第 I 部 海外経済の動向・政策分析 |
第1章 サブプライム住宅ローン問題の背景と影響
2.サブプライム住宅ローンが普及した背景
次に、サブプライム住宅ローンが普及した背景について考察する。ここでは、(1)住宅ブームにおける住宅価格上昇、(2)証券化の進展、(3)住宅ローン市場への資本流入を支えた国際金融環境を取り上げる。
(1)住宅ブームにおける住宅価格上昇
●2000年代に進展した住宅ブーム
アメリカでは、2000年代に入ってかつてない住宅ブームが到来した。新築・中古合計の住宅販売件数の動きをみると、2000年からピークを迎えた05年までの間に年平均で5.2%増加し(累計で35.8%増)、この間の年平均販売件数は637万件と歴史的な高水準を記録した。80年代の年平均伸び率が0.7%減、年平均販売件数が355万件、90年代は同じく4.3%増、433万件となっており、2000年代の住宅販売は伸び・水準ともに過去の局面を大幅に上回っている。新築住宅販売の増加に伴い住宅建設も大きく加速し、中古住宅販売の増加によって住宅の回転率も高まった(13) (第1-1-6図)。
こうした住宅販売・建設ブームは、住宅価格の急速な上昇をもたらした。2000年1〜3月期から06年10〜12月期まで、実質化したOFHEO住宅価格指数は51.2%、ケース・シラー住宅価格指数では91.0%上昇し、80年代、90年代の上昇を大きくしのぐ伸びとなった(14) (第1-1-7図)。
●住宅ブームを支えた要因
2000年代の住宅ブームを生み出した要因には、ITバブル崩壊後の低金利政策や住宅資産に対する期待キャピタルゲインの上昇に加え、人口、世帯数の増加による実需の増加等が考えられる。特に、住宅ブーム後半では住宅価格の上昇に対する過剰な期待がリスクの伴う住宅取得の背景としてあったと考えられる。
(i)住宅ローン金利と期待キャピタルゲインの動向
住宅需要の増加を左右する要素として、住宅所有に伴って生じるコスト、すなわちユーザーコストが挙げられる。ユーザーコストは、具体的には、住宅ローンの利払いコストに加え、固定資産税等の税金、メンテナンスコスト及び資本減耗等の住宅維持コストの合計額から、将来の住宅資産の価格上昇に伴う期待キャピタルゲインを差し引いたものに住宅価格を乗じたものとして定義される(15)。したがって、住宅ローン金利の低下及び期待キャピタルゲインの上昇はユーザーコストの低下要因となり住宅需要を高めるものと考えられる。
まず、住宅ローン金利の動きをみると、ITバブル崩壊後、01年初めから03年半ばにかけて政策金利であるフェデラル・ファンド・レート(FF金利)の誘導目標水準の引下げ(6.5%から1%)等、低金利政策が実施されたことや海外からの資本流入の増加等を背景に長期金利が低下し、住宅ローン金利も7%から5%台半ばに低下した。金利引上げ局面に転じた04年半ば以降も、長期金利が引き続き低水準で推移したため、住宅ローン金利は大きく変化せず6%台で推移した(第1-1-8図)。
一方、期待キャピタルゲインについては、その大きさ自体を把握することは困難であるが、前述のとおり2000年代に住宅価格の上昇が加速し、特に04年4〜6月期から06年1〜3月期にかけて、前年比二桁台の高い伸びが続いたことを受け、住宅資産に対する期待キャピタルゲインが高まったものと考えられる。
住宅ローン金利と期待キャピタルゲインがそれぞれどのように住宅需要に寄与したかをみるため、ユーザーコストと賃貸料の動きを考察する。住宅保有と賃貸が代替関係にあると仮定すれば、均衡状態ではユーザーコストと賃貸料は一致することとなる。この均衡式を変形すると、賃貸料/住宅価格はユーザーコストのうちの住宅ローン金利+税金・住宅維持コスト等−期待キャピタルゲインと等しくなる。ここでは賃貸料/住宅価格の代わりに帰属家賃/住宅価格の動きをみると、90年代後半から一貫して低下傾向にあるが、04年以降に低下幅が拡大している。04年以降住宅ローン金利は大きく低下していないことを踏まえると、この時期の住宅需要を支えた要因として期待キャピタルゲインが高まったことが示唆される(第1-1-9図)。実際に、ミシガン大学の消費者調査における「住宅購入の理由」をみると、「金利水準が低い」と答えた割合は04年頃まで大半を占めていたが、その後利上げ等の影響を受けて減少したのに対し、04から05年にかけては「投資先としてよい」及び「住宅価格は下落しない」といった期待キャピタルゲインの強さを示唆する理由を答えた割合が上昇した(第1-1-10図)。
今回の住宅ブームにおいて、低水準となった住宅ローン金利が住宅需要の増加をもたらす一つの要因となったと考えられるが、住宅ローン金利がやや上昇に転じた住宅ブーム後半においては、住宅価格上昇に対する期待の高まりが住宅需要の増加に一定程度影響したことがうかがえる。
(ii)人口や世帯数の増加による住宅需要増
人口、世帯数の増加も住宅需要の増加をもたらしたと考えられる。アメリカの人口は、先進国の中で比較的高い出生率や移民の受入れ等によって、95年から05年にかけ年平均約300万人増と堅調な増加が続いている。特に移民の純流入の動きをみると、95〜2000年が年平均77万人増、01〜05年が同98万人増と、近年では増加幅が拡大している。人口の増加に伴い世帯数も増加しており、95年の9,900万世帯から05年には11,315万世帯へ増加した(第1-1-11図)。
世帯当たり所得は、90年代の長期景気拡大において大きく増加した後、2000年代に入っても高水準で推移している。また、住宅ローン利子所得控除制度や低所得者向けの抵当融資税額控除制度等の住宅取得支援税制に加え、90年代に入って連邦住宅関連機関財務安全性・健全性確保法(The Federal Housing Enterprises Safety and Soundness Act、92年成立)に基づきGSEsによる中低所得層向けの住宅取得支援策が拡充されるなど、住宅所有の裾野を広げる政策的な支援も実施された。
こうした中、持ち家率は95年の64.8%から06年には68.8%まで上昇した。持ち家率の上昇を中位所得以上の世帯、中位所得未満の世帯に分けてみると、水準自体には依然乖離があるものの、双方ともこの10年間で上昇している。特に中位所得未満の世帯については、2000〜04年に中低所得層の世帯所得が実質的には減少するなど所得の伸び悩みも背景に持ち家率は一時下落したが、04年以降は再び大きく高まっており、住宅ブーム後半に中低所得層へ持ち家層が広がったと考えられる(第1-1-12図)。
2000〜05年における住宅価格上昇率と人口増加率の関係を州別にみると、人口増加率と住宅価格上昇率との間に弱いながらも正の相関関係がみられる。また、カリフォルニア州、フロリダ州、ネバダ州等は、住宅価格上昇率も人口増加率も高いが、セカンドハウスなどの需要の多い地域でもあり、人口増以外の要因が住宅価格の上昇に寄与した面も示唆される(第1-1-13図)。
このように人口、世帯数の増加と持ち家率の上昇とがあいまって住宅に対する実需を高めたことが住宅ブームの背景の一つとしてあるが、その他の要因としてセカンドハウスや投資目的の需要の増加等が影響した面もあると考えられる。
●住宅ブームとサブプライム住宅ローン
住宅ブームとの関係からサブプライム住宅ローンの普及の動きを概観すると、ブーム前の98〜99年にかけてはアジア通貨危機やLTCM危機(16)等の影響で金融市場における流動性が縮小し投資家のリスク回避の動きが生じた結果、サブプライム住宅ローンの貸出しのための資金調達が難しくなり貸出しは減速した。その後も03年まで低金利が続く中で住宅ローン保有者がより有利な条件のローンへの借換えを積極的に行ったため、市場金利に対する反応度が低いとされるサブプライム住宅ローンのシェアは一桁台まで下落した(17)。
その後04年以降は、サブプライム住宅ローンの貸出しが急速に増加したが、この時期は住宅ブームにおいて住宅取得者の期待キャピタルゲインが高まったと考えられる時期、中位所得未満の世帯の持ち家率が上昇した時期と重なっている。このことは、住宅価格が二桁台の伸びを続ける中で、将来の住宅価格の上昇を期待して借入れ当初の金利を低く抑えたサブプライム住宅ローンに対し、信用力の低い住宅取得者や投資目的の住宅取得者の需要が高まったものと示唆される(第1-1-14図)。同時に、ハイブリッド変動金利、IO型又はネガティブ・アモチゼーション型といった新たな特徴を持つサブプライム住宅ローンの普及が、中位所得未満の世帯や移民等のマイノリティなどを含め幅広い層の住宅保有を促した面もあると考えられる。
(2)証券化の進展
サブプライム住宅ローンの貸出しが広がった背景には、IT技術の革新や統計的リスク評価手法の進歩等によって、統一的な基準であるクレジット・スコアに基づく簡易かつ正確な融資審査が行えるようになったことや、証券化によって住宅ローンを様々なリスク特性をもつ金融商品に組み替えて金融機関や投資家等の多様な主体に売却することで、リスクを広く効率的に分散できるようになったことなども挙げられる。ここでは証券化に焦点をあて、サブプライム住宅ローンの普及にどのように寄与したのか、さらに住宅ローン市場にどのような影響をもたらしたのかをみることとしたい。
●サブプライム住宅ローンの証券化
証券化とは、金融機関が発行した住宅ローン等の債権を特別目的事業体(Special Purpose Vehicle:SPV)と呼ばれる組織に集め、その債権から生じる収益を担保とする証券を発行して資金調達を図る手法のことで、住宅ローンを担保に証券化したものを住宅ローン債権担保証券(Residential Mortgage Backed Securities:RMBS)という。
アメリカでは、70年代初頭から政府機関であるジニー・メイ(18)がFHA保険付ローンの証券化に対する保証業務を開始し、80年代にはGSEsも証券化業務に加わるなど、公的機関が中心となってRMBSの市場整備が進められた。90年代には民間金融機関によるRMBSの発行も普及し始め、近年は民間金融機関の新規発行が公的機関を上回っている(第1-1-15図)。
こうした中で、サブプライム住宅ローンも大半が証券化されるに至っている(前掲第1-1-2図) (19)。また、サブプライム住宅ローンを担保とするRMBSは、一部は投資家によって直接保有されるが、中にはRMBSや企業向け融資債権等その他様々な種類の債権を組み合わせて再証券化した債務担保証券(Collateralized Debt Obligation:CDO)の担保とされたり、銀行等の金融機関によって設立されたコンデュィット等のオフバランス機関の運用資産とされるなど、証券化によって形を変えながら広く市場参加者の間で保有されている(第1-1-16図)。こうした証券化の動きは、以下に述べるような証券化の効果を伴ってサブプライム住宅ローンの普及を進める役割を果たした。
コラム:サブプライム住宅ローンの証券化の仕組み サブプライム住宅ローンの多くは、RMBSという形で証券化される。RMBSは、シニア(AAA格)、メザニン(AA格、A格、BBB格)、エクイティ(BBB格未満)というトランシェ(注)に分けられて発行される。リスクの高いサブプライム住宅ローンを担保としつつも、シニア・トランシェのRMBSの発行が可能なのは、様々な信用補完が行われているためである。信用補完の方法としては、(1)優先劣後構造を設定することで、損失が発生した場合にエクイティ、メザニン、シニアの順でその損失を割り当てていくこと(subordination)、(2)証券の額面以上の住宅ローンを担保とすること(overcollateralization)、(3)あらかじめ設定した割合で担保債権からの利払い金の一部を貯めておくこと(excess spread)、(4)第三者機関の保証を受けること(monoline insurance)などがある。 |
●証券化による効果
(i)リスクの効率的な分散
住宅ローンの貸付機関には、借手からの返済が遅れたり、焦げ付いたりするリスクがあるが、各々の借手の信用リスク、すなわち返済リスクは必ずしも同時に発生するわけではないため、住宅ローンを多く集めれば集めるほど、その集合体でみたリスク発生を分散させることが可能となる。このため、証券化の過程で、住宅ローンを貸付機関から切り離しSPVにプールすることで、住宅ローン全体からの収益の変動を平準化することができるとされている。
また、証券化においては、通常、プールした住宅ローンからの収益をそれぞれの証券に細分化する際に、収益配分に優先権を設定するなどの方法によって、格付けの高い安全な証券(シニア)から格付けの劣るリスクの高い証券(メザニン、エクイティ)まで、リスク度合いの異なる証券に組み替えて発行する。これにより、多数の投資家がリスク許容度に応じてRMBSやCDOを保有することが可能となり、住宅ローンのリスクを効率的に分散して負担し合うことが可能となる。
こうした証券化によるリスクの効率的な分散は、住宅ローン金利のリスクプレミアムを低下させる効果を持つと考えられる。住宅ローン金利と長期国債金利のスプレッドをみると、80年代前半の水準から2000年代にかけて大きく低下しているが、その低下に対する証券化の効果を推計してみると、この間の証券化の進展によって1%程度の金利押下げ効果があったと試算される(第1-1-17図)。こうした試算を踏まえると、サブプライム住宅ローンは、返済リスク等が通常の住宅ローンよりも高いためその分リスクプレミアムが求められるが、証券化によって金利をある程度抑えられた可能性が示唆され、サブプライム住宅ローンの普及に寄与したものと考えられる。
(ii)貸付機関の流動性確保と資金調達手段の多様化
アメリカでは、かつては貯蓄貸付組合(S&L)等の預金取扱金融機関が、住宅ローンの主要な貸付機関であった。住宅ローンは長期間にわたる借手の返済から収益を得る長期資産であるため、貸出しの原資を短期預金に依存している場合、貸付機関は金利変動等に伴う損失リスクを負うこととなる。証券化によって貸付機関が住宅ローンをSPVに売却可能となれば、資産をオフバランス化することが可能となり自己資本比率を改善できる一方、資産債務の期間ミスマッチを解消し金利変動リスクを回避することが期待できる。
また、住宅ローンの貸出し原資の調達についても、かつてのように預金に頼らなくても、証券化を通じて住宅ローンをSPVに売却して得た資金を貸出し原資に充当することが可能となり、資金調達のアベイラビリティ(自由度)が増すことにつながっている。これにより、住宅ローンの貸出しにおいて、ノンバンクや大手金融機関の子会社等がモーゲージ・カンパニーに多く参入し、近年では住宅ローンの主要な貸付機関となっている。先にみたように、サブプライム住宅ローンの多くは、これらの新たな貸手によって供給されている。
こうした住宅ローンの貸付機関の増加や多様化、住宅ローン資産の流動性の向上が、サブプライム住宅ローンの貸出しを加速させたものとうかがわれる。
(iii)住宅ローン市場と資本市場との融合
住宅ローン資産の流動性の向上は、住宅ローン市場全体でみると貸付機関へのリスク集中を軽減することにもつながっている。RMBSやCDOは、GSEsや預金取扱金融機関だけでなく、ミューチュアルファンドや年金基金等の機関投資家、ヘッジファンド、海外投資家、個人投資家等にも購入される。こうした証券化商品の取引を通じて、資本市場のより広範な主体の資金が住宅ローン市場に流入することとなった。
預金取扱金融機関中心の「相対型」住宅ローンから、資本市場の広範な主体がセカンダリー市場を通して住宅ローンの資金を提供するという「市場型」住宅ローンへの構造変化は、特定の金融機関の信用制約が住宅ローンの貸出しに及ぼす影響を和らげることで、住宅ローン市場全体の安定性を高めたと指摘されている(20)。その効果を示唆するものとして、例えば、アメリカ各地域において80年代以降、住宅ローン金利のボラティリティが低下していることや(第1-1-18図)、個人が住宅取得資金を安定して調達できるようになったことを背景に住宅投資のボラティリティも低下していることなどが挙げられる(第1-1-19図)。
●証券化に潜むリスク
これまでみてきたように証券化はサブプライム住宅ローンのリスクを効率的に分散させるなどの効果をもたらした反面、住宅ローン市場において以下のような新たなリスクも生み出した。
(i)貸付機関やブローカーのインセンティブ問題
証券化を前提とした貸付機関は貸し出した住宅ローンを自ら保有し続ける方法(Book-and-hold model)はとらず、発行した住宅ローンをセカンダリー市場で売却する方法(Originate-to-distribute model)をとっている。後者の場合、貸付機関は返済リスクのある住宅ローンを自ら保有し続ける必要がなくなるため、貸付機関自身の情報開示や投資家の貸付機関に対するモニタリングが十分でないと、貸出し時の融資審査が甘くなったり、採算性の低い高リスクな貸出しを行う可能性が高まる懸念がある。
また、証券化によって、貸付機関の収益は、住宅ローンの返済から得られる利子収入ではなく、住宅ローンの組成(オリジネーション)や管理・回収(サービシング)等に伴う手数料収入に依存するようになる。こうした収益構造の変化にも、金融機関の関心が住宅ローンの「質」より住宅ローンの「量」に向かう誘因があると考えられる。
さらに、貸付機関と借手をつなぐブローカーも、借手の返済リスクをほとんど負わないため、借手の返済能力を考慮して住宅ローンを販売するインセンティブを持たず、むしろ手数料の高いハイリスクの住宅ローン商品を販売する傾向がみられたとの指摘もある(21)。
(ii)貸出しプロセスに多様な主体が介在する複雑な市場
証券化が進んだ住宅ローン市場では、貸出しプロセスが、住宅ローンの貸付機関だけでなく、ブローカー、特別目的事業体(SPV)、ファンド、回収機関(サービサー)、保証機関等、多数の主体に分割されて行われる。また、先にみたように、貸付機関も従来の預金取扱金融機関に加え、ノンバンク等の多様な形態の金融機関が参入している。このような多様な主体が介在する市場においては、主体間における取引や情報伝達がスムーズに行われれば効率性の向上につながる可能性があるが、法律や制度等の環境や情報インフラ等が十分に整備されていない場合、むしろ非効率な取引によって全体の資金配分が歪められるリスクも存在する。
また、住宅ローン市場に参加するこれらの主体の監視や規制についても、連邦レベル又は州レベルの複数の行政機関にまたがって行われるなど複雑な体制となったことから、住宅ローンの貸付機関等に対する規制や監督の基準に差異が生じたり、規制当局や投資家による貸付機関等へのモニタリングが難しくなったとの指摘もある。
(iii)格付機関への依存度の高まり
先にみたとおり、RMBSやCDO等は、通常、多数の債権をプールした上で、リスク度合いの異なる証券に再構築し直すという仕組み金融(ストラクチャード・ファイナンス)によって組成されており、それぞれの証券のリスクを正確に把握するためには、プールされた債権の詳細な情報が必要となる。このため、投資家がサブプライム住宅ローン関係の証券化商品、特にCDOの評価を行うに当たって、格付機関による格付け情報への依存度を高めたといわれている(22)。
しかしながら、格付機関がこれらの証券化商品の格付けを行う際にも、格付けの前提としている担保資産の損失の見込み額やその確率分布に関する情報に制約があり、一定の仮定を置いて格付けを行っていることには留意が必要である。例えば、格付機関が住宅ローン等のデフォルト発生に関する担保資産相互の相関係数を低く想定することで、証券化によるリスク分散が過大に見積られ、ひいては格付けが過大評価された可能性が指摘されている。また、格付機関は格付けの際に証券化商品に関するデフォルト・リスクは評価するが、その証券化商品の市場における流動性リスクまでは評価していない点にも留意が必要とされている。さらに、格付機関の収入に占める証券化商品の格付け手数料の割合が高まっている中で、住宅ローンの貸付機関だけでなく、格付機関自体にも証券化商品の発行増加を促す誘因があるとの指摘もある(23)。
(3)住宅ローン市場への資本流入を支えた国際金融環境
●ITバブル後の金利低下と金融市場における利回り追求
ITバブル崩壊後、アメリカは01年から03年半ばにかけてFFレートの誘導目標水準の引下げを行ったが、同時期にアメリカ以外の国でも政策金利の引下げが実施された(第1-1-20図)。こうした中、02年から05年にかけて、アメリカやユーロ圏では実質短期金利がゼロ%を下回る時期がみられるなど緩和気味な金融環境となっていた。これらの利下げの影響を受け各国の長期金利も低下したが、政策金利が引上げに転じた04年以降も、期待インフレ率の安定や経済面及び金融面での変動の縮小、さらには後述するグローバル・インバランスの中での国際的な流動性の高まり等を背景に長期金利は低水準のまま推移した(24)。インターバンク取引金利と短期国債金利とのスプレッドをみても、 01〜06年にかけて低い水準で推移しており、短期金融市場でも流動性が十分かつ安定して確保されていた(第1-1-21図)。
金融市場における低金利や十分な流動性といった良好な金融環境を背景に、金融機関、投資家、ヘッジファンドにおいて高リスク高リターンの投資を進める動きが活発になった。社債と国債の利回りスプレッドをみると、03年以降、BB格、B格といった高利回りの社債スプレッドが急速に縮小した後も低水準で安定して推移しており、金融機関等の高利回り金融商品に対するリスクプレミアムが低下したことが示唆される(第1-1-22図)。金融市場におけるリスク許容度の高まりは、サブプライム住宅ローンを担保に証券化された高利回りのRMBSやCDOへの需要も高め、サブプライム住宅ローン市場への資金流入を促したと考えられる。
●グローバル・インバランスが生み出すアメリカへの資本流入
アメリカでは大幅な経常収支赤字を背景に海外から大量の資本が流入している(第1-1-23図)。アメリカの貯蓄・投資バランスをみると、家計部門では旺盛な消費や住宅投資の下で貯蓄不足が拡大しているほか、政府部門でも財政赤字による貯蓄不足が続いており、企業部門の黒字だけでは足りない部分が海外からの資本流入によって満たされている(第1-1-24図)。
一方、アメリカへの資本流入の要因として、海外における過剰貯蓄の存在も指摘されている(25)。中国を始めとする新興アジア諸国、中東諸国及び中南米諸国等をみると、かつては経常収支赤字の国が多かったものの、近年では黒字となった上に黒字幅も拡大している。新興国、産油国は、経常収支の大幅な黒字によって蓄積した資本を基に純債務国から純債権国へと転換を図るとともに外貨準備を積み増して、アメリカ等への投資を促進させている(第1-1-25図)。
アメリカ国内の貯蓄不足、海外の過剰貯蓄という不均衡は、アメリカの高度に発達した金融市場への資本流入を生み出した。近年では、資本流入の多くはアメリカに対する証券投資として流入しているが、地域別にみると、中国及びその他アジア諸国や中南米諸国からの投資額が拡大している。また、先進国では英国の投資額が著しく伸びているが、これは産油国資本が歴史的につながりの深い英国の金融機関を経由して流入していることも影響していると指摘されている(26) (第1-1-26図)。こうした海外からの資本流入は米国債購入による長期金利の低下に加え、GSEs債、RMBS、CDO等への需要増を通してサブプライム住宅ローン市場の活性化に寄与したと考えられる(第1-1-27図)。特に、ヨーロッパ諸国を中心に海外全体でRMBSを含む資産担保証券(ABS)の約3割、CDOの2割強が保有されているとの指摘もある(27)。