第1章 第3節 テレワーク等による地方への新たな人の流れ
感染症の影響下で、多くの人がテレワークを経験したことで、テレワークについて社会の理解が深まり、働く場所を問わない多様な働き方の可能性が広がっている。いわば「職場と仕事の分離」が可能になったことにより、地方に暮らしながら都市部と同じ仕事ができる、都市部で暮らしながら兼業・副業等により地方の仕事をする、あるいは、ワーケーション等で地方に一定の期間滞在するなど、地方における働き方、暮らし方に多様な形が生まれている。
本節では、テレワーク等により可能性の広がった地方での新たな働き方、暮らし方をみていく。
3-1 地方で都市部と同じ仕事ができる可能性の拡大
ここでは、感染症の影響下でのテレワークの実施状況、地方で都市部と同じ仕事ができる可能性についての検討、地方への新たな人の流れを促す企業の動きをみた上で、地方で暮らしながら都市部と同じ仕事ができる可能性について考察する。
(東京圏でテレワークの実施率が高い)
地方に暮らしながら、これまでであれば都市部でしていたような仕事をするという新たな働き方、暮らし方は、テレワークの活用等により遠隔で仕事ができることが前提となっている。以下では、感染症の影響下での、テレワーク実施状況を確認する。
まず、地域別の実施状況を確認する。内閣府の意識調査によれば(第1-3-1図)、テレワークを行った就業者の割合は、全国では2019年12月には10.3%であったが、2020年5月には27.7%に上昇し、同年12月には21.5%と、5月時点に比べると低下したものの、1年前に比べて大きく上昇している。地域別では、2019年12月の東京都23区は17.8%、東京圏は14.8%、地方圏は8.1%であったが、2020年12月は、東京都23区は42.8%、東京圏は33.8%、地方圏は14.0%といずれも上昇し、なかでも東京都23区、東京圏で大きく上昇している。内閣府の別の意識調査で都道府県別のテレワーク実施率をみると(第1-3-2図)、2020年4~5月においても、9~12月においても、東京都、神奈川県のテレワーク実施率が、他の道府県に比べて高い比率となっている。
地域の産業構造によって、テレワークの実施が困難な業種で働く就業者の比率には違いがあると考えられるため、地域別に、テレワークを経験した者の比率及び業務の性質上テレワークはできないとする者の比率をみると(第1-3-3図)、全体としては、業務の性質上テレワークはできないと回答した者の回答比率が高い地域で、テレワークの経験率が低いという傾向がある。一方で、テレワーク経験率では、最も高い南関東(東京圏)と最も低い甲信越の差が24.6%であるのに対し、業務の性質上テレワークができない比率については、最も高い中国と最も低い南関東(東京圏)の差は10.2%であり、テレワーク勤務が可能である人々の中での東京圏のテレワーク経験率が高いことが示されている。近畿、東海でも同様に、テレワーク経験率の他地域との差が、業務の性質上テレワークできない比率の他地域との差よりも大きくなっている。感染が都市部を中心に広まったという面もあろうが、東京圏などの大都市圏ではテレワーク経験率が高い。
次に就業者が属する産業別にテレワーク実施率を確認する(第1-3-4図)。2020年4~5月では「情報通信業」(63.4%)、「学術研究、専門・技術サービス業」(48.4%)、「金融業、保険業」(46.1%)、「教育、学習支援業」(33.7%)、「公務」(29.5%)、「不動産業、物品賃貸業」(28.7%)等が高く、「医療、福祉」、「農業、林業、漁業」、「宿泊業、飲食サービス業」等は低い。9~12月では、「鉱業、採石業、砂利採取業」を除いたすべての業種において4~5月に比べて実施率は低下しているものの、「情報通信業」(57.8%)、「学術研究、専門・技術サービス業」(41.1%)と高い実施率を保っている。一方で、「教育、学習支援業」、「公務」、「金融業、保険業」は10%ポイント以上低下している。
テレワーク経験率の高い「情報通信業」、「学術研究、専門・技術サービス業」の2業種の生産について、全国(全県計)の生産に占める各都道府県の割合を確認すると(第1-3-5図)、東京都に33.5%と約3割が集中し、東京圏では46.7%を占める。続いて、道府県で割合の高い順に、大阪府8.5%、神奈川県7.4%、愛知県5.5%、福岡県4.0%となっている。東京圏のテレワーク経験率の高さは、テレワークの経験者比率が高い情報通信業等に勤務する人が、東京圏等都市部に集積していることも影響しているとみられる。
(東京圏で暮らす人の地方移住への関心は高い)
感染症は、第2章で後述するように、地域経済や人々の生活に大きな影響を及ぼしている一方で、働き方、暮らし方を見直す機会ともなり、地方移住への関心にも変化がみられる。
東京圏で、移住に対する関心のある者の比率(以前から関心があり、かつ、感染症の影響により関心が高まった、あるいは関心が変わらない者、及び以前は関心がなかったが、感染症の影響により関心が高まった者を合計した比率)を年齢階層別にみると(第1-3-6図)、20代では51.7%と半数以上を占め、次いで30代(46.2%)で高く、若い世代の関心が高いとみられる。最も割合の高い20代では、関心のある者(51.7%)のうち、以前から関心があり、感染症の影響により関心がさらに高まった者が21.2%、以前は関心がなかったが、感染症の影響により関心が高まった者が4.6%と、感染症の影響により関心が高まった者が半数を占めている。各年齢階層においても、感染症の影響により、移住の関心を高めた人の多くは、感染の拡大前から関心を持っていた割合が高い。
移住に対する関心が高くなった理由をみると(第1-3-7図)、「リモートワーク等によって職場から離れて仕事ができる」(26.6%)が最も多く、次いで「地方の方が新型コロナウイルス感染症のリスクが低い」(20.9%)、「家族と過ごす時間や趣味の時間を、これまで以上に大事にしたい」(19.6%)等が挙げられている。また、東京都在住の20~40代を対象とした調査10においても、「コロナ禍前より地方移住への関心が高まった人」の関心が高まった理由として、「テレワークのような場所を問わない働き方が普及するなか、働き方を変えたいと考えるようになったから」(40.3%)、「暮らし方を変えたいと考えるようになったから」(31.4%)が挙げられている。地方移住への関心の背景として、テレワークが普及したこと等、感染症の影響による働き方、暮らし方に対する考えの変化があるとみられる。
同調査においては、地方移住への関心が高まった人に対して、「地方移住するとした場合の移住先の条件」を尋ねたところ(第1-3-8図)、最も重視する条件として、「首都圏と簡単に行き来できる」(20.1%)の比率が最も高く、次いで「買い物等日常生活が便利」(18.9%)が続いており、移住先に首都圏へのアクセスの良さや日常生活の便利さを求めていることがうかがえる。
人々の地方移住への関心が高まっている一方で、現実に移住を実行に移すことは容易ではないとみられる。各種調査によれば(第1-3-9図、第1-3-10図)、移住や地方での就労の障壁として、「新しい仕事を探すこと」、「年収が下がる」、「キャリアを活かせる仕事はない」等が高い割合で挙げられており、仕事や収入が、地方移住の最大の障壁となっている。また、仕事や収入以外では、「移住先の社会や地域コミュニティに馴染めるかという不安」や、「子どもの転校や進学についての不安」、「日常生活の利便性」、「公共交通手段の利便性」等が挙げられている。
テレワーク等の活用は、都市部の企業に就労したまま、地方で暮らすことを可能にするという点で、仕事や収入についての障壁を引き下げる可能性がある。東京圏などの都市部でテレワークを経験している人々が多いということは、テレワークの定着と拡大が進めば、これらの人々が現在の仕事を続けながら地方で暮らすという、新たな人の流れが広がることが期待できる。また、テレワーク実施率の高い「情報通信業」、「学術研究、専門・技術サービス業」、「金融業、保険業」、「教育、学習支援業」の4業種の賃金は、全産業の平均賃金を上回っている(第1-3-11図)。相対的に所得の高い人々が、収入を低下させずに、地方で暮らす可能性が広がったとも考えられる。
一方で、このような暮らし方、働き方は、テレワークで業務ができることを前提としている。しかし、前掲第1-3-3図でみたとおり、業務の性質上テレワークはできないと考える人も多く、その割合は東京圏以外の地域の方が高い傾向にある。背景として、地域において、テレワークに適した産業・企業が立地していないことや、通信環境等のインフラが整っていないこと等もあるとみられる。地域に、企業の移転や人々の移住、特に後述のように若い世代等を呼び込むためには、テレワークで働きやすい環境を構築するとともに、テレワーク実施率が高い情報通信業等の企業移転の誘致等も検討課題となりうる。
(働く場所が自由になれば、地方に住むことを希望する学生は多い)
東京圏で暮らす人々の中で、移住に対する関心は若い世代の方が高い傾向にある(前掲第1-3-6図)。これから社会に出て、仕事に就こうとする学生においては、上記のようなテレワーク等を活用した働き方に対する意向が強いとみられる。
20代の学生が働きたいと思う会社として、「在宅勤務やリモートワークが可能な会社」と回答する割合は49.0%と約半数を占め、最も高い割合となっている(第1-3-12図)。学生は就職・転職の条件としてテレワークができることを重視しているとみられる。
また、就職支援サービス会社のアンケート調査によれば(第1-3-13図(1))、大学生、大学院生が最も働きたいと思う勤務地の都道府県が、地元(卒業した高校の所在する都道府県)である割合は2014年卒業予定の学生(調査当時、以下「20XX年卒」とする)では57.4%であり、2021年卒では48.7%に低下していたが、2022年卒では50.1%に上昇している。また、「テレワークやリモートワークが推進され、働く場所が自由になった場合の理想の居住地域」を尋ねたところ(第1-3-13図(2))、「東京に住みたい」と回答する者は2021年卒の15.1%から2021年卒は12.7%に低下し、「地方に住みたい」と回答する者が2021年卒においても54.8%と過半数を占めていたが、2022年卒では57.0%に上昇している。働く場所を自由に決められるような環境が実現すれば、地方居住を希望する学生が多く、感染症の影響により関心のある者が更に増えているとみられる。
このように、テレワーク等の活用により、場所に制約がない働き方が普及、拡大すれば、次世代を担う若い世代が地方で暮らすことを選択しやすくなるとみられる。
テレワーク等を活用した地方居住については、若い世代の関心が高い傾向があるものの、地域の目線や企業側のニーズ、さらに人生100年時代における個人のライフプラン等に沿うと、定年退職前の世代にとっても訴求力のある働き方、暮らし方であり、「働き方改革」にもつながるものと考えられる。
(コラム3:地元に住みながら、東京の企業に就職して働く)
~東京都立川市内IT企業の交流会と長野県茅野市の連携~
立川商工会議所傘下のIT企業の交流会と長野県茅野市が連携し、今後、地元でのリモートワークで勤務することを前提に、東京都立川市内のIT企業に就職する採用枠を設けることとなった。
立川市の企業では、IT関連人材の獲得が課題であり、一方、茅野市では、同市が行った若者へのアンケートからも若者が希望するIT関連企業の就職先が不足していることから両者が連携することとなった。交流会を構成する約30社で、年間約50人の採用を目指す。
採用された学生は、長野県内の自宅やシェアオフィスで、テレワークで勤務する。2020年夏に、茅野市が運営する、茅野駅前のコワーキングスペース「ワークラボ八ヶ岳」に立川市のIT企業の交流会の事務所兼シェアオフィスも開設された。対面での打合せ等が必要な場合であっても、茅野市と立川市は、2時間弱と交通アクセスが便利な位置関係にある。茅野市は、地元の大学生や同市出身の学生に対して、就職説明会を開き、インターンシップへの参加を呼び掛ける予定である。
テレワーク等の利用により、東京の企業に就職し、地元に住みながら働くという新たなライフスタイルが可能となっている。
(コラム4:地域の経済団体からの提言)
(~定年退職前の世代をターゲットに地方創生テレワーク~(香川経済同友会))
香川経済同友会は、地方創生の観点から、2020年7月に、「首都圏等の大都市圏に居住する人が、勤務先企業を変えることなく全国各地に移住し、テレワークで業務を継続する『地方創生テレワーク』」を提言11している。
「地方創生テレワーク」の対象となる世代は、基本的には全世代としているものの、地方の目線からは、学校卒業時に都会に出ていた人材を再び地元に還流させたいとして、「地元に戻れる機会があれば戻りたい」と考える世代をターゲットとすることも一考の価値があるとしている。例えば、「子育てに一定の目処が立ち、親の介護が必要で、定年退職後のこともそろそろ考えなければ」といった、概ね50代前半世代である。このような世代であれば、地元に移住して、当面、退職までの期間は、テレワーク等を活用して現在の勤務先の企業の業務を行いつつ、退職後の再就職を始めとする第二の人生の立ち上げについても検討を深めることができる。
同経済団体の会員のうち首都圏等に本社がある企業の支社長・支店長を対象にしたアンケート調査(2020年9月実施)によると(コラム1-4-1図)、「地方創生テレワーク」の利用が積極的に進むと考えられる従業員の属性として、「(地方の)家族に要介護者がいる従業員」、「定年または役職定年が間近(1~2年後)に控えている従業員」という回答の割合が多かった。また、本提案を企業の人事部に行った場合、想定される反応として、「シニア人材の処遇に一定のコストを要しており地方と連携して同人材の活躍の場が作れる可能性があり、この施策に賛成する」という見方が38%を占めた。
(企業の事例:地方への機能移転や場所にとらわれない勤務形態の導入)
テレワークの浸透も契機となり、企業の中には、本社・一部機能の地方への移転や、サテライトオフィスの活用、従業員の居住地域の制限の撤廃等、地方への新たな人の流れを後押しする先進的な動きがみられる(第1-3-14表 地方への機能移転や場所にとらわれない勤務形態の導入についての企業の事例)。
背景には、テレワークの普及以外の要因も重なっている。まず、東京一極集中のリスク回避である。従来から、企業の本社機能等が東京に集積していることは、自然災害等発生時のリスクとされていた。今般、東京等の都市部を中心に新型コロナウイルス感染が広がったこともあり、集積のリスクについて改めて認識されたとみられる。また、単身赴任の解消、子育てや介護への対応等、個人のワークライフバランスの充実や豊かな暮らしの実現に向けて、働く場所も含めて、柔軟性ある働き方が求められるようになっている。さらに、企業にとっては、東京のオフィス機能縮小や社員の働く場所の分散は、東京の高額な賃料等の負担を軽減する等のメリットもある。
こうした地方への企業の移転、社員の移住等の取組は、地方に暮らしながら、これまでであれば都市部でしていたような仕事をするという新たなライフスタイルを示すとともに、移転先や移住先の地域経済の活性化にも寄与することが期待されている。
3-2 地域とつながりながら、都会で暮らす
テレワークの普及等によって、場所を問わずに働くことが可能となれば、地方に暮らしながら都市部の仕事ができる可能性が広がるだけでなく、都市部で暮らしながら地方の仕事ができる可能性が広がる。地方への移住は、仕事以外の面でも、地域コミュニティとのつきあい方、子どもの教育問題等が障壁となりうる(前掲第1-3-9図、第1-3-10図参照)ことを考えれば、地方創生や地域の課題解決に向けて、都市部に暮らしながら、地域とつながる機会を増やす、いわゆる「関係人口12」の増加も期待される。
地域とのつながり方が様々あるなかで、テレワークの普及により地域とつながる機会の増加が見込まれ、かつ地域経済の活性化への効果が期待されていることから、本節では、副業・兼業により地域の企業で働くこと及び、ワーケーションによって地域とつながること、の二つに焦点を当てることとする。
(テレワークの利用度が高い企業ほど、副業・兼業制度の導入が進んでいる)
まず、副業・兼業を取り巻く状況について概観する。副業・兼業については、副業を希望する者が増加傾向にある13中で、副業・兼業を認めている企業が少ないことから、その普及・促進が課題となっている。「働き方改革実行計画」(2017年3月)を踏まえ、厚生労働省は、2018年1月に「モデル就業規則」を改定し、労働者の遵守事項のうち「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」とする規定を削除し、副業・兼業についての規定を新設した。また、同月に、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を作成し、企業や労働者が、労働時間管理や健康管理等、現行の法令の下で留意すべき事項をまとめ、さらに2020年9月に本ガイドラインを改定し、企業や労働者が安心して副業・兼業を行うことができるようルールを明確化している。企業側からみても、兼業・副業の普及・促進は、優秀な人材の獲得、労働者が社内で得られない知識・スキルを獲得できる等のメリットがあると考えられる。現状では副業・兼業を認める企業は2割程度14にとどまるものの、このような環境整備によって、今後の副業・兼業の普及・促進が期待される。
次に、感染症の影響がある中で、労働者や企業の副業の状況及び関心等について確認する。現時点(2020年12月時点)での、労働者の副業の状況及び関心の有無については、意識調査で確認すると(第1-3-15図)、「副業を実施中」である者は、各年齢階級とも1割程度であるが、「副業に関心があるが、行っていない」者は52.2%と半数を超える。年齢階級別では、20歳代は62.5%、30歳代は59.8%に上り、若い世代で関心を持っている者が多い。副業を行っていない理由として、「本業の勤務先で副業が許されていないため」が39.3%で最も多く、「適当な副業が見つからない」が38.6%、「本業と副業を両立できるか不安」が27.1%で続いている(第1-3-16図)。「勤務先の副業に関する制度」を勤務先の企業規模別でみると(第1-3-17図)、「許容されている」と回答した者は、2~29人規模で41.7%、1,000人以上規模では21.2%であり、企業規模が大きいほど副業が認められていない傾向がある。若年層を中心に副業に関心がある労働者は多いものの、多くの勤務先、特に大企業では、副業を認めていないのが現状である。
一方で、各種民間アンケート調査からは、感染の拡大を受けて、副業への意欲が高まった、テレワークが普及する中で副業の仕事がやりやすくなった、と感じている人がいることがうかがえる15。感染症の影響、さらにはテレワークの普及により、個人の副業への関心や意欲は高まっているとみられる。
また、企業においても、テレワークの利用度が高い企業ほど、副業・兼業制度の導入が進んでいる傾向があるとみられる。国土交通省の企業向けアンケート調査(東京都内に本社を置く上場企業を対象)により、2020年8月時点のテレワークの利用度別に、副業・兼業制度の導入状況をみると(第1-3-18図)、テレワークを全く利用していない企業で副業の実績があるのは10%、計画または検討中が13%であるのに対し、利用度が9割以上の企業で実績があるのは40%、計画または検討中が25%と比率が高くなっている。テレワークの利用度の高い企業では、副業・兼業を認めている割合が高い傾向にあることから、両者には親和性があり、テレワークが定着・拡大すれば、副業・兼業の普及を後押しするとみられる。
(地方における企業の人材需要と都市部の人材のマッチングの動き)
副業・兼業ができる人材の増加は、地方の企業にとっては、これまで都市部に偏在してきた高い専門性やノウハウ等を持つ人材を活用できる機会となる。また、働く側にとっては、本業を持ったままで、自らの専門性やスキルを活かして、地方企業の課題解決に貢献できるなど、活躍できる場を広げる機会となる。
このような可能性を確かなものとするためには、地方の企業の人材需要と都市部に勤務する人材供給をマッチングさせることが必要である。地方の企業が単独で都市部の有用な人材を求め、採用にまで結びつけるのは、都市部の人材についての情報がない、企業の中で依頼すべき経営課題が特定できていない等、簡単ではない。このため、地方公共団体、地域金融機関、人材紹介会社等、人材をマッチングするための情報を有している関連機関が連携して進める仕組みを構築することが求められる。特に地域金融機関は、日常的に地域企業と関わりがあり、各企業の経営課題や必要とされている人材を的確に把握できる立場にあると考えられることから、重要な役割を果たすことが期待されている。政府もこのような形でマッチングが進むことを支援しており、第2期「まち・ひと・しごと創生総合戦略」(2019年12月閣議決定)において、2020年度より3年間、地域の中堅・中小企業の経営課題解決等に必要な人材マッチング支援を抜本的に拡充するための「地域人材支援戦略パッケージ」を集中的に推進するとしている。具体的には、地域企業の経営課題を把握している地域金融機関等による人材マッチング事業の支援に加えて、潜在成長力のある地域企業に対する経営戦略の策定支援と、プロフェッショナル人材の採用支援活動を行う「プロフェッショナル人材事業」16について、各道府県の「プロフェッショナル人材戦略拠点」の経営相談体制等の強化により、副業・兼業を含めた東京圏等の人材と地域企業とのマッチングを支援し、さらに副業・兼業については移動費について支援を行っている。
(コラム5:地方の中堅・中小企業と都心部の副業人材をマッチング)
プロフェッショナルな人材に特化したビジネスマッチングサービスを展開しているA社は、即戦力となる外部人材を業務委託、派遣、紹介という形態で様々な企業に供給し、企業の経営課題の解決を支援している。こうした活動の一環として、同社はキャリアアップや地域貢献の機会を得たい都市部の人材と人材が不足する地方企業を、「副業」でマッチングするサービスに力を入れている。地方への展開強化として、地方自治体、地域金融機関等と提携及び事業連携を行い、44都道府県で副業人材マッチングを実施している。副業希望の登録者は、2020年4月に約3千人であったが、現在(2021年8月)では、約6千5百人と倍増している。また同社は、「プロフェッショナル人材戦略拠点」の全拠点と連携し、都市部大企業等の人材を期限付の出向・研修等という形態により地域企業(特に中堅・中小企業)へ還流する取組にも参加している。
一方、富山県の南西部に位置する南砺市では、市と南砺市商工会、A社が協力して、都心部人材と地域企業のマッチングを促進する「南砺市『副業』応援市民プロジェクト」を進めている。同市では、専門性のある人材がいないことが地元企業の抱える課題と認識していたが、そうした人材を募集しても応募がないという状況にあった。同プロジェクトでA社は、都市部人材と地方企業を「副業」でマッチングするサービスを提供している。その結果、2018年度には、地方企業の人材募集に97名が応募し、12名が採用されることとなった。例えば、同市が産地である野球の木製バットを製造する企業において、コンサルティングの経験があり、かつ野球を趣味とする東京在住の30代の副業者が約1年間、事業継承及び中長期の経営計画作りで活躍している。
(ワーケーションで仕事と休暇を組み合わせる)
続いて、ワーケーションについて概観する。ワーケーションとは、仕事(Work)と休暇(Vacation)を組み合わせた造語であり、テレワーク等を活用し、リゾート地や温泉地、国立公園等、普段の職場とは異なる場所で余暇を楽しみつつ、仕事を行うことである。休暇を中心に、リゾート地等でテレワークをする、仕事を中心に、地域の人との交流を通じて地域の課題を解決する、普段の職場とは異なる環境で合宿・研修を行う、サテライトオフィス等で働くなど、ワーケーションには様々な形がありうる(第1-3-19図)。
感染症の影響によるテレワーク等の普及や働き方が多様化する中で、感染の拡大防止を図りながら、安心かつ快適に旅行をするためには、休暇の分散化を図る必要がある。このため、新しい旅のスタイルとしても、ワーケーションが注目されており、政府、企業(送り手側)、受入地域、観光業界、経済団体が連携しながら、その普及を図ろうとしている。
(ワーケーション希望者は若い世代や東京23区在住者に多い)
では、働く人はワーケーションについてどのように認識しているのか、ワーケーションの実施希望について確認する。意識調査により、ワーケーションの実施希望を類型別にみると(第1-3-20図(1))、出張先等で、滞在期間を延長して余暇を楽しむブレジャー型は14.8%、リゾートワーク型(自費で休暇中にテレワークをする)は12.3%、企業が費用負担する研修型は11.9%、サテライトオフィス型は11.3%であり、いずれか1つ以上を実施したいと回答した者は34.3%である。年齢階級別では、20歳代が47.5%、30歳代が43.3%と高くなっている(第1-3-20図(2))。居住地域別でみると(第1-3-20図(3))、東京23区が43.6%、東京圏が39.1%、地方圏が30.4%であり、東京で暮らす人の方がワーケーションを希望する人が多いとみられる。ワーケーションへの関心について、民間意識調査で「新しい働き方として政府が提唱するワーケーションをしてみたいか」とたずねところ、「そう思う」が23.7%、「ややそう思う」が35.3%と6割近い人が関心を示し、年齢階級別では20代、30代が高い。同調査によれば(第1-3-21図)、ワーケーションを実施する上での条件として、「会社がワーケーションを推奨する(制度が整う)」(43.5%)、「有給休暇を使わず通常勤務扱いになる」(39.0%)、「会社の費用負担がある」(39.0%)等が挙げられ、会社側のサポートがあれば、ワーケーションをしてみたいと考えている人が相当数いるとみられる。また、ワーケーションの際、希望する設備・環境については、「のんびりとした空間」が38.6%、「おいしい食事」が38.6%、「セキュリティ保護されたWi-Fi」が36.6%と高い割合で挙げられている(第1-3-22図)。ワーケーションの受け入れを行う地域においては、これらの要望にこたえる地域資源や条件整備が求められていると言えよう。
(ワーケーションに対する地方公共団体の関心は高い)
ワーケーションを地域活性化のチャンスととらえている地方公共団体は多い。ワーケーションは、旅行シーズンではない時期に、通常の観光よりも長期の滞在が見込まれることによる経済効果のみならず、地域住民との関わりが生まれること等により、当該地域に継続的に多様な形で関わる人々(関係人口)の増加に効果的とされている。さらに、ワーケーションにより当該地域を何度も訪れる関係人口を増やし、企業や個人に当該地域に対する関心を深めてもらうことを通じて、将来的な移住につながりうることも期待される。
ワーケーションの受け入れを、感染症発生以前から推進していた県として、和歌山県と長野県が挙げられる。和歌山県では、後述のコラム(「企業に付加価値の創造を提供できるワーケーション~和歌山県によるワーケーション受け入れ推進の取り組み~」)のように、サテライトオフィス等の施設や通信環境のインフラ等ハード面の整備に加えて、地域の人々との交流、地域の課題解決等、地域ならではの創造的な体験・経験が得られるよう、ワーケーションの内容の充実を図ろうとしている。また、企業等の要望に応じたコーディネートや情報発信が重要との気づきから県内の関係事業者を一元的に登録し、包括的にプロモーションを行う等、対外的な広報・周知活動にも力を入れている。
和歌山県と長野県が全国の地方公共団体に参加を呼びかけ、2019年に全国65の地方公共団体(1道6県58市町村)の参加により「ワーケーション自治体協議会(WAJ:Workation Alliance Japan)が設立された。同協議会では、ワーケーションを受け入れる地方公共団体側の情報の一元的な発信や会員同士の情報交換会等を行っている。また、ワーケーションの全国的な推進に向けて、2020年10月より、日本経済団体連合会、日本観光振興協会と共にモニターツアー事業を実施する等、経済団体との連携も図っている。協議体に参加する自治体の数は、2021年3月には178自治体(1道21県156市町村)と2年で約2.7倍に増加しており、多くの地方公共団体がワーケーションに関心と期待を抱いていることがうかがえる。
(コラム6:企業に付加価値の創造を提供できるワーケーション)
~和歌山県によるワーケーション受け入れ推進の取り組み~
和歌山県は、紀南地域を中心にIT企業の誘致活動を展開する中で、その入口として同県で仕事をすることを体験するきっかけとなるよう、2017年よりワーケーションの受け入れ推進に本格的に着手した。
同県では、企業向けの出張型ワーケーションに重点を置いている。ワーケーションを、いつもの職場から離れて、地域ならではの「人」「取組」「自然」に触れることによるイノベーション(Innovation)や、地域住民と交流しながら地域課題の解決や新たなビジネスモデルの創出に取り組むなどのコラボレーション(Collaboration)等、企業に付加価値の創造を提供できる場にしたいと考えている。
県主導による通信ネットワーク環境の整備やワーケーション体験イベントの開催等の推進に加えて、市町村が、自らの地域の政策目的の達成の手段として、地域資源を活用し、受入れ体制整備に協力している。例えば、白浜町では、海辺に近く、空港からの交通アクセスが良い、という好立地を活かし、政策目的とする企業誘致の入口として、ワーケーションを通じた生産性の高いテレワーク環境の提供に努めている。町営のサテライトオフィス等の整備に加えて、現在では民間投資によるサテライトオフィスが整備される等、受け入れ設備の整備も進んでいる。また、熊野古道を有する田辺市では、首都圏企業の次世代リーダーが、同市の地域起業家の育成を応援する事業と連携し、起業を目指す当事者と共に地域課題の解決に取り組む研修型のワーケーションを実施している。
また、同県では、ワーケーションを受け入れるに際しては、企業等の要望に応じたワーケーションのプランの作成やコーディネート及び情報発信が重要であることに気づき、ワーケーションの受け入れビジネスを行う民間事業者、具体的には宿泊施設、ワークプレイス(Wi-Fiと電源が整備されてテレワークができる場所)、アクティビティ(地域ならではの様々な体験)に関する事業者及びワーケーションをコーディネートする事業者を一元的に登録して、包括的にPRを推進している。
このような取組の結果、2017~20年度の4年間で118社1062名がワーケーションを体験している。2020年度は、感染症の影響により、人の移動が自粛されたため、体験者数は152名にとどまったものの、ワーケーション自体に注目が集まったことを好機として、企業にワーケーションの価値や魅力を認知してもらうことを目的としたオンラインイベントの開催等を行っている。同県では、ワーケーションの効果のうち、余暇の部分ばかりに焦点が当たることによって、企業への普及が進まなくなる懸念があるため、イノベーションの創出や地域貢献の効果など、企業に付加価値の創造を提供できるといった、より広範な効果を知ってもらいたいと考えている。
3-3 地方への新たな人の流れの加速に向けて
感染の拡大防止に向けて、テレワーク等の経験が高まったことにより、若者を中心に地方に対する関心が高まる等、人々の意識・行動にも変化が生まれ、地方への新たな人の流れに向けた動きが生じている。
この機を逃さず、これまで東京一極集中の背景となった要因も踏まえながら、地方への新たな人の流れの促進に向けた政策を講じていくことが期待される。
本節では、そのための課題として、人の流れを積極的に促す仕組みの推進、テレワークの定着・拡大させるための企業における環境整備、テレワークや働き方改革を促進する雇用環境の構築、若者や女性等に魅力的な地域づくりについてみていく。
(人の流れを促す仕組みの推進に向けて)
東京からの人の流れが生じているこの機を逃さず、地方への人の流れを拡大していく観点から、東京圏に立地する企業などに勤めたまま、テレワーク等を活用して地方に移住する「転職なき移住」を実現するために、「「地方創生テレワーク」(コラム7:「地方創生テレワーク」の推進参照)等の取組や以下のような人の流れを積極的に促していく仕組みづくりが進展している17。
大企業から地域の中堅・中小企業への人の流れを創出し、地域企業の経営人材確保を支援するため、2020年度より、地域経済活性化支援機構(REVIC)で管理する大企業の人材リストを通じた、地域金融機関等による人材マッチングを推進する取組(「地域企業経営人材マッチング促進事業」)が金融庁により行われている。今後、仲介役として重要な役割を果たす地域金融機関における仲介能力の向上を強く促していくとともに、1万名規模のリストの早期実現に向けた取組を進めていくこととされている。また、前述の内閣府の「プロフェッショナル人材事業」18においても、都市部の大企業等と連携し、出向等により、地方の企業と大企業の人材とのマッチングが行われており、今後、連携先が拡大されていくことが期待されている。
企業人材を地方公共団体に派遣する仕組みについては、三大都市圏の企業社員が、地方圏の市町村において、地域の魅力向上につながる業務に従事する総務省の「地域おこし企業人」19を、2021年度から「地域活性化起業人」(企業人材派遣制度)として、観光振興、地域産品の開発・販路拡大、ICT分野等に加え、中小企業の生産性向上等に向けたハンズオン支援等、地域の経済活性化に向けて幅広い活動に従事する制度へとリニューアルし、受入市町村についても拡大することとした。
都市部から過疎地域等に移住して、地域協力活動を行う「地域おこし協力隊」については、概ね1~3年の任期の後、約6割が定住している。現在約5,500人の隊員が活動中であるが、隊員数を2024年度に8,000人に増やすという目標が掲げられている(コラム8:「地域おこし協力隊」 参照)。
地方での暮らしを支援するため、国土交通省が構築を支援し、民間事業者が運営する「全国版空き家・空き地バンク」については、2021年3月時点で1万828件が登録されているが、地方公共団体との連携等によりその活用拡大を図り、空き家等を活用した二地域居住・地方移住を支援していくことが有効と考えられる。
以上のような政策を、データの把握やエビデンスに基づく分析・検証を行いながら、推進していくことが効果的と考えられる。
(コラム7:「地方創生テレワーク」の推進)
感染症拡大の影響により、テレワークの経験者が増え、地方移住への関心が高まっていることから、政府では、テレワーク等を活用して、東京圏に立地する企業などに勤めたまま、地方に移住して、地方で仕事をする「転職なき移住」を実現するために、「地方創生テレワーク」を推進し、地方への新しい人の流れにつなげようとしている。
主な取組としては、2020年度に「地方創生テレワーク交付金制度」を創設し、サテライトオフィスの整備等、地方創生テレワークを推進する地方公共団体の取組を支援している。また、地方創生テレワーク推進事業として、地方公共団体・企業・働き手に対するワンストップでの情報提供や、地域の強みを活かした取組につながる相談対応など地方創生テレワークの実現に向けた取組を支援する。さらに、個人が自発的に地方に移住することを促進するため、地方創生移住支援事業の対象を拡充し、東京での仕事をテレワークにより続けながら移住する場合にも、最大100万円の支援金を支給することとしている。
2020年12月に内閣官房に、経済界、自治体、有識者、関係府省等が参画する「地方創生テレワーク推進に向けた検討会議」が設置され、推進に向けての課題と取組の方向性を整理し、2021年4月に、提言「『転職なき移住』による地方への人と知の流れの創出~「働き方」を変え、「生き方」を変え、そして「社会」が変わる~」が取りまとめられた。提言では、地方創生テレワークの実現に必要な施策として、情報提供や個別相談、自己宣言制度・表彰制度等が提案されており、経済界や自治体、関係省庁が連携し、一体となって政策を推進することとされている。
(コラム8:「地域おこし協力隊」)
「地域おこし協力隊」とは、都市地域から過疎地域等の条件不利地域に住民票を異動し、生活の拠点を移した者を、地方公共団体が「地域おこし協力隊員」として委嘱。隊員は、概ね1~3年の任期中に、地域に居住して、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等の地域おこしの支援や、農林水産業への従事、住民の生活支援などの「地域協力活動」を行いながら、その地域への定住・定着を図る取組である。総務省が、地域おこし協力隊に取り組む地方公共団体に対して、特別交付税措置等の支援を行っている。
隊員は2020年度には、約5,500人まで、増加している。
2020年3月末までに任期終了した地域おこし協力隊員の定住状況について調査したところ、累計で6,525人のうち、年齢構成では20代が2,001人(30.7%)、30代では2,598人(39.8%)と20代、30代が隊員の約7割を占める。任期終了後の隊員の動向については、活動した市町村に定住した人が3,310人(50.7%)、活動した市町村の近隣に定住した人が804人(12.3%)と併せて4,114人と、約6割が活動地、又は活動地の周辺に定住している。同一市町村に定住した隊員の進路は、約4割が就業、約4割が起業、約1割が就農・就林等となっている。主な就業先としては、行政関係(自治体職員、議員、集落支援員等)、観光業(旅行業・宿泊業等)、農林漁業(農業法人、森林組合等)、地域づくり・まちづくり支援業等であり、主な起業内容としては、飲食サービス業(古民家カフェ、農家レストラン等)、宿泊業(ゲストハウス、農家民宿等)、クリエイター関係(デザイナー、写真家、映像撮影者等)、6次産業(猪や鹿の食肉加工や販売等)が挙げられる。
隊員数を2024年度に8,000人に増やすという目標の達成に向けて応募者の裾野を拡大するため、2週間~3か月の間、実際の地域おこし協力隊の活動に従事する「インターン制度」を2021年度から創設した(コラム1-8-1図)。
(テレワークの定着・拡大に向けた企業の環境整備が必要)
地方への新たな人の流れの定着・拡大に向けては、テレワークの全国的な定着・拡大が前提となると考えられる。
テレワークは、初回の緊急事態宣言の時期であった2020年4月、5月に急速に広まったが、12月時点ではやや低下している(前掲第1-3-1図)。意識調査では、テレワーク実施の減少又は中止の理由として、「職場のテレワーク実施方針が変化した」(44.8%)、「職場の雰囲気が変化した(職場の方針は変化していない)」(14.6%)等が挙げられている。一方で、テレワーク希望者(常時に加えて不定期の利用希望者を含む)は36.7%と、12月時点のテレワーク実施者(21.5%)を上回っている(第1-3-23図(1)(2))。また、テレワーク実施中の就業者では約9割がテレワークの継続を希望し、テレワークをやめた就業者の約3分の2がテレワークの再開を希望している。感染症の終息後、感染拡大防止を目的としたテレワークの必要性は低下すると見込まれるものの、日常業務の中に更にテレワークを取り込みたいという意向がみられる。
企業において、テレワークを導入・実施していない理由としては、企業のアンケート調査によれば(第1-3-24図)、「できる業務が限られているから」(68.1%)の比率が高いが、「情報セキュリティの確保が難しいから」(20.5%)、「紙の書類・資料が電子化されていないから」(16.6%)、「テレワークできない従業員との不公平感が懸念されるから」(15.7%)等が挙げられている。また、テレワークのデメリットとして、経験した者からは、「社内での気軽な相談・報告が困難」、「取引先等とのやりとりが困難」、「画面を通じた情報のみによるコミュニケーション不足やストレス」等、コミュニケーションの難しさが指摘されている(第1-3-25図)。テレワークの定着・拡大に向けては、企業がテレワークを積極的に活用することを方針として示す等、企業全体として取り組み、こうした課題を解決していくことが必要と考えられる。
テレワークを行う業務については、必ずしも既存の業務を前提に検討するのではなく、仕事内容の本質的な見直しを行うことが有用な場合もあると考えられる。業務の性質上、テレワークを実施するのが難しい業種や職種20があるが、一方で、自らの仕事はテレワークができないと認識している場合も、実際にやってみれば対応可能な場合もある21。また、テレワークがしやすい業種や職種であっても、企業あるいは職場の文化として、対面での会議が主流であったり、書類のペーパーレス化が進んでいなかったり、あるいは、不必要な押印や署名が障壁となっている等のために、テレワークの導入や実施が難しいことがある。このような場合は、例えば、オンライン会議や面談の効果的な活用、決裁の電子化等、経営者の意識改革、業務のやり方の見直しで導入や実施ができることもあると考えられる。企業の取組を支援するためには、国や地方公共団体等において、テレワーク導入に関するマニュアルや好事例集等の情報提供等を行うことが求められている。さらに、企業によるテレワークの取組状況の公表を促していくことにより、テレワークのさらなる拡大につながると考えられる。特に、地方企業がテレワークの取組状況を積極的に開示することにより、若者などから就業先として選ばれるようになり、地方への移住にも大きく寄与することが期待される。
また、地域経済では中小企業が大きな役割を担うが22、テレワーク実施率は、企業規模が小さいほど低い傾向23がある。地域のテレワーク環境を整備していく上では、中小企業のテレワークの導入支援が課題となっている。
(テレワークと働き方改革を相まって進める)
テレワークは、職場以外の場所で、非対面で働くこととなるため、働く人一人一人の業務遂行状況や成果を生み出す過程で発揮される能力等を把握しづらい側面がある。テレワークの定着・拡大に向けては、企業において、労務管理等を見直すことが求められる。さらに、テレワークの推進が、ジョブ型雇用の導入等、働き方改革と相まって進展する動きも生じている。
企業では、テレワークを本格的に導入するためには、労働時間管理、人事評価制度、人材育成等の労務管理が課題となる。例えば、労働時間の管理では、在宅でのテレワーク勤務は、過度に長時間労働になる懸念もあれば、仕事と生活が混在しやすく、育児や介護等による業務の一時的な中断(「中抜け」)も生じる等、適切に労働時間を把握・管理することが課題となっている。人事評価では、業務遂行状況や能力等を把握しづらい側面があることを踏まえた公平な評価手法等が課題となる。人材育成では、新入社員等にはオンラインのみで必要な研修・教育を行うには困難な課題がある。厚生労働省「テレワークにおける適切な労務管理のためのガイドライン」は、企業が適切な労務管理を行うとともに、労働者が安心して働くことができるよう、労務管理全般についての記載を追加する等の改定がされる予定となっている。改定ガイドライン等を参考に、企業には、労務管理を見直すことが求められる。
感染症の拡大に伴うテレワークの進展によって、従来の職場とは別の場所で働く各労働者が特定の仕事を担いつつ、チーム全体として連絡を取り合い一つの仕事を仕上げていく形が現実のものとなっている。その一方で、この働き方がうまく進むためには、仕事を配分し管理する側に十分な配慮や訓練が必要である。適切な労務管理にもとづく、各労働者の能力に応じた的確な仕事配分が重要となる24。
また、テレワークの推進によって、企業の中には、ジョブ型雇用の導入等、雇用システムを見直す動きがみられる。我が国の多くの企業では、いわゆる「日本型雇用システム」25が用いられてきた。しかし、近年、グローバル化の進展等の中で多様な人材の処遇が困難となってきた等の課題も生じており、企業の中には、特定の仕事・職務、役職・ポストに対して人材を割り当てるジョブ型雇用を導入する動きもみられる。ジョブ型雇用では、職務規程書(ジョブ・ディスクリプション)により、職務、仕事内容、労働時間、報酬などを明確に規定した上で雇用契約を結ぶことが想定されている。テレワークによる勤務は、非対面であるため、職務や仕事内容等があらかじめ明確であることが求められることから、労働の成果によって評価される雇用の形と親和性が高いと考えられ、企業に人材マネジメントの見直しを促す機会となっている。
国土交通省の企業向けアンケート調査(東京都内に本社を置く上場企業を対象)によれば(第1-3-26図(1))、2020年8月時点のテレワークの利用日数が9割を超える企業では、「ジョブ型人材マネジメント」の導入の実績がある、または検討している企業が5割を超えるが、テレワークを利用していない企業では約1割にとどまり、テレワークの利用度が高い企業ほど、ジョブ型の人事制度の導入に積極的な傾向が認められる。さらに、「ジョブ型の人材マネジメント」を導入・検討している企業は、東京にある本社事業所に所在する部門・部署の配置見直し(全面的な移転、一部移転、縮小)を具体的に検討している割合が32%と、導入していない企業(23%)に比べて高い(第1-3-26図(2))。また、配置を見直している企業の半数以上が2020年に入ってから検討している。このように、テレワークとジョブ型の人材マネジメントとは親和性が高く、さらに、ジョブ型人材マネジメントを実施または検討中の企業は、本社機能の移転等も検討している傾向がそうでない企業より高いとみられる。
先にみたように、「副業・兼業制度」を検討・実施している企業についても、同様にテレワークとの親和性が確認できる(前掲第1-3-18図)。テレワークの定着や拡大により、ジョブ型雇用や副業等を含めて働き方改革が並行して進展し、その動きも相まって地方への新たな人の流れが定着・拡大していくことが期待される。
(コラム9:ジョブ型雇用の全社員適用を目指すB社)
グローバル市場での事業成長を目指して、従来からジョブ型の人材マネジメントへの転換に先進的に取り組んできたのがB社である。既に2014年には管理職を対象としたジョブ型の報酬制度を導入し、その後も段階的に取り組みを進めてきた。2020年には新型コロナウイルス感染症の拡大を契機としてテレワークが広がりをみせるという環境変化が起き、これがジョブ型への転換に更なる推進力を持たせている。
ジョブ型の人材マネジメント導入の動きには、2018年にグループ全体の海外売上比率が過半を占め、また、2020年に従業員の海外人員比率が過半となったという背景がある。企業活動がグローバル化する中で、日本国内においても海外で一般的に採用されているジョブ型人材マネジメントに歩調を合わせていく必要が生じた。
会社の経営方針のもとに、2021年度にはポジションの役割、責任、能力を規定したジョブディスクリプションが導入される予定となっている。ポジションに就いた人はジョブディスクリプションに基づき、会社との間で年度目標を取り決め、さらに、日々の業務の中で、上司とのコミュニケーションを図る「1ON1」26という仕組みによって、周囲の環境変化等が目標にきめ細かく反映されるよう配慮している。また、ジョブ型人材マネジメントで懸念される「誰も取ろうとしないボール」については、1ON1等のコミュニケーションを活性化させることにより、チームで対処していく方向である。会社にどのような仕事があり、そこに就くにはどのようなスキル・能力が必要であるかが明確にされることは、自らのキャリアパスを考える上で重要であり、特に若年層の関心が高い。
現時点の課題としては、従業員のキャリア自律意識の醸成や、マネージャーのマネジメントスキル向上、会社が求めるスキル・能力が不足する従業員への対応等がある。
同社は2024年にジョブ型人材マネジメントの制度面での完成を目指すとしているが、実際の運用から生じる様々な課題について、「理想的な働き方とは何か?」を問いながら、2024年以降も引き続き対応していく必要があるとしている。
(若者や女性を始め誰もが活躍できる魅力ある地域づくり)
感染症を契機に、若者を中心に地方に対する関心が高まっている一方で、就職期に当たる20代前半は、感染症後に転入超過数は減少したものの、依然として、東京圏への転入超過が続いている。地方への人の流れを促進し、東京一極集中を是正していくためには、テレワーク等を活用した新たな動きを後押しする取組等を、感染症前に進行した東京一極集中の背景も踏まえて、推進していくことが重要である。
本章の(1)で示した通り、意識調査では、若者が東京圏に就職した理由としては、「能力や関心に合った仕事」、「給与の良い仕事」が挙げられており(前掲第1-1-7図参照)、また、有効求人倍率や賃金といった仕事に関わるデータと人口移動の間には相関関係がみられ(前掲第1-1-8図、第1-1-9図参照)、若者が就職等を契機に東京圏に移動している主な要因の一つは、雇用・所得環境にあると考えられる。このため、地方への人の流れを拡大していくためには、地域の稼ぐ力を高め、若者等の能力や関心にあった仕事や働き方の実現に努めることがやはり重要である。2020年までの10年間では、地方圏では、生産年齢人口が減少していることもあり、東京圏のような幅広い産業での雇用者数の増加がみられなかった(前掲第1-1-6図参照)。一方で、感染症の影響で、テレワーク等の普及が進み、場所を問わない仕事、つまり、従前は都市部での勤務が前提だった仕事を地方で居住しながら行うことが可能となり、これまでは都市圏で雇用者数が増加していた情報通信産業等で、地方への新たな人の流れを促す動きがみられる(前掲第1-3-14表参照)。このことからは、地方において、従前と比べ、若者の能力や関心に合った新たな雇用創出の機会の可能性が増していると考えられる。また、若者については、テレワーク等を活用した働き方に対する意向が強い(前掲第1-3-12図参照)等、仕事そのものだけではなく、働き方や就業環境も重視しているとみられる。従前から存在する仕事であっても、テレワーク等も活用し、若者のニーズにあった地方での働き方を提示していくことにより、若者にとって地方で働く魅力が増すことも期待される。この観点からは、企業、特に地方圏の企業で、テレワークの実施状況の開示が進むことが、若者の就職先として選ばれる機会を増やすだけでなく、周囲の企業のテレワークの実施を促すことにもつながると考えられる。
また、賃金水準の高い都道府県ほど転入超過、賃金水準の低い都道府県ほど転出超過(転入超過率がマイナス)である(前掲第1-1-9図参照)傾向からは、地方の所得の引上げが課題であり、雇用の維持との両立を図りながら、現在の賃上げの流れを継続し、最低賃金についても、地域間の格差に配慮しながら引上げに取り組むことが期待される。
同時に、意識調査では、特に女性において、東京圏に就職した理由として、仕事に関する理由だけでなく、「親元を離れたい」、「(東京)地域への憧れ」等、生活面の要因が挙げられている(前掲第1-1-7図参照)。その背景として、地域によっては、固定的な性別役割分担意識等が根強く存在しているという意見もあり、地方における魅力的なしごとづくりにあわせ、地方における女性の活躍に向けた意識改革を積極的に進める必要がある27。このことは、必ずしも、女性だけに当てはまるものではなく、若者を始め、誰もが活躍できる魅力的な地域づくりという観点から、性別や年齢による役割分担意識等が解消され、若者や女性等の意見や希望が、政策決定過程において積極的に反映されるような地域社会の構築が期待される28。
さらに、地方の暮らしへの関心が高まっているこの機会を捉えて、地方の暮らしの魅力について幅広く情報を発信することが重要である。東京都から地方圏へ住み替えた場合は、地方圏で物価が安くなることや、住居費の減少、通勤時間の短縮による機会費用の減少により、住み替えの経済的な利益は年間20万円程度になると試算され、テレワークにより東京都の仕事を続ける場合にはさらなる経済的な利益が得られる可能性がある(コラム10:地方圏へ住み替えた場合のコスト試算参照)。また、内閣府の分析レポート29によれば、過去5年間の移住実施者は、移住先選定にあたって、単なる移住への関心層と比べ「地域の食・文化」を重視する傾向が有意に強いとされている。このような地方に居住する経済的利益や、移住実施者が移住先の選定にあたって重視している地域の食・文化等、地方に暮らす多様な魅力について、地方の暮らしに関心が高まっているこの機会に、地方公共団体等から積極的に情報発信等を行い、関心のある者に具体的な検討を促すことが期待される。
若者や女性を始め誰もが活躍できる魅力的な地域づくりを推進し、さらに、その魅力を情報発信していくことにより、地方への人の流れが拡大していくことが期待される。
(コラム10:地方圏へ住み替えた場合のコスト試算)
仮に東京都に住む人が地方圏へと住み替えた場合、どの程度の経済的コストが発生する可能性があるだろうか。ここでは、概ねの傾向を把握するため、住み替えによって生じえる4つの経済的コスト(①名目給与、②物価効果、③住居費、④通勤時間の機会費用)の変化に着目し、東京都と地方圏(東京圏、名古屋圏及び大阪圏を除く全国)の各データの平均値を用いて、住み替えの経済的コストについての試算を行った(コラム1-10-1図)。
最初に、地方圏で新たに職に就き、東京都から地方圏へと住み替えた場合を考えると、まず、①名目給与については、地方圏の平均的な給与は東京都よりも低いため、給与によって得られる収益は年間134万円(1か月当たり11.2万円)程度の減少となる可能性がある。一方、②物価効果については、地方圏の方が東京都よりも総じて財やサービスの価格が低廉であるため、年間14万円(1か月当たり1.1万円)程度が収益になると見込まれる。また、③住居費についても、平均的な家賃のデータによれば、地方圏の方が東京都よりも安価であるため、年間117万円(1か月当たり9.7万円)程度が収益になると見込まれる。最後に、④通勤時間の機会費用については、東京都の通勤時間は地方圏に比して長い傾向があるため、通勤時間を仕事に充てていれば得られた経済的利益の逸失額としての機会費用は大きくなる。一方、地方圏では通勤時間が短いため機会費用は小さい。こうした機会費用の変化を試算すると、住み替えにより通勤時間が短縮すれば年間23万円(1か月当たり1.9万円)程度の費用の減少となる。以上の各経済コストの結果を合算すると、地方圏で新しい職に就き、東京都から地方圏へ住み替えた場合、名目給与は大きく減少する可能性があるものの、地方圏では物価や住居費が安く、また通勤時間の短縮により機会費用も減少することから、年間19万円(1か月当たり1.6万円)程度の経済的利益が生じると見込まれる。
また、テレワークにより東京都の仕事を続けながら、東京都から地方圏へ住み替えた場合を検討してみると、上述の結果と同様に、住み替えによって②物価効果、③住居費及び④通勤時間の機会費用のそれぞれから経済的利益が得られる一方、①名目給与については、東京都の仕事を続けるために変化は生じないと考えられる。したがって、②物価効果、③住居費及び④通勤時間の機会費用の各変化のみを合算すると、年間153万円(1か月当たり12.8万円)程度の経済的利益が得られる可能性がある。
なお、同様の試算を地域別に行った場合、各地域で新たに職に就き、東京都から住み替えたとすれば、一部の地域では経済的利益がマイナスとなるものの、北関東や東海などでは年間50万円程度の経済的利益が生じる可能性がある(コラム1-10-2図(1))。一方、テレワークにより給与の変化が無かったと仮定した場合、どの地域へ住み替えたとしても、経済的な利益が生じる可能性がある(コラム1-10-2図(2))。
以上の結果は、東京都と地方圏の平均値データを用いた単純な試算によるものであり、現実には、住み替えを行う人の性別や年齢、職業や世帯構成といった前提条件によって、結果は大きく変わりえる。しかし平均的な傾向としては、東京都から地方圏へ住み替えた場合、物価や住居費等といった生活に係るコストの減少額はかなり大きく、条件次第では収入の減少を上回る可能性もある。加えて、テレワークのような働き方を十分に活用した場合には、現在の仕事を続けながら地方圏に住み替えることによって、収入を維持しながら地方圏の生活コストの抑制効果を得ることも可能となってくる。こうした効果は長期にわたればより大きなものとなることを考えれば、特に若年の人々がライフプランを検討する際に、地方圏への住み替えは、経済的な観点からも注目すべき選択肢であるといえる。