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第2章 財政赤字削減に取り組む欧米の最新事情

第2節 アメリカの財政赤字削減の取組 〜高水準の財政赤字と対応策〜

1.90年代後半の黒字転換の成功要因

 80年代のレーガン政権期に大幅に拡大した財政赤字は、その後のブッシュ政権、クリントン政権で続いた財政再建努力にもかかわらず90年代初めでもGDP比で4%を超える規模まで悪化し引き続き問題となった。しかし、様々な政策努力の効果も現れクリントン政権第2期の98年度についに財政収支は黒字に転換した(第2-2-1図)。ただし財政状況が改善した背景には、景気循環要因が重要な役割を果たしたことも事実である。

●90年代の財政赤字削減に向けての法制度面における政策努力
 財政赤字削減に向けて、法制度面の対応として、まずレーガン政権時代の85年にグラム=ラドマン=ホリングス法(以下、GRH法)が制定された。
 GRH法は、各年度の財政赤字目標額を設定し、年度当初において、財政赤字が目標額を一定以上上回ると見込まれた場合、強制的に一律歳出の削減を行うというものであった。しかし結果は、年度当初見込みと実績がかい離し、財政赤字の流れは止まらなかったため、以降も様々な政策努力が試みられることとなる(第2-2-2図)。
 ブッシュ政権は、90年に、向こう5年間にわたる増税と歳出の削減やGRH法の反省を踏まえた予算ルールの改革を含む、90年包括財政調整法(Omnibus Budget Reconciliation Act of 1990:OBRA90)を成立させた。増税については、個人所得税の最高税率を28%から31%に引き上げ、税率構造を2段階から3段階に変更した。また歳出削減について、メディケア(高齢者等医療保険)や農業補助金等の義務的経費や、国防費を中心とする裁量的経費を対象とした。同時に、OBRA90では、予算執行法(BEA)として、予算ルールに新たな法的枠組みを設けた。この予算ルールについての枠組みが、裁量的経費の上限を定めるCap原則と、義務的経費の増加や減税に係るスクラップ・アンド・ビルドを定めたpay-as-you-go原則(3)である。
 クリントン政権はこれらを強化し、Cap原則やpay-as-you-go原則が適用される期間を98年度まで延長したOBRA93を導入した。さらに、97年には、財政調整法を策定し、Cap原則やpay-as-you-go原則が適用される期間を2002年度まで延長するとともに、2002年度の財政収支均衡を法定した。その結果、2002年度よりも4年早い98年度に財政黒字を達成することとなった。グリーンスパンFRB議長も90年以来維持してきたこの2つの財政規律の重要性、有効性を認めた上で、今後も財政手続の中に財政規律のメカニズムを組み込むフレームワークを保持すべきだと指摘している(4)

●歳出削減と景気拡大による増収によってもたらされた財政収支の改善
 90年代の財政収支は最も赤字が膨らんだ92年度から最大の黒字を計上した2000年度まで、財政収支はGDP比▲4.7%から2.4%まで急速に改善した。このGDP比7.1%ポイントの財政収支改善の要因をみると、歳出面での寄与が53%、歳入面での寄与が47%と同程度となっている(第2-2-3表)。さらに米国議会予算局が作成した資料に基づき、構造要因、(景気)循環要因に分解すると、歳出面の構造要因が49%と改善要因の約半分を占め、次いで歳入面の循環要因が37%となっている。すなわち、歳出面では政策的努力による各種経費の削減、歳入面では景気拡大による増収が財政赤字削減に大きく貢献したことが分かる(構造的財政収支、循環的財政収支については補論参照)。

●歳出は国防費の削減、歳入は個人所得税の増収がポイント
 歳出面、歳入面の個別項目の動きをみることでどのような歳出・歳入項目が財政収支の改善に寄与したかが分かる。歳出の費目別に92年からのGDP比削減幅をみると、最も大きく削減している費目は裁量的支出の国防費であり(第2-2-4図)、冷戦が終わったことによる平和の産物と考えられる。併せて政策的努力として注目されるのは、義務的支出が削減されていることである。この義務的支出のうち削減幅の大きい費用は社会保障費用や失業補償を含む所得保障費用であり、これら費用の削減には大きな政策努力が払われたものと考えられる。こうした裁量的支出、義務的支出両面を削減した結果、利払い費も年を追うごとに減少し、歳出全体では92年度から2000年度にかけてGDP比3.8%ポイント削減された。
 歳入については、歳入全体が92年度から2000年度までGDP比3.4%ポイント伸びている(第2-2-5図)。このうち個人所得税の伸びが2.6%ポイントと大半を占めており、個人所得税の増収が歳入の伸びにつながっている。これは、91年3月の「景気の谷」から2001年3月の「景気の山」まで景気拡大が10年間続き、この間に高所得者層を中心とした所得の増加がみられたことや、また、同時期に株価が上昇を続け、キャピタルゲイン課税の税収が大幅に伸びたことが大きな要因となったことなどによる。
 一方、歳入増加要因として政策的努力も見逃してはならない。90年のブッシュ政権による個人所得税の課税強化に加え、クリントン政権はさらに所得税の最高税率を39.6%に引き上げ、5段階の税率構造とした。こうした最高税率の引き上げ、税の累進性の強化も高所得者層を中心に大幅な個人所得税の増収に寄与したと考えられる。


2. 2001年以降再び悪化した財政収支

 クリントン政権の下、98年度に黒字に転じたアメリカの財政収支は、2000年度には過去最大の黒字となった。しかし、2001年のITバブルの崩壊による景気後退やクリントン政権に替わったブッシュ政権による減税政策の影響、対テロ戦争に向けた軍事費の拡大等により、2001年度の黒字は前年度を下回り、2002年度以降は再び赤字に転じることとなった。

●2001年度以降は歳入減により財政収支は悪化
 アメリカ連邦政府財政収支は2000年度には過去最大となる2,364億ドルの黒字であったが、2003年度は過去最大となる3,753億ドルの赤字となり、2000年度から2003年度までの間に、財政収支はGDP比においては2.4%から▲3.5%へ6%ポイント程度の急速な悪化を示した。この悪化の要因を歳入面と歳出面とに分けてみると、全体のうち4分の3が歳入面によるものである。また、財政収支を構造的収支と循環的収支とに分けた場合には、構造的収支の変動による部分が7割、循環的収支の変動による部分が3割となっている(第2-2-6表)。
 年度ごとにみても歳入面の影響が大きい。これに循環的収支と構造的収支による分解と組み合わせると、2001年度の財政収支悪化は循環要因による歳入減少の影響が大きく、2002年度、2003年度にかけては、構造要因による歳入減少の影響が大きい。これは、2001年度は景気循環の後退局面による歳入低迷、2002年度と2003年度は減税政策による税収減が生じたことを意味している。
 また、いずれの年度においても構造要因による歳出増加が、財政悪化の要因の2割強から3割強を占めており、歳出に関しては、構造要因の影響が財政悪化に与える影響が大きかったといえる。

●財政収支の悪化要因:歳入面は所得税収の低迷、歳出面は国防費の拡大
 歳入全体のGDP比は2000年度は20.9%であり62年度以降では最も高かったが、2003年度には同16.5%と最も低くなっている。歳入の内訳をみると、2000年度の個人所得税はGDP比10.3%、法人所得税は同2.1%だったが、いずれもその後の3か年度連続で減少し、2003年度には個人所得税は同7.3%、法人所得税は同1.2%にまで低下した(第2-2-7(1)図)。
 2001年以降の景気後退は、法人所得税収を悪化させるとともに、株式市場の低迷を通じてキャピタルゲイン課税の税収を減少させることで個人所得税収を悪化させた。減税政策を中心とした再三にわたる景気刺激パッケージが歳入を減少させた影響も大きい。2001年1月に就任したブッシュ大統領はまず、2001年6月に10年間で1兆3,500億ドル程度となる景気刺激パッケージを成立させた。続いて2002年3月には中小企業の設備投資促進等を中心とした510億ドル程度の景気刺激パッケージを成立させ、2003年5月には、財政赤字拡大を懸念する声により当初の規模から半減したものの3,500億ドル程度の景気刺激パッケージを成立させた。
 歳出は全体では2000年度のGDP比18.4%から2003年度には19.9%まで増加した(第2-2-7(2)図)。歳出の内訳をみると、裁量的支出は2000年度はGDP比6.3%であったが、その後は毎年度増加し、2003年度にはGDP比7.6%となった。2001年9月の同時多発テロ発生以後の国防費の急増等による面が強い。クリントン政権時に裁量的支出の5割程度まで抑制されていた国防費は2002、2003年度には裁量的支出の増加の6割を占めるまでに拡大した。義務的支出はメディケア、メディケイド(65歳未満の低所得者層を対象にした医療制度)支出の増加により、2000年度のGDP比9.8%から徐々に増加し2003年度にはGDP比10.9%となっている(第2-2-7(3)図)。

●海外からの資金流入で賄われる財政赤字
 財政赤字の存在は、政府が国債の発行により資金調達を行わなければならないことを意味する。財政赤字に対する資金調達の最近の特徴として、80年代に比較して、海外からの資本流入の増加に依存する傾向が強まっている。
 80年代から90年代前半にかけての政府部門の資金不足はGDP比では極めて高い水準で推移していた(第2-2-8図)。当時企業部門でも資金不足がみられたが、国内の家計部門が大幅な資金余剰の状態にあったため資金調達はある程度国内部門で対応できた。90年代前半になると企業部門においても資金余剰がみられ、家計と企業を合わせた民間部門全体の資金余剰が政府部門の資金不足解消に回るという構図となっていた。
 90年代半ばを過ぎると、個人消費の拡大から貯蓄が減少し、家計部門の資金余剰は大幅に減少した。しかし、財政再建が進んだことで政府部門の資金不足が減少したため、海外部門からの資金流入は増加こそしたものの、緩やかな伸びにとどまった。
 しかし、99年以降家計部門の資金余剰が一層減少し、企業部門が資金不足となるなかで、政府部門も2001年以降は資金不足となった。そのため、80年代から90年代にみられた民間部門が政府の赤字の一部を賄う構図とは異なり、専ら海外からの資金流入によって各部門の資金不足を賄う構図となっている。これは海外からの安定的な資金流入の確保が必要となっていることを意味する。2002年には貯蓄投資差額がやや拡大しており、こうした状況の下でもし海外からの資金流入が滞るような事態になると民間投資の阻害要因になる長期金利上昇を引き起こすことが懸念される。

●財政収支悪化に伴い財政見通しも悪化
 議会予算局(Congressional Budget Office:CBO)は毎年1月に向こう10年間の経済財政見通しを発表し、その年の8月にその間の政策決定と経済情勢の変化を踏まえて見通しの改定を行っているが、景気後退と度重なる景気刺激策により財政収支が悪化するにつれ、将来の財政見通しも大幅に悪化してきた(第2-2-9図)。
 2001年以降ブッシュ政権が行った政策が財政見通しに与えた影響をみるためにCBOが2001年1月と2004年1月に発表した経済財政見通しの比較を行ってみると、2001年1月に発表された経済財政見通しでは、2002年度から2011年度までの10年間すべての年度で前年を上回る黒字となり、10年間の合計では5兆6,100億ドルの黒字になると見通されていた。そして、2009年度には債務残高から基金貸借を相殺した純負債額はマイナスになるとされていた。
 しかし、2004年1月の経済財政見通しでは、2004年度は過去最大の財政収支赤字となった後、2013年度までは財政収支赤字が続き、2005年度から2014年度までの10年間での合計では1兆8,930億ドルの赤字と見通されていて、債務残高は2014年度には実に6兆3,990億ドルに達するとされている。

●政策要因が財政見通し悪化の主な要因
 CBOは経済財政見通しを更新する際に、前回の見通しから増減した歳入、歳出を、それが生じた要因別に政策要因変化、経済要因変化、テクニカル要因変化の3項目に分類している。政策要因変化は前回の見通しとの間のほぼ半年間に新たに策定された政策(所得税減税、国防費増加等)による歳出・歳入変化を表し、経済要因変化はCBOの経済見通しの変化による歳出・歳入変化を表す。テクニカル要因変化はこれらのいずれにおいても説明できない歳出・歳入変化を示している。
 2001年1月から2004年1月の間の経済財政見通しで行われた改定を要因別に累計してみると、歳入見通しでは3つの要因変化それぞれがある程度の影響を及ぼしている(第2-2-10図)。一方、歳出見通しにおいては政策要因変化の影響が大きい。歳入、歳出の影響をあわせると、政策要因による変化が大きいことが分かる。


3.今後のアメリカ連邦財政

●財政再建への取組:目標は2009年度までに赤字を半減
 ブッシュ大統領は2004年2月2日、2005年度の予算案の詳細をまとめ、「予算教書」として議会に提出した。その中でブッシュ大統領は今後の財政収支について、2004年度はCBO見通しを上回る5,210億ドルの財政赤字を見込んでいるものの、2009年度までに赤字を半減させるとした。
 財政赤字幅が縮小していく要因として、歳入面では減税政策が支えた景気回復により税収増が見込めるとしている。また、歳出面では2005年度予算で、裁量的支出の伸びを3.8%増(2003年度は前年度比9.9%増)に抑制し、さらに、今後5年間の歳出額を、2005年度予算教書見通しの範囲内に抑制するCap原則の導入を提案している。義務的支出は今後の歳出拡大の大部分を占めているが、これについては、pay-as-you-go原則を導入して拡大を抑制することを提案している。
 Cap原則、pay-as-you-go原則はともに90年包括財政調整法以来、財政赤字削減において効果を示してきたが、2002年9月に失効している。pay-as-you-go原則は従来、歳出増加を行う場合にそれに見合う増税によって賄う選択肢もあったが、今回の提案では増税により歳出を賄うことはせず、他の歳出削減のみによって行うこととしている。
 ブッシュ政権は2005年度の予算教書で現在行われている減税政策の恒久化を提案していることから、予算教書を踏まえない場合と比較して歳入減となるが、それを上回る歳出抑制を行うことで、財政収支を改善させるとしている(第2-2-11図)。
 それでもなお財政赤字に懸念を投げかける声は多い。グリーンスパンFRB議長は2004年2月に行った議会証言で「ここ数週間、議会などで、先行きの財政赤字の削減へ向けた動きがあるが、今までのところ財政を均衡させるようなプログラムには至っていない」と述べている。また、OECDは、「歳出抑制だけでは財政収支を均衡させるには十分ではなく、増税を伴う歳入増加を行うことも必要である」と指摘している(5)。OECDは、現在の景気刺激策により下げられている限界税率を元の水準に復帰させることによって行うのではなく、課税ベースを拡大することによって増税を行うべきであるとしている。

●高齢化の進展に伴い悪化が予測される長期財政見通し
 2010年にはベビーブーム世代(1946年〜1964年生まれ)が退職年齢に達し始め、財政にとって大きな圧迫要因になるといわれている。2010年以降、労働力人口の増加ペースが低下する一方で、65歳以上人口の増加ペースは速まると見込まれている(第2-2-12図)。高齢人口の増加は、メディケア、メディケイド、社会保障等、一定の要件を満たす者に対して連邦政府が給付する制度であるエンタイトルメントプログラムといった形での歳出の増加を伴うことになる。
 CBOによる長期財政見通しでは、国債の利払い償還を除いた歳出は、主にメディケア、メディケイドの動向に左右されるものの、中間シナリオでは、現在のGDP比18.4%から2050年には同23.4%に上昇する(第2-2-13図)。
 この長期財政見通しの中でCBOは、歳出においては、現在のエンタイトルメントプログラムの給付水準を維持するには、過去にない水準にまで増税しなければ、財政は持続不可能であろうとみている。あるいは、課税水準を維持するならば、エンタイトルメントプログラムの給付総額の伸びを抑えなければならず、国防、教育、移転支出、その他裁量的プログラムに向けた支出の伸びの抑制だけでは、財政の持続可能性を保証するには十分ではないとしている。
 ヘルスケア支出が経済成長以上に速く増加し、ベビーブーム世代が社会保障とメディケアの受給者へ近づくにつれ、アメリカは税と歳出のバランスについて決断を迫られることとなる。


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