第3章 第1節 1.人材の「結輪」

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前章で地域における人口減少の実態や背景等についてみてきた。人口減少が進めば、地域の活力を大きく損なう可能性がある。こうした問題が特に危惧される地方圏において、人口減少による悪循環に陥らず、効果的に経済を活性化させるにはどのようにすればよいのであろうか。

幸い、近年こうした疑問に答える動きが各地で盛り上がりをみせている。これらの動きを、幾つかの観点から類型化を試みると、3つの「新しい波(ヌーヴェルヴァーグ)」と捉えることができる。第一は、色々な地域資源を的確に結びつけ、融合化することで地域経済の底力や強みを発揮させる「結輪(ゆうわ)力」の波である。第二は、地域外需要の活用等、外部との交流を促進・深化することによって地域経済の衰退を食い止め、経済活性化を図る「地際(ちさい)力」の波である。第三は、地域の住民や民間団体等が主体となって、行政に頼らない形で公的サービスを提供しながら、地域の課題に取り組む「住民力」の波である。

以下では、この3つのヌーヴェルヴァーグについて、具体例を紹介しつつ、地域経済活性化の方向性を探ることとしたい。

第1節 「結輪(ゆうわ)力」を活かす

人口が減少していくなかで地域活性化を図るには、地域内の資源を有効に活かしていくことが不可欠である。特産品や工芸品、それらを支える人材や技術、豊かな自然や文化など、地域にはそれぞれ資源があり、各地域はそれらを磨き上げることで地元の活性化を図ろうと試みているが、資源一つ一つを磨くだけに止まらず、連携させることで新たな相乗効果を生み出すことも可能である。その際、連携を担う経営マネジメント能力に長けた人材の存在や、連携の後に効果が発揮できるようサポートする体制作りも必要であり、それらを含めた地域ぐるみでの活性化への取組が各地で見られている。

ここでは、地域内の資源(人材、モノ、環境、文化等)をうまく結び付けることで地域経済の底力を顕在化させる、または、外部からの資源をうまく取り込み、地域内の資源とつなぎ合わせることで地域経済の持つ強みを発揮させる、といった地域資源の「結輪」による活性化策に取り組む事例を取り上げる。

1.人材の「結輪」

人口流出や高齢化に悩む地域は数多いが、そこに住む人達の熱意や創意工夫を結び付け、地域おこしを進めることは可能である。例えば、その土地に長く住む高齢者は、地域のもつ魅力を最もよく知る人材でもあり、そうした人材の持つ力に新たなアイディアを加えることで思わぬ方策を生み出すこともできる。「葉っぱビジネス」 1を成功させた徳島県上勝町(かみかつちょう)はその代表的な一例であろう。また、地域資源を軸に地域外から人材を呼び寄せ、意欲を持って参入してくる人材の熱意を活かして資源のさらなる活性化を図る策もある。

このように、世代間、地域間の人の交流を促すことで、地域が意欲を持って資源の活用、活性化に取り組む事例を、人材の「結輪」と捉えることとする。人口規模が縮小していく地域において活性化を図るにあたっては、そこに住む人たちの潜在力、意欲を引き出し、つなぎ合わせることで地元を活気付かせるとともに、地域外から人を引き付け、さらには地元への定着を図っていくことが鍵となるであろう。

(1) 働く意欲と働きやすい環境との「結輪」

働き手が減っていく地域では、より働きやすい環境を提供することで、地元に潜在する働き手(主婦、高齢者など) を掘り起こしつつ、地域外から新たに働き手を呼び寄せようという事例もみられる。

紅葉の名所として有名な愛知県の足助町(あすけちょう)では、観光客を呼び寄せる策として、宿場町らしい漆喰壁と黒瓦の残る町並みを保存し、古くから伝わる雛人形の展示イベントなど地元に残る文化を軸とした企画も次々に打ち出し、観光客の増加に成功している。こうした取組には地元の高齢者がシルバー人材として活用されており、雛人形イベントでは語り部として、町内の宿泊施設では、ハム工房、パン工房の働き手として様々な場で活躍している。地元人材の掘り起こしに成功した背景には、町おこしへの熱意に加えて、その柔軟な勤務体制もあるとみられる。前述の宿泊施設では40人程度の高齢者が勤務しているが、60歳以上の人には週3、4日勤務や冬場は休みなどの勤務体制が可能となっており、70歳を過ぎても活躍する職員が絶えない。

また、長野県の小川村では、高齢者の多い村の活性化策として、山菜・野菜の漬物や長野の伝統的な郷土食である「おやき」等を加工製造する会社を起こし、「60歳入社、定年なし」として、高齢者を積極的に雇用している。「歩いて通える範囲(畑に出るような感覚)で地元の高齢者たちが集まって働く」ことができるよう、村の数か所に「分散型の工房づくり」を進めるという形で雇用を創り出しており、高齢者の働く意欲の掘り起こしと、郷土食という地元の資源の活用に成功している。

より柔軟に働ける場を提供するために、パソコンやインターネット等を用いて自宅や自宅周辺での勤務を可能とするテレワークの推進に取り組むケースもみられる。

滋賀県近江八幡市では、「近江八幡に一度行ってみたい、ずっと住み続けたい」と思われるまちづくりを目指してテレワークの活用が着目され、2005年に地方都市としては初めて市役所職員対象に実験的に導入された。また、高知県では、都市圏以外での雇用を促すため、テレワークの活用を進めている。財政難にあえぐ同県庁では業務の外部委託を検討していたが、地元のSOHOや高齢者、障がい者などに外部委託することとし、それによってテレワークを支援することにした。さらに、市民を対象としたインターネット市民塾を開き、人材のスキルアップを図るとともに、テレワーカーの養成講座の実施やテレワーカーの勤務管理などについて、地元の女性で構成される特定非営利活動法人(以下、NPO法人)と連携し、まさに地域ぐるみで、人材の底上げ、雇用促進を進めている。

テレワークには依然課題も多いものの、働きやすい環境づくりの一環として、取り組む自治体は少なくない。総務省では、08年夏に、釧路や函館など北海道の6市町で、道外企業の社員や家族に協力を求め、短期移住型テレワークの実証実験を行った。交流人口の増加にもつながりうるこうした取組はまだ始まったばかりであるが、今後の進展に期待が持たれる。

(2)農業を選択する人材との「結輪」

農業体験や農村留学など、地方圏の強みである農林水産業を軸として交流人口を増やそうという試みは各地でみられる。さらに、交流にとどまらず、意欲を持つ地域内外の人材と後継者に悩む農家等を結び付け、農林水産業の担い手を育み、地元農業の底上げを図ろうといった動きも数多い。

農業就業者は後継者不足のなかで年々減少しつつあるが、他方で、新規就農者が徐々に増えつつある。農林水産省「新規就農者調査」をみると、新規就農者数は1995年の4.8万人から、2006年には8.1万人へと増加、07年には7.3万人と前年比では減少したが、他方で、農業法人の増加を背景に、雇用就農者が7,290人(うち非農家出身者は5,760人)と、前年に比べ780人(12.0%)増加した。

2006年の新規就農者を年齢別にみると、60歳以上が3万8,800人(47.9%)と大半を占めるものの、39歳以下の比率が2002年の14.9%から18.2%へと拡大しており、若い世代の増加もみられる。また、2006年に全国農業会議所が行った就農者に対するアンケート調査では、就農理由について「自ら采配を振れるから」、「やり方次第でもうかるから」との回答が、いずれも2001年調査時よりもシェアを高めている。年代別にみると、若い世代ほどこれらの回答比率が高く、農業に様々な魅力を見出す動きがみられる。

また、就農した若年層が、農業に新たなビジネスモデルを吹き込む事例も出ている。例えば、千葉の兼業農家を実家に持つ若手の人材が、起業塾などを経て設立したNPO法人を通じて、インターネットを介したお米の産地直送販売の支援事業や、農業体験イベントの開催など、農家と販売者を仲介する活動を展開している。

農業への参入は資金の調達や農地の確保など様々な課題も多いことから環境整備は必要なものの、食の安全がより重視され、食料品の国産志向が根強いなかにあっては、こうした農業を軸とした人材の融合が活性化を促す要素となりうる。

(3)地域外の人材との「結輪」

地方圏で人口減少が続く一方、団塊の世代を始めとした、地方圏へのUターン、Iターンの動きもみられる。2006年に社会保障・人口問題研究所が実施した「人口移動調査」によれば、生まれ故郷を一旦離れた後に、地元に戻ってくるUターン率が男性34.1%、女性30.2%とともに3割を超え、同じ調査方法をとった1991年以来の最高値となった。

前回調査(2001年時)と比較すると、男性、女性ともに40歳代後半から50歳代後半の世代が多く、今後団塊の世代が調査対象に入ってくれば、さらに上昇することも考えられる。調査時点が景気回復局面にあり、地方圏でも雇用情勢が改善していた等の好条件もあったとみられるものの、地元志向の根強さがうかがわれる。

地元へのUターン、Iターンを促そうと、各地域とも様々な手法を凝らした取組を進めている。地元への移住を促す施策は多くの地域が行っているが、そのうち北海道では、移住体験事業「ちょっと暮らし」を2006年度から開始している。利用者は初年度(37市町村)の417人から、07年度(44市町村)は616人に増加し、08年度上半期では前年同期比42%増の599人に広がった。そのうち、移住につながった利用者は32人となり、2008年度も56市町村が参加している。2008年に行われたアンケート調査(調査対象100人)によれば、22%が「道内への移住を考えている」と回答しており、徐々にではあるが効果をもたらしつつある。

(4)熱意を持った人材との「結輪」・・・公募による外からの人材登用

地域が事業を起こす際に、事業のキーパーソンを地域内外から広く公募するケースも多く見られる。公募は、適切な人材が見つかるかという点では未知数であるものの、熱意ある人材を呼び寄せる意味で思わぬ成果が期待できる。団塊の世代のみならず地元に貢献したいというUターン希望者、地方で活躍したいと考えているIターン希望者を惹きつける契機にもなりうる。また、話題づくりにもなるため、地元の関心を惹き、サポート体制を促すといった副次的効果も生じ得る。

例えば、平戸観光協会(長崎県)では、2006年に事務局長を公募し、東京在住の人材が選ばれた。その後、平戸での滞在日数増を図るため、「泊食分離」(夕食は宿では取らなくとも可能とし、自由度を高め、街中を出歩いてもらうようにした)を旅館に了承してもらい、飲食店との連携を図るなど、地域ぐるみで滞在型観光を提供している。山歩きコースを作るなど、3泊楽しめるツアーを提案する等で、連泊客を増やそうという試みも行っている。

また、ひたちなか海浜鉄道・湊線(茨城県)では社長が公募で選ばれた。新社長は、経営危機にあった路面鉄道・万葉線(富山県高岡市)の立て直しに関わった人材でもある。地元のサポートグループ「おらが湊鐵道応援団」の協力(ホームページ立ち上げ、開業イベントへの協力等)もあり、湊線の利用者は2006年度の約70万人(15年前比で半減)から徐々に増えつつある。ゴールデンウイーク中の音楽コンサートなどの開業イベントには1,000人以上が訪れるなど、鉄道ファンをも広く取り込み、地域の活性化を進めている。


1.
「葉っぱビジネス」とは、日本料理を美しく彩る季節の葉や花、山菜などを、季節に先駆けて青果市場に出荷できるように農家が栽培して販売する農業ビジネスのひとつ(横石知二著「そうだ、葉っぱを売ろう!」)。

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