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第1章 競争力の源泉としてのクラスター:産業集積からクラスターへ

第4節 イノベーション創出型中小企業向けの政策支援:海外の事例研究

1.効果が高まるクラスター環境の下の中小企業支援

 中小企業向けの政策的な支援については、起業段階から事業化、さらにスピンオフまで様々な局面を通じて、資金調達、技術移転、税制、政府調達等、多様な支援手段が存在する。これらの支援策は孤立して活動する中小企業に対して単発的に投入されるよりもクラスターのような集積に属する中小企業群に対して戦略的に投入されることで、より一層大きな効果を生むことになる。
 これまでみてきたような海外のクラスターの成功事例においては、クラスターという仕組みの中で企業間のネットワークを通じて中小企業向けの政策支援が有機的に活用され、これがイノベーションの創出と企業の競争力向上に結び付いたことが分かる。クラスターを生み出すためにインキュベータが重要な役割を果たした事例は多く、クラスター企業に対する経営支援、クラスター企業とベンチャー・キャピタルとのネットワーク形成、クラスター企業の研究開発支援等、活用されている政策支援は多岐にわたっている。これらの企業支援策は必ずしもクラスター企業向けに限定されたものではないが、クラスターという環境の中で活用されることにより、より高い成果を上げることに成功してきたと考えられる。以下ではクラスター環境の中で中小企業の競争力を高め、国内経済全体の活力の向上に寄与するような政策支援の在り方について考えてゆく。
 


2.起業支援策としてのインキュベーションの仕組み

 クラスターのダイナミックな発展を支える手段として企業家精神を発揮する場である起業の支援は重要な役割を担っている。インキュベーション施設はクラスターのような起業集積の中で活用されることでより一層大きな成果を上げることができると考えられる。
 起業する場合、経営者は様々な困難に直面する。資金調達は大きな課題であるが、それ以外にも、経営全般に関する知識、販路開拓の方法等も課題となる。こうした経営者の課題を側面から支援し、新規開業を促す仕組み(第1-4-1図)として、インキュベーションの活躍が注目され、その重要性が増している。
 ここでは、先行国であるアメリカを中心に、インキュベーションの歴史、実態を紹介し、特に役割が重視されているインキュベーション・マネージャーに焦点を当てる。さらに、フランスの取組を紹介する。
 最後に、インキュベーション以外の起業・経営支援の例としてアメリカと英国の取組を紹介する。
 
 (1)アメリカのベンチャー創出を支えたインキュベーション

●企業を支援する仕組みとしてのインキュベーション
 全米ビジネスインキュベーション協会(National Business Incubation Association:以下NBIA)(24)によると、インキュベーションとは、「体系的に各種資源やサービスを提供することにより、創業期の企業の発展を加速させる事業支援のプロセスである」と定義している。
 スペースや設備の提供の他、技術支援や起業に関連したコンサルティング、また、資金調達の補助といった支援サービスは、通常これを目的とする専門機関であるインキュベータ及びそのネットワークの中で提供される。

●インキュベーションの歴史
 州政府は、1960年以前より、大学を核としたリサーチパークを建設し、ハイテク企業や研究所の誘致や起業支援を行っていた。80年代以降、バイ=ドール法を契機に、産学連携の取組が促進されるようになった。こうした中で、各地でサイエンスパークや大学内インキュベータが設立された。当初のインキュベータは起業希望者に対するオフィスや電話等の共同サービスの提供等、場貸し的な要素が強かった。しかし90年代以降、インキュベータの数が増加し、起業の業種も多様化するなかで、企業を育てるためのコンサルティングが重視されるようになった。またIT化の急激な進展、ベンチャーブームにより大学のベンチャー育成活動が活発になり、施設数も急増した。それとともに、施設が提供する支援プログラムも内容が充実し、外部の専門家や機関、地域の企業とのネットワークが広がった。
 近年では新技術の商業化から大きな利益を得ることに対する誘引もあり、民間ベースのインキュベータの増加や、ベンチャー・キャピタルの関与により資金調達支援を行う傾向がみられるようになっている。

●活発に活動するインキュベーション
 アメリカにおいては、毎年200万社のベンチャー企業が新規開業しており、起業を促進するインキュベータも数多く活動している。NBIAによると全米で約1,000のインキュベータが活動している。これは他国と比較しても極めて多い(25)
 インキュベータの組織形態は、州政府等の公的機関、大学によって設立された非営利法人が約90%と多い。特に、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)コネクト(第3節)のように、大学が主体となり、あるいは公的部門がインキュベータの運営を大学に任せるなど、産学連携が進んでいることが特徴といえる。一方で、民間企業のみによって設立される営利法人は約10%である。
 なお、インキュベータの約半数は分野や対象を問わないタイプであり、4割近くがハイテク等の技術支援を目的としているものである(26)。他に、製造業やサービス業に特化したタイプも存在する。施設の規模は、平均4,400m2程度とそれほど大きいものではなく、入居企業数は10〜30社程度である。

 (2)インキュベーション・マネージャー:インキュベーションに不可欠なソフト支援

 インキュベータのソフト面での起業支援の役割が重要となるなか、それぞれのインキュベータでは、ベンチャービジネスの経験や技術にも通じたスタッフを採用し、外部ネットワークの構築に取り組んでいる。今やインキュベーション・マネジャーが存在しないような、貸しビル業的なハード面だけのインキュベータは考えられないほど、インキュベーション・マネジャーの重要性は高く認識されている。
 具体的には、インキュベーション・マネジャーと呼ばれる全体の統括責任者と数名の専門スタッフが、入居企業の事業計画作成やマーケティングといった事業立ち上げの支援、技術導入の支援、さらには入居企業の管理やモニタリング等を行っている。
 起業支援の実績を上げるためにはインキュベーション・マネジャーの力量が極めて重要である。NBIAでは、質の高いインキュベーション・マネジャーの特色として、様々な業務経験やマルチタスク能力、コミュニケーション能力、問題解決能力、社交性に富んだ性格、仕事に対する情熱や向上心等を挙げている。実際に、企業戦略や資金調達、経営コンサルティング等民間企業での業務経験があったり、大学職員として研究者とのつながりを持ち補助金等の申請に精通しているなど、様々な経験を有しているインキュベーション・マネージャーが多い。技術関係の博士号取得者といった高学歴者、女性も多いといった特徴があるといわれている。
 インキュベーション・マネージャーの活動とその影響力は、入居企業へのサービス提供の範囲にとどまらない。企業、大学、関連機関等ビジネスに携わる人たちのネットワークに基づく連携・協力関係が、新しいビジネス機会の誕生を促し、それが起業につながる例が増えている。こうしたネットワークの運営を主体的に行い触媒的(カタライザー)な役割を果たすインキュベータも増えているが、インキュベーション・マネージャーがネットワークのキーパーソンであることは、よい起業パフォーマンスにつながることが多い(英国ケンブリッジのセント・ジョンズ・イノベーション・センター、ヘリオット社長、第3節)。

 (3)フランス:イノベーション重視のインキュベーション
 
 フランスでは、99年に制定されたイノベーション法(27)によって政府主導によりインキュベータ整備が行われた。2003年には、政策評価を行い、政策の継続の可否について見直しをした。政策評価から得られたことは、TLO(技術移転機関)との連携や外部資源の有効活用、メンターの存在が、インキュベータの機能に有効に作用するということである。

●政府によるインキュベータ整備
 イノベーション法によって、インキュベータ設立に対し2,465万ユーロの補助金が出されることになり、2002年までに全国で31のインキュベータが整備された(28)
 

●インキュベータ評価(29)
 2003年、フランス政府はインキュベータ整備補助に関する政策を見直し、施設継続の可否を判断するために、調査と評価を実施した。フランス研究省によって学識者、関係省の代表らで構成されるインキュベータ評価に関する委員会が設置され、調査は大手コンサルティング会社(30)に委託される形で実施された。調査方法は、各インキュベータが提出した自己評価レポートとそれに基づくヒアリング、自治体や連携体制を構築している関連団体に対する電話調査、さらに卒業企業に対するアンケート調査であった。
 評価にあたっては、7つの指標(地域への定着、評判と知名度、インキュベーション・プロセス、運営体制、財源の活用状況、価値の創造、相対的パフォーマンス)が用いられた。地域によって異なる事情を踏まえ、それぞれのインキュベータの目標、スタッフの人数を考慮し、いかに地域に貢献したかが評価された。
 この結果、調査対象となった29機関は、(1)現状の活動を認め、継続して補助金を給付する(14機関)、(2)修正を必要とし、追加的にアクションプランを策定する(9機関)、(3)設置者自らが計画を見直し、抜本的な構造改革を必要とする(6機関)の3ランクに格付けされた。評価の結果では、TLO(技術移転機関)との連携の有無がインキュベータのパフォーマンスの高さにつながることが分かった。
 その他、調査報告書ではフランスのインキュベータの現状と課題について、「外部の資源を有効活用しているところは総じて良い結果を出している」、「成功した者が後進の者にメンター(指導者)としてボランティアで働くコーチングチームの組織化が必要」等を挙げている。
 

●インキュベータ整備の新たな展開(2004〜2006年計画)
 上記の評価を踏まえて、フランス政府は、インキュベータ機能をより向上させることを目標とし政策を継続することを決定した。2004年から3年計画で29のインキュベータ、797件の企業による新規計画に対し、2,500万ユーロを投入することとしている。
 
 (4)広がりをみせる起業・経営支援の形態

●アメリカの中小企業開発センターと英国のビジネスリンク
 アメリカの中小企業開発センター(Small Business Development Center:SBDC)は、連邦・州政府、自治体、大学あるいは民間共同で、企業経営に関する情報提供やアドバイスを包括的に行うことを目的に、全米各地で中小企業経営者や創業希望者に対し、トレーニングプログラムや教育、カウンセリングを行っている。
 SBDCの運営資金は中小企業庁(Small Business Administration:SBA)が最大50%の資金を負担(2003年度予算は約8,800万ドル)し、残りは州政府や大学、民間財団等が拠出している。全米で58か所のセンター及び大学や商工会議所に置かれた約1,000のサブセンターを通じて、マーケティングや財務、組織運営に関する情報、貿易、技術の商品化といった実践的なノウハウを提供している。なお、特徴としては、大学がプログラムの中核となっており、大学教授や大学院生という人的資源を効果的に提供している点が挙げれらる。
 SBDCの評価に関する研究では、支援企業への支援コストに対する税収の割合から、コスト以上に税収があったことが明らかになるなど、プログラムの効果を肯定するものが多い(31)
 英国のビジネスリンク(Business Link)プログラムも、マーケティングから人事、金融、貿易、海外進出、技術面に至るまで、情報提供や窓口相談、専門家派遣、セミナーや研修の開催といった、中小企業に対する経営支援サービスを提供している。
 ビジネスリンクは、中小企業庁(Small Business Service:SBS)が、民間機関や商工会議所、大学等の実施主体を公募して選定し、委託契約により運営費の大半をまかなう形で運営されている。組織はパーソナルビジネスアドバイザー及びスタッフで構成されている。通常、パーソナルビジネスアドバイザーは民間企業経験者であるが、彼らの能力向上も重視されており、SBS大学と呼ばれる教育機関で訓練や定期的な再評価も行われている。
 ビジネスリンクの支援効果は生産性の向上におおむねプラスであるとの実証研究がある(32)。また、南東イングランドのハートフォードシャー州においてビジネスリンクのサービスを提供しているHBC社における顧客満足度調査でも、ほぼ全数がサービスに満足しているとの結果がある(33)
 


3.中小企業のイノベーションに貢献する研究開発

 
 クラスターの発展には中小企業の研究開発は不可欠の要素であり、産学官の連携支援など様々な支援策が準備されている。中小企業の研究開発には、(1)大企業に比べ、特定のしかも狭い分野に研究を集中させることができる、(2)中小企業は製造の現場に近いので応用力に富む、(3)研究開発から実用化に要する時間の短さなどの強みがある(34)。しかし、中小企業が研究開発をしようとすると、大企業以上の困難に直面する。資金不足、技術者の確保と教育、技術情報の入手等である。 
 各国では、中小企業の研究開発力を高めるため、中小企業向けの研究開発支援策を実施しており、クラスター環境の下ではより一層高い成果が期待される。支援方法としては、研究開発に対する助成・補助金、人材確保に対する助成、また公的な研究開発プログラムへの参加(公共調達)、研究開発に対する優遇税制等がある。政府による研究開発資金の助成は必要であるが、一方でモラルハザードの問題も懸念される。
 以下では、各国の中小企業向け研究開発に関する政策について紹介する。

 (1)先行したアメリカの制度設計-バイ=ドール法、SBIR、STTR

●バイ=ドール法
 研究開発における産学の連携の飛躍的な発展をもたらした制度改革として1980年に制定されたバイ=ドール法(1980 年アメリカ合衆国特許商標法修正条項)がある。従来は政府の資金で大学が研究開発を行った場合、その研究開発の過程で生じた特許権が政府のみに帰属していたところ、大学や研究者に特許権を帰属させる余地が認められるようになったことから、以降産学連携の取組が促進されるようになっていった。

●中小企業によるイノベーション支援-SBIR
 中小企業イノベーションプログラム(Small Business Innovation Research Program(以下SBIR)」は、外部への研究開発委託予算が1億ドルを超える省庁(35)にその一定割合(36)を中小企業向けに支出することを義務付ける制度である。ハイテクベンチャー企業が提案する研究開発プログラムのうち、商業化の可能性があり開発リスクの高いプロジェクトの事業化を支援し、ベンチャー企業の育成を図ることをねらいとしているものである。
 SBIRには3つの段階がある。第1段階では、省庁が必要とする技術開発テーマに対する科学的、技術的な利点や実現可能性の調査に対し、6か月で10万ドルを支給する。第2段階では、第1段階で承認された中小企業しか申し込みはできず、さらに詳細な研究開発に対し、2年間で75万ドルを支給する。この段階では、開発技術の実用化に関しても調査が行われる。第3段階では、第1、2段階での研究開発成果の実用化を進める。この段階では、SBIR制度としては資金提供を行わない。これには、中小企業が補助金に頼ってしまうことを防ぐことと同時に民間の評価を加えるということも意図されている。このため、中小企業はSBIR以外の資金(例えばベンチャー・キャピタルの資金)を得なければならない。ただし、SBIR以外の政府の研究開発支援を受けることや、あるいは、連邦政府が使用する製品やプロセス、サービスについては連邦政府と契約を結ぶこともできる。

●SBIRの実績、成功の要因
 82年の制度創設以来20年間で第1段階、第2段階をあわせ約7万件のプロジェクトに約136億ドルが投入された。2002年度においては、第1段階、第2段階あわせ5,820件に対し約14億ドルが支給され、契約件数、金額ともに過去最高となっている。州別にみるとシリコンバレーのあるカリフォルニア州、ボストンのあるマサチューセッツ州の実績が大きく、契約件数及び契約金額のいずれにおいても2州で全体の3割を超えている。
 SBIRで開発された製品は、全体の約3分の1が政府によって買い上げられており、契約にあたっては一般競争入札が不要とされている。SBIRの評価は高く成果は民間ベースでも受け入れられている。SBIRで開発された新技術を政府が買い上げるということは、民間市場の信用増加という副次的な効果を与え、マーケティングの糸口をつかみ販売チャネルの創出につながる(37)
 

●中小企業への技術移転‐STTRの概要
 中小企業技術移転(Small Business Technology Transfer:STTR)プログラムは、各省庁の研究予算を使って中小企業と研究機関とを結び付け、政府出資で行われた研究の成果を民間に技術移転させることでイノベーションを創出することを目的として92年にアメリカで誕生した(38)。SBIRとの違いは、中小企業が、研究所、大学等の非営利団体とパートナーになっている必要がある点である。中小企業は、知的所有権等、研究開発や商品化の活動を継続的に行うために必要な権利等を取り決めた約款を作成し、研究計画書とともに政府へ提出する。審査に合格するとプロジェクトへの助成が決定され、中小企業は研究機関から技術やノウハウを移転されることになる。このとき、商用化の過程で新たに創出された技術に対する特許は、中小企業側に帰属することになる。
 2001年の会計検査院による当プログラムの政策評価では、(1)企業と研究機関の双方とも、当プログラムが研究開発に大いに寄与したとしており、また、(2)製品、プロセス、サービスの商用化に加え、知的所有権の取得等成果を挙げているものが多いとされている。

 (2)フランスの中小企業イノベーション促進機関-ANVAR

 99年に制定されたイノベーション法では、公務員である公的研究機関の研究者に企業の設立や民間企業の経営・資本関与を認められるなど、大学や研究機関の研究成果の民間企業への移転等が盛り込まれている。さらに、2002年にはイノベーション支援政策(39)が策定され、イノベーション企業を対象とする税制上の優遇措置、その他の支援措置が講じられることとなった。
 フランスの、民間企業の研究開発において中小企業の研究者の全体に占める割合は、83年の約14%から2001年には約35%に達している(40)。イノベーション法、イノベーション支援政策策定以来、中小企業の活動を重視する政策が拡充されている。
 

●国立研究開発公社(Agence National pour la valorization de la recherche,ANVAR)
 中小企業の研究開発支援に関連の深い機関としてANVARがある。ANVARは、先端産業の育成や技術革新の推進等のため79年に設立された。フランスイノベーション庁と称され、イノベーション支援政策においてはイノベーション促進を担う重要な機関の一つとして位置付けられ、特に中小企業のイノベーション支援機関として役割の強化が図られている。
 ANVARは、技術革新計画を有する中小企業、研究所、独立起業家に対し、資金面、雇用面経営面で支援している。具体的な支援方法は、中小企業の研究開発プロジェクトへの助成(41)、ハイテク企業の設立支援、研究者・技術者の雇用支援、若手研究者や学生が行う研究への支援、技術移転の促進等である。支援制度の中で独特なものとして、技術革新に携わる研究者・エンジニア等の人材確保や雇用支援(第三者機関から企業への派遣に対し資金を提供する制度)が挙げられる。これは中小企業の研究開発能力の向上に資するものであり、研究開発プロジェクトに対する助成に続いてANVARの活動全体に占める割合が大きい。
 ANVARの支援範囲は、新技術の芽を育てるシーズ段階から、技術開発の実行可能性に関する調査段階、そして研究・開発を経て実用化に着手する段階までをカバーしている(第1-4-2図)。
 2003年においては、全体で4,086件、2億9,500万ユーロの支援を行った。実績の内訳をみると、研究開発プロジェクトに対する助成が1,922件(うち45%は創業後3年以内の企業向け)、雇用支援が1,259件(うち40%は創業後3年以内の企業向け)、15〜25歳までの若手研究者に対する助成が507件、技術移転への助成が51件、委託研究44件等となっている。ANVARが支援する技術分野は、バイオテクノロジー、生命医学等の先端技術分野やIT分野を中心に、化学、機械工学、農水産業、繊維・皮革等の伝統分野まで多岐にわたっている。
 また、ANVARが事務局となり、「イノベーション企業」の認定(42)や、イノベーション企業設立支援コンクール」といった事業も行われている。


4.イノベーション活用型中小企業の資金調達

 スタートアップ企業に資金を提供する機能として、ベンチャー・キャピタル(以下VC)(43)の存在は欠かせない。第3節のクラスター事例でみてきたように、大学や研究機関が新技術の開発において知識を供給する役割を担う一方、VCは、起業やスピンオフ企業に資金を供給する役割を果たしており、クラスター形成にとって重要な機能を果たしている。また、エンジェルと呼ばれる個人投資家の出資も、起業資金提供に重要な役割を担っている。
 以下では、VCとエンジェルの概要を簡単に紹介し、先行国であるアメリカ以外においても、投資を促進するシステムの整備が進んできている状況に言及する。

 (1)アメリカで活躍するVCとエンジェル投資家

●相互に引き合うVCとベンチャー企業
 現在、アメリカはVCの規模において最も大きい国の一つとなっている。アメリカでは、世界で最も早くからVCが存在していた。VC活動のためのシステムが整い、VCによる起業の成功が脚光を浴びるようになったのは、シリコンバレーの成功がみられた80年代以降である。また、90年代以降、急速なITの進展により、成長著しいベンチャー企業が続々と出るようになると、ベンチャー企業が集積する地域の増加・拡大とともに、VCの数や規模も拡大した。同時に大きなキャピタル・ゲインを得るなどVCの成功にも注目が向けられるようになった。
 VCの投資額の多い州はクラスターが発展している州と重なる。これは、大学からの技術移転が活発で起業が盛ん地域にVCが投資先を求めて集まるという解釈と同時に、VCの存在がスタートアップ企業を引き寄せ、企業の集積を築き上げることに寄与するとも考えられる。
 

●VCの経営ノウハウ提供機能の充実〜目利き能力とハンズオン投資〜
 VCの役目は、(1)資金集め・供給、(2)投資先のベンチャー企業の選定、(3)投資したスタートアップ企業の育成等が挙げられるが、VCの特徴として指摘されるのは、(2)の際の「目利き能力」と(3)における「ハンズオン」である。「目利き能力」は投資企業を選定する能力であり、「ハンズオン」はハンズオン投資とも呼ばれ、VCが投資先の企業価値を高めるために積極的に経営支援を行うことである。
 アメリカにおいては、VCが投資先企業の株式を保有するケースが多く、利益を得るには、IPO(新規株式公開)やM&Aによる企業売却まで企業を育てることがVCの目標の一つになる。このため、投資先企業の業務内容を理解した上で成長可能性を見極めて投資し、投資後は投資先企業に積極的に関与し経営を支援することは必然的ともいえる。さらに、VCが経営支援を行うことで、ベンチャー企業の失敗を防ぐというリスクの軽減につながっている。
 特にスタートアップの初期段階の企業への投資に特化しているVC等は、ハンズオン投資により資金以上のものを提供しているといわれる。具体的には、非常勤役員の派遣、事業計画の策定、販売協力、専門家派遣等である。
 

●VCと相互補完関係にあるエンジェル投資家
 エンジェル投資家とは、スタートアップ期の企業へ個人投資を行うことで高いリターンを求める一般投資家のことである。VCが比較的大きな投資規模の事業を対象にしているのと比べ、エンジェル投資は、それに達しない企業やVCが参入する以前の段階での起業資金を供給する役割を果たしており、VCとは相互補完的な関係にある。
 エンジェル投資は、個人的な投資であり市場を介さないため、市場規模などの実態については正確な情報に乏しいが、市場規模は2001年300億ドル、2002年157億ドル、2003年181億ドルと見積もられている(44)。ベンチャー・キャピタルによる投資と比べても(2002年には212億ドル)、規模は大きい。エンジェル投資家は2003年時点で22万人おり、エンジェル投資家から投資を受けているベンチャー企業は42,000社となっている(45)ことから、ベンチャー企業にとってエンジェルの存在の大きさがうかがい知れる。

 (2)ヨーロッパにおける投資を促進するシステム整備
 
 ヨーロッパでは、アメリカのような投資環境の活発さや個人投資家の厚みを目指し、ネットワークの推進や、投資促進のための制度の整備を進めている。

●エンジェルと企業を結びつけるネットワーク
 アメリカでは、80年代後半から、企業と投資家を結び付けるネットワーク(ビジネス・エンジェル・ネットワークと呼ばれる)が、大学を中心に発展してきた。ヨーロッパにおいてエンジェルのスタートアップ企業への資金調達に果たす役割が注目されるようになったのは、90年代後半以降である。98年のEuropean Business Angels Network(EBAN)の設立を契機にネットワーク設立が進んでおり、特に2000年以降その数が急増している(第1-4-3表)。ヨーロッパにおける草分け的存在は、英国のNational Business Angels Network(NBAN)である。
 ヨーロッパのビジネス・エンジェル・ネットワークは、企業とエンジェルのマッチングの他、エンジェルの養成、投資環境の向上等のため、情報提供・情報交換等を行っている。国や地域の特性によって種類や形態も異なるものの、おおむね、(1)国や地域によってネットワーク形成が進められている、(2) したがって、非営利機関が多く、また公的部門からサポートを受けていることが多い、(3)比較的規模が小さいとされる(46)

●エンジェル優遇税制
 ベンチャー企業への投資を促進するために、投資に対するインセンティブを付与することや税制面での優遇措置等の制度が整備されつつある。
 英国のエンジェル税制(The Enterprise Investment Scheme and the Venture Capital Trust Scheme)では、投資家は出資金額の20%分の税額控除を受けることができる。税額控除が受けられる投資金額の制限は一人につき年間20万ポンドと大きいことから、投資家が節税目的としてベンチャー投資を行うこともあり、投資へのインセンティブとなっている。
 投資結果に対する税制優遇措置としては、キャピタル・ゲインに対する優遇措置等の制度を各国で採用している。


5.イノベーション活用型中小企業の事業化を促進する販路支援、政府調達

 イノベーションによる新しい製品やサービスが誕生しても、それらの利点を認め、購入するユーザーである消費者の存在がなければ、市場は成立せず、そのイノベーションは結果的には意味のないものになる。新しい市場が誕生するには、消費者のニーズが変化することの方が、科学技術が変化することよりも、大きな役目を果たすという調査結果がある(47)。消費者のニーズの変化によってイノベーションが誘発される可能性があることが考えられる。しかし実際には消費者に認知されれば市場に受け入れられるような製品・サービスでも、生産者が中小企業である場合には販路に乗せることができず失敗に追い込まれることも多い。イノベーションに重点を置いた中小企業の製品・サービスはさらに最終的な販売段階で困難に直面する可能性が高い。
 中小企業向けの販路開拓に関してクラスター内部のネットワークを活用して支援する試みも数多く存在するが、十分な成果を上げるには至っていない。こうした条件の下で中小企業の研究開発に積極的な動機付けを与えるためには、公的部門が物品・サービスを購入する政府調達の役割も注目される。単なる研究開発段階での資金投入に比べて最終的な購入が条件とされるため、製品としての完成度が求められる一方、政府購入の実績を民間企業向け販売のための信用材料として活用することも可能である。
 アメリカのSBIRは、中小企業の研究開発の質的向上や商業化への促進、さらにベンチャー企業の創出に寄与したことで評価が高い。研究開発段階で投入された公的セクターからのリスクマネーが最終製品にまで結び付くことを意識した仕組みとなっている。既に研究開発を終えて実用化段階にまで至った製品については、資金は民間から調達する必要があり、企業のモラルハザードを防止している。最終的に条件を満たした製品は、政府が購入することで販売までのめどが立つという有効な支援策となっている。SBIRは、政府調達政策がイノベーションを誘発する有効な手段として機能することを証明した。

●SBIRの成功を受け、ヨーロッパにおいても導入の動き
 アメリカでの成功を受けてヨーロッパにおいても導入の動きが見られる。欧州研究アドバイザリーボード(EURAB)(48)は、「ヨーロッパにおいてもSBIRのようなメカニズムをEUのフレームワークプロジェクトや、各国の政策に取り入れるべきである」とする提言(49)を行った。
 また、2003年に欧州委員会が発表した「ヨーロッパの競争力−統合アプローチに向かって」と題する報告書においては、ヨーロッパの競争力を高めるための方策として、EU全体のGDPの16%を占める公共調達市場(50)に関し、調達制度の透明性を高め、より開かれた競争が行われる制度へと改革する必要性に触れている。背景には、公共調達は企業家活動の原動力であり、ヘルスケア、環境保護、防衛等の分野においては需要を先導する要素となるという認識がある。
 現在のところ、アメリカほどに公共調達制度が発達している国はなく、上記の提言や報告書などを受け、公共調達を「中小企業のイノベーションの促進策」として活用する可能性を模索し、SBIRのような政策を取り入れる国が出るものと予想される。
 

●英国における小企業研究イニシアティブ
 英国では、2001年より政府の研究プロジェクトの2.5%を中小企業から調達する「小企業研究イニシアティブ」(The Small Business Research Initiative)を開始した。この政策は、中小企業の研究開発需要を増加させ、中小企業に政府の戦略的ニーズに対応した高度な研究開発を行う機会を与えることをねらいとしている。政府調達での研究開発が、ハイリスクである革新的な構想の商業化を促すという考えが根底にある。
 このように、政府が、新しいアプローチを受け入れる消費者として行動することが企業の新製品開発のインセンティブとなり得るという考えは、SBIRの成功から影響を受け、広まりつつある。


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