第1章 変化するグローバルな資金の流れ |
第2節 グローバルな資金フローの背景
1.主要国・地域の貯蓄・投資バランス
国際間の資金フローの背景には、国内の貯蓄と投資(18) との差が存在する。すなわち、海外から資金がネットで流入する国では、投資が貯蓄を上回り貯蓄不足(資金不足)の状態となっており、逆に資金がネットで流出する国では貯蓄超過(資金余剰)の状態となっている。通常、国内貯蓄は国内投資に向けられやすいというホームバイアスがあると指摘されてきたが、近年はこのホームバイアスが低下しており、国内の貯蓄がより海外に向けられやすい環境となっている。実際に、各国の投資率と貯蓄率の相関係数は低下トレンドをたどっており、ホームバイアスの低下を示唆している(第1-2-1図)。
以下では、国・地域間の資金フローを生み出した各国の貯蓄・投資バランスの変化に着目したい。
●アメリカや英国で拡大する貯蓄不足
まず、アメリカでは、2000年以降、資産価格の高騰等を背景とした消費の増加に加え、財政収支赤字の悪化等により国内の貯蓄率が低下傾向で推移する一方、家計・企業部門の投資活動が堅調に推移したことから、貯蓄不足が拡大している(第1-2-2図)。英国でも同様に、貯蓄率が低下する一方で、投資率はやや上昇したことから貯蓄不足が拡大している。
アメリカの部門別の資金過不足をみると、家計部門において05〜06年に資金不足が広がり、政府部門の資金不足も02〜03年に拡大した後高止まりしたことから、家計部門では銀行借入れが、政府部門では債券発行がそれぞれ高水準となっている(第1-2-3図)。企業部門の資金過不足はおおむね均衡しているが、負債面では近年、銀行借入れや債券発行が増加している。こうした国内部門の負債増加を海外部門の資金余剰が充たすという構造が成立している。
他方、ユーロ圏では、全体でみて貯蓄率と投資率の大きな乖離はみられず、双方とも20%台前半で推移している。部門別の資金過不足をみても、アメリカとは異なり、家計部門は資金余剰の状態を維持し、政府部門も資金不足の状態が改善しており、全体として貯蓄・投資バランスが均衡している(第1-2-4図)。
日本は、ほかの先進国と対照的に貯蓄率が投資率を上回っているが、かつては双方とも30%台と高い水準であった貯蓄率と投資率が、90年代から2000年代初頭にかけてともに大幅に低下した。その後、投資率が横ばいになる一方、貯蓄率がやや持ち直したことから貯蓄超過が拡大している。部門別にみると、06年以降、企業部門では資金余剰が縮小したが、家計部門では03年にかけて縮小していた資金余剰が再び拡大に転じ、政府部門の資金不足も解消に向かったことが国内全体の資金余剰の拡大につながっている(第1-2-5図)。
●中国、中東等の新興国では貯蓄超過
新興アジアについてみると、アジア通貨危機の後、投資率が大きく落ち込んだ結果、貯蓄率を下回り貯蓄超過に転じている。より詳細には国ごとに特徴は異なっている。中国では、2000年代に貯蓄率、投資率ともに大幅に拡大しているが、貯蓄率が投資率を上回って貯蓄超過の状態が続いている。社会保障制度の整備の遅れ等から家計において予備的貯蓄が行われており、消費拡大の阻害要因となっていることなども指摘されている。実際に部門別の資金過不足をみると、家計部門では現金・預金の増加が顕著にみられており、国内の資金余剰の大部分を占めていることが分かる(第1-2-6図)。
一方、NIEsも貯蓄超過の状態となっているが、90年代後半の投資率の大幅な低下によってもたらされており、その背景は中国とは大きく異なっている。
中東でも貯蓄超過が拡大しているが、その背景は、原油価格の高騰を背景に国内の所得水準が高まったのに対し、消費や投資といった国内支出の増加が相対的に緩やかであることなどが考えられる。
このように国・地域別に貯蓄・投資バランスをみると、アジア、中東における貯蓄率の上昇とその地域の一部でみられた投資率の低下によって過剰貯蓄、すなわち資金余剰が増加したことがグローバルな資金フローの拡大の原資となり、投資超過国であるアメリカ等への資金流入をもたらしていると考えられる(19)。
●グローバル・インバランスの持続可能性
資金フローの背景として各国・地域の貯蓄・投資バランスをみてきたが、貯蓄・投資バランスは同時にその国の経常収支の状況を示している。したがって、貯蓄・投資バランスを背景とした資金フローの拡大は、グローバル・インバランス(経常収支の不均衡)の拡大を意味している。特に、2000年代においては、経常黒字は新興国の中で比較的分散されていたが、経常赤字はアメリカに偏って拡大したため、アメリカの経常赤字又は対外純負債残高の持続可能性に対し懸念が高まっている。
アメリカの経常赤字の持続可能性については、前述のとおり対外純負債が経常赤字の累積額に比べて抑制されていることに加え、アメリカの民間金融資産の増加ペースと比較すれば経常赤字は十分に吸収できる水準であるとの見方等から、今後も維持可能とする意見も一部にある(20) が、IMF等では、アメリカの対外ポジションの規模を踏まえると現行の経常赤字の水準は維持可能ではなくいずれ調整が必要としている(21)。
07年以降、アメリカの経常赤字は、アメリカ経済の減速を受けてGDP比でみて縮小傾向で推移している。こうした傾向が今後も続き、グローバル・インバランスの縮小につながっていくのかについては注視が必要である。グローバル・インバランスの調整は、その調整速度によって世界経済への影響の大きさが異なると考えられる。アメリカの国内支出が徐々に減速する一方、新興国における内需主導型経済への移行、為替レートの柔軟性の向上が進むことで、グローバル・インバランスが適度なペースで縮小していけば、世界経済への影響は比較的緩やかなものにとどまる可能性があると考えられる。しかし、IMF(2008b)が指摘するとおり、アメリカの経常赤字や対外純負債が高水準な中で対米投資の巻き戻しが引き金となって調整が始まると、急激なドル安や金利の上昇等によってアメリカのみならず世界全体の経済成長を減速させるおそれがある。
こうした急激なインバランスの調整を回避するために、アメリカ等の主要国、新興国を含む国際的な枠組みの中で、例えば、アメリカにおける財政赤字の縮小、新興国における内需拡大や国内市場インフラの整備等、各国がインバランスの解消に向けた構造的な問題を解消していくことが求められる。IMFでは、04年以降、グローバル・インバランスが生み出すリスクに対処するための協調的な取組が実施されてきたが、06年6月には、アメリカ、日本、ユーロ圏、中国、サウジアラビアの参加の下でインバランスへの対応に焦点を当てた多国間協議の枠組み(Multilateral Consultation on Global Imbalances)が導入された。その後、IMF及び参加国間の議論を経て、07年7月に、インバランスの縮小に向けた各国の政策プラン等が記載された報告書がとりまとめられた。この報告書では、アメリカでの財政健全化を含む国内貯蓄の促進、ヨーロッパでの成長促進のためのさらなる改革の推進、日本での労働市場改革等さらなる構造改革の実施、アジアでの内需拡大と経常黒字に見合った為替レートの柔軟な運営、そして産油国での経済安定と需要増に対する対応能力(absorptive capacity(22) )に即した国内支出の拡大等の方針に従って、各国ごとの具体的な取組が盛り込まれた。こうした取組を行うことでアメリカの経常赤字はGDP比で約1〜1.75%縮小するとともに、それに見合った経常黒字国の黒字縮小につながるとされており、今後、取組の進捗状況についてフォローアップしていくこととされている(23)。