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第2章 再び回復が加速する世界経済

第2節 アジア経済

2.インド経済の動向

  インドでは、国内経済は08年の世界金融危機の影響はあったものの、危機発生前の軌道に戻り、内需を中心に景気拡大が続いている。以下、こうしたインド経済の現状や先行きについてみていく。

(1)景気の現状

(i)景気は内需を中心に拡大
  実質経済成長率は、10年10~12月期には前年同期比8.2%と、10年半ばの高い伸びからは鈍化したものの、引き続き8%を超える高成長を示している(第2-2-42図)。
  まず、産業別にみると、農林水産業(10年シェア14.3%)や、金融・保険・不動産部門(同:17.4%)では寄与度が高まった一方で、製造業(同:16.0%)の寄与は10年1~3月期をピークに低下している。農林水産業については、モンスーン期の降雨量不足によってマイナス成長となった09年の反動もあり、伸びが高まっている。
  需要項目別にみると、個人消費は、10年1~3月期を底に伸びが高まっており堅調に推移している。また、輸出は、10年10~12月期には海外経済の回復を受けて伸びが高まった一方で、輸入は、10年半ばの増加の反動もあるとみられ、マイナスの伸びとなったことから、純輸出は過去と比べても寄与が大きくなっている。

(ii)消費は好調
  消費の動向をみると、乗用車と二輪車の販売は、台数ベースでは過去最高水準を維持し続け、伸びも2けた台で推移している。政策金利の引上げ(10年3月以降、2.25%ポイントの引上げ)によるローン利率の上昇や、燃料価格の上昇等が懸念材料としてあるものの、足元ではそれを上回る旺盛な消費意欲に支えられているとみられる(第2-2-43図)。
  携帯電話の累計加入件数は、11年3月時点で8億1,159万件と過去1年間で約2億7,000万件の増加となっており、消費の好調さがうかがえる。これまでのところ、加入件数の大半が都市部であり(約5億件)、都市部以外の地域の普及率はいまだ32.6%と低水準にあることから、通信インフラの整備や通信料金の低価格化が進むにつれ、都市部以外の需要も顕在化し、今後とも増加が続くと見込まれる。

(iii)投資はやや減速
  実質経済成長率の総固定資本形成をみると、10年4~6月期をピークに伸びが鈍化しており、10年10~12月期には前年同期比6.0%増と1けた台の伸びとなった。また、資本財の生産の伸び(3か月移動平均)をみると、非常に好調であった10年前半の反動要因が大きいとみられるものの、11年2月には▲15.3%とマイナスの伸びとなっている(第2-2-44図)。このため、利上げの影響等も含め、今後の投資等の需要の動向を注視する必要がある。他方、商業銀行(34)与信残高(非食料部門)をみると、インド準備銀行(RBI:Reserve Bank of India)が10年度の想定値としている前年比20%を上回る伸びで推移している。10年7~9月頃は伸びがやや鈍化し、相次ぐ利上げ等の影響も懸念されたものの、その後は、資金需要は堅調であるとみられる(第2-2-45図)。

(iv)輸出は増加
  貿易については、まず輸入をみると、10年10~12月期は、前年の反動を受けて伸びが高まっていた10年前半と比較すると、前年同期比1.8%増と低い伸びとなった。特に、輸入額全体の30.2%(09年度)を占める原油輸入はマイナスの寄与となっている。しかしながら、11年に入ってからは原油以外の伸びが高まり、輸入額全体をみると横ばいないし増加で推移しており、依然として堅調な内需に支えられているとみられる。また、輸出についても、世界経済の回復や輸出相手国の多様化等を受けて、11年2月には前年比49.7%増となるなど、10年後半以降伸びが高まっている。この結果、貿易赤字は縮小傾向にある(第2-2-46図)。なお、インド・ルピーの対ドル名目レートは、10年半ばにややルピー安となったものの、10年10月以降は安定的に推移しており、貿易に与える影響は小さかったと考えられる。

(v)生産の伸びは鈍化傾向にあるものの堅調に推移
  生産は、全体でみると、1月に前年比3.9%増、2月に前年比3.6%増と伸びは鈍化しているが、水準は09年と比べてもかなり高い(第2-2-47図)。業種別にみると電力は10年半ば以降伸びが高まっていること、使途別にみると耐久消費財は堅調に推移していることなどから、国内の経済活動及び消費意欲は旺盛であることがうかがえる。ただし、統計が1993年基準となっているため、現在の生産活動を反映していない可能性もある点には注意が必要である(35)

(vi)物価は依然として高水準で推移
  インド政府・RBIが最も重視する物価指標である卸売物価は、前年比10%の伸びで推移していた10年前半と比較すると、足元では同9%と伸びがやや低下しているが、依然としてRBIの当面の目標である4.0%~4.5%を超える高水準となっている。
  食料品価格(一次食品及び加工食品)をみると、10年前半に押上げ要因となっていた穀物価格が、生産が増加したことにより(36)伸びが鈍化したため、卸売物価上昇率全体への寄与が低下している。また、10年後半には、季節外れの降雨の影響で、タマネギを中心とした野菜価格の上昇がみられたが、11年2月以降は落ち着いてきている。しかし、高たんぱく食品(牛乳、卵、魚等)は、国民の所得水準の上昇による消費パターンの変化を背景に高い伸びが続いており、生産体制や流通システムの改善が進展しない限り、今後もこの傾向が続くとみられることから、食料品価格に対して上昇圧力として作用し続ける可能性がある。また、加工食品以外の工業製品も、景気拡大に伴う需要増の影響や仕入れ価格の上昇により、高い伸びが続いている。さらに、燃料エネルギー価格も、国際商品価格上昇の影響や政府の補助金削減を目的とした統制価格の引上げにより、伸びは高止まる状態となっている(第2-2-48図)。RBIは、国際的な原油価格の上昇が国内の卸売物価に与える影響について、国際価格が10%上昇し、国内のエネルギー統制価格も同程度引き上げた場合には、卸売物価は1%ポイント上昇すると推計をしている。

(vii)金融・財政政策は08年の世界金融危機発生前の軌道へ
  金融政策をみると、09年4月以降据え置かれていた政策金利は、10年に6回、11年に入ってからも、1月、3月、5月と相次いで引き上げられた(第2-2-49図)。また、預金準備率も、10年に2回引き上げられている。RBIは、5月の金融政策決定会合で、一次産品価格、特に原油価格の高騰による物価上昇圧力や、それに伴って工業製品の物価上昇率が高まっていることについても警戒感を示している。
  財政政策をみると、10年度の財政赤字は10年度予算案で示された削減目標のGDP比5.5%を達成し、同5.1%まで縮小している。さらに、11年度の予算案では、11年度は4.6%、13年度には3.5%まで縮小させる目標が示されている。10年度の財政赤字の削減が目標を上回ったのは、当初見込みを大幅に上回る税外収入(37)によるところが大きいが(当初見込み比7,302億ルピー増)、税収についても同約3,000億ルピー増となっており、景気の好調さがうかがえる。また、11年度については、歳出面では10年度比同3.4%増(10年度実績:同18.7%)、歳入面では同3.6%増(10年度実績:同34.6%増)と、歳出入ともに伸びを大幅に抑制する見込みとなっている(第2-2-50図)。

(viii)経常収支赤字の拡大、資金流入の増加
  経常収支赤字は、10年7~9月期ではGDP比4.4%と、08年度の同2.5%、09年度の同3.3%と比較しても拡大している。経常収支赤字の拡大は、資本流入の増加によりファイナンスされているが、現在の資本流入の増加は、主に証券投資の急増によるものであり、直接投資の伸びは鈍化していることには留意が必要である(第2-2-51図)。

(ix)景気の先行き
  先行きについては、引き続き内需が堅調に推移するとみられることから、景気は拡大傾向が続くと見込まれる。購買担当者指数(PMI)をみると、10年7~9月頃は低下がみられたが、その後は上昇しており、製造業、サービス業ともに50ポイント(38)を大きく上回る堅調な推移を続けている。PMIの内訳である製造業の生産高や新規受注等は60ポイントを上回っており、また、新規輸出受注等先行きを示す指標も好調である(第2-2-52図)。ただし、物価上昇によるリスクと、相次ぐ利上げの影響には留意する必要がある。

(2)インドの経済構造

  インドは、アジアの中でも高い経済成長を遂げ、世界における存在感を増している。一方、インドと同様に景気拡大を続けている中国は、インドより高い成長率で経済発展を遂げているという現状もある。以下では、近年の経済成長によるインドの経済構造の変化を、中国等との比較において、みることとする。

(i)インドの産業構造と就業構造の変化について
  インドの産業構造の変化をみると(90/09年比)、第一次産業のシェアは低下、第三次産業のシェアは上昇となっており、ともに、90年から09年の約20年間で10%ポイント以上の大きな変化がみられる。また、09年のシェアは、第一次産業、第三次産業ともに、インド以外のアジア地域(以下、その他のアジア地域)と比較しても高い水準まで上昇しており、特に第三次産業は90年における日本を超える高い水準にまで達している(第2-2-53図)。第三次産業の内訳をみると、高成長を遂げている不動産・ビジネスサービス(IT産業等)や金融・保険部門の割合が高まっている。他方、第二次産業は90年からの20年間、30%弱のままほとんど変化がないが、その内訳には変化が起きている。すなわち、建設業部門のシェアは90年度から09年度で約10%ポイント上昇しているのに対して、製造業部門は約7%ポイント低下している。さらに、製造業部門は、その他のアジア地域が09年に40%前後であることと比較すると、低い水準にとどまっていることが分かる(第2-2-54図)。
  次に、インドの就業構造の変化をみると(93/07年比)、いずれの産業においても産業構造の変化と比べて変化の度合いが小さい。特に、農村地域における第一次産業の就業者数シェアは非常に大きいままとなっている(93年72.7%、07年72.5%)。農村人口は70.7%(07年)であることから考えると、依然としてインド全体の就業者の半分以上が第一次産業に従事していることになり、その他のアジア地域と比較しても非常にシェアが大きい。ただし、一人当たり名目GDPがインドと同水準であるベトナムでは(09年インド:1,058ドル、同ベトナム:1,068ドル)、04年時点では60%弱と、インドと同様にシェアが大きい。第二次産業は、就業者数に占めるシェアでも、変化に乏しい。この要因としては、労働法で厳格な解雇要件が定められていることなどから柔軟な雇用調整を行いにくく(39)、企業規模の拡大や雇用の拡大等が必要な労働集約的セクターが成長しにくいということが考えられる。第三次産業の就業者のシェアは、都市では93年の時点で50%を超えていたが、インド全体では09年でも15%強を占めているにすぎず、第一次産業に比べても極めてシェアが小さい(第2-2-55図)。
  また、第三次産業は、名目GDPのシェアでは10.8%ポイント増(90/09年比)となっているのに対して、就業者数のシェアでは0.9%ポイント増(93/07年比。都市は2.2%ポイント増、農村地域は0.1%ポイント増。)にすぎない。このことから、インドのサービス産業部門では、産業の伸びほど雇用者数が増加しておらず、雇用吸収力の高い産業はそれほど成長していないと考えられる。さらに、就業構造の変化の内訳をみると、都市では上昇している金融・保険部門や不動産・ビジネスサービス部門は、農村地域ではほとんど変化がない(第2-2-56図)。つまり、成長著しいインド経済の中でも特に高成長を遂げている部門の就業者は、ほぼ一部の都市住民に限られ、農村住民のほとんどがその恩恵を受けることなく農業に従事しているとみられる。
  産業構造と就業構造の変化について、その他のアジア地域についてもみてみると、第一次産業や第三次産業では、就業者の変化の方が名目GDPの変化よりも大きい傾向があり、一人当たり名目GDPがインドと同水準であるベトナムにおいても、第一次産業の就業者の変化が大きい(第2-2-57図)。しかし、インドでは、就業人口に占める第一次産業のシェアは高いままであり、途上国の経済発展パターンによくみられるような、農業の生産性の向上により発生した過剰労働力が第二次産業や第三次産業へと移動するという就業構造の変化がほとんど起きていない。

(ii)中国との比較
  所得についてみると、インドの一人当たりGDPは、名目では1990年には中国と同水準であったにもかかわらず、09年には中国の1/3以下、PPPベースでも1/2以下と大きく差が開いている。インドの10年の一人当たり名目GDPの水準でみると、中国の03年の水準と同程度と約7年遅れており(第2-2-58図)、16年には今より更に差が開き、10年程度遅れた水準にとどまるとの推計もある(IMF(40))。また、所得の地域間格差は、中国では縮小しているのに対し、インドでは拡大している(第2-2-59図)。
  インドと中国の一人当たりGDPに差が出ている要因はいくつか考えられるが、特に重要なのは、大規模な経済改革開始の時期、教育水準の向上やインフラ整備の進展、農業の生産性向上である。ここでは、これらの点について検討する。
  まず、高成長の契機となった経済改革実施の時期は、インドで91年、中国で78年(改革開放政策)であり、インドは中国より約13年遅かった。一人当たり名目GDPの推移をみると、インドは2000年代に入ってから増勢が強まっており、中国に比べて改革の効果が現れて成長率が高まる時期が遅かったため、現状の差が生まれたとも考えられる。
  次に、識字率(15歳以上人口)をみると、07年に中国では93.3%であったのに対し、インドは66%と、90年時点の中国の水準と比べても27.3%ポイントも下回っており、教育水準が依然としてかなり低いことがうかがえる(第2-2-60図)。インドも都市に限ってみると比較的高い識字率となっているが(07年男性81.6%、女性70.9%)、それでも90%を超える中国には遠く及ばず、特に、農村地域については低い教育水準が大きな課題になっていると考えられる(41)。農村地域の教育水準が低い理由には、教育機関数が少なく、また通学距離が非常に長いといったことなどが挙げられており、教育インフラの更なる整備が必要であるとみられる。また、既存の教育機関における教員の質等についても、更なる向上や改善が求められる。
  また、インフラの整備状況についてみると、インドは、09年時点でも、通信、道路舗装率、送電ロス率、港湾・航空分野等、ほとんどの分野で中国よりも整備が遅れている(第2-2-61図)。さらに、90年と比較しても、進展がみられない分野も多い。インフラの未整備は、生活水準面や所得水準面での地域間格差の発生・拡大要因となっていることに加え、外国からの直接投資拡大の阻害要因にもなるなど、経済発展のボトルネックになっているといえる。なお、インド政府は、インフラ整備のために、11年度予算で10年度比23.3%増の2兆1,400億ルピーを盛り込むなど、今後の進展に注目すべきである(42)
  さらに、インド経済で大きなウエイトを占めている農業分野の生産性が低いという問題が考えられる。灌がい面積はインドと中国でほとんど差がなく推移しているが、単収には大きな差があり、90年から09年までで、インドは中国の半分程度である。灌がい面積と作付面積には差があることを考慮しても、インドの化学肥料使用量(43)をみると、中国の半分程度に過ぎないなど、生産技術の向上を含め、単収増加の余地が大きいと考えられる(第2-2-62図)。また、インドは乾季と雨季に分かれる熱帯モンスーン気候のため、灌がい設備の整備を更に進め、水不足や洪水等の天候要因による影響を受けにくくする必要がある。このような農業の生産性の低さは、農業セクターから他のセクターへの労働力の移動を阻害している。

(iii)インド経済の課題
  このようにインド経済は産業別にみると、産業構造の変化に就業構造の変化が追いついていないという特徴がある。名目GDPでみた構造変化は、第一次産業から第三次産業へとシフトしているが、高成長を遂げている第三次産業に比べ、第二次産業の成長は遅く、第三次産業の中でも成長が著しいのは、金融・保険部門や不動産・ビジネスサービス部門等の資本・知識集約型セクターである。しかし、人口の大半を占める農村において教育水準が低い現状等をみると、農業セクターから資本・知識集約型セクターに移動できる労働力は限られる。さらに、農業の生産性や雇用制度の問題等もあり、国民の多くは第一次産業にとどまり、第三次産業に従事する一部の国民の所得は増加するものの、国全体の所得水準の向上には至っていない(前掲第2-2-56図)。今後一定期間の間は生産年齢人口は増加すると見込まれる。このような環境の中、社会の安定を確保し経済の持続的発展を進めるためには、雇用創出や所得環境の改善等により、国民の多くが経済の高成長を享受できる仕組みを整えることが不可欠である。そのためには、農村地域を中心とした教育水準の底上げや農業の生産性の向上、第二次産業や第三次産業の発展の基盤となるようなインフラの整備を進めて大規模な労働力を受け入れる態勢を整えることにより、第二次・第三次産業の成長を促進する必要があると考えられる。


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