目次][][][年次リスト

第1章 世界金融危機の発生と拡大

第1節 世界金融危機の発生と政策対応

2.これまでの政策対応とその効果

●国際協調と金融サミットの開催

 金融危機の発生を受けて、各国政府・中央銀行は、危機の拡大と実体経済への影響を食い止めるため、緊急的な対応を進めてきた。また、国際的には、中央銀行の協調による資金供給や、08年10月10日のG7における金融市場安定化のための行動計画の策定(第1-1-19表)等、世界金融危機に対し協調して対処する姿勢が打ち出された。
  さらに08年11月14、15日には、アメリカのワシントンD.C.において「金融・世界経済に関する首脳会合」(いわゆる金融サミット)が開催され、ブッシュ・アメリカ大統領が議長を務め20か国及び国際機関(4) が参加した。
  本会合においては、今回の金融危機発生の原因、各国の採ってきた対応策と今後採るべき措置に加え、危機の再発防止に向けた改革の基本原則及び優先すべき事項等について議論が行われた。我が国からは、1990年代の我が国のバブル崩壊に伴う経験と教訓(コラム1-2参照)に基づき、危機克服のための処方せんを示すとともに、IMFの役割の強化と増資を始め幅広い提案を行った。こうした議論の成果は、「金融・世界経済に関する首脳会合宣言」(以下、「首脳宣言」)として発出された。

コラム1-2:90年代の我が国の経験と教訓

 我が国経済は、90年代から2000年代初めに、バブル崩壊とその後の危機対応・再生過程を経験した。その過程で金融機関の不良債権買取や資本注入、破綻処理等、預金保険機構を通じて投入した金額は47兆円に上り、うち約32兆円は回収し、約10兆円が国民負担として確定している(08年9月末時点)(表1)。また、中小企業への特別信用保証や産業再生機構の設立等も行った(図2)
  現在の金融危機は、幾つかの点、例えば、証券化商品など複雑な金融商品が不良資産化していること、危機がグローバルに広がっていることなどの点で、当時の我が国とは異なるが、銀行破綻を伴う金融危機であるなど類似する面もある。こうした問題意識から、08年10月31日に開催された経済財政諮問会議では、日本の経験から得られる金融危機への教訓が取り上げられた。
  当面の危機対応では、不良資産の評価と買取、資本注入、流動性供給、預金保護等の重要性が挙げられる。特に、我が国の経験では、不良資産の査定を迅速に行い、直接償却や、市場や買入機関への売却により早期に金融機関のバランスシートから切り離すことは、金融の正常化に向けた重要なステップであった。この点は、不良資産を含めた財務状況に対する疑念から取引相手への信頼が失われ、金融市場が機能不全に陥っている欧米の現状にかんがみると、重要な教訓であると考えられる。また、状況に応じて経営責任を明確化した上で、納税者の理解が得られる形で公的資金による資本注入を行った経験も、今回の金融危機対応において活かされるべき重要なポイントである。
  また、金融危機後の景気後退では、景気後退による不良資産の増大が金融部門の更なる不安定化を招き、それが貸し渋り等を通じて更なる景気悪化につながるという悪循環に陥りやすい。このため、こうした金融危機と実体経済悪化の悪循環を食い止めるため、財政政策、金融政策をできる限り活用することも、我が国の経験から得られる重要な点である。
  08年11月14、15日の金融サミットにおいては、麻生内閣総理大臣から、我が国の経験を踏まえ、短期的な対応として、不良債権の徹底かつ早期の開示、金融機関に対する公的資金による資本増強、マクロ経済政策により実体経済を支えることの重要性を強調し、具体的な提案を行った。「首脳宣言」にもそれが反映されている。

 「首脳宣言」では、金融システムを安定化させるため、「必要なあらゆる追加措置」を採ることで合意した。また、会合では、景気後退懸念から財政、金融政策による景気刺激策が必要との意見が多くの首脳から表明され、「首脳宣言」においては、適切と判断される場合には金融政策による下支えが重要であること、財政についても、財政の持続可能性を確保する政策枠組みを維持しつつ、状況に応じ、内需刺激のための即効的な財政措置を行うことを確認している。
  さらに、世界大恐慌の苦い経験を踏まえ、保護主義に対抗することの重要性が強調され、「首脳宣言」においては、「今後12か月の間に、我々は投資あるいは物品及びサービスの貿易に対する新たな障壁を設けず、新たな輸出制限を課さず、世界貿易機関(WTO)と整合的でない輸出刺激策を採らない」ことに合意した。また、WTOドーハ・ラウンドの交渉加速についても重要性を確認した。
  今回の金融サミットは、世界金融危機に際し、世界のGDPの7割以上を構成する国々の首脳が一同に会し、危機の根本的な原因や解決すべき問題点について認識を共有し、協調して取り組む必要性を確認したという点で非常に意義深いものと考えられる。また、自由貿易体制の維持を確認し、危機の再発防止に向けた行動計画や国際機関の機能・資金基盤の強化等についても合意がなされたことも、重要な点である。なお、次回の金融サミットは、今回の合意の実施についてレビューするため、09年4月2日にロンドンで開催されることになっている。

●各国における金融システム強化策

 各国では、こうした国際的な取組と歩調を合わせつつ、金融市場安定化に向けて、様々な取組が行われているが、以下では、これを(1)金融機関のバランスシート改善のための措置、(2)金融市場の流動性回復のための措置、(3)預金者等の保護のための措置に分けてみていく(第1-1-20表)

●金融機関のバランスシート改善のための措置

 金融機関のバランスシート改善の措置としては、金融機関の不良債権をバランスシートから切り離すための不良債権の買取りと金融機関の資本増強のための資本注入が車の両輪と考えられるが、これまでのところ資本注入が先行して実施されている。

(i)金融機関からの不良債権の買取り
  今回の金融危機の過程では、証券化商品の価格の下落等に伴い、欧米の金融機関は既に多額の損失を被っており、また、証券化商品については今後の価格動向が不透明であり、損失額の見込みが立ちにくいことが、金融機関間の相互不信の原因ともなっている。したがって、不良債権については、市場価格を重視した透明な基準に基づく査定をできるだけ迅速に行い、正しい数値情報を早期開示するとともに、市場や買入機関への売却により可能な限り早期に金融機関のバランスシートから切り離すことが重要である。
  こうした観点から、アメリカでは、08年10月に成立した「緊急経済安定化法」に、最大7,000億ドル(約65兆円)を用いて、金融機関から不良債権を買い取るプログラム(TARP:Troubled Asset Relief Program)が盛り込まれた(5) (第1-1-21表)。しかしながら、08年11月12日のポールソン財務長官の声明において、7,000億ドルのうち、現時点で使用可能となっている3,500億ドルの使途については、当面、金融機関への資本注入を優先するという方針が示され、不良債権の買取りについては当面先送りされることとなった(6)
  他方、08年11月のAIGへの追加支援策においては、FRBにより、AIGが保有する不良資産の買取りを支援するためのファシリティが、TARPとは別に創設されている。このファシリティでは、AIGの住宅ローン担保証券(RMBS)及び債務担保証券(CDO)を買い取る有限責任会社(LLC)に対して、ニューヨーク連邦準備銀行が融資を行い、それを通じて支援することとされた(7)
  なお、ヨーロッパでは、ドイツにおいて、10月に成立した「金融安定化法」において、必要があれば不良資産の買取りができることとされたが、同法を活用して買取りを実施するという動きは現在のところみられない。

(ii)金融機関への資本注入
  今回の危機の過程においては、欧米の金融機関は、証券化商品等に係る損失により、自己資本を著しく毀損してきており、このことも信用不安の元となっている。こうした状況に対し、金融機関の側でも増資等の資本増強努力をしてきたが、現在の金融環境下では、金融機関による自力の増資努力にも限界がある。
  こうした観点から、アメリカでは、08年10月に緊急経済安定化法に基づき、銀行及び貯蓄金融機関等向けに総額2,500億ドル(約23兆円)の資本注入を実施することが発表され、12月5日時点までに、主要銀行9行を含む53行に対し、優先株の取得により、1,615億ドル(約15兆円)が注入された。このほか、AIGに対して400億ドルの資本注入が実施されるとともに、シティ・グループに対して追加的に200億ドルの注入を行うこととされている(第1-1-22図)
  また、ヨーロッパにおいても、ドイツで、金融安定化法に基づき800億ユーロ(9.5兆円)の資本注入枠が確保され、これまで5行が資本注入の申請をしており、フランスでも400億ユーロ(約4.7兆円)の注入枠が設定され、既に大手金融機関6行に対し105億ユーロ(約1.2兆円)の資本注入が実施された。英国でも、総額500億ポンド(約6.8兆円)の資本注入枠が発表され、大手金融機関3行に対し総額370億ポンド(約5.1兆円)が注入されるなど、各国で取組が進められている。
  こうした資本注入は、注入を受けた個々の金融機関の財務状況に対する懸念を軽減するだけでなく、金融市場全体の混乱を沈静化させる上で、一定の効果を持ったものと考えられる(8)

●金融市場の流動性回復のための措置

 現在、流動性が著しく低下している短期金融市場については、各国において、中央銀行が流動性の供給を行うとともに、政府が金融機関の債務を保証することにより、金融機関の資金調達を支援している。

(iii)中央銀行による流動性の供給
  アメリカ及びヨーロッパ各国においては、金融機関間の相互不信により、金融機関は短期金融市場からの資金調達に困難が生じており、また、調達できたとしても高いコストを支払わなければならない状況にあり、これを放置すれば、健全な金融機関までもが流動性の制約により破綻するリスクがある。
  このため、08年9月の金融危機以前から、FRB及びECB(欧州中央銀行)は、窓口貸出における貸出期間の延長や適格担保の範囲拡大等を通じて、短期金融市場への資金の供給に努めてきた(9) 。また、FRBは、各国の中央銀行との間でドルのスワップ協定を締結することにより、各国におけるドル需要に対する対応も進めてきている。
  9月中旬以降も、更に短期金融市場における資金が枯渇する中で、FRB及びヨーロッパ各国の中央銀行は、各種資産を担保として引き受け、バランスシートを拡大させることを通じて、流動性の拡大を続けており、中央銀行が唯一の資金の出し手とも呼べる状況になっている。
  なお、FRBは、こうした流動性供給手段の拡大に伴う超過準備の大幅な増加を受けて、08年10月9日から、預金金融機関が連邦準備銀行に預け入れる準備預金(必要準備及び超過準備)に対する付利を開始している(10) 。超過準備に対する金利の付与は、金融機関が、市場において、連邦準備銀行から付与される金利以下の金利で取引するインセンティブを弱めることにより、市場金利の政策目標への誘導を容易にしつつ、市場への流動性供給の拡大を可能にするものである。
  また、FRBは、ドル・スワップ協定についても、ECB、イングランド銀行、スイス国立銀行及び日本銀行へのドル資金の供給額を無制限に拡大するとともに、協定の相手を、韓国、シンガポール、メキシコ等の新興国にも広げるなど、大幅に拡充が図られてきている。
  このほか、アメリカでは、新規発行が困難となっているCP市場やABS(資産担保証券)市場における流動性を回復するための取組が行われている。具体的には、CP市場に関しては、FRBがCPを直接買い取る制度が創設され(11) 、08年10月下旬から買取りが開始された。これまで実際に3,048億ドルの買取りが実施されており、この効果により、CPの発行残高は、10月下旬以降増加に転じており、CP市場の流動性は徐々に回復しつつある。
  また、FRBは、ABS市場に関しては、08年11月に、新規に行われた消費者ローン(自動車ローン、クレジットカード向け与信及び学生向けローン)及び中小企業向けローンを担保として発行されたABSの保有者に対し、ニューヨーク連邦準備銀行が、最大2,000億ドルの融資を行う制度を創設しており、これらにより消費者向け及び中小企業向けの貸出しが下支えされることが期待されている(12)

(iv)金融機関の債務の保証
  上記の中央銀行による直接的な流動性の供給に加え、各国政府は金融機関の債務に保証をつけることにより、短期金融市場における金融機関相互の債務引受けを支援している。
  アメリカでは、FDIC(連邦預金保険公社)の保険下にある金融機関については、当該金融機関が手数料を支払えば、09年6月末までに発行される新規の債務をFDICが保証することとしている。また、同様にヨーロッパでも、銀行間融資に対する政府保証制度が創設され、ドイツでは4,000億ユーロ(約47兆円)、フランスでも3,200億ユーロ(約38兆円)の保証枠が設定されている。また、英国においても、金融機関が新規に発行する債務に対し、政府が2,500億ポンド(約34兆円)の保証をつけることが明らかにされている。
  こうした債務保証の実施は、金融機関間の相互不信により機能不全に陥った金融市場の機能回復に一定の効果を持ったと考えられる。

●預金者等の保護

 金融危機の発生時においては、金融機関や金融システムに対する不安から、預金者が銀行から資金を引き出す行動、すなわち、「取付け」が起こるおそれがある。今回の金融市場の混乱の過程においても、2007年8月に英国のノーザンロック銀行において、取付け騒ぎが発生したが、こういった預金取付けが広がると、決済や新規の貸出等、経済活動に不可欠な銀行機能が停止し、「金融危機」が更に進んで、「金融恐慌」へと発展しかねない。
  このため、各国においては、預金者の銀行システムや市場への信頼を維持するという観点から、預金保険の上限引上げ措置が講じられた。アメリカでは、これまで10万ドル(約930万円)とされていた預金保険の上限が、09年末までの間、25万ドル(約2,300万円)へと大幅に引き上げられ、ヨーロッパでも、ドイツでは、それぞれ2万ユーロ(約240万円)とされていた保護上限が撤廃され、全額保護にすることが発表された。また、英国では、上限が3万5000ポンド(約480万円)から5万ポンド(約680万円)に引き上げられている(13)
  さらに、アメリカでは、銀行預金と同様に安全な資産とみなされ、一般の家計が預金代わりとして使っていたMMFについても保護のための措置が講じられた。リーマン・ブラザーズの破綻以降のMMFの解約急増を踏まえ、アメリカ政府は、9月19日に、MMFへの保証制度の創設を発表した。この制度により、運用ファンドが保険料の支払いを行ったMMFについては、元本割れ時に損失が補てんされることとなり、MMFからの資金流出にも歯止めがかけられることとなった(前掲第1-1-8図)

 各国においては、これらの金融危機対応策に加え、金融危機の影響の実体経済への波及を抑える観点から、財政刺激策や協調利下げ等の政策対応が行われており(第2章参照)、こうした取組が相乗効果を持って、金融システムの安定化と実体経済の下支えの効果を発揮していくことが期待される(第1-1-23図)


目次][][][年次リスト