第1章 変化するグローバルな資金の流れ |
第3節 SWFの台頭とその影響
3.SWFをめぐる議論
●欧米及び国際機関における議論
SWFについては、資産の運用状況、ガバナンスの在り方が不透明な部分も多く、投資受入国においてSWFを警戒する動きも一部にみられる。また、政府が所有するファンドであるため、その投資活動に政治的な意図が含まれる可能性があることも警戒を強める要因となっている。
このため、IMFや経済協力開発機構(以下、OECDという。)といった国際機関においては、SWFの国境を越える投資活動について国際的な規範が必要として、SWFに関するベストプラクティスの作成を進めている。
IMFでは、07年10月以降、SWFに関するベストプラクティスの作成に向けて取組みが進められており、08年3月には、理事会において加盟国やSWFと協力して、自発的なベストプラクティスを作成することが正式に承認された。08年10月に開催される年次総会までに、SWFの公的ガバナンスや透明性、説明責任の原則といった課題を網羅した草案の作成が目指されている。一方、先進諸国で構成されるOECDでは、SWFに対し公正で透明性の高い投資受入れの枠組みを保証するため、投資受入国における投資政策や規制のベストプラクティスの作成が進められている。IMF、OECDの両機関において、相互に協調しながら作業が進められており、4月11日に開催されたG7(主要7か国財務相・中央銀行総裁会議)の共同声明においても、「投資の開放性に関するOECDの作業及び10月の総会までにSWFのベストプラクティスを策定するとのIMFのコミットメントを賞賛する」と評価されている。
こうしたなか、アメリカやヨーロッパでは、SWFによる投資は金融資本市場の安定に寄与するものとして基本的に歓迎されているが、一部に警戒感や心理的な反発もみられており、SWFの投資活動における政治目的の排除や情報開示の促進を求めるといった動きもある。最大のSWFの投資受入国であるアメリカでは、08年3月20日に、SWFを保有するシンガポール及びアラブ首長国連邦のアブダビ首長国との間で、SWFに係る政策原則について合意がなされた。具体的には、SWFの投資活動は、政府の政治的な目的の達成に直接、間接にかかわるものではなく、純粋に商業的な見地に基づいて行われるべきとし、投資の目的や財務状況等に関する情報開示の拡充や、強固なガバナンス、リスク管理の体制整備を図るべきなどとしている。一方、受入側では、保護主義的な障壁を設けるべきではないとし、国内外で差別することなく投資家の決定を尊重すべきなどとしている。
ヨーロッパでは、08年2月27日に、欧州委員会によって、EU加盟国が保護主義に陥らず開放された投資環境を維持する一方、SWFの投資に対する透明性や予測可能性、説明責任を高めるために共通のアプローチをとることを求めた政策提案が発表され、3月の欧州理事会において承認されている。
世界の金融資本市場におけるSWFの影響力は今後も高まっていくと考えられるが、政府所有のファンドであることなどを踏まえると、より一層の透明性や説明責任が求められる。ただし、他の投資主体と比べて過度に抑制的な要件、手続き等をSWFに求めれば、逆にグローバルな資金フローの安定した拡大を損ねるおそれもあることから、SWFの投資活動に関しては、国際機関が策定するベストプラクティスを参照しつつ、投資受入国とSWFの所有国との間で自発的な意見交換を経て自主的な投資原則の合意がなされることが望ましいと考えられる。
●我が国における議論
我が国においても、資源国や新興国のSWFからの投資をどのように受け入れていくのかという議論がある。SWFを含め対日投資の拡大は金融資本市場の活性化につながる可能性がある。一方、SWFを通じた外国政府による民間企業活動への介入を懸念する指摘もみられるほか、SWF自身の運用面の不透明性といった問題等を懸念する指摘もある。このため、SWFを含めた外国からの投資を積極的に受け入れていくことを前提に、国際機関におけるベストプラクティス作成に向けた動きと協調し、SWF所有国に対し透明性向上等を求めていくことが考えられる。
また、金融資本市場においてSWFの存在感が増す中、外貨準備の運用益や余剰分(常時必要とする外貨準備を上回る部分)に対するSWFの活用についても議論されている。
我が国における為替介入は、政府短期証券の発行等で得た円資金が原資となっていることから、外貨準備自体は正味資産ではなく、外貨準備と同じ規模の政府債務を負っていることとなる。また、外貨準備は米国債等ドル資産を中心に運用されているものと考えられるため、日本と外国との間の金利差や為替レートの変動に伴うリスクにもさらされている。
こうした高水準に蓄積された外貨準備への対応として、様々な方法が提案され議論されている。まず、外貨準備の必要性と負担するコストやリスクの大きさなどを勘案し、外貨準備を望ましい水準まで圧縮する方法が挙げられる。これにより、外貨準備の保有に伴う債務負担や為替リスクの縮小につながると考えられる。ただし、外貨準備高を圧縮する過程での外貨(ドル)売りによって為替変動が生じる可能性があり、実質的に為替介入を行うのと同じ効果をもたらすことを懸念する指摘もある。
一方、現時点で外貨から円に変換するのではなく、外貨準備の運用の効率化・多様化を図ることで、金利リスクや為替リスクを軽減、分散させるという考え方もある。その中で、外貨運用の自由度を高め投資利回りを向上させるため、アジア諸国のSWFと同様、政府所有の投資ファンドを設立することを検討する動きもみられる。また、そもそも外貨準備の運用によって生じた利子収入を同額の政府短期証券を発行して外国為替資金特別会計に組み入れるという現行の仕組み自体についても、必要以上のリスクをもたらすものとした上で、利子収入は特別会計からは切り離し、新たな債務を発行することなく新設の基金に組み入れて正味資産として運用すべきとの意見もある(45)。
これらの考え方に対し、政府が民間に比べ外貨運用に比較優位があるとはいえないため、政府が国民に対する債務を維持してまで、新たなファンドを設置し外貨運用を多様化するメリットを問う指摘がある。また、仮に外貨運用を民間にアウトソーシングしたとしても、その運用状況によって損失が発生し、国の資産が減少することを懸念する指摘もある。さらに、外貨運用の多様化自体に対して、内外において批判的な意見を喚起する可能性もある。
今後の我が国における外貨準備の在り方をめぐっては、SWFの活用、政府の外貨保有額自体の削減、又は、現行のように外貨準備の適切な運用に努めつつ運用益の一部を一般会計に繰り入れることなど、様々な選択肢が考えられることから、国民的な議論が必要である。いずれにせよ、外貨準備の保有に伴う国民の負担及びリスクの大きさや外貨準備の運用の変更によって発生しうる金融資本市場の変動について慎重な議論が求められる。