目次][][][年次リスト

第1章 変化するグローバルな資金の流れ

第4節 サブプライム住宅ローン問題発生後の資金フローの変化

3.商品市場への資金流入とインフレリスク

  これまでグローバルな資金フローが拡大する中でも物価は比較的安定して推移してきたが、足元では、世界中の多くの国でインフレリスクが高まっている。背景には、エネルギー価格や食品価格の上昇が共通の要因として挙げられるが、これにはサブプライム住宅ローン関連の金融市場に流入していた投機マネーが商品市場へと流入していることも影響していると考えられる。以下では、国際商品市況の動向とその影響について考察する。

●一次産品価格の高騰


  サブプライム住宅ローン問題が深刻化した07年後半以降、原油、貴金属、穀物等、一次産品の商品市況が歴史的な水準まで高騰している。例えば、原油価格については、代表的指標銘柄であるWTI(ウェスト・テキサス・インターミディエイト)先物価格が、08年1月に100ドル/バレルを超え、6月には一時、日々の終値でも過去最高水準の140ドル台/バレル近くまで上昇した。その他の商品価格についても、金、小麦、大豆、トウモロコシ、コメ等、いずれも08年に入って史上最高値を更新している(第1-4-21図)

●商品市場の需給と投機マネーの流入


   こうした国際商品市況の高騰の背景には、新興国の経済成長等による世界的な需要の増加に対し、供給能力の向上が十分でないといった構造的な需給要因に加え、金融資本市場の変動を受けて、これまでサブプライム住宅ローン関連の証券化商品等に向かっていた投機マネーが安全志向を強め商品先物市場に流入していることも商品市況の変動を増幅していると考えられる。以下、これらの要因について考察する。
  まず、世界の原油需要は03年以降大幅に増加しており、05〜06年はやや伸びが鈍化したが、07年には再び増加ペースが加速している(第1-4-22図)。国・地域別にその増加寄与をみると、BRICs諸国やアジア諸国等の新興国の需要増が半分以上を占めている。これに対して、原油生産の伸びは05年以降鈍化しているほか(第1-4-23図)、産油地域での暴動の発生等の地政学的リスクも供給不安をもたらしている。また、OPEC諸国では、過去の原油価格の下落局面で生産能力の増強を手控えてきたことなどが影響し、余剰生産能力が1990年代は80年代と比べて大きく低下し、2000年代に入っても低水準で推移している。こうした需給要因が原油価格の上昇要因の一つとなっている。
  小麦、トウモロコシ等の穀物市場においても、原油と同様に、生産量を上回る消費量の増加が続いており、それぞれ期末在庫率が2000年代を通して低下傾向で推移している(第1-4-24図)。こうした構造的な需給要因に加えて、06年のオーストラリアの干ばつの影響による小麦生産量の減少といった天候要因や、アメリカやブラジル等のバイオエタノール支援政策等を背景に、大豆や小麦等からサトウキビ、トウモロコシへと転作が進んだり、トウモロコシの生産量の中でもバイオエタノール生産に利用される割合が高まっていること(第1-4-25図)なども、各穀物の価格上昇の要因となっている。
  こうした需給要因等に加え、金融資本市場の変動によって、これまで証券化市場やデリバティブ市場等に流入していたグローバルな資金が、新興国等における資源需要の高まりの中で安定した収益を望める商品先物市場に流入したことも国際商品市況の高騰の背景となっている。特に、ドル安の進行によって商品価格が割安になっていることなど(56) が、こうした投機マネーの流入に拍車をかけている。実際に、商品先物市場の出来高は07年以降急速に増加しているほか、原油先物市場やトウモロコシ先物市場等では、投機筋による先物契約において「買い(ロング)」が「売り(ショート)」を上回って推移している(第1-4-26図)。また、ニューヨーク原油先物市場の規模は、2008年2月末時点で約1,500億ドル程度との試算もある(57) が、これはアメリカでのRMBSの発行残高が07年末で約6兆ドルであることと比較すると非常に小さな規模であることから、他の金融資本市場からの資金流入によって原油の先物価格が大きく変動する可能性を示唆している。

   商品先物市場での価格については、例えば、米国内での原油の現物取引価格がWTI先物価格を参照して決定される(58) など、現物取引における価格決定のベースとなっていることから、先物価格の高騰はエネルギーや食品の現物価格の上昇へと波及するため注視が必要である。

●各国における消費者物価上昇率の上昇

   こうした国際商品市況の高騰は、主要国の消費者物価に対し、上昇圧力となっている。アメリカやヨーロッパの主要国で、07年後半以降、消費者物価のうち食品価格やエネルギー価格の上昇が加速しており、消費者物価上昇率を押し上げる要因となっている。食品とエネルギーを除いたコア物価の上昇率については、足元で急上昇しているわけではないが、アメリカでは2%を超える水準まで上昇するとともに、フランスやドイツにおいても2%近辺まで高まるなど、影響が徐々に現れている(第1-4-27図)
  国際商品市況の高騰は、韓国、シンガポール、ベトナム、ロシア等(59) においても、07年後半以降、消費者物価上昇率の顕著な上昇をもたらしている(第1-4-28図)。これらの国の多くでは、堅調に需要が拡大していることに加えて、消費全体に占める食品やエネルギーに関連した消費のウェイトが比較的高いとされていることから、国際商品市況の影響を受けやすい面もあると考えられる(60) (第1-4-29表)。また、これまで政府の燃料価格統制によってエネルギー価格の上昇を抑制している国も多くみられたが、価格統制の際に政府が交付する補助金の財政負担が高まっていることなどから、統制価格の引上げ、または、燃料価格統制の撤廃に向けた動き等も広がっている(第1-4-30表)。このため、国際商品市況の高騰が長期化すると、これらの国でもエネルギー価格への転嫁が本格化し、さらなる物価上昇につながるリスクもあるため注視が必要である。
  このように、国際商品市況の高騰とそれによるインフレ懸念の高まりは、グローバルな資金フローが生み出した実体経済に対する新たなリスクとなっている。

●交易条件の変化がもたらす国際間の所得移転


  原油や穀物等の一次産品の価格上昇は、輸入国と輸出国との間で交易条件の変化を通じて、一般的には輸入国から輸出国へと実質所得の移転をもたらすこととなる。直感的にとらえると、貿易を輸出財と輸入財との交換と考えた場合、一次産品の輸入国にとって、一次産品価格の上昇は同じ量の輸出財と交換しうる一次産品の量の減少を意味することから、その減少分だけその国の実質所得が減少する。逆に、一次産品の輸出国では実質所得が増加するため、輸入国から輸出国への所得移転ととらえることができる。
  まず、各国の交易条件の変化をみると、日本、韓国、シンガポール等では、2000年代に輸入価格が著しく上昇する一方、輸出価格の上昇は抑えられたことから、交易条件は悪化し続けている(第1-4-31図)。アメリカやヨーロッパでは、同じく輸入価格の上昇がみられたが、その動きとほぼ連動する形で輸出価格も上昇したため、交易条件は若干の悪化にとどまっている。一方、中東やオーストラリア、カナダ等の資源国をみると、輸入価格を大幅に上回って輸出価格が上昇したことから、交易条件が改善していることが分かる。
  こうした交易条件の変化が実際に国際間でどのような所得移転をもたらしたかを次にみてみたい。2000年を基準年とした交易条件の変化によって発生する実質所得の増減、すなわち交易利得・損失の動向をみると、アジア諸国、特に日本と韓国で交易損失が拡大していることが分かる(第1-4-32図)。アメリカやドイツ等でも05年から06年にかけて交易損失が発生し始め、特にアメリカでは07年後半以降、交易損失が拡大している。一方、資源国では、2003年以降、中東等を中心に交易利得が拡大している。
  2007年における世界の交易利得・損失の分布をみると、日本の交易損失が最も大きく約2,000億ドルに達している(第1-4-33図)。次いで、韓国、アメリカ、シンガポール、ドイツ等、アジア諸国や主要先進国の損失額が大きくなっている。一方、交易利得を多く得ている国は中東やカナダ、オーストラリア等の資源国に集中しており、中東の交易利得は06年時点で既に1,500億ドルを超えている。
  交易利得・損失の額自体は基準年からの輸出入価格の変化を累積したもので決まる ことから、必ずしも足元の価格変化のみを反映したものではない。また、各国の経済 規模に応じて交易利得・損失の影響度合いも異なると考えられる。したがって、以下、
交易利得・損失の変化分の実質GDP比について考察する(第1-4-34図)。まず、2005年以降、シンガポールや韓国といった資源の輸入依存度の高いNIEs諸国では、GDP比でみて年平均4〜6%程度の実質所得の流出増が生じており、交易損失の拡大
が経済に大きな影響を与えたことがうかがわれる。日本やドイツでも年平均1%程度 の実質所得の流出増が生じており、比較的大きな影響を受けたと考えられる。一方、 ノルウェーやオーストラリアでは、資源価格の上昇によって年平均2%超の実質所得 の流入増がもたらされており、これらの国の需要拡大を支えたと考えられる。
  輸入価格の上昇による影響度合いの差異をみるため、輸入価格が限界的に上昇した場合の所得移転の増分を実質GDP比で試算してみると、シンガポール、香港、韓国といったNIEs諸国で比較的大きなインパクトがあることが分かる(第1-4-35図)。日本、アメリカ、ユーロ圏でも輸入物価指数が1%上昇すると、実質GDP比で約0.1%程度の交易損失が新たに発生すると試算される。もちろん、輸入物価の上昇は、国内物価への転嫁を通じて輸出物価の上昇をもたらす可能性もあるため、輸入物価の変化のみを取り出して考察することは必ずしも適当ではない。しかし、日本では、これまで輸出物価の上昇が欧米に比べて大幅に抑制されていたことや、原油等一次産品価格から輸入価格への影響が欧米に比べて大きいとの推計もあること(61) を踏まえると、日本は欧米に比べて一次産品価格の上昇による実質所得の海外移転が大きくなる可能性が示唆される。
  ファンダメンタルズを大きく超えるような一次産品価格の上昇自体は望ましくないが、一次産品価格の上昇が一時的であれば、輸入国において借入れの増加等によって実質所得の減少を平準化することも可能であるため、その影響は限定的なものとなると考えられる。逆に、価格上昇が長期化すれば、輸入国でのインフレ懸念を高めるとともに、輸入国からの実質所得の流出が進むため注視が必要である。また、一次産品価格の上昇により所得移転を受けた資源国の需要が盛り上がり、海外から資源国への輸出拡大を通して所得が世界全体に還流すれば、一次産品の輸入国においても最終的には所得を維持することも可能であることから、主要国、新興国、資源国との間で経済面、金融面での結び付きを強め、経済活動を積極的に外に広げていく姿勢も重要である。
  ファンダメンタルズを大きく超えるような一次産品価格の上昇自体は望ましくないが、一次産品価格の上昇が一時的であれば、輸入国において借入れの増加等によって実質所得の減少を平準化することも可能であるため、その影響は限定的なものとなると考えられる。逆に、価格上昇が長期化すれば、輸入国でのインフレ懸念を高めるとともに、輸入国からの実質所得の流出が進むため注視が必要である。また、一次産品価格の上昇により所得移転を受けた資源国の需要が盛り上がり、海外から資源国への輸出拡大を通して所得が世界全体に還流すれば、一次産品の輸入国においても最終的には所得を維持することも可能であることから、主要国、新興国、資源国との間で経済面、金融面での結び付きを強め、経済活動を積極的に外に広げていく姿勢も重要である。

おわりに

●グローバルな資金フローに対する評価

 本章でみてきたグローバルな資金フローの拡大は、貯蓄が豊富な国から投資機会が豊富な国への資金の流れによってもたらされており、世界全体でみた効率的な資金配分をより円滑に行うことを可能としている。このため、グローバルな資金フローの拡大は、経済活動に必要な資金調達コストの低下等を通じて世界経済全体の成長を支えるものと評価すべきである。
  また、グローバルな資金フローの出し手としての新興国の役割の高まりは、今回のように先進国を中心に発生した金融資本市場の変動において、グローバルな資金フローの安定性を高める効果があったと考えられる。新興国間における貿易の拡大や内需の成長等を背景に、新興国はこれまでのところ堅調な経済成長を続けている。今後、先進国経済の減速の影響が新興国にスピルオーバーし、成長ペースが減速する可能性はあるものの、先進国、特にアメリカ経済への依存度は以前に比べて弱くなったとの指摘もある。こうしたなかで、新興国は、世界経済の成長のけん引役になるだけでなく、金融資本市場での緊張が続く状況下において、堅調な国内貯蓄の伸びを背景にグローバルな資金の供給者として様々なショックを吸収する役割も期待される。
  さらに、2000年代におけるグローバルな資金フローの拡大には、証券化やクレジット・デリバティブ等を通じた信用リスクのヘッジや分散を前提として、金融機関や投資家による信用創造が促進されたことが影響したこともみてきた。こうした信用の供給増は、家計や企業の投資促進やM&Aの活性化等をもたらすと同時に、資産市場への資金流入を加速させ資産価格を上昇させた。このような信用供給や信用リスク取引は、適切なリスク評価に基づくものであれば、世界全体での効率的な資金配分を促進し世界経済の成長に寄与すると考えられる。
  しかし、サブプライム住宅ローン問題の発生によって明らかになったように、証券化等による信用リスクの分散においては、格付け機関による格付けを含めリスク評価が必ずしも適切に行われず、金融機関や投資家による利回り追求の投資活動とあいまって、想定を超える信用リスクを抱えることにつながった。さらに、このように信用供給の急増とリスク評価の緩みの中でもたらされた資産価格の上昇は、バブルを含むものであった可能性も高い。今後、金融機関や投資家におけるリスクの再評価の動きが進み、レバレッジの解消と資産価格の調整が平行して進む中で、グローバルな金融資本市場において発生しうる信用収縮が世界経済の成長を抑制する可能性に十分留意が必要である。
  新興国の役割の高まりについても注視すべき点もある。新興国の成長は石油等の資源や食料等の世界的な需要を高めることから、これらの国際商品市況の上昇をもたらす要因の一つとなっている。このことは、世界経済において、アメリカの景気減速や金融資本市場の変動とともに、国際商品市況の高騰によるインフレの進行という新たな課題を並存させることにもつながっており、留意が必要である。

●グローバルな資金フローの拡大と金融資本市場の変動の下での金融政策等の運営

  国際間の金融資本市場がより融合し、実物・金融両面でグローバル化が進んでいるが、それによって中央銀行における金融政策運営の基本原則が大きく変わるわけではない。各国ごとに政策目標の掲げ方は異なるが、物価の安定及び経済成長・雇用創出を目標としてフォワード・ルッキングに政策決定を行っていくことが基本である。ただ、グローバルな資金フローの拡大と金融資本市場の変動の中で、そうした目標達成に向けての政策運営の舵取りが難しい局面に入っていると考えられる。
  昨夏にサブプライム住宅ローン問題が発生して以来、アメリカでは、FOMCによる政策金利の引下げが大幅かつ速いペースで実施された。07年9月以降、計7回の利下げによって、FFレートの誘導目標水準が5.25%から2.00%に引き下げられ、実質短期金利はマイナス圏内に入っている。ほかの主要国でも、英国やカナダ等で利下げが実施されたほか、日本やユーロ圏でも経済情勢の変化に配慮した金利の据置が実施されている。こうした金融政策とあわせて、各国の中央銀行では短期金融市場の引締りに対応すべく、新たな仕組みを導入しながら短期金融市場に対し大量の流動性供給を実施している。
  こうした緩和スタンスの金融政策や流動性供給に対して、グローバルな資金フローのさらなる膨張をもたらすことで、国際商品市場への資金流入を通じて原油や食料等の一次産品価格を高騰させているとの指摘がある。また、新たな資産価格のバブルを生じさせる可能性を懸念する見方もある。
  確かに、アメリカにおける大幅な金融緩和によって金融資本市場のひっ迫感が一部解消され、マイナスの実質金利とドル安の進行等が投資家や金融機関による国際商品市場への投資を加速させている面もある。しかし、これまでの大胆な金融緩和や流動性供給は、金融資本市場の引締りや資産価格の下落が実体経済にもたらす悪影響を緩和させ、景気のさらなる減速を抑制する役割を果たすものとして評価すべきである。実際、短期金融市場の緊張状態は深刻で、一部の金融機関では資金繰りが困難になるなどの影響が生じた。仮に金融資本市場の変動が長期化・深刻化すれば実体経済や金融資本市場に多大な影響を与えると考えられる。
  しかし、足元、国際商品市場における価格高騰と世界各国での物価上昇の高まりを受けて、各国の中央銀行においてもインフレ懸念を強めている。このため、今後は景気の下振れリスクだけでなく、物価や為替レートの動向にも十分配慮した政策運営が行われるものと考えられる。また、現在の高騰した商品価格が今後どの程度持続するのかは、背景となる投機マネーの動向次第であるものの、その適正価格への調整を促すためには、商品ごとの需給対策や商品市場のモニタリング、産出国における輸出規制の見直し等、個別品目ごとのミクロ政策の強化も重要である。
  一方、資産価格の変動に対して金融政策がどのように対応すべきかについても、これまで多くの議論が行われてきた。各国ごとにその考え方に違いはあるものの、アメリカでは、資産価格の安定自体を金融政策の目的として政策運営するのではなく、あくまで資産価格の変動が経済や物価に与える影響に着目して政策を行うべきとする考え方が主流である(62)。したがって、資産価格の変動が経済や物価に与える影響が明らかでなければ、金融政策によって未然に資産価格の変動をコントロールすることは適切でない。しかし、今回のサブプライム住宅ローン問題のように、住宅価格の下落が実体経済の下振れリスクとなることが明らかになれば、資産価格の変動がもたらす家計・企業部門のバランスシートの悪化や資金調達能力の低下等のマイナス効果を緩和させるために、迅速かつ十分な金融緩和を行うことが必要とされる。今回のFRBによる金融緩和はこうした政策運営の原則に沿ったものと考えられる。こうした金融緩和が資産価格の新たなバブル発生につながるリスクに関しては、まずは今般の問題で明らかになった金融資本市場システムのぜい弱性を克服しつつ、金融当局の規制・監督体制の見直し、強化等によって対応していく必要がある。
  グローバルな資金フローについては、金融資本市場の変動や先進国・新興国の間でのインバランスの存在等様々な課題を抱えているが、グローバルな資金フローの変化、新たな金融技術の革新、新たな投資主体の台頭等に対応して、適切な市場システムを構築し、必要に応じて規制・監督体制の見直しが求められる。こうした対応は、各国ごとの取組だけでは十分ではなく、先進国、新興国を含めた国際協調の枠組みが一層重要になっている。


目次][][][年次リスト