第1部 第2章 第1節 グローバル化に適応する地域の製造業 2. [事例2-3]
[事例2-3]有松絞り(愛知県名古屋市)
[グローバル化への対応]
- 国際会議の開催をきっかけに新しい絞りの概念が誕生
- 伝統とハイテク技術を融合
絞りとは、染料がしみこまないように布地を糸でくくった後に染めることにより、糸を抜いたときに染まらない部分が白く残って様々な模様を作り出す染色法である。糸のくくり方によって何種類もの複雑な模様を描くことができ、着物や手ぬぐいなどの絵柄を描く技法として長い歴史がある。
なかでも有松絞りは400年近い歴史があり、数ある絞り工芸の中でも最も糸をくくる技法の種類が多いとされる。機械化が難しく、現在もすべての作業は熟練した技術者による手作業で行われている。日常生活における和服離れもあり、99年から2003年の間に生産額は約25%落ち込むなど市場は縮小していた。
以下では、有松絞り製品の老舗企業(以下L社)を中心とした有松絞りの活性化への取組を紹介する。
国際絞り会議の開催
92年、地場産業としての絞りの活性化を目的として、L社の社長が実行委員長を務め、「第1回国際絞り会議(19)」が愛知県名古屋市で開催された。この会議は、世界各地から集まった絞りのデザイナーや研究者に一般市民も加わり、10万人規模の盛大なものとなった。
会議の中で、アメリカのスミソニアン博物館の研究員の発言をきっかけに、絞りによってできる「シワの造形の美しさ」にスポットが当てられた。これまでは、白く残った部分を模様として見せるために、染色後にできたシワを湯通しし伸ばして製品化していたが、絞りによってできるシワのそのままの造形に魅力があるとされたのである。
ハイテク技術との融合
L社などは研究を重ね、形状記憶加工というハイテク技術を利用して絞りのシワの造形を固定化することに成功した。この布を使った作品が、布のひだにこだわりを持つ日本の有名デザイナーによって93年のパリ・コレクションで発表されたこともあり、絞りによってできるシワの造形に世界のアパレル・ファッション業界の注目が集まることとなった。
世界へ進出
以前の絞りと海外の関係は、中国からの低価格かつ高品質な絹などの輸入、又は「くくり」とよばれる加工工程の中国企業への一部委託に限られていた。L社は、有松絞り独特の造形を形状記憶加工によりそのまま活かした布を使った洋服を作成し、2000年には自社ブランドとして全米55の専門店と販売契約を締結するに至った。
特許に対する取組
欧米では、有松絞り独特の造形を形状記憶加工によりそのまま活かす製法特許を取得していたものの、2001年以降、欧米の複数の大手ファッションチェーンに中国製の模倣品が出回ることとなった。
訴訟を検討したものの、「欧米で訴訟を行う必要があり、費用がかかる」「見てすぐ分かるデザイン特許でなく、製法特許であるため、模倣品が同じ製法で作られた物であることを証明する必要があり、訴訟に時間がかかる」といった問題から、実際に訴訟を起こすことはできなかった。
この経験から、現在では製法特許とともにデザイン特許の重要性も認識し、今後の新製品の海外展開に活かすこととしている。
今後の展開
染色のための技術であった絞りに、美しい造形を作るための技術という新しい側面が認められたことにより、様々な素材を様々な用途で利用する可能性が開かれることとなった。L社では、絞り技術に様々なハイテク技術を融合する研究を行っており、さらなる海外展開の一環として、パリの「プルミエールビジョン」やアメリカの「マーケットウィーク」などの見本市への出展を計画している。また、絞りの技術をインテリアへ利用する試みも始まっている。