第1章 第2節 地域の産業構造と労働生産性の向上

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地域の人手不足問題を克服するもう一つの方策が生産性の向上である。ここでは地域間の生産性のばらつきの最近の動向と産業構造との関係を明らかにする。

1)地域間の労働生産性のばらつき

(労働生産性は上昇しているが地域差がある)

2010年及び2015年の各地域の労働生産性を就業者一人当たり実質GDPでみると、いずれの時点でも南関東が最も高く、沖縄が最も低い(第1-2-1図(1))。2010年時点の生産性の水準をみると、南関東が1,018万円/人(2011年価格、以下同じ。)と全都道府県平均(845万円/人)を大きく上回っており、東海、近畿がほぼ平均並み、次いで北関東が続き、他の地域は平均を70万円/人以上下回っている。2015年時点では、南関東と東海が全都道府県平均(900万円/人)を上回り、近畿と北関東は平均を下回っているもののその幅は20万円/人程度である一方、その他の地域は中国では平均から77万円/人、沖縄では平均から216万円/人それぞれ下回っている。

2010年から2015年にかけての労働生産性の変化率をみると、全ての地域で上昇している。このうち、全都道府県平均の上昇率6.5%を上回ったのが東北(10.2%)、東海(9.3%)、沖縄(8.9%)、北関東(7.7%)、南関東(6.8%)、中国(6.5%)である。

このように、2010年から2015年への地域別の労働生産性の推移を見ると、全都道府県平均を水準で下回っている東北や中国、沖縄の伸びが高かったという点では生産性の地域毎のばらつきを縮小させる動きも見られるが、生産性が最も低い沖縄の平均からの乖離幅はほぼ変わらず、九州や北陸等乖離幅を拡大させた地域もあり、生産性の地域間のばらつき具合が縮小する傾向にあるとは言えない。

(製造業に比べ各地域で低い非製造業の生産性)

各地域の労働生産性の水準を、製造業と非製造業に分けてみると(第1-2-1図(2))、全地域で非製造業の生産性が製造業の生産性を下回っている。非製造業の労働生産性は、南関東が他地域よりも抜きんでているものの、その他の地域ではそれ程大きなばらつきはない。これに対し、製造業の労働生産性は地域ごとに大きく異なっている。このため、地域によって製造業と非製造業の生産性の違いに大小が生じており、北関東や東海、中国等の製造業の生産性水準が高いところで両者の違いが大きくなっている。南関東では非製造業の生産性が高いため、製造業と非製造業の生産性格差は小さい。

(実質付加価値の伸び率に大きな地域差)

次に労働生産性の変化の地域別の特徴をみてみよう。まず、製造業と非製造業に分けて労働生産性の変化率をみると(第1-2-2図(1))、南関東、近畿、九州を除いて製造業の生産性上昇率が非製造業を上回っており、特に沖縄、北陸、東海等の地域で製造業の上昇率が高い。製造業の生産性は九州で下落しているほか、近畿、南関東では上昇率は低い。非製造業の労働生産性変化率は、製造業ほどのばらつきは見られないが、東北や沖縄、南関東で高い一方、北陸ではマイナスとなっている。

労働生産性は就業者一人当たりが生み出す実質付加価値(実質GDP)であるので、労働生産性の変化分は実質付加価値の変化による部分(実質付加価値要因)と就業者数の変化(就業者数要因)による部分に分解することができる。製造業・非製造業の2010年から2015年までの労働生産性の伸び率を実質付加価値要因と就業者数要因に分解してみよう(第1-2-2図(2))。実質付加価値要因と就業者要因の相対的な関係を製造業・非製造業別にみると、製造業では、生産性変化率における就業者要因の寄与は小さく、地域間の生産性変化率の差はほぼ実質付加価値要因で決まっている。非製造業の生産性変化率における就業者要因の寄与を見ると、沖縄と東北では就業者数が増加して押し下げ要因として働いている。それ以外の地域では就業者数が減少して押し上げ要因として働いており、その大きさは、北海道と四国でやや大きい。各地域ごとに就業者要因と実質付加価値要因の相対的な大きさを見ると、非製造業においても概して実質付加価値要因の方が生産性の上昇に相対的に大きな影響を与えていることが分かる。

このように、この5年間に東北や東海、中国といった地域では就業者数を余り減らさないまま実質付加価値を拡大する形で大きく生産性を高めている。実質付加価値が増加した業種は地域によって大きく異なっている。他方、北海道や四国では実質付加価値の伸びは大きくないが、非製造業における就業者が減少することである程度の生産性の伸びを確保した。

2)産業構造と労働生産性

各地域の労働生産性の伸びは付加価値(生産量)の増減及び就業者数の増減に左右され、2010年から2015年にかけては特に付加価値の増減が大きく寄与していることをみた。また、付加価値の増減にも、地域によって産業ごとの寄与に大きな違いがあることを確認した。では、そうした産業ごとの寄与の違いは、各地域の産業構造とどのような関係にあるのであろうか。生産量を拡大させている地域は、全国的に成長している産業のシェアが高いからなのであろうか、あるいは同じ産業であってもその地域の生産量の増加率が他地域よりも高いからなのであろうか。就業者数の変化についても、どの程度が産業構成に由来するもので、どの程度がそれ以外の地域固有の要因によるものなのであろうか。

この点を見るために、付加価値及び就業者の変化を産業構成で決まる部分とそれ以外の部分に分解してみる(シフト・シェア分析、付注1-3参照)。

(就業者数の変化は、産業構成によるものではなく地域固有の要因による)

まず就業者数についてみてみよう。ある地域の各産業が、それぞれ全国平均の増減率で就業者数を変化させたと仮定して就業者数を計算すれば、その地域の産業構成に起因する就業者の変化率を取り出すことができる。この変化率と全国平均の変化率との差を「産業構成要因」とよぶ。実際の就業者数の変化率と全国平均変化率の差から、この産業構成要因を除いた残りの部分は、産業構成では説明できない地域固有の要因による変化分であるということができる。これを「産業内格差要因」とよぶ6

この考え方に基づき、産業構成要因を横軸に、産業内格差要因を縦軸にとった平面上に就業者数の変化をプロットすることができる。横軸方向は産業構成要因を表すので、右に行くほど全国平均の就業者変化率が高い産業のシェアが高いことを、左に行くほど変化率の低い産業のシェアが高いことを示す。縦軸方向は産業内格差要因を表すので、上に行くほど同一産業でも就業者の変化率が高いことを、下に行くほど同一産業の就業者変化率が低いことを示すことになる。

2010年から2015年までの各地域の就業者数変化率の全国平均からの乖離を分解してみると(第1-2-3図)、産業構成要因を表す横軸方向のばらつきはほとんどなく、産業内格差要因を表す縦軸方向のばらつきが、各地域の就業者数の変化の違いを説明していることが分かる。例えば沖縄は全国よりも3%程度就業者数の増加率が高いが、これは産業構成の違いによるものではなく、同じ産業の中でも沖縄では他の地域よりも就業者が増加していることを示している。北海道もほぼ縦軸上にあるが産業内格差要因は他地域に比べて大きくマイナスとなっており、同じ産業であっても他の地域よりも就業者を減少させていることが分かる。四国も北海道程ではないが産業内格差要因が大きなマイナスとなっている。他の地域はほぼ原点周辺に集中しており、各産業が全都道府県平均並みの就業者変化率となっていることを示している。

(北海道、四国では建設業、医療・福祉業の産業内格差要因が就業者数を引き下げ)

各地域の産業内格差要因の動きを産業別に分解すると(第1-2-4図)、北海道、四国など産業内格差要因がマイナスの地域では、建設業及び医療・福祉がマイナスに寄与しており、これらの業種で全国よりも就業者の伸びが小さい。産業内格差要因のプラスが大きい沖縄では、多くの産業がプラスに寄与していることも分かる。また東北は東日本大震災の前後の比較となっており、建設業がプラスに寄与する一方、製造業がマイナスに寄与するなどの特徴的な動きとなっている。

(付加価値額の変化の地域差も主として地域固有の要因による)

次に各地域の実質付加価値(実質GDP)の変化率についても、どの程度が産業構成の違いによるもので、どの程度がそれ以外の地域固有の要因によるものかを分解してみる。就業者数と同様に産業構成要因と産業内格差要因に分解し、平面上にプロットしてみると(第1-2-5図)、やはり各地域とも縦軸周辺に集中しており、産業内格差要因のばらつきが付加価値額の変化の散らばりの多くを説明している。産業内格差要因は、沖縄、東北、東海が全都道府県平均より高くなっている一方、平均より低い地域は多くの地域にわたっている。

こうした産業内格差要因の産業別寄与をみると(第1-2-6図)、沖縄については農林水産業を除く全業種がプラスに寄与しており、就業者数と同様に多くの産業で沖縄固有の要因によって付加価値が平均よりも高い割合で増加していることが分かる。また東北については、建設業のプラス寄与が最も大きく、産業内格差要因のほとんどを説明している。東海、北陸では製造業のプラス寄与が大きいが、北陸では電気・ガス・水道・廃棄物処理業のマイナス寄与が大きく相殺して付加価値額の伸び率は平均を下回った。

(一部の地域で生産性上昇率を大きく左右する製造業の産業内格差)

これまで、2010年から2015年までの各地域の労働生産性の変化率の違いを実質付加価値要因と就業者数要因に分け、更にそれぞれを産業構成の違いで説明される産業構成要因と産業内格差要因に分解した。つまり、労働生産性の変化率はこの4つの要因に分解し直すことができる(第1-2-7図)。

総じて実質付加価値にせよ就業者数にせよ産業構成要因の寄与は小さく、生産性上昇率の地域差を左右しているのは産業構成の違いでは説明できない産業内格差要因であることが分かる。産業内格差要因を製造業と非製造業に分けてみると、製造業は就業者数要因が小さく、実質付加価値要因でほぼ産業内格差要因が決まっている。製造業のプラスの寄与が目立つのは東海、北陸、次いで北関東であり、マイナス寄与となっているのが九州、近畿、南関東である。製造業の総付加価値に占める割合が全国ベースで20%程度であることを考えると、そうしたシェア以上にこれらの地域では製造業の産業内格差が生産性の増加率に影響を与えている7

非製造業では実質付加価値要因が東北や沖縄で押し上げ、北海道や北陸で押し下げている。一方で、就業者数要因が反対方向に作用しているため、生産性変化率への寄与を抑制しているが、その程度は小さい。例えば、東北においては東日本大震災の復興事業を反映して、建設業の付加価値が大きく増加し、就業者数はそれ程増加しなかった結果、生産性が高まった。反対に大きくマイナスの寄与となっているのは北陸、甲信越、北海道である。北陸では電気・ガス・水道・廃棄物処理業の、甲信越では建設業の付加価値の伸びが平均より大幅に低く、就業者数はそれ程変わらなかったことから、生産性上昇率を押し下げている。

3)地域の供給力の向上に向けて

本章では、我が国経済の大きな課題である人手不足問題について、その地域ごとの動向を分析した。人手不足感は各地域で強まっているが、特にサービス業を中心とした非製造業における人手不足感はより深刻である。また、リーマン・ショック前の景気回復期に比べ、2012年以降の今回の回復期では就業者の増加による失業率の押し下げが広範に見られている。そうした労働市場の需給のひっ迫の一方で、多くの地域で職業間ミスマッチの度合いに上昇が見られ、一部の職業に求職者が集中することにより就業に至らないケースが多くあることを示唆している。また、こうした需給動向を反映して賃金が上昇することが期待されるが、有効求人倍率が高い都道府県で賃金が高い傾向が明確にあるのはパート労働者に限られること、一般労働者にせよパート労働者にせよ、賃金上昇には生産性の上昇が重要であることを見た。

このような地域の人手不足問題に対処するためには、まず女性や高齢者、外国人といった労働者の活躍を促すことが重要である。女性の労働力率も高齢者の労働力率も地域によってばらつきがあるが、両者とも、それぞれ5年前にトップレベルの地域が実現していた労働力率を、現在ではほとんどの地域が達成していると共に、そうしたトップレベルの地域の労働力率は更に上昇を続けている。外国人労働者も、東海や南関東といった地域では全就業者の3%近くを占めており、現在新たな外国人材受け入れのための在留資格の創設が検討されているところである。

同時に、労働生産性の向上も不可欠である。地域別にみた生産性水準及びその伸び率には大きなばらつきがあり、それは今回の景気回復局面においても縮小しているとは言えない。また、すべての地域で非製造業の生産性が製造業の生産性を下回っている。2010年から2015年までの生産性伸び率の地域差を分解してみると、産業構成の違いでは説明できない実質付加価値の伸びの違いに大きく影響を受けていることが分かった。今後地域の生産性を高めていくためには、サービス業を中心とした非製造業の生産性を高めていくことと、産業内の生産性の底上げを図っていくことが重要である。

(コラム3:就業者数・実質付加価値の地域間のばらつきの長期的推移)

本文で行ったシフト・シェア分析により、就業者数・実質付加価値の変化率の産業構成要因・産業内格差要因が長期的にどのように推移してきたかをみてみよう。

就業者数について、1995年から直近の2015年までの20年間の変化について、シフト・シェア分析を行った(コラム図1-3-1)。これをみると、地域のばらつきは2005年から2010年までの期間で産業構成要因・産業内格差要因ともに最大となっている。この期間には全国の就業者数の減少率が最大となっている点も特徴的である。直近の2010年から2015年までの期間では、沖縄を除き原点中心に集まっており、地域差が小さくなっていることがうかがえる。

実質付加価値額についても、同様のシフト・シェア分析を行って2001年度から2005年度の4年間、2005年度から2010年度の5年間、2010年度から2015年度の5年間を用いて比較すると、産業構成要因のばらつきは縮小傾向にあることがわかる。産業内格差要因は沖縄を除くとばらつきは縮小する傾向にあるが、就業者数の変化と比べるとその程度は小さくなっている(コラム図1-3-2)。

このように、就業者数についても実質付加価値についても、産業内の変化率較差、産業間の変化率較差とも概して小さくなっていることが分かる。こうした均質化の傾向を踏まえ、今後の地域政策や産業政策を考えていくことが望まれる。


脚注6 シフト・シェア分析を用いる多くの先行研究では産業構成要因を「産業格差成分」、産業内格差要因を「立地格差成分」と呼んでいるが、ここでは説明の便宜のためこのようにした。
脚注7 なお、ここでは製造業をそれ以上細分化せずに分析しているため、「製造業の産業内格差」にはより細かい分類での産業構成の影響が含まれていることには留意が必要である。
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