもメインバンク重視といった特徴が常に規模の縮小につながるという因果性があるわけではないことには留意する必要があると考えられる。
次に、従業員重視といった特徴を表す主成分の得点が高い企業の資本効率が高いということについては、どのように考えればよいであろうか。従業員重視の特徴がみられる第6主成分の得点の高い企業の属性をみると、自社の強みとして営業力や技術力を挙げている企業が多い。また、人件費削減等のリストラ措置も行っていない企業が多い。こうしたことからすると、従業員を重視する企業では、営業面・技術面の優位を生かして高い収益性を実現しているという可能性が考えられる。ただし逆の因果性として、財務状況が良い企業の場合には、株主やメインバンク等の意向を気にすることなく従業員の利益を優先できるという可能性も考えられるが、それによって無駄が生じればROAも結局低下してしまうので、やはり、それなりに従業員重視の企業ではうまく経営が行われていると考えられる。今回の調査が実施された時点は、景気回復が4年以上に及んでいる時期でもあり、この意味では、企業業績の回復とともに、日本的経営に対する自信を取り戻しつつある企業が増えている可能性が考えられる。
最後に、株主を重視する特徴や、株式による調達を重視する特徴を示す主成分とトービンのq、総資産成長率、PBRとの間に正の相関がみられることに関しては、成長性の高い企業は、株式による資本調達を積極的に行っており、ステークホルダーとしても株主を重視する傾向があることを示していると考えられる。