第2章 第3節 今後のインバウンド需要拡大への展望

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これまで、インバウンド需要の地域ごとの偏り、そしてそうした偏りを是正するために必要と考えられる取組についてみてきた。では、今後のインバウンド需要はどのように拡大していくことが見込まれ、我が国はどのようにそれに備えていくべきであろうか。

本節では、今後の我が国にとっての観光市場の展望と、インバウンド需要を引き続き効果的に取り込んでいく方策について検討する。

1)世界の観光市場の広がりと訪日外国人旅行者数拡大方策

(堅調に拡大する世界の観光市場)

国際的な観光市場は、近年拡大の一途にある。世界全体における国際観光客数については(第2-3-1図)、リーマン・ショックに端を発した世界的な経済危機にみまわれた2009年に一時減少したものの、以降増加が続いている。2017年についても、引き続き好調な観光需要を反映し、旅行者数については、前年を8,700万人上回る13億2,200万人となり、前年比6.7%の増加となっている。

また、先行きについても、国連世界観光機関(UNWTO)の長期予測によれば(第2-3-2図)、国際観光客数は、今後2030年までの間に世界全体で年平均4,300万人のペース(年3.3%増)で増加するとされており、2030年には、国際観光客数は約18億人に達し、2010年の約2倍に増大すると見込まれている。地域別の見通しをみると、ヨーロッパ地域が世界最大の観光客の送り出し地域であることに変わりはないが(2010年:4.75億人→2030年:7.44億人(+2.69億人))、アジア・太平洋地域からの旅行者数が急速に増加することが予測されている(2010年:2.04億人→2030年:5.35億人(+3.31億人))。

(我が国にとっての主な市場はアジア)

こうした状況下、日本を訪れる外国人旅行者を国・地域別にみると(第2-3-3図)、アジアからの旅行者がその大半を占めており、かつその割合も拡大している。2017年においては、アジア地域からの旅行者が約86%、アメリカ地域で約6%、ヨーロッパ地域で約5%、その他の地域で約2%となっている。アジアの内訳をみると、中国、韓国、台湾、香港の東アジア4ヶ国・地域からの旅行者が、訪日外国人旅行者全体の約4分の3を占めており、2017年では、中国からの旅行者が25.6%、韓国で24.9%、台湾で15.9%、香港で7.8%となっており、4ヶ国・地域の合計で74.2%となっている。近年では、特に中国からの旅行者の増加が顕著である。

(外国人旅行者数を左右するのはビザ発給要件やLCCの就航)

このように、日本のインバウンド需要の大半は東アジア地域によって支えられており、特に中国からの旅行者によってもたらされている部分が大きい。

それでは、中国人旅行者を始め日本を訪れる外国人旅行者の数は、どのような要因に左右されるのであろうか。訪日外国人旅行者数の増減については、訪れる側である海外諸国・地域における要因と、受入れ側である日本における要因が考えられる。そこで、「訪日外客数」(日本政府観光局)から入手可能な36ヶ国・地域の訪日旅行者数のデータを基に、同旅行者数の変化要因について分析した(第2-3-4表、詳細は付注2-3を参照。)。

その結果、訪日外国人旅行者数の増加要因としては、まずは各国・地域における経済成長及び為替レートが挙げられ、さらに、受入れ側における査証(ビザ)の免除措置といった政策や、LCCの就航便数が寄与していることが分かった。一方、2011年に発生した東日本大震災は減少方向に働いた。

こうしたことから、世界経済、特に日本の近隣諸国・地域であるアジア経済の成長が続けば、海外旅行が可能となる所得層の人々が増えることによって、今後も訪日外国人旅行者数の増加が期待できる。さらに、政策的には、入国の際に必要となるビザ要件の緩和や免除、LCCの就航便数の拡大及び路線の新設を促していくことは有益である。

(コラム3:訪日外国人旅行者数の将来試算)

本章の冒頭でも述べたとおり、日本政府においては、訪日外国人旅行者の誘致のため、2016年3月に「明日の日本を支える観光ビジョン-世界が訪れたくなる日本へ-」をとりまとめており、その中において、訪日外国人旅行者数を、2020年に4千万人、2030年には6千万人とする達成目標を掲げている。今後、訪日外国人旅行者数はどのように変化していくのであろうか。

ここでは、本文において推定したモデルを利用して、2020年までの訪日外国人旅行者数の試算を行った。2018年以降の説明変数の予測値として、各国・地域の実質GDPは国際通貨基金(IMF)によるものを用い、為替動向については2017年水準で一定、ビザ発給免除措置の対象国には変化がないものとした。LCC就航便数については、2016年、2017年にそれぞれ28.2%、25.7%増加していることに鑑み、2018年以降、前年比で10%ずつ伸びるケースと20%ずつ伸びるケースを想定した。結果はコラム表2-3-1のとおりとなった。

2020年の訪日旅行者数の予測値は、LCC就航便数の増加を控えめに見積もった場合は3,800万人弱にとどまるが、ここ数年と同様の伸びが続く場合には4,200万人を超える見込みとなっている。

2)消費の拡大に向けた訪日インバウンド政策

(大きな割合を占める中国のインバウンド消費額)

訪日外国人旅行者数とともに、地域経済にどれだけの直接的な経済効果をもたらすかという観点からは、訪日外国人旅行者の消費額の動向も重要である。訪日外国人旅行者の消費の動きをみると(第2-3-5図)、足元の二年間では、一人当たりの旅行支出は減少しており(2016年:▲11.5%、2017年:▲1.3%)、それを旅行者数の増加が補うことで、訪日外国人旅行者全体の旅行消費額は増加している。

国・地域別でみると(第2-3-6図)、中国からの旅行者による旅行消費額が最も多く(全体の38.4%)、次いで、台湾(同13.0%)、韓国(同11.6%)、香港(同7.7%)と東アジアの国・地域が続いており、以下、米国、タイ、オーストラリアとなっている。

(一人当たり消費額も旅行者数も多い中国)

消費総額を一人当たりの旅行支出と旅行者数に分解してみると(第2-3-7図)、ヨーロッパ諸国や米国、カナダ、オーストラリアの一人当たり旅行支出が高いものの、旅行者数は全体のごく一部である。これに対し、中国は最大の訪日旅行者数であると同時に一人当たり旅行支出も欧米とそん色なく、訪日外国人旅行者の消費総額におけるインパクトは非常に大きいと言える。

インバウンド消費額を増加させるという観点からは、旅行者の消費単価を押し上げることが望ましく、そのためには一人当たり旅行支出の高い欧米からの旅行者を増やすことが効果的であるが、世界的には国際旅行の大半が旅行者の居住地域内となっている12中で、欧米からの旅行者の大幅な増加に期待をかけることは現実的ではない。むしろ、まずは同じアジア地域に位置し、一人当たり旅行支出が高い中国からの旅行者をこれからもいかに取り込み続けるかが重要となろう。中国の海外旅行者数は、人口比ではまだ10%程度に過ぎず、例えば韓国の40%超と比べてかなり少ない13。このため中国人に訴求するコト消費の探求等、ポスト「爆買い」となる中国人旅行者のニーズにあったインバウンド戦略が求められる。

また、旅行者の滞在日数が長くなれば、その分宿泊費や食費などの滞在に必要となる支出が増えることから、訪日外国人旅行者により長く滞在して、支出してもらえるような取組も必要である。ただし、旅行支出額は滞在日数と比例的ではなく、土産物等滞在日数に関わらない消費を一定額行う傾向にある(第2-3-8図)。このため、日本から遠く、頻繁に訪日することは望めない欧米からの旅行者については滞在日数の更なる延長を目指すとしても、アジア諸国についてはむしろ近隣地域であるという距離の優位性を活かして、訪日旅行一回ごとの滞在日数は短くとも、繰り返し訪日してもらうことで消費総額の増加を図ることが考えられる。

3)インバウンド需要のすそ野の拡大に向けて

これまでみてきたように、訪日外国人旅行者は、認知度が高く、観光資源が豊富でかつ利便性が高い東京や大阪といった大都市や、北海道や京都、沖縄といった有名観光地を多く訪れる傾向にあり、インバウンド需要については地域ごとに大きな偏りがみられる。世界の観光需要は経済発展と共に引き続き成長することが見込まれ、特に大きな市場である中国が近隣にあることからも、全体として訪日外国人数自体は引き続き増加していくと考えられる。しかし、インバウンド需要がもたらす関連産業の発展や地域活性化といった効果を全国に浸透させるには、訪日外国人旅行者が著名観光地以外にも多く訪れるようになる必要がある。

潜在成長圏(延べ宿泊者数上位5都道府県を除いた42県)を訪れた外国人旅行者を分析すると、旅館に宿泊すること、温泉に入ること、スキーなどのスポーツ等を体験した人が多い。各地の様々な観光資源を活用し、外国人が楽しめる「コト消費」を提供していくことの重要性が明らかとなった。また、潜在成長圏を訪問した旅行者は再訪日意欲が高い傾向が認められ、訪日リピーターが更に潜在成長圏を訪問するようになるといった好循環が期待できることも分かった。

他方で、潜在成長圏の観光資源の魅力の発信については、特に、インターネットを用いた広報に課題がある。また、家族連れ旅行者がより旅行しやすい環境の整備や、地方に優位性がありながら旅行者の再訪日意欲につながっていない自然・景勝地観光や自然体験等の観光サービスも改善の余地があろう。

これまでのビザ発給の免除等の訪日促進策は効果を挙げてきている。引き続き訪日外国人旅行者数や訪日外国人消費額の増大を図るには、こうした取組を更に続けていくことが重要であろう。その際、やはり中国人旅行者の人数の多さ、一人当たり消費額の高さは我が国のインバウンド需要に大きなインパクトを持つことに留意が必要である。

現在インバウンド需要が十分に取り込めていない地域に訪日外国人をより多く呼び込むためには、外国人旅行者のニーズを的確に把握し、各地域が提供できるまだ知られていない魅力的な観光資源を整備した上で、広報手法を工夫しながら認知度を上げる取組を進めることが期待される。

(コラム4:地域への周遊を促進する広域観光周遊ルートの構築)

外国人旅行者が日本への観光に求めるニーズは、国籍等により様々であり、また、リピーター旅行者においては、新たな観光体験を求めるニーズが強いと推察される。そうした訪日外国人旅行者のニーズを充足させるとともに、地域への観光プロモーション戦略として、広域観光周遊ルートの形成が進められている。一つの地域では限られた観光資源しか提供できなくとも、周辺地域との連携によりそれぞれの地域の特性を生かすことで多様な観光資源を提供することが可能となり、日本の多様な魅力を知ってもらうためにも効果的と考えられる。

例えば、そうしたルートの一つである「昇龍道」については、中部北陸地域を軸としてプロモーションを推進している広域観光周遊ルートであり、中部及び北陸信越運輸局と一般社団法人中央日本総合観光機構が、9つの自治体(愛知県、岐阜県、三重県、静岡県、長野県、石川県、富山県、福井県、滋賀県)、観光団体・事業者等と協働して、「城」や「温泉」、「伝統工芸」、「工業技術」、「自然・景勝地」などの多様な観光資源を組み合わせ、滞在日数やテーマに沿って多数のモデルコースを提供している。

また、「縁(えん)の道~山陰~」については、鳥取県、島根県を中心とした広域観光周遊ルートであり、観光団体・事業者や自治体等が参加した一般社団法人山陰インバウンド機構が推進役となり、瀬戸内地域など周辺地域からの旅行者の流入も視野に、日本でも古い歴史を有する山陰において、「神話」、「伝説」をテーマに「自然」、「歴史」、「文化」に関する体験を通じて、新たな日本を発見できるようなモデルコースを提供している。

さらに、「北陸・飛騨・信州3つ星街道の旅」では、一般社団法人金沢市観光協会を始め複数の観光協会等が協力し、金沢、五箇山、白川郷、高山、松本を中心に、世界遺産やミシュラングリーンガイドにて3つ星として紹介された観光資源を組み合わせて様々なモデルプランを提案し、訪日外国人旅行者向けにプロモーションを実施している。

こうした地域に広がりを持った観光ルートを外国人旅行者が訪れることにより、旅行者の行動が広域化することで、インバウンド需要の地域間格差を緩和するとともに、滞在日数やそれに伴う支出の増加などの経済効果が期待される。


脚注12 「Tourism Highlights 2017 Edition」(国連世界観光機関(UNWTO))によれば、全世界の国際観光客到着数の約5分の4は、同地域内からとされている。なお、ここでの居住地域とは、ヨーロッパ地域、アジア・太平洋地域、アメリカ地域、アフリカ地域、中東地域での区分となっている。
脚注13 「Tourism Highlights 2017 Edition」(国連世界観光機関(UNWTO))より推計。
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