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第1章 先進国経済:金融危機による景気後退の深刻化

第3節 ヨーロッパの景気後退の深刻化と金融危機への対応

3.政策対応

   景気後退に対応して、財政の自動安定化機能に加え、各国政府は裁量的な財政刺激策を打ち出している。欧州中央銀行(ECB)やイングランド銀行(BOE)は政策金利を大幅に引き下げるとともに、ECBはカバードボンド(金融機関が発行する担保付債券)の買取を発表し、BOEは、CPや社債の買取等を実施するなど、非伝統的な金融政策も採用してきた(17)。また、各国政府も金融システム安定化のため、金融機関への資本注入、銀行間取引への政府保証の付与等を継続している。

●財政政策の動向
   EU全体の財政刺激策の枠組みとしては、08年11月26日に欧州委員会が提案した「欧州経済回復プラン」(EERP:European Economic Recovery Plan)がある。これは、09年、10年を対象として、各国予算とEU加盟国予算合計で総額2,000億ユーロ(EUのGDP比約1.5%)規模(18) の裁量的財政政策を行うことを内容とするもので(第1-3-22表)、同プランはその後12月11日、12日の欧州理事会で採択されている。
   また、同プランでは、裁量的財政政策に際して留意すべき原則として、3つのT(Timely, Temporary, Targeted)が示されている。
   (1)Timely(時宜を得た):需要が減少している時に迅速に財政刺激を実施すべきであり、景気が回復し始めた頃になってようやく効果が現れることのないようにすべきである。
   (2)Temporary(一時的な):恒常的な財政収支の悪化によって将来増税を伴うことがないよう裁量的な財政支出は一時的なものにすべきである。
   (3)Targeted(重点化された):限りある財政資源を有効に活用するため、政策対象を重点化すべきである。

(1)各国の財政刺激策

   各国の動きをみると、EERPの内容も踏まえつつ財政刺激策を発表しており、その総額はドイツ1,000億ユーロ、フランス284億ユーロ、イタリア800億ユーロ、スペイン490億ユーロ、英国600億ポンド(約672億ユーロ(19))と、主要国だけで既に目標である2,000億ユーロを上回る規模となっている(第1-3-23表)。
   各国の財政刺激策の内容を大まかに分類すると、(i)失業保険給付の増額、職業訓練、求職支援等の「雇用対策やセーフティネットの構築」、(ii)減税、一時金の支給、公共投資等の「有効需要の創出」、(iii)省エネ化へ向けた住宅改修支援と低公害車への買換え補助や税制上の優遇措置等「中長期的な成長力強化」を主眼に置いたものの3つに分けられる。

(2)財政刺激策の効果

   欧州委員会は、09年1月までに発表された各国の裁量的財政政策と自動安定化装置による財政赤字拡大の大きさについて、09年、10年において、EU及びユーロ圏それぞれでGDP比にして3.3%程度と見込んでいる(20)。この内訳をみると、自動安定化機能の効果が2%程度と高く、減税、公共投資等の裁量的支出の効果が1%程度となっている(第1-3-24図)。
   財政刺激策の効果は乗数効果の大きさに依存する。現在の金融危機下で乗数効果の計測はかなりの不確実性を伴うものの、OECD(21)によれば、ヨーロッパ主要国の乗数は、例えば公共投資の場合はおおむね1前後、減税の場合は0.1〜0.8程度であり、所得税は間接税よりも乗数がやや大きくなっている。
   ユーロ圏では、一元化された金融政策と異なり、財政政策は各国の主権に存する。また、財政刺激策は貿易や金融を通じて他国への波及効果があることから、今回の金融危機への対応に関しては、財政政策の在り方について調整が行われている。
   なお、政府債務残高が増大するなど財政の悪化が深刻な国では、政府債務の増大によって引き起こされる長期金利の上昇により、需要の減退や債務の利払い負担の増大といった悪影響も懸念される(22)

コラム1-5:ヨーロッパの自動車買換え支援策

   ヨーロッパ各国が発表した景気刺激策の中には、既に顕著な効果が現れているものもある。その一つがドイツ、フランス等で導入された環境対応型自動車への買換え支援策である(表1)。特にドイツでは09年1月以降、自動車登録台数の伸びが著しく、3月にはオンライン申請を開始したこともあり、当初予定していた60万台(15億ユーロ)の枠を上回る100万台以上の申請が殺到したため、政府は4月8日に対象を200万台(50億ユーロ)にまで拡大した。その他の国でも、ドイツほどではないが自動車登録台数が増加するなど、09年に入って効果が現れている(図2)。
   こうした施策に対しては、将来の需要先食いになる可能性がある一方で、当面の景気底割れを防ぐ応急処置的な有効性は認められよう。また、中長期的な環境対応という面でも一定の評価が可能だろう。

コラム1-6:英国の付加価値税(VAT)率引下げの効果について

   英国政府は、悪化する景気を下支えするため、プレ・バジェット・レポート(08年11月)において、付加価値税(VAT)の基本税率を17.5%から15%に一時的に引き下げることを発表した(対象期間:08年12月〜09年12月の13か月)。09年5月時点でVATの引下げの影響は統計に現れているのであろうか。
   英国の小売売上数量(実質)をみると、08年12月にやや伸びた後、09年に入り減速し、2月には前月比マイナスに転じている()。年末年始の小売については、12月の小売売上額(名目)が前月比マイナスになるなどクリスマス商戦における大幅値引きの影響がみられる上に、英国統計局(ONS)自身が、季節調整が適切に行われなかった可能性を指摘している点等に留意する必要がある。
   英国小売業協会(BRC)等は、年末年始の小売売上数量の伸びは、小売業者が大幅な値引きを行ったことによる一時的な影響であるとしており、実際、英国中小企業連盟(FSB)が実施した調査では、97%の企業がVAT引下げの影響がなかったと回答している()。
   他方、英国の有力シンクタンクであるIFS(Institute for fiscal studies)は、今回の2.5%のVATの引下げは、理論的には、政策金利1%の引下げと同等の効果があるとの見解を示し、引下げの有効性を評価している。
   いずれにしても、現時点で入手可能なデータの範囲内で、VAT引下げの効果について断定的な評価を行うことは困難であり、年末に予想される駆け込み消費等の影響も考慮した上で最終的にどの程度消費が下支えされたのか注意深く分析する必要がある。

(3)追加財政刺激策の必要性

   これまでに発表された財政刺激策による景気の下支えが期待される一方で、イタリア等、国によっては実際の財政支出(いわゆる真水)の規模が小さいこと、また、予想以上の景気後退の深刻化によって、現在の規模では国によっては十分でない可能性が考えられる。
   しかしながら、追加的な財政刺激策に対しては、現時点でヨーロッパ各国から積極的な姿勢は示されていない。その理由としては、(i)既存の財政刺激策が正に実施され始めたところであり、まずはこの効果を見極める必要があること、(ii)ヨーロッパでは手厚い失業給付や税制の累進性が高いなど財政の自動安定化機能が大きいこと、(iii)将来の財政負担(高齢化等)への懸念があることなどが考えられる。
   ただし、今後、金融危機と実体経済悪化の悪循環により景気後退が更に深刻化、長期化し、GDPギャップが更に拡大することが予想されることから、追加的な財政刺激策が必要になる可能性も考えられる(第1-3-25図)。

(4)金融危機下での財政の悪化と安定成長協定

   景気後退による税収減等に加え、金融危機に対応するための各種の政策対応により、ヨーロッパ各国の財政は大幅に悪化する見込みである。財政赤字をGDP比3%以内に収めるとする「安定成長協定(Stability and Growth Pact)(23)」との関係では、現在は「例外的な状況(exceptional circumstance)(24)」とされ、財政赤字GDP比3%の超過が事実上許容されている状況にある。しかし、一部の国では財政の悪化が著しく、また既に金融危機以前から悪化していた国もあるため、欧州委員会は09年3月に、ギリシャ(是正期限:10年)、スペイン(同12年)、フランス(同12年)、アイルランド(同13年)の4か国に対してそれぞれ過剰財政赤字の是正期限設定に関する勧告案を示した。一方、既に08年7月に過剰財政赤字是正についての勧告が出されていた英国に対しては、是正期限を従来の09年度から13年度へと延長する勧告案を発表した。
   なお、金融危機発生以降、財政赤字の拡大が著しい国々の国債利回りとドイツ国債利回り(10年物)とのスプレッドが大幅に拡大しており、スペイン、ポルトガル、ギリシャ、アイルランド等国債の格付けが引き下げられた国もある。スプレッドの拡大は、こうした国々の財政の持続可能性への懸念から、ドイツ等比較的安全性が高いと思われる国の国債へ資金がシフトしているためと考えられる(第1-3-26図)。

●金融政策の動向
   急速に悪化する経済情勢に対処するため、欧州中央銀行(ECB)は08年9月に4.25%であった政策金利を段階的に引き下げ、09年5月には過去最低水準となる1.00%にまで引き下げた。イングランド銀行(BOE)も、08年9月時点において5.00%であった政策金利を急速に引き下げ、09年3月には1694年のBOE創設以来315年間で過去最低水準となる0.50%とし、その後4、5月は政策金利を据え置いている(第1-3-27図)。また、政策金利による金融緩和の余地が限定的となっていることなどから、ECB、BOEともに資産の買取り等の非伝統的な金融政策を行っている。
   まずECBについてみると、09年5月に、金融市場のターム物金利の低下、貸し渋りの抑制、債券市場における流動性の改善、金融機関の資金調達環境の改善等を目的として、(i)固定金利による資金供給の期間延長、(ii)ユーロ圏で発行されたユーロ建てのカバードボンド(金融機関が発行する担保付債券)の買取り等を発表した(25)
   なお、事実上無制限の流動性供給等、中央銀行のバランスシートの急激な拡大により通貨への信認が揺らぐとの懸念があったことから、ECBは、09年2月から流動性供給に用いる適格担保要件を厳格化(26)し、引き続き金融システムの安定化に必要な流動性支援は続けるものの、バランスシートの拡大には一定の歯止めをかけている(27)第1-3-28図)。

●金融システム安定化に向けた対応
   08年9月以降、ヨーロッパでは金融部門の安定に向けて様々な対策が講じられてきた。金融システムの安定化に向けた各国の対応は、目的別に大まかに分類すれば、(1)個別金融機関のバランスシート改善(資本注入、不良資産の買取り、保有資産の保証、個別機関への融資)、(2)金融市場全体の機能回復(債務の保証、特定資産の買取り)、(3)預金保護に類型化される(前掲第1-1-13表)。
   このうち(1)については、資本注入、流動性供給、銀行間取引への保証の付与といった措置が継続して実施されるとともに、ドイツ等では不良資産を買い取る措置も発表されている。また、(2)についても、金融機関の資産に対する政府保証や特定資産の買取りが行われている(28)

●金融機関の不良資産買取り
   09年2月、欧州委員会は、各国で金融機関の不良資産の切り離しを行う場合の共通指針を示した。これは、金融機関が抱える不良資産に関しては、予想され得る損失に係る情報が公開され適切に処理されること、また、金融機関が通常の貸出機能を回復するためには不良資産の取扱いに関する共通のアプローチが必要であるとの観点に基づくものである。同指針は、金融システム安定策に対する加盟国の主権を認めながらも、欧州委員会がその枠組みを統一的な観点から審査するものとなっている(29)。また、公正な競争環境を維持する観点から、公的介入前の完全な情報開示、買取対象となる資産の評価における統一性確保のガイドラインが示されている。
   各国の動きをみると、アイルランドでは、09年4月に800〜900億ユーロの民間金融機関の資産を公的資金で買い取り、受け皿となる資産管理公社(National Asset Management Agency)に移す枠組みが発表された。さらに、09年5月にはドイツで金融機関が保有する不良資産の買取りを行うバッドバンクの設立に係る法案が閣議決定されたところであり、今後議会の審議に付される予定となっている(30)

●英国における資産買取りの効果
   金融セクターがGDPに占める割合が高い英国においては、金融システムの安定化が急務であることから、英国政府は09年1月に、金融市場へ流動性を供給する新たな金融システム安定化策を発表した。これは、過去に発表した金融機関支援策(08年10月)に続くもので、(1)財務省が拠出する資産買取ファシリティ(APF:Asset Purchase Facility)により主に流通市場から社債、CP、シンジケートローン等を買取ることで金融機関や事業会社の資金繰りを支援(当初500億ポンド規模、2月には1,500億ポンドに拡大)、(2)金融機関が保有する不良資産の最大90%までの政府保証、(3)資産担保証券(ABS)への政府保証等の措置から構成される。このうち資産の買取りについては、BOEは2月にAPFの枠組みの中で500億ポンドを限度額としてCP、社債、シンジケートローン、ABSの買取りを行う資産買取プログラムを発表、その後3月に対象を中長期の国債等にも拡大し、向こう3か月で合計750億ポンドの買取りを行うこととした。その後5月には同プログラムの規模を更に500億ポンド拡大して1,250億ポンドとしている(第1-3-29表(31) (32)
   以上の様々な施策のうち、英国が09年2月から開始している資産の買取りについては、既にその効果が一部現れていると考えられる(33)
   英国のマネーサプライ(M4)をみると、M4全体は銀行からノンバンク等への資金供給等により、前年比でみて増加が続いているものの、金融危機以降は、ノンバンク等を除いた家計や民間非金融部門では減少傾向にあった。BOEは今般の措置により、こうした部門へのマネーの供給を図っていると考えられる。実際、09年1〜3月期には資産の買取りの効果が表れており、マネーサプライの伸びの低下は止まりつつある(第1-3-30図)。また、銀行貸出の動向をみると、大手行を中心に09年1〜3月期には企業向け、家計向け両方において08年後半にみられた急速な伸びの低下はみられなくなっている(第1-3-31図)。ただし、これは上述の資産保護策が適用されたRBS及びロイズ・バンキング・グループに対して、資産保護の見返りとして貸出を増加させることが義務付けられているという政策要因が影響していることに留意する必要がある。BOEによれば、資金調達環境は全般的にタイトであり、資金需要も弱いとされている(34)

コラム1-7:ヨーロッパの新たな金融規制・監督体制に向けた「ド・ラロジエール報告」

   ヨーロッパでは、1999年の通貨ユーロ発足、単一決済システムの導入によりユーロ圏域内の金融市場の統合が進み、金融機関の国境を越えたグローバルな活動も活発化した。しかし、金融市場の統合化、高度化にもかかわらず、ヨーロッパでは金融規制・監督の権限が各国に存在し、グローバルな金融活動に監督体制が十分対応していないことや、ユーロ圏の金融システム全体のシステミック・リスクを扱う主体が存在しないといった問題があった。こうした問題に対し、99年5月に欧州委員会が作成した「金融サービス行動計画」や、01年2月のラムファルシー元EMI(欧州通貨機構(ECBの前身))総裁を委員長とする賢人委員会の提言(ラムファルシー・レポート)に沿って改革が進められてきた()。しかし、ヨーロッパの金融規制・監督体制については、ユーロ圏の単一規制・監督機関の必要性も含め、更なる強化・協調が必要であると指摘されていた。こうした中、ド・ラロジエール元フランス中銀総裁を座長として08年10月に欧州委員会に設置された有識者委員会は、09年2月、今後のヨーロッパの金融・規制監督の在り方等に関する提言をまとめた。今後、6月の欧州理事会及びその後の法制化作業を経て、10年末までに新体制が発足する見込みである。

<ド・ラロジエール報告の要旨>

(1)現行制度・政策を改善
   同報告は、これまでは監視の目が行き届かなかった格付機関やヘッジファンド等への規制・監視体制の強化、オフショア金融センターの透明性を強化する必要性等を指摘している。また、制度面においては、バーゼルIIの景気循環増幅効果等の見直しやヨーロッパ内の規制統一化の必要性を指摘するとともに、金融機関の過度なリスクテイクの誘因となった報酬の問題、リスク管理や危機管理といったガバナンスの強化策を勧告している。
   資産バブルと金融政策については、資産価格の急上昇に対しては当局がその持続可能性への懸念を適切に表明することで、システミック・リスクの客観的な評価に貢献すべきであること、また、消費者物価だけでなく、通貨や信用全体の動きをみた上で、これらが持続不可能な伸びを示しているときには段階的な金融引締めを行うべきであることを指摘している。

(2)EU域内の監督体制の段階的な統合・強化
   ヨーロッパの金融監督体制の強化については、マクロとミクロの概念に区分し、金融システム全体のリスクを扱うマクロ監督機関(ESRC)と金融監督権限や罰則の調和を図るミクロ監督機関(ESFS)という2つの機関の設立を勧告した()。

3)グローバルな金融システム改革
   グローバルなレベルでの金融規制の在り方については、金融安定化フォーラム(FSF)の機能強化や金融監督機関における国際協力の強化等が必要であると指摘した。さらに、危機の再発防止やリスク管理の観点から、危機に対する早期の政策対応を可能にするため、IMFや他の関連機関による「早期警戒システム」の導入等を勧告している。


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