第1章 世界経済の回復とギリシャ財政危機 |
アメリカの消費や生産に持ち直しがみられる一方で、雇用情勢は失業率が10%近傍で推移するなど、ジョブレス・リカバリーに陥る可能性が高い。また、08年後半以降の深刻な金融危機からはほぼ脱したものの、引き続き金融機関を取り巻く情勢は不透明な要素が残る。以下では、雇用情勢及び金融機関の現状を確認した上で、今後のアメリカ経済の先行きのリスクについて検討する。
(1)雇用
●2009年半ば以降の雇用情勢
アメリカでは、08年9月のリーマン・ブラザーズの破たんを端緒として発生した世界金融危機と景気後退の深刻化により、雇用危機が発生した。失業率は09年10月に1982年以来となる10.1%まで上昇し、その後も10%近傍の高水準で推移している(第1-3-34図)。また、08〜09年の2年間の累計の雇用喪失者は836万人となり、失業期間も長期化(23)が進んでいる。一方、非農業部門雇用者数は09年1月には前月差77.9万人減となったが、09年半ば以降は減少幅が大幅に縮小し、10年4月には前月差29.0万人増と増加に転じている。雇用情勢は厳しい状況が継続しているものの、大幅な悪化は終息しつつある。
09年半ば以降の雇用者数の変化について産業分野別にみると、製造業や専門サービス業で雇用者数が増加に転じる一方で、建設業では、雇用の改善に遅れがみられる。
製造業では、08年後半から09年初にかけて大きく落ち込んだが、その後生産活動が持ち直していることを背景に、雇用者数の減少幅が縮小した(第1-3-35図)。特に、耐久財製造業は、各国政府の自動車買換え支援策を背景とした需要の喚起や、大手自動車メーカーの再編・経営再開もあり、輸送用機器製造業を中心に生産活動が持ち直していることに併せて雇用も持ち直している。この結果、10年1月の製造業雇用者数は07年1月以来の前月差増加に転じ、その後も雇用者数は増加している。
また、専門サービス業では、09年半ば以降管理・一般サービス業を中心に雇用者数が増加している。特に、常用雇用も含めた雇用全体の先行指標といわれている人材派遣業は、09年9月を底に急速に回復しており、09年9月から10年4月の期間でみると雇用者数は33.0万人の増加となっている(第1-3-36図)。
一方、建設業では、引き続き雇用者数は減少傾向にある。内訳をみると、住宅関連建物建設の雇用者数は、08年11月の前月差8.2万人減を底に減少幅は縮小したものの、減少が続いている(第1-3-37図)。また、土木建設は政府の景気刺激策による下支えはあるとみられるものの、09年2月以降も平均で前月差0.8万人減となっているなど雇用創出効果は限定的となっている。さらに、08年後半から09年にかけては、非住宅関連建物建設支出が大幅に減少したことなどを背景に、商業用不動産を含む非住宅関連建物建設の雇用者数が大幅に減少した。10年3月以降は増加に転じているものの、依然として不安定な状況が継続している。
また、州ごとに建設業雇用者数の変化をみると、建設業雇用者数が大幅に減少している地域は、西海岸、南部、五大湖周辺となっている(第1-3-38図)。FDICによる預金保険の対象となっている金融機関の不良債権比率を州ごとにみると、住宅ローンの不良債権比率の上昇が大きい州と、商業用不動産向け融資の不良債権比率の上昇が大きい州には正の相関がみられる。この背景としては、リスク管理が不十分な金融機関に地域の偏りがある可能性もあるものの、住宅バブルの崩壊で住宅価格が下落したことにより、逆資産効果が働き、消費が押し下げられたことでその地域の商業活動が後退した可能性等が考えられる。実際、西海岸や南部等の住宅バブルの崩壊による影響が大きい州では、住宅関連建設雇用者数の減少幅が大きかったことに加え、同雇用者数の減少がピークを超えた後も、非住宅関連建物建設雇用者数の減少が続き、建設業全体での雇用環境の悪化が継続しているものと考えられる。
一方、政府部門では、国勢調査による臨時雇用の影響から10年3月以降大幅に増加したものの、州・地方政府を中心に雇用者数の減少傾向が続いている(第1-3-39図)。州・地方政府では税収の落ち込み等による厳しい財政状況が継続しており、特に09年半ば以降は、地方政府の教員が前月差0.9万人減(月平均)となるなど、雇用者を大幅に削減している。
他方、失業者の構成を年齢別にみると、引き続き若年層ほど失業率が高い。16〜24歳の失業率は、09年10月以降はやや低下していたものの、10年3月以降再び上昇に転じている(第1-3-40図)。また、学歴別に失業率をみると、08〜09年初にかけては高卒未満の失業率が急上昇し高止まりしている一方、高校卒業者や短期大学卒業者、大学卒業者の失業率は09年半ば以降、緩やかな上昇傾向にあり、雇用調整が広範囲に及んでいることがうかがえる。
●雇用対策の効果と追加対策の現状
これまでの深刻な雇用危機に対して、政府は09年2月に成立したアメリカ再生・再投資法(ARRA:American Recovery and Reinvestment Act of 2009)等を通じて雇用対策を実施してきている。CEAが10年2月に公表した雇用対策の成果についての分析によると、ARRAによる雇用創出効果は09年4〜6月期は月平均16.9万人、09年7〜9月期は同31.4万人、09年10〜12月期は同31.0万人と分析している(24)。この結果、09年4〜12月で237.8万人の押し上げ効果があったことになり、減少幅の縮小に寄与したと考えられる(第1-3-41図)。
CEAの同分析によると、ARRAの効果を産業分野別でみると、業績が景気動向に敏感な産業で効果が大きく現れているとされた。財の生産部門では、製造業で35.4万人、建設業で26.2万人、サービス部門では、人材派遣業を含む専門サービス業で51.0万人、商業・輸送・公益業で45.9万人、情報サービス業で10.1万人の雇用創出効果があったと推計されている。一方で、景気動向による業績変動が小さい教育・医療関連業では、ARRAの雇用創出は限定的であったとしている(第1-3-42図)。
以上のCEAの分析からARRAによる雇用創出効果について考察すると、金融危機と景気後退により、建設業や製造業、専門サービス業等雇用が大幅に落ち込んだ産業を中心に雇用創出効果が認められることから、雇用情勢の一段の悪化を抑制する効果があったと評価することができる。一方で、全産業でみて雇用者数の減少幅を縮小した効果は限定的であり、失業率が高止まりしている状況を考慮すると、今後も切れ目ない雇用対策が急務である。
こうした状況のもと、10年3月18日には雇用回復促進法(予算規模176億ドル)が成立した。この中で、雇用対策として、60日以上失業状態にある失業者を雇用した企業に対し、雇用した労働者に支払う賃金にかかる社会保障税のうち、使用者負担分の6.2%について1年間免除することが盛り込まれた。また、現行の設備投資減税の延長や高速道路建設等の財源確保等が決定した。さらに、雇用回復促進法に加えて、雇用創出効果が高いとされる中小企業に対する減税案等が引き続き議会で審議されている。
雇用を取り巻く周辺環境をみると、企業の雇用に対する姿勢は、製造業・非製造業両部門で改善傾向にあり、インターネット上の求人広告件数についても緩やかに増加傾向にある。政府や民間調査機関による雇用情勢の見通しをみると、雇用者数は緩やかに増加するとされている。例えば、CEAによると、雇用者数は2010年に月平均9.5万人増、2011年に同19.0万人増、12年には25.1万人増と見込まれている。しかし、雇用者数の労働力人口に対する割合でみると、雇用者数の増加ペースは過去の景気回復局面と比較して緩やかな回復にとどまる見通しである(第1-3-43図)。また、失業率については、雇用環境の悪化等を背景に労働市場から退出していた者が労働市場に再流入してくることもあり、改善ペースは緩やかとなる見通しであり、11年にかけて高水準のまま推移し、8%前後に低下する時期は12年以降と見込まれている(第1-3-44表)。
●雇用情勢におけるリスク要因
今後の雇用情勢は緩やかな改善が見込まれているが、リスク要因として賃金の低下が挙げられる。賃金の動向をみると、07年12月の景気後退入り以降、非管理職の時間当たり賃金(民間非農業、前年同月比)の伸び率は低下傾向が続いている(第1-3-45図)。また、前月比でみると、10年3月には▲0.1%とマイナスに転じ、1982年10月以来の下落率となった。産業分野別にみると、建設業では08年12月をピークに賃金の伸び率は低下し、09年9月を底にいったん持ち直したものの、10年に入り再度伸び率は低下傾向となっている(第1-3-46図)。また、専門サービス業は、09年半ば以降賃金水準が低い人材派遣業の雇用が増加していることもあり、賃金の伸び率は大幅に低下している。さらに、雇用者数が安定的に増加している教育・医療関連業においても、10年3月には前月比で賃金がマイナスになるなど、賃金の伸び率は低下している。
アメリカでは、これまでにも景気後退期から景気回復初期にかけて、賃金の伸び率は低下する傾向にあった(前掲第1-3-45図)。しかし、1965年以降でみると、前年同月比でマイナスとなるような深刻な賃金の調整は行われていない。景気後退により雇用者数が大幅に減少し、失業率が上昇するなど雇用環境が悪化しているにもかかわらず、賃金が下方硬直的になっている要因として以下の点が考えられる。
(i)最低賃金の引上げと生活賃金条例による賃金水準の確保
アメリカの最低賃金は、連邦政府と州政府によりそれぞれ定められている。州別最低賃金は州法によって州ごとに定められるのに対し、連邦最低賃金は、公正労働基準法に基づいて決定され、97年に時間当たり5.15ドルに引き上げられて以降10年間引上げが行われなかったが、07年7月には5.85ドルに、08年7月には6.55ドル(前年同月比+12.0%)に、09年7月には7.25ドル(同+10.7%)に引き上げられた。また、併せて90年代以降、自治体と商取引のある企業・団体を対象に、従業員に生活賃金と同等かそれ以上の賃金の支払いを求める生活賃金条例を制定する自治体が増えた。このため、賃金の最低水準は景気変動にかかわらず確実に上昇してきている。
(ii)労働協約における生計費条項
アメリカの労働協約には、生計費条項が含まれているものがある。生計費条項は実質賃金を維持する目的で、物価の上昇幅に応じて賃金を調整する条項である。ただし、生計費条項の適用労働者は減少してきている。
(iii)長期の労働協約
労働協約の協定期間は、大半が3年以上となっている(第1-3-47図)。なお、労働組合の組織率は1960年代には20%台後半であったが、09年には10%台前半まで低下してきている。
(iv)一般労働者の総報酬に占めるボーナスの割合が小さい
一部の経営層を除き、業績に連動して変動するボーナスが一般労働者の総報酬に占める割合は小さい。
以上のように、アメリカでは景気変動に対して機動的に賃金水準を変動させることが困難であることから、企業経営者は、景気後退による労働分配率の急上昇に対して、まず雇用者数を大幅に削減することで対処してきていたと考えられる(第1-3-48図)。
しかし、賃金の下方硬直性に寄与してきていた要因のうち、労働組合の組織率は低下傾向が続いており、(ii)に示される生計費条項の適用労働者も減少してきていることなどから、賃金の下方硬直性は弱まっている可能性がある(前掲第1-3-47図)。さらに、労働協約の対象となっている労働者についても、景気後退入りから2年半程度経過していることもあり、今後労働協約の更新が進む過程で、賃金体系を見直すことにより、賃金の伸び幅が更に低下することも考えられる。また、労働分配率をみると、08年10〜12月期をピークに低下してきており、雇用者報酬の下げ止まりにつながる可能性がある一方で、付加価値の伸びが低迷する場合には、人材派遣業等の賃金が相対的に低い雇用者を雇い入れたり、賃金の伸び率を更に低下させる可能性もある。この場合には、雇用者報酬は低い伸びにとどまるため、消費に与える影響についても注視していく必要がある。
(2)物価
●物価上昇率の現状
08年9月のリーマン・ブラザーズの破たんを契機とした世界金融危機と景気後退の深刻化により、変動の大きい食料とエネルギーを除くコア物価の前年同月比上昇率は低下傾向にある(第1-3-49図)。FRBが金融政策において参照しているPCEコア・デフレータ(25)でみると、08年前半には前年同月比で2%台半ばであったコア物価上昇率は、08年秋以降上昇率が低下し、09年9月には同1.2%まで上昇率が低下した。その後いったん上昇率は高まったが、10年3月には再び同1.3%まで上昇率が低下している。内訳をみると、耐久財価格は前年同月比2%程度の下落が続いている(第1-3-50図)。一方、サービス価格は、医療サービス価格等が上昇していることなどを背景に、前年同月比では上昇しているが、上昇率は09年半ばにかけて低下した。
●デフレの可能性
一方、GDPギャップをみると、08年10〜12月期に金融危機と景気後退を背景に大幅に拡大しており、10年においても引き続き大幅なGDPギャップが存在しているとみられる(第1-3-51図)。需要水準が大幅に落ち込んだ状況が続いていることを考慮すると、なお物価下落圧力が存在しているとも考えられることから、デフレに陥る可能性を指摘する見方もある。
さらに、09年においてコア物価上昇率がマイナスとならなかった背景にはドルの減価が寄与している可能性がある。ドルの名目実効為替レートと輸入物価の推移をみると、世界金融危機の発生直後に大幅にドルが増価した後、09年半ば以降ドルは減価傾向にあり、輸入物価についてもドルの減価を反映して09年半ば以降上昇に転じている(第1-3-52図)。その後、09年末以降ドルは前月比でみると増価傾向に転じており、燃料を除く輸入物価についても物価の伸び率は低下傾向にある。今後ドルの増価傾向が継続した場合には、輸入物価の下落を通じて物価に下押し圧力がかかる可能性がある。
加えて、これまでアメリカでは、賃金がプラスで伸びてきたため、人々は先々の賃金も伸びていくと考え、それに併せて物価も上昇していくと考えていた可能性もある。ミシガン大学の調査によると、1年先の期待インフレ率は、2000年代初頭の景気後退時期には、01年11月に0.4%まで低下したものの、その後も一貫してプラスを維持している(第1-3-53図)。特に、03年以降は、原油価格の変動により一時的に振れる時期もあったが、おおむね3%前後で推移してきている。また、アメリカの10年国債とインフレ連動債との差をみても、08年後半の金融危機発生時を除くと、おおむね2%台前半で安定している。しかし、09年後半以降は賃金の低い人材派遣業の積極的な活用がみられるなど、平均的な賃金水準は低下傾向にある。この傾向が更に強まった場合には、賃金の上昇率低下を背景とした期待インフレ率の低下によりデフレに陥る可能性を指摘する見方もある。
一方、デフレに陥るとの見方に対して、現状の期待インフレ率は安定的に推移しており(well-anchored)、デフレの兆候はみられないとする見方がある。また、PCEコア・デフレータには直接的に含まれないものの、原油等商品価格が景気後退入り以降大幅に下落したことが、これまで原材料コストの減少を通じて間接的に物価上昇率の抑制に作用したとする見方がある。この場合には、09年初以降原油等商品価格が上昇傾向に転じていることから、今後は間接的にコア物価上昇率が加速する可能性があることになる。さらに、GDPギャップについても、CBOでは2010年のGDPギャップを▲6.1%とみているが、資本蓄積の停滞や、信用収縮による金融の資源配分機能の減退に起因する全要素生産性の低下、高失業の長期化に伴う労働の質の低下等から、潜在成長率自体が金融危機と景気後退によって急速に低下している可能性もあるため、こうした推計は過大評価されている可能性がある。さらに、異例な低金利政策の継続による過剰流動性がインフレを引き起こすとの見方もある。
各機関の見通しによると、アメリカの物価上昇率はおおむね1〜2%程度で推移するとみられている(第1-3-54表)。一方で、IMFは、生産の大きな落込みを考慮すると、多くの先進国において物価の低下が限定的であることは謎であるとしている(26)。デフレへの転落やデフレスパイラルの進行は、アメリカ経済全体に深刻な影響を与えるため、物価の動向には十分に注視する必要がある。
(3)金融
●金融機関の経営状況
政府・FRBによる金融システム安定化策等の効果もあり、金融市場は08年のリーマン・ブラザーズの破たんを契機として発生した世界金融危機から改善を示している。その一方で、個別の金融機関の経営状況をみると、2つの二極化が継続していることがうかがえる。第一の二極化として、投資銀行・引受部門等が金融市場の回復と競争環境の緩和により好収益となる一方で、商業銀行部門(貸出部門)では不良債権比率が更に高まるなど厳しい収益状況が継続していることが挙げられる。部門別の不良債権比率をみると、住宅ローンや商業用不動産向け貸出の不良債権比率は引き続き上昇している(第1-3-55図)。また、先行きをみる上で重要な延滞率についても住宅ローンや商業用不動産向け貸出に加えて、個人向け貸出の延滞率も高水準で推移している。これらの状況を背景に、旧投資銀行系金融機関の収益状況は引き続き改善しているのに対し、貸出が中心の商業銀行においては経営状況の改善ペースは緩やかなものとなっている。
商業用不動産向け貸出に関しては、先行指標とされる設計事務所請求書指数は09年1月以降持ち直しており、商業用不動産の価格も09年11月以降下げ止まりの兆しがみられる(第1-3-56図)。しかし、金融機関の貸出態度が厳格化した状況は継続している。また、債務の借換えが今後本格化するとみられており、商業用不動産価格の下落により担保価値が下落しているため、借換えができない債務が続出する可能性がある。この場合、商業用不動産向け貸出が更に不良債権化したり、価格が更に下落することにより、悪循環に陥る可能性がある。
第二の二極化として、大手金融機関の収益が持ち直している一方で、中堅・中小金融機関の収益環境が依然として厳しい状況にあることが挙げられる(第1-3-57図)。大手金融機関は貸出以外の収益源がある一方で、中堅・中小金融機関は不動産担保貸出を業務の中心に据える経営を採っている場合が多く、住宅や商業用不動産向け貸出における不良債権の増加が経営の重しとなっている。中堅・中小金融機関の破たん件数をみると、FDICによる預金保険の対象となっている約8,000行の金融機関のうち、09年1〜6月に45行が破たんしたのに続き、09年7〜12月には95行が破たんし、10年に入ってからも5月14日までに既に72行が破たんしている(第1-3-58図)。また、FDICの報告によると、09年12月時点で問題があるとみられる金融機関は702行にまで増加しており、今後も中堅・中小金融機関を中心に厳しい経営環境が続くとみられる。
●公的資金の返済状況
大手金融機関と中堅・中小金融機関の経営状況の二極化の影響は公的資金の返済状況でも把握することができる。バブル崩壊に伴う金融機関の大幅な損失計上を背景に、政府は不良資産救済プログラム(TARP:Trouble Asset Relief Program)に基づいて08年10月以降、延べ707行の金融機関に対して公的資金を注入した。注入額(残高)は09年3月のピーク時には1,988億ドルにまで増加し、シティ・グループやバンク・オブ・アメリカへの例外的な資本注入、AIGやGMACへの資本注入も加えた額(残高)はピークの09年5月には3,203億ドルとなった(第1-3-59図)。
しかし、09年半ば以降金融市場の安定化に伴い、ストレステストの対象となった大手金融機関を中心に、業績の回復と公募増資による資本増強策が行われたことを受けて、公的資金の返済が進んでいる。ストレステストの対象となった大手金融機関に対する資本注入額(残高)は、10年5月には393億ドル(ピーク比76%減)となった。一方、それ以外の中堅・中小金融機関の公的資金の返済は進んでおらず、10年5月の資本注入額(残高)は260億ドル(ピーク比30%減)となっている。
●政府の中小金融機関向け対策と今後のリスク
貸出部門で不良債権比率が上昇するなど厳しい経営状況に置かれていることもあり、金融機関の貸出残高は08年末以降減少傾向が継続するなど、間接金融の改善は進んでいない。09年12月に政府は、特に経営の厳しい中堅・中小金融機関を対象に、TARPの資本注入によって政府が保有することになった優先株に対する配当の引下げ等の対策を発表し、主に金融機関からの借入れにより資金調達を行っている中小企業への支援を行っている。09年半ば以降アメリカの景気は政策効果もあり緩やかに持ち直してきており、これに伴い不良債権の増加に歯止めがかかれば、中堅・中小金融機関の健全性も向上し、貸出態度の緩和を通じて信用創造が活発化する可能性はある。しかし、今後も更に貸出の不良債権化が続き、加えてソブリン・リスクが顕在化し各国の国債保有に係る損失も発生する場合には、再度金融市場が混乱する可能性もあるため、今後の推移を注視する必要がある。
コラム1-7 金融規制改革の動向 |