第1章 先進国経済:金融危機による景気後退の深刻化 |
第3節 ヨーロッパの景気後退の深刻化と金融危機への対応
2.金融セクターの現状
ヨーロッパの一部の金融機関では、07年秋以降の金融資本市場の混乱の中で経営状況の悪化がみられたが、08年9月の金融危機発生以降、事態は急速に悪化し、金融機関が破たん・国有化される事例等が相次いだ。例えば、英国ではHBOS(8) がロイズTSB(9) に救済買収され、また、RBS(10) やロイズTSBは公的支援を受け、事実上国有化された。ユーロ圏でも、大手住宅金融会社ハイポ・リアル・エステートへのドイツ政府による支援、フォルティスやデクシアといった複数の国にまたがる金融機関への公的資本注入等、大手金融機関の経営不安や資金繰り難の問題が次々と表面化した。
(1)金融機関の経営不安と公的支援
このように、金融危機下でヨーロッパの金融機関は国有化や再編・統合が進んでいる(第1-3-19図)。また、各国政府は金融機関への大規模な支援を行っており、09年初めまでにヨーロッパ全体で資本注入額がGDP比約6%、政府保証額が同約19%の規模に達している(11)。
ヨーロッパの金融機関は、アメリカで組成された証券化商品の損失拡大がもたらす問題のみならず、(i)2000年代に入ってから国際的な資金フローの拡大の中でリスクの適切な管理が行われていなかった、(ii)アメリカの金融機関以上に高いレバレッジで投資が行われており、資産価格の下落に対して脆弱であった、(iii)一部の国における住宅バブル崩壊や中・東欧諸国への貸出の不良債権化が急速に拡大する可能性がある、といった固有の問題を抱えている。このため、ヨーロッパの金融セクターの先行きを展望する上では、金融機関の高レバレッジの解消の動向と、今後信用収縮の影響がどの程度深刻化しそうか、また、不安定な状態が続く中・東欧経済がヨーロッパの金融機関にもたらすリスクに注意する必要があると考えられる。
(2)レバレッジ解消の動向
アメリカと比較しても高いレバレッジで資産を運用していたヨーロッパの金融機関は、金融危機発生以降、バランスシートを圧縮しレバレッジの解消を図る必要があると考えられる。08年末時点のヨーロッパの主要金融機関のバランスシートをみると、総資産の圧縮はこれまでのところ余り進んでおらず、今後更なる総資産の圧縮、資産の売却や貸出の縮小によって信用収縮が進む可能性があることが示唆される。
さらに、金融機関が抱える潜在的な損失は過去に予想されていたよりも大きく、IMF(12) は、世界全体の金融機関が抱える潜在的損失は約4兆ドルと見込んでいる(13)。ヨーロッパの金融機関については、アメリカで組成された貸出債権・証券を多く抱えているとみられることから、今後損失が拡大する懸念が強く、自己資本を取り崩すことになった場合、更なる資産の圧縮か増資をしない限りレバレッジ解消は進まない。IMFは、今後レバレッジ比率を引き下げるために必要になる資本増強の金額は、アメリカの2,750〜5,000億ドルに対して、英国が1,250〜2,500億ドル、ユーロ圏が3,750億〜7,250億ドル(14) とヨーロッパはアメリカよりも大きくなると見込んでいる(前掲第1-1-8表)。
(3)中・東欧新興国向け債権の動向
国際決済銀行(BIS:Bank for International Settlements)によれば西欧(15) の金融機関の中・東欧諸国等(16) への貸出残高(08年9月末時点)は約1.5兆ドルあり、一部の中・東欧諸国では、西欧銀行からの借入残高のGDP比が100%を超えるなど極めて大きいものとなっている(第1-3-20図、第1-3-21図)。中・東欧諸国でも景気後退が深刻化する中で、これらの国々への貸出の不良債権化が進めば、金融危機も増幅され、ヨーロッパの景気後退が更に深刻化するおそれがある(中・東欧経済のリスクと展望の詳細は第2章第2節参照)。
金融機関の中・東欧地域への貸出残高が大きい国としては、オーストリア(2,780億ドル)、ドイツ(2,200億ドル)、イタリア(2,200億ドル)、フランス(1,550億ドル)、ベルギー(1,370億ドル)、オランダ(1,220億ドル)、スウェーデン(1,070億ドル)等があり、歴史的背景や地理的近接性等からオーストリアは、チェコやハンガリー等の近隣諸国、スウェーデンは対岸のバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)への貸出が大きくなっている。
また、ハンガリー(08年11月)、ウクライナ(08年11月)、ラトビア(08年12月)、ルーマニア(09年5月)に対してはIMFによる金融支援が行われるなど、一部の国では金融危機の影響が深刻化している。これらの国に対する債権が不良債権化する懸念等から、EUとしても非ユーロ圏加盟国向け緊急融資枠の上限を250億ユーロから2倍の500億ユーロに引き上げるなどの措置を講じている。09年3月頃から株価が回復するなど、中・東欧諸国の株式・為替市場はやや落ち着きを取り戻しつつあるが、実体経済は悪化しており、引き続きその動向には注意が必要である。