目次][][][年次リスト

第2章 先進国同時景気後退と今後の世界経済

第2節 ヨーロッパの景気は後退

1.ヨーロッパの景気後退の要因

 ヨーロッパの景気は、2003年後半からアメリカを始めとする世界経済の回復を受け、輸出主導で緩やかに回復した。06年にはユーロ圏(1) 及び英国で経済成長率が3%程度となるなど回復力を強めた。しかし、ヨーロッパの景気は、07年秋頃をピークに成長率が減速し始め、08年半ばには幾つかの主要な国で景気後退が確認されている。
  08年7〜9月期の実質GDPをみると、ユーロ圏全体で、また主要な構成国であるドイツ、イタリア、スペイン等で、08年4〜6月期から2期連続の前期比マイナス成長となり、景気後退局面にあることが確認された(2) 。英国でも、08年4〜6月期に経済成長率が前期比でゼロとなり、7〜9月期には大幅なマイナス成長となってユーロ圏と同様に景気後退局面にあることが確認された。10〜12月期についても、ヨーロッパの主要国で景況感、生産、受注が悪化するなど低迷が続いている。
  08年半ばに景気が更に悪化した背景には、ヨーロッパの金融機関の経営悪化の影響が挙げられる。すなわち、08年9月のアメリカにおけるリーマン・ブラザーズ破綻以降、ヨーロッパでも金融危機が深刻化し、短期金融市場での資金調達困難等から、ヨーロッパ各国においても経営が悪化する金融機関が相次ぎ、各国政府は金融機関の国有化、資本注入等の救済策を打ち出すに至っている。また、アイスランド、ハンガリー、ウクライナといった国家自体が金融危機により著しい困難に陥り、IMF等の国際機関に支援を仰がざるを得ない事態となっているケースもある(金融危機の影響については第1章参照)。欧州委員会も、10月29日に加盟国向けの特別融資枠の拡大等からなる金融支援策を発表し、これに基づいてハンガリーやラトビアへの支援が決定された。こうした金融市場の混乱は、単に金融機関の経営悪化にとどまらず、企業、消費者への貸出縮小や企業、消費者のマインド悪化等を通じ、実体経済にも悪影響を及ぼしている。
  実体経済に目を向けると、ヨーロッパの景気は、(1)住宅バブルの崩壊、(2)消費の冷え込み、(3)輸出の減速といった経路を通じて悪化したと考えられる。以下では、こうした景気後退の要因を順にみていく。

(1)住宅バブルの崩壊

●一部の国で形成された住宅バブル

 今回の景気後退の一つ目の経路は、住宅バブルの崩壊である。そこで、まず、こうした住宅バブルがどのように形成されたのか、その過程からみていく。03年後半からのヨーロッパの景気回復を支えた要因の一つは、住宅投資を中心とする建設投資であった。建設セクターが活況を呈した背景には、(1)金融緩和にも支えられた世界的な長期金利の低下と資金供給の拡大、(2)安定した経済成長の下での所得の増加等により住宅需要が増大したこと、などがある。こうした住宅需要増大の環境の下で、一部の国、特に、英国、スペイン、アイルランド、フランス等において、03年頃から住宅価格のレベルが適正と考えられるレベルから著しく上方にかい離し、いわゆる住宅バブル(3) が形成されるに至ったと考えられる。
  住宅バブル形成の要因をみていくと、各国の住宅価格上昇率と金利水準との関係では、いずれの国においても金利水準の低下に伴って住宅価格上昇率が高まっている(第2-2-1図)。また、ユーロ圏においては、ECBによる単一金融政策の下で、国によってはテイラー・ルールによって示される理論的な金利水準よりも実際の金利水準が緩和的となっていた可能性が考えられる。例えばスペイン、ギリシャ、アイルランド等住宅ローン残高や住宅投資の伸びが著しく、バブルの存在が推測される国では、実際の金利水準が理論的な金利水準を大きく下回っていた(緩和的であった)ことが指摘されている(4)

 次に、バブルの存在をアフォーダビリティ(住宅取得能力)の観点から確認すると、住宅価格は、2000年の価格と比べてピーク時には英国やスペインで約2.3倍、フランスで約2.1倍、アイルランドで約2倍になるなど急速に上昇していたことが分かる。これは、同期間の名目賃金の伸びを大幅に上回るものであった(第2-2-2図)
  このように、一部の国々では、住宅価格が過大評価されていたと考えられる。IMFの推計によると、07年時点の各国の住宅価格は、アイルランドや英国で20〜30%程度、フランス、オランダ、イタリア、スペインで10〜20%程度ファンダメンタルズからかい離していた可能性が指摘されている(第2-2-3図)

●住宅バブル崩壊とその影響

 しかし、物価上昇に対応した05年末からの金融引締めを背景に、住宅価格の伸びは鈍化し、英国、アイルランドでは08年に入ると前年の価格水準を割り込むまでに減速するなど住宅市場の調整の動きが進んでいる(前掲第2-2-1図)。このような住宅バブルの調整過程は、以下のような(i)直接的影響、(ii)間接的影響という経路を通じて実体経済に影響を及ぼすと考えられる。

(i)直接的影響(住宅投資減少、雇用縮小)
  まず、直接的な影響として、住宅投資の減少による内需の縮小、住宅建設業・住宅関連産業の雇用縮小等が挙げられる。ユーロ圏の住宅投資の動きをみると、05年末頃から先行指標である住宅建設許可件数が緩やかな減少傾向を示し(第2-2-4図)、少し遅れて実際の住宅投資も既に弱い動きとなっていることが分かる。
  また、バブル期に移民の流入(第2-2-5図)等による顕著な人口増加を経験したスペイン(ネットの移民流入数は毎年約65万人(2000〜07年平均))、アイルランド(同7万人)では、経済全体に占める住宅投資の割合や建設部門の雇用者比率が高く、このため、バブル崩壊過程における住宅投資の縮小や建設部門の雇用減といった負の影響もそれだけ大きいと考えられる(第2-2-6図)。実際に、スペイン、アイルランドでは、住宅バブル期に堅調に増加してきた建設部門の雇用者数が08年第4〜6月期には大きく減少に転じている(第2-2-7図)

(ii)間接的影響(信用収縮、逆資産効果等による消費減少)
  次に、幾つかの間接的な経路を通じたバブル崩壊の影響も挙げられる。第一に、金融面における影響である。ヨーロッパの証券化商品の発行規模はアメリカの約4分の1程度ではあるものの、英国を中心に資産担保証券(ABS)や住宅ローン債権担保証券(MBS)が発行されており、金融資本市場の混乱や住宅バブルの崩壊による市況悪化等を受けて、07年後半からABSの発行残高が減少し始めている(第2-2-8図)。また、住宅ローン債権の不良資産化懸念等から金融機関は住宅ローンの貸出態度を厳しくしており、住宅ローン残高の伸びの鈍化(前掲第2-2-4図)にもみられるように、信用収縮の動きが広がっている。
  第二に、逆資産効果を通じた消費の減少が挙げられる。バブル崩壊によって住宅資産の時価評価額が下落してもローン債務はそのまま残るため、この評価損を埋め合わせるために消費が抑制されると考えられる。03年後半からの景気回復局面においては、可処分所得の伸びのほか、株式資産や住宅資産の上昇がユーロ圏の消費を下支えしてきた(5) とみられるが、今後こうした要因が剥落することによる消費への悪影響が懸念される。なお、この逆資産効果の大きさについては、各国の住宅金融市場の状況によっても異なると考えられ、例えば、MEW(6) (Mortgage Equity Withdrawal)の普及度合いが高い国(7) では、住宅バブルの崩壊過程では逆資産効果による消費減少の効果も大きくなろう。
  第三に、ヨーロッパではリコース型ローン(8) が主流であるため、この面からも消費が抑制される可能性がある。

●資産価格に対する金融政策運営

 こうした住宅資産価格の過大な上昇と下落は、結果として実体経済の大幅な変動をもたらすことが多い。このため、インフレ・ターゲティング(9) による金融政策運営において、資産価格の変動にどう対応するべきかという議論がある。その一つに、資産価格がファンダメンタルズからかい離していると判断した時点で予防的に(pre-emptive)引締めを行い、バブルを沈静化させるべきという主張がある。これに対し、(1)現実には物価が落ち着いているのに金融引締めを行う場合は、市場に対しその理由をうまく説明できないと、かえって市場を混乱させるおそれがある、(2)資産価格変動には不確実性があるため、「風向きに逆らう(leaning against the wind)」ように、バブル予防的に金利引上げを行うと、予想外に急速に価格が下落に転じ、引締めの効果もあいまって景気の冷え込みがより大きくなるおそれがある、(3)資産価格の「ファンダメンタルズからのかい離」を実際に把握することは、必ずしも容易でない、といった反論がある。
  実際のヨーロッパの金融政策運営をみると、欧州中央銀行(ECB)もイングランド銀行(BOE)も資産価格の安定を金融政策の直接のターゲットにはしていない。しかし、例えばBOEは、住宅価格が著しく上昇していた04年5月の金融政策委員会(MPC)において、住宅価格の上昇がトレンドを上回る消費拡大を通じて物価上昇リスクになり得るとし、フォワード・ルッキング(10) な観点から予防的な金融引締めを行っている(11)
  こうした04年の予防的な引締めの効果は、タイムラグを伴って発現したと考えられ、住宅価格上昇率は約1年後に緩やかに減速し始めた。この間、消費者物価上昇率が比較的安定して推移したことから、資産価格上昇による著しい物価上昇も免れることができたと考えられる。
  これに対し、06年10月以降の金融引締め局面においては、住宅価格上昇率は前回局面と同様に、金融引締めから約1年後に鈍化したものの、消費者物価の前年比上昇率は、原油・商品価格の高騰という外的要因によって、08年半ばから4%を上回る歴史的高水準(08年9月には5.2%(過去最高値)に達した)となった。しかしながら、BOEは、08年9月に5.0%であった政策金利を、08年10月に0.5%、11月に1.5%、さらに12月には1.0%引下げ、2.0%とするなど大幅な金融緩和に踏み切っている。これは、第一に、住宅価格が08年春から下落し始めており、資産価格上昇を通じた需要過熱によるインフレ懸念が払拭されていること、第二に、08年半ば以降の原油・商品価格の下落によって消費者物価上昇率が09年にかけて低下すると予測されていることによる。こうした予測に加え、金融危機による景気後退に伴う物価下落も予測されることから、フォワード・ルッキングな政策運営という観点から、金利引下げが行われたものと考えられる。
  以上のように、BOEは資産価格が需要を通じて物価に与える影響に留意しつつ金融政策運営を行っているといえよう。

(2)消費の冷え込み

 次に、景気後退への二つ目の経路である消費の動向をみると、ユーロ圏の個人消費は、08年1〜3月期、4〜6月期と2期連続で前期比マイナスとなり低迷が続いている(第2-2-9図)。消費低迷の背景として、所得環境、雇用環境の動向をみる。
  まず、所得環境については、ユーロ圏では域内最大国のドイツで企業の国際競争力を維持するため01年頃から賃金上昇が抑制されており、06年に景気回復が本格化するまでは実質賃金上昇率は前年比マイナスであった。06年半ばからユーロ圏の実質賃金はようやく前年水準を上回るようになったものの、08年半ばには原油・商品価格の高騰を主因として消費者物価上昇率が過去最高値(08年7月4.1%)となったこともあり、再び前年比でマイナスとなっている(前掲第2-2-9図第2-2-10図第2-2-11図)。
  次に、雇用環境をみると、ユーロ圏の失業率は、08年に入るまでは堅調な低下を続け、08年3月には7.2%と現行の93年からの統計では最も低い水準まで低下した。しかし、その後、ドイツ等一部で改善が続いている国もあるものの、ユーロ圏全体としては上昇に転じている。特に、スペインやアイルランド等、住宅バブル期に建設セクターを中心に雇用が大きく増加した国では、バブル崩壊の影響から雇用情勢が著しく悪化しており、スペインでは失業率は2けたにまで上昇している。
  こうした所得環境の伸び悩みや雇用環境の悪化は、景気の先行きに対する懸念を高め、消費者のマインドを冷え込ませている(前掲第2-2-11図)。さらに、株価の下落等による金融資産価値の低下もあって、家計は貯蓄性向を高めている(第2-2-12図)

(3)輸出先の景気悪化と過去のユーロ高

 最後に、景気後退への三つ目の経路として輸出の動向をみると、03年後半からのユーロ圏の景気回復には、01年末に始まるアメリカの景気回復に伴って世界経済が回復し、それがヨーロッパの輸出や生産の増加につながったことが下支えとなったと考えられる。特に04年のEU拡大(12) を契機に、ユーロ圏からユーロ域外のEU新規加盟国へ資本財輸出(機械類・輸送用機器、工業製品等)が大幅に増加した(第2-2-13図)。また、EU新規加盟国には労働コストが安いなど生産拠点としての魅力があることなどから、主に他のEU加盟国の企業が進出し、それに伴う直接投資も急速に拡大した(第2-2-14図)
  しかし、その後景気回復が本格化した06年頃から通貨ユーロは実効レートでみて増価が続き、08年半ばには2000年と比べて約3割高い水準となった。為替レートの変化はある程度のタイムラグを伴って輸出競争力を損なう。実際にユーロ圏の域外輸出数量をみると、名目実効ベースでの為替レートの変化にやや遅れて緩やかに伸びが鈍化してきている(第2-2-15図)
  ただし、今のところ輸出は比較的緩やかな鈍化にとどまっている。この背景としては、(1)ユーロ圏の輸出先がアメリカ等の先進国から輸入需要の強いロシア・東欧等へシフトしてきたこと(第2-2-16図)、(2)これらロシア・東欧等の通貨に対してはむしろユーロ安となってきたこと(第2-2-17図)、が考えられる。
  輸出の先行きについては、世界的に景気が冷え込んでおり、例えばユーロ圏の域外輸出に関する受注サーベイでも今後の受注見通しが急速に悪化している。今後これがタイムラグを伴って実際の輸出に現れることが懸念されるが、他方で、08年9月の金融危機後は、ユーロが名目実効レートでみても大幅に減価している点を考慮する必要がある。輸出先の景気悪化をこうしたユーロ安による輸出の下支え効果がどの程度減殺できるのか、先行きが注目される(第2-2-18図)


目次][][][年次リスト