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3.財政再建を巡る混迷、異例の緩和的金融政策

(1)財政再建に向けた取組と景気下押しリスク

(i)連邦債務上限と財政再建を巡る議論の混迷と2011年予算管理法の成立

 アメリカでは、連邦政府の債務残高の上限額を法律で規定している。債務残高が法定上限を超えると、国債の新規発行を行うことができず、歳出や国債の元利払い等に支障が生じることとなる。

 前述のとおり、世界金融危機への対応に伴う財政支出の増大により、財政赤字が急激に膨らんだことから、11年8月初頭には債務残高が法定上限に到達する見込みとなった34。このため、同年4月、オバマ大統領は4兆ドルの財政赤字削減策と超党派による協議を提案し、5月には、与野党の議会指導部とバイデン副大統領による協議会が設置され、法定上限の引上げに向けた調整が開始された。しかしながら、12年の大統領選挙を控えて与野党間の協議が難航し、6月には野党共和党が協議を離脱する事態となった。さらに、6月から7月にかけて、格付会社が米国債の格下げを示唆する中、依然として財政赤字削減と債務上限引上げに係る与野党の協議が難航していたことから、8月にかけて、米国債の短期金利の急上昇や1年物CDSプレミアムの拡大35がみられるなど、市場における米国債のデフォルト懸念が急速に高まることとなった。

 最終的には、債務上限の到達期限である8月2日に2011年予算管理法が成立し、少なくとも2.1兆ドルの債務上限引上げを2段階で行うことと、今後10年間で2.1~2.4兆ドルの財政赤字削減を行うことが法定された。しかしながら、格付会社S&Pが、同法による財政再建策が中期的に債務を安定させるためには不十分であり、また、政策決定の有効性、安定性、予見可能性が弱まっていると判断し、史上初の米国債の格下げを実施した。これにより、第1章第1節2.でみたように、金融資本市場が大きく動揺することとなった。

第2-2-58表 債務上限引上げ問題の経緯
第2-2-58表 債務上限引上げ問題の経緯

 2011年予算管理法では、今後10年間で0.9兆ドルの歳出削減を行うとともに、議会に設置する上下院の超党派からなる特別委員会(以下「超党派委員会」という。)が今後10年間で1.5兆ドルの財政赤字を削減するための税・給付改革を含めた案を11月末までにとりまとめ、12月末までに同案を議会で議決することとされた(第2-2-59表)。仮に期日までに財政赤字削減策を決定できない場合には、1.2兆ドルの歳出削減が強制的に実施されることとなっており、今後10年間で2兆ドル超の財政赤字削減を実施することが法定されている。

第2-2-59表 2011年予算管理法の概要
第2-2-59表 2011年予算管理法の概要
(ii)財政再建に向けた取組の進捗

 11年8月11日、2011年予算管理法に基づき設置された超党派委員会のメンバーが発表され、以後、財政赤字削減策のとりまとめに向けた協議が進められた(第2-2-60表)。

第2-2-60表 財政再建に向けた取組の推移
第2-2-60表 財政再建に向けた取組の推移

 その後、9月に入ると、オバマ大統領は、悪化する雇用情勢に対処するため、総額4,470億ドルの雇用対策法案と、その財源を賄うための新たな財政赤字削減計画を発表し、超党派委員会に提案した(第2-2-61表、第2-2-62表)。この財政赤字削減計画は、雇用対策法案の財源を賄うとともに、今後10年間で3兆ドル超の赤字削減策をまとめたものである。しかしながら、富裕層に対する増税策が盛り込まれたことなどから共和党は強く反発し、10月に上院で増税対象を更に絞り込んだ修正案の議事手続のための採決を行われたが、フィリバスター(議事妨害)を防ぐに足る票が得られず、法案自体の採決に進むことができなくなった。その後、同法案の部分的な実現に向けた与野党の調整が続けられ、退役軍人に対する雇用支援策については両党の合意を得て成立したものの、教員等の雇用確保やインフラ投資のための法案については、共和党の反対により審議入りすることができず、実施の目途が立っていない。

第2-2-61表 オバマ大統領の雇用対策(11年9月12日発表)
第2-2-61表 オバマ大統領の雇用対策(11年9月12日発表)
第2-2-62表 オバマ大統領が提案した財政赤字削減計画(11年9月19日)の概要
第2-2-62表 オバマ大統領が提案した財政赤字削減計画(11年9月19日)の概要

 このように、8月の超党派委員会設置以降、財政赤字削減の具体策をめぐり議論を続けてきたものの、両党は主張の隔たりを埋めることができず、11月21日、超党派委員会による協議は決裂したとの声明が発表された。この結果、2011年予算管理法に基づき、13年以降21年までの間に1.2兆ドルの歳出削減が強制的に実施されることとなり、先に決定された0.9兆ドルの歳出削減と合わせて、今後10年間で総額2.1兆ドルの歳出削減が進められることとなった。

(iii)今後の財政緊縮が景気に及ぼす影響

 議会予算局(CBO)及び行政管理予算局(OMB)の試算によれば、2011年予算管理法に基づく財政赤字削減により、21年度の財政赤字はGDP比1~2%程度の水準まで改善する見通しである(第2-2-63図)。

第2-2-63図 2011年予算管理法による財政赤字削減効果:21年度にはGDP比1~2%まで改善
第2-2-63図 2011年予算管理法による財政赤字削減効果:21年度にはGDP比1~2%まで改善

 オバマ大統領は、財政再建の目標として、前政権から受け継いだ財政赤字(1.3兆ドル)を任期終了(13年1月)までに半減すること(09年2月の議会演説)や15年までに基礎的財政収支の均衡を達成すること(10年2月の予算教書)を掲げているが、これらの目標についてはおおむね達成されると見込まれている。

 このような財政赤字削減は、景気に対してどのような影響を及ぼすのであろうか。11年7月、CBOが、今後10年間で2兆ドル規模の財政赤字削減を行った場合における国民総生産(GNP)への影響について試算を行っている36。これによれば、短期的には需要が減少し、企業による雇用抑制や投資抑制を招いて更なる需要・生産の減少が生じることなどから、数年間は国民総生産を下押しするとしている。一方、中長期的には、財政赤字削減が一国全体の総貯蓄を増加させ、投資促進による資本ストックの拡大をもたらすことで生産をさらに押上げることなどから、国民総生産を押し上げるとしている(第2-2-64図)。

第2-2-64図 財政赤字削減が実質GNPに及ぼす影響:短期的にはマイナス、長期的にはプラス
第2-2-64図 財政赤字削減が実質GNPに及ぼす影響:短期的にはマイナス、長期的にはプラス

 ただし、こうした財政赤字削減策が景気に及ぼす影響は、財政赤字削減策の実施のタイミングやペース、歳入強化や歳出削減の内容や組み合わせ、政策の信頼性、その他の政策の動き等によって大きく変化することに留意が必要である。例えば、財政赤字削減が速いペースで行われる場合には、中長期的には景気押上げ効果が大きいものの、短期における生産は大きく縮小することとなる。逆に、財政赤字削減のペースが遅い場合には、景気に及ぼす短期的な影響を抑えることができるものの、景気押上げ効果が表れる時期は遅れることとなる。

 連邦と州・地方を合わせた政府支出の実質経済成長率に対する寄与度は、10年10~12月期以降、おおむねマイナスで推移している。今後、連邦政府では2011年予算管理法に基づく財政赤字削減がなされる一方、州・地方政府においても財政がひっ迫した状況にあることから、今後数年の間は政府支出のマイナス寄与は拡大し続ける可能性が高い。

コラム2-4:格付会社による格付けの役割と影響

 2011年8月5日に発表された格付会社S&Pによる史上初の米国債の格下げは、市場に大きなインパクトを与えた。その他、欧州債務問題から欧州諸国等の国債の格下げも相次いでおり、格付会社の動向に注目が集まっている。そこで、格付会社による格付けの役割と影響、今後の課題について、以下、考察する。

(i)役割

 格付けとは、国や企業等が自身の発行した債券の元利払いをできなくなるリスクを、A~Cのアルファベットと数字や記号を組み合わせて表したものである。格付会社は、格付けを通して、投資家が投資を行う際に最も重要視する債券等の信用力に関する情報を提供している。すなわち、第三者である格付会社が債券の発行体の信用リスクを評価し、信用力の目安を格付という形で示すことで、投資家が投資し易い環境を整えることになる。

 他方、債券の発行体にとっては、銀行を通じた間接金融に加えて、自らの信用力に見合った水準での直接金融による資金調達が可能となる。

 投資家にとっては、投資対象となる企業等の情報を完全に把握することができない中で、当該企業等の信用力の目安を把握することができ、債券の信用リスクと妥当な金利水準を勘案した投資判断を行うことができる。また、格付けを通して、異なる経済構造を持つ国同士や、異なる業種間の企業同士であっても、その信用リスクを比較することができる。

(ii)影響

 格付けの違いは、債券の発行体にとっては、債券を発行して資金調達する際のコストに影響を与える。例えば、今般の欧州債務問題の渦中にあるギリシャ等の国債利回りをみると、上位格付けの国ほど利回りは低く、下位格付けの国ほど利回りが高い。また、格下げのタイミングでは利回りが上昇する傾向にある(図1)。

図1 格付けの変化と国債利回りの関係:格下げのタイミングで利回りが上昇
格付けの変化と国債利回りの関係:格下げのタイミングで利回りが上昇

 格付けの変更は、債券の発行体への影響のみならず、格付けを利用している投資家の行動にも変化をもたらす。なぜなら、機関投資家等がリスク管理を行う際には、独自のリスク評価に加え、格付会社による格付けを参考としていることが多いからである。また、各証券会社は、世界の金融・債券市場を投資対象とする指数(グローバル・インデックス)に組み込む債券等を決める際、格付会社の格付けを基準の一つにしている。グローバル・インデックスは、世界の機関投資家やファンドマネージャーなど多くの投資家により、運用の基準とする「ベンチマーク」として利用されており、ファンドの資産構成を指数とほぼ同じに作り上げ、指数と同等のパフォーマンスを狙う「パッシブ運用」を行う年金基金をはじめとする日本の投資家も多い。したがって、格付けが変更されると、機関投資家等の債券ポートフォリオの変更に結びつくことになる。

 また、銀行に対しては、自己資本比率の算出において格付けを基準とするリスクウェイトが定められており、保有債券の格付が低いほど自己資本を厚くする必要がある。そのため、銀行は、保有している債券が格下げされると、自己資本を積み増す必要にせまられる。

(iii)今後の課題

 格付けは、債券発行体にとどまらず投資家の行動にも影響を与えるなど、金融資本市場の様々な面に影響を及ぼす。そのため、格付会社には、透明性と信頼性を備えた格付けを付与することが求められる。

 しかしながら、08年9月の世界金融危機発生後、格付会社に対する批判の声が聞かれている。証券化商品にリスク実態からかけ離れた高い格付けを付与していたことにより金融危機が助長されたという見方が背景にある。また、格付会社の収入は格付けを付与する発行体からの手数料に依存するため、格付対象の利益を考慮して格付けがなされているという指摘もあり、信頼性にも疑問が呈されている。

 こうした中、主要各国は格付会社への規制強化を進めている。例えば、アメリカでは、10年7月に制定された金融規制改革法(ドッド・フランク・ウォールストリート改革・消費者保護法)において、証券取引委員会(SEC)が格付会社に対し年1回以上の審査を実施することが定められた。11年9月に行われた最初の審査では、複数の格付会社に対し、情報公開等の点について改善勧告がなされている。ヨーロッパでは、11年7月より、これまで各国当局が行ってきた格付会社に対する規制を、金融監督制度改革の一環として設立された欧州証券市場監督局(ESMA)の下で一元的に行う制度に移行した。また、同年10月には欧州委員会より、格付会社に対する更なる規制強化の方針が示されている。

 格付会社の自主的な努力とともに当局が適切な規制を行うことにより、格付会社の透明性と信頼性を確保することが、金融資本市場の安定のためにも重要である。

(2)物価上昇の中での異例の緩和的金融政策

(i)デフレ懸念から一転、物価上昇が継続

 連邦準備制度理事会(FRB)は、「雇用の最大化」と「物価の安定」という、いわゆるデュアルマンデートと呼ばれる使命を負っているが、前述の通り、雇用については失業率が高止まり雇用者数の伸びが弱い一方、物価についてはデフレ懸念も指摘されていた2010年夏から一転、物価上昇率が高まる状況にあり、金融政策運営が難しい局面にある。

 物価については、11年半ばより生産者物価指数、輸入物価指数ともに伸びが高止まりしている中で、FRBが参照しているPCEコア指数は今年に入り上昇傾向にある(第2-2-65図)。11年初の一次産品価格の高騰を受けて生じた原材料価格上昇が消費者物価へ転嫁されている様子がうかがえる。

第2-2-65図 PCEデフレータの推移:11 年に入り上昇
第2-2-65図 PCEデフレータの推移:11 年に入り上昇

 PCEコア指数の内訳を財価格とサービス価格に分けてみると、財価格については、10年以降、前年比でマイナスであったが、11年第2四半期以降はプラスに転じ、伸びが高まっている。項目別には、衣料品、靴が11年第2四半期に入ってプラスの寄与に転じ、また、自動車・同部品及びその他耐久財(宝飾品、治療用装置等)のプラス寄与が11年に入り大きくなっている。サービス価格についても、11年に入り伸びが若干高まっている。項目別には、住居費・公共料金や飲食・宿泊サービスのプラス寄与が大きくなっている(第2-2-66図)。

第2-2-66図 PCEデフレータ項目別の推移:財価格が伸び高まる
第2-2-66図 PCEデフレータ項目別の推移:財価格が伸び高まる

 PCEコア指数の上昇に寄与している衣料品や自動車について、関連する財の生産者物価指数をみると、例えば、皮、プラスチック、タイヤ、鉄、鉄スクラップ価格の上昇が進んでおり、価格転嫁の様子が伺える。価格転嫁については、9月の地区連銀報告(ベージュブック)でも、大多数の地区は価格圧力が低下したが、いくつかの産業では投入コストの上昇が続いたとの報告がなされている。例えば、シカゴ地区では、商品価格、とりわけ銅や鉄鋼価格の上昇がコスト面での圧力になっていることや、サンフランシスコ及びクリーブラント地区では綿製品価格の上昇や、カンザスシティ地区での食料品のコスト上昇に伴うレストランでのメニュー価格の上昇が報告されている。

(ii)出口戦略の議論から異例の緩和的金融政策へ

 世界金融危機発生後、ゼロ金利政策や、様々な流動性供給策・非伝統的金融政策を実施してきたFRBは、10年11月に開始した中長期国債買取り(いわゆるQE2)を11年6月に予定通り完了した。FRBは、11年春頃までは金融政策正常化への道筋を探っていたものの、その後、アメリカ経済が減速傾向を強めたことから、8月には金利水準のコミットメントを表明し、9月にはいわゆるツイスト・オペの実施に踏み切るなど、緩和的姿勢を強めることとなった。以下、11年春以降の動きについて、具体的に見ていく(第2-2-67図)。

第2-2-67図 政策金利・非伝統的金融政策の推移
第2-2-67図 政策金利・非伝統的金融政策の推移
(ア)QE2完了

 10年11月のFOMC(連邦公開市場委員会)において、11年6月までに6,000億ドルの中長期国債の買取りを行う量的緩和、いわゆるQE2を決定した。この背景には、10年春以降、経済見通しが異例なほど不確実な情勢になり、期待インフレ率も低下傾向であったことがあげられる。

 そして、11年6月のFOMCにおいて、QE2は予定通り完了すること、保有証券の元本償還分を中長期国債へ再投資する(FEDのバランスシートの規模を維持する)ことを決定した。バーナンキ議長は、FOMC後の記者会見において、QE2の延長あるいはQE3を決定しなかった理由として、1)デフレリスクが大きく後退したこと、2)労働市場が改善していることの2点を指摘した。

 QE2完了の決定については、FOMC参加者全員が賛成したものの、詳細については意見の対立があった。すなわち、経済成長が失業率を押し下げるのに不十分な状況が続き、物価上昇率が再び低水準に戻れば、追加緩和が適切となる可能性があるとする参加者がいる一方で、FRBによる量的緩和自体がインフレリスクを高め、インフレ期待を生み出しているという意見もあった。この経済や物価に対する参加者間の見方の違いが、後述する8、9、11月のFOMCの際にも顕在化することになる。

 なお、この6月のFOMCでは、金融政策正常化(出口戦略)原則について議論が行われ、1人を除く全てのメンバーが正常化の進め方について合意しており、この時点では、正常化への道筋を探っていたことが伺える。

 QE2の完了により、連邦準備制度(FED)のバランスシートの規模は世界金融危機発生以前の約3倍にまで拡大した(第2-2-68図)。

第2-2-68図 FEDのバランスシート(資産サイド):規模は大幅に拡大
第2-2-68図 FEDのバランスシート(資産サイド):規模は大幅に拡大
(イ)議会証言:追加緩和と出口戦略のメニュー提示

 11年7月、バーナンキ議長は、金融政策に係る半期に一度の定例議会証言を行った。その中でバーナンキ議長は、仮に経済の回復が弱くデフレリスクが再び現れた場合に取り得る追加緩和の選択肢と、金融引締めが必要な経済状況となった場合の出口戦略の進め方をそれぞれ提示した(第2-2-69表)。

第2-2-69表 追加緩和あるいは出口戦略に向けた政策の選択肢
第2-2-69表 追加緩和あるいは出口戦略に向けた政策の選択肢
(ウ)追加緩和メニュー①:金利水準に対する異例のコミットメントとFOMCメンバーの意見の隔たり

 11年7、8月にかけて、弱い実質経済成長率や個人消費の減少傾向が明らかになるなど、アメリカ経済が減速傾向を強める中、債務上限引上げ問題により消費者や企業のマインドも大幅に悪化した。このような状況の中で、市場参加者等からは追加量的緩和(QE3)期待が高まっていた。

 こうした中で開かれた8月のFOMCでは、「今年に入ってからの経済成長は、予想していたよりも相当緩慢」、「今後数四半期の景気回復ペースは想定より幾分緩慢になる」、「先行きの景気下振れリスクは増大している」と景気判断及び見通しが引き下げられた。そして、FF金利の誘導目標は現行の0~0.25%を据え置くことを決定するとともに、「今のところ、異例に低水準のFF金利が少なくとも2013年半ばまで妥当となると見込んでいる」旨が表明された。このFF金利の時間軸明確化は、前述の7月の議会証言で述べられていたものではあるが、中央銀行が一定の期間、金利水準を維持することをコミットするという異例37とも言える表明である。

 この政策決定に対しては3名の委員が反対票を投じている。政策決定が全会一致とならなかったのは、1992年11月以来となる19年振りのことである。6月のFOMCにおいても経済や物価の見方について参加者の意見に相違がみられていたが、金利水準を維持する期間をコミットするという異例の表明は、より積極的に金融緩和をすべきと主張する委員がいる一方で、今回の追加緩和措置が迅速な景気回復を促進する上で大きな役割を果たす公算は小さいとして決定に反対する委員もいるという、参加者の間での意見対立があることを表面化させることとなった(第2-2-70表)。なお、8月のFOMC後、ある反対派の委員からは、「昨年11月以降、物価上昇率は高まっており、失業率は依然高いものの改善している。こうした経済変化に対し、一段の金融緩和を行うことは適切な対応ではないと考える」との異例な声明文が出された。

第2-2-70表 追加緩和に対する参加者間の見方の違い
第2-2-70表 追加緩和に対する参加者間の見方の違い
(エ)追加緩和メニュー②:「満期長期化プログラム」の実施とMBSへの再投資

 11年8月のFOMC後も悪い経済指標の発表が続き、また、欧州債務問題がより深刻さを増し金融資本市場に緊張が走る中、8月末に行われたジャクソンホールでの講演において、バーナンキ議長は、9月のFOMCを2日間に延長し、採りうる政策手段について議論することを表明した。

 その後行われた9月のFOMCでは、1)12年6月までに残存期間が長期の国債を4,000億ドル分購入し、残存期間が短期の国債を同額分売却する「満期長期化プログラム」(いわゆるツイスト・オペ)の実施、2)保有する政府機関債と住宅ローン担保証券(MBS)38の元本償還分のMBSへの再投資を決定した(第2-2-71表)。このツイスト・オペもまた、7月の議会証言で挙げたメニューのうちの1つであった。

第2-2-71表 満期長期化プログラムによる購入証券の残存期間別配分
第2-2-71表 満期長期化プログラムによる購入証券の残存期間別配分

 なお、8月のFOMCで、金利水準のコミットメントに対して反対をした3名の委員は、9月のFOMCでも反対票を投じた。緩和的政策の必要性に関する参加者間の意見の溝が大きいことがうかがえる。

(オ)QE2とツイスト・オペの効果に係る考察

 世界金融危機発生後の08年12月より、いわゆるゼロ金利政策を維持し続けているFRBにとっては、利下げ余地が限られていることから、弱い景気回復を支えるための手段として、国債買取り等の非伝統的金融政策が大きな役割を担うと考えられる。こうした非伝統的金融政策は景気下支えにどのような効果があるのであろうか。ここでは、11年6月まで行われたQE2と11年9月に決定されたいわゆるツイスト・オペを取り上げ、これらの措置がどのように長期国債の利回りや、社債やMBS等の国債以外の資産の利回りに対して影響を与えるかについて考察する。

 FRBによる中長期国債の大規模な買取りの長期金利等への影響については、様々な学術研究により整理がなされている39が、それらに共通する一つの効果として、「ポートフォリオ・バランス効果」と呼ばれるものが挙げられる40。一般に、長期の債券は、短期の債券と比べ期間が長いという点でリスクが高いため、当該期間に係るリスクプレミアム(期間プレミアム(term premium))が短期の利回りに上乗せされ長期の利回りが決まる。「ポートフォリオ・バランス効果」とは、FRBによる中長期国債の大規模な買取りが、相対的にリスクの高い中長期国債を市場から減少させることで、市場全体が抱える期間プレミアム(term premium)を減らし、中長期国債の利回りに付加されるリスクプレミアムを縮小させることを通じて、長期金利を低下させることをいう。

 また、このポートフォリオ・バランス効果は、他の資産の利回り低下にも寄与する。すなわち、FRBの大規模買取りが、民間投資家における中長期国債の利回り低下に対する期待を形成し、投資家が収益を確保できる他の代替資産を購入することにより、当該資産の価格を上昇(金利を低下)させ、金融市場全体を緩和的にさせる効果である(ポートフォリオ再分配効果)。この点については、その影響が国債、社債、金利スワップの市場を含む広範囲に渡ることから、政策金利がゼロに到達した後でも、追加金融緩和手段としての効果が期待されるとの指摘がある41

 バーナンキ議長は11年7月の議会証言において、これらの研究成果やFRBの分析を踏まえ、QE2の効果については、長期金利をおおむね10~30bp低下させたと考えられ、FF金利に換算すれば40~120bpの引下げとほぼ同様のインパクトを経済に対して与えたと考えられると証言している。また、ツイスト・オペについてバーナンキ議長は、10月の議会証言の質疑応答において、長期金利をおおむね20bpほど低下させると予測しており、これはFF金利に換算すれば50bpの引下げに相当するものと発言している。

 11年9月に決定された、いわゆるツイスト・オペは、1961年に実施されて以来の約50年ぶりの施策である。1961年に実施されたツイスト・オペ(88億ドルの長期国債を購入し、ほぼ同額の短期国債を売却)に関しては、長期金利を15bp程度低下させ、FF金利に換算すれば100bpの引下げと同じインパクトがあったとの研究がある42。また、短期の国債を4,000億ドル売却し、同額の長期国債を購入した場合、ゼロ金利政策の下で、短期金利を上昇させることなく長期の国債利回りを13bp引き下げることができるとの分析もなされている43

 今般のツイスト・オペは、対象額の対GDP比や対国債発行額比でみて、1961年のものと同等の規模である一方、ゼロ金利政策下であり、かつ、FRBが2013年半ばまでの金利水準についてコミットメントしていることや、他の資産の利回りも歴史的に低水準にあるという点において、かつてと状況が異なっており、バーナンキ議長が指摘するような効果があるか注目される(第2-2-72表)。

第2-2-72表 ツイスト・オペとQE2の比較
第2-2-72表 ツイスト・オペとQE2の比較
(カ)今後の見通し

 11月のFOMCでは、9月に決定した「満期長期化プログラム」等の政策を維持することが決定されるとともに、経済見通しが同年6月時点から大幅に下方修正された(第2-2-73表)。なお、8,9月のFOMCにおいて追加緩和に反対する委員3名が反対票を投じていたが、11月のFOMCでは追加緩和を必要と主張する委員1名が反対票を投じている。

第2-2-73表 FOMC参加者の見通し(11 年11 月時点)
第2-2-73表 FOMC参加者の見通し(11 年11 月時点)

 今後については、11年初の一次産品価格高騰の影響が一層和らいでくることにより物価上昇が落ち着いてくることが見込まれ、一方、失業率については早々に改善するとは考え難い状況にある。利下げ余地が限られている中で、国債やMBSの追加購入といった緩和的措置の選択肢はなおも残されており、国債等の買取りは当局による市場への介入であることから避けるべきと主張する参加者がいる44ものの、景気回復が想定以上に進まない場合においては国債等の追加購入といった手段に踏み切ることもあり得ると考えられる。

コラム2-5:バーナンキFRB議長の講演と期待形成

 バーナンキFRB議長による講演や議会証言は、市場参加者の注目度が高く、発言内容により市場の期待が形成され、金融資本市場が動くことになる。

 ここでは、その中でも10年、11年と特に注目度が高かったワイオミング州ジャクソンホールでの講演と、その内容がどのように市場参加者の期待を形成したのかを見ていく。

 バーナンキ議長は、10年8月のジャクソンホールにおいて、QE2の実施を示唆した。その3ヶ月後、FRBは実際にQE2の実施を決定した。8月以降、マーケットでは、FRBによるQE2の実施を織り込み、期待インフレ率が上昇するとともに、株価が上昇し、ドル安となった。追加緩和の示唆に反応し、その効果を先取りするような期待形成が市場では行われていたものと考えられる。

 一方、11年8月は、前年同様の追加の資産買入オペ、いわゆるQE3に何らかの言及がなされるのかに大きな注目が集まり、講演日の前から株価は追加緩和を織り込み上昇していたものの、バーナンキ議長は「9月のFOMCを1日から2日間に延長し、採り得る政策手段について引き続き検討する」と述べるに留まった。この結果、市場参加者の期待形成は前年とは異なった動きとなり、期待インフレ率は低下し、株価は一時200ドル超下げた後に上昇し、為替はドル高となった。

 デフレリスクのあった10年と違い、物価上昇が続く11年においてQE3のような大胆な追加緩和を示唆することが難しい中、マーケットの期待形成に苦慮した結果が9月FOMCの日数延長の発表だったと考えられるが、金融政策のオプションがあまりないこと自体は市場参加者も認識しており、その結果、前年ほどには期待形成がされず、市場参加者の反応も限定的なものに留まったと考えられる。

図1 期待インフレ率と物価上昇率の推移
期待インフレ率と物価上昇率の推移
図2 株価と価格変動の推移
株価と価格変動の推移
図3 為替レートの推移:ドル安が進展
為替レートの推移:ドル安が進展

34 債務残高は、5月16日に法定上限(14.3兆ドル)に到達したが、法律上の規定に基づく特別措置によって上限に若干の余裕を設けたことにより、最終的な上限到達は8月2日とされた。
35 詳細は、第1章第1節2.を参照。
36 CBO(2011a)
37 他国における時間軸に係るコミットメント事例として、カナダと日本がある。カナダ中銀は、09年4月、「インフレ目標を達成するため、10年の第2四半期の末まで、政策金利の誘導目標は現在の水準に留まると予想。」とした。その後、カナダ中銀は10年4月にこの時間軸文言を修正、10年6月には利上げを行っている。日銀は、01年3月、「生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比上昇率が安定的に0%以上になるまで」ゼロ金利・量的緩和政策を続けることを約束。その後の06年3月、約5年ぶりに量的緩和政策は解除され、翌7月に利上げを実施した。
38 FRBは、09年1月から10年3月までの間、住宅ローン市場を支えるため、ファニーメイやフレディマックといった政府支援機関が発行する債券及びMBSの買取りを実施した。11年9月のFOMCにおけるMBSへの再投資の決定は、FRBが、住宅セクターの問題が景気回復を妨げている大きな理由の一つとして認識していることによる。なお、バーナンキ議長は、11月FOMC後の記者会見において、最終的には国債のみのポートフォリオにしたいとしつつ、MBSの買取りを実行可能な選択肢(viable option)と述べた。
39 バーナンキFRB議長が7月に行った議会証言の際に事前に用意された証言原稿の中で、関連するいくつかの研究論文が紹介されている。
40 このほか、Krishnamurthy et al (2011)等では、例えば、流動性効果(資産買取りにより市場に流動性が供給され、取引が活発になることで流動性プレミアムが低下する効果。市場が機能せず売買がなされないことで取引が停滞している場合に有効。)やシグナリング効果(市場関係者において、中央銀行は抱える資産の損失を出さないよう金利を当面は引き上げないだろうという期待が形成される効果)等が指摘されている。
41 Gagnon et al (2011)
42 Swanson (2011)
43 Hamilton et al (2011)
44 第1章第3節2.(4)参照。
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