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第 I 部 海外経済の動向・政策分析

第2章 高成長が続く中国経済の現状と展望

第2節 拡大する不均衡への対処と課題

2.過剰流動性への対処

●急増する外貨準備高と過剰流動性の問題
 過剰な投資を招く一因として、資金供給面からの過剰流動性の問題が指摘されている。この過剰流動性の背後にあるのが、急増する外貨の流入である。国際収支をみると、貿易黒字の拡大等による経常黒字の拡大と、対内直接投資等による資本収支の黒字とがあいまって、このところ外貨準備高が急増している(12)。06年9月末での外貨準備高は9,879億ドルとなり、日本を抜いて世界第1位となっている(第2-2-2図)
 外貨の流入は一般的に元高圧力になると考えられる。中央銀行である中国人民銀行(以下、「中央銀行」という。)は、05年7月に人民元をドルに対して約2%切り上げるとともに、通貨バスケットを参考とした管理変動相場制への移行に踏み切ったが、切上げから1年後の06年7月21日のレートは1ドル=7.9855元とその変動は1.5%(切上げ前と比較して3.5%)にとどまった(13) (第2-2-3(1)図)。一方、中央銀行のバランスシート上では「外貨」が資産の約6割を占め、負債側では後述する「中央銀行債」が年々増加している。中央銀行は、過度の人民元の増価を回避するため、外為市場において外貨を吸収し、同時に国内の過剰流動性を防ぐために売りオペにより市中の人民元を回収する不胎化介入を断続的に行っているものとみられる。
 しかしながら、この不胎化が不十分であり、それが過剰流動性をもたらし、ひいては過剰投資をもたらしていると指摘されている(14)。マネーサプライ(M2)、銀行貸出残高の伸びをみると、足元はやや鈍化がみられるものの、M2は05年央以降、銀行貸出残高は06年に入り、加速する動きがみられた(第2-2-4図)

●人民元問題は国内的な問題でもある
 管理変動相場制移行後の人民元レートの動きについては、中国に対し大きな貿易赤字を有する国の期待からすれば、小幅な変動にとどまったといえるだろう。日々の変動幅が、人民銀行が毎日定める基準値の上下0.3%以内(15)と定められ、また、中央銀行が引き続き外為市場において介入を続けているとみられる中で、改革が極めて漸進的過ぎるとして、人民元のさらなる柔軟性を求める声は根強く(16)、06年9月に行われたG7会合の声明においても、「多額の経常収支黒字を有する新興経済−とりわけ中国−の為替レートの一層の柔軟性が、必要な調整を進めるためには望ましい」とされた。
 しかしながら、こうした人民元の問題は中国自身にとっての問題でもある。さきに述べたように、中央銀行は、外貨準備高の急増に対して外為市場での介入と国内市場での不胎化を組み合わせて、人民元レートの過度の変動と国内の過剰流動性に対処しているとみられるが、中央銀行が持つ国債の量が限られる中で、現在では、中央銀行自ら中央銀行債を発行し不胎化を行っている。この発行残高は年々増加しており06年8月末の発行残高は3兆元近くにのぼり、1年間で1.3兆元増加した。需給の緩みから中央銀行債の金利を上げざるを得なくなっているとの指摘もあり(17)、このことは、中央銀行による不胎化が限界に近づいてきている可能性を示唆している(18)。今後も同様なペースで外貨の流入が継続した場合、それを持続的に吸収できるかどうかは不透明であり、それが難しくなれば、インフレをもたらす可能性がリスクとしてある(19)
 また、人民元レートを維持することにより、供給過剰業種や競争力のない産業が結果的に保護されることとなっていることも問題として挙げられる。特に中長期の視点からみれば、人民元レートを人為的に維持することは中国が目指している量的成長から質的成長への転換やさきに述べた産業政策における方針とは矛盾してしまう可能性も懸念される

●漸進的な改革
 過剰流動性の問題に関しては、介入による人民元の安定→輸出の拡大→貿易黒字の拡大→外貨準備の増加→過剰流動性の助長→過剰な投資という一つのサイクルが定着していると考えられる。人民元レートの柔軟性の拡大は、過剰な投資、貿易黒字の拡大といった二つの不均衡を解決する一つの手段となり得る。また、相場安定の維持には、それなりのコストがかかっている。
 マンデルの「開放経済下のトリレンマ」(20)に即していえば、(1)国境を越えた自由な資本移動、(2)為替相場の安定、(3)金融政策の独立性の三つの目標のうち完全に両立し得るのは最大二つまでであり、現在の中国は(2)及び(3)に重きをおいているといえる。(3)についてみれば、物価動向は安定しており(21)、現在のところは経済全体が「過熱」に陥っているとまでは言い難い。それでも、(1)の資本移動の自由化は十分に進展しているとは言い難いものの、貿易黒字の拡大や継続的な対内投資に加えて投機的資金の流入も指摘されており、さきにみた外貨準備高の積上がりをみると、(2)と(3)を同時に維持することが難しくなりつつあることがうかがえる。
 中国政府の対応をみると、漸進的ではあるものの徐々に改革が進んでいる。中央銀行は、管理変動相場制移行後も、銀行間での先物取引制度(05年8月)、直物相対取引制度(06年1月)、通貨スワップ(06年8月)の導入や一部の投資家に対外証券投資を認め自由化を促進する適格国内機関投資家(QDII)制度の導入(06年4月)等、通貨・資本取引に係る制度改革を徐々に進めている(付表2-2)。また、国有商業銀行には、ガバナンスの強化のため、一部外国資本の参入を認めるようになってきている。
 為替レートの柔軟性のさらなる拡大には国内金融市場の整備や金融システムの安定が必要であるが、現在はまだ整備途上である。安定のためには単に制度を整備すればよいというわけでもないことから、急速な柔軟性拡大に十分に対応できるようになるには多少の時間を要することも考えられる。
 また、一般には「過熱」と表現されることが多い中国経済ではあるが、投資の「過剰」にみられるように、デフレのリスクも同居している。経済全体を冷やしてしまう可能性がある為替レートの急激な変化よりも、さきの産業政策にもみられるように、より漸進的、個別的なアプローチにより徐々に過剰な部分を減じつつ、必要な制度を整えていくことも一つの方法ではあろう。
 ただ、こうした議論は05年7月の管理変動相場制移行前にも議論されたことの繰り返しであり、移行から1年以上が経過した現在においても、外貨準備残高等をみる限り状況はさらに悪化しているといってもよい。急速な柔軟性拡大を直ちに行うには難しい面もあると考えられるが、少なくとも柔軟性拡大への備えとなる各種改革により迅速に取り組んでいくことが重要であろう。

コラム:燃料価格統制の解除に関する動き

 中国では、急激な物価上昇の抑制や生産者及び消費者の負担増への配慮を目的として、石油製品に対して製油所出荷価格及び小売価格の統制を行っている(22)。そのため、(1)低価格に維持された石油製品の非効率な利用による資源浪費、(2)国際価格と連動している川上の原油価格の上昇を川下の価格に転嫁できないことによる石油精製企業の収益悪化、(3)収益悪化を背景とした企業の減産や国外への製品輸出の増加等による国内市場への供給不足の発生が問題となっている。2005年8月頃には広東省等の一部地域での供給不足の発生が「油荒(ゆこう)」(石油飢饉)と呼ばれ大きな問題となった。
 価格市場化への要求が国内の大手石油会社からある中、政府は05年12月、「資源価格改革」を06年中に行っていくことを明言し、石油製品価格について「価格関係を一層正常化し、国際市場の石油価格の変動を総合的に考慮し、国内の価格を合理的に調整する」とした。
 その後、06年には3月26日、5月24日の2回に渡りガソリン・軽油価格の引上げを行った。同時に3月の引上げ時には、価格上昇による影響を軽減するため低所得者層及び農業や都市公共交通企業等の公共性の高い業種に対する補助金支給を実施した。またこの財源の一部として、国産原油を販売する石油採掘企業に対する超過利潤税(23)の導入を発表した。
 この2回に渡る引上げを通じ、ガソリン・軽油の小売価格はそれぞれ15%程度の上昇があったものの、消費者物価全体への影響は軽微なものにとどまっており、CPI(総合)上昇率はおおむね1%台の低い伸びで推移している。一方、この引上げ後においても依然として国際価格との比較ではいまだ低水準にあり、今後の資源価格改革の動向やその消費者物価への影響が注目される。

燃料費にみられる川上・川下の物価動向

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