第3節 景気の先行き

第1章 力強い景気回復の条件

第3節 景気の先行き

第1節でみたように、99年以降の景気回復局面が短命に終わり、2001年に入って景気悪化に陥った主な要因は、景気回復のエンジンであった輸出と設備投資が脆弱であったこと、消費が低迷を続けたこと、不良債権問題の解決が遅れたことであった。また、第2節では、デフレが日本経済に悪影響を与えていると分析した。以上の分析を踏まえれば、日本経済の先行きを見通すに当たっては、次のような点をどうみるかということが分析の重要なポイントとなる。

  1. 輸出がいつ回復するのか
  2. 短期的な景気動向に影響を持つ在庫調整がいつ終了し、製造業の生産がいつ増加に転ずるのか
  3. 設備投資がいつ回復するのか
  4. 消費の停滞がいつまで続くのか
  5. 不良債権問題がいつ解決するのか
  6. デフレがいつ解消するのか

以下で詳述するが、輸出の回復、日本経済の自律的な回復力(在庫調整の終了、資本ストック調整の終了等)に加えて、「改革先行プログラム」を始めとする構造改革の効果が発現することにより、日本経済は2002年度後半にかけて、回復への動きがみられるようになるというのが、中心的なシナリオであると考えられる。ただし、第2章で分析しているように、日本経済の潜在成長率が1%程度と供給力が低下していること、企業や消費者の期待成長率が低迷を脱するまでには時間がかかること等から、当面景気の回復力は弱いと考えられる。

2001年9月に米国において発生した同時多発テロ事件及びその後の米国を中心とした軍事行動(以下、「同時多発テロ事件等」という)の影響により、米国経済の回復は遅れると見込まれるが、上記の中心的なシナリオにおいては、同時多発テロ事件等の米国経済及び世界経済に与える影響はあまり長期化せず、2002年前半には米国の消費が回復するケースを前提としている(28)

ただし、同時多発テロ事件等による消費者心理の冷え込みが長引くなど、その悪影響が長期化し、米国経済の回復が遅れて2002年後半以降になる可能性もある。その影響が世界経済の一層の減速を招くに至った場合、日本の輸出はさらに減少する可能性があり、生産、収益、設備投資に悪影響を与えることが懸念される。また、構造改革の推進によって、短期的には、失業や倒産の増加、公共投資の縮減等の景気下押し圧力が強く働くことも懸念される。

先行きをみるに当たって、以上のようなリスクに対しては、十分に留意する必要がある。これらのリスクが顕在化した場合には、上記の中心的なシナリオが崩れる恐れもある。

本節では、前述した景気を展望する際の主なポイントを検討するとともに、これまで景気を下支えしてきた公共投資と住宅建設の今後の動向についても分析し、日本経済の先行きを見通す上で参考となる材料を提供する(29)

なお、2002年度の経済成長率見通し等の数字を含めた具体的な見通しについては、2001年末に閣議了解される「政府経済見通し」の中で明らかにされるので、本節の目的は、経済分析の視点から、経済の先行きについて参考となる情報や考慮すべきポイントを提示することにある。

1 供給サイドの弱さ

 潜在成長率の低下

日本経済の先行きを見通すに当たっては、供給サイドと需要サイドの両面の動向を分析する必要がある。供給サイドの要因としては、今後の潜在成長率の動向が重要である。第2章第3節で詳しく分析するが、これまで10年間低成長が続いた結果、潜在成長率は短期的には低下してしまっており、今後2,3年の潜在成長率は1%前後と考えられる。したがって、当面、供給面の弱さから、日本経済の成長は低いものにならざるを得ない。

しかし、現状では、日本経済全体の需要が供給を下回って、需要ギャップがあるので、需要ギャップが解消されるまでの間、現実の経済成長率は、供給サイドから規定される潜在成長率を上回ることができる(なお、次章での分析によれば、現在の需給ギャップはGDPの3~4%で、98年不況時とほぼ同じ水準にある)。この点からすれば、短期の日本経済を見通すに当たっては、需要サイドの動向が重要であって、供給サイドの考慮は関係ないとの見方があり得る。この点については、どのように考えれば良いのであろうか。

次章で詳しく検討するが、日本経済が10年の長期にわたって低迷しているのは、需要が不足しているからと言うより、基本的には潜在成長率が低下して供給面が弱くなっているからである。そのために、政府が度重なる景気対策で巨額の公的投資等の需要をつけても、停滞する経済を引き上げることができなかった。したがって、今後の成長が高まるためには、潜在成長率が高まらなければならない。そのためには、日本経済全体の生産性を高める構造改革を推進することが重要である。構造改革は、労働力、経営資源、資本、土地といった我が国が持てる貴重な資源を、生産性の高い分野に振り向けることによって、日本経済の潜在成長力を高める。このように、日本経済の供給力を引き上げる構造改革は、同時に、民間需要の持続的な拡大を伴う。それは、収益性の高い民間投資が活発化し、また、消費者の将来展望を開くことによって、消費が持続的に回復するからである。

以上の点を考慮すると、さしあたっての経済がどうなるのかといった短期の見通しに当たっても、需要サイドの動向を見極めると同時に、潜在成長力の見通しという供給サイドの動向を十分考慮に入れる必要があると考えられる。

2 今後の需要動向

 以下では、需要サイドの分析として、輸出、設備投資、消費等の主な需要項目や在庫調整の今後の動向のポイントを検討する。

(1)輸出の先行き

 影響を増す米国経済の動向

第1節でみたように、米国経済を始めとした海外経済の拡大によってもたらされた輸出の増加が、99年春以降の景気回復に果たした役割は大きかった。このため、2000年後半からの米国経済の減速が、日本の景気に与えた悪影響も大きなものとなった。

さらに、アジア諸国の経済も、中国を除き、2001年に入ってから大幅に減速している。日本・米国・アジアの3地域の経済依存の関係を貿易連関表で分析してみると、90年代後半を80年代後半と比べた場合、米国の景気動向がアジア経済に与える影響度が高まっていることが分かる(30)。この点からも、アジア経済失速の主な要因は、2000年後半からの米国経済の減速であったと考えられる。

また、日本のアジア向け輸出が趨勢的に拡大していることを反映して、アジア経済の動向が日本経済に与える影響も強まっている。したがって、米国経済の減速が、日本の対米輸出の減少のみならず、アジア経済の低迷を経由して日本に与える影響も強まっている。特に、近年における地域間のIT貿易の連関の高まりによって、米国におけるIT需要の鈍化が、アジアと日本との貿易を経由して、日本の輸出により大きな影響を与えていると考えられる。

このように、米国経済の動向は、直接及び間接に日本経済に大きな影響を与えている。したがって、米国経済の先行きについて分析することは、日本の輸出の回復時期を考える上では非常に重要であり、ひいては、日本経済の先行きを判断する上でも1つの重要なポイントとなる。

米国では、企業収益の悪化を受けて設備投資が大幅に減少していること等から、経済成長率が大幅に鈍化している(第1-3-1図)。

同時多発テロ事件等が米国経済に与える影響は、短期的(少なくとも2001年中)には、景気を押し下げるマイナスの影響があることはほぼ確実であると考えられるが、その先については、米国を中心とした軍事行動、テロ再発の可能性等の事態の進展如何によるところが大きく、不確実である。そして、不確実性が高いこと自体が、経済活動を萎縮させる可能性がある。一方で、プラス要因としては、2001年7月に始まった減税や現在議会で審議中の景気刺激策パッケージの効果の発現が考えられる。

米国経済の先行きは、(1)個人消費とその背後にある消費マインドの動向、(2)設備投資の回復時期に大きく左右される。以下においては、これらの点について検討しよう。

 米国の消費の先行き

米国の個人消費は、2000年半ば以降伸び率は鈍化しているものの、2001年半ばまでは経済全体の減速に比べ底固い動きを続け景気を下支えしてきた。

こうした中で貯蓄率の今後の動向には注意が必要である。これまで、貯蓄率は極めて低水準(1%程度)となっていた。しかし、消費者行動の消極化で、貯蓄率が高まれば、企業部門の弱さに加え消費も景気を下押しする圧力として働くようになる恐れがある(なお、2001年7月から8月にかけては、貯蓄率は4%程度にまで高まっているが、戻し減税による可処分所得の増加の影響もある)(31)

さらに、米国の今後の消費をみるに当たって、いくつかの懸念材料がある。第1の懸念材料は、同時多発テロ事件等による先行き不透明感から、消費者の買い控えが起こるリスクである。湾岸戦争時(90年)に消費者マインドが大幅に悪化し消費が減少したように、今回の同時多発テロ事件でも消費者マインドが大幅に悪化し、消費の伸びの低下をもたらす懸念がある。

第2の懸念材料は、株価の動向である(32)。株価が今後低い水準で推移するならば、家計の保有資産の価値の下落(逆資産効果)により、消費の伸びはさらに低下する恐れがある。

第3の懸念材料は、雇用情勢の悪化である。2000年秋以降失業率は上昇を続け、2001年8月には4.9%となり、約4年ぶりの高い水準となった。さらに、9月には雇用者数も約10年ぶりの大幅な減少となった。今後、雇用の先行き警戒感が強まることで消費者心理の悪化を招くとともに、雇用者所得の伸びが鈍化し、消費の伸びが低下する恐れがある。

一方で、プラス要因として、2001年7月に始まった減税(2001年度から2011年度までの減税総額約1兆3500億ドル)や、同時多発テロ事件を受けて審議されている景気刺激策パッケージ等の効果が期待される(33)。これらは消費者の可処分所得の増加を通じ消費にプラスの影響を与えることが期待され、上記の懸念材料をどの程度払拭することができるか、その効果を今後見極める必要がある。

 米国の設備投資の先行き

米国の設備投資の動向をみるために、第1節で行った日本経済における設備投資と期待成長率の関係の分析(第1-1-5図下図)を、米国についても行ってみよう(第1-3-2図)。企業の期待成長率(企業が予測する将来の経済成長率)は、90年代前半に約3.0%だったものが、90年代後半には約3.5%に高まっており、一方、減価償却率は、更新ペースが速い情報関連投資の増加によって、80年代の約6%の水準から90年代には約9%まで上昇している(34)。したがって、90年代半ば以降の設備投資の安定した伸びは、期待成長率の上昇と減価償却率の上昇に見合った資本ストックの蓄積を確保するために行われたものであり、98年頃までは資本ストックの過剰蓄積はほとんどなかったと考えることができる。しかし、99年には、期待成長率の上昇と減価償却率の上昇に見合った水準を超えて、資本ストックの過剰蓄積が発生していた可能性が高い。したがって、2000年後半以降の設備投資の伸びの鈍化は、それまでの設備投資の高い伸びによる過剰資本ストックを調整する過程(ストック調整過程)に入ったことが原因であると考えられる。

ストック調整過程の継続期間は、企業の先行き判断(期待成長率)の動向に左右されることは、第1節の日本経済の分析でみたとおりである。今後、期待成長率が下がるようであれば、ストック調整期間が長期化し、設備投資回復の時期が遅れることも考えられる。しかし、このまま期待成長率が3%台半ばの水準で維持されるならば、過剰設備の調整圧力はそれ程大きなものにはならず、需要の伸びが再び高まれば、企業の投資インセンティブも高まり、設備投資は比較的早期に回復することが可能だと考えられる。

(2)在庫調整と鉱工業生産の先行き

 調整局面に入りつつある在庫

以上、我が国の輸出の動向と、それを左右する米国経済の今後の展開について検討したが、次に短期的な景気変動に大きな影響を持つ在庫調整と鉱工業生産の先行きについて分析しよう。在庫調整とは、景気が悪くなると売れ残りの増加から在庫が積み上がるが、企業がそうした過剰な在庫を減らすために生産を抑えるプロセスを意味している。

製造業の在庫は、99年春以降、出荷の堅調な増加により低い水準で推移していた。しかし、2000年末頃から、米国経済の減速を受け、世界的なIT需要が冷え込んだことにより電子部品の在庫が大幅に積み上がり、2001年春に入り、生産財(電子部品、化学品等)を中心に「意図せざる在庫増」が始まった。当面は積み上がった在庫を減少させるために、製造業の生産が減少するものと見込まれる。いつ頃そうした在庫減らしの在庫調整局面が終了するかが、生産の先行きをみる際の重要なポイントとなる。

この点を検証するため、在庫循環図をみてみよう(第1-3-3図)。80年代以降、4度の在庫調整局面があり、局面を脱するまでには1年半~2年(5~8四半期)を要している(35)。調整局面に入って以降の鉱工業生産指数の変化を比較すると、特に97年10-12月期からの調整局面は急速な生産減を伴っていたことが分かる。しかしながら、今回はそれよりもさらに急激に生産が減少している(第1-3-4図)。これは、今回の局面では、意図せざる在庫増に対し、電気機械を中心に迅速な対応がなされていることを示唆している。なお、同じく迅速な対応がなされたと考えられる97年10-12月期からの調整局面の場合は、最短の5四半期で終了している。

次に、全体の在庫と出荷の増減に対する財別の在庫・出荷の寄与度をみると、2001年以降、ほぼ生産財の在庫だけが大きく積み上がり、出荷についても生産財の減少が大きくなっている。過去の在庫調整局面においては、このような極端な動きはみられず、今回の在庫調整局面の特徴である。

今回の在庫調整は、過去の在庫循環パターンとの比較から、2002年半ばまでに調整局面を脱する可能性があると考えられるが、今後の国内の需要動向、米国経済の動向等に影響される面は残っている。

また、業種によって回復時期に差がみられる点には留意が必要である。生産財のうち電気機械は2001年春以降、それまでの大幅な生産減少が功を奏し、在庫が減少している一方で、素材型産業(鉄鋼、紙・パルプ等)の生産財では、生産を減少させているにもかかわらず、一部品目については依然在庫が高水準で推移している。このように、IT品目は在庫調整が進展しつつあるものの、2001年春頃からIT以外の品目について、新たに意図せざる在庫増加が始まっていると考えられるため、「二段階調整」の状況に陥る可能性もある。IT以外の品目での調整が今後長期化するようであれば、鉱工業生産全体の回復時期が遅れる可能性もある。また、IT品目についても、2001年秋以降に投入される次世代携帯電話、パソコン等の新製品の普及が遅れるようであれば、在庫調整が長期化するリスクもある。

(3)設備投資の先行き

 資本ストック循環の動き

2000年に入り、製造業の資本ストック調整はおおむね終了し、設備投資は増加を続けた。しかしながら、本章第1節で分析したように、新規投資によるストック積み増し過程は、企業の期待成長率の継続的な上昇、すなわち企業の先行き景気判断の改善がなければ長続きしない。90年代後半以降、資本ストック循環から推定される企業の期待成長率はゼロ%前後の低い水準に低下しており、その結果短い周期の資本ストック循環が続いた。2000年から2001年にかけても、期待成長率の低迷は続き、この短い周期の循環を脱することができていないと考えられる。

ただし、資本ストック循環の周期が短いということは、現在低くなっている企業の期待成長率がさらに大きく低下しない限り、ストック調整過程も短期間で終了する可能性が高いことを意味する。まず、資本ストックがあまり積み増されないまま調整過程入りしているので、ストックの「量」の点から下押し圧力があまり強くないと言える。これに加え、企業の期待成長率の低迷により能力増強投資が抑制され続けてきたということが、今回の設備投資回復局面の特徴であるので、積み増されたストックの「質」の点でも、調整圧力があまり強くないと言える。仮に、ストック積み増し過程において積極的に能力増強投資が行われていれば、新規の設備投資を行う前にまず能力を増強した資本ストックの稼働率を上げることが必要となるので、ストック調整期間が長期化する一因となる。しかし、今回はそのような状態にはなっていない。

以上から、2001年後半には再びストック調整過程に入り、製造業の設備投資が前年比でも減少する可能性が高いと考えられるものの、調整過程は長期化しない可能性があると考えられる。しかし、当面は、企業マインドが急回復して企業の期待成長率が大きく上昇するという可能性は低いため、調整過程を脱し、設備投資が回復に転じても、その回復力は弱いものにとどまるであろう。ただし、実際にいつ設備投資が回復に転ずるかについては、資本ストック循環の周期に加えて、今後の企業の期待成長率の動向にも左右されることになる。

 設備投資の決定要因

設備投資の動向を左右すると考えられるキャッシュフロー要因、企業の期待需要要因の影響についてみるため、キャッシュフローと企業の期待需要を考慮した設備投資関数を推計する(付注1-3参照)と、キャッシュフローの増減、企業の業況判断の先行きは、2~3四半期ほどのラグをもって設備投資に影響を持つ傾向がある。

企業の業況判断を日本銀行「企業短期経済観測調査」でみると、2001年3月調査以降悪化が続いており、9月調査における先行きも悪化の見込みとなっている。このような業況判断の悪化に加え、企業収益の伸びの鈍化も続いている。企業の業況判断の先行き、キャッシュフローの増減は、2~3四半期ほどのラグをもって設備投資に影響を与える傾向があることから、当面、少なくとも2002年前半中は、設備投資の下押し圧力が続くことになると考えられる。

 先行指標の動きと設備投資計画

最後に、以上の分析を補完するために、機械設備投資の先行指標である機械受注の最近の動向と、企業自身の2001年度設備投資計画を検証しておこう。

設備投資に対し、2~3四半期の先行性を持つといわれている機械受注(船舶・電力を除く民需)は、2001年1-3月期以降電気機械を中心に減少傾向が続いている(第1-3-5図)。また、建設投資について、大手建設業者50社を対象とした建設工事受注統計(民間非住宅)をみると、製造業、非製造業ともに、減少傾向にある。これらの設備投資の先行指標の動きをみても、当面、少なくとも2002年前半中は設備投資の減少が続くであろうことが裏付けられる。

また、日本銀行「全国企業短期経済観測調査」(2001年9月調査)により2001年度の設備投資計画をみると、製造業が前年比3.9%減、非製造業が6.5%減となっている。

(4)消費と雇用の先行き

 消費の先行き

消費は横ばい状態が続いてきた。消費の今後の動向については、以下でみるように、雇用者、賃金の動きともに当面弱い動きが続く可能性が高いと考えられること等から、力強さを欠く動きが続くと考えられる。

日本経済が2002年末にかけて回復への動きがみられるようになるというシナリオが実現すれば、所得の増加に伴って消費についても回復に向けた動きがみられるようになるものと考えられる。しかしながら、日本経済が急速に回復しない場合、雇用者数や賃金が大きく増加することは考えにくく、消費者マインドの回復も鈍いと思われるため、消費の回復が力強さを欠く可能性もある。

消費者マインドについてみるため、内閣府「消費動向調査」で消費者態度指数(季節調整値)をみると、2000年12月以降2四半期連続で悪化するなど、低迷している。このうち「雇用環境」の半年後の見通しは、2000年12月以降3四半期連続で悪化している。また、社団法人日本リサーチ総合研究所「消費者心理調査」によると、「今後1年間の暮らし向き」の見通しを指数化した「生活不安度指数」は、2001年8月には、調査開始(1977年4月)以来の最悪水準を更新した。

消費の本格的な回復を実現するためには、構造改革を進展させることによって、消費者が将来に展望を持てるようになり、消費者マインドが改善することが不可欠である。

 雇用者数は、当面弱い動きが続く可能性が高い

消費の今後の動向は、雇用情勢の展開に大きく左右される。先にみたように、99年春からの回復局面においては、雇用は厳しい情勢が続き、雇用者数の増加テンポも緩やかなものであった。また改善していた企業の雇用過剰感も、2001年に入って悪化しており、雇用者数は今後も弱い動きが続く可能性が高い。

企業の雇用過剰感を日本銀行「企業短期経済観測調査」の雇用人員判断D.I.でみると、99年6月以降改善してきたものの、2001年3月より3四半期連続して悪化している(第1-3-6図)。業種別にみると、製造業では今回の回復局面で雇用過剰感は大きく改善していた。しかし、2001年に入って、生産の減少を背景に中堅・中小企業を中心に大幅に悪化している。一方、非製造業でも2001年9月にはサービス業ではまだ雇用不足感があるものの、不動産、通信等で雇用過剰感が高まり、全体として6月に引き続き悪化した。ただし、製造業と比べて非製造業の雇用過剰感の悪化は小幅にとどまっている。

また、管理部門の従業員を中心に、引き続きリストラは続くと考えられる。内閣府「企業行動に関するアンケート調査(2001年1月調査)」によれば、大企業は今後3年間で従業員数を0.6%減少(製造業4.0%減、非製造業0.8%増)させる予定となっており、前年調査(1.7%減)に比べて減少幅に改善がみられるものの、人員を抑制する動きは続いている。また、製造・販売部門では0.1%減と人員の減少傾向に歯止めがかかりつつあるが、管理・企画部門は1.8%減となっている。

さらに、雇用に悪影響を与える要素として、企業倒産の動向があげられる。企業倒産件数は98年10月に「中小企業金融安定化特別保証制度」が導入されて以降、99年初めまで大幅に減少した。その後しばらくは低い水準で推移したが、徐々に増加して、2000年春以降はおおむね月1500件を上回る高い水準で推移しており、2001年9月には1592件となった(第1-3-7図(36)。また、2000年2月以降、上場企業や生命保険会社等の大型倒産が目立ち始め、負債金額も大幅に増加した。この結果、2000年度には倒産件数は年間約1.9万件と過去3番目の多さとなり、負債総額は約26.1兆円と過去最高となった。今後、金融機関の不良債権処理に伴い、企業倒産はさらに増加する可能性がある。また、金融機関が債権放棄を行う場合でも、その前提として人員削減も含めた再建計画が策定され実施されることとなる(37)。このような観点からも、当面厳しい雇用情勢が続く可能性が高いと考えられる。

賃金の動向については、2001年に入って以降、残業時間が減少していること等から、弱い動きが続いている。2001年の春闘による賃上げは昨年の伸び率を下回り、ボーナスについても、厚生労働省「毎月勤労統計調査」(事業所規模5人以上)の夏季賞与は、前年比1.1%減となった。

99年、2000年の大幅増益で企業収益はバブル期に匹敵する高水準にあるが、2001年に入ってから頭打ちとなり、その後減少に転じており、これが今後の賃金に反映され、賃金はさらに伸び悩みが続く可能性が高い。

以上の雇用情勢の今後の動向の分析から、消費は今後も当面力強さを欠く動きが続くと考えられる。

(5)公共投資の先行き

 低調に推移する公共投資

民間需要が落ち込む中で、98年度後半以降、公共投資は需要面から景気を下支えする大きな役割を果たしてきた。98年度の公共投資の水準が比較的高かったにもかかわらず、99年度の公的固定資本形成は、価格低下もあって実質で前年度比0.7%減と、ほぼ同程度の水準を保った。

2000年度については、11月に補正予算が編成されたが、当初予算、補正予算を合わせた国の公共事業関係費(予算現額)は、前年度比7.1%減となった。また、地方の投資的経費も厳しい財政状況を反映して前年度を下回り、国と地方を合わせた公的固定資本形成(実質)は前年度比6.1%減となった。

2001年度については、国の当初予算は前年度の当初予算とほぼ同額が確保されたものの、地方の投資的経費は引き続き減少しており、公共投資は総じて低調に推移するものと見込まれる。

また、2001年6月に閣議決定された「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針」(いわゆる「骨太の方針」)においては、2002年度予算における国債発行を30兆円以下に抑えると同時に、国の歳出全体を聖域なく見直す中で、公共投資関係の予算を縮減することとしている。これを踏まえ、2002年度概算要求基準では、公共投資関係費(公共事業関係費及びその他施設費)を前年度比で10%削減する方針が示されており、かつ地方の投資的経費も引き続き減少する可能性が高いことから、2002年度も公共投資は前年度比で減少することが予想される。

公共投資の減少は、その直接的な影響に加え、雇用、投資にも間接的にマイナスの影響を与え、さらに景気下押し圧力(いわゆる「フィスカル・ドラッグ」)が働く可能性もある。しかしながら、いわゆる「骨太の方針」においては、公共投資の中身を見直し、より効率的な社会資本整備を進め、潜在的な民間需要を顕在化させる効果を持つ分野に対して重点的に投資することとしている。そうした公共投資の質の向上は、量の面からくる景気下押し圧力を中期的に緩和する効果を持つ。それだけに、来年度予算における公共投資の中身の抜本的改善が重要である。

(6)住宅建設の先行き

 弱い動きが続く住宅建設

国民経済計算ベースの民間住宅投資(実質)は、景気回復期にあった99年、2000年には景気を下支えしてきたが(99年前年比1.1%増、2000年1.3%増)、2001年に入ってから2期連続で減少している(1-3月期前期比5.2%減、4-6月期8.8%減)。

国土交通省「建築着工統計」によると、99年は持家(建築主が自分で居住する目的で建築するもの。いわゆる注文住宅)の着工が前年比10.2%増(戸数ベース)となっている。特に、住宅金融公庫の融資を受けて建設された持家(公庫持家)の着工は大幅に増加しており、住宅建設のけん引役を果たした。これは、住宅ローン減税や、98年後半以降住宅金融公庫金利が低く抑えられてきたこと等の住宅建設促進施策を反映したものと考えられる。しかしながら、99年の数次にわたる公庫の基準金利の引き上げ等を背景に、公庫持家の着工は、99年半ば以降減少を続けることとなった。一方、相対的に民間住宅ローン金利が低くなったこと等を背景に、公庫を利用しない民間資金による持家が増加した。このような動きの中で、持家全体の着工は、99年半ば以降2000年にかけて、おおむね横ばいの状態が続いた。

この頃、持家に代わって住宅建設をけん引したのは、分譲マンション(共同建分譲住宅)と民間貸家(民間資金のみで建てた貸家)であった。この背景としては、持家と同様の政策効果に加え、都市部の低未利用地の有効利用や、オフィス・商業施設からの利用転換が進んだ要因も考えられる。民間貸家については、老朽化した貸家住宅ストックの更新需要が考えられること等から、底堅さを示している。

住宅建設は99年以降おおむね年率120万戸前後で推移してきたが、2001年に入ってから2四半期連続で減少し、2001年4-6月期には年率115万戸程度まで水準を下げている。これは、それまで住宅建設のけん引役であったマンションの着工が落ち着いてきたことに加え、2001年に入ってから公庫持家の着工が大きく水準を下げ、持家全体の着工水準も下がり始めたからである。この背景としては、(1)雇用・所得環境が厳しさを増していること、(2)不動産価格の長期的下落傾向により買い替えが困難になっていることなどから、消費者の住宅取得マインドが低下していること、があると考えられる。前述のように雇用者、賃金ともに先行き弱い動きが続く可能性が高いと考えられるなど、住宅建設を減少させる要因がみられる。

3 今後の物価動向

 押し下げ圧力が続く物価

第2節でみたように、日本経済が緩やかなデフレ状態になっている要因は、(1)安い輸入品の増大等の供給面の構造要因、(2)景気の弱さからくる需要要因、 (3)金融要因の3点である。

構造要因については、中国での電気製品等の現地生産化の進展により輸入品に占める中国製品のウエイトが高まっている中で、輸入品の増加による価格下落圧力は、当面継続するものと考えられる。

需要要因については、前述のように、設備投資、個人消費とも当面は弱い動きが続くものと見込まれ、需要面からの物価押し下げ圧力は、当面継続する可能性が高いと考えられる。

金融要因については、本章第2節で、日本銀行がこれまで大幅な金融緩和策を講じても、構造要因と需要要因の力が強いことに加えて、企業の過剰債務や銀行の金融仲介機能の低下から、金融緩和措置が十分な銀行貸出、マネーサプライの増加につながらず、デフレを解消できない状況に陥っていると分析した。第2章で詳しく分析するが、不良債権問題の解決が長引いていることを勘案すると、こうしたメカニズムは短期間で解消するとは考えにくい。

以上のように、デフレ圧力は短期間では解消されない可能性が高く、2002年にかけて緩やかな物価下落が続く可能性が高い。したがって、政府としては、不良債権問題の抜本的処理を推し進めて、銀行の金融仲介機能を回復させると同時に、日本銀行としてはデフレ圧力を和らげるためのさらなる施策を積極的に検討することが重要である。

以上の検証から分かるように、2001年後半時点ではまだ在庫調整、資本ストック調整が緒についたばかりであること、雇用の弱さを受けて消費が力強さを欠くこと等から、2002年に入っても当面は景気の低迷が続くと考えられる。しかしながら、米国経済の復調に伴う我が国輸出の回復、日本経済の自律的回復力(在庫調整の進展、資本ストック調整の進展等)に加えて、「改革先行プログラム」を始めとする構造改革の効果が発現することにより、2002年度後半にかけて回復への動きがみられるようになるというのが、中心的なシナリオであると考えられる。

さらに、このような景気循環的観点とは別に、短期間では解消されないであろう構造的な下押し圧力が存在する。それは、潜在成長率の低下という形で現れている。こうした構造的な問題を短期間で解消し、期待成長率と企業の期待収益率を大きく引き上げることは困難であるので、回復に向けた動きがみられたとしても、その回復力は当面弱いものになると考えられる。このような構造的な下押し圧力をできるだけ早急に解消し、力強い景気回復を実現すべく、不良債権問題の抜本的解決を図り、規制緩和、財政構造改革等日本経済の実力を開花させるような構造改革を断行していく必要がある(38)