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第1章 変化するグローバルな資金の流れ

第3節 SWFの台頭とその影響

2.SWFの資産運用とその影響

  ここでは、SWFによる資産運用の拡大がグローバルな資金フローにどのような影響をもたらしうるのか考察する。

●SWFの資産運用の目的


  SWFは、その運用資産となる外貨の原資によって、石油等の資源輸出によって得た外貨資金を元に設立されたもの(コモディティー型)(38) と、為替介入等を通して蓄積された外貨準備を元に設立されたもの(非コモディティー型)と大きく二つに分けられる。
  中東等の資源国のSWFにおいては、資源価格の変動による経済や財政収支への影響の安定化や、有限資源から得られる収入の将来世代への貯蓄等が資産運用の目的となっている。近年の資産価格の高騰を背景に、後者の貯蓄ファンドとしての役割が増していると指摘されている(39)
  一方、必要額を超過した外貨準備を原資とする新興アジア等のSWFにおいては、その効率的な運用が主要な目的となっている(詳細は「コラム:中国投資有限責任公司(中国版SWF)の設立」を参照)。

●SWFの資産運用の影響


  SWFは、外貨準備と比較して、リスク許容度が高く、より長期の運用が可能とされている。外貨準備の場合は、海外からの資金の引揚げ等の不測の事態に備えて、安全性や流動性に富んだ資産で運用することが求められる。一方、SWFの場合は、将来世代への資源収入の貯蓄や過剰に蓄積された外貨の効率的な運用が目的であるため、より市場のリスク・リターンに即した収益の最大化を目指すこともできる。
  ただし、外貨準備から切り離されたファンドにおいては、外貨準備の蓄積の過程で実施された為替介入によって、政府は外貨資産と同時に介入資金の調達に当たって発行した債務も負っているため、外貨建ての資源収入が直接ファンド財源となる資源国のSWFと比べて、資産・負債双方を考慮に入れた資産運用を注意深く行っていく必要がある。
  また、IMF(2007c)は、SWFの目的に応じて資産運用におけるリスク許容度や戦略の違いがあるとしており、例えば、資源価格の変動に伴う経済や財政収支の変動の安定化を目的としたファンドは、ほかの目的のSWFに比べて比較的中短期かつ保守的な資産運用がとられる傾向がある一方、将来世代への貯蓄を目的としたファンドはより長期の資産運用を行い、リターンの短期的な振れに対してより寛容という傾向があると指摘している。
  SWFがどのような金融商品に資産運用を振り分けているかについては、ファンドによって公開情報の程度が大きく異なるため、その全体像は必ずしも明確ではないが、国債だけでなく、政府機関債や資産担保証券、社債、株式に加え、デリバティブ商品、オルタナティブ商品にも関与するもの、M&A等の直接投資や不動産投資を行うものもある。例えば、サウジアラビア通貨庁では債券投資が5割強を占めており、その他は銀行預金と株式に資金を配分しているのに対し、アブダビ投資庁では株式投資の割合が5割超と大きく、さらに不動産投資やプライベート・エクイティ等のオルタナティブ投資を幅広く手がけるなど、同じ資源国のSWFであっても資産運用の方法はファンドによって大きく異なることが分かる(第1-3-8図)
  アメリカ両院合同経済委員会(Joint Economic Committee(2008))では、資産運用の方法に従って、企業の経営への関与を求めずリターンの最大化を第一の目標とする伝統的なポートフォリオ型のファンドと、リターン最大化だけでなく企業経営への参画も目指すストラテジック型のファンドの二つに分けている。2000年代に入って設立されたSWFの中には、例えばアラブ首長国連邦のイスティマールやドバイ国際キャピタル、カタール投資庁等、ストラテジック型の戦略をとるファンドがみられており、その資産運用の透明性も高くないことから、投資受入側の警戒感を高める要因となっている(40) (第1-3-9図)
  資源国・新興国の経常黒字はそれぞれ資源価格の上昇や輸出拡大等を背景に引き続き高水準を維持しており、今後も金融資本市場においてSWFは重要な投資主体としての役割を担うものと期待される。特に、SWFは、外貨準備に比べて運用手段が多様化しているため、投資資金が幅広い市場に流れ金融資本市場の安定化・活性化に寄与する可能性があることや、基本的に市場からの資金調達にそれほど依存していないため(41)、タイトな信用状況下においても投資活動を引き締める必要がなく資金供給を続けることが可能であり、金融資本市場の下支えとなることなどが考えられる。
  また、新興アジアや中東等で、外貨準備に代わってSWFを活用する動きが進むことによって、これまで米国債に流入していた資金フローがより多様な国の多様な資産に向かう可能性がある。この場合、ドルレートに対する減価圧力や米国債金利に対する上昇圧力となってグローバル・インバランスの是正に寄与する可能性も考えられる(42)

コラム:中国投資有限責任公司(中国版SWF)の設立

背景等

 2007年9月、中国において外貨準備の運用を目的とした「中国投資有限責任公司(China Investment Corporation:CIC)」が設立された。中国政府は、同年8月から12月にかけて合計1兆5,500億元となる特別国債を発行して人民元を調達し、それを中国人民銀行(中央銀行)保有の外貨と交換することで、2,000億ドルの外貨を調達し、これを資本金としてCICを設立した(表1)
  公表された同公司の投資方針によると、資本金2,000億ドルは、a.中央匯金投資公司の買収、b.中国農業銀行、国家開発銀行への資本注入、c.海外の金融資本市場への投資、にそれぞれ約3分の1ずつ配分することとされている。同公司の設立について、温家宝首相は「この投資会社を設立した最大の目的は、外貨を合理的に運用することおよび安全性を保つことだ」と述べている。

米国債の利回り低下と借入れコストで、CICは大きな収益圧力に直面

  中国の外貨準備は貿易黒字の拡大を背景に急増し、07年末時点で1兆5,282億ドルと世界一の水準となっている(図2)。外貨準備高のうち少なくとも3割以上は米国債で運用しているとみられ、米国債の保有額は07年末時点で日本に次ぐ世界第二位となっている(図3)
  ただし、米国債への投資は低リスクだが、資本金の調達コストや人民元の増価ペース等にかんがみると米国債の利回りでは十分にカバーし切れないと考えられ(表1図4)、米国債による運用の見直しが求められている。
  CICの楼継偉CEOは「特別国債の利子率5%程度、人民元高5%(対ドル)等を勘案すると、外貨運用は、対米投資では10%以上の利回りが必要となり、そのプレッシャーは大きい」と述べており、今後CICの外貨投資においては、保守的な金融商品というより、ミドルリスク・ミドルリターン以上の金融商品への投資が選好されるものとみられる。


●SWFによる欧米金融機関の資本増強


  SWFが金融資本市場の安定化に寄与した事例として、今回のサブプライム住宅ローン問題に際し、大きな損失を被り自己資本を毀損した欧米の主要金融機関に対し資本増強の支援を行ったことが挙げられる。07年11月から08年2月まででみると、SWFから主要金融機関への出資額は410億ドルに達し、当該機関の資本増強の4割を占めているとされている(43)。こうした資本増強は、主要金融機関で発生しうる信用収縮の抑制を通じて今回の金融危機におけるショックアブソーバーとして機能した。
  ただし、欧米主要銀行への投資は今回のサブプライム住宅ローン問題が発生する以前から進められており、その背景には、新興国が自国の金融セクターの強化を図る上で、アジアや中東で事業展開している欧米金融機関への出資を積極的に進めていることも指摘されている(44)


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