第1節 景気の踊り場からの出口へ向けて

日本経済は2002年初からの景気回復局面にある。ITバブル崩壊による2001年度のマイナス成長によるスタート台の低さから2002年度は実質0.8%成長にとどまったが、その後は着実に成長率を高め2003年度は2.0%成長を達成した(第1-1-1図)。2004年度は年後半に踊り場状況となったものの1.9%成長となった。4年目を迎えている景気回復局面の特徴は、1民間消費や企業投資が着実に成長を支えていること、2政府支出が抑制されていること、3失業率が着実に低下していることなどである。

1 2004年後半に経済成長率は大幅に鈍化

2004年は前半と後半で経済成長の対照が際立った。年前半は消費や投資の民需が好調であったことに加え、外需がプラスの寄与を示したことから年率4%の高い成長が実現した。他方、年後半はIT関連部門における世界的な調整を反映して外需がマイナスの寄与となった一方、秋における気候の暖かさや台風の襲来などによって民需が一時的に悪影響を受けたことから、成長率はほぼゼロに大きく鈍化した。

 2004年前半の高成長

2002年1月を谷とする今回の景気回復局面において、平均成長率は1.8%(年率、以下同じ)に達している。それに対し、2003年10-12月期と翌1-3月期は2期連続して5%を上回る高成長が続いた。このような高い成長率が実現した要因として、次の3点を指摘することができる。1雇用リストラの一巡などを背景とする家計マインドの改善によって家計消費が着実に増加したこと、2IT関連分野を中心として製造業の設備投資が増加したこと、3家電製品や鉄鋼や化学製品などの輸出が増加を続けプラスの外需寄与度が実現したことである。

 2004年後半のゼロ成長

しかし、年後半には景気が踊り場を迎え、ほぼゼロ成長となった。その要因としては、次の3点が考えられる。1電子部品・デバイスやデジタル家電などIT関連の輸出の伸びがアジアやアメリカ向けを中心として減速したこと、22004年秋には台風の襲来が相次ぎ家計消費や非製造業設備投資(特に不動産業等)に悪影響を及ぼしたこと、3年末にかけて気温が高めで推移したことから冬物衣料や暖房器具などの消費が盛り上がりを欠いたことなどである。

特に、1の要因については在庫調整の動きを伴うこととなった。すなわち、薄型テレビなどのデジタル家電はアテネオリンピックによる国内需要増加やアメリカ市場での売上拡大の見込みなどから各社が増産に走っていた。しかし、2004年4-6月期に原油高、金利上昇などの要因からアメリカの消費が一時的に弱含むこととなり、見込みどおりにはデジタル家電の売上げが伸びなかったことに加え、2004年後半には世界的な半導体需要の伸びが鈍化した。このため意図しない在庫増が世界的なIT市場で発生し、デジタル家電の中核部品である電子部品・デバイス(集積回路、液晶素子など)の在庫が積み上がった。7-9月期以降はこの在庫調整から生産にもマイナス効果が現れた。鉱工業生産指数の2004年10-12月期の前期比の伸び率は0.9%低下したが、それに対する電子部品・デバイスの寄与度はマイナス0.9%を占めた。

23の要因は一時的な性格であるが、年前半に消費が増加していたことに比べると明らかに消費を抑制することになった。2004年10-12月期の家計調査(全世帯)の前年比伸び率はマイナス2.4%と減少したが、内閣府の試算ではそのうちマイナス0.8%分は一時的要因であり、衣料品、レクリエーション支出などに悪影響が生じた。

 2001年のITバブル崩壊時との違い

今回の踊り場の特徴は、電子部品・デバイスにおいて生じた在庫調整が鉱工業生産全体の在庫調整にはつながらなかった点である。これが、過去の景気後退局面との大きな違いである(第1-1-2図)。

2001年にはITバブル崩壊をきっかけとして激しい生産減少が発生した。バブル崩壊を契機として、製品在庫や部品在庫の大幅な積み上がりが生じ、それを解消していくためには大幅な生産抑制が必要となったためである。しかし、当時と今回の在庫調整では次のような違いがあり、今回の生産調整は小さくかつ短期になる可能性が高いと見込まれる。1今回は電子部品・デバイスの生産増加は比較的緩やかなもので推移していた。そのため、積み上がった在庫水準は相対的に小さなものである。他方、ITバブル時には過大な見込み生産が行われており、積み上がる在庫水準が結果として大幅なものとなった。2今回は鉄鋼や化学などで着実な出荷増加が続き、電子部品・デバイスの生産調整による波及効果が鉱工業生産全体に及ばない状況となっている。他方、前回はコンピュータを中心とする生産調整が全体に波及する結果となった。3薄型テレビの需要が鈍化しても、IT関連製品の需要は全体として底堅く、集積回路や液晶素子の在庫調整が進展しやすい環境にある。他方、前回はインターネット用などのコンピュータの在庫が中心であったため、それ以外の用途での需要が在庫調整を進展させるのは困難であった。

以上は鉱工業生産の分野における構造的な差異であるが、他方、マクロ経済環境面でも大きな違いがある。2001年当時は企業体質が依然脆弱であり、また個人消費をめぐる環境は雇用リストラが継続するなかで厳しい状況が続いていた。したがって、外部環境の悪化に伴って投資や消費が減速することとなった。しかし、今回はそうした動きが生じずに、企業部門は依然好調であり、家計部門は底堅い。

 緩やかな回復が続く2005年

2005年に入ると踊り場からの脱却へ向けた動きが徐々に現れている。1冬の寒さが戻ったことから1月の家計消費が大幅に増加するなど、消費は持ち直している。こうした消費の特徴については後述する。2景気回復局面が長期化するなかにあっても、投資においては建築着工が増加している。製造業の建物の他、物流施設や商業施設の建設が増えている。3電子部品・デバイスの在庫調整が進展している。1-3月期の鉱工業生産指数は3四半期ぶりに前期比プラスに転じた。4アジア向け輸出は弱い動きが続いているが、アメリカ向け輸出を中心として輸出に明るさがみられていることから、輸出数量全体が上向く兆しもみせている。

1-3月期の経済成長率は年率5%程度の高い伸びとなった。これは、前期の一時的要因によって消費や投資が押下げられた反動という要素も考えられるが、景気は大局的には緩やかな回復が続いていることを示す結果と考えられる。

これまでの動きをGDPギャップ(潜在GDPに対する現実GDPの比率)の観点から整理しておこう(第1-1-3図付注1-1)。12004年初には高い成長からGDPギャップはマイナス0.7%程度まで縮小した。2その後は、踊り場を反映して再びギャップが拡大した。この時期には、市場におけるデフレ脱却の見通しも先送りされた。32005年1-3月期は高い成長を反映してギャップは1年前の水準まで改善している。

こうしたことから、2002年1-3月期にはマイナス4.7%程度まで開いていたギャップは4%ポイント程度も大きく改善したが、依然水面下にあると判断できる。

2 底堅さを増す家計部門

今回の景気回復局面では、家計消費が景気を支えてきているが、特に2004年の伸びが高くなった。2004年秋には一時的な要因で横ばいとなったが、その後は持ち直している。このような消費の背景を考えてみたい。

 底堅い動きとなった家計消費

個人消費は、2003年秋以降に明瞭な増加を示している(第1-1-4図)。このように家計消費が底堅い動きとなった背景としては、第一に、2003年に入ってから消費者マインドの改善が続いていることがある。第二に、家計所得が2003年後半に下げ止まり、2005年には持ち直してきていることが挙げられる。これらの要因としては、雇用リストラの一巡などによって2003年以降失業率が低下するなど雇用情勢の改善が続き、所得環境にも良い影響を与えていることが考えられる。また、家計消費の中身としては、デジタル家電などの耐久財購入が好調なほか、国内海外への旅行、インターネット接続料・携帯電話使用料などサービス支出が増加している。主要なデジタル家電の世帯当たり普及率は、2005年3月時点において、パソコン56.9%、DVD(再生専用・再生録画兼用機)44.1%、薄型テレビ10.4%などとなっている(内閣府「消費動向調査」、単身世帯を含む総世帯ベース)。

 ラチェット効果が支えた消費

今回の景気回復局面では、2度にわたる調整期が含まれているが、その期間も消費が底固く推移した点が大きな特徴である。こうした背景について分析してみたい。

90年代後半以降戦後初めて賃金が7年連続で下落基調となり、2001年度から完全失業率が戦後最悪の5%超を3年連続して記録するなど家計の所得環境は極めて厳しい状況を迎えていた。そのような所得環境にもかかわらず、個人消費は底堅く推移し景気の下支え役になったことが大きな特徴である。マクロ的に考えれば、GDPと家計消費の間の相関関係が低下し、かつてに比べてGDPが低下するほどには消費が低下しないのである。

これは、消費のラチェット効果が働いていると考えられる。家計可処分所得伸び率(X軸)と平均消費性向変化幅(Y軸)の関係をみると、99年以降はそれ以前に比べて傾向線の傾きが急になっている(第1-1-5図)。これは、所得が落ち込んだときに消費性向がより大きく上昇することによって、消費の水準を維持するような動きがあることを示している。言わば、消費が景気動向を平準化するように働いている。家計貯蓄率の動向については第3章で分析するが、近年の家計貯蓄率の低下はこのような観点からも説明できよう。

このようなラチェット効果が近年強まっていることに関係する要因としては、1過去にはみられなかった賃金が名目で下落するといった厳しい状況の中で消費水準の維持を図ったこと、2家計消費の過半(80年49.5%、2003年53.4%、SNAベース)を旅行や保健医療等のサービス消費が占め、これが所得の変化にかかわらず安定的に推移していること、などが考えられる。

諸外国ではカナダにおいてかつてに比べて近年は消費性向の変動が大きくなっており、家計所得の伸びが鈍化した際にも消費性向が高まることによって消費水準が維持される傾向がみられる。なお、アメリカではそのような動きは明らかではない。

2002年初からの景気回復局面におけるラチェット効果の役割を考えてみたい。この局面において家計所得は緩やかに改善している。所得減少局面におけるラチェット効果は景気下支えの役割があるが、所得改善局面においては消費をかつてほどには増加させない可能性を示すことになる。つまり将来にわたる所得の増加について家計が厳しい見込みをもっていれば、消費の増加はより緩やかなものにとどまる可能性がある。しかし、2005年1-3月期までの1年間についてデータを推計し直近3年の動きをみると傾向線の傾きがやや緩やかになっており、雇用情勢の改善を通じて家計の所得見通しがやや明るくなっていることを背景に、所得の伸びに対して消費性向がこれまでほどは低下しない可能性を示唆していると理解することができよう。したがって、所得環境やマインドの改善が続けば、やはり消費の増加につながることが期待できる。

3 企業部門の体質改善と増加する設備投資

企業部門は90年代からのリストラ努力が効果を現し、今回の景気回復局面では好調さを続け、設備投資の緩やかな増加によって景気回復を支えてきた。企業部門は高収益に恵まれているが、その要因は過剰問題の終息による体質改善である。以下、順に検討していきたい。

 高収益の実現とその要因

売上高経常利益率は80年代のバブル期を上回る水準に達しており、特に大企業製造業では2004年度は5.6%に達し、74年以降の最高値となっている(第1-1-6図)。また、全体として経常利益は3年連続の増益となっている。バブル期と比較した増益要因の特徴は、1企業収益が増加に転じるきっかけとなったのは人件費などの費用節約の要因が大きいこと、2バブル期は売上高の伸びが一貫して大きな寄与度を示したが、今回は売上要因の伸びがそれ程高くないことである。

このように高収益が続くなかで、企業の内部留保も高い水準にあり、フリーキャッシュフロー1はかつてない水準にまで高まっている。企業部門の貯蓄投資バランスからみても、既に非金融法人企業は2001年度に貯蓄超過の状態になったが、2002年度以降も企業の増益を反映して貯蓄超過は拡大し、2003年度にはGDP比3%の高い貯蓄超過となっている(第1-1-7図)。このように貯蓄超過が続いている背景としては、1バブル崩壊以降設備投資は低い水準で推移していることや、2資金面では企業が借入金の返済を進めていること等がある。

今後の動向については企業の利益処分が大きな影響を与えることになる。その選択肢としては、配当を引き上げること等による株主への利益還元、雇用者への配分、M&Aによる事業再編投資や設備投資の増強等が考えられる。このうち株主還元については、中長期的な傾向として株式持合い比率が大きく低下する流れの中で、好業績を反映した増配や復配、あるいは金庫株解禁(2001年)等の制度改革の効果もあいまった自社株買いの増加を通じて1株当たり利益を高めるような株主還元策を積極化させる企業が増加してきている2。また、雇用者への配分については、後にみるように過剰雇用の調整を経て、雇用や賃金面を通じて企業部門の好調さが徐々にではあるが家計部門に波及しつつあり、これが家計の底堅さにつながっている。一方、設備投資は緩やかに増加しているものの控え目な水準で推移しているが、売上高や営業利益の持続的な拡大のためには将来の収益を生み出す内外への投資活動がかぎであり、以下にみるように過剰設備や過剰債務がほぼ解消したなかで、新たな成長分野への積極的な投資が展開されることが期待される。

 ほぼ解消した3つの過剰問題

バブル崩壊以降、日本経済は3つの過剰問題が成長の大きな制約となってきた。それは過剰雇用、過剰設備、過剰債務であり、これらはほぼ解消したと考えられる。この観点から現在の高収益状況を考えてみよう。

 過剰雇用

過剰雇用は、企業が適正と考える雇用水準を実際の雇用水準が上回ることである。その要因としては、景気低迷によって企業業績が悪化しても長期雇用などを理由として雇用を大幅には削減することが難しいことが挙げられる。さらに、デフレの中でも名目賃金の引下げが困難なこと、年功賃金制のもとで従業員の年齢構成が高齢化するにつれ人件費負担が過重になることなどから、過剰雇用は企業に過大な賃金コストを発生させることになる。その結果、企業は新規雇用の抑制、非正規雇用への傾斜などによる賃金コストの節約を図るようになった。

雇用について人員の調整が広範に生じたのは98年からであり、それ以降就業者数の伸びは2003年まで減少が続いた。同時に賃金調整については、98年以降2004年まで7年連続して現金給与総額が下落した。このように雇用リストラを通じて過剰雇用の解消が徐々に進められた。2002年からの景気回復、さらには、高齢者の退職が徐々に進んでいることなどを背景に、企業の雇用判断でみると、2004年末までに過剰雇用は解消したと考えられる31-1-8図(1))。

 過剰設備

過剰設備とは、80年代末のバブル期から90年代初めに企業が旺盛な投資を行ったものの、バブル崩壊に伴う景気低迷により積み上がった設備である。期待成長率の大幅な低下によって望ましい資本ストック水準が下方シフトしたために生じた過剰分の他に、バブル期に行われた無駄な不稼働資本も含まれる。90年代において企業は売上高の低迷に直面すると同時に、設備投資の減価償却負担もこなさなければならず、一層利益が圧迫された。

過剰設備の調整は、基本的には新規投資の手控えや遊休化・老朽化した設備の廃棄(除却)により進められた。会計上は、これまでも収益好調な企業において自主的に設備の減損処理を行う動きが見受けられたなか、2005年4月1日以降開始する事業年度から減損会計4が適用されることになった。こうした中で過剰設備の調整は進み、2005年に入って設備過剰感は極めて低水準となっており、ほぼ問題はないと言えよう(第1-1-8図(2))。

 過剰債務

過剰債務とは、80年代末のバブル期から90年代初めに企業が業容拡大や積極投資のために金融機関からの借入を増加させた結果、バブル崩壊によって企業のバランスシートに重石となった債務のことである。バランスシートでは借入れや社債発行などにより企業の負債サイドが膨れ、資産サイドでは土地や有価証券等の価格下落が続いたため、借金返済が困難になった。その結果、負債の元利返済が利益を圧迫し、場合によっては自己資本が毀損したり、実質的な債務超過に陥ったりした。貸手の金融機関にとっては不良債権と化した。

過剰債務の調整のために、企業部門は利益のかなりの部分を負債の返済に充てたほか、資産処分による借金返済などが必要となった。この結果、有利子負債キャッシュフロー比率はバブル期前の水準まで低下した(第1-1-8図(3))。2005年に入ってからは、主要行の不良債権比率が2.93%(3月期)に低下し、銀行の貸出態度は改善が続いている。このように、企業側からみても金融機関側からみても過剰債務の調整は終了に向けて近づいているといえよう。

 企業体質の強化

これらの過剰問題が解消することにより、企業体質は改善、強化したと考えられる。損益分岐点比率を計測すると、バブル崩壊後最低水準まで低下している(第1-1-9図)。損益分岐点比率の低下は、景気変動や業界情勢、経済の構造変化に伴う売上高の増減や、デフレに伴う販売価格や売上高の停滞があっても利益を出せるよう体質が強化されつつあることを意味する。業種別にみると、損益分岐点比率の低下をリードしてきたのは化学や自動車産業であるが、2004年以降は、素材市況の好調を背景に鉄鋼の低下が目立つ。低下の要因としては、99年頃から固定費を抑制する姿勢がはっきりしていたが、2004年頃からは売上高増加の寄与が目立つ一方で、人件費を含む固定費が押上げ要因になりつつある。

 緩やかに増加する設備投資

民間企業設備は、2年連続して増加し2004年度は前年度比5%程度の伸びとなった。デジタル家電が好調だった電気機械や海外市場が好調だった自動車のほか、これら向け出荷により一般機械等の寄与が高かった。2004年4-6月期に前期比4%程度と高伸した後、情報化関連生産財の在庫調整が深まるにつれ、その影響もあって伸びが鈍化したが、2005年1-3月期には緩やかに増加している。

日銀短観(2005年6月調査)によれば、2005年度の設備投資計画(全規模全産業)は前年度比5.4%増となり、6月調査としては90年以来の高い伸びとなっている。電気機械の寄与は低下しているが、自動車、化学、鉄鋼などの寄与が高くなっている。情報化関連生産財の在庫調整が進捗しており、高水準な企業収益を背景に設備投資の好調は持続するものと考えられる。

今回の回復局面における設備投資には次の特徴がある。

第一に、企業部門の体質改善が続いていることに比べると、設備投資の水準は控え目である(第1-1-10図)。典型例は鉄鋼業である。鉄鋼業の設備投資は90年代以降減少傾向にあり、今回の景気回復局面では収益の大幅な改善に比べると投資はあまり増加していない。他方、企業は経済価値が低下した設備の除却(=廃棄)を積極的に進めた。こうした結果、資本ストックの増加は緩やかであり、資本係数(資本ストックを付加価値で割った比率)も伸びが緩やかになっている(第1-1-11図)。

第二に、控え目な投資ではあるが、生産効率を高めている点である。設備の新陳代謝が進み、設備のビンテージ(平均的な経過年数)の上昇が鈍化している。これは、生産性や収益性の高い新鋭設備に入替えが進んだことをうかがわせる。さらに、製造業の設備投資効率(付加価値を有形固定資産で割った比率)をみると、2003年以降上昇しており生産性が向上していることが分かる(第1-1-12図)。

 中期的な重要性をもつ資本装備率

このように企業は設備投資を増加させてはいるが、それと同時に古くなった設備の除却を進め、有利子負債の返済を優先するなかで設備投資をキャッシュフローの範囲内に抑えるという堅実な投資スタンスを続けている。こうした動きを反映して、労働者一人当たりの資本ストックを表す資本装備率は90年代後半まで増加を続けてきたが、近年、横ばい傾向で推移している。製造業、非製造業別にみると、産業構造が長期的にサービス業にシフトしている下で、製造業においては、従業員が90年代半ばを境に減少に転じるなか、資本装備率は高水準を保っている一方、非製造業においては、従業員が増加傾向を続けるなか、資本装備率の伸びが鈍化しているという違いがある(第1-1-13図)。

今後、少子高齢化が進み、労働力が減少していくなかにあって、資本装備率の増加は、それ自身により労働生産性を上昇させる効果がある。製造業の各業種をプールして、労働生産性を資本装備率で説明する関係式を推計すると、80年代以降資本装備率と生産性にはプラスの関係が続いていることが分かる(付注1-3)。したがって、非製造業はもちろんのこと製造業においても、資本装備率の上昇につながるような新たな設備投資の増加が望まれる。

 期待成長率がもたらす積極的な設備投資

今後の需要の増加が期待されるような場合には、企業は積極的な設備投資により、生産能力を高めることが合理的である。内閣府「企業行動アンケート調査」(2005年)によれば、今後3年間の設備投資計画は全産業ベースで4.7%の伸び(年度平均)と、1996年度調査の5.0%以来の高い伸びとなっているが、同調査を特別集計して、設備投資計画を実質期待成長率で説明するモデルを推計すると、期待成長率が1%ポイント程度高い企業では設備投資計画が1.7%ポイント高いという関係がみられる(第1-1-14図)。さらに設備投資を能力増強や省力化などの「積極的投資」と維持更新などの「その他の投資」に分けてみると、期待成長率が高い企業はより積極的投資を増加させる傾向がみられる。

先にみたように企業の資本装備率は鈍化しているが、これが資産の圧縮なのか、あるいは資本装備率に上昇の余地があるかという点については、企業は設備効率の向上を経営上の目標に掲げるなかにあっても新鋭設備の導入という手段を特に重要な課題の一つとして位置付けており、単なる資産圧縮を想定していない5という点が重要である。こうしたことから、企業の期待成長が高まれば、今後も効率性の高い資本を中心とした資本ストックの増加余地は十分にあると考えられる。

4 改善を続ける雇用情勢と調整が進む労働分配率

企業部門の改善が堅調ななかにあって、今回の景気回復局面においては、90年代の景気回復局面と比較して雇用面に関して次のような特徴があった(第1-1-15図)。第一に、前回、前々回の回復局面では失業率の低下がみられなかったが、今回は景気回復とともに失業率が低下したことである。第二に、雇用者数は景気に関する遅行指標であるが、今回の雇用者数の増加は景気回復から丸3年経っても増加が緩やかなことである。第三に、賃金上昇の動きについては、雇用情勢の改善にもかかわらずなかなか伸びがみられなかったことである。第四に、有効求人倍率が顕著に上昇したことである。求人求職別には、求人数は過去の回復局面同様に増加しているが、求職者数は減少傾向にあるという違いがある。

 大きく増加したパートタイム労働者など非正規雇用

第一の雇用者数の動きについては、企業がこれまで過剰雇用を調整する過程にあったことの影響が考えられる。既にみたように、これまで雇用が過剰であったために、企業は雇用者数全体の増加に対して慎重であった。雇用者を正規・非正規に分けると、過剰雇用の調整下で正規雇用の抑制が続く一方で、パートタイム労働者やアルバイト等の非正規の雇用を増やし、全体として人件費の増加を抑制する動きをとっていた。他方、これは若年労働者や女性などの短時間労働や自由度の高い雇用形態を選択する傾向とマッチすることによって、非正規雇用が1995年以降継続して増加していった。

また、有効求人倍率の改善が示すほどには雇用者数が増加してこなかったことの背景には、次の要因が考えられる。有効求人倍率の動きは、90年代で最も高い伸びを示しているが、求人と求職に分けてみると異った動きをしており、1求人数はこれまでの景気回復期と同程度の増加となっているが、求職者数は今回の景気回復局面において減少傾向にある。これは、非自発的な離職者の減少、労働力人口の減少と労働力率の低下(現役世代の非労働力化、及び引退世代の労働力市場からの退出の両方の要因)が影響していると考えられる。2また、転職市場が拡大し転職者の増加や中途採用の拡大がかつてよりも求人数を増加させている可能性も考えられる。

第二の賃金の動きについては、パートタイム労働者比率の上昇が賃金の低下要因として働いていたことの影響が大きかった。労働者に占めるパートタイム労働者比率は、2001年には21.1%であったが、2004年には25.3%にまで上昇した。その結果、賃金の低いパートタイム労働者の割合が高まることによって、一人当たり平均の定期給与(毎月きまって支給される給与、ボーナスを含まない)は抑制されることになった。なお、2005年に入ってからパートタイム労働者比率は頭打ちとなり、新卒採用の増加ともあいまってフルタイム労働者が7年ぶりに前年比増加に転じるなど正規雇用を中心とする雇用増加の動きが定着してきており、賃金の動向にもプラスの影響を与えるようになっている。

 高かった労働分配率の調整

雇用者数と賃金の動きは、労働分配率の調整の観点から考えられる。労働分配率は長期的推移としては60年代以降上昇傾向にあった(第1-1-16図)。特に、第1次石油危機後の70年代半ば、バブル崩壊後の90年代前半に上昇の動きが明らかである。労働分配率が高いことは、労働者の取り分を増やす一方で、企業の取り分が減ることを意味し、特に90年代後半は日本経済全体が停滞するなかで分配率が高止まり、所得の下支え効果を果たした一方で、企業活力に対して負の影響を与えたと考えられる。こうした労働分配率は雇用のリストラを通じて調整され、2000年代に入って低下している。具体的には、雇用者数や賃金が抑制され、それが先ほど述べた今回の雇用指標の特徴に表れている。

 変化の兆し

こうした分配率調整の動きは2005年に入って変化の兆しをみせている。雇用者数については、1新卒の就職内定状況が改善している。22004年秋になって、雇用過剰感はほぼなくなった。日銀短観(2005年6月調査)の雇用判断DIをみると大企業と中堅企業の非製造業は、雇用が不足しているとの判断になっている。また、賃金については、12004年の冬のボーナスが8年ぶりに前年比増加に転じたこと、2パートタイム労働者比率の頭打ち、フルタイム労働者の7年ぶりの前年比増加を反映して定期給与が2005年に入って前年比でゼロ近傍となっていること、3求人の条件によると、2003年以降は求人の平均賃金は前年比増加が続いていることなどである。

これは、基本的に労働市場の需給改善がその背景にある。労働市場は団塊の世代の大量退職を2007年に控え、先行き大きな変化が予想されている(第3章で詳しく分析する)。

 労働分配率の理論的検討

労働分配率の動きは、今後どのようになるのか考えてみたい。

労働分配率は、国民所得の分配における労働者の取り分である6。労働分配率が低下(上昇)することは労働者の取り分が企業の取り分に比べて相対的に減少(増加)することを意味する。労働分配率と景気との関係において、これまで明らかになっていることは次の2点である。1景気回復局面では、賃金上昇が遅れ気味になるために、労働分配率は低下する(景気後退局面では労働分配率は上昇する)。290年代初のバブル崩壊後の不況入りに際して労働分配率は上昇したが、その後景気回復局面に入っても依然として労働分配率は上昇を続けた(すなわち、賃金の調整は98年になって初めて前年比下落となった)。

したがって、他の条件を一定とすると、1実質賃金の下落は労働分配率を低下させる、2労働生産性の上昇は労働分配率を低下させるという関係にある。12を総合すると、実質賃金の上昇率<労働生産性の上昇率の場合には、労働分配率が低下する。例えば、1990年を起点としてこれらの動きを日米で比較すると、アメリカでは90年以降、実質賃金と労働生産性はおおむね同じペースで上昇したため労働分配率を大きく変動させなかったと考えられる(前掲第1-1-16図(2))。一方、日本では90年代に労働生産性の伸びが相対的に低いなかで実質賃金が上昇し続けた結果労働分配率が高まったが、2000年代に入って実質賃金が横ばい傾向で推移しているため労働分配率への下押し圧力が働いているとみることができる。また、単位労働コストの上昇率<GDPデフレーター(物価変動指数)の上昇率の場合にも労働分配率が低下する。

マクロ経済全体の長期的な均衡水準としては、労働生産性上昇率と実質賃金上昇率が一致している姿を描くことができる。すなわち、労働生産性上昇率と実質賃金上昇率が一致すれば、労働分配率は変化しないことになる。このような均衡関係が長期的には成立するものと想定し、各時点がその均衡関係からどれだけかい離しているかを推計してみると、92年以降ほぼ10年超にわたって労働分配率は長期均衡水準から大幅にかい離していたが、2004年に至ってようやく均衡水準(=2005年1-3月期66.0%)にまで戻ってきたことが分かった(第1-1-17図付注1-4)。つまり、過去の動きからは、2005年の労働分配率はほぼ均衡水準にあり、他の条件に変化がなければこれ以上労働分配率が大きく低下する動きはないと考えられる。今後は、労働市場の需給が改善するなかで、これが雇用の増加や賃金の上昇につながっていくかどうかが、成長の着実さが増すか否かのかぎとなる。

5 IT需要と景気動向

我が国の製造業は、90年代以降、国際的な競争力が低下したと指摘されてきた。例えば、半導体産業はDRAM(記憶保持動作が必要な随時書き込み読み出しメモリー)での競争力を柱に1988~89年には世界シェアの50%超を占めていたが、2004年には25%程度まで低下した7。しかし、半導体産業も最近はデジタル家電向けのシステムLSIなどが好調である。そもそも我が国製造業の基礎力は強く、工作機械の生産額は1982~2004年まで世界一である。先端技術分野でも、太陽電池の生産では世界シェアの半分を占めている8。デジタル家電の最終製品では、本邦企業が世界シェアの多くを握っている分野は多い9。さらに、デジタル家電関連の素材についても我が国企業の強みが如何なく発揮されている。例えば、半導体やディスプレイの材料の1つである機能性化学品において圧倒的な競争力を持っている10。基板ガラス(液晶やプラズマディスプレイパネル向け、パソコンやサーバーの磁気ディスク向け、集積回路や液晶ディスプレイの製造向け)でも世界シェアの過半を押さえている。このようにIT分野では我が国企業が世界的な強みを発揮しているが、2004年には世界的なIT調整の波によって日本経済が踊り場に陥った。以下では、IT部門と景気の関係を考えてみたい。

 海外経済と我が国の景気は高い相関

まず、海外景気と我が国経済の関係をみると、相関性が高まっており、海外景気が好調だと国内生産も増加しやすい構造にある(付図1-1)。他方、これは、世界景気が鈍化すると、それ以上に輸出が鈍化することを通じて我が国の国内生産が鈍化しやすい構造にあることを示している。2004年後半から踊り場にある我が国の景気動向にも、こうした構造が影響している。

特に、世界的なIT関連需要の盛り上がりを受けて、電気機械では、パソコン、液晶テレビ等最終製品のほか、半導体、液晶等電子部品の需要が世界的に伸びている11。また、一般機械には半導体製造装置やフラットパネルディスプレイ製造装置が含まれるが、この分野もデジタル家電向け需要が旺盛なため好調である。

世界のIT需要が変化すると、輸出の変動を通じて、我が国の国内生産は大きな影響を受けるのは以下の理由によるものである。

 IT関連財の生産基地としての日本

米国と比べると、我が国の方が米国のIT生産よりも世界のIT需要との相関性が高いことがわかる(第1-1-18図)。これは、情報化関連財が生産全体に占めるウェイトは日本の方が高いためである。生産ウェイトをみると、我が国では情報化関連財が生産に占めるウェイトは18.5%。これに対し、米国では製造業に占めるウェイトは7.3%である12。米国はITの導入・活用という需要面では一大消費地であるが、IT関連の生産については海外依存の性格が強い。これに対して、日本は台湾などと並んで米国を始めとしたIT製品の消費地に対してIT製品を供給する生産拠点としての性格が相対的に強い。半導体、電子部品、その他機器を合わせた中間投入に占める輸入比率は既に2000年時点において日本11.9%に対し米国は47.1%に達していた13

このようなIT生産の構造的な特徴が、我が国の生産と世界景気との相関を高め、米国よりも世界のIT需要の変化による影響を受けやすくしていると考えられる。

しかし、需要の変動が分散・平準化される構造的なメカニズムも現れてきている。

第一に、我が国のIT関連製造業をみると、消費財(パソコン、液晶テレビ、携帯電話など)関連の生産ウェイトも高いが、生産財(電子部品・デバイス<半導体、液晶など>)や資本財(一般機械<半導体製造装置、フラットパネルディスプレイ製造装置など>)関連の生産ウェイトも高い。鉱工業生産指数の2000年基準ウェイトでみると、電気機械(5.7%)、情報通信機械(4.8%)に対して、電子部品・デバイス(11%)、一般機械(13%)である14

消費財の場合、製品サイクルや消費者ニーズの変化に応じてメーカー間や各国間での競争力が変化すると、生産に直接影響を及ぼしがちである。これに対して、生産財や資本財で我が国が優位性を有する分野では、競争力が脅かされにくい。これは、新興国などが最新技術を導入して低コストと結び付けるだけではまねしにくく、長年のノウハウの蓄積と複数の産業にまたがる総合力が優位性の源になっているからである。こうした財は、ライバル企業や他国との競争条件の変化に左右されにくいため、生産への影響も緩やかなものとなる。

第二に、部品が使われる消費財が多様化してきており、最終需要の変化が部品生産の変動に直結しにくくなっていることである。ITバブル(1999~2000年)の崩壊直後の電子部品・デバイスを使用する主な製品の国内における生産内訳をみると、8割以上がパソコンと携帯電話でその他は2割に満たなかった。このため、パソコン等の需要が鈍化すると、これを他用途向けの需要で埋め合わせることが難しかった。しかし、現在では、パソコンと携帯電話のシェアが低下し、その他の製品(自動車関連<カーナビ等>や家電関連<液晶テレビ、デジカメ等>)のシェアが3~4割程度に高まった(第1-1-19図)。電子部品・デバイスが用いられる製品群の裾野が広がったことにより、特定の製品群の需要変動が電子部品・デバイスの生産や在庫に与える影響はITバブル期よりも分散・平準化され易くなっている15