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第2章 再び回復が加速する世界経済

第2節 アジア経済

1.中国経済の動向

  中国では、景気は内需を中心に拡大が続いている。その一方で、物価、不動産価格の上昇傾向も続いており、これらへの対応がマクロ経済運営における重要課題となっている。以下では、(1)景気の現状と(2)11年3月に決定された「第12次5か年計画(2011~2015年)」についてみてみる。
  (1)景気の現状においては、まずGDPを始めとするマクロ経済動向を概観し、中国のマクロ経済運営において重要課題となっている物価・不動産価格上昇への対応などについて詳しくみてみる。また、(2)第12次5か年計画においては、計画の概要を紹介するとともに、計画で掲げられた特に重要なテーマである、消費の振興と労働市場の構造転換について検討する。

(1)景気の現状

(i)GDPの動向
  実質経済成長率をみると、10年は前年比10.3%と、3年ぶりに10%を超える高い成長となった。四半期別にみると、10年1~3月期の前年比11.9%をピークに伸びは鈍化傾向となり、7~9月期以降は9%台という高水準ながら安定した推移となり、11年1~3月期では同9.7%となっている(第2-2-1図)。なお、前期比(季節調整値)をみると、10年10~12月期の2.4%(前期比年率10.0%)の後、11年1~3月期は2.1%(同8.7%)と、安定して高めの伸びが続いている(1)
  年全体の需要項目別寄与度をみると、純輸出は09年に▲3.7%ポイントとマイナス寄与であったものの、10年には0.8%ポイントとプラス寄与に転じた。また、総資本形成は、09年は景気刺激策により8.7%ポイントの大幅な寄与となったものの、10年は5.6%ポイントに低下した。最終消費は、09年の4.1%ポイントから10年には3.9%となるなど、前年と同程度の寄与となった。
  次に、需要項目別に詳しくみることとする。

(ii)内需は堅調に推移

(ア)投資の動向
  まず、固定資産投資をみると、09年に公的投資に大きくけん引され、前年比30.5%増と非常に高い伸びとなった後、10年には公的投資による押上げ効果の一巡や一部業種への貸出の抑制等もあって、10年全体では同24.5%増と伸びがやや低めとなった(第2-2-2図)。11年に入ると、1~4月前年比(累計)25.4%増となっている。なお、前月比(季節調整値)でみると、3月は2.1%増、4月は3.1%増と徐々に伸びを高め、堅調に推移している。
  今後は、中国政府が08年11月から打ち出した、インフラ建設を中心とした4兆元の対策(2)が10年末に終了したことにも留意する必要があるが、引き続き旺盛な政府投資が実施され、固定資産投資は堅調に推移する見込みである(3)。例えば、11年度予算(1月~12月)では、住宅保障支出は1,293億元(前年比14.8%増)、農業・林業・水利関係支出は4,589億元(同18.3%増)、交通運輸支出は2,867億元(同10.3%増)が計上されている。また、中期的には11年から開始された「第12次5か年計画(11~15年)」において、新たに中低所得者向け住宅建設の拡大や戦略的新興産業の育成(4)、また引き続き内陸部の振興等が盛り込まれている。さらに、11年の中央一号文件(5)において、三農問題の解決や水供給安定化等を背景とした水利改革を推進していくことが決定され、11年から10年間で合計4兆元の資金投入がなされることとなっている。

(イ)消費の動向
  次に、消費の動向をみると、社会消費品小売総額は、10年中はおおむね前年比18%台で堅調に推移し、10年全体では前年比18.3%増となった。11年に入ってからは、伸びがやや鈍化しており、3月、4月ともに前年比で17%程度となっている(第2-2-3図)。また、実質ベースでみても、物価上昇率の高まりを背景に、09年秋以降鈍化傾向がみられる。なお、前月比(季節調整値)では、2月以降4月まで、1.3%程度の伸びが続いている。
  さらに、消費者信頼感指数をみると、10年6月以降、低下が続いていたが、直近の3月には大きく上昇している。1か月の動きではあるものの、消費者マインドに変化の兆しがやや現れている可能性もある(6)第2-2-4図)。
  次に、小売総額の2割程度(10年)を占めている乗用車販売台数をみてみよう。10年は、前年の反動や減税措置の縮小もあり、09年の前年比52.9%増から同33.3%増と伸びは鈍化したが、販売台数はおおむね月間100万台を超えて推移し、10年全体では1,375万台と、アメリカを抜いて世界一となった。ただし、10年末をもって、小型乗用車(排気量1,600cc以下)の車両取得税の減税措置、「汽車下郷(農村における自動車の普及政策)」、「汽車以旧換新(自動車の買換え促進策)」等の自動車を対象とした景気刺激策が終了したことや、10年後半からみられる消費者マインドの低下等から、10年後半頃から伸びは次第に低めとなり、11年に入ってから一段と伸びが鈍化している。さらに東日本大震災の影響による日本からの部品の供給制約等も加わり、4月には前年比2.8%増と小幅な伸びにとどまっている(第2-2-5図)。

(iii)輸出入はともに増加が続く
  貿易については、09年は輸出入ともに前年比▲10%を超えるマイナスがみられた(輸出:▲16.0%、輸入:▲11.2%)。その反動もあって、10年は輸出が前年比31.3%増、輸入は同38.7%増と極めて高い伸びとなった。
  四半期別にみると、輸出は、10年10~12月期に前年同期比24.9%増、11年1~3月期は同26.5%増となり、一方輸入は、10年10~12月期に29.6%増、11年1~3月期は同32.6%増となっている。
  10年前半と比較すると、年後半以降、輸出入ともに伸びはやや鈍化傾向にあり、10~12月期からは、輸出に比べて輸入の伸びが高くなっている。これは、原油高や生ゴム、木材、パルプ等に代表される原材料価格の高騰による輸入額の上昇や、野菜、乳製品等の食料品、服飾品等の輸入量増加が要因として考えられる。こうしたことから、11年1~3月期における輸入総額は4,000億ドルを超え、過去最高額を更新している(第2-2-6図)。
  貿易収支をみると、輸出の回復につれて、10年半ばから黒字幅が拡大基調となり、10年10~12月期には631億ドルの黒字となった。しかし11年1~3月期は、輸入の伸びの高まりなどから71億ドルの赤字と、04年1~3月期以来、7年ぶりの赤字に転じている。

(iv)物価、不動産価格の上昇傾向は継続
  内需を中心とする景気拡大が続く中、物価、不動産価格の上昇傾向が続いている。消費者物価は、09年11月に前年比プラスに転じて以来上昇基調で推移し、10年全体では、政府目標である3%を超え、前年比3.3%の伸びとなった。特に、10年11月以降は、食品価格の上昇を背景に5%前後で推移しており、11年4月には前年比5.3%まで高まっている(第2-2-7図)。
  また、不動産価格については、09年半ば頃からの上昇傾向を受けて、10年4月以降、3回にわたり不動産価格抑制策を実施してきたが、依然として上昇傾向が続いている(第2-2-8図)(詳細は後述)。

(v)2011年の経済運営の基本方針
  2011年のマクロ経済運営の基本方針を決定する、全国人民代表者大会(全人代:国会に相当、2011年3月開催)では、財政政策については、09年、10年に続き「積極的な財政政策」を維持する一方、金融政策については、「適度に緩和された金融政策」から「穏健な(中立的)金融政策」に変更することが決定された。さらに、「物価水準の安定を図ること」が、マクロ経済運営の最優先課題とされた。
  また、そこで打ち出された11年の主要目標をみると、実質経済成長率については、10年と同じく8%前後に目標値が設定された(第2-2-9表)。10年の実績はこれを超えて10.3%となっていることなどから、中国政府が、やみくもに高い成長率を目標とするのではなく、経済発展パターンを環境等への負担を抑えた持続可能なものに転換させることを重視していることがうかがえる。また、10年に目標をやや上回った消費者物価上昇率については、11年の目標を10年より1%ポイント引き上げ、4%前後としている。さらに、マネーサプライ(M2)増加率の目標については、16%前後とされた。
  次に、11年の予算案についてみると、前年比で歳入は8.0%増、歳出は11.9%増となっている(第2-2-10図)。「積極的な財政政策」の下、09年及び10年に続き、中央政府と地方政府を合わせて、財政赤字を計上しているが、財政赤字の規模は、昨年の当初予算比で1,500億元減額し、9,000億元(GDP比2%前後)と見込んでいる。なお、そのうち7,000億元は中央政府に計上され、残りの2,000億元については、地方債を発行し、地方政府予算に組み入れることとされている(7)。また、中央財政支出(地方政府への移転支出を含む)は前年比12.5%増となっている。この内訳をみると、国民生活に直結する教育や医療衛生、社会保障・雇用、住宅保障、文化など諸分野に振り向ける支出は同18.1%増(10年同8.8%増)とされ、これらを含む国民生活(民生)分野への支出の総額は中央財政支出のほぼ3分の2を占めるとされており、国民生活重視の姿勢がうかがえる。

(vi)物価・不動産価格上昇への対応
  以上のように、中国の景気は内需を中心に拡大しているが、景気拡大を持続的なものとするためには物価と不動産価格の上昇への対応が、経済政策運営上、緊要な課題となっている。以下では、金融政策をはじめ物価・不動産価格上昇への対応について概観する。

(ア)金融政策の動向
  10年12月3日、中国共産党は中央政治局会議(党の重要政策を策定する会議)を開催し、11年の金融政策については、「適度に緩和された金融政策」から「穏健な金融政策(中立的金融政策)」に変更することを決定した(8)。10年に入ってから金融引締め基調にはあったものの、この決定を受けて、引締めスタンスが明確にされることとなった。それを裏付けるように、代表的な金利である貸出基準金利(1年物)と預金基準金利(1年物)は、10年秋から11年5月まで、4回の引上げが実施されている(第2-2-11図)。また、預金準備率は10年1月以降これまで、11回の引上げが実施されている(第2-2-12図)。
  さらに、11年1月30日に中国人民銀行が発表した「2010年第4四半期貨幣政策執行報告」では、マクロ・プルーデンス強化及び貸出と流動性の総量の調節のため、銀行ごとに差別的な預金準備率を適用することとした(9)。これにより、自己資本比率や資本の質に則した金融監督が強化されることが期待される。

(a)金融引締めによる銀行への影響
  10年から継続している金融引締めを背景に、銀行の手元資金は一時的にひっ迫していたものとみられる。10年の12月末には、代表的な短期基準金利である上海銀行間取引金利(翌日物)は、利上げ予想や企業の年末決済の資金需要もあり、一時5.1%に急上昇した(前掲第2-2-11図)。また、11年の1月末にも、春節前の資金需要もあり、一時8.0%に急上昇した。直近では、1%台と落ち着いた状況となっているが、今後も金融引締めが継続されれば、短期金利は上昇していく可能性がある(10)

(b)11年の新規銀行貸出ペースとマネーサプライ(M2)の伸びは鈍化
  また、10年の新規銀行貸出(人民元建て)実績は、7.95兆元と10年の目標である7.5兆元前後を上回り、10年末のマネーサプライの伸びも、10年の目標である前年比17%前後を上回り、19.7%となった(第2-2-13図)。10年の景気は過熱気味となったことから、10年秋以降、金融引締めを強化しており、11年1~4月の新規銀行貸出(人民元建て)実績(累計)は2兆9,946億元で、前年同期比▲11.4%とマイナスとなっている。足元の4月のマネーサプライの伸びも、11年の目標の前年比16%前後近傍である15.3%に落ち着いている。

(c)社会融資総量
  中国人民銀行は、11年春に、新規銀行貸出(人民元建て)以外の資金調達の項目(社債など)を含めた新しい金融指標(社会融資総量)にも今後注目していくことを表明した(11)。これは、近年、中国において資金調達方法が多様化しており、新規銀行貸出(人民元建て)の動向を追うだけでは資金調達額の実態を把握することが難しくなってきたことが背景にある(第2-2-14図)。
  中国人民銀行によると、社会融資総量のうち、新規銀行貸出(人民元建て)以外の資金調達は、02年の0.16兆元から10年には6.33兆元と約40倍に拡大している。構成比をみると、社会融資総量に占める新規銀行貸出(人民元建て)以外の割合は、10年に約45%にまで達している(第2-2-15図)。
  中国人民銀行は、11年度全体の社会融資総量については14兆元程度と見込んでいる。また、社会融資総量を金融政策の重要指標の一つと位置づけ、11年以降、四半期ごとにデータを公表することとしている。11年1~3月期についてみると、社会融資総量全体では前年同期比▲7.1%と減少している。内訳をみると、新規銀行貸出(人民元建て)は前年同期比▲13.6%と減少しているが、他方、社債は同70.0%と大幅に増加しており、新規銀行貸出(人民元建て)の減少とは対照的な動きとなっている。

(イ)物価対策と物価の動向
  10年後半からの消費者物価の高まりを受け、10年11月20日に、国務院(内閣に相当)は、16項目の物価安定措置(12)を発表した(第2-2-16表)。具体的な施策としては、農産品の生産支援、エネルギーや輸送の確保、価格への臨時補助や介入等が掲げられている。さらに、11年2月9日、国務院は、河北省、山東省等の冬小麦の重点生産地で干ばつの被害が拡大していることなどを受け、食糧生産を支援するための10項目の措置を決定するなど、相次いで物価抑制策を打ち出している。
  最近の物価動向をみると、消費者物価上昇率は、09年末頃からプラスに転じ、10年後半頃から高まってきている。11年に入ると5%近くまで上昇し、足元の4月には5.3%まで高まり、11年の政府目標(年平均)である4%前後を大きく上回って推移している(第2-2-7図)。なお、コア消費者物価をみても上昇基調となっており、11年に入ってからは2%台で推移し、過去と比較しても高い伸びとなっている。
  消費者物価のうち、約3割のウエイトを占めるとされる食品項目は、前年比10%台の高い伸びを続けている(第2-2-17図)。食品について更に内訳をみると、10年後半より穀物、豚肉、果物、卵は継続的に伸びが高まっていた。11年に入ると、豚肉では依然として伸びを高めているものの、それ以外の品目についてはやや落着きもみられる。例えば、野菜は天候回復により、主にジャガイモ等の冬野菜の市場への供給量が増えたことなどから、10年12月に前年比でマイナスとなり、11年に入っても伸びは落ち着いている。
  物価の先行きについては、上昇、下落の両面の要素が考えられる。
  上昇リスクとしては、賃金コストの上昇や一次産品価格の上昇等が挙げられる。11年3月の全人代における国家発展改革委員会の報告(13)でも、価格上昇を誘発する要素として、国際的な過剰流動性の増大、海外市場の一次産品価格の上昇による輸入型インフレ圧力の増大、中国のマネーストック規模がかなり大きいこと、労働力や土地資源などの生産コストの上昇等を挙げている。
  他方、下落要因としては、物価安定措置や金融引締めによる効果が適切に現れるケースが挙げられる。国家統計局は、食糧は7年連続増産したため在庫が豊富であり、備蓄放出により食糧価格の安定が見込まれること、工業製品が供給過剰気味であることも物価の下落要因になり得るとコメントしている。
  なお、人民元対ドルレートは緩やかな人民元高傾向にあり、輸入物価の低下を通じた物価上昇率の抑制効果が期待される。ただし、急激な元高は輸出にマイナスの影響を与えることや、人民元の上昇期待を背景とした投機資金の過度な流入を防ぐ観点から、上昇ペースは緩やかなものになると見込まれる。

(ウ)不動産市場安定化策と不動産価格の動向
  中国政府は、過熱する不動産市場の安定化を図るため、10年4月に続いて、9月に、住宅購入向け貸出抑制策や、公共賃貸住宅供給推進等を中心とした不動産市場安定化策を打ち出した(14)
  しかし、11~12月の不動産価格は、前月比では、全国では横ばい、深センや上海等の一部都市では再び伸びは上昇がみられた(第2-2-18図)。
  こうした状況を受けて、中国政府は、11年1月下旬に、更なる不動産市場安定化策を発表し(15)、具体的には、住宅購入向け貸出抑制策の強化や中低所得者向け住宅建設の促進等が打ち出された(第2-2-19表)。
  さらに、地方政府に対する不動産価格抑制目標設定の義務化や、責任追及体制の強化も掲げており、この背景には、中央政府がたびたび不動産市場安定化策を打ち出しても、地方政府が着実に実施していない状況があったものと考えられる(16)
  また、同じく1月下旬には、上海市と重慶市が相次いで不動産税(固定資産税に類似)の導入を発表した(第2-2-20表)。これを受けて、中央政府は、地方での試行の状況を研究しつつ、条件が整った時点で、不動産税課税を全国的に展開する意向を示した(17)
  足元の11年4月の不動産価格の動向をみると、前月比でみて、北京は0.1%、上海は0.3%、深センは0.7%の上昇となっており、上海と深センではやや伸びが高まっている。他方、北京では3月以降ほぼ横ばいの伸びとなっており、北京においては1月の不動産市場安定化策の効果がやや現れているとも考えられる(前掲第2-2-8図第2-2-18図)。
  販売面積について着目すると、分譲住宅販売面積は、11年に入ってから、全国では前年比でみて伸びは上昇しているが、地域別にみると、東部地域においては伸びが低下している(第2-2-21図)。これは、不動産市場安定化策の発表を受けて、東部の主要都市では取引量が減少したものとみられる。

(2)第12次5か年計画

(i)全人代において「第12次5か年計画」を採択
  11年3月に開催された全人代において、「第12次5か年計画(2011~2015年)」が採択された。同計画は冒頭で、第12次5か年計画期を、前計画に引き続き「安定してゆとりのある社会(「小康社会」)を建設するためのカギとなる時期」と位置付けている。
  同計画の方向性としては、前計画のそれを基本的に継承しつつ、環境汚染や国民間に貧富の格差を生じさせたこれまでの経済発展パターンを転換し、(一)持続可能な成長に向けた取組と(二)国民生活向上への取組を更に重点的に推進しようとしているのが特徴である(第2-2-22表)。そして、経済発展パターン転換のために、消費の振興等を含めた内需拡大等による経済構造調整、所得格差是正や雇用問題解決等による国民生活向上、科学技術の進歩とイノベーション、資源節約・環境フレンドリー社会の建設、改革開放を推進するとしている(18)
  (一)持続可能な成長に向けた取組について、主要経済目標をみると、特に、(a)成長率目標を11次5か年計画時より低く設定したこと、(b)環境保護目標を強化したことなどが注目される。
  (a)については、前計画では年平均成長率を7.5%(実質)としていたが、本計画では7.0%(同)と目標を引き下げている一方、前計画では、必ず達成されなければならない目標(拘束性目標)として規定されていた「一人当たりGDP」達成目標が削除されている(19)。(b)については、環境分野の拘束性目標として、新たに具体的な数値による目標が追加されたこと(20)などが注目される。これまでの環境に負担をかけた成長から持続可能な発展パターンに転換するため、環境問題に真剣に取り組もうとする中国政府の姿勢がうかがわれる(21)
  (二)国民生活向上については、(a)所得格差の縮小、(b)社会保障制度の整備、(c)住宅供給の拡大等が規定されていることが特徴といえよう。
  (a)については、前計画において、それぞれ5%の上昇率に設定していた都市部家計一人当たり可処分所得と農村家計一人当たり純収入の年平均上昇率を、いずれも7%以上に引き上げた。これは、人口の伸びを勘案すると経済成長率目標よりも高い設定となっており、労働分配率の引上げと生産性向上を想定しているものと考えられる。また、最低賃金の引上げや移転支出等による再分配メカニズム等を通じて、所得格差を縮小するとしている。
  (b)については、都市及び農村をカバーする社会保障制度を構築するとしている。具体的には、都市部の養老保険(公的年金に相当)と都市・農村部の医療保険の普及について拘束性目標を設定し、また、公衆衛生や医療サービスを充実させるとしている。
  (c)については、中低所得者向け住宅建設が主要経済目標の項目に初めて含まれ、しかも、拘束力ある数値目標として入れられていることは注目に値する。長引く住宅価格の上昇が国民の不満を引き起こしていることに対して中国政府が危機感を抱いていることの現われといえよう。
  以下では、「第12次5か年計画」の大目標である経済発展パターン転換のカギとして、内需拡大のかなめとなる「消費の振興」と、国民生活向上のための所得格差是正や雇用問題解決等を包摂する「労働市場の構造転換」に焦点を当てて、現状と今後の動向を分析する。

(ii)内需主導型経済への転換-消費の振興
  内需の拡大は、2010年までの第11次5か年計画等にも重点課題として取り組まれてきた課題であり、特に08年に世界金融危機が発生した後には、外需が落ち込みをみせる中で、その必要性への認識が高まり、「以旧換新(自動車・家電の買換え促進)」や「家電下郷(家電の農村普及)」等の各種消費刺激策が実施されるなどしてきた。今次の「第12次5か年計画」においても、消費拡大は重要な位置付けとされている。以下では、最近の家計の所得及び消費の動向等について概観してみたい。

(ア)消費と家計所得
  消費について、GDPとの関係を概観すると、名目GDPに占める家計消費の割合は、日本、アメリカ、フランス、ドイツ及びイギリスと比較して相対的に低く、また、2000年以降減少傾向にある(第2-2-23図)。
  08年の世界金融危機発生後には、上記「以旧換新」、「家電下郷」等各種の消費刺激策が実施されたこともあり、08年、09年は下げ止まりがみられるものの、拡大するまでには至っていない。中でも、農村部の消費の割合が1995年の17.8%から2009年には8.4%と低下が顕著になっている(第2-2-24図)。
  一方、家計所得の状況をみると、一人当たり可処分所得(実質)の伸びは、都市部、農村部ともに、2000年までの5か年平均では実質経済成長率を下回って推移してきたが、直近の06年~10年の5か年平均では、特に農村部において近づく傾向にある(第2-2-25図)。第11次5か年計画期(06年~10年)における目標は、実質経済成長率が年平均7.5%であったのに対し、都市部住民の一人当たり可処分所得(22)、農村住民の一人当たり純収入(23)の年平均伸び率は5%とされたが、実際には、GDP年平均成長率11.2%に対し、年平均でそれぞれ9.7%と8.9%の増加となった。さらに、「第12次5か年計画」では、「経済発展と同じペースで住民所得の増加を図り、労働生産性の向上と同じペースで労働報酬を引き上げるようにする」としている。前述のように、同計画では実質経済成長率の目標を年平均7%としたのに対し、都市部及び農村住民の一人当たり可処分所得の年平均実質伸び率を7%超と、人口の伸びを勘案すると、中国政府が、家計の所得向上に更に取り組んでいく姿勢が明らかとなっている。

(イ)消費構造の変化と所得格差
  次に、都市部及び農村部の家計消費、所得水準の動向をみる。一人当たりの家計消費支出(名目)は、都市部の平均で、2000年の4,998元から09年には12,265元へと10年間で約2.5倍に増加している。また、農村部では2000年の1,670元から09年には3,993元となり、依然として都市部と比べて水準自体はかなり低いものの、こちらも2.4倍の増加となっている。
  このように消費水準が拡大する中、家計の消費構造にも急速な変化がみられる。2000年と09年の都市部の消費支出の内訳をみると、「食品」支出の割合は2.7%ポイント低下し、他方、バイク、自動車関連支出、携帯電話、インターネット通信料等を含む「交通・通信」支出の割合が5.8%ポイントと大きく上昇している。所得階層別にみると、特に、高・最高所得層における「交通・通信」支出の割合が2倍前後と、著しく増加している(第2-2-26図(1))。都市部家計の耐久消費財の普及状況をみると、近年急速に普及がみられるものとして、自動車、コンピュータ、携帯電話等がある(第2-2-27図)。これらの急速な普及が「交通・通信」支出の拡大につながっていると考えられる。
  また、農村部においては、2000年から09年にかけて、「食品」支出が8.1%ポイント(平均)と大きく低下しており、2000年の都市部平均と同程度の水準となっている。また、都市部と同様に「交通・通信」支出の拡大もみられる。他方、「居住」支出が大きな割合を占めている点は、都市部とは大きく異なっている(第2-2-26図(2))。
  また、都市部、農村部ともに「教育・文化・娯楽」支出の割合がやや低下しているが、第11次5か年計画期(06年~10年)に都市・農村ともに義務教育(24)の学費免除が実施されたことなどの影響も考えられる。
  こうした消費構造の急速な変化の背景として、家計の所得水準の変化がある。まず、都市部についてみると、世帯当たりの家計の可処分所得は、全国平均で、2000年から09年にかけての10年間で2.5倍増加した。所得階層別にみると、低所得層では1.8倍の増加となっているのに対し、高所得層・最高所得層では3倍前後の増加と、所得の高い層ほど増加幅が大きい傾向にあり、所得格差は拡大している(第2-2-28図)。こうした上位所得層の所得の急拡大が上記のような自動車の急速な普及、消費構造の変化に大きな影響を及ぼしていると考えられる。
  なお、11年の政府活動報告における第11次5か年計画期の回顧においては、「消費を奨励する一連の政策措置を採り、都市と農村住民、特に低所得層の収入を増やしたことで、消費の規模は拡大されつつある。」とされている。この点についてみると、都市部家計の所得階層別の家計消費支出額(試算)を、2000年と05年、05年と09年で比較してみると、「最高」、「高」に分類される高所得者層とともに、「中高」、「中」、「中低」に分類される中間所得層が、相対的に増加に大きく寄与していることがみてとれる(第2-2-29図)。他方、低所得者層に関しては、消費の拡大に大きく寄与しているとはいえないが、変化が見られつつある。
  他方、農村部についてみると、09年の世帯当たりの純収入は、最高所得層でも都市部の中所得層程度であり、都市部と比較すると水準は依然として低い(第2-2-30図)。しかしながら、都市部と異なる点として、全ての階層でほぼ均等に所得が増加していることが挙げられる。農村部の純収入の内訳をみると、農業税の廃止等をはじめとした「三農」(25)政策の進展により、農業収入が増加している(第2-2-31図)。加えて賃金収入の占める割合が高まっており、このところの賃上げの動きが今後も継続していくとすれば、今後も世帯あたり純収入の堅調な拡大が期待される。
  以上でみてきたように、中国の消費構造や所得環境は急速に変化している。「第12次5か年計画」においては、所得分配の改善、基本公共サービスシステム(26)の充実等、国民生活の改善に一層取り組むことが示された。こうした取組が個人の消費能力を向上させ、内需拡大につながっていくことが期待される。

(iii)労働市場の構造転換
  「第12次5か年計画」では、「国民生活向上」のための一項目に、雇用問題の解決が掲げられている。ここでは、労働力の問題が、雇用問題のみならず、同じく同計画に重要政策として挙げられている都市化の推進、農民の収入増加等の政策項目にも広く関係するという観点から、現在変わりつつある労働市場の動向と政策課題について分析する。

(ア)人口構造の変化
  中国では、1970年頃から、従属人口指数(27)が低下するいわゆる人口ボーナス期に入っており、1978年に改革開放政策が採られて以降、豊富な労働力を背景に、飛躍的な経済発展を遂げてきた。しかし、この人口ボーナス期も2015年頃に終了し、その後は人口負担期を迎え、また総人口では、2050年をピークに減少期に入ることが予測されている(28)。それに伴い、労働市場も構造転換を迫られている。以下、中国が、こうした人口構造の転換期に差し掛かりつつあるという前提の下、現在の中国の労働市場が直面している二つの問題に焦点を当てて分析する。

(イ)大卒者の就職難
  90年代に行われた大学改革の一環で、大学入学定員の大幅増加が実施された。これによって全国的に大卒者が急増し、90年には募集人数が60.9万人であったのに対して、卒業者数は61.4万人であったが、10年には募集人数が約10倍の661.8万人、卒業者数は約9倍の575.4万人にまで達した(第2-2-32図)。また、募集人数が卒業者数を大幅に上回る状況が続いており、大学入学希望者はほぼ「全入」の状態となっている。
  大卒者が急増する一方で、それを受け入れる労働市場の整備が追い付いておらず、大卒者の求人倍率は大卒以下の求人倍率よりはるかに低く、大卒者の就職難が続いている(第2-2-33図)。
  また、大学における職業教育不足や大卒者が就職希望地や待遇等への期待が高いことが更に就職難に拍車をかけている。このような大卒者の就職難問題を解決するため、政府は、大卒者就業支援や大卒者の雇用受け皿となる新規雇用創出を推進している(29)

(ウ)農民工の不足
  改革開放後の中国経済は、主に、内陸部農村から沿海部都市に出稼ぎに出て単純労働に従事する、「農民工(30)」に代表される豊富で安価な労働力を原動力に急速な発展を遂げてきた。
  第2-2-34図にみられるように、都市人口と都市戸籍保有者は増加の一途をたどる一方で、農村人口は減少、農村戸籍保有者はほぼ横ばいで推移している。後述のように、中国では厳格な戸籍制度によって人口移動を制限してきており、農村戸籍から都市戸籍への変更は一般的には困難である。そのため、都市に出稼ぎに出た農村戸籍保有者は、戸籍を変更することなく都市に居住する。それぞれの人口数と戸籍保有者数のかい離は、農民工を含む、都市に居住する農村戸籍保有者等を示している(31)
  しかしながら、04年頃から農民工が不足する「民工荒」問題が、顕在化し始めた。具体的には、深センや東莞を中心とした珠江デルタ地域等の沿海部都市を中心に、低賃金で製造業等に従事する農村からの出稼ぎ労働者がひっ迫する現象が発生している。実際、直近の09年の農民工数をみると、08年と比べて沿海部で出稼ぎをする農民工の割合が減少して内陸部の割合が増加し、また、出身省内で出稼ぎをする農民工数が増加している(第2-2-35図)。
  農民工不足が発生した背景としては、(a)人口構造の変化、(b)労働力の流動化を阻害する戸籍制度、(c)内陸部における雇用増加、(d)若年人口の急速な高学歴化等が考えられる。
  まず、前述したように、中国では人口構造の変化により、15年前後から人口ボーナス期は終焉に向かい、労働力人口は減少していくことになる。しかし、昨今の農民工不足現象は、それを待たずして発生しているため、労働力人口の絶対的不足が要因ではなく、後述のように、現在農民工人口の半数以上を占める70年代後半から80年代の出生人数がその前後の世代に比べて極端に少ないことに起因すると思われる(第2-2-36図)。
  第二に、1958年から実施されている厳格な戸籍制度によって、農村出身の農村戸籍保有者は都市に移住しても、都市戸籍を有する都市住民と同等の医療福祉、教育等を享受することができない(32)。このため、農村からの移住労働者が都市に定住することが困難な状況となっている。
  第三に、内陸部における雇用の増加である。中国政府は、沿海部と内陸部の地域間格差を縮小させるため、インフラ整備、産業移転、消費刺激策等の内陸部振興策を積極的に打ち出している。こうした近年の内陸部の経済発展に伴い、内陸の都市においても雇用が創出され、沿海部ほどではないものの、賃金水準も上昇しつつある(第2-2-37表)。前述のような社会的不利益を伴い、また物価が高い都市での生活条件を甘受してまで沿海部の大都市に出稼ぎに行くインセンティブが低下していることも要因と思われる。
  第四に、若年人口の学歴の上昇も農民工不足の一因であると考えられる。農民工の年齢構成をみてみると、現在、30歳以下が全体の6割以上を占めている(第2-2-38図)。これは、90年代後半の大学改革によって、急速に学歴が向上した年齢層とほぼ一致する。このような若年人口の学歴上昇は、本来なら農民工として都市部に出稼ぎに行っていたはずの農村の若年層も大学に吸収されていると考えられ、間接的に農民工不足に拍車をかけているといえよう。
  こうした状況を背景に、農業部門の余剰労働力の工業部門への移動が進んだ結果、余剰労働力が枯渇して賃金上昇が起こり始める、いわゆる「ルイスの転換点」が到来したかについて、議論が高まっている。高度成長期の日本の場合、60年代にルイスの転換点を迎えたといわれている。大都市への人口流入は、61年前後にピークを迎えた後に減少に向かい、その過程でジニ係数も低下し、地域間格差が縮小し始めた(第2-2-39図)。
  中国において、ルイスの転換点が現時点で到来しているか否かは議論の余地があるが、生産年齢人口の減少によって、農村の余剰労働力は今後さらに減少が見込まれる。こうした状況を打開し、中国が持続可能な成長を続けていくためには、(a)農村の余剰労働力の都市への供給促進、及び(b)安価な余剰労働力に依存した産業構造の転換を同時に推進することが重要である。
  (a)については、第一に、農村の余剰労働力の都市労働力への円滑な移動を可能とする制度を整える必要がある。そのためには、「第12次5か年計画」等において定められているように、戸籍制度改革や職業訓練等、人口の約66%(09年)を占める農村戸籍保有者の処遇を改善しなければならない。第二に、農業の生産性向上を図る必要がある。中国はOECD諸国や高所得国と比較しても依然として労働生産性が低く、とりわけ、第一次産業の労働生産性が際立って低い状態にある(第2-2-40図第2-2-41図)。農村の余剰労働力の都市労働力への供給促進のためには、戸籍改革と同時に、農業の労働生産性も向上させなければならない。
  (b)については、安価な労働力に依存した労働集約型産業を中心とした産業形態から脱却して、高付加価値産業への産業高度化を推進していくことが課題である。中国政府は、10年9月に、次世代情報技術やバイオ等7つの分野を戦略的新興産業と指定して、これら新興産業の育成を進めている(33)。前述の大卒者の新規雇用創出の必要性という観点からも、産業高度化への取組の今後の動向が注目される。


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