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第1章 世界経済の回復とギリシャ財政危機

第3節 アメリカ経済

1.回復に向かうアメリカ経済

(1)アメリカ経済概観

●GDPの動向
 アメリカ経済は、失業率が高止まるなど下押し要因は依然としてあるものの、政策効果もあり、景気は緩やかに回復している。
 実質GDP成長率は、世界金融危機の発生によって08年10〜12月期に前期比年率▲5.4%、09年1〜3月期には同▲6.4%と大幅な減少を記録した後、4〜6月期には同▲0.7%と減少幅が縮小した(第1-3-1図)。その後、7〜9月期には、政策効果もあって同2.2%増と、08年4〜6月期以来5四半期ぶりの増加に転じ、10〜12月期には在庫の減少幅が大幅に縮小したこともあり、同5.6%増と03年7〜9月期の同6.9%増以来の大幅な伸びとなった。しかしながら、09年通年でみると年前半の落ち込みが響き、前年比▲2.4%と、91年以来のマイナス成長を記録した。その後、10年1〜3月期には個人消費が増加したことなどから、前期比年率3.0%増と、3四半期連続の増加となった。
 需要項目別の動きをみると、GDPの約7割を占める個人消費は、景気後退と金融危機発生の中で大幅に減少したが、09年夏の自動車買換え支援策等の政策効果やその後の持ち直しにより、09年7〜9月期以降3四半期連続で増加している。また、住宅投資は過去3年以上にわたって前期比年率二けたの減少が続いていたが、住宅取得減税等の政策効果によって09年7〜9月期に同18.9%増と増加に転じた。その後、10〜12月期も同3.8%増と2四半期連続で増加したが、住宅市場の回復の遅れから、10年1〜3月期は同▲10.7%と、再び減少に転じている。設備投資については、構築物投資は引き続き減少したものの、機械設備・ソフトウェア投資が増加したことから、09年10〜12月期に同5.3%と6四半期ぶりに増加に転じ、10年1〜3月期も同3.1%増となっている。他方、政府支出については、約6割を占める州・地方政府の支出が減少したことから、09年10〜12月期は前期比年率▲1.3%、10年1〜3月期は▲1.9%と減少に転じた。
 在庫投資については、これまでの景気後退に伴う在庫削減の動きが一段落したことから減少幅が大幅に縮小し、09年10〜12月期に前期比年率寄与度3.8%ポイントと、10〜12月期の成長の大半を占めることとなった。その後、10年1〜3月期には同1.7%ポイントと縮小したものの、依然としてGDPの主要な押上げ要因の一つとなっている。また、外需については、輸入の増加が輸出の増加を上回ったため、10年1〜3月期は同▲0.7%ポイントとなった。

●景気刺激策の進ちょく
 こうした緩やかな回復の背景には、09年2月に成立したアメリカ再生・再投資法に基づく過去最大規模の景気刺激策(総額7,872億ドル、GDP比5.5%)の実施がある。大統領経済諮問委員会(CEA)によると、09年度末(09年9月)までに総額の2割強にあたる1,780億ドルが支出され、10年度前半(09年10月〜10年3月)までの既支出額計は3,734億ドルとなっている(第1-3-2表)。また、議会予算局(CBO)の推計によっても、10年度には総額の約2分の1が執行される予定となっている。なお、11年度(10年10月〜)以降は支出額が大幅に減少していくことから、10年秋以降は政策効果がはく落していくことが考えられる。

(2)個人消費

 アメリカの個人消費はアメリカのGDPの約70%、世界全体のGDPの約17%を占め、過去においては世界同時不況からの脱却をけん引するなど、アメリカ及び世界経済に大きな影響を与えてきた。以下では、世界金融危機が発生した08年秋以降の個人消費の動向を概観した上で、家計のバランスシート及び消費者信用、所得環境、消費者マインド等、消費を取り巻く環境の最近の状況について分析し、さらに、関連する政府の取組についてみていく。

●個人消費の動向
 個人消費は、金融危機が発生した08年7〜9月期より2四半期連続で前期比年率3%を超える大幅減を記録したが、09年に入ると減少テンポは緩やかになり、政策効果による下支えもあって年半ば頃には下げ止まった(第1-3-3図)。さらに、09年8月末に自動車買換え支援策(1)が終了した後も、移転所得の増加や減税によって可処分所得が下支えされたこともあり、持ち直しが続いている。10年1〜3月期の個人消費は前期比年率3.5%増と3四半期連続で増加し、07年末の景気後退前につけたピークの水準を上回るに至った。
 個人消費の内訳をみると、消費の1割強を占める耐久財は、景気後退入りした直後の08年1〜3月期以降大幅な減少傾向を続けるなど低迷したが、09年7〜9月期以降は自動車買換え支援策によって自動車が大きく押し上げられたことに加え、家具や家庭用電気機器、娯楽品、貴金属等、その他の耐久財も持ち直している。他方、消費の2割強にあたる非耐久財は、世界金融危機の発生した08年後半に大きく落ち込んだが、09年に入って食料品が持ち直し、09年半ば以降は衣料品や医薬品、娯楽品、家庭用品等も増加基調に転じたことで、底堅く推移している。また、消費の7割弱を占めるサービスについては、09年半ば以降、比重の大きい住宅費や電気やガス等の公共料金、ヘルスケア関連費が緩やかに増加しており、景気後退入り以前と比較すると伸び率は小さいものの、安定的に推移している。
 このように、個人消費に自律的な回復に向けた動きがみられる背景としては、雇用環境の更なる悪化に歯止めがかかりつつあり、所得環境が安定してきたことや、景気後退に入ってから手控えられてきた財の買換え需要が顕在化していること、さらに、株価上昇による家計金融資産の増加等が指摘されている。他方で、政策効果による個人所得の下支えが依然として続いていることには留意する必要がある。また、10年1月以降は、可処分所得の伸び以上に消費が伸びる傾向にあり、貯蓄率を低下させる形で消費が行われていることから、この伸びが持続するかどうかについては疑問が残る。さらに、個人消費の推移を過去の景気後退局面と比較すると、今回は景気後退局面に入った後の落ち込み幅が大きい(第1-3-4図)。しかも、過去の景気後退局面においては個人消費の力強い回復が景気回復を先導したが、今回については、後述のとおり消費を取り巻く環境は弱い状態が続くとみられる。こうしたことから、個人消費が自律的な回復軌道に順調に移行できるかどうかは依然として不透明である。

●家計のバランスシート
 アメリカの家計は、2000年代の資産価格の上昇を背景に、借入れを増加させて消費に回してきたが、06年以降、資産価格が下落に転じるとともに、こうした消費スタイルは立ち行かなくなった。住宅資産を担保とする借入れの代表格であるホーム・エクイティ・ローンの残高は08年以降マイナスに転じ、証券化市場においてもホーム・エクイティ・ローンを担保とする資産担保証券(ABS)の新規発行額は07年以降急減し、08年以降の新規発行額はほぼゼロとなった(第1-3-5図)。こうした背景もあり、金融機関は貸出態度を厳格化させ、融資打切りや融資枠の引下げ等を実施したことから、住宅資産を担保とした借入れは制約され、家計は所得に見合う消費を行う必要に迫られることとなった。
 家計のバランスシートは、資産・債務ともに07年半ばまで拡大を続けたが、その後、資産価格の下落に伴って資産は減少に転じた(第1-3-6図)。一方、債務の圧縮は小幅にとどまったことから、09年初めにかけて純資産は大きく減少した。その後、資産については、住宅価格が下げ止まりつつあることや株価の上昇等を背景に持ち直している。他方、債務については、金融機関の貸出態度が依然として厳格なため、家計の借入れが制限されていることや、家計自身が債務圧縮を進めるために借入れの抑制や債務返済を行っていることなどから、緩やかに減少している(第1-3-7図第1-3-8図)。これらを受けて、純資産は09年4〜6月期以降3四半期連続で増加、前年比でも8四半期ぶりに増加した。ただし、家計の債務残高比率は、低下に転じたものの、過去のトレンドと比較すると依然として高い水準にあり、所得についてもしばらくの間は大幅な上昇が見込めないことから、引き続き債務の圧縮が行われるとみられる(第1-3-9図)。さらに、2000年以降に拡大した債務の大部分は返済期間が長期にわたる住宅ローンであることを踏まえると、今後の債務圧縮は長期化し、緩やかな貯蓄率の上昇を伴う調整が行われる可能性がある。

●消費者信用の状況
 前述のとおり、2000年代の消費拡大を支えてきたホーム・エクイティ・ローンは08年初めには減少に転じたが、クレジットカード・ローンや自動車ローン等を中心とする消費者信用残高の拡大はしばらく続いた。しかしながら、08年7月をピークに消費者信用残高も減少に転じると、09年2月以降は統計開始以来初となる11か月連続減を記録し、その後、自動車ローン等の非回転信用が増加したことから減少幅は縮小したものの、回転信用残高を中心に弱い動きが続いている(第1-3-10図)。背景としては、消費の低迷によるローン需要自体の減少や、家計が債務返済を進めていること、また、個人破産件数や消費者ローン延滞率、チャージ・オフ率(2)等が依然として高水準にあり、債務不履行への懸念から金融機関の貸出態度が引き続き厳しいことなどが考えられる(第1-3-11図)。
 なお、消費者保護の重視を掲げるオバマ政権の下、09年5月に「2009年クレジットカード説明責任、責務及び開示法(CARD法)」が成立し、09年8月から1年間かけて段階的に施行されている。本法律は、クレジットカード会社に対する規制を強化し、長い間有効な対策が講じられてこなかったカード会社による一方的な金利引上げや手数料徴収等の不利益から、消費者を保護することを目的としている(第1-3-12表)。
 他方、こうした規制の強化は、カード会社のコスト増や利益の減少につながり、CARD法の規制範囲外における手数料課金や新規契約の絞込み等を通して、最終的には消費者に負担が転嫁されることになるとの指摘もある。アメリカにおいてクレジットカードは重要な決済手段となっていることから、消費者に負担増やカードへのアクセス制限が課される場合には、信用供与の下押しを通じて個人消費にも影響を与える可能性がある。

●所得環境
 個人所得は危機前と比較すると依然として低水準にあるが、09年4〜6月期以降は緩やかに持ち直している。当初は所得税減税や一時給付金等の移転所得により下支えされる部分が大きかったが、10年に入って足元で景気が緩やかに持ち直し、雇用環境の更なる悪化に歯止めがかかったことから、個人所得の約65%を占める雇用者報酬が改善傾向にある(第1-3-13図)。さらに、雇用者報酬をみると、賃金の増加率は鈍化傾向にあるものの、労働時間の寄与が増加に転じ、雇用者数の減少幅も縮小する傾向にある(第1-3-14図)。ただし、失業率は10%前後で高止まっており、この点は消費者マインドにも影響を与えている。

●消費者マインド
 消費者信頼感指数は、住宅価格の下落が顕著となり、アメリカ経済が減速し始めた07年半ば以降、急速に低下した。09年に入ると持ち直しの動きがみられたが、09年4月以降の消費者信頼感指数は低水準でほぼ横ばい状態となっている(第1-3-15図)。内訳をみると、現状指数が低迷していることに加え、将来指数については景況感や雇用は改善しているものの、収入見通しについては改善幅が小さく、消費抑制につながっているとみられる。こうした背景には、家族に失業者がいるなど雇用悪化を身近に感じる世帯が依然として多いこともあると考えられる(3)。このため、持続的な所得の安定・上昇と本格的な消費の回復には、更なる雇用環境の改善が必要な状況となっている。

●政府による対策の状況
(i)所得税減税政策
 アメリカ再生・再投資法に基づく個人向け所得税の減税として、09〜10年度にかけて「Making Work Pay」減税が実施され、勤労者世帯の95%、約1億1,000万世帯以上を対象として、1年につき勤労者一人当たり最大400ドル(夫婦で800ドル)が還元されている(4)。さらに、11年度予算において当該減税を1年間延長することが提案されており、これに伴って11年度の個人所得税収は294億ドル減少すると推計されている(5)。また、退職者や社会保障給付対象者に対する同様の負担軽減措置として09年に実施された一時給付金(一人当たり250ドル)も、再度の実施が提案されている。こうした減税や給付金は、特に低所得層ほど手厚く恩恵を受ける仕組みとなっている。例えば、所得の5分位において最下位層の所得は全体の1.7%に過ぎないが、「Making Work Pay」減税分の6.5%、退職者等に対する給付金の19.4%が配分され、可処分所得を補完する役割を果たしているとみられる(第1-3-16図)。

(ii)家電買換え支援策(Cash for Appliances)
 09年12月以降、アメリカでは09年7〜8月の自動車買換え支援策に続き、家電買換え支援策が実施されている(6)。この政策は、経済成長の促進による雇用創出と、省エネによる温室効果ガスの排出削減を目的として、09年2月に成立したアメリカ再生・再投資法(ARRA)から予算3億ドルが割り当てられ、所定の基準を満たす家電を購入した消費者に一定額の払戻しを行うものである。予算は人口規模により各州に配分されるが、州ごとの事情を考慮するため、対象者、対象製品、開始時期、補助額等の条件設定については各州が裁量権を持つ(7)。主な対象製品は、一定基準に適合した省エネ型冷蔵庫や食器洗い機、洗濯機、エアコン、湯沸かし器等で、払戻し金額は製品の種類によって数十〜数百ドル程度となっている。
 予算規模は自動車買換え支援策の10分の1程度であることから、個人消費の押上げ効果自体は限定的とみられるものの、州によっては事前予約段階で予算が枯渇した州や数日で支援策終了となる州もあり、これまで先延ばしにされていた買換え需要が支援策をきっかけに顕在化している面もあるとみられる。

(iii)ミドルクラス(8)の重視
 アメリカのいわゆるミドルクラスは、雇用や消費の中心的担い手として、アメリカの経済成長の原動力となってきた存在であった。しかしながら、家計所得の伸びは70年代後半以降ほぼ頭打ちとなり、特に近年は住宅価格や医療費、学費等の伸びを大きく下回っていることから、希望する生活水準の達成または維持が困難になっている(第1-3-17図)。加えて、07年以降の深刻な景気後退は雇用や貯蓄の減少、住宅価格下落等を通じて、ミドルクラスに大きな打撃をもたらしている。
 こうしたことから、オバマ政権は、「力強い(strong)ミドルクラスは、力強いアメリカそのものである」として、ミドルクラスの生活の立て直しを政策の中核に据えている。政府は、景気後退の中で直面している最優先課題として雇用状況の改善に取り組むとともに、ミドルクラスの生活を安定化させる重要な要素である医療改革を積極的に推進している。さらに、「ミドルクラスを繁栄から再び置き去りにしない(9)」ための長期的な取組として、仕事と家庭の両立や大学教育の支援、退職後の保障、労働者の保護等に関する具体的措置を11年度予算にも盛り込んでいる。このように、国民の大部分を占めるとされるミドルクラスの生活の安定化を図り、将来に対する不安を取り除いていくことは、長期的な個人消費の底上げにも寄与するものと考えられる。

(3)住宅

(i)住宅市場の現状
●金融危機発生後から現在までの住宅市場の動き
 05年以降急激な調整局面に入っていた住宅市場は、政府による政策の効果もあり、09年前半には、住宅着工件数及び住宅販売件数が増加に転じ、住宅価格も下げ止まるなど持ち直しの動きがみられた(第1-3-18図)。
 その後、09年末から10年初めにかけて、この持ち直しの動きが停滞している。09年半ばには年率40万件まで回復していた新築住宅販売件数も、09年11月以降大きく落ち込み、10年2月には30.8万件となり、63年の統計開始以来過去最低を記録した。同様に中古住宅販売も09年11月以降大きく減少し、改善がみられていた販売・在庫比率も再び上昇に向かった。一部の地域では、例年よりも厳しい冬の寒さや積雪等による影響もあったにせよ、ここのところ需要の増加の鈍さが目立っている。3月は、着工・販売件数ともに大きく増加したが、4月末の住宅減税終了に向けての駆込み需要が発生したとみられる。住宅着工は4月も引き続き増加したものの、短期の先行指数である着工許可件数は大きく減少しており、5月以降の市場の動向には依然として不透明感が残る。

●良好な状況が続く住宅取得環境
 一方、住宅取得環境は良好な状況が続いている。住宅取得可能指数は06年半ばから上昇を続けている(第1-3-19図)。その背景としては、FRBによる低金利政策に加え、アメリカ財務省とFRBによるMBS買取りプログラムの効果もあり、住宅ローン金利が歴史的な低金利となっていることが挙げられる。また、住宅価格もピークから30%以上下落しており、住宅購入者にとっては比較的買いやすい状況が続いている。また、FRBは09年3月以降のFOMCにおいて、異例に低水準のFF金利が更に長い期間(for an extended period)妥当となる公算が高いとの表現を続けており、低水準の金利が続けば、住宅取得環境が良好な状態が継続すると考えられる。
 金融危機発生以降、政府は住宅市場の回復のための数々の政策を打ち出してきた(第1-3-20表)。09年前半からの住宅市場の持ち直しは、政策によって下支えされてきた部分が大きい。

(ii)先行きを見る上で重要な要素
●市場に存在する不安要因
 前述のように、歴史的に良好な住宅取得環境下で持ち直し基調にあった住宅市場は、09年末以降急速にその回復ペースを鈍化させている。住宅市場の本格回復が遅れている理由は需要と供給双方にある。
 需要面では、まず、雇用の回復の遅れや先行きの不安から、個人が住宅購入に向かいにくい状況が続いていることが挙げられる。さらに、09年2月以降住宅減税によって下支えされてきた需要が、10年4月末の減税終了以降減少する可能性もある。また、既存の住宅ローンの延滞率の上昇傾向が続き、差押え件数が高止まりしていることが、今後の住宅価格の下押し要因となるとみて購入を手控える動きへとつながっていることも挙げられる(第1-3-21図)。
 新規差押え件数は(10年4月現在)月間30万件を14か月連続で上回っており、09年には全米で45世帯あたり1件が差押えの状態にあるといわれている(10)。これに対し、政府が進めている低利ローンへの借換え促進プログラムによる下支えの効果はあるものの、実際には借換えを大きく上回る差押えが毎月発生しているのが現状である(11)
 一方、この差押え件数の高止まりは、住宅市場の供給面にも大きく影響しており、競売によって中古物件の流入が市場の需給バランスを崩し、住宅価格の下押し要因となっている。09年の住宅販売件数550万件(新築および中古住宅)に対し、同年の新規デフォルトの延べ件数だけでも280万件あり(12)、潜在的な在庫の増加が懸念される(13)
 また、現在「戦略的デフォルト(Strategic Default)」を行う住宅ローン保有者が増加していることが問題となっている。「戦略的デフォルト」とは、ローンの返済が可能な状況であるにもかかわらず、自ら意図的に返済を止め、自宅を失う代わりにローン返済義務の放棄を狙う行為のことであり、デフォルト全体の26%を占めるという調査結果もある(14)。アメリカの住宅ローンは、ノンリコースローンが主流であり、ローン債務者の責任は担保となっている住宅価値の範囲内に限定されるため、ローン残高が住宅の価値を上回る場合には戦略的デフォルトのインセンティブが高まると思われる。09年末時点では、住宅ローン全体の24%(15)で、ローンの残高が住宅の評価額を上回っており、住宅価格の低下が続けば、このような傾向は今後も続いていくと考えられる。

●10年前半に集中する政府による住宅市場支援策の終了
 既にみてきたように、09年以降の住宅市場の持ち直しは、政府の住宅支援策の効果によるところが大きいと考えられる。10年前半には、住宅減税やMBS買取り政策等の支援策が終了しており、今後その影響が懸念される。
 住宅減税は、当初09年11月末までの予定であったが、その後5か月間の延長が決まり、10年4月末までとなった。当初の終了予定の直前となった09年10月、及び今回の延長終了の直前となる10年3月には、住宅の着工・販売件数が増加しており、駆け込み需要が発生したものと考えられる。政策終了による反動が現れるとみられる10年4月末以降、市場の需要動向が注目される。
 また、政府とFRBが行ってきたMBS買取り政策は、それぞれ09年12月末、10年3月末で終了している。政策終了から1か月以上が経過した同年5月時点では、住宅ローン金利の変動に大きな影響はみられないが、この政策は09年からの住宅ローン金利の歴史的な低水準に寄与したと考えられてきたため、今後の金利動向を注視していく必要がある。

(4)企業活動

●生産の状況
 08年後半以降、企業の生産及び設備稼働率は大きく落ち込んだ。設備稼働率(製造業)は、09年6月には65.1%と、1967年の統計開始以来の過去最低水準となった。特に自動車部門は販売の低迷もあって36.8%(09年6月)まで低下した。
 その後、政府の景気刺激策に支えられた内需の緩やかな回復もあって、09年半ばに、生産・稼働率とも増加に転じた。特に、自動車生産は自動車買換え支援策の終了後も回復基調を続けており、また、半導体等のハイテク産業は、09年6月以降、前月比で11か月連続増加となっている。鉱工業生産指数(総合)は、07年12月のピークの水準には届いていないものの回復基調が継続しており、10年4月は前月比0.8%の増加となるなど回復のテンポが強まっている(第1-3-22図)。
 現在の回復基調に加えて、生産の先行きを示す先行指標をみても、先行き増加基調の継続を示唆するものが多くみられる。例えば、ISM景況感指数(製造業)は、09年8月以降景況判断の分岐点といわれる50を超える水準で推移しており、企業の景況感が改善していることを示唆している。

●民間設備投資の現状
 08年半ば以降、大幅に減少していた民間設備投資は、09年4〜6月期以降急激に下げ幅を縮小し、同年10〜12月期には前期比増加に転じた(第1-3-23図)。内訳をみると、同年4〜6月期に増加に転じていたIT投資が大きくけん引している。また、航空機や自動車を始めとする輸送機器への投資の伸びもプラスに寄与している。アメリカの民間企業には世界金融危機発生後、備品の買換えや設備更新を抑える動きがあったが、業績の回復とともに、PC・ソフトウェア、自動車等の設備に対する需要が伸びている。
 一方で、商業ビル・ホテル・ショッピングモール等の構築物投資や、産業機械に対する投資は、依然として前期比減少を続けている。設備稼働率は回復基調にあるものの10年4月時点では73.7%と08年以前の水準に達しておらず、企業の工場や機械等に対する投資意欲を低いものにとどめていると考えられる。また、商業用不動産市場の現状と先行きに対する懸念も、構築物投資の回復の鈍さに影響している。
 設備投資の今後の動向については、回復基調の継続を示唆する要素が少なくない。まず企業収益は、09年10〜12月期は前期比8%増、4四半期連続で前期比増加となるなど、09年に入り回復してきている。また、投資抑制の結果でもあるが、内部資金を蓄積する動きがある(第1-3-24図)。09年以降、企業は設備投資額を上回る内部資金を計上し続けている。前述のとおり09年10〜12月期には設備投資は前期比増加に転じたが、依然として内部資金額は設備投資額を上回っており、この間の資金の蓄積は今後の設備投資に向かうことが期待される。
 さらに、設備投資の回復を下押ししている構築物投資においても、民間非住宅建設支出等の先行指数は底打ちを示唆しており、また、商業用不動産向け貸出の延滞率も引き続き高水準ながら上昇ペースが緩やかになってきているなど、先行き改善の兆しがみられる。ただし、商業用不動産市場に対する懸念もあり、予想以上に回復が遅れる場合には、設備投資全体の下方リスク要因となり得る。

●在庫調整の状況と見通し
 09年10〜12月期において、アメリカの実質GDP成長率は前期比年率5.6%と大幅な伸びを示したが、半分以上は在庫投資の寄与(3.8%ポイント)となっている。09年10〜12月期の在庫は236億ドルの減少であり、在庫の削減は続いていたが、09年7〜9月期の1,565億ドルの減少と比較すると、在庫削減ペースは大幅に縮小しており、GDPを押し上げる結果となった。
 民間企業には、金融危機発生後の需要の冷え込みにより急激に積み上がった在庫の圧縮を進めてきた。しかし、09年後半以降は、需要の回復とともに、企業は在庫削減ペースを緩めており、10年1〜3月期には2年ぶりの増加に転じた(第1-3-25図)。在庫循環図でみても、出荷の回復が鮮明となり、今後は在庫圧縮から在庫積増し局面へ向かう動きが定着することが期待される。

●オバマ政権による中小企業支援策
 アメリカの産業界において、中小企業の動向は重要である。08年時点で、従業員を雇用している法人の数は616万社にのぼるが、そのうち中小企業の占める割合は99%以上に当たる、614万社以上になる(16)。中小企業は、民間部門の雇用の半分を占め、また、過去15年間の国内新規雇用の64%を創出してきた(17)。更に非農業民間部門のGDPのうち半分以上、総輸出額のうち30%以上は中小企業によるものである。
 アメリカは新しい企業が毎年数多く生まれる国として知られ、中小企業はアメリカ経済の将来の活力にもなっている。1953年制定の中小企業法(Small Business Act)では、中小企業の定義には「独立していること」も含まれており、アメリカ経済の土台となっている自由競争の担い手としての中小企業の重要性を明確に述べている。また、アメリカの開業率は10%を超えており(18)、日本の4%台と比較しても高く、この辺りからもアメリカの企業に根付くベンチャー精神を垣間見ることができる(第1-3-26図)。
 アメリカの中小企業を支える立場として中小企業庁の役割は小さくない。同庁による、開業直後の中小企業の資金調達を助けるローン保証プログラムは、日本の信用保証協会の保証制度と異なり、商業貸出を行う金融機関すべて(ノンバンク等も含む)を対象としており、多くの中小企業に利用されている。インテル、アップルコンピュータ、フェデックス等多くの企業が設立当時にこの制度を利用し、その後の大きな成長の基礎を築いた。
 現在中小企業を取り巻く環境は順調に改善しているとは言い難い。中小企業の多くは、大企業のように債券やCPの発行という金融資本市場を通じた資金調達手段を持っているわけではなく、主に中小金融機関からの借入れに依存している。直接金融に比べて間接金融の回復は遅れており、現在も中小金融機関の破たんは続いている。破たん件数は09年の140件に続き、10年に入ってからも72件となっている(10年5月14日時点)。銀行の貸出態度をみると、大手銀行、中小銀行ともに、大企業と比較して中小企業向けの貸出にはやや慎重な姿勢がうかがえる(19)
 また、このような状況の下、中小企業の業績回復は大手企業と比較して遅れている。売上高の前年比での回復は大手企業と比較して遅れており、中小企業の景況感を表すNFIB中小企業楽観指数(20)をみても、09年前半に底打ちの動きがみられるが、それ以降回復ペースが鈍化している(第1-3-27図)。
 こうした状況を踏まえてオバマ政権は、中小企業対策に力を入れている(第1-3-28表)。09年12月に発表された追加雇用対策では、雇用促進のため特に支援すべき分野として中小企業を挙げており、10年1月の一般教書演説でも中小企業支援の重要性について強調している。また、以下で詳しく述べるが、オバマ政権では、今後の経済成長の柱の一つとして今後5年間で輸出を倍増する「輸出拡大政策」を検討しているが、これは、中小企業支援の側面が色濃く反映された内容となっている。雇用や輸出における中小企業の影響の大きさをかんがみると、アメリカの本格的な景気回復には中小企業の回復が不可欠の課題といえる。

(5)貿易

(i)アメリカの貿易の現状
●貿易収支の状況
 08年後半、世界的な金融危機の発生に伴い内外の需要が低迷する中、輸出入ともに減少し、特に内需の急減により輸入が大幅に減少したことから、貿易赤字は急速に縮小した(第1-3-29図)。財・サービス貿易赤字は、月次額で過去最大水準となった08年7月の649億ドルから、09年5月には60.3%減の258億ドルとなった。その後09年半ばから輸出入ともに持ち直し、09年末に向けて増加傾向が続く中、財・サービス貿易の赤字は拡大してきた。
 しかし、依然としてピークと比較すると輸出入ともにその水準は低く、09年を通じた財・サービス貿易収支赤字は前年比45.6%減と、3年連続の減少となった。

●経常収支の状況
 09年の経常収支の状況をみると、経常収支赤字は前年比40.5%減となり、3年連続の減少、01年以来8年ぶりの低水準となった(第1-3-30図)。
 サービス収支、所得収支が黒字基調を続ける中で、経常収支の大半を占める財収支の赤字が大きく減ったことが、赤字の大幅減の主要因である。09年の経常収支赤字のGDP比も2.9%と、前年の4.9%から大きく低下した。

(ii)輸出の拡大に向けて
●アメリカの輸出の構造
 オバマ大統領は、10年1月の一般教書演説において、今後のアメリカ経済の成長の柱として輸出の拡大を挙げ、今後5年間で輸出額を倍増させるとの目標を示した。今後のアメリカ経済をみる上で注目されるアメリカの輸出の構造をここで改めてみておく。
 アメリカの主要な輸出相手国は、09年の輸出額の上位順に、カナダ、メキシコ、中国、日本、英国となっている(第1-3-31図)。カナダ、メキシコは北米自由貿易協定(NAFTA)を構成する相手国であり、94年の協定発効以降、両国に対する輸出量は大きく増加した。また、最大の輸入相手国でもある中国に対しては、輸出も拡大してきており、07年に輸出額で日本を抜いている。09年は世界的な需要の減少に伴い各国への輸出が減少したが、大幅に減少したカナダ向け(前年比21.6%減)、メキシコ向け(同14.7%減)と比較して、中国向け輸出はほぼ横ばいの同0.2%減に留まり、貿易相手国としての中国の存在が大きくなってきている。
 アメリカの主な輸出品目は、自動車・同部品、航空機、半導体・コンピュータ関連製品、電気機器類、農産品等が挙げられる。また、農産品では大豆のシェアが大きく、中国向けを中心に近年輸出額が伸びている。
 アメリカは現在14の国・地域とのFTAを締結しており、そのうち、コロンビア、パナマ、韓国を除く11のFTAが既に発効済みである。前出のNAFTAは、アメリカ、カナダ、メキシコの3か国による貿易協定であり、アメリカの貿易にとって重要な枠組みである。域内の人口が4億人を超える自由貿易地域を形成する協定であり、発効以降、加盟国間の貿易は拡大し、経済面での相互依存構造を強めている。自動車産業等においてみられるように、域内関税の撤廃により、より生産コストの低いカナダ、メキシコの生産拠点に部品を輸出し、現地で組み立てられた完成品を輸入するという企業内貿易による生産ネットワークが形成されている。このため、メキシコ向け貿易は、NAFTA発効後に、それ以前の貿易黒字から赤字へと転換した。
 コロンビア、パナマ、韓国とのFTAについては、FTA締結後、協定の発効に向けての手続きが遅れているが、オバマ政権はこれらのFTAの議会での批准に向けて調整を進めていくとしている(第1-3-32表)。

●オバマ政権の輸出拡大政策
 大統領経済諮問委員会(CEA)は、10年2月に発表した年次報告書において、2000年代のような過剰な借入れによる消費と住宅投資がけん引する経済成長の姿は望ましくないとし、今後の経済成長の柱として輸出の拡大の重要性を強調した。また、その後10年3月、オバマ大統領は「国家輸出戦略(National Export Initiative)」の骨格を発表し、新設する「輸出促進閣僚会議(Export Promotion Cabinet)(21)」が同年6月末までに包括的政策を策定するとしている。
 この戦略は、「5年で倍増」という目標を掲げている。これは、5年連続で年率15%の輸出増加ペースに相当し、オバマ政権は基準時点を明示していないが、仮に09年の名目実績値をベースラインとすると、前年比15%減(国際収支ベース)となった年が基準であること、名目値であるため物価上昇や為替が増加要因となり得ることも考えると、まったく達成不可能な目標ではない。実際、70年代から80年代初めにかけてアメリカの輸出が5年で倍になったケースがある(第1-3-33図)。しかし、当時の輸出額の増加は、大幅なドルの減価が大きく寄与した可能性もある。また、現在アメリカの輸出は、ヨーロッパ向けのシェアが大きいため(22)、ヨーロッパ経済の回復の遅れもあり、輸出が伸び悩む可能性も指摘されている。オバマ政権の具体的な輸出拡大政策の内容と、今後の輸出の動向が注目される。


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