第1部 第2章 第1節 グローバル化に適応する地域の製造業 2. [事例2-4]

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[事例2-4]熊野筆(広島県安芸郡熊野町)

[グローバル化への対応]

  • 和筆の伝統技術を活かし、画筆やメイクブラシを生産
  • 高品質なメイクブラシが、世界的に高い評価

メイクブラシ

江戸時代末期の熊野では、平地が少ないために農業だけでは生活が苦しく、農閑期を利用して奈良地方から仕入れた筆や墨を行商していた。後に広島藩の工芸推奨で販売先が全国に広がり、当地での本格的な筆づくりが始まった。

明治時代に義務教育制度が始まると、学校で習字筆が使われたため、生産量は増加していった。しかし、戦後に習字教育が一時廃止(45~58年)されると、逆に生産量は大きく減少した。この苦境を乗り越えるために、和筆の技術を活かした画筆やメイクブラシを生産するようになる。

熊野町は都市近郊であるが四方を山に囲まれた盆地であるため、高度成長期に新しい工業が流入しなかった。他の筆生産地が衰退するなか継続して筆づくりが行われ、75年には広島県で初となる伝統的工芸品の指定を受けている。現在、人口の1割に当たる約2,500人(和筆1,500人・画筆500人・メイクブラシ500人)が筆づくりに関わっており、18人が伝統工芸士(20)と認定されている。和筆、画筆、メイクブラシのいずれも、国内生産の80%以上を占めている。

筆づくりを後世に伝えるために

熊野筆では、他の伝統技術と同じように、後継者不足が起きている。筆づくりは根気がいる手作業が多く、若者が家業の継承に消極的である。加えて、近隣都市への交通が便利になり、町外で筆づくり以外の仕事に就く選択肢が増えているためである。この対策として、熊野町や熊野筆事業協同組合では、後継者を育成しようとする会社への原材料提供や、筆づくりの勉強会開催を試みており、少しずつではあるが後継者が育ってきている。

また、94年に文化的拠点として、「筆の里工房」が設けられた。筆の歴史や筆によって表現される美術の紹介、筆づくりの実演見学と製作体験、町内の老舗30社により常時1,500本の筆販売等、「筆の都 熊野町」の中核をなしている。

高品質へのこだわりが成功につながる

メイクブラシの生産は、和筆の生産減少を補てんするために始められたが、伝統技術を活かし、世界中で使われる商品に成長している。以下では、先駆的に海外進出を果たしたM社の事例を紹介する。

M社の設立は74年で、家業の和筆屋から独立した。メイクブラシが持つ将来性に着目した結果、現在の月間生産量は約50万本まで拡大している。2004年7月期の売上は9.5億円に及び、世界の高級メイクブラシ市場の約60%を占める世界一企業である。

「筆は道具なり」という信念を掲げており、高品質で使いやすいもののみを製作している。筆の検品に一切妥協せず、少しでも納得できないものは市場に出さないというこだわりを持っている。簡易な初期工程では一部自動化もしているが、大部分は手作業であり、使用する機具は重要である。製造業を定年退職した加工技術者を再雇用し、その熟練技巧を備えることにより、製作工程で特殊な機具が必要な時には、素早く適切な対応をしている。また、筆軸等の関連企業が集積する熊野町の方が完成度の高い製品を作れるため、安価な大量生産を求めた海外への工場移転は考えていないとのことである。

創業当初、卸業を通す販売経路が一般的であり、高品質よりも低価格が求められたため、販売は不振だった。しかし、高品質なものを提供したいという思いから、社長自ら試供品を持って海外へ渡り、有名ブランド企業や一流メークアップアーティストへ直接に売り込みを図った。見事に高い評価を獲得したM社のメイクブラシは、海外の有名ブランドのOEM(相手先ブランド生産)の商談がいくつも成立する。

国内販売についても、96年にいち早く卸業を通さずに済むインターネット販売を開始した。2001年に化粧品に関する口コミホームページと共同で「こんなメイクブラシが欲しい」という声を反映した自社ブランド商品を開発したところ、限定500組は数時間で完売し、メイクに関心を持つ女性達の間で、M社のブランド名が認知された。その後、国内販売は好調であり、2003年には東京の青山に初の自社ブランドの路面店を開設している。

今後は、国内のみならず海外でも、自社ブランドの展開に力を入れていく。既にロサンゼルスに事務所を開設したほか、ニューヨークやパリでの販売も計画中である。

伝統工芸品から世界商品へ

M社の成功を契機に、他の熊野筆製作会社もメイクブラシ市場へ参入してきている。戦後の習字教育一時廃止に伴い新たな品種製造を始めたことに続き、メイクブラシの世界展開が熊野筆の新たな転機となる可能性も秘めている。

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