第 I 部 海外経済の動向・政策分析 |
第1章 拡大した経常収支不均衡と企業部門の貯蓄超過
1.世界における経常収支不均衡の拡大
(1)現状
●先進国の現状-アメリカの経常収支赤字の拡大
世界の経常収支不均衡は拡大している。世界の経常収支をドルベースでみると、アメリカは、70年代半ば頃まで経常収支は黒字となり、資本供給国であった。しかし、その後は貯蓄率低下等により経常収支は赤字基調となり、90年代以降赤字幅は拡大し、2004年にはGDP比5.7%、05年1〜6月期には7,880億ドル(年換算)、GDP比6.4%と高い水準となっている(第1-1-1表)。05年9月に公表されたIMFの世界経済見通し(World Economic Outlook) では、05年のアメリカの経常収支赤字は、GDP比6.1%と予測されている。
一方、ドイツ及び日本では、経常収支は黒字となっており、2000年以降黒字幅が拡大している。ドイツでは、90年代は経常収支の赤字基調が続いたものの、01年以降再び黒字が続いている。日本は60年代後半以降、2回の石油危機を除き黒字基調となっていたが、2000年以降黒字幅は拡大し、04年には経常黒字は1,720億ドル(GDP比3.7%)となり、世界最大の経常収支黒字国である。しかし、日本とドイツの黒字を合計しても、04年のアメリカの経常収支赤字の約4割に過ぎない。
●黒字拡大基調が続く中国、NIEs、その他アジア
世界の経常収支をみる上で最近の着目すべき変化として、中国及びNIEs等アジア諸国における経常収支の黒字拡大がある。NIEsの経常収支は90年代前半には好調な投資を背景に若干の黒字にとどまっていたが、97年にアジア金融危機が起こった後大幅黒字へと転じた。中国においても、90年代以降黒字となる年が多くなっている。中国では2000年以降黒字幅が拡大し、04年には日本、ドイツに次いで世界第3位の687億ドル(GDP比4.2%)の黒字を計上し、アメリカの経常赤字の約1割の規模を占めるに至っている。
●産油国、ロシア、ラテンアメリカ等
中近東を中心とする産油途上国は、70〜80年代にかけて経常収支黒字であったが、90年代には原油価格低迷もあり赤字基調となっていた。しかし、2000年以降、原油価格上昇等を背景に産油途上国が黒字になるとともに、産油国であるロシアが黒字幅を拡大させている。
ラテンアメリカでは赤字が縮小し、03年以降黒字に転じている。
(2)80〜90年代前半までとの比較
80〜90年代前半までは、アメリカは経常収支赤字ではあったが、現在ほどの規模ではなく、名目GDP比で1.5%程度であり、赤字がピークとなり対日貿易摩擦が問題化していた87年でも同3.4%にとどまっていた。当時は、一般に途上国は経常収支赤字であり、先進国の赤字は主として先進国の黒字でファイナンスしていた。
しかし、アジア危機を経て2000年代以降は、アメリカの赤字を日本、ユーロ圏(主にドイツ)等の先進国だけでなく、産油国及び東アジア諸国の対外余剰によってファイナンスするというように、不均衡の規模だけでなく、その範囲が世界に拡大しており、世界の資金の流れが新しい構図となっているといえる。経常収支不均衡は、国際資本がそれをファイナンスできる限り持続可能であるが、アメリカの経常収支赤字がかつてない高水準となる中で、その持続可能性をめぐる議論が盛んとなっている(2)。
2.アメリカにおける貯蓄率低下と、その他諸国における投資率の低下
●先進国−アメリカは貯蓄率が低下
経常収支不均衡拡大の背景として、投資率、貯蓄率(投資及び貯蓄の名目GDP比)を各国別にみると、アメリカでは、90年代に投資率、貯蓄率ともに上昇していたが、90年代末以降、投資率が横ばい傾向になる一方で、貯蓄率が大幅に低下し、04年には、投資率が19.6%、貯蓄率が13.4%となり、投資超過が拡大している(第1-1-2図)。
ドイツは、90年代以降投資率が緩やかに低下する中で、貯蓄率は投資率を若干上回っていた。2000年以降投資率の低下幅が大きくなり、貯蓄超過が拡大している。英国及びフランスでは、90年代以降投資率が横ばい傾向となっている中、英国では90年代末以降、フランスでは2000年以降貯蓄率が低下している。
日本は、他の先進国と比べ投資率、貯蓄率ともに高い水準にあったが、90年代以降、投資率、貯蓄率ともに低下した。貯蓄超過幅は、他の先進国と比べ安定した動きとなっている。
●途上国−アジアではアジア危機後投資率が低下、産油国では貯蓄率上昇
中国は、80年代以降、投資率、貯蓄率ともに上昇している。中国では計画経済時代にいわゆる「強蓄積」の下、高い貯蓄率が高い投資率へと振り向けられたが、その後の改革・解放後もその傾向は続いている。投資率は04年には45.2%に達し、90年代以降は投資率を貯蓄率が上回る状況が続いている。
アジア主要国でも、中国と同様高い投資率により成長を続けていた。しかし、97年のアジア危機の影響を受けたアジア諸国(韓国、タイ、マレーシア、フィリピン、インドネシア)では、90年代以降上昇基調にあった投資率は、危機後低下が顕著になっており、その後どの国も97年の水準に戻っていない。貯蓄率は、国により動きに相違があるものの、全体的な傾向としては若干低下し、投資率よりは小幅な低下か横ばい傾向にとどまった。その結果、危機後はすべての国で貯蓄超過に転じており、その後も貯蓄超過が持続している。
中東・アフリカ圏では、投資率が横ばい傾向となる中で、貯蓄率が上昇している。この要因として、サウジアラビアのように原油価格の高騰により産油国で貯蓄率を高めていることが挙げられる。