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第1章 変化するグローバルな資金の流れ

第2節 グローバルな資金フローの背景

2.良好な投資環境と金融技術の発展

  グローバルな資金フローの拡大の背景には、ITバブル崩壊後の金融緩和局面において主要国の金利水準が大きく低下し、その後も安定した経済成長と物価上昇率という良好なファンダメンタルズの下で長期金利が低水準で推移したことが、投資家や金融機関のグローバルな投資行動を積極化させたことも考えられる。あわせて、証券化やクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)取引といった新しい金融技術の普及によって、リスクの効率的な分散やヘッジが可能となり、金融資本市場における信用創造が促進されたことも挙げられる。
  以下では、こうした良好な投資環境と金融技術の発展による資金フローへの影響について考察する。

2000年代初めの金融緩和と良好な投資環境

  2000年代初めにITバブルが崩壊すると、主要国では実体経済の後退を阻止し、デフレ局面入りを防ぐため、政策金利の引下げが相次いで行われた(第1-2-7図)。特にアメリカでは、2001年から03年にかけてフェデラル・ファンド・レート(以下、FFレートという。)の誘導目標水準が6.5%から1.0%まで引き下げられ、05年半ば頃まで実質短期金利がゼロを下回る水準で維持されるなど、緩和気味の金融環境が継続した。
  各国における政策金利の引下げに加え、期待インフレの安定や先に述べた新興国における資金余剰の増加等を背景に、主要国の長期金利は、2000年代に入って低下し、政策金利が引上げ局面に移ってからも歴史的な低水準で推移した(第1-2-8図)。また、ITバブルの調整が一巡した03年以降は、安定した経済成長や物価動向を受けて金利や為替レート等の金融指標のボラティリティも低下しており、投資家や金融機関にとって、高リスクな「利回り追求」の投資を行いやすい金融環境が備わっていたと考えられる(24) (第1-2-9図)。こうしたなかで、以下にみるような新たな金融技術を活用した金融商品を含め、金融資本取引が活発に行われるようになった。
  また、金融資本取引において機関投資家や投資ファンド等の新たな金融仲介機関の役割が高まったことが、グローバルな資金フローの拡大に寄与したとの指摘もある(25)。例えば、年金ファンドやミューチュアルファンド、保険会社の運用資産は95〜06年にかけて約3倍になったほか、ヘッジファンドやプライベート・エクイティ・ファンドの運用資産については2000〜06年というより短い期間で3倍になったと推計されている。これらの主体はグローバルに投資機会を模索しており、世界経済の良好なファンダメンタルズと投資環境の下で、国境を越えた投資活動を積極化させたものと考えられる。

●信用リスクの取引を促進する新たな技術


  投資家や金融機関にとって、良好な投資環境に加え、金融資本取引で発生する信用リスクを効率的に分散できる技術の進展も投資活動を活発化させる要因となった。例えば、銀行による国際与信残高のうちCDS取引を含む債務保証の割合が近年高まっており、07年で全体の2割弱を占めるに至っている(第1-2-10図)。以下では、信用リスクを分散したりヘッジする取引の代表的なものとして、証券化とCDS取引について整理する。

  証券化は、金融機関等が保有する特定の資産を取り出して、特別目的事業体(SPV)と呼ばれる組織にプールし、その資産から生じるキャッシュフローを担保とする証券を発行して資金調達を行う手法のことをいう(第1-2-11図)。証券化によって、金融機関はリスク資産をオフバランス化することが可能となり、自己資本比率を改善できるため、金融機関においてさらなる信用創造の余地が生まれ、投融資を拡大させる効果がある。
  証券化の動向をみると、アメリカで住宅ローン債権を担保とする証券化を中心に普及し、その他の証券化商品をあわせると07年の発行額では約3兆ドルとなっている。また、ヨーロッパでも、水準自体はアメリカには及ばないものの、近年、証券化の普及が進んでいる(第1-2-12図)
  他方、CDS取引は、特定のローンや債券について、デフォルト等の特定のイベントが発生した場合に損失額に相当する金額を受け取る権利(プロテクション)を平常時における一定のプレミアムの支払いと交換する取引のことをいう。住宅ローン債権等のリスク資産を保有する金融機関等は、CDS取引を使うことによりその信用リスクを削減できることから、証券化と同様に、金融機関等のリスク志向を高める効果がある。
  CDS取引残高は、近年、急速に増加しており、04年12月時点では6兆ドルであったのが、07年6月時点で43兆ドルと約7倍に拡大している(第1-2-13図)。ただし、こうしたCDS市場の拡大に対し、その契約管理(バックオフィス)業務の体制整備が十分でないことから市場参加者がリアルタイムで取引状況やリスクの所在等を査定できないといった問題が指摘されている。また、市場参加者の間で多方向にわたって行われるCDSの譲渡・交換等の状況を中心的に監視する仕組みが存在しないため市場で生じたショックがどのように全体に波及するか把握が難しいといった問題も指摘されている。このため、この取引市場自体が課題を抱えており、後述するCDS取引上の信用リスクの引受け手となった投資ファンドやモノラインにおけるリスクとあいまって、保証対象のデフォルト等に際してCDS取引に基づく保証が適切に履行されないといったおそれもある(26)

●信用リスクの引受け手となった投資ファンド


 こうした新たな金融技術を組み込んだ金融商品の普及においては、その信用リスクを引き受ける主体が必要であるが、その役割を担ったものとしてヘッジファンド等の投資ファンドが挙げられる。
  ヘッジファンドは様々な主体から資金調達を行っており、ヘッジファンドの預り資産(Asset under Management)の規模は急速に拡大している(第1-2-14図)。調達先として、個人投資家からの調達比率が40%と大きいものの、近年は年金基金や財団、ファンド等によるヘッジファンド投資が増加していることを背景に、機関投資家からの調達の割合が増えている(第1-2-15図)。また、投資ファンドを投資対象とするファンド(ファンド・オブ・ファンズ)についても、特定のヘッジファンドへの投資に比べて、リスク分散が図りやすいこと、最低投資金額が低いことなどから、投資家からの投資需要が増えており資産規模が増加している(27)
  ヘッジファンドは、こうして集めた資金を元に主要な株式・債券市場、証券化市場やクレジット・デリバティブ市場における特に高リスク商品の信用リスクの引受け等を積極的に行っている(第1-2-16図)。こうしてヘッジファンドがクレジット・デリバティブや証券化商品の信用リスクの引受け手となることで、新しい金融商品の市場流動性を高め効率的な価格形成を促進させる役割を果たしたと考えられる。また、ヘッジファンドとの取引を通じて、金融機関がバランスシート上の信用リスクを削減することが可能となり、金融機関のさらなる資産の積み増しを可能とする副次的な効果もあったと考えられる。

●投資ファンドが抱えたリスク

  ヘッジファンドの投資行動は、金融資本市場において信用創造を活性化させるというメリットがあったが、一方で幾つかのリスクももたらした。ヘッジファンドは、通常、投資家から調達した資産の運用に当たり、銀行借入れやデリバティブ取引、債務担保証券(CDO)等の仕組み金融の活用等を通して大きなレバレッジ(28) をかけるが、特に03〜06年はヘッジファンドの投資活動におけるレバレッジが上昇している(29) (第1-2-17図)
  信用スプレッドが縮小し、ボラティリティが低下する状況下では、裁定取引等による収益獲得機会が減少するが、ヘッジファンドは、レバレッジを大きくかけることによって運用のリターンを高め、業績の維持・向上を図ったと考えられる(30)。しかし、こうしたレバレッジをかけた運用は、ヘッジファンドが市場の予期せぬ変動等によって被る損失の影響を増幅させるおそれもある。
  例えば、ヘッジファンドが運用する資産価値が下落し自己資本が毀損すると、自己資本に対する資産比率(レバレッジ・レシオ)が上昇する(第1-2-18図)。こうした財務状況の悪化を踏まえ、ヘッジファンドがレバレッジ・レシオを一定に保つためには、損失額にレバレッジを乗じた分に相当する保有資産を売却し、その資金で借金の一部を返済する必要が生じる。特に金融資本市場が変動している際は、融資を受けた銀行から追加の担保を要求されること(マージン・コール)もあり、その場合はさらに資産を圧縮することが必要となる。
  こうしたヘッジファンドの資産売却は、資産価格の急落を招く要因となるおそれがある。また、ヘッジファンドは幅広く金融資本市場で投資活動を行っているため、特定の金融資本市場で生じた混乱が、ヘッジファンドによる資産圧縮を通じてほかの金融市場に波及することも考えられる。さらに、先にみたように、多くの銀行や機関投資家がヘッジファンドへの投融資やヘッジファンドを相手方にしたCDS取引にかかわっていることから、ヘッジファンドの財務状況の悪化や発生した損失がそれらの機関の損失へと移転していくことも考えられる。
  近年、それぞれのヘッジファンドが採用する投資戦略の分散が進んだことなどから、ヘッジファンド全体が混乱に陥るリスク(システミック・リスク)は縮小しているとの指摘もある(31)。一方で、今般のサブプライム住宅ローン問題で明らかになったように、CDO等の流動性の乏しい仕組み金融等に広くかかわってきたファンド等では、金融資本市場の変動を受け保有資産の価格下落が想定以上に進んだ結果、金融機関からの追加担保の要求を受けて資金繰りが滞ったり、保有資産の投売りに追い込まれるケースもあり、ヘッジファンドが金融資本市場に混乱をもたらすリスクには注視が必要である。
  このように新たな金融技術の発展によって、信用リスクの取引が進み、金融資本市場の中でより高リスクな投資活動が促進されたが、信用リスクの引受け手となったヘッジファンドにおいて過剰なリスクが蓄積された可能性も考えられる。

コラム:プライベート・エクイティ・ファンド

  ヘッジファンドの動向に加え、近年は欧米の金融資本市場を中心にプライベート・エクイティ・ファンド(PEファンド)の活動も目立っている。PEファンドとは、機関投資家や富裕者等から募った資金を未公開企業等に投資し、企業価値を高めてキャピタルゲイン等を得ることを狙うファンドの総称である。
  PEファンドは、投資先企業の成長段階や規模によって、下記のように大きく2種類に分類できる。近年では、特にバイアウト・ファンドの伸びが顕著であり、世界的なM&A活況のけん引役となっているといわれている。
  (1)ベンチャー・キャピタル・ファンド
  有望なベンチャー企業に長期投資を行い、株式公開(IPO)時の収益や上場前段階での他社への売却益を収益源とする。ベンチャー企業の草創期から研究開発、財務管理等の指導、取引先の紹介等を通じて、企業の上場時期を早めたり、企業の長期的な成功を促す戦略をとる。
  (2)バイアウト・ファンド
  企業の再編や事業再生等に対し投資を行い、不採算部門のスリム化、財務戦略の見直し、事業再生、新ビジネスの展開等を通じて企業価値を高めた上で、再上場や出資持分の売却による収益を収益源とする。事業再生ファンド、不良債権ファンド等形態は多岐にわたる。
  2006年におけるPEファンドの投資額、及び資金調達額はそれぞれ3,000億ドルを超え、ITバブル時のピークだった2000年を上回っている(図)。国別にみると、投資先ではアメリカが大部分を占めるが、資金調達元ではヨーロッパもアメリカと同程度の割合を占めている。

PEファンドの市場規模

  PEファンドの特徴としては次のようなものが挙げられる。
  投資対象としてのPEファンドは、ヘッジファンド等と同様、オルタナティブ投資(32)の一種であり、年金基金、銀行、保険、ファンド・オブ・ファンズ等の機関投資家に対し、高利回りの投資機会を提供している。ただし、年金基金等を通じて国民の資金が間接的にPEファンドに投資されているケースも増えており、PEファンドの情報開示不足に対する批判が高まっている。
  PEファンドは、調達した資金を元に、M&Aやベンチャー企業育成を推進するとともに、長期的な企業価値向上のための資金需要にこたえる役割を果たしている。上場維持コストの増大が指摘される近年において、初期段階では買収企業を非公開化することで、企業をそれらのコストや業績報告の義務、短期的な業績向上を求める株主から解放することができるため、十分に企業価値を高めた段階で株式公開を行うというプロセスを評価する見方がある。一方で、PEファンドの投資期間自体も比較的短いこと(3〜5年)から、長期的な企業価値の向上よりも短中期的な利益を重視しているとの批判もある。
  PEファンドは、レバレッジド・ローン(LBOローン)との組合せにより、高いレバレッジを用いた企業買収・育成を行う特徴がある。実際に、企業買収の活発化に伴い、LBOローンの組成額は近年増大している。しかしながら、レバレッジという金融手法は企業の負債比率を高め、企業が負うリスクを増大させるという批判がある。また、レバレッジ・ファイナンス市場の拡大と金融機関の競争激化により、金融機関はリスクが大きい案件まで受け入れており、買収企業も金利変動に対して脆弱な構造となっていることから、金融機関や買収企業への影響が懸念されている。


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