第 I 部 海外経済の動向・政策分析 |
第2章 高成長が続く中国経済の現状と展望
3.過剰貯蓄の解消 〜 「消費の経済成長へのけん引作用の強化」 〜
さきに触れたように、中国の貯蓄率は非常に高い(前掲第2-1-5図)。一般的に、高い貯蓄率は経済成長の源泉となるものであるが、家計の貯蓄の多くが銀行預金に回り、最終的に過剰な投資を誘発している面もある。また、貯蓄率が継続的に投資率を上回る状況が続いており、短期的に過剰な投資を抑えたとしても、それだけでは過剰貯蓄が拡大し、その不均衡は結果的に経常黒字をさらに拡大させることとなる。
過剰貯蓄の解消は、すなわち消費を拡大していくことを意味し、そのことは、後述する第11次5か年計画においても「消費の経済成長へのけん引作用の強化」として標榜されている。GDPを需要サイドからとらえれば、投資需要と外需の減少(輸入の増加を含む)分を消費需要で補う構図となる。これまでの中国経済の発展は専ら供給サイドに支えられたものであったが、需要サイドもバランスよく強化していくことにより、対外バランスを改善させるにとどまらず、貯蓄超過の縮小が過剰な投資の抑制を通じて中国経済の体質強化にもつながっていくものと考えられる。
消費の拡大は、一つには所得の増加に伴うものであり、その意味では消費も堅調に増加してはいる。しかし、さらなる消費の拡大を進めるには消費性向を引き上げることが重要である。家計の消費性向は、90年代と比較すると、都市部、農村部のいずれにおいても低い水準にあり、特に都市部では低下傾向が続いている(第2-2-5図)。
この要因の一つとして、社会保障制度の問題が指摘されている。年金保険、医療保険、失業保険等は90年代後半からの改革途上にあるが、負担率が高いこと、監督・管理が不十分で基金の管理が非効率であることなどが指摘されており、加入者数は増加傾向にあるものの、依然として低い水準となっている(第2-2-6表) (24)。また、医療制度も改革途上であるが、劉家敏(2006)は、医療保険の加入率の低さや医療費の上昇による負担増を背景に保健・医療支出の割合が上昇し、他の費目の支出抑制にとどまらず消費性向の低下にも影響を及ぼしたと考えられると指摘している(25)。
こうした状況にあっては、家計は経済成長により所得が増加したとしても消費より貯蓄に回さざるを得なくなってしまうことが十分に考えられるところであり、安定した社会保障制度の整備等により、将来や不測の事態に対する国民の不安を解消していくことが消費拡大に重要な役割を果たすのではないかと考えられる。
また、所得の拡大に合わせて中国の消費構造も大きく変化している。都市部の消費動向をみると95年に50.1%を占めていた「食品」の比率は05年には、36.7%に低下しており、必需品中心の消費から徐々に嗜好品へとシフトしつつある(第2-2-7表)。同期間に「通信」が、2.5%から6.3%に拡大したのは、携帯電話やインターネットの普及によるところが大きいと考えられる。一般的には、消費は所得の増加にしたがって、必需品から嗜好品へ、財からサービスへと歩を進めていくものと考えられ、サービス産業の発展等所得の増加に合わせた消費需要の変化を満たしていくことも消費拡大の一つの方法となろう(26)。
このほか、消費を拡大させるための方策として、農村部の所得向上等が指摘されている。最終的に現在の消費を選択するか、将来の消費である貯蓄を選択するかは消費者個人に委ねられるところであるが、特に上記に掲げた社会保障制度の整備等、政策として消費を取り巻く環境を改善させることによって消費拡大を促していく余地はまだ多いと考えられる。