第2章 財政赤字削減に取り組む欧米の最新事情 |
●北米の動向
アメリカは80年代に財政赤字が大幅に拡大したが、90年代に入り、財政赤字削減に向けた政策努力と景気が拡大したことにより98年度には財政収支は黒字に転換した(第2-1-1図)。その後2001年度までは黒字を続けたが、景気後退と積極的な減税政策などにより再び赤字に転じ、2003年度の財政赤字はGDP比3.5%にまで拡大している。
カナダは90年代半ばまで財政赤字が続いていたものの、93年に自由党のクレティエン政権が誕生したのち本格的な財政再建が行われ、97年度以降は黒字となっている。カナダの財政再建においてもっとも重点が置かれたのは歳出の削減である。政府はプログラム・レビューと呼ばれる、各省庁が行う事業への歳出の全面見直しなどを行った。また、基礎的財政収支(プライマリー・バランス)の黒字化を目標として、デフィシット・ターゲットと呼ばれる赤字削減目標額を設定した。
●ヨーロッパの動向
(1)ユーロ圏の動向
ユーロ圏では、80年代は財政赤字が続いていたが、93年にマーストリヒト条約発効以降、通貨統合への参加基準を達成するために各国で財政赤字削減に向けた取組が活発化した。景気回復と各国の財政赤字削減に向けた取組の結果、97年には財政赤字は顕著に減少してGDP比3%以下とする参加基準を達成した。ユーロ導入後も、ユーロ参加国には「安定と成長の協定」によって過度の財政赤字の回避が求められ、財政赤字は2000年まで減少傾向が続いた。しかし、2001年以降世界経済が減速するなかで、財政赤字は再び増加傾向となっている。
ユーロ圏の主要国について国別に見ると、ドイツでは、80年代に歳出削減による財政赤字の削減が進められ、89年には財政収支はGDP比0.1%の黒字となり財政再建を達成した。90年代に入ると東西ドイツ統合(90年)による財政負担の増加により財政収支は再び赤字に転じたが、通貨統合に向けた参加基準達成のため、財政規律が強化されるとともに、付加価値税率の引上げ(93年)や連帯付加税導入(95年)が行われた。また、歳出削減と雇用の安定を両立させるための積極的な雇用政策がとられた。このような財政健全化に向けた取組の結果、マーストリヒト条約の収斂基準を満たし、98年には通貨統合への参加が正式に決定した。しかし2001年以降は景気の減速等から再び財政赤字は拡大しており、2002年から2年連続して3%の上限を突破している(第2-1-2図)。
フランスでは、80年代後半以降、歳出削減や国営企業の民営化等により財政赤字は縮小傾向にあったが、91年から93年にかけての景気後退期に財政収支は急速に悪化した(第2-1-3図)。通貨統合に向けた参加基準達成のため、歳出削減や付加価値税の増税等の財政改革が進められた。また、90年代後半は好景気による税収の増加もあり、97年には財政赤字はGDP比3.0%となってマーストリヒト条約の収斂基準を達成した。しかし2001年以降はドイツと同様に、財政赤字は再び拡大し2002年、2003年ともに3%の上限を突破している。
イタリアでは、80年代には財政赤字はおおむねGDP比2桁台と深刻な状態であったが、92年の通貨リラの暴落を契機に、安定的な経済体質を作り、通貨統合への参加を果たすことが最優先課題となった。政府は、94年以降、財政赤字削減策として、行政改革、年金改革、国有企業の民営化、税制改革等を推し進め、その結果97年には財政赤字のGDP比は2.7%となり、マーストリヒト条約の収斂基準を達成した(第2-1-4図)。その後、財政赤字はおおむね3%をやや下回る水準で推移している。
(2)ユーロ圏以外の動向
ユーロ圏以外のEU加盟国においては、90年代後半には財政収支が黒字化したが、近年では黒字は減少、もしくは赤字化している。
イギリスは、80年代には、サッチャー保守党政権が行政改革を通じた歳出削減を実施した結果、80年代末に財政収支は黒字に転じたものの、90年代初めには景気後退に陥り、財政赤字が拡大した(第2-1-5図)。その後、歳出の伸びの抑制措置や増税等を通じて財政の健全化が進められ、赤字は着実に減少した。97年からのブレア労働党政権において制定された財政安定化規律等に基づく財政政策や景気の回復等により、98年から2001年まで財政収支は黒字となった。しかし、2002年以降、景気の減速や公共投資の増加による歳出増により、財政収支は赤字となっている。
スウェーデンは、90年代前半に深刻な経済危機を経験し、財政赤字が拡大したが、その後、歳出削減策や歳出シーリングの適用等の予算編成改革、景気の回復により赤字は減少し、98年から黒字となっている。近年は景気減速の影響により黒字は減少している。
デンマークは、93年より好景気が続いており、財政収支は97年から黒字となっている。90年代後半には過熱気味の経済を落ち着かせるための緊縮財政政策や好景気による税収の増加により黒字は拡大したが、近年は福祉分野の拡充のため歳出が増加し、黒字は減少している。
●日本の動向
日本の一般政府の財政収支(SNAベース)は、80年代後半に黒字化したものの、90年代前半には赤字に転じた。その後、財政赤字削減に取り組んだが、経済対策等に伴う財政出動、社会保障関連費用の増加、及び長期にわたる景気低迷や減税実施等による税収の減少によって、財政赤字のGDP比は拡大した。近年の財政赤字のGDP比は、財政構造改革への取組により、おおむね横ばいで推移している。
●その他先進国の動向
大洋州諸国の財政収支は、90年代後半以降、おおむね黒字基調で推移している。
オーストラリアでは90年代半ば頃から財政支出(GDP比)を減少させ、97/98年度(2)に財政収支は黒字に転じた。その後も財政収支は黒字が続いたが、2000/2001年度以降減税や財政支出が増加したことから、黒字幅は縮小した。
ニュージーランドでは93/94年度以降財政収支は黒字となっている。84年から経済改革が行われ、その一環として財政改革が進められた。94年には政府に明確な財政規律の維持を義務付ける財政責任法を成立させている。
アジア経済は国別の成長段階が異なるために財政状況について一般化することは困難であるが、90年代に入り高成長が実現した時期には財政状況の改善がみられた。しかし97年に発生したアジア通貨危機の影響を受けて財政状況も悪化し、各国とも財政の健全化に向けた取組を続けている。
●財政赤字が続く中国
中国経済は90年以降高い成長が続いており、経済発展に伴って、国家財政は歳入・歳出ともに急速に増加している。財政収支をみると、国有企業の赤字補填等から、財政支出が収入を上回り、財政赤字が続いている(第2-1-6図)。94年に、中央政府と地方政府の歳入、歳出を明確に区分する分税制を導入し、同時に増値税(付加価値税)改革による歳入拡大措置がとられたことにより、中央政府の財政基盤が強化された。97年のアジア通貨危機で輸出等の伸び悩みにより景気が減速したことを受けて、98年の補正予算でそれまでの緊縮的財政政策から積極的財政政策に転換し、99年には経済成長率7%の目標を掲げ、国債の発行により、98、99年に建設支出を大幅に増加させた。さらに、2000年からは、「西部大開発」を中心としたインフラ関連支出が増大している。積極的財政政策は続いているものの、2003年は高い経済成長で歳入が増加する一方、景気過熱を懸念して公共投資を抑制したため、財政赤字幅は縮小した。
●2000年以降財政黒字が続いている韓国
韓国では90年代に入り、財政収支はほぼ均衡を保っていたが、97年の通貨危機の影響により景気が後退局面に入ると、財政収支は赤字に転じた(第2-1-7表)。98年には、失業対策関連等のため支出が大幅に増加する一方、景気低迷で税収は伸び悩み、財政赤字はGDP比3.9%まで拡大した。しかし、2000年には、景気回復から歳入が大幅に増加し、財政収支は黒字へと転じ、それ以降も黒字が続いている。2002年には景気拡大をうけ政府支出を減らしたため、黒字幅はさらに拡大した。しかし、2003年には景気が後退しており、政府は建設投資を増やすなど、財政支出を拡大させた。
●財政黒字が続いているシンガポール
シンガポールは、97年の通貨危機まで経済は安定して高い成長が続いていたことや94年の消費税導入等を背景に、歳入は安定して増加しており財政黒字が続いている(前掲第2-1-7表)。ただし、97年の通貨危機や2001年の景気の減速を受けて財政支出が増加したことから、近年は財政黒字は縮小傾向で推移している。
●アジア通貨危機後、財政収支が悪化したASEAN諸国
ASEAN諸国では、90年代に入りおおむね景気拡大が続いていたため税収が増加し、財政黒字の状況が続いていた(前掲第2-1-7表)。しかし、97年の通貨危機で景気が急速に悪化したことを受け、98年には積極的経済政策をとったため、財政収支は赤字へと転じた。99年には経済は急回復したが、積極的財政政策を続けている。インドネシアやフィリピンでは政情が不安定等の問題もあるが、近年は各国とも財政均衡に向けて緊縮財政を目指しており、タイでは景気拡大による税収の増加もあり、2003年の財政収支は黒字となった。
一般的には、財政赤字が発生すると政府部門がより多くの資金を市場から調達するため資金不足傾向となることから金利が上昇し、それにより民間投資が減少する(クラウディング・アウト)と考えられる。この結果、資本蓄積が低下することにより、長期的な経済成長力が低下するという悪影響が懸念される。現在のところ、世界の主要国において、財政赤字は拡大しているものの、金利は低い水準にあるが、今後、財政赤字が金利上昇圧力になる可能性は否定できない。
また、財政赤字が継続すると国の債務残高は増加し続けることになり、それに伴い国債の利払い費が増加する。それにより、財政赤字がさらに拡大するという悪循環に陥り、債務残高が増加し続けるとともに、財政の硬直化を招くおそれがある。最悪の場合は、債務残高の増加が余りにも急速になると経済活動水準からみて維持不可能な水準まで財政赤字が発散してしまい財政破綻に陥ることも考えられる。
短期的な局面でみても、慢性的な財政赤字の存在は景気後退局面によってさらに問題を悪化させるおそれがある。予想以上の景気悪化が生じるような場合には、歳出構造が硬直的であれば公債の追加的な発行により資金調達をする必要があり、さらに政府の負債が増加する。これは公債の利子負担の増加などを通じて財政赤字の解消を難しくする。
このような状況を避けるために財政赤字削減の努力は必要であり、規律ある財政政策がとられることが望ましい。財政赤字削減に向けた取組としては、財政収支のGDP比や債務残高のGDP比といった数値目標を設定することや歳出の増加を抑制することなどがある。また、予算制度を改革し、予算の効率化を図ることも、財政赤字削減に寄与すると考えられる。現在、財政収支が赤字となっている主要国では、財政赤字削減に向けて積極的な取組を続けている。