平成3年
年次世界経済報告 資料編
経済企画庁
III付属論考
2 マーストリヒト欧州理事会(EC首脳会議)における合意内容について
杉田 浩一
1991年12月9~10日,オランダのマーストリヒトで開催された欧州理事会(EC首脳会議)で,経済・通貨統合(EconomicandMonetaryUnion),政治統合(EuropeanPo1iticaiUnion)に関する話し合いが行われ,「欧州連合」創設を目指した「欧州連合条約」について基本合意が成立した(1992年2月7日調印)。
概要は以下のとおり。
締約国は,この条約により欧州連合(Union)を創設する(「連邦制」をうたった部分は削除)。
① EMU第2段階について
(1)第2段階は,1994年1月1日から開始する。同時にECUの構成比率を凍結する(イギリスのハードECU案は,採用されずに終わった)。
(2)欧州通貨機構(EuropeanMonetaryInstitution)を設立し,加盟各国の通貨・金融政策の恊調促進,欧州通貨制度(European Monetary System)の監督,ECU(EuropeanCurrencyUnit)の利用促進,E CU紙幣の技術的準備の監督などを行う。
② EMU第3段階への移行について
(1)EC委員会及びEMIは閣僚理事会に対し,加盟各国の経済状況の収れんの達成状況について,次の4指標を中心に報告を行う。
(i)消費者物価上昇率が,1年以上にわたり,低い方から多くとも3か国の平均プラス1.5%高以内であること。
(ii)財政赤字額がGDPの3%以内であり,かつ,累積残高がGDPの60%以内であること。
(iii)EMSの為替相場メカニズム(Exchange Rate Mechanism)に定められた変動幅(現在イギリス,スペインは上下各6%,その他は同2.25%,ギリシャ,ポルトガルはERMに現状未加入)を尊重し,最低2年間通貨の切り下げを行っていないこと。
(iv)長期金利の水準が,1年以上にわたり,物価の落ち着いている多くとも3か国の平均プラス2%高以内であること。
(2)閣僚理事会は,これらの報告をもとに,EC委員会の勧告にもとづき,欧州理事会(EC首脳会議)に対し,特定多数決で,
(i)各加盟国が単一通貨採用のために必要な条件を満たしているか。
(ii)加盟国の過半数(注)が単一通貨採用のために必要な条件を満たしているか。
について判定し,勧告する。
また, EC議会は協議を受け,欧州理事会(EC首脳会議)に意見を出す。
(3)欧州理事会(EC首脳会議)は,これらをもとに,
(i)1996年12月31日までに,特定多数決をもって,加盟国の過半数が単一通貨の採用に必要な条件を満たしているかを評価し,EMU第3段階に入ることが適切であるかどうか,及び,
(ii)第3段階を開始する日付
を決定する。
(4)もし,1997年12月31日までに,第3段階を開始する日付を決定できなかった場合は,第3段階は1999年1月1日をもって開始する。この時に第3段階に移行する国の数は,加盟国の過半数でなくともよいが,移行する国は再び上記の(1)~(3)の手続きにより1998年7月1日までに決められる。
(5)第3段階開始の日の決定後,速やかに,適用除外国(この時に第3段階に移行しない国)を除く加盟国の政府は,欧州中央銀行(European Central Bank)設立の準備を行う。
(6)欧州中央銀行制度(European System of Central Banks・ 注 )及びECBの全権限の行使は,第3段階の最初の日から開始され,ECBの設立をもって,EMlは解散する。
(7)第3段階の最初の日に,閣僚理事会はEC委員会の提案にもとづき,ECBとの協議を経て,移行国の全会一致により,これらの国の間の通貨を固定する為替レートを採択し,各国通貨はECUに置き換えられる。
(ECBの組織)
(1)執行理事会(組織,副総裁及び4人の理事)政策委員会(執行理事会メンバー及び各国中銀総裁)
(2)政策委員会が金融政策のガイドライン決定→執行理事会がそれに沿って,日常的な監督業務を遂行→各国中銀は,ECBの指令にもとづき業務を行う
③ イギリスにかかわる付属議定書
争点の一つとなっていた,いわゆるOpt-Out条項(第3段階への移行を強制されない)は,条文からは削除され,付属議定書に盛り込まれることとなり,かつ,イギリスのみに適用されることになった。概要は以下のとおり。
(i)イギリスは第3段階に移行する意思を閣僚理事会に通知しないかぎり,移行を強制されない。
(ii)第3段階開始後,イギリスは必要な条件を満たした場合にのみ,第3段階に移行する権利を有する。
なお,デンマークについても,同国が国民投票により,不参加を表明すれば,第3段階の不参加国となることができる旨を定めた付属議定書を作成した。
④ 財政赤字に関する条項
(1)加盟各国は,過度の財政赤字を避けなければならない。
(2)EC委員会は,次の2点から,加盟各国の財政政策スタンスについて判定する。
i)財政赤字(予算もしくは決算)のGDP比率が3%以内。ただし,3%を超えていても,
a. 比率が大きく下がり続けてきており,3%に近い水準になっている場合
b. 赤字増大が,例外的,一時的なものにすぎず,比率が3%に近い水準にある場合は,除く。
ii)赤字の累積残高がGDP比で60%以内。ただし,60%を超えていても,残高が減少過程にあり,満足できる速さで60%に近づきつつある場合は除く。
(3)上記の条件のうちひとつでも満たさない場合には,閣僚理事会は,最終的にその国に対し,次の4つの罰則のうちひとつ以上を適用する。
i)国債発行時には,そのつど財政状況に関する情報をあらがじめ開示する。
ii)欧州投資銀行(EIB)に対し,その国への融資方針の再考を促す。
iii)適当な額の無利子預金を赤字が縮小するまでECに供託させる。
iv)適当な額の罰金を課す。
① 欧州議会の権限強化
いくつかの限定された分野(厚生・文化・消費者保護・研究・環境・交通・コミュニケーションなどの一部の事項)の立法過程において,欧州議会に対し,拒否権が認められた。
② 共通外交・安全保障政策
(1)閣僚理事会は,共同行動を採択する時,及び,その実施の各段階で採択を行う時は,特定多数決で採択する事項を定義する・ただし,加盟国は,その決定について特定多数決が存在する場合でも可能な限り,全会一致を妨げないようにする。
(2)欧州連合は,西欧同盟(Western European Union)を不可欠の一部分として位置づけ,防衛面での行動の実行などを要請するが,同時にN ATOの枠組みによる共通の安全保障政策を両立させる。
③ その他
このほか,注目すべき事項としては,
(1)欧州市民権に関する宣言が出され,自国以外の加盟国に住むすべての欧州連合市民はその国の国民と同じ条件で,地方自治体選挙及び,欧州議会議員選挙の投票権,立候補権を有することとなった。
(2)経済・社会格差の是正に関し,スペイン,ギリシャ,ポルトガル,アイルランドの主張を入れ,格差是正強化のための方策について,新たな構造基金創設の可能性を規定するとともに,付属議定書において,「格差是正基金」を93年末までに設立し,構造基金の柔軟な適用を図ること,などが合意された。
(3)共通社会労働政策については,イギリスの拒否により,条約には盛り込まれず,他の11か国が条約外の規定により,実施を図ることで妥協した。
4. 総 括
以上を,主要国の立場からみてみると,
ドイツの ① 経済状況の収れん度を重視
② ECBの独立性
③ 欧州議会の権限強化
フランスの ① EMU第3段階移行のタイムリミット(99.1.1)の設定
② 単一通貨に現行ECUを採用すること
イギリスの ① 「連邦制」文言削除
② EMU第3段階への参加を強制されない(ハードECU案の代案ともみられる)
③ 共通社会労働政策を条約に盛り込まない
スペインなどの ① EC内の貧しい国への援助の約束
などの主張は,それぞれ程度の差はあれ,反映されることになった反面,
イタリアの ① EMU第3段階移行のための条件の緩和
は,認められず,イタリアはEMUに関し,厳しい立場に立たされることになった。
なお,イタリアは,12月12日,インフレの主因ともいわれるスガラ・モビレ(賃金の物価スライド制)の廃止を決定した。また,ドイツ連銀は欧州の景気の基調が弱いにもかかわらず,12月19山こ利上げを行った。これは,単一通貨としてのECU導入が決定したことに対するドイツ連銀の抗議の表れであるとする論調もみられる。