第2章 第2節 インバウンド需要のすそ野の拡大に向けて
前節でみたように、インバウンド需要には地域によって大きな偏りが見られる。地域の活性化にインバウンド需要が資するためには、より多くの地域にその需要を呼び込んでいくことが不可欠である。以下では、現状において大都市や著名な観光地以外の地域を訪れた訪日外国人旅行者の特性を分析し、インバウンド需要のすそ野を拡大させるために必要な要因について考察する。
(ヨーロッパ人、中高年女性、訪日3回目以上の旅行者が潜在成長圏を訪れる傾向)
現在、どのような外国人旅行者が大都市や著名観光地以外を訪れているのだろうか。日本を出国する訪日外国人旅行者(乗り継ぎ旅行者、乗員、1年以上の滞在者等を除く)を対象に消費実態等を調査している「訪日外国人消費動向調査」(観光庁)の個票データを用いて、観光・レジャー目的により前節で定義した潜在成長圏を訪れた外国人旅行者(以下、「潜在成長圏旅行者」という。)の特性をみてみよう(第2-2-1表、詳細は付注2-1を参照。)。
まず、旅行者の年齢・性別についてみると、年齢が高いほど、また男性よりは女性の方が潜在成長圏を旅行する傾向にある。国・地域別では、中国からの旅行者を基準として、ヨーロッパ諸国・ロシアからの旅行者はより潜在成長圏を訪れている一方、韓国や香港、台湾といったアジア諸国・地域からの旅行者は、潜在成長圏を訪れない傾向にある。また、滞在日数が多いほど潜在成長圏を訪れている。訪日回数が多いほど潜在成長圏を訪れる旅行者が多いという結果になっているが、初訪日時はもちろん2回目でも潜在成長圏を訪れる傾向は見出されないが、3回目以上では潜在成長圏を多く訪れる傾向があり(付注2-1参照。)、旅行者が潜在成長圏に目を向けるのは3回目の訪日あたりからであることが示唆される。
(潜在成長圏旅行者はそこでしかできないコト消費が目当て)
潜在成長圏旅行者が日本滞在中に行った活動についてみると(前出第2-2-1表)、他の属性をコントロールすると「旅館に宿泊」、「温泉入浴」、「自然・景勝地観光」、「ショッピング」、「スポーツ観戦」、「四季の体感(花見・紅葉・雪等)」等を行う傾向にある。逆に、「日本の酒を飲むこと」、「テーマパーク」、(スキー・スノーボード以外の)「その他スポーツ(ゴルフ等)」といった活動は成熟圏旅行者の方がより多く行っている。潜在成長圏旅行者においては、自然や温泉といったその旅行先でしか体験できないようなコト消費を目当てに訪問していると言うことができる。インバウンド需要のすそ野を拡大するためには、それぞれの地域がその土地固有の自然環境や景勝、温泉資源等の魅力を積極的に発信するとともに、それらを活かした宿泊施設の整備や特産品の開発を行っていくことが重要である。
(第2-2-2図)
(潜在成長圏旅行者は地方観光協会や旅行会社等からの情報を入手)
各地域が訪日外国人旅行者に訴求する観光資源を整備したとしても、それが実際に認知されないことには、いうまでもなくインバウンド需要の取り込みには結びつかない。そこで、どのような旅行情報を役立ったと思った人が潜在成長圏を旅行しているかをみると(前出第2-2-1表)、他の属性をコントロールすると「地方観光協会ホームページ」や「旅行会社パンフレット」、「旅行会社ホームページ」、加えて「自国の親族・知人」や「日本在住の親族・知人」から得た情報が役に立ったと感じた人々が潜在成長圏を訪問する傾向が見られる。他方、「SNS」(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)や「個人のブログ」等を役に立ったと感じている人は、むしろ潜在成長圏を訪れていない。
こうしたことから、地域の様々な観光資源の魅力を効果的に発信していくためには、観光協会や旅行会社を通じたプロモーションが有効である可能性がある。また、これだけインターネットが日常的に使われている中で、そうしたメディアを重視する人々が我が国の潜在成長圏を余り訪れていないという傾向は、これまでのSNSやネット動画を通じた訪日促進活動に改善の余地があることを示唆していると考えられる。
(第2-2-3図)
(潜在成長圏への旅行は再訪日意欲につながる)
先にみたように、潜在成長圏を訪問する旅行者の属性の一つとして、訪日回数が3回以上の人々が多く、インバウンド需要のすそ野を広げるためには、海外からの旅行者が訪日観光のリピーターとなってくれることが重要である。
そこで、「また日本に来たいと思いますか」という問いに対する「必ず来たい」から「絶対来たくない」までの7段階の回答(再訪日意欲)と、潜在成長圏を訪問したか、どのような活動を行ったか等との関係を分析した(第2-2-4表、詳細は付注2-2を参照)。
その結果、潜在成長圏を訪問した旅行者ほど再訪日意欲があることが分かった。潜在成長圏への旅行が、更に再訪日意欲を高めるのであれば、両者の好循環により、訪日回数の増加とインバウンド需要のすそ野の広がりが共に期待できることになる。
基本的な属性では、年齢が若いほど、女性よりも男性の方が、再訪日意欲が高い傾向がみられる。他方、家族・親族旅行で訪日した旅行者の再訪日意欲は低い。乳幼児を含めた子供を世話するための施設・スペースが十分か、高齢者のアクセシビリティに問題はないかといった検証を行い、家族連れ旅行者がより訪問したいと思える環境整備を進めることが必要である。また、日本での活動内容との関係をみると、「日本の酒を飲むこと」、「旅館に宿泊」、「繁華街の街歩き」、「ショッピング」等を行った人ほど再訪日意欲が高くなっている。逆に「自然・景勝地観光」、「自然体験ツアー・農漁村体験」を行った旅行者ほど再訪日意欲が低い。潜在成長圏訪問者の再訪日意欲が高い中、地方で優位なこうした活動において、旅行者のニーズに合わせた観光内容やガイドの提供など、サービスの在り方を工夫することで、さらに潜在成長圏への訪問者を増やす余地があると考えられる。
(コラム1:多様化する入国手段と潜在成長圏への訪問)
島国である我が国に外国人旅行者が訪れるためには、交通手段として航空機若しくは旅客船を利用することになり、国際旅客便が寄港する空港や海港がある地域は外国人旅行者が必ず訪れることになる。このため、そうした「玄関口」が多様化することも、訪日外国人旅行者を潜在成長圏にいざなう上で有効と考えられる。
入国港別の外国人旅客数のシェアの推移をみると、2006年時点では成田国際空港のシェアが約5割を占めていたが年々低下傾向にあり、一方、関西国際空港やその他の空海港(東京国際空港(羽田空港)、中部国際空港を除く)のシェアが上昇している。このため、直近の2017年においては、成田国際空港、関西国際空港、その他の空海港のシェアがほぼ同程度となっており、訪日外国人旅行者が利用する空海港は多様化している(コラム図2-1-1)。
こうした訪日外国人旅行者の利用港の広がりに寄与している要因の一つのとして、LCC(Low Cost Carrier:低コストの運航を行うことで、低運賃の航空サービスを実現する新たなビジネスモデルを採用した航空会社)の普及が考えられる。近年、航空機の国際路線ではLCCのシェアが高まっており、かつLCCの就航空港は都市部の空港のみならず地方空港にも広がっていることから、結果的に外国人旅行者の入国空港を多様化させている(コラム表2-1-2)。地域別に訪日外国人旅行者のLCC利用者比率をみると、ほとんどの地域で利用率が上昇している中で、特に利用率が高い地域としては、近畿、四国、九州、沖縄といった西日本や北海道となっており、多くのLCCが就航している関西国際空港、福岡空港、那覇空港、新千歳空港が果たしている役割がうかがわれる(コラム図2-1-3)。
近年、LCCの新規就航や便数増が活発になっている地方空港の中には、近隣の大都市(注)に対する代替的なゲートウェイ機能を果たすものもあるが、入国した訪日外国人旅行者のうち少なからぬ割合の者がすぐに大都市に向かうのではなく、まず周辺府県に立ち寄っている(コラム表2-1-4)。例えば熊本空港では、40.3%の入国者が最初の訪問地として熊本県内若しくは福岡県等の大都市ではなく、周辺の大分県や鹿児島県等を選んでいる。同様に青森空港、佐賀空港でも4分の1程度の入国者が周辺府県を最初に訪れており、小松空港、富山空港でもその割合は15%を超えている。このようにいくつかの地方空港については、そこから入国する訪日外国人旅行者の訪問先が自県や大都市以外に多様化する傾向があり、インバウンド需要をより多くの地域に取り込む上で一定の役割を果たしていると考えられる。また、入国者の大部分がそのまま大都市に向かうような空港についても、自県や周辺府県の魅力を積極的に訴えることにより、訪日外国人旅行者を惹きつける余地が大きい。今後、LCCをはじめとした地方空港への就航の動きが更に進めば、訪問地の多様化に一層寄与することが期待できる。
(注)ここでは、人口百万人以上の都市を含む都道府県とし、東京都、神奈川県、大阪府、愛知県、北海道、福岡県、兵庫県、京都府、埼玉県、広島県、宮城県を指すものとする。
(コラム2:求められる情報発信力)
日本を訪れる外国人旅行者が旅行計画を立てる際、また、旅行中に次なる訪問地を検討するに際して、そもそもその地域が認知されていなければ、その地を訪問してもらうことは難しい。このため、世界的にも知名度がある東京や大阪等の大都市や、富士山や京都などの著名な観光資源を持つ地方以外の地域においては、まずは外国人旅行者にその地域を認知してもらう必要があり、そのための情報発信が重要となる。
訪日外国人旅行者が、訪日前にどのような情報手段を利用して旅行予定を決めているか、旅行前に役立ったとする情報源をみると、近年では、ITを利用したサービスの普及を反映して、インターネットを利用した個人のブログやSNSといった情報源の利用率が顕著に高まっている(コラム図2-2-1)。
また、訪日してから滞在中に役に立った情報源についてみると、「スマートフォン」との回答が圧倒的に多い。2011年と比較しても、「スマートフォン」の利用率が急速に伸びている(コラム図2-2-2)。
一方で、訪日外国人旅行者が困ったことをみると、言語対応に次いで「無料公衆無線LAN環境」といった通信環境に対しての不満が多く、旅行中におけるスマートフォンでの情報取得のニーズが高まっている中、通信環境の整備が課題として挙げられる(コラム図2-2-3)。
このような環境整備の課題に加え、SNSなどにおいては、様々な情報が次々と新たに発信される中、外国人旅行者を惹きつけるためには、旅行者の情報ニーズを的確に把握するとともに、魅力的な情報を頻繁に更新するなどの対応が必要である。そうした適切な情報発信を継続して行うことが、外国人旅行者の訪問につながることが期待される。