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第I部 海外経済の政策分析

第2章 欧州にみる主要な年金改革−ドイツ、スウェーデン

第2節 ドイツとスウェーデンの年金改革

 本節では、調整的改革(マイナー改革)の例としてドイツを、制度大改革(メージャー改革)の例としてスウェーデンをそれぞれ取り上げ、改革の内容、解決された問題や残された課題等を明らかにしたい。

(1)ドイツ改革の特徴

●改革の背景と内容
 ドイツの公的年金制度は、給付建て賦課方式を採用している。失業者の増大や少子高齢化の進展(3)等により年金負担率の上昇が続き、92年の改革の後も、96年、99年、2001年に改革を行ってきた。これらの改革は制度設計の基本的な変更を伴わず、支給開始年齢、保険料率、給付額等主要な要素の改訂によって安定性の回復を図る調整的改革である。このようなドイツの改革は、近年の日本の改革と似ている。
 2001年改革の主要な目的は、給付水準引下げにより保険料率の上昇を抑制することである。給付水準については、改革前には代替率(年金給付額/現役世代の手取り収入)は70%であったが、これを2011年から段階的に引き下げ、2030年には68%にやや引き下げることとしている。
 保険料率は、改革前の見通しでは2030年に26%(労使折半)まで上昇すると見込まれ、労使共に負担可能とされる25%を超えていた。そのため、給付水準の引下げによって改革後の保険料率を2020年までは20%以内、2030年までは22%以内に抑制することとしている(現行19.1%)。なお、保険料で給付の全てを賄うのではなく、給付の約20%を国庫が負担している(負担割合は、年金の種類ごとに異なる)。

●任意加入の積立制度の導入
 給付水準の引き下げを補う措置として、任意加入による積立方式の「補足的老後保障制度(リースター年金)」を2002年から導入した。この制度は2002年には所得の1%、2008年には同4%を上限とする貯蓄奨励策であり、政府の助成金や税制優遇措置が設けられている(4)第I-2-5表)。助成金は、配偶者があることや子供の人数により増額される定額の補助金であり、低所得者ほど手厚い補助となり、本人の拠出と合わせ、老後のための貯蓄となる。この制度の特徴として、(i)政府資金を家計に直接補助すること、(ii)定額補助であるために、低所得層や子育て家庭に対する支援が手厚くなること、さらに、(iii)積み立てられる資金は民間機関により運用されることなどを指摘することができる。
 補足的老後保障制度の導入は、公的年金が果たしていた役割の一部を民間に委ね、公的年金の守備範囲を縮小することを意味する。少子化の中で将来世代の負担を軽減するために、現役世代の貯蓄を引き上げることが眼目であり、年金制度の多層化を図りつつ制度の安定化をねらっている。

●改革の成果と残された課題
 このように給付水準の引下げによって、保険料率の上昇が抑制されることになった。新たに導入された補足的老後保障制度は、本人の拠出金と政府の助成金により積み立てられ、事業者負担がないことから、企業の労働コストを増加させないという長所がある。また、任意加入であることで、受益と負担について国民に選択肢を提供している。さらに、少子化の対応策として、子育て期における年金保険料への配慮が拡充された(後述)。
 しかし、少子高齢化のさらなる進行が見込まれる中で、以下の課題を指摘できる。
 第一に、ドイツのような調整的改革に必然的に伴う将来の再改訂リスクである。2001年改革時の想定を超える少子高齢化の進展や経済成長の鈍化があれば、保険料率の再上昇や、給付額の更なる切り下げ等の改革が必要になる。したがって、年金制度に対する不信感は必ずしも解消されていない。2001年の調査(5)によると、国民の4割がこれまでの改革は効果がないと答え、8割超は10〜15年の内に年金制度は危機に直面すると考えている。
 第二に、補足的老後保障制度は公的年金の給付引下げを補うことが目的であるが、その普及が遅れていることである。政府の助成金や税制優遇措置が設けられているにもかかわらず、制度に多くの条件が課されていること(6)、運用コストが高いことなどから、加入者は労働力人口4200万人のうち200万人程度にとどまっている。
 第三は、公的年金制度の構造問題である早期受給の是正が進んでいないことである。80年代以降、ドイツの平均引退年齢は60歳を下回っており、年金を早期に受給する傾向が続いている。高失業に対処するために高齢者の早期引退を進めてきたという事情があるにせよ、早期受給の継続が年金負担を高める要因となっている。
 このように、給付建て賦課方式の枠組みを基本として、年金保険料負担の抑制を中心とした改革が進められているものの、年金制度の安定性については多くの課題が残っているといえよう。

(2)スウェーデン改革の特徴

1.年金改革の基本的考え方

●改革の背景
 スウェーデンでは年金の制度大改革が99年から実施された。新制度では、それまでの給付建て賦課方式を刷新し、賦課方式ながら拠出建て(あらかじめ拠出する掛け金を決めその総額と運用収益によって将来の給付額が事後的に定まる、掛け金建てともいう)に基づいた年金計算が行われるようになった(第I-2-6図第I-2-7表)。
 このような大改革が実施された主な背景としては、(i)他国と同じく少子高齢化の進展によって現役世代への負担が増大していたこと、(ii)90年代初に経済危機を経験し、今後の低成長が見込まれる中で保険料率の一層の引き上げが必要となっていたこと、(iii)現役世代を中心に負担と給付が対応しない制度(給付建て賦課方式)の透明性を高める声が強まっていたことなどが挙げられる。

●改革のポイント
 90年代を通じて行われた議論の中から生まれた新制度には、4つのポイントがある。(i)概念上の拠出建て賦課方式という従来にはない考え方を1階部分に採用したこと、(ii)現役世代の負担を抑えつつ年金財政の安定を保つ仕組み(自動財政均衡メカニズム)を導入したこと、(iii)国庫負担の役割を最低限の保障に限定したこと、(iv)積立方式(全員加入、運用は公的機関か民間委託からの選択)により運営される2階部分を導入したことが挙げられる。
 スウェーデンではこれまで老後の所得保障を国が行い、個人は貯蓄に努めなかった。96年の調査(7)では、高齢者の8割が老後の所得保障は政府の責任であると答えている(日本では5割、アメリカでは4割)。新しい年金制度はそうした考え方の見直しを迫るものであると位置付けられる。

●第一のポイント:概念上の拠出建て賦課方式とは
 新制度は賦課方式を維持しており、現役世代が老齢世代を扶養する仕組みが基本となっている。しかし、これまでは老齢世代の年金額は約束されていたが(給付建て)、新制度ではそれを廃止し給付額と拠出額の対応を図ったことが特徴である。それを実現する方式が、概念上の拠出建てという考え方(NDC(8))である。
 拠出建ては、通常は積立方式の年金に用いられる仕組みであるが、賦課方式に適用したのがポイントである。スウェーデンでは、拠出した掛け金はその時点の老齢世代の給付に充当してしまうので(=賦課方式)、掛け金が将来のために積み立てられるわけではない。しかし、個人ごとに拠出した金額を個人勘定に記録し、その拠出額をあたかも市場で運用したかのように位置付け「みなし運用益」をつけるという制度を考案した。そして、拠出総額と「みなし運用益」の合計を基に給付額を算定する。
 このように、拠出分を将来のために現実には積み立てることなく拠出建ての年金計算を行うのが「概念上の拠出建て」である。このような新しい考え方は、イタリア、ラトビア、ポーランド等にも導入されている。
 なお、スウェーデンでは上述した概念上の拠出建て部分(保険料率16.0%)が年金制度の1階部分を形成し、2階部分として別途積立部分(保険料率2.5%)がある体系になっている。国民は合計18.5%の保険料を負担する。3階部分に企業年金がある。

●概念上の拠出建て賦課方式の特徴
 この方式による年金計算は、2階の積立部分を含め基本的には次式で表される。
 年金受給額=年金資産/受給開始時点における平均余命
      =(拠出総額+みなし運用益+積立部分元利計)/同平均余命
  (受給開始後の名目賃金動向に応じて受給額はスライドされる)
 したがって、大きな特徴として以下の点を指摘することができる。
 第一に、保険料拠出と年金給付の関係が透明である。その結果、給付建て賦課方式がもたらす負担と給付に関する世代間の不公平を回避することができる。
 第二に、年金資産を受給開始時点の平均余命で割って受給額が決まるため、何歳から受給を始めても受給総額に損得は発生しない。受給開始は61歳以降で各人が自由に選択でき、遅い年齢で受給を始めるほど受給額は多くなる。他方、早期に受給すると年金額が低くなるので、就業を継続し受給を遅らせることも選択肢になる。

●第二のポイント:現役世代の負担を一定に抑える仕組み
 新制度において保険料率は18.5%(賦課方式分16.0%、積立部分2.5%)で固定され、現役世代の負担を一定水準に維持するようになっている。したがって、少子高齢化や経済成長鈍化が賦課方式に基づく現役世代の負担を上昇させると見込まれる場合には、給付の引下げによって年金財政の安定化を図ることが必要になる。引下げを行うための仕組みとして、自動財政均衡メカニズムが導入されている。
 この制度は、年金会計の資産と負債のバランスを保つ制度である(第I-2-8図)。資産には(これまでの拠出と給付の差額である)積立金と将来の保険料拠出を加えたもの、負債には今後支払う年金給付総額が計上される。この資産と負債のバランスを毎年比較し、負債が資産を上回る場合には、両者が等しくなるよう自動的に負債を削減する(受給世代も将来世代もともに給付水準を切下げる)ことで、年金財政の安定性を確保するというものである。
 なお、給付水準が大きく下がってしまう場合には、引退時期を遅らせることで必要な給付水準を確保するという各人の対応が想定されている。

●第三のポイント:国庫負担の役割を最低限に限定
 新制度では、従来1階部分であった定額の基礎年金を廃止し、従来の2階部分であった所得比例の部分のみとすることにより、年金財政の赤字分を国庫が負担することをとりやめた(9)。旧制度では、基礎年金部分の給付費用は事業者負担でほとんど賄われていたが、収入に不足が生じた場合には国庫がその分を負担していた。高齢化と90年代前半の経済停滞が重なり、97年には基礎年金給付費の約4割を国庫が負担する状況(GDP比1.5%)に達していた。
 新制度では、国庫は最低限の役割のみを果たすようになっている。具体的には、所得が低いなどのため十分な年金給付の水準を確保できない場合、国庫から必要な年金給付が補填される保証年金の制度が設けられている(10)。また、育児や兵役等によって所得が減少する場合、国庫が減少分の保険料を肩代わりするなどによって、将来の年金額が減少しないよう配慮されている。

●解決された問題
 このような改革によって解決された問題をまとめてみる。
(i)各人の支払う保険料と年金給付額が直接対応することになり、制度の透明性が高まった。さらに、保険料率が長期固定された。これによって、現役世代の年金への信頼感が高まるとともに、負担と受給に関する世代間の不公平が解消する。
(ii)引退時期が受給総額の多寡に影響を与えないようにしたため、引退判断に対して年金制度が中立的になると同時に、早期退職を抑制すると期待される。
(iii)自動財政均衡メカニズムが導入されたことにより、将来にわたる年金資産と債務を考慮しながら給付引下げが自動的に実施される。これによって、年金制度の長期安定が図られている。
 ただし、新しい制度はまだ導入されたばかりであり、20年かけて旧制度から新制度に徐々に切り替わっていくため、このような効果が実現するかどうかは様子をみる必要がある。

●今後の留意点
 しかし、依然として残る課題もいくつかある。新制度の基本は賦課方式であり、経済成長が想定を大きく下回る場合や、想定よりも少子高齢化が進展する場合には制度の維持が困難になることには変わりがない。賃金スライドによる年金給付額の増加が、保険料拠出の伸びを上回るリスクもある。特に、自動財政均衡メカニズムによる給付水準の引下げが、摩擦を生じることなく実施されるかどうかについては不透明感が残るといえる。
 また、そのような事態に至った時に、国民の引退時期が想定どおりに遅れるのかどうかは明らかではない。今のところ、人々の退職時期に対する考え方に変化はみられないとの指摘もある(11)。さらに、給付水準引下げの代わりに、政治的判断によって水準維持のために保険料率が引き上げられるなどの選択肢が浮上しないとも限らない。

●改革に対する評価
 スウェーデンの年金改革については、拠出建てと賦課方式の接合を果たした新しい考えとして注目され、年金制度の長期的安定と信頼感を高めたなどの点で評価が得られている。OECD(12)の試算によると、年金給付額(GDP比、2000年に9.2%)は2050年までの50年で2%程度の増加と、加盟国の中では低い伸びにとどまっている。
 他方、批判的な見解として、負担と給付の透明性が高まると、個人の受給メリットは少ないことが判明し、新制度は魅力の乏しいものにとどまるのではないかと指摘されている(13)。その理由として、新制度による運用収益は完全な市場運用に比べ低いこと、賦課方式であるために将来の負担上昇リスクがあること、さらに、自動財政均衡メカニズムによって給付額が将来低下する可能性があることが挙げられる。


2.スウェーデン型制度に基づく年金計算

 スウェーデン型年金改革の特徴を明らかにするため、日本の平均的な賃金水準のサラリーマン(1980年生まれ、2045年受給開始)に制度を適用し、年金給付額の計算を行ってみたい(以下では、積立部分なしのケースを基本として計算している。なお、補論において、積立部分を含めた実際のスウェーデン型制度に近い計算を行っている)。

●保険料率、給付水準、引退年齢の関係
 まず、概念上の拠出建て制度がどのような年金水準を提供するのかを考えてみたい。ここでの計算は、個人勘定の観点から拠出建ての特徴を明らかにするものであり、制度全体の人口動態の影響は含まれていない。計算の前提は、日本の99年財政再計算に従い、物価上昇率1.5%、名目賃金上昇率2.5%、利子率4.0%としている。
(1)退職年齢と代替率の関係
 保険料率13.58%(日本の現行制度と同率、うち積立部分はなし)とし、引退後に代替率59%(現役世代手取り収入比)の年金を受け取る場合には、引退時期を73歳とする必要がある(第I-2-9図(i))。相当高齢まで就業を続けることになる。
 受給を早め65歳とする場合には、代替率は39%に低下する。
(2)保険料率と代替率の関係
 65歳で引退し代替率59%の年金を受け取る場合には、保険料率は21%(うち積立部分はなし)に引き上げる必要がある(第I-2-9図(ii))。現行の保険料率より大きく上昇し、現行制度下で将来的に見込まれている料率(21.60%)程度となる。
 引退時期を70歳とし代替率を59%とする場合には、保険料率は16%となる。
 これらの計算結果は次のように要約できるであろう。
(i)概念上の拠出建て制度において現行の保険料率を将来も維持する場合には、73歳まで就業を続けることによって現行制度の代替率が提供される。
(ii)引退時期を5年遅らせることは、保険料率5%ポイント引下げと同等の効果をもつ。
(iii)代替率(=年金給付水準)を10%ポイント上昇させることは、4年程度の就業継続か、4%ポイント弱の保険料率引き上げに対応する。

●経済成長鈍化、少子高齢化と給付水準の関係
 次に、将来の人口動態を織り込んで少子高齢化等の経済社会環境の変化が年金給付額にどのような影響を与えるかを計算してみよう。ここでは、計算を簡単にするため、標準ケースとして保険料率は20%(積立部分はゼロ)、65歳引退を仮定し、その他の前提は先ほどと同じとした(第I-2-10図)。なお、人口の将来推計は「日本の将来推計人口」の中位推計を用いている。先の計算と異なり少子化の影響があるため、標準ケースの代替率は51%に低下している。
(1)経済成長鈍化ケース
 経済成長の鈍化に伴って賃金上昇率が低下する場合(名目賃金上昇率2.5%→1.5%、物価上昇率1.5%→0.5%、金利4.0%→3.0%)である。
 標準ケースに比べ拠出額が減少することから、年金は3割強減少する。しかし、現役世代の所得も低下することから、結果として代替率の低下はわずかにとどまる。
(2)高齢化ケース
 想定を上回って高齢化が進行する場合(65歳の平均余命が5年伸長し27年となる)である。
 年金額は年金資産を平均余命で除することによって求められることから、標準ケースに比べ受給額は1割強減少する。現役世代の手取り収入には影響しないことから、代替率も同程度低下する。
(3)少子化ケース
 少子化が一層進行する場合(将来の出生率がさらに低下し、50年後に低位推計の1.10となる)である。
 このケースでは年金負債が資産を上回る状況が到来し、前述した自動財政均衡メカニズムが働きすべての世代の給付水準が低下する。その結果、年金額、代替率ともに1割程度低下する。

 以上の結果をまとめると、スウェーデン型制度は、年金制度の安定性に影響を与える経済社会環境の変化に対して、透明かつ事前予測可能な方法で年金額を再計算し、制度の安定性を維持する仕組みになっているといえよう。また、代替率の観点からは、名目賃金スライドが適用されているため、成長率鈍化に対しては代替率の維持が可能である。なお、本節での計算はスウェーデン型制度の骨格だけをあてはめた仮定計算であり、現実の制度そのものではない点に注意が必要である。


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