第I部 海外経済の政策分析 |
第2章 欧州にみる主要な年金改革−ドイツ、スウェーデン
賦課方式の年金制度においては、人口の高齢化に伴う年金受給者の増加や、少子化に伴う現役世代数の減少は年金負担を増大させる。このことから、現在急速に進んでいる人口の高齢化や少子化は年金制度の安定性に大きな影響を与えている。本節では、安定性を回復する観点から高齢者の引退判断と年金との関係を考察する。また、将来の年金制度を支える次世代に対する年金面での育児への配慮を紹介する。
●欧州では早期引退者の増加が著しい
主要国の高齢者(男性・55〜64歳)の労働力率は、長期にわたって低下傾向が続いている。特に70年代以降の欧州において顕著であり、ドイツでは65〜2000年の間に高齢者の労働力率が85%から55%へ低下した。フランス、ベルギー、オランダでも労働力率の低下傾向が著しい。これに比べ、スウェーデンでは低下は緩やかであり、また、我が国では自営業者が多いこともあり、低下傾向はほとんど見られず横ばいとなっている(第I-2-11図)。
欧州における労働力率低下の背景の一つに年金制度の充実が挙げられている。欧州の事例が示すように、手厚い年金制度が早期引退者を増加させていることから、一般的に年金制度は就業抑制的な効果を持っていると言われている。このことを詳しく考えてみたい。
●就業継続意欲をくじく制度的要因
年金との関係では高齢者の引退判断に、(i)正規の引退年齢(14)以前に年金の受給が可能な年齢(15)(早期引退年齢と呼ぶ)、(ii)早期引退年齢以降も就業を続ける場合の年金受給総額の増減、の二つが影響を与える。就業を継続すると、年金の受取総額がかえって減ってしまうようであれば、就業意欲は減退してしまう。以下では、NBERが主要国の年金と引退判断の関係について行った実証分析(16) を紹介してみよう。
この研究では、日本、ドイツ、スウェーデン等計11か国について分析し、年金制度そのものが早期退職を促進するような仕組みを伴っていることを指摘した。なかでも、ベルギー、フランス、イタリア、オランダ等では、(i)早期引退年齢における年金が手厚く、就業賃金とほとんど同程度に上っていること(所得代替率が高い)、(ii)就業を継続すれば年金の受取総額が減少すること、さらに、(iii)その減少額は非常に大きく、就業による純所得増のほとんどを相殺してしまうこと、等の要因から、過半数の男性が早期引退年齢(おおむね60歳)を迎える頃には引退する結果となっている。
これらの極端な国に比べると、ドイツの年金制度が引退を促進する効果は中程度であるが、同様の要因が働き、早期に引退する人の割合が高いことに変わりはない。他方、日本やスウェーデンでは、早期引退を促進する効果は小さく、早期に引退する人の割合は相対的に少ない。
したがって、年金制度が早期引退を促進する効果が強い国においては、年金負担を抑制するために、早期引退年齢の引き上げを中心として就業抑制的な年金制度を見直していくことがとりわけ必要であることをこの研究は示している。また、そうした効果が強くなくても、年金制度の安定性のためには、就業抑制的に働いている部分を改善することが望まれる。
●失業保険や傷害年金も引退を促進
さらに、欧州における大きな特徴の一つとして、失業保険や障害年金も早期引退を促進する要因となっていることが挙げられる。例えばドイツにおいては、年金の早期受給開始年齢に達する前に55〜58歳の従業員を解雇し(17)、年金受給が始まるまでの期間を失業給付と企業年金給付によって保障するということが行われてきたと言われている。これは、失業保険制度の本来の趣旨にはそぐわない。この早期受給問題の対応策として、92年に引退年齢に応じて年金額が調整される(18)ようになった一方、失業老齢年金の支給開始年齢の引上げ(19)が段階的に行われている。また、障害年金については、軽度障害者への給付が事実上一部の失業者の受け皿となってきた面がある。これらが早期引退を助長する制度的要因となってきたと言われている。
これらの制度は構造的な高失業解消のために政策的に後押しされてきた面があるが、結果として早期引退が増加し、少子高齢化が進む中で年金負担を高めている。
●高齢者の就業を促進する施策
少子高齢化社会において高齢者が早期引退することは、年金負担を高め、年金制度の持続可能性に問題を生じさせる。このため、高齢者の就業促進が一つの課題となっており、各国の年金改革では多様な施策が実施されている(第I-2-12表)。その中では、受給開始年齢の引上げや早期引退の抑制が施策の中心となっている。早期引退を抑制する施策の中には、年金制度と同様に就業抑制的効果をもつ障害年金や失業給付の見直しも含まれており、社会保障全体を通した改革が行われている。その他、引退後の再就業促進のために、高齢者の就業能力の向上を目指す施策も実施されている。
スウェーデンの年金改革においては、就業抑制的であった30年ルール(20)を廃止し年金受給開始時期を本人の選択制(61歳以降自由に選べる)にしたことは、就業を阻害しない中立的な制度として高く評価できる。そこでは、(i)就業期間の延長は拠出期間の延長を意味し、拠出額の増加が給付額の増加につながる、(ii)受給開始時の平均余命で除するため年金は増加し、引退年齢による損得感が生まれないなど、就業継続のインセンティブが与えられている。
少子化は年金制度を不安定にする要因であるため、諸外国においては少子化への対応から子育て期における年金保険料に対する配慮がなされている。以下では、ドイツ、スウェーデン、フランス、イギリス、日本の事例を取り上げてみる。
●育児期間中の年金保険料への配慮
育児期間中の保険料支出を国庫が負担する制度(ドイツ、スウェーデン)、育児期間を年金制度への加入とみなす制度(イギリス、日本)、年金額の計算において、年金額や加入期間に育児に対応するボーナスが加算される制度(フランス)等がある。これは、育児期間中に所得がなくなる、あるいは減ることに伴って、保険料の支払い期間が短くなったり、拠出額が減ったりすることで、その分、年金額が減額されるというような不利益が生じないように配慮しているものである。
●各国の具体的取組
ドイツの育児期間の保険料免除制度は、男女ともに子一人につき0〜3歳までの育児期間中は、保険料を支払わなくても、全被保険者の平均賃金に対応する保険料を納付しているものとみなす制度である。この免除期間における保険料は、全て国庫負担により賄われている。さらに、10歳になるまでの子を働きながら養育した者に対する年金計算上の支援措置が2001年から実施されている。また、任意加入の補足的老後保障制度では、子の人数に比例して政府の助成金額を増やし、子を持つ世帯の負担が軽減されている。これらの配慮は、「子を養育する者は年金制度の維持に貢献しており、それらの者が年金制度において不利な状況におかれるならば、制度内で是正されるべき」との認識に基づいている(21)。
スウェーデンでは、子が4歳に達するまでの育児期間中に所得の喪失や減少があった場合は、次の3つの内から最も有利な額を育児期間の所得と仮定し、それに応じた保険料を納付していたとみなしている。(i)子の出生年の前年の所得額、(ii)16歳から65歳未満の年金制度加入者の平均所得の75%、(iii)現実の所得に基礎額分(37,300クローネ、約45万円、1クローネ=約12円)を上乗せした額。このみなし分の保険料については、ドイツと同様に国庫が負担する。
フランスでは、男女とも、3人の子を養育(22)した被保険者には、老齢年金額にその10%が加算される。さらに、女性の被保険者が子を養育(23)した場合、年金額の算定に当たり、子一人につき加入期間が2年加算される。
イギリスでは、子供の世話等のため、働いていない、または所得の低い者については、「家庭責任のための保全措置」がとれられている。これは、基礎年金の額の算定にあたり、満額の年金給付を受けるために必要な保険料拠出年数(有資格年(24))から、育児等の特別な理由により働いていない期間を差し引いて、より短い保険料拠出期間で満額の給付を受けられるようにする制度である。
日本では、2000年の制度改正により育児期間中(1歳未満)の厚生年金保険料が労使ともに免除されるようになった。なお、保険料の免除期間に相当する年金額は、育児期間に入る直前の所得をもとに算定される。また、「子育てをする生き方が不利にならない社会」を目指し、保険料免除制度のさらなる拡充も検討されている。
このように、主要国においては子育て期の年金保険料に対する配慮がなされている。これらは、出生率の上昇を直接的に意図した制度ではないが、年金制度が出産、育児に対し不利にならないことで、出生率に悪影響を及ぼさないようにするものである。その費用を社会全体で負担することにより、育児と就労の両立を支援している。