第3節 国民の受益・負担からみた財政
第3章 我が国財政の総合的把握
第3節 国民の受益・負担からみた財政
第1節、第2節では、我が国政府の財政状況を、財政赤字、政府支出、税収といったフローの計数や、資産、負債といったストックの計数によって検討してきた。
政府の財政状況を評価するに当たっては、もうひとつ重要な視点がある。それは、各世代(例えば30歳代世代、60歳代世代、これから生まれてくる将来世代など)が生涯を通じてどの程度受益し、負担するかという視点である。本節では、「世代会計」により、各世代の生涯の受益と負担の推計を行う。これによって、現在世代のうち、高齢層と若齢層で受益と負担の関係が異なっていること、将来世代に負担が先送りされていることなどが明らかになる。そして、現行の受益と負担の構造を維持したまま、将来への負担先送りによって、長期的な財政均衡を達成することは難しいことがわかる。
1 各世代における受益と負担
人々は、それぞれ生涯を通じて、政府に対してどれだけの負担をなし、政府からどれだけの受益を得るのだろうか。そのような視点から、財政の在り方を評価する仕組みが「世代会計」である。
「世代会計」における各世代の受益と負担とは何を指し、それぞれどのように個人に分配されるのかを考えてみよう。まず、受益について言えば、警察・消防や公衆衛生など公共サービスは、国民全般に等しく及ぶものととらえられる。同様に、社会資本の提供するサービス(例えば道路サービス)は、耐用年数の期間、国民全体に等しく受益が及ぶものととらえられる。また、公的年金の給付は主として高齢者が受けるし(35)、医療は年齢ごとの受診度合いに応じて受益しているものと推計できる。
負担について言えば、税は社会共通の費用を賄うためのものであり、社会保険料は医療保険などの社会保障という特定の給付を受けるために行う負担である。年金保険料は、そのときには給付を受けていなくても、老後の年金給付を前提に行う負担である。
このようにして、各年の個人の「受益」と「負担」を推計し、各年の収支をその人の生涯にわたって過去から将来まで眺めてみることにより、政府の財政状況を、長期的にとらえなおすことができる。
● 少子高齢化の進展で生じる世代間格差
年金・医療・介護などの社会保障においては、若齢期には社会保障に関する各年の負担が受益を上回る。高齢期にはその逆で、老人医療給付や年金給付などによって受益が多くなる。このように、年齢に従った受益と負担のあり様がはっきりしている。こうした中で少子高齢化が進展すると、生涯を通じた受益と負担の関係において世代間格差が生じやすいということが、世代会計の概念で理解できる。すなわち、総人口に大きな変動がない中で「少子高齢化」が進むと、社会保障給付の総額が増加する。その一方で、税負担や社会保険料負担の総額が減少することから、その給付超過分は、「後に生まれた世代」の負担となるからである。
我が国の人口構成の推移をみてみると、70年に、国連が定義する「高齢化社会(総人口に占める65歳以上の割合(=高齢化率)が7%以上)」へと突入し、99年では高齢化率が16.7 %にも達している。この期間はわずか30年弱であり、世界に類を見ないスピードで我が国の高齢化が進展している。なお、高齢化率が7%から14%に達するまで、フランスは115年、スウェーデンは85年、イギリスは45年かかっている。また、出生率も近年低下しており、2000年での合計特殊出生率(1人の女性が生涯に何人の子供を生むかという推計値)は1.35で、現在の総人口を維持するために必要な水準(2.08)を大きく下回っている(36)。このように、我が国の人口構成は大きく変化してきており、「団塊の世代」が高齢層へと突入する2010年には、世界一の高齢社会になると推測されている(第3-3-1 図 )。
こうした少子高齢化の急速な進展によって、ピラミッド型の人口構成が崩れた結果、医療制度や公的年金制度を中心に、生涯を通じた受益と負担の関係において世代間格差が生じている。
我が国の医療制度については、保険料負担が所得等の負担能力に応じて決定されることから、一般的には高齢層よりも働き手である若齢層の負担の方が重い。その一方で、受益は罹患率や給付率の高さなどから高齢層の方が多くなる。また、こうした高齢者の医療費は、「老人保健制度」により、その多くが医療保険者からの拠出金で賄われており、「後に生まれた世代」の負担が一部充当されている。したがって、今後も少子高齢化が進展していく中で、現在の給付水準を維持するとすれば、「後に生まれた世代」を中心に負担を重くせざるを得ない。実際に、老人医療における給付総額は、これまでの高齢化の急速な進展に加え、老人1人あたりの医療費の高さ(70歳以上1人あたり医療費は、若年の約5倍)を反映して、各年の経済成長率を大きく上回る勢いで増え続けている(第3-3-2 図)。厚生労働省の「社会保障の給付と負担の見通し(2000年10月)」に用いられた推計によれば、今後も国民医療費、老人医療費は増え続け、2025年には国民医療費総額が81兆円、老人医療費はその過半以上を占め、45兆円になると試算されている。
我が国の公的年金制度についても、少子高齢化の影響を受けやすい。「先に生まれた世代」に対する年金給付財源として、一部、「自らが過去に負担した積立分」が充てられるが、ほとんどは「後に生まれた世代」の負担で賄われており、医療制度と同様、今後も少子高齢化が進展していくなかで、現在の給付水準を維持するとすれば、「後に生まれた世代」の負担を重くせざるを得ないからである。
また、制度(受益負担ルール)の変更が生じると、「先に生まれた世代」と「後に生まれた世代」では、その制度の適用を受ける年齢が異なるため、生涯を通じた受益と負担の関係に世代間格差が生じてくる。戦後の社会保障制度の変遷をみると、70年以降、老人医療費の自己負担無料化、公的年金における給付水準の大幅な引上げや標準報酬の再評価(賃金スライドの導入)、給付額に対する物価スライドの導入によってインフレ下での公的年金給付の目減りを防いできたことなど、高齢層に配慮した政策が推進されてきた。最近では、老人医療の一部自己負担導入や年金給付の適正化など給付と負担の均衡を図るような政策が導入されている。
2 現在世代における受益と負担の関係
● 年齢層別での受益と負担の推移
このように、(1)少子高齢化により社会保障制度全体の受益負担バランスが悪化したこと、(2)社会保障制度の変更により、受益負担ルールに変化が生じたこと、により、生涯を通じた受益と負担の関係において、世代間格差が生じてきたと考えられる。
ここでは、毎年の政府支出と収入を、各世代の個人の視点からの受益と負担とに整理し直し、世代間格差がどの程度あるか、なぜ発生したのかを定量的に検証する。ただし、我が国ではデータの制約から、個人ベースで受益と負担を推計することが難しいため、世帯ベースでの受益と負担を推計する。現在世代における世代区分は10歳刻みとし、20歳代、30歳代、40歳代、50歳代、60歳以上という5段階とした。さらに、経済活動へ参加する世帯主の年齢を20歳以上、また、世帯主の寿命を80歳とし、すべての世帯主がこの寿命をまっとうするものと仮定した。
各年の政府収支項目を、家計の受益と負担とに再分するに当たっては、内閣府「国民経済計算体系(SNA)」、総務省「家計調査」などのデータを用い、次のような受益・負担の姿を前提としている。なお、最も直近のデータがとれる99年を「最近時点」とし、以下での年齢層別や世代別の受益・負担などの数値は、基本的には「1世帯あたり」のものである。
- 所得税や消費税などの税負担は、世代別世帯あたりの納税額や消費支出額の実績に基づいて按分する。
- 法人税も最終的には賃金、配当、製品価格等を通じて、個人に転嫁されるものと考える。
- 社会保障について、老人医療給付はすべて60歳以上世代に帰属するものとし、それ以外の医療・介護・年金などの社会保障給付と負担については、それぞれ世代別世帯あたりの給付や負担の実績に基づいて按分する。
- 政府消費支出のうち教育費は各世帯主への移転給付としてとらえ、その他の消費支出、補助金、貯蓄、公的資本からの受益などの政府収支は、すべて各世代に均等に分配する。
(推計方法の詳細は、付注3-6「世代会計推計の概要」を参照)
各世代の生涯を通じた受益と負担の状況をみる前に、まず、最近時点(99年)での1年間の年齢層別の受益と負担の関係をみてみよう。
60歳以上の高齢層は受益が負担を上回っており、年間360万円の受益超過の状態にある。一方、20歳代~50歳代の若齢層はいずれも負担超過となっている。特に、所得が最も多くなる50歳代は、他の年齢層に比べて税負担や社会保険料負担などが高いため、年間180万円の負担超過の状態にある(第3-3-3 図 )。
このように、1年間の受益と負担の関係において、高齢層が受益超過となり、若齢層が負担超過となる姿は、自然なことと言える。なぜなら、一般的に人々は労働に従事している間、政府に対して税(所得税、消費税など)や医療保険、公的年金など社会保障に伴う負担を負い、その一方で、政府から教育・医療などの給付を受けている。そして、加齢が進むにつれて公的年金や医療費を中心とした政府からの移転給付が増加し、逆に税負担や社会保障負担は減少していく。したがって、ある年の1年間をとってみると、若齢層においては負担が受益を上回り、高齢層では逆に受益が負担を上回ることは自然なのである。
しかし、我が国においては、過去30年を通してみると、高齢層が受益超過、若齢層が負担超過となるような傾向が大幅に強められてきた点に特徴がある(近年では、高齢層の受益超過は減少する傾向にもある)。その変化をみるために、年齢層別の受益負担比率(=1年間の受益÷1年間の負担)の最近時点までの各年の推移をみてみよう(なお、受益負担比率が1.0より大きければ、その年における受益と負担の関係は受益超過、1.0未満であれば負担超過の状態にあることを示す)。
60歳以上の高齢層では、一貫して受益超過の状態が続いているが、その受益超過は70年代に大幅に拡大し、その後も高い水準が維持されている。一方、20歳代~50歳代の若齢層は、そうした高齢層への高い給付水準を維持するために、70年代以降、徐々に負担が重くなっていることが分かる。
年齢層別の特徴を詳しくみると、60歳以上の受益負担比率は、70年代前半までは1.5程度であったが、80年には2.5程度へと大幅に上昇している。これは、「福祉元年」といわれた73年における、以下のような施策の導入を反映している。
- 老人医療費の自己負担無料化
- 公的年金に対する給付水準の大幅な引上げや標準報酬の再評価(賃金スライド制の導入)
- 公的年金給付額への物価スライド制導入
一方、50歳代では60年代以降、一貫して負担超過の状態が続いているが、その負担超過は徐々に大きくなってきている。40歳代は60年代半ば以降、負担超過へ転じており、同じく30歳代は70年半ば以降に、20歳代は80年代後半以降に、それぞれ負担超過へと転じており、これら若年世代の負担超過も拡大している(3-3-4図)(37)。
結果として、こういった70年代での高齢層に対する給付水準の大幅な改善が、後の少子高齢化の急速な進展ともあいまって、政府支出が収入を大きく上回るような財政赤字の要因ともなっている。
● 現在世代の生涯を通じた受益と負担の関係
以上では、ある年の1年間における受益と負担の関係をみてきたが、生涯を通じてみると、各世代はどの程度負担し、受益するのであろうか。この点をみるために、過去から将来にかけての各世代の生涯純受益額(生涯受益額-生涯負担額)を推計してみよう。
将来の受益と負担を計算するにあたっては、最近時点(99年)までに決められている受益と負担の構造が、今後も維持されるとの前提を置いている。ただし、2000年に導入された介護保険制度等、既に実施が始まっている制度や、公的年金の支給開始年齢引上げなど今後実施を予定されている制度改正については、今後の受益と負担を推計に反映している(なお、ここでは、99年の年金制度改正時における厚生労働省の財政見通しで示された保険料引上げの計画は、反映していない)。また、過去と将来の受益と負担は、99年価格で評価した実質値とし、さらに一定の利子率で割り増しないし割り引いた現在価値評価額である。
こうして求められる生涯純受益額は、60歳以上世代(1939年以前生まれ世代)が生涯を通じて5700万円の受益超過であり、50歳代世代(40~49年生まれ)も、わずかにではあるが受益超過(生涯純受益90万円)の状態にある。一方、40歳代以下のすべての世代は、生涯を通じて負担超過の状態にあり、最も負担が重い20歳代世代(70~79年生まれ)は、生涯を通じて1300万円の負担超過の状態にある。
このように、現在世代において先に生まれた世代と、後に生まれた世代とでは、生涯の受益と負担の関係に格差があることが分かる。最も負担が重い20歳代世代(70~79年生まれ)と60歳以上世代(39年以前の生まれ)を比較すると、生涯の純受益格差は7000万円を超えている(第3-3-5 図 )(38)。
3 将来世代の追加負担
● 将来への負担先送り
これまで、現在世代の年齢層別の受益と負担の関係をみてきた。それでは、将来世代の受益と負担はどのようなものになるのだろうか。ここでの将来世代とは、2000年以降、新たに経済活動に参加してくる20歳未満(80~99年生まれ)と今後(2000年以降)生まれてくるすべての世代を指している。
将来世代の受益と負担の関係をみるためには、一定の前提を置かなければならない。主な前提は、次の3つである。
- 広い意味での長期的な財政均衡
最近時点から遠い将来にわたって、全世代が受ける受益(さまざまな政府支出によって受けるサービス、公的年金受給等)の総額と、全世代が払う負担(税金・社会保障負担)の総額は一致しなければならない。すなわち、政府が政府債務(いわゆる「隠れ債務」含む)を無限に拡大することはできない。これは、税金と政府消費・投資支出のみならず社会保障の受払いも含んだ広い意味での財政均衡を仮定すること意味する。なお、将来の受益と負担の総額の計算に当たっては、一定の利子率で割り引いた現在価値を用いている。また、現時点で政府が純資産を持っている場合には、その分負担総額は少なくて済む。 - 最近時点(99年)の受益水準の継続
現在世代が享受している年齢層別の受益水準が、将来にわたって不変で維持される。つまり、今後生まれてくる将来世代がそれぞれ20歳代(30歳代…)になれば、現時点の20歳世代(30歳世代…)が受けている受益と同じ受益を受けられると仮定する。 - 将来の各世代による均等な負担
長期的な財政均衡を実現するために必要な追加負担は、将来の各世代(10年ごとを世代とする、例えば、2000~2009年生まれ世代、2010~2019年生まれ世代)が均等に負担すると考える。ただし、将来の経済成長に伴って将来世代の負担能力は徐々に高まるので、「遠い将来」の世代は、「近い将来」の世代より、経済成長に伴う所得の増加に見合った分だけ重い負担をすると仮定する。
このような前提を置いて、将来世代(80年以降の生まれ)の生涯を通じた受益と負担の関係を推計すると、将来の各世代は4200万円(99年の現在価値評価)の負担超過の状態にあることが分かる。現在世代の20歳代世代(70~79年生まれ、1300万円の負担超過)よりも3倍以上、負担が重くなっている(前掲第3-3-5 図 )。このことは、現在の受益水準を維持しつつ、長期的な財政均衡を実現するためには、将来世代に、現在の税制や社会保障制度などにおける負担以上に、さらに重い負担(税率や社会保険料率の引上げなど)を課す必要があることを意味している。
以上では、将来世代1世帯当たりの負担超過の状態をみてきたが、将来世代全体としての追加負担額は、総額どの程度になるだろうか。最近時点の各世代(20歳代~60歳代)が享受する受益の世代別構造が、今後も続くとの前提を置けば、今後、将来世代全体として2100兆円(99年の現在価値評価)にのぼる追加負担をしなければ、長期的な財政均衡は達成できないということになる。
このように、将来世代全体が2100兆円の追加負担をしなければならないのは、どのような要因によるのであろうか。それは、主には次の3つの要因によるものとして整理できる。
- これまでの財政赤字の累積分(国債・地方債残高)を解消するために、追加負担が必要となる。
- 過去世代と現在世代における高齢世代は、生涯にわたる受益が負担を超過しており、その受益超過分は、現在世代の若齢世代と将来世代が負担する必要がある。
- 現在の財政は赤字構造となっているので、受益と負担が将来にわたって同じ増加率(=経済成長率)で増加すると仮定すれば、将来も当然財政赤字となる。この財政赤字を解消するためには、将来世代の追加負担が必要となる。
● 将来世代の追加負担シミュレーション
これまでにみた世代間の受益と負担の格差を踏まえると、長期的な財政均衡を実現するために、将来世代は2100兆円の追加的な負担をしなければならないという推計結果を得た。この追加負担については、租税負担・社会保障負担の引上げや受益の抑制などの組合せが考えられる。ここでは、この追加負担がどの程度のものなのか具体的なイメージを得るために、1つの尺度として消費税率を用いた場合の仮定計算を示そう。以下で用いる消費税率は、追加負担の大きさを測る尺度であり、いずれの試算も将来の見通しや今後の具体的な施策として示すものではない。
まず、将来世代(1980年以降生まれ)だけで、この追加負担を賄うとした場合、長期的な財政均衡を達成するために必要な消費税率の水準は、90%に相当することが分かる(これは、現在の20歳代世代が経済活動から退去する2058年まで現在の受益負担ルールを変えず、2059年から追加負担を行うという極端な仮定に基づいている)。
この負担の大きさを踏まえると、現行の受益と負担の構造を維持したまま、将来への負担先送りによって長期的な財政均衡を達成することは難しいと言わざるを得ない。
すべての負担を将来に先送りするのではなく、既に給付を受けている現在世代も追加負担を行うケースを検討してみよう。仮に、2005年から追加負担を行うとしたら、長期的な財政均衡を達成するために必要な消費税率の水準は、23%に相当する。また、追加負担の開始を遅らせて2020年からとした場合は、消費税率の水準で34%に相当する追加負担が必要となる。
しかしながら、こういった追加負担だけを課すことによって長期的な財政均衡を達成する考え方は、「簡素で効率的な政府」の実現を目指していくなかでは、必ずしも十分ではない。追加負担の要素は必要であるが、現行制度の規模縮小や行政の効率化などによる各世代の受益の抑制(医療や公的年金など社会保障給付の抑制、政府支出の削減など)を併せて考える必要がある。現在世代を含めた各世代の受益の抑制を行えば、将来世代の追加負担は少なくなる(第3-3-6 図 )。
なお、ここでは分かり易さの観点から、消費税の税率を追加負担の尺度として用いたが、歳入確保の具体的な方策については、別途検討が必要である。また、その際には歳出の徹底的な見直しや、公的サービスの水準とそれを賄う国民負担の水準について、そのあり方等の国民的な議論が必要である。
● 社会保障制度の再構築
社会保障制度は、国民にとって最も大切な生活インフラである。これに対する信頼なしに国民の「安心」と生活の「安定」はありえない。しかし、社会保障が、長期にわたって経済の伸び以上に拡大を続けることは事実上不可能である。今後は、「給付は厚く、負担は軽く」というわけにはいかない。「自助と自律」の精神を基本に、世代間の給付と負担の均衡を図り、相互に支えあう、将来にわたり持続可能な、安心できる社会保障制度の再構築が求められている。
以下では、政府の社会保障制度改革の取組みを紹介しよう。2001年6月に閣議決定された「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針(いわゆる「骨太の方針」)」では、「構造改革のための7つの改革プログラム」の1つとして、社会保障制度改革に対する指針(保険機能強化プログラム)を明らかにしている。
(i)社会保障制度全体の課題
- 個人レベルでの社会保障の給付と負担が分かる「社会保障個人会計(仮称)」の構築に向けて検討を進める。
- 高齢者に対しても経済的な負担能力に応じた「応分の負担」を求める。
- 年金・医療・介護各制度の最も効率的な組合せを行い、重複給付の是正や機能分担の見直しを進める。
社会保障制度全体に共通する主な課題は、次の点になる。
(ii)公的年金制度の見直し
社会保障のうち、公的年金制度については、将来にわたって大きく改正する必要のない、持続可能な制度を確立するために、次のような取組みを行う。
- 世代間の公平を確保するための年金税制の見直しを行う。
- 将来世代の負担を過重なものとしないために、年金保険料引上げの凍結を早期に解除する。また、公的年金のうち、全国民共通の基礎年金に対する国庫負担割合引上げ(2004年までの間に現行1/3を1/2へ引上げる)の具体化について、安定した財源確保の具体的方策と一体的に鋭意検討する。
(iii)医療制度の見直し
医療制度については、医療供給体制の効率化等により、サービスの質を維持しつつコストを削減し、増加の著しい老人医療費を中心に医療費全体が経済と両立可能なものとなるよう再設計する。そのために、「骨太の方針」の中の「医療サービス効率化プログラム」では、次の点が盛り込まれている。
- 医療サービスの費用対効果の向上を図るとともに、それを踏まえた診療報酬の支払い方式や薬価制度の見直しを行う。
- 適正な患者自己負担の実現と保険料負担の設定を行う。特に、高齢者医療については、医療と介護、施設と在宅を通じた患者負担の均衡を確保し、サービス利用の適正化を実現する。
これら改革のための施策については、2001年9月に経済財政諮問会議が公表した「改革工程表」において、予算措置や実施の時期を明示しており、今後、政府は自ら課した責務として断固たる決意で取り組む。
● 医療制度改革への取組み
以上の医療制度改革に関する政府の方針をさらに具体化するため、2001年9月に厚生労働省から「医療制度改革試案」が公表され、経済財政諮問会議においても議論されている。同試案は、少子高齢社会に対応した医療制度の構築を目指している。そのために、医療制度を構成しているすべてのシステム(保健医療システム、診療報酬体系、医療保険制度)を、次のように大きく転換していくことが提案されている。
- 保健医療システムについては、より質の高いサービスが効率的に提供される仕組みへと見直す。そのために、健康づくり、疾病予防を推進するとともに、情報開示、患者選択の拡大、医療提供体制における機能分化・集約化を進める。
- 診療報酬体系については、医療技術や医療機関の運営コストが適切に反映されるように体系的な見直しを行う。
- 医療保険制度については、各制度・世代を通じた給付率の一元化を図る。特に、老人医療費が急速に増大している中で、高齢者医療制度については、
○ 老人医療費の伸び率を管理する制度の導入(毎年度の老人医療費総額の伸び率について、高齢者数の伸び率に1人当たり経済成長率を乗ずることにより、目標値を設定する)
○ 老人医療の対象年齢の引き上げ・公費負担の見直し(老人医療の対象年齢を現行70歳から段階的に75歳に引き上げるとともに、公費負担割合を3割から5割に引き上げる)
○ 患者負担の見直し(現行制度では月額上限付きの定率1割負担となっているが、月額上限を廃止する。また、70歳~75歳未満の人や、一般の人と同等以上の所得を有する人については、定率2割負担とする。)
などを行う。
この厚生労働省の改革試案は、「骨太の方針」に示された考え方を踏まえたもので、医療制度改革の具体化への第1段階である。今後、政府・与党社会保障改革協議会や経済財政諮問会議でさらに議論を深め、2001年末までに、政府としての医療制度改革の成案をとりまとめることとしている。
経済財政諮問会議では、次のような意見が有識者議員から提出されている。
- 経済動向に応じた診療報酬の引下げ等、医療サービスの費用対効果の観点や近年の物価や賃金の動向等を踏まえ、診療報酬や薬価制度を抜本的に見直す必要がある。
- 医療費全体が経済と両立可能なものとなるよう、老人医療費だけでなく、すべての医療費の総額を管理する制度を導入する必要がある。
- 老人医療の対象年齢の引上げや患者負担の増加等については、その理論的根拠や効果を示すとともに、改革に伴う国民と医療関係者の「痛み」を、包括的に議論する必要がある。
● 時間との勝負となる今後の改革
これからの改革は「時間との勝負」でもある。将来まで、セーフティーネットとしての役割を果たすことができる社会保障制度を構築するためにも、一刻も早い段階での改革実施が必要となる。そして、国民に負担を課すだけではなく、「社会保障制度の分野にはムダがある」との指摘に応えるためにも、社会保障分野における行政事務などの簡素化・効率化を、併せて推し進める必要がある。
また、世代会計でみたように、現行の受益と負担の構造を維持したまま、将来への負担先送りによって、長期的な財政均衡を達成することは難しい。今後進める財政構造改革においては、「世代間における負担の公平化を図る」ことに加え、「将来に負担を先送りしない」という観点が重要である。