第3章 第2節 1.地域内の循環を目指すサービス業

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第2節 「地際(ちさい)力」を活かす

次に、地域外需要の活用等、外の地域との交流を活発化・深化させることで地域経済活性化を推進する「地際力 」3についてみていこう。

1.農林水産物輸出拡大で地域経済活性化

農林水産業は全産業に占めるシェアでこそ傾向的な低下がみられるが、地方圏の域内総生産に占めるシェアは依然として全国平均より高く、地方においては重要かつ必要不可欠な基幹産業である。地域経済の再生において、農林水産業の活性化が果たす役割は大きいといえるだろう。そこで、農林水産業を振興するために何をすればよいのか。ここでは、その方策の一つとして、輸出拡大に着目して考えてみる。

我が国の農林水産物輸出は、規模は小さい(07年の輸出総額の0.5%)ながらも、このところ着実に増加している。近年、輸出増加が顕著な農林水産品目について、具体的な取組事例をみることによって、輸出増加のヒントを探ってみよう。

(1)農林水産物輸出開始の動機等

農林水産物輸出を始めた理由や契機は、個々の事業者ごとに様々なものがある。しかし、具体的事例をみると、ある程度の共通点も認められる。

国内市場では、食生活の欧米化や生産コストの上昇、輸入農林水産物の増加等を背景に、国産品に対する需要が低迷している。また、生鮮品等の場合、豊作・豊漁になると出荷価格の暴落や低迷によって採算がとれず経営が圧迫される事態もよく起きている。例えば、北海道のスケソウダラや青森県のりんごについて、こうした点がしばしば指摘された。このため、新たな需要先として海外市場を開拓し、輸出することで少しでも国内市場での供給過剰を少なくして、価格安定化による所得確保を図りたいとの動機がうかがえる(付表3-1の事例1、2、5、10、12)。

一方、我が国の農林水産物は、これまで海外産品に比べて生産コストが高く、国際市場では競争力が弱いと思われがちであった。しかし、例えば青森県のりんごや鳥取県・石川県の梨等の日本産果実等の中には、他国ではなかなか生産できない品種や安全性の面でも高い信頼の置けるものが多くあり、少々高くとも売れるとみられる。欧米はもとよりアジアでも日本産品に対する引き合いは強く、こうした点がよく認識されるようになったことも輸出に目を開かせる契機となっている(同表の事例2~4、8、9、11)。

ただ、多くの生産者にとって海外市場は未知の市場である。どうしたら輸出で利益をあげられるか分からないという場合もあろう。誰かが仲介・支援しないと事は進まない。取り上げた具体例の中でも、例えば石川県の金沢梨や岩手の乾鮑(ほしあわび)等、産品の競争力や需要先を察知し、仲介の労を執ろうとする貿易業者や情報提供する協力者が存在することの重要性が指摘されている(同表の事例2、4、6、8)。

(2)農林水産物輸出の増加要因

次に、具体例の中から個々の農林水産物輸出が増えている要因を探ってみよう。

りんごや梨の輸出が増えている理由には、アジアにおいて日本産の高級品に対する需要が拡大していることがある(付表3-1の事例2、3、8、10)。中国やアジアNIEs等の高成長国では国民の所得水準が目覚しく向上した結果、富裕層が台頭してきており、これら人口層は自らの消費はもとより、贈答用として高品質で安全・安心な日本産農林水産物を求めるようになっている。中国では、春節や中秋節等の節句に果物を供物としたり、贈ったりする習慣がある。高級感のある日本の大玉のりんごや梨がうってつけの商品になるようである。

また、商品を需要期にうまく合わせて輸出できるかどうかも大きい。果物の収穫・出荷時期と輸出市場の需要期がずれる場合には、冷蔵保存により出荷時期を調整して輸出することができれば、輸出を増加させることができる。例えば、青森県のりんご(同表の事例2、3)はCA冷蔵庫4の普及により出荷調整ができるため、輸出を増やしている。金沢梨(同表の事例8)は、他の地域より早く収穫ができる品種のため、中国の中秋節(9月)の時期に間に合い、引合いが強いため、今後も輸出量拡大を検討している。

北海道のホタテ等のように、欧米諸国に対する水産物輸出が伸びている5のは、BSE(牛海綿状脳症)等の食の安全問題や肥満対策等の健康志向の強まり、それを背景とした「肉」から「魚」への食のシフトが起きている影響もあろう(同表の事例1、7)。

農水産物輸出拡大の背景には日本の食文化の浸透もある。日本の寿司文化の広まりによって、魚介類の輸出や上質な米の輸出が増えている。静岡茶のケース(同表の事例7)では、輸出先で「お茶の淹れ方」教室を開催する等、日本茶文化の普及に力を入れることで輸出振興を図っている。

日本の伝統文化を紹介し、PRする中から輸出を増やしているケースもある。栃木県のさつき盆栽(同表の事例5)や千葉県東金市の植木(同表の事例6)がその良い例である。15年ほど前から、ヨーロッパにおいて日本の盆栽が静かなブームを呼んでいた。それが、盆栽需要を盛り上げて、盆栽や植木の輸出を拡大させる要因になった。

農林水産物や加工食品の輸出を増やしていくためには、輸入国の検疫をクリアするチェック体制や生産技術が確立される必要がある。検疫に合格できるようにするための方法は、品目によって様々であるが、一度対応を誤れば、輸入禁止の事態を招くので、力を入れて行う必要がある。同じ栃木県のさつき盆栽のEU向け輸出では、所要の条件の下で隔離栽培すれば土が付いたままでも輸出できるようになり、輸出増加に寄与している(同表の事例5)。

ブランド力で、輸出を伸ばしているケースも多い。岩手県の乾鮑(ほしあわび)のケース(同表の事例4)が典型的な事例と言える。鮑は中華料理の高級食材であり、アジア地域を中心に引き合いが強い。岩手県の乾鮑はブランド名が確立しており、名前だけで高級品として売れる商品となっている。

また、相手国の食文化や生活習慣等の情報を仕入れ、自らの産品の競争力を再認識して輸出を伸ばす事例もある(同表の事例1、4、6、12)。例えば、韓国のチゲ鍋では具材としてスケソウダラが消費されるため、北海道のスケソウダラへの引き合いも強い。沖縄県のもずくは、高級中華料理や薬膳料理に使われる髪菜(はっさい)6の代用品や健康食品として需要があり、中国や米国等に輸出されている。

(3)地道な経済効果をあげる農林水産物輸出

農林水産物輸出は、事業の存続をかけて止むにやまれぬ動機で開始される場合もあろう。したがって、所得や雇用の明確な増加が確認できないケースもある。とはいえ、輸出を伸ばしている生産者の事例では、小規模ながらも地元で雇用を増やしたり、加工・保存設備、輸送車両等への設備投資を行ったりするケースも認められる(付表3-1の事例2、4、10)。また、千葉県の植木のように、大量注文に応じてまとまった数量を確保するため、地域全体が協力して輸出に取り組むことで地域の活性化につながっているケースも報告されている(同表の事例6)。青森県のりんごのように、輸出事業の中で獲得した資格・ノウハウによって更に市場を拡大したり、同業者への普及でその輸出能力の向上に貢献する事例もみられる(同表の事例2)。中には、予想以上の成果から、愛媛県の活魚や金沢の梨のように、能力増強や栽培面積の拡大を計画する等、事業を積極的に発展させようとする事例(同表の事例5、8、10)や、熊本県のいちごのように、輸出品によっては国内の他産地と厳しい競争をしている事例もあり(同表の事例11)、競争の中から品質向上や品種改良、保存・流通技術の向上が進んで、更なる輸出拡大につながる効果も期待される。


3. 国境を挟んだ、或いは越えた関係を『国際』と呼ぶのに準(なぞら)え、本報告では、地域と地域の境を挟んだ、あるいは境を超えた関係を『地際』と呼び、地域外需要の開拓や活用、地域外資源の取り込み等によって地域活性化や地域再生を推進する能力を「地際力」と呼ぶことにした。
4.
CAとはControlled Atomosphereの頭文字であり、従来の冷蔵保存にガス濃度の調整を加えることで、より長期間、新鮮に保存させる貯蔵システム。
5.
北海道の水産物輸出の約半分は中国へ輸出され、中国で加工された後、欧米で消費されている(北海道漁業協同組合連合会)。
6.
中国内陸部(内モンゴル自治区、狭西省、青海省等)の乾燥地の草原で毛髪状に群生する藍藻の一種。「髪菜」と財を成す意味の「發財」とは発音が近く、慶事の食材とされてきた。中国では、乱獲による表土流失といった環境破壊が進み、2000年に採取・販売が禁止されている。

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