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第1章 先進国経済:金融危機による景気後退の深刻化

第3節 ヨーロッパの景気後退の深刻化と金融危機への対応

1.景気後退の深刻化

●ユーロ圏及び英国は過去最大のマイナス成長
   08年10〜12月期の実質経済成長率は、ユーロ圏では前期比年率▲6.2%、英国では同▲6.1%といずれも大幅なマイナス成長となり、景気後退が深刻化していることが確認された(第1-3-1図)。
   09年に入ってからも生産や輸出の減少が続いており、実体経済の悪化が金融機関のバランスシート悪化を通じて金融危機を増幅し、これが更なる実体経済の悪化をもたらしている。09年1〜3月期の実質経済成長率はユーロ圏で同▲9.8%、英国で同▲7.4%と過去最大のマイナス成長となり、10〜12月期から更にマイナス幅が拡大している。今後は、この悪循環により景気後退が長期化するリスクがある。

●景気後退深刻化の背景
   08年10〜12月期において景気後退が深刻化した背景をみると、ドイツ、フランス等ユーロ圏では、10月以降輸出、生産が大幅に減少するなど企業部門を中心に急速に悪化している(第1-3-2図第1-3-3図)。
   景気の先行き不透明感の高まりは、企業のマインドを悪化させており、信用収縮や受注の大幅な減少等から、企業は設備投資を取りやめ、あるいは先送りしている。
   また、金融危機により金融機関の貸出態度が厳格化(3) し、貸出の伸びが急速に減速するなど信用収縮の動きがみられ(第1-3-4図)、資金繰り難等から08年後半から企業の倒産件数が大幅に増加している(第1-3-5図)。特に英国では、住宅バブル崩壊の影響もあいまって、08年末に前年同期比50%を上回るなど、景気後退が深刻なものとなっている。
   銀行貸出に関するOECDの分析では、金融機関が貸出態度を厳格化してから、実際に貸出の伸びが前年比で減少するまでには、おおむね4四半期以上のタイムラグがあるとされている(4)。貸出は足元で急減速しつつもまだ前年比プラス圏で推移しているが、今後伸びが減少に転じ、信用収縮が一層厳しくなる可能性も考えられる。
   家計も信用収縮の影響や雇用の悪化懸念等から消費を手控え、貯蓄率が高まっている。消費者のマインドは雇用の先行き懸念等から、10月以降急速に悪化し、09年に入っても更に悪化を続けた(第1-3-6図)。
   なお、景気の落ち込みは国によってばらつきがある。08年10〜12月期の実質経済成長率のマイナス幅をみると、輸出の名目GDPに占める割合が高いドイツでは外需の縮小の影響を顕著に受けており、対照的に、フランスや英国では内需を中心としたマイナスとなっている(前掲第1-3-1図)。特に英国では、外需はプラス寄与であるものの、住宅バブル崩壊や金融セクターの縮小等から内需が低迷しており、全体として大幅なマイナス成長となっている。

●悪化が進む雇用情勢
   雇用情勢をみると、ユーロ圏では08年半ば頃から悪化に転じている。ユーロ圏の失業率は、08年3月の7.2%を底として、09年3月には8.9%にまで上昇している(第1-3-7図)。英国でも08年3月の5.2%を底として09年3月には7.1%にまで上昇している。
   ユーロ圏における失業率の動向をより詳しくみると、07年夏以降の失業者数の増加の約9割はスペインにおけるものであり、失業率は09年3月で17.4%となっている(第1-3-8図)。スペインの失業率が突出して高い理由として、住宅バブル崩壊による影響で建設セクターを中心に急激な雇用削減が進んでいることに加え、国内の雇用環境の悪化にもかかわらず東欧や南アメリカ等から移民の流入が続いていることなどが挙げられる。対照的に、ドイツ、フランス、イタリア等の失業率の上昇は緩やかなものにとどまっている。これは、例えばドイツの操業短縮労働者助成金(5)等を始めとする政策が雇用悪化の緩衝材となっているためと考えられる。ドイツでは、自動車メーカーを始め主要企業が次々に減産を実施した08年10〜12月期において、上記の助成金の対象となる操業短縮労働者が大幅に増加している(第1-3-9図)。
   労働市場の構造をみると、2000年代後半の景気回復期において増加していた有期契約雇用者(6) が金融危機後の労働市場の調整弁となっている可能性が考えられる。就業形態別の雇用者数の減少幅を比較すると、足元までの雇用者数の減少は主にこうした労働者層においてみられている。しかし、雇用情勢の悪化が更に深刻なものとなれば、常用雇用者の削減に至ると考えられる(第1-3-10図)。
   企業に対して今後の雇用見通しを聞いた調査では、先行きの雇用情勢の悪化が見込まれている(第1-3-11図)。また、主要な国際機関の見通しでも、10年には、失業率はユーロ圏で11%台、英国で9%台にまで達することが予想されている。

●景気の先行き
   ヨーロッパの景気後退は引き続き深刻な状況にある。しかし、09年1〜3月期には、景況感指数や受注等、先行指標を中心に一部で改善の動きがみられ、減少のテンポが緩やかになっている(第1-3-12図)。以下では、こうした動きが今後の景気回復につながっていくかどうかを、輸出、消費、住宅の3点に着目しながらみていく。

●外需の先行きは厳しい
   ユーロ圏経済の先行きをみる上では、域内最大国であるドイツ(08年名目GDPシェアで約3割)が外需主導の経済であることもあり、外需の回復、とりわけアメリカ経済の回復がいつ頃に始まるかという点が重要である。
   過去の局面をみると、例えばITバブル崩壊後の景気後退からの回復過程のように、外需が景気回復期における主なけん引役となり、その後、投資や生産が増加、在庫調整も進み、消費の回復につながっていることが多い。
   ただし、ユーロ圏経済にとって輸出先に占めるアメリカのシェアは、2000年の約16%から08年には約13%にまで低下するなど縮小傾向にある。対照的に、ロシアや中・東欧諸国向けの輸出総額が、2000年の約12%から08年には20%にまで達している(第1-3-13図)。
   しかし、輸出先としての中・東欧諸国のプレゼンスは高まってはいるものの、第2章でみるように、この地域は西欧先進国を最終需要地とした生産拠点としての性格が強く、貿易面ではユーロ圏等の景気回復に依存している。加えて、金融面において高いリスクを抱えているという問題もある。
   アメリカや中・東欧諸国の見通しが厳しい中で、今回は過去の局面のような外需主導による早期の景気回復は期待できない。

●内需が景気を下支えする可能性
(i)消費の動向
   ヨーロッパ主要国の08年10〜12月期の経済成長率の落ち込みは、外需が最大の要因となっている。内需については、英国、スペイン、アイルランド等では、住宅バブルが崩壊し住宅投資が大幅マイナスとなり、住宅価格下落による逆資産効果を通じて消費も押し下げられているが、ドイツ、フランス等では個人消費のマイナス幅が比較的小さいことなどから、内需の低迷は相対的に軽微なものになっている(前掲第1-3-1図)。
   景気後退の深刻化にもかかわらず、08年10〜12月期の個人消費がドイツで前期比年率▲0.4%、フランスで同1.4%とユーロ圏の中で相対的に底堅い背景には、雇用・所得環境がまだそれほど悪化していないことが影響していると考えられる。確かに失業率は上昇しているが、財政のオートマチック・スタビライザー機能(7)(以下、自動安定化機能という)に加え景気刺激策によって雇用の維持が図られていることや、労働時間の短縮等の効果により、大幅な悪化には至っていない。また、手厚い失業給付等を背景に、所得環境が比較的底堅く推移している。ただし、今後政策による下支え効果がはく落した場合には、雇用環境が大幅に悪化することが懸念される(前掲第1-3-11図)。
   なお、ドイツ、フランスについては、家計貯蓄率が12〜13%程度とアメリカ及び英国に比べれば高く、住宅ローンを中心とした家計の債務残高(GDP比)もこれらの国々ほど高くない(第1-3-14図第1-3-15図)。このため、ドイツ、フランスにおける家計のバランスシート調整は大きくないと考えられる。
   今後については、景気刺激策の効果や物価下落により個人消費が下支えされることが期待されるが、タイムラグを伴って雇用・所得環境が悪化することにかんがみれば、個人消費が景気回復をけん引することは期待し難い。

(ii)住宅バブル崩壊と住宅部門の調整の動向
   住宅バブルが崩壊した英国、スペイン、アイルランドでは、住宅投資が大幅に減少するだけでなく、建設業における雇用削減のほか、逆資産効果による消費減少により景気の悪化が増幅されている。これらの国々の景気の先行きを検討する上では、住宅市場の調整がどの程度進んだかをみることが重要である。
   そこで、名目住宅価格の水準を名目GDPの水準と比較すると、これらの国では2000年代において住宅価格の著しい上昇がみられ、足元ではいずれの国でも住宅価格は顕著に下落しているが、その度合いは国によって異なっている。仮に現在の下落トレンドを機械的に延長した場合、名目GDPとの比較から均衡水準に達するのは、英国は10年頃、アイルランドは09年頃、フランス、スペインは11年頃とみられる(第1-3-16図)。
   また、英国について、アフォーダビリティ(住宅取得能力)の観点から住宅価格の所得(平均年収)に対する倍率をみると、07年7月のピーク時の約5.8倍から、足元では約4.3倍にまで低下している(第1-3-17図)。こうした価格の低下による値ごろ感の高まりから、住宅需要が回復しつつあると考えられ、09年に入ってから住宅ローンの承認件数や住宅購入の新規引き合いDIに底入れの兆しがみられる(第1-3-18図)。


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