平成3年

年次世界経済報告 資料編

経済企画庁


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III付属論考

1 EC各国の経済的な相互依存性について

熊谷,杉田,岩崎,龍野

マーストリヒト・サミットを終え,EC各国は,すでに準備の進められている市場統合に加え,経済・通貨統合に関する制度上の枠組みをも確立することに成功した。この枠組みを実効あるものとするためには,各国経済の一体化が進んでゆくことが重要な前提となると思われるが,EC各国相互間の経済的な交流は,実際にどの程度深まっているのであろうか。

EC主要4ヶ国について,実質経済成長率の前年比伸び率を,長期的にグラフにしてみると (第1図,第2図),石油ショックによる撹乱的な要素の大きかった70年代を除き,79年のEMS発足(イギリスは当時未加入)の後では,各国の伸び率の乘離がそれまでに比べ小さくなっているように見える。これは単なる偶然であろうか。それとも,EMS発足を契機に各国間の経済交流が深まりをみせ,同時に政策協調が進められた結果,相互依存性が高まったことの表れなのだろうか。本稿では,こうした問題意識に基づき,(1)貿易の動向,(2)直接投資の動向,の2つの観点から,EC各国経済の相互依存性について考えてみることにしたい。

(1)貿易の動向

現在のEC加盟国(12か国)各国の70年代以降の輸出の相手国別シェアをみることにより,EC各国間の相互依存性の変化をみてみよう。

まず,EC加盟国全体の輸出に占めるEC域内向け輸出のシェアをみると,70年53.2%,80年55.7%と上昇を続け,90年には60.6%と大きく高まっている(第1表)。輸出先としては,ドイツ,フランスが大きく,それにイギリス,イタリア,オランダが続いている。70年代以降,ECの新規加盟国であるイギリス,スペイン向けは順調にシェアを高めている。これは,ECへの加盟により,貿易相手国を域外国から,関税のない域内国へ移す,いわゆる貿易転換効果を示すものであろう。

各国別に輸出シェアの変化をみてみると,ここでは,2つの大きな傾向がみられる。1つは,70年代以降新たにECに加盟した国々において,輸出全体に占めるEC加盟国向け輸出のシェアが高まっていることである。もう1つは,以前からECに加盟していた国々が,従来のEC域内の相互依存関係を維持しつつ,着実に新規加盟国に対する輸出シェアを拡大している点である。またその反面で,新規加盟国,既加盟国共に,EFTA,アメリカといった域外の重要な貿易相手国に対する輸出のシェアを低下させている傾向がみられる。

① 新規加盟国

新規加盟国のなかで,貿易転換効果がはっきりと表れているのは,イギリスである。イギリスは,73年のEC加盟以降,加速度的にEC域内向けの輸出を拡大している。輸出全体に占めるEC域内向けのシェアをみると,70年には,32.8%であったものが,80年45.2%,90年53.2%となっている。なかでもドイツ,フランス向けの輸出の伸びは著しく,70年には,ドイツ6.2%,フランス4.2%であったものが,90年には,ドイツ12.7%,フランス10.5%と倍増させている。その一方で,加盟前には最大の輸出相手国であったアメリカ向けのシェアが90年には12.6%(70年20.4%)となり,EFTA向けが7.9%(70年12.1%)となるなど,域外国向けシェアを大きく低下させている。

同じ73年に加盟した他の2か国はどうであろうか。デンマークにおいては,フランス向け,オランダ向けを中心にシェアを拡大させ,EC域内向けシェアは90年では52.0%(70年43.0%)となっている。また,それまで依存関係の強かった-EFTA向けのシェア(主に北欧)を減少させている。一方,アイルランドにおいては,EC域内向け輸出のシェアには変化が見られないものの,それまでのイギリス中心の依存関係が薄まり(70年65.8%→90年33.8%),EC域内特に近隣国への依存関係の深まりがみられる。

86年に加盟したスペイン,ポルトガルにおいては,加盟こそ遅かったものの,既に70年代から,ドイツ,フランス,イギリス,オランダ向けを中心に輸出シェアを高めてきている(両国のEC域内向けシェアは,70年46.6%→90年72.1%)。これに伴いスペインはアメリカ向け,ポルトガルはEFTA向けのシェアを低下させている。

② EC発足当初からの加盟国等

ECに当初より加盟していた国々のなかで,ドイツ,フランス,イタリアにおいては,イギリス,スペイン等の加盟により,それらの国々との依存関係を深めていることが見てとれる。

そのほか,EFTA諸国がEC各国に歩調を同じくしてEC域内への輸出シェアをたかめていることがわかる。同時にEFTA各国の輸出のEFTA域内向けのシェアは低下しており,EFTA諸国がEC市場に強力に吸引されている状況が伺われる。各国共に以前から依存関係の深いドイツ,フランス,イギリス,イタリアといったEC主要国への輸出シェアを高めているが,その他のEC諸国へのシェア拡大の兆しもみられる。

なお,アメリカのEC向け輸出のシェアは近年低下しているが(70年28.6%→90年26.7%),日本のEC向け輸出のシェアは増加している(70年12.1%→9年18.8%)。

最後に,これらEC域内貿易の拡大が,各国の経済成長に及ぼした影響について考察してみたい。 第3図, 第4図は,それぞれの国のEC域内向け輸出のGDP寄与度を,70年以降グラフ化したものである。いずれのグラフにおいても,70年代から80年代にかけての各国のEC域内向け輸出のGDP寄与度は,おおむね同様の動きを示している。2度にわたる石油ショック時では各国のEC域内向け輸出の伸びは鈍化し,GDPへの寄与度は低下している一方で,その後の拡大期ではEC域内向けの輸出は,一様に各国のGDPを押し上げている。これらの動きは同時期の世界貿易の変化(数量ベース輸出量)ともほぼ一致している。しかしながら,89~90年と世界貿易の伸びが鈍化したなかで,EC各国のEC域内向け輸出のGDP寄与度が上昇している点には注目できる。これは,いままでみてきたように,各国がEC域内への輸出シェアを高めることにより域内相互の依存関係が一層高まり,EC域内間の貿易がますます活発になってきていることを示すものであろう。またこのような貿易面での依存関係の深化の背景としては,79年に発足したERM(為替レート・メカニズム)が,EC域内の為替相場を安定させ,域内貿易を一層活発化させる環境づくりに寄与したことも大きいと考えられる。さらに,EFTA諸国はECへの依存関係を益々強めており,今後,EEA発足やECへの加盟を契機に,70年代以降ECにおいてみられた貿易転換効果が,再びEC諸国,EFTA諸国の双方にみられ,欧州の一体化がさらに進むことになろう。

(2)直接投資の動向

つぎに,直接投資の動向を見てみよう(第5図)。EC域内への直接投資は,70年以降増加基調で推移している。とりわけ87年からは爆発的な増加をみせ,89年には,86年の4倍以上にまで増加した。これには,EC統合の進展が大きく影響していると考えられる。EC委員会が85年6月に発表した「域内市場統合白書」により,市場統合への具体的な道すじが示され,87年7月にその実行に必要なローマ条約の改正が「単一欧州議定書」の発効という形で結実したことで,93年1月からの単一市場出現が確定した。このことが,EC内外からの直接投資を誘引する大きな契機となった。そしてその動きは,EC規模での業界再編を促しながら,現在も続いている。

EC域内への直接投資には,アメリカや日本の企業も積極的に参加しているが,EC企業の展開ぶりにも目を見張るものがある。EC加盟国間の直接投資の増加は,相互の経済依存性を高める重要な要因のひとつとなってい)ると考えられ,そうしたことを念頭に置きながら,主要4ヵ国(ドイツ,フランス,イタリア,イギリス)について,急増した80年代後半の動向を見ることにしたい(第2表)。

まず,4ヵ国に共通していることは,対内直接投資全体が急増したことに加え,EC加盟国からの直接投資の増加が著しいことである。とくにフランス,イギリスでは,85年から88年にかけての対内直接投資が全体でそれぞれ,2.2倍,2.0倍に増加したのに対し,EC加盟国からのそれは,4.0倍,3.1倍に達している。続いて国別に特徴を見てみよう。

ドイツの特徴は,経済規模の大きさに比べて直接投資の受け入れが少なかったことである。この背景には,労働コストが高いこと,銀行と企業の間で株式の相互持ち合いがみられることなどが指摘されている。しかし,90年10月の統一以降は,旧東独企業の買収などの対内直接投資が急増しているものとみられる。なお相手国としてはオランダ,イギリス,フランスからの投資が多い(とくにフランスからは急増している)。また,他の3ヵ国への直接投資(第2表相手国別残高参照)も,経済規模に比べて少ないが,これは対米投資を重視しているためであろう。

フランスでは,対内直接投資の受入れが極端に少なかった(88年末残高226億ECU)。これは,政策上国有企業が多いことや,M&Aなどの対内直接投資に対する政府の介入が,そうした動きを妨げていたためである。しかし,85年以降をみると,増加が顕著になってきており(とくに88年に急増),最近では政府も雇用創出と競争力強化の観点から国有企業株式の民間開放を推進するなど,政策を転換し,対内直接投資受け入れに前向きに取り組み始めている。

また相手国としてはイギリス,ドイツ,オランダが多い。一方,他の3ヵ国への直接投資も活発化させている。とくに金融,小売などでは,フランス企業が国際的M&Aを盛んに行って,EC規模での業界再編を進める中心的存在となっている。

イタリアの特徴は,スイス,フランスからの投資の増加が大きいことである(89年末残高ではスイスがトップ)。そのほか,オランダ,イギリスからの投資も多い。スイスは,ドイツ,フランスにも多額の直接投資(おもに食品,金融)を行っており,この3ヵ国との経済的関係はEC非加盟国にもかかわらず非常に深いとみてよいだろう。

イギリスに関しては,歴史的に対内直接投資への開放度が高く,残高が群を抜いて多いことが特徴として指摘できる。また,オランダからの投資がかなり多いが,これは両国合弁企業(石油,食品)のイギリスでの投資が含まれているためで,多少割り引いて考える必要がある。また,フランスからの投資の急増ぶりが目をひく。

このように,EC主要4ヵ国の間で相互に直接投資が盛んになってきており,そのスピードは80年代後半以降,急激に加速している。また4ヵ国以外でもオランダが,「ECの対外直接投資大国」ともいえるほど,近隣諸国へ積極的に進出しているほか,スイスをはじめとするEFTA諸国もECへの直接投資を活発化させるなど,東欧を除く欧州全体の規模で直接投資が増加しつつある。こうした動きは,EC市場統合が完成し,EEAのスタートが予定されている93年以降,ますます拍車がかかるものとおもわれる。

(おわりに)

以上みたように,東欧を除く欧州諸国間では,貿易,直接投資の両面から,相互依存性が高まってきており,経済の一体化が進みつつある。それには,E MSの発足や,「単一欧州議定書」の発効などのEC統合の進展が大きな契機となっている。このように一体化が進みつつあることは,各国景気に影響を与えるばかりでなく,ECの市場統合を超えて経済・通貨統合を展望するとき,極めて重要であると考えられる。なぜなら,マーストリヒト・サミットで明らかにされたように,経済・通貨統合は,マクロ経済政策の一本化をめざすため,加盟各国の経済パフォーマンスの収斂が欠かせないが,貿易や直接投資の増加を背景に経済の一体化が進展することは,それに一定の貢献をすると考えられるからである。EC各国は,これまで関税同盟,市場統合を通じ,制度や基準の統一を進めてきたが,その過程において,実態経済の面でも一体化が進んできており,経済・通貨統合へ向け,環境がまさに整いつつあると判断してさしつかえないであろう。