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第1章 世界経済の回復とギリシャ財政危機

第3節 アメリカ経済

3.危機対応からの転換

 世界金融危機と景気後退に対処するため、08年秋以降、財政面からの刺激策と金融面からの緩和策及び金融システム安定化策が本格化した。政策の下支えもあり、金融システムはおおむね安定を取り戻し、景気も緩やかに回復してきており、焦点は危機対応からの出口戦略の策定及び実行の時期に移行しつつある。以下では、危機対応からの転換について、過去の事例のうち、特に今回と同様、金融危機・信用収縮が発端となった景気後退の例、すなわち大恐慌及び80年代から90年代初頭にかけて発生したS&L危機(27)について評価を行った上で、今後の財政・金融政策のあるべき姿について検討する。

(1)財政・金融政策の現状

(ア)財政
●連邦財政の現状・見通し
 09年度(28)の財政収支は、景気後退による税収の落込みや積極的な財政出動による歳出拡大及び減税等を背景に、1兆4,157億ドル(GDP比9.9%)と過去最大の赤字となった。10年2月に公表された予算教書によれば、10年度及び11年度の財政赤字も、1兆5,560億ドル(GDP比10.6%)、1兆2,670億ドル(GDP比8.3%)と、3年連続で1兆ドルを超える規模となる見込みである(第1-3-60図)。財政赤字はその後14年度まで減少を続けるものの、ベビーブーム世代の退職等を背景に医療・社会保障関連費が徐々に拡大する見通しから15年度以降は再び増加に転じ、GDP比4%前後の水準で推移することが見込まれる。
 歳入については、景気の緩やかな回復に伴い税収の増加が見込まれるほか、高所得者層に対する減税措置の撤廃や企業向け課税の強化などにより、拡大する見通しである。一方、歳出については、国防関連を除く裁量的経費の伸びを3年間凍結するとの方針が示され、関連支出の抑制が見込まれるものの、医療関連支出、社会保障関連支出、利払い費は引き続き高い伸びが見込まれ、歳出全体では拡大する見通しである(第1-3-61図)。

●州財政の現状・見通し
 今般の金融危機を背景とする景気の悪化を受けて、州政府の税収は大幅に減少しており、州財政は著しく悪化している。10年度における州政府全体の財政赤字は、過去最大となる1,960億ドル(GDP比1.3%)の規模に達し、11年度も1,800億ドルの赤字(同1.2%)が見込まれている(29)第1-3-62図)。州政府では、州の法律や規定等によりその多くで均衡財政が義務付けられていることから(予算均衡原則)、歳入不足を補うために歳出削減や増税等を実施することとなる。実際に、多くの州で教育・福祉関連予算の縮小や政府職員の解雇等が行われており、地域経済に及ぼす影響が懸念されている。こうした状況にかんがみ、連邦政府は09年2月の景気刺激策で州政府に対する補助金(州財政安定化基金)を拠出している。現行の措置では11年度まで支援が行われる予定であるが、大幅な財政赤字が継続する見通しから、同措置を延長する法案が検討されている。

●オバマ政権による財政再建に向けた取組
 アメリカでは、世界経済・金融危機の発生以降、税収の落込みや積極的な財政出動による歳出拡大等を背景に、連邦政府の財政赤字は急速に拡大しているが(第1-3-63図)、経済の回復の見通しが次第に強まってきたことを受け、財政再建に向けた取組が徐々に本格化している。オバマ政権における財政再建の目標については、大統領就任後の09年2月に行った議会演説で、ブッシュ政権から引き継いだ約1兆3,000億ドルの財政赤字を任期(13年1月まで)中に半減することを公約している。また、10年2月公表の予算教書の中で、中期的な財政目標として「15年までに基礎的財政収支の均衡」(財政収支対GDP比では約3%に相当)することを掲げており、具体的措置を検討するための超党派委員会(財政責任と財政改革に関する国家委員会)を設置している。同委員会は、10年12月1日までに基礎的財政収支の均衡を達成するための政策提言をとりまとめることとしており、4月27日に第1回の会合が開催された。
 財政赤字削減の具体的な措置としては、(i)財政規律の強化、(ii)政策課題ごとのコスト削減・歳入強化、という二つの取組に分けられる。財政規律強化の取組としては、安全保障を除く裁量的経費の伸びを3年間凍結する措置や、後述するペイゴー原則(pay-as-you-go)の復活がある。また、コスト削減・歳入強化の取組としては、高所得層への増税、金融機関や保険業界への課税、医療保険制度の改革等を提案している。これらのうち、ペイゴー原則及び医療保険制度改革(第1-3-64表)については、関連法が既に成立している。後述のとおり、こうした取組を通じて、20年度までに2.1兆ドルの財政赤字を削減することが想定されている。

(イ)金融政策
●危機対応の金融政策・金融システム安定化策の動向
 金融政策をみると、金融市場の混乱への対応として創設された主な金融システム安定化策や流動性供給策は、金融市場の安定化を背景に、10年3月までに終了した。また、信用緩和策として導入された各種資産の買取り措置についてもおおむね終了した(前掲第1-1-4図参照)。
 08年10月より買取りを開始したCP、ABCPについては09年1月のピークには3,654億ドルの買取りを実施していたが、10年2月1日に買取りを終了した(第1-3-65図)。CP市場はリーマン・ブラザーズの破たんを契機に発行残高が急減し、スプレッドも大幅に拡大していたが、買取り実施後はスプレッドが縮小するなど、市場の安定化に大きく寄与した。また、09年1月より買取りを開始したMBS等については約1兆2,500億ドルの買取りを実施し、10年3月末に終了した(第1-3-66図)。依然として民間機関によるMBSの新規発行はほとんど行われていないものの、買取りを行っていた間、住宅ローン金利は低位安定したことにより、住宅市場の下支えに寄与した(第1章第3節1(3)参照、前掲第1-3-19図)。一方、09年3月より開始したABS保有者への貸出(TALF)については、10年5月時点で439億ドルの資金拠出を行っている。09年6月以降、買取り範囲の拡大や期間の延長を実施しているものの、ABS市場は新規発行がほとんど行われない状況が続いている(前掲第1-3-5図)。信用緩和策による各種資産の買取り措置は、直接金融市場に対しては大きな効果がみられた一方で、証券化商品市場では、証券化商品や格付けに対する信頼の低下を完全に補うことができず、効果は市場の下支えにとどまった(第1-3-67表)。
 MBSの買取り等のいわゆる非伝統的金融政策については、買い取った資産をいつどのように売却し、FRBのバランスシートを縮小していくかが新たな問題となっている。FRBのバランスシートをみると、信用緩和策の実施により10年5月時点では2.4兆ドルと05〜07年の平均に比べて2.7倍に増加している(第1-3-68図)。また、資産の詳細をみても、長期国債やMBS等の長期資産が多くなってきている。この点に関し、10年2月に公表されたFOMC議事録によると、FOMCで議決権を有するメンバー(policymakers)は、拡大したFRBのバランスシートについて、将来的にFRBの資産を金融危機以前のように米国債の保有に限定することが適切であるとの点で意見が一致している。そして、大半のFOMC参加者(participants)は、将来的に徐々に資産を売却するプログラムにより、FRBのバランスシートは圧縮され、保有する証券の構成を米国債に戻すことができるとしている。一方で、それらの取引が拙速になった場合、市場の混乱や景気回復に逆の作用を引き起こさないかどうか懸念しているとしている。さらに、10年4月に公表されたFOMC議事録では、償還期限を迎えるアメリカ国債について、これまでのように全てを再投資しないことにより今後数年間でバランスシートを縮小させる方法について検討していることが示された。

●政策金利の動向
 FFレートの調整については、08年12月に0〜0.25%に利下げして以降同水準を据え置いている(第1-3-69図)。09年3月のFOMCでは、「異例に低水準のFFレートが、更に長い期間(for an extended period)妥当となる公算が高い」とし、低水準のFFレートの長期化を示唆し、この表現は10年3月のFOMCでも据え置かれている。
 一方、公定歩合については、07年8月にヨーロッパ大手金融機関BNPパリバ傘下の投資ファンドが償還凍結を発表したこと(いわゆる、「パリバ・ショック」)が契機となり金融市場が混乱したことを受けて、FFレートとの差を1%としていた利率について、FFレートとの差を0.5%に引下げを行った。また、FRBによる窓口貸出の期間についても、翌日物から30日に延長した。その後、08年3月のアメリカ大手投資銀行ベア・スターンズの経営危機による金融市場の混乱を受けて、更にFFレートとの差を0.25%に引下げを行い、貸出期間についても90日に延長した。
 09年半ば以降、金融市場が安定化してきていることを背景に、公定歩合の正常化に向けた施策を実施し始めた。10年1月には貸出期間を28日に短縮し、10年2月には公定歩合とFFレートとの差を0.5%に引き上げた。さらに、10年3月には貸出期間を従来の翌日物に戻した。FRBの声明によると、公定歩合についてのこれらの調整は、家計や企業に対する金融引締めにつながるとは見込んでおらず、経済や金融政策の見通しに何らかの変更を示すものではないとされ、金融政策の引締め策ではないとした。また、10年2月に行われたバーナンキFRB議長の議会証言(30)では、出口戦略として、(i)準備預金金利の引上げ、(ii)リバース・レポの活用、(iii)金融機関がFRBに資金を定期預金するような仕組みの検討、(iv)保有証券の売却等が挙げられた。
 非伝統的金融政策が出口を迎えつつある中、今後は異例に低水準であるFFレートの引上げが焦点になってくる。特に、利上げに転じるタイミングは、持ち直している景気を下押ししないようにする上で重要となってくる。

(2)過去の取組

●財政改革の歴史的取組とその評価
(i)1937年の教訓
 大統領経済諮問委員会(CEA:Council of Economic Advisers to the President)は、2010年2月に公表された報告書の中で、急激かつ大幅な財政の引締め措置が経済に及ぼす影響について、「1937年の教訓」を取り上げている。
 1929年から1932年にかけて発生した大恐慌(the Great Depression)後のアメリカ経済は、まだ完全に回復していなかったものの、4年間にわたり高成長が続いたため(1934〜1937年の平均実質GDP成長率:9.5%)、政府は1937年に財政政策、金融政策の引締めを行った。具体的には、退役軍人に対する賞与プログラムの打切り、社会保障税の導入、支払い準備率を2倍に引き上げるなどの措置を実施した。この結果、1938年の実質GDP成長率は▲3%、失業率は14%から19%まで上昇し、厳しい景気後退に陥った。

(ii)1990年代の取組
 90年代前半は、S&L危機(31)に端を発する景気後退となった。S&L危機では主に貯蓄金融機関(32)を中心に金融市場が混乱し、多数の金融機関が破たんする事態に追い込まれた(33)。これに伴い発生した景気後退は91年3月に底を打ち、その後「ジョブレス・リカバリー」と称される雇用なき回復に陥った。
 1990年代の財政再建では、先代ブッシュ政権期の包括財政調整法(OBRA90:Omnibus Budget Reconciliation Act of 1990(34))で導入した「キャップ制(CAP)」、「ペイゴー原則」が財政ルールとして重要な役割を果たした。キャップ制は、裁量的経費に対する支出上限を設定するものである。また、ペイゴー原則は、新規施策や制度変更による義務的経費(医療給付、社会保障給付等)の拡大や減税を行う場合には、それを相殺するために別途の義務的経費の削減及び増税措置を課すというルールである。93年からのクリントン政権期では、OBRA90に引き続きOBRA93を策定してこれらの枠組みを踏襲するとともに、歳出削減策(メディケア及びメディケイド、国防費を始めとする裁量的経費等)や歳入増加策(所得税の最高税率引上げ、燃料課税の増税等)を通じて、94年度から98年度にかけて約5,000億ドルの財政赤字を削減する方針を打ち出した。
 この結果、連邦財政収支は急速に改善し、1998年度から2001年度の間、財政収支は黒字に転換した。キャップ制、ペイゴー原則は、その制度的な仕組みにおいて財政赤字の削減を積極的に推進するものではないが、クリントン政権では各支出項目の伸びが他の年代に比べて大幅に縮小しており(第1-3-70表)、歳出削減の取組だけでなくこうした財政規律の強化が財政赤字の拡大を抑制する上で有効に機能したものと考えられる。なお、90年代における財政収支黒字化の背景としては、当時の大統領経済諮問委員長らによる評価(35)にもあるとおり、ITの活用による生産性上昇期(「ニュー・エコノミー」)と重なったことも大きく影響したと考えられる。景気回復に伴う各税の自然増収効果(36)、特に株価高騰によるキャピタルゲインの増大を反映した個人所得税収の増加(37)や、冷戦終結による国防費の減少(「平和の配当」)といった要因も、財政の改善に大きく寄与した(第1-3-71図)。

●90年代の金融政策
 アメリカの金融政策の目標となっている雇用と物価について90年代前半の状況をみると、91年3月に景気が底を打った後、雇用情勢は緩やかなペースでの回復となった(第1-3-72図)。失業率は92年6月(7.8%)がピークとなり、その後本格的な回復局面に移行した。一方、物価面をみると、フィリップス曲線が90年以前に比べて下方シフトし、NAIRUも低下したことでディスインフレ傾向にあり、PCEコア・デフレータは94年初には前年同月比2%前後まで低下した。
 この状況下で、FRBは92年9月までにFFレートを3.0%に段階的に引き下げ、その後94年2月に金融引締めに転換するまでの間、実質金利を低水準で据え置いた(第1-3-73図)。94年2月の利上げ時の雇用と物価についてみると、雇用情勢は、失業率が6%台半ばまで低下しており、雇用者数は前月差25万人増のペースで安定的に増加している状況まで改善していた。一方、物価面をみると、PCEコア・デフレータは94年以降2%台半ばまで上昇率を高めている。FRBは、雇用面では、雇用者数が増加に転じ、失業率が低下し始めた後も2年程度利上げを行わず、物価面でも上昇率が2%を超え、かつ上昇率が拡大し始めた時期に利上げを実行した。

(3)今後の財政・金融政策のあるべき姿

●過去の取組からの教訓
 財政にかかる歴史的取組として「1937年の教訓」及びクリントン政権期における改革を取り上げたが、今後の財政政策に対する重要なインプリケーションは、「政府の財政再建に対するコミットメント」、「時期尚早な財政再建の回避」である。
 クリントン政権の財政再建に対する姿勢が明らかになったのは、1993年の予算案である。同予算案は議会の審議が難航したものの、おおむね当初案に沿った形で財政赤字削減策が盛り込まれ成立した。この過程で、クリントン政権の財政赤字削減に取り組む力強い姿勢が市場で評価され、財政再建の実現性に対する市場の信頼を得た結果、リスクプレミアムの増加による金利上昇が回避され、その後の景気回復を支える要因となった。政府が財政再建に対するコミットメントを明確に示すことが重要である。
 また、「1937年の教訓」から導かれる示唆としては、「時期尚早な財政再建を回避」することである。CEAは、こうした経験を踏まえて、今後の財政再建の基本的な考え方として「景気刺激的な財政再建」(expansionary fiscal contractions)を示している。これは、長期的な財政赤字要因となる問題に着手することにより、将来発生する財政赤字を削減していくという考え方である。こうした取組は、企業や家計のコンフィデンスの改善にも資するものであり、短期的にも景気にプラスの影響を与えるものと考えられる。今回の予算教書をみると、長期的な財政赤字拡大要因に対して積極的に対処していくという姿勢が明確に示されており、「景気刺激的な財政再建」の考え方が根底にあるものと推察される。現在のアメリカで長期的な財政動向にかかわる重要課題としては、医療保険改革、税制改革、事業見直しによる歳出削減、財政規律の強化等が挙げられるが、既に医療保険制度改革や財政規律の強化(ペイゴー原則)については関連法が成立するなど、「1937年の教訓」を踏まえた取組が進展している。
 一方、金融政策においては、金融危機後の金融市場は信用創造機能が脆弱な状況が続くため、早期の引締めは実体経済を腰折れさせる懸念がある。このため、景気回復が確実になり、更に金融市場の状況と市場の期待を考慮に入れた上で総合的に金融引締めが必要と認識されるまで、緩和的な金融政策を継続させることが重要となる。90年台前半のFFレートの水準をテイラー・ルールによって導かれる理論値と照らしてみると、景気回復局面に入った92〜93年においても緩和的な水準を続けていたことがみてとれる(第1-3-74図)。金融引締めへ転換を行った94年2月のFOMC議事録では、当時の高水準の株式市場には懸念を示しつつも、経済的な状況だけでなく金融市場の状況や市場の理解を重視し、金融引締め策に慎重に移行する姿勢が現れている。一方で、金融引締め策に転換した後は、緩和的な金融政策の結果発生した資産価格の上昇やインフレ懸念に対して急速な利上げで対処した。
 新たな資産バブル等に留意しつつも金融引締めへの転換のタイミングを慎重に行うことは、実体経済への過度のインパクトを抑制するとともに、金融政策に対する信認を高めることにもつながるため、その後の持続的な景気回復にプラスに作用する可能性が高い。

●今回の財政再建策の実現可能性・財政の持続可能性
 財政再建の実現可能性については、今後の景気動向に左右される。景気については、失業率の高止まりや信用収縮の継続等不安要素はあるものの、実質GDP成長率が3四半期連続でプラスとなるなど緩やかに回復しており、景気が二番底を迎えるリスクは低下している。しかし、リスク要因が再燃し、政府が前提とするシナリオ(38)以上に景気の回復ペースが減速する場合には、税収減による歳入不足や失業保険給付等の歳出増を通じて、財政赤字が拡大するおそれがある。また、10年2月に公表された予算教書をみると、今後の財政赤字の削減に当たっては、政策課題ごとのコスト削減と財政規律の強化によってこれを実現していくという姿勢がうかがえるが、特に前者については世論の反発の強い政策も含まれており(39)、その動向如何では目標の達成が困難となる可能性もある。
 財政再建の実現可能性・持続可能性については、以下の3点の動向が大きな影響を及ぼすと考えられる。

(i)重要政策課題の動向(医療保険制度改革・追加雇用対策等)
 今回の予算教書における財政コスト削減の主な手段として、高所得層に対する増税(11年度から20年度までの累計で6,780億ドル)及び企業向け課税を含むその他の増収措置(同7,490億ドル)、海外軍事活動の縮小(同7,280億ドル)、医療保険制度改革(同1,500億ドル)が挙げられる(第1-3-75表)。予算全体では、20年度までに2.1兆ドルの財政赤字削減を見込んでいるが、その実現可能性についてはこれらの施策の動向如何によるところが大きい。高所得層や一部企業に対する増税措置ついては、利害関係者からの反発も強く、導入をめぐり議会における厳しい調整が予想される。また、医療保険制度改革については、10年3月に関連法が成立したものの、制度の詳細は今後検討される予定であり、その内容如何では財政赤字の削減効果は低下する可能性がある。
 一方、財政赤字拡大要因としては、雇用対策を始めとする景気対策(同1,690億ドル)、家計・企業向け減税措置(同2,840億ドル)等が計上されている(40)。前述のとおり、景気が二番底を迎えるリスクは低下しているものの、再び景気の回復ペースが減速するような状況となれば、これらの施策の規模は更に拡大することが考えられる。

(ii)州財政の動向
 州政府では所得税や一般売上税を主な財源としているが、これらは景気に対する所得弾力値が高く、不況期には大幅な税収減を引き起こすという構造的な問題を抱えている。こうした事態に備えて、各州では、好況期に増えた税収を財政安定化基金(Rainy Day Fund)として積み立て、不況期にはこれを取り崩して対応する仕組みを設けているが、今般の危機による財政の急激な悪化を受けて財政安定化基金が既に枯渇している州もあり、財政の調整機能が低下している(第1-3-76表)。また、州税の課税ベースが前年の所得を基準としていることから、景気に1年程度遅行する傾向があり、州財政の持ち直しにはしばらく時間がかかると見込まれる。前述のとおり、2011年度、2012年度においても大幅な財政赤字が見込まれており、州経済の低迷が長期化すれば連邦政府による財政負担を更に拡大させる可能性がある。

(iii)GSEの動向
 GSE(Government Sponsored Enterprise:政府支援企業)は、民間企業でありながら連邦政府と一定の関係がある企業であり、住宅金融分野では、ファニー・メイ(連邦住宅抵当公庫)、フレディ・マック(連邦住宅貸付抵当公社)等が該当する(41)。これらの機関が発行する債券については、従来、市場関係者から「暗黙の政府保証」があると認識されていたが、こうした曖昧な認識がシステミック・リスクを引き起こす可能性が高まったことから、政府はGSE債務及びGSE保証のMBSに対する保証を行うことを正式に表明している(42)。GSEの経営状況については、サブプライム住宅ローン問題に起因する保有資産の損失の拡大を受けて、08年には資金不足に陥るなど悪化しており、債務残高も高い水準にある(第1-3-77図)。現在、住宅ローン担保証券(MBS)の発行残高は6兆ドルを超える規模となっており、またMBSの新規発行についても08年以降はGSE以外に発行する機関がほとんどないことから、GSEの経営不安が住宅市場に与える影響は大きい。住宅市場の回復の遅れからGSEの経営状況が悪化し多大な損失が発生する事態となれば、損失補てんの拡大から連邦財政の足かせとなるおそれがある。
 最後に、長期的な視点からアメリカ財政の持続可能性に対する課題について考察する。連邦政府債務残高をみると、危機対応による財政支出の拡大等により債務は急増している(第1-3-78図)。10年度の債務残高GDP比は83.4%に達する見込みであり、12年度以降は100%を超える規模で推移する見通しである。これは、第二次大戦直後の時期(1945〜1947年度)以来の水準である。CEAによれば、前政権の政策を継続した場合には、財政は持続可能なレベルを超えて、2040年には債務残高GDP比は200%を超える規模に達するとしている。こうした背景には、人口構造の変化が強く影響している。少子高齢化の進展のほか、ベビーブーム世代の退職を迎えていることから、労働者に対する医療・社会保障プログラム(メディケア、メディケイド、社会保障等)の受給者の比率が上昇しており、これらの支出は2050年には現在の2倍の規模に拡大する見通しである(43)。より長期にわたる財政の持続性を確保するためには、既に述べた「景気刺激的な財政再建」の考え方に沿って、将来の潜在的な財政赤字拡大要因に対し着実に対処していくことが重要である。その際、アメリカ経済が世界経済に及ぼす影響は大きいことから、景気回復と財政赤字抑制の両立、財政再建のタイミングについては慎重に判断する必要があろう。
 また、アメリカ財政の特徴として、海外資金への依存度が高い点についても留意が必要である。国債保有比率をみるとは、海外の居住者による国債保有は、09年度は46.4%となっている(第1-3-79図)。09年度は、安全資産への逃避を反映して国内の家計や金融機関による国債保有が進んだことにより、08年度に比べて海外保有比率は若干低下したものの、海外のシェアは依然として高い。政府の財政再建に対するコミットメントを明確に示し、国内・国外を通じた安定的な資金調達を維持することが不可欠である。

●金融引締め策への転換の可能性・時期(利上げ等)
 FOMCでは、09年3月に「更に長い期間(For an extended period)異例の低金利が妥当となる公算が高い」と表現して以降、10年3月においても同様の表現を続けている。また、バーナンキFRB議長は、10年2月の議会証言で、FFレートの利上げ時期については、経済の拡大が進むに従い、インフレ圧力の増大を防止するため、FRBは「ある時点で(at some point)」利上げを始める必要があると述べるにとどめており、利上げへの転換については慎重な判断をしている。
 一方で、短期金融市場のFF金利先物でみると、2010年内に0.25%の利上げを予測する見方もある。そこで、過去の教訓と照らして金融政策での引締め策への転換の際に重要となる雇用情勢と物価についてみると、雇用情勢は、雇用者数が10年3月に増加に転じたものの、失業率は10%近傍の高い水準にあり、各機関の見通しでも90年代のピークであった7%台に低下するのは12年末とされているなど不確実性が大きい(前掲第1-3-34図、前掲第1-3-44表)。また、物価面では、一次産品価格の上昇リスクはあるものの、現状ではPCEコア・デフレータの上昇率はやや低下していることに加え、インフレ期待は安定的に推移しており、各機関の見通しでも物価上昇率が2%を超えるのは早くて11年後半となっている(前掲第1-3-49図、前掲第1-3-53図、前掲第1-3-54表)。
 平時では、金融政策はフォワード・ルッキングな運営(先々の見通しに基づく運営)が望ましいとされている。しかし、金融危機後の景気回復局面では前述のように金融セクターに脆弱性が残るため、実体経済の回復を確認した上で引締めを行う慎重なスタンスを採用することが、その後の力強い景気拡大につながると考えられる。以上のことから、ドル・キャリー・トレードによる新興国や一次産品市場への資金の流入等国際的な資金の流れに留意することは重要であるものの、2010年中の引締め策への転換は時期尚早となる可能性が高く、引き続き緩和的な金融政策を維持し、景気の持ち直しを下支えすることが重要であるといえる。


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