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第I部 海外経済の政策分析

第2章 欧州にみる主要な年金改革−ドイツ、スウェーデン

第1節 年金改革とは

 本節では、世界の主要国で取り組まれている年金改革の背景を整理し、改革の類型化を試みたい。

1.年金改革の目的

●年金改革の背景
 日本を含む多くの国における年金制度は、引退した老齢世代を現役世代が支えるという「世代間扶養」の考え方を前提としている。このため、老齢世代が受け取る年金は、現役世代が負担する「賦課方式(1)」という財政方式が基本となっている。
 賦課方式の年金制度において、現役世代の負担は次式のように定式化できる。
 年金負担率=老齢世代年金総受取額/現役世代総賃金
      =(a年金受給者数×b平均年金額)/(c現役世代数×d平均賃金)
 (現役世代の納める保険料が年金を100%賄う場合、本式は保険料率を示す)
 年金負担率が上昇することは、現役世代が老齢世代を扶養する負担が高まることを意味する。具体的には、次のような経済社会状況の変化が年金負担率を上昇させるように働く。
a 高齢化の進展や早期引退者の増加によって年金受給者数が増加する。
b 老齢世代に支給を約束した年金額が現役世代の賃金に比べ手厚い。
c 少子化等によって現役世代数が減少する。
d 経済成長の鈍化によって賃金上昇率が鈍化する。
 これらをまとめると、老年従属人口比率(受給者数/現役世代数)が高い、代替率(年金額/現役世代賃金)が高いと、年金負担率が上昇する関係にある。このように、経済社会の変化は現役世代の負担に大きく影響する。負担が急速に増加し、また負担率が過度に高くなる場合には、年金制度を現状のまま維持することの妥当性が疑問視され、安定性を取り戻すための取組み=年金改革が必要となる。

●加速する少子高齢化
 賦課方式の年金制度は、人口増加と経済成長が持続すれば大きな問題を現すことなく機能する。しかし、多くの先進国では、平均寿命が伸長し高齢化が進むなか、出生率は低下傾向にあり少子高齢化が進んでいる(第I-2-1図)。
 年金負担率を公的年金給付額/GDPで代理することによって主要国の動向を調べると、年金負担が各国とも増加していることが分かる(第I-2-2図)。また、このような負担率上昇に対応して、年金保険料率の引き上げが多くの国で行われてきた(第I-2-3図)。
 このように、現役世代の負担による扶養が行われる賦課方式において、老齢世代への年金支給額が約束されている場合(「給付建て」という)、少子高齢化は現役世代の負担を一層増大させる。それは見方を変えれば、保険料率が一定であっても、年金の負担と給付に関して世代間に不公平をもたらすことを意味する。すなわち、現役世代が支払った保険料と将来期待される年金額の不均衡が生じ、拠出額に比べ年金額が少なくなる。そして、将来世代ほどその不均衡が拡大する傾向がある。

●安定性を取り戻す政策
 年金負担の増加を抑制し、制度の安定性を取り戻すための政策はいくつかの観点から検討することが可能である。
 第一は、給付建て賦課方式(国民に約束した年金給付額を現役世代の負担により賄う)の枠組みを維持しつつ、制度を構成する要因に調整を加える方法である。例えば、年金額を減額し、給付と負担のバランスを見直すことである。また、保険料率を引き上げることが制度の安定性回復に役立つこともあろう。また、財政資金を投入するという方法もあり得る。しかし、保険料引上げも財政資金投入も、少子高齢化が進展する中では一時的な対策に過ぎないことが多い。
 第二は、給付建て賦課方式の枠組みに手を加え、世代間扶養を中心とする制度の考え方を変更する方法である。
 なお、年金改革そのものではないが、少子高齢化への対策や持続的な安定成長を目指すマクロ政策の効果があがれば、年金制度の安定につながることはもちろんである。


2.年金改革の類型

 年金改革は多くの施策が総合されて実施されているため、改革を分類することは容易ではない。ここでは世界銀行の考え方を参考にしつつ、制度の安定性を取り戻すための政策について、(i)調整的改革(世界銀行では「マイナー改革」と呼ぶ)、(ii)制度大改革(同「メージャー改革」)に二分し、その特徴を明らかにしたい。

●調整的改革(マイナー改革)
 給付建て賦課方式が、主要国の多数を占める年金制度である。それらの国でこれまで実施されてきている改革は、ほとんどが調整的改革と呼べるものである。
 改革の内容としては、支給開始年齢の引き上げ、保険料率の引き上げ、給付額の引下げ等、主要項目の調整に関するものが主体をなす(第I-2-4表)。これらの調整によって年金負担率の抑制を図るのが調整的改革であり、日本やドイツ等多くの先進国において、このような改革が実施されてきている。
 調整的改革は、制度設計の基本的な変更を伴わず、制度内の改革にとどまるものである。したがって、経済社会の変化に対応して年金制度の長期的安定性を実現できるかについては、疑問が残る。改革実施によって制度の安定性を回復したかに見えても、改革実施時の想定を上回る少子高齢化の進展や経済成長の鈍化によって、早晩安定性が崩れる可能性がある。これまでの経験は、改革の成功が一時的なものにとどまり、再び改革の実施に追い込まれてしまう恐れのあることを物語っている。

●制度大改革(メージャー改革)
 給付建て賦課方式そのものの制度に手を加え、それとは異なる仕組みを導入するのが制度大改革(メージャー改革)である。主要項目の調整にとどまらず、根本的な改革を実施する。OECD加盟国の事例では、スウェーデン、イタリア、オーストラリア等での改革がこれにあたる(2)(前掲第I-2-4表)。
 スウェーデンでは、賦課方式を維持しつつも本人の拠出額と将来の年金支給額を対応させる改革(99年、後述)が実施された。その特徴は、(i)年金給付額が将来にわたって約束されるのではなく(=給付建ての廃止)、年金額が本人の拠出額と受給開始時点における平均余命年数に応じて決まる算定式を導入し、負担と給付の関係をより透明にしたこと、(ii)保険料率の長期固定を実施し、将来の引き上げに歯止めをかけたことにある。イタリアでも同様の改革が実施されている。また、オーストラリアでは、92年改革によって老後のための強制貯蓄による積立部分(雇主が従業員のために賃金の一定率を積立、運用は民間)が公的年金の中核として導入された。低所得者等には、税を財源とする老齢年金が補足される。
 ニュージーランドでは、38年に税収入を財源とする定額給付の年金制度が創設された。少子高齢化を迎え70年代以降いくつかの改革が実施されたが、97年の国民投票によって強制貯蓄方式による新制度案は否決され、従来の税方式による定額給付の年金制度に戻った。

●それぞれの改革の評価
 年金改革は、将来の経済社会を確実に見通すことが困難な下で、長期的に持続可能な制度設計を行う実験である。将来の経済社会が改革の想定どおりであれば、新しい制度の土台が揺らぐことはないが、過去を振り返ると期待は裏切られてきた。とくに、調整的改革の場合には、改革が繰り返し実施されるため(とくに保険料率の引き上げ)、若年層を中心に制度に対する不信感すら生まれているのが現実である。
 他方、スウェーデンのような制度大改革は近年実施されたばかりであり、また、旧制度から新制度へは長期間かけて徐々に移行が進んでいく状況にあることから、現時点では大成功を収めたとは言いがたいのが実状である。しかしながら、拠出額と給付額の対応が図られることによって、制度の透明性が高まったことは年金制度に対する理解を深め、安定性向上につながっていると評価することは可能であろう。
 また、ドイツでは給付建て賦課方式を基本としながらも、積立方式の年金の普及を広め公的年金の補完を図る動きもみられ、調整的改革と制度大改革の2分類を超える動きも現実には生まれている。


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