昭和62年
年次世界経済白書
政策協調と活力ある国際分業を目指して
経済企画庁
第3章 変化する国際分業体制-米・日・NICs・アセアンの重層構造-
現在,日本を始めアジアNICsが躍動している環太平洋地域は世界経済の成長セクターであるばかりでなく,経済・産業面において極めてダイナミックな構造変化を急速に進展させており,第1節,第2節でみたように,アジアNICs,アセアンのアメリカ,日本に対する追い上げは目を見張るものがある。この結果,経済摩擦が激しくなっている一方,この地域の相互依存関係が更に深まり,新たな国際分業体制が生まれつつある。このような環太平洋地域のダイナミズムは域内では水平分業が進み,経済摩擦は少ないにもかかわらず,活性化が遅れ,域外との競争力が低下しているECとは好対照である。この節では環太平洋地域でも特に相互依存関係が強く,目覚しい発展を示している「太平洋トライアングル地域」(アメリカと日本とアジアNICs・アセアンの3か所を結んだ地域)の貿易や直接投資の関係,特色をみるとともに,その他の環太平洋地域,特に中国やオセアニアの「太平洋トライアングル地域」との関係をみる。さらに,今後の環太平洋地域が全体として整合的に発展していくために求められる国際協調を為替レートの調整と水平分業進展による国際的な産業構造調整の観点からその可能性について考えることとする。
1. 「太平洋トライアングル地域」の目覚ましい発展と貿易の相互依存関係
現在,世界経済を考える上で環太平洋地域が特に注目されているのは,とりもなおさず,この地域,特にアジアNICs,アセアンが他の地域と比較して,輸出主導型の高度成長を遂げ,世界貿易に占めるシェアを確実に上昇させてきたことにほかならない。しかし,この地域,特に発展の著しいアジア諸国が高い成長を示すようになったのは80年代に入ってからではない。環太平洋地域の諸国とその他の地域の実質経済成長率(年率)を比較すると,アジアNICsの諸国は60年代後半から70年代において既に10%前後の高い成長を記録している(付注3-2)。ただし,この時期は西ヨーロッパや中南米も6%前後の成長を示していたため,成長格差はそれほど大きくなかった。一方,80年代に入って,アジア諸国の経済成長の増加テンポはやや鈍化したものの,西ヨーロッパや中南米の成長が大きく落ち込んだため,環太平洋地域とその他の地域の成長格差がより明確になった。
環太平洋地域,特に「太平洋トライアングル地域」の発展を考える際に同地域内での貿易の相互依存関係をみる必要がある。第3-3-1図は輸出結合度の観点から「太平洋トライアングル地域」内と更にECとの貿易依存度(85年)をみたものである。輸出結合度とは自国の相手国に対する輸出比率と相手国の輸入規模との相対関係を示したものであり,2国間の貿易関係の強さを相対的に比較できる指標である。この図で特徴的なことは,まず第1に,日本,アジアNICs,アセアンのいずれについてもアメリカ向けの輸出結合度がアメリカ側からの輸出結合度を上回っていることである。これは,アメリカがこれらの国・地域にとって輸入相手国としてよりも輸出市場としての役割が大きいこと,つまり,アメリカが「太平洋トライアングル地域」の需要アブソーバーとして機能し,これらの諸国の輸出主導型成長を支えてきたことを示すものである。この事実は逆にアメリカの上記の国・地域に対する輸入依存度が高いことを示すものでもある。
第2は,日本とアジアNICsとの関係において日本からアジアNICsへの輸出結合度が逆向きの結合度より大きいことである。また,日本とアセアンについては,アセアンから日本に対する輸出結合度が逆に大きいもの,工業製品で同様な輸出結合度(83年)を作成すると,日本からアセアンに対する輸出結合度の方がかなり大きい。これは,日本がアジアNICs,アセアンに対し,工業製品の貿易において需要アブソーバーとしてよりも供給国としての役割を果たしていることを示していると考えられる。
第3は,「太平洋トライアングル地域」とECとの輸出結合度は前者の域内の輸出結合度と比較して非常に小さいことである。これは,両者の貿易量は大きいにもかかわらず,両者の相対的な貿易依存関係は小さいことを示しており,前者の域内における緊密度は世界経済の大きな枠組みの中でもかなり高いといえる。
上記の関係を特に,アジアNICsを中心に考えると,輸出相手国としてはアメリカ,輸入相手国としては日本との関係が深いことを意味している。
第3-3-1表 「太平洋トライアングル地域」の「乗数マトリックス」
第3-3-1表は,「太平洋トライアングル地域」の「乗数マトリックス」であり,第2章第6節でも示したように,地域内のある国の輸出,設備投資等の独立需要が発生した時,当該国の輸入の増加を通じて,他の国の生産をどの程度誘発させるかという,いわば需要の「漏れ」を示したものである。この表をみると,まず,アジアNICsの国内誘発率(国内需要増加率/全体の需要増加率)は,アメリカ,日本と比較してかなり低く,その傾向は特に貿易依存度の高い香港,シンガポールにおいてより顕著であることである。さらに,自国以外の生産波及効果の及ぼす相手先として日本の割合が高いことが注目される。これは何を意味しているのであろうか。アジアNICsの諸国・地域の輸出,設備投資の需要が発生した場合,これらの諸国・地域は第1,2節でみたように日本のようなフルセット型の産業構造を持っていないため,生産に必要でありかつ国内で賄いきれない設備や中間投入財をかなり輸入に頼っている結果であると考えられる。事実,アジアNICsの輸入に占める資本・中間財の割合は非常に高い(第3-1-4図)。一方,インドネシア等のアセアン諸国の需要の「漏れ」がアジアNICsに対して比較的小さいのは相対的に工業化が遅れており,輸出の中心が依然として鉱物性燃料や一次産品であるためとみられる。
独立需要の中でも特に輸出に着目して輸入との関係をみたものが第3-3-2図である。これは,アジアNICsとアセアンの工業品輸出と資本・中間財輸入の伸び率を比較したものであるが,特にアジアNICsについて強い正の相関があるのがわかる(相関係数0.77,付注3-3参照)。さらに,資本・中間財に占める日本の割合をみると,最近やや低下傾向にあるものの,アジアNICs,アセアンとも全体の30%台を占めており,依然として最も大きい。例えば,韓国の電機・電子製品を例にとると,国産化比率は高い品目もあるものの,輸入部品のほとんどを日本からの供給に頼っている(付注3-4参照)。
以上をまとめると,アジア諸国,特にアジアNICsはアメリカ等の巨大な需要を狙った輸出主導型の成長をするために,主に日本からの資本・中間財の輸入に依存しなければならないという産業構造を有しており,これらの国の経済・産業政策上の不満もまさにここにあるといえよう。
2. 「太平洋トライアングル地域」におけるアメリカと日本の海外直接投資行動
以上のような「太平洋トライアングル地域」の貿易の相互依存関係の背後にはアメリカ,日本のこの地域への海外直接投資が大きな役割を果していると考えられる。ここでは,両国の直接投資行動の特徴をみることとする。
アメリカは戦後,イギリスに替わって最大の海外直接投資国となった。アメリカの海外直接投資の特徴は第1に,鉱物資源や農産物の供給確保を主目的とするかつてのイギリスのパターンとは違い,製造業への投資が中心であることである(85年末残高に占める製造業向け投資のシェアは41%,第3-3-3図)。
第2の特徴は投資先が先進国,特に,西ヨーロッパ,カナダに集中していることである(85年末残高で両者の合計のシェアは66%,製造業では70%)。一方発展途上国についてはアメリカの「裏庭」である中南米への投資が際立って高い(製造業投資残高に占める割合は16%)。
第3の特徴は海外現地法人の販売仕向け地別構成比をみると(第3-3-2表,82年),先進国,中南米ではそれぞれ売上げの69%(製造業では63%),60%(同88%)が現地販売であり,アメリカのこれらの諸国に対する製造業投資が現地指向の性格を強く備えていることである。
それでは,以上のような特徴が生まれた背景はなんであろうか。まず,アメリカの多国籍企業戦略として販売網の確保や市場トレンドの把握等のマーケッティングを重視してきたためと考えられる。このため,市場規模・購買力が大きい西ヨーロッパ等の先進国向けに輸出よりも海外市場の維持・拡大のための製造業投資がかなり広範に行われてきたと考えられる。また,西ヨーロッパヘの製造業直接投資では売上げの中に占める第3国向け輸出の割合も比較的大きいが(39%),これは西ヨーロッパにおけるEC,EFTAの形成が域内関税撤廃等の活用を通じて加盟諸国への販売を増加させる要因になったためとみられる。さらに,中南米諸国については,多くの人口を抱え,潜在的には大きな市場規模を持つが,これらの諸国は輸入代替的な開発戦略が採られてきたため,国内市場は高い輸入障壁によって保護されており,むしろ,この障壁を乗り越えて市場を確保すべく,直接投資による現地生産を選択する必要があったと考えられる。
以上のようにアメリカの海外直接投資を考える上では,基本的には西ヨーロッパ,カナダ,中南米が中心であり,途上国の中でもアジア向けの直接投資のウェイトは小さく,85年末の残高に占める割合は全体の6.4%,製造業の中でも3.7%となっている。しかし,その投資の特色は上記で述べてきた基本的特徴とは,全く対照的である。
まず第1に,アジア途上国向け製造業直接投資が著しく電機・電子部門に特化していることである。同産業の85年末のアジア途上国向け製造業直接投資残高に占める割合は42%にも相当する。
第2は,海外現地法人の売上げのうち,現地販売よりも,輸出,特に,アメリカ本国向け輸出の割合が高いことである(第3-3-2表)。この割合を投資の集中している電機・電子産業でみると,アジア途上国全体で65%を占めるとともに,投資額の大きいシンガポール,マレーシアについてみると75%前後に達する。さらに,このほとんどがアメリカ本国の親会社向けである。このように,アメリカのアジア途上国向けの海外直接投資は電機・電子産業に特化し,アメリカの親企業のアウト・ソーシング(海外調達)を目的としていることがわかる。
それでは,数ある産業の中で,なぜ電機・電子産業が選ばれたのか,また,当該産業の生産物をアメリカ本国の親会社に輸出しようとする狙いはなんであろうか。
まず,アジア途上国はおおむね所得水準が低く市場規模も小さいため,現地販売の優位性を活かしにくい。そこで,アジア途上国に対する投資誘因を考えてみると,まず,これらの諸国の安価で豊富な労働力があげられる。第3-3-3表はアメリカの海外現地人のブルー・カラー比率(生産労働者数/全雇用者数),資本集約度,一人当たり賃金を地域別に比較したものであるが,やはり,製造業の海外現地法人の一人当たりの賃金は先進国では14,300ドルであるのに対し,途上国では6,400ドル,特にアジア途上国は3,300ドルとかなり安価である。このため,他の諸国と比較してアジア途上国のブルー・カラー比率は7割以上とかなり高い一方,資本集約度は極度に低く,アジア途上国での生産形態が極めて労働集約的であることがわかる(第3-3-3表)。
さらに,この傾向は電機・電子産業に限ると一層明確になっているが,電機・電子産業が特に労働集約的生産形態を必要とするのはなぜであろうか。一般に電機・電子製品は技術集約型の製品とみられがちである。しかし,技術革新の進展による製品の高付加価値化に伴い迂回生産工程が長大化したため,一つの製品の生産過程が労働集約的な工程や資本集約的な工程,技術集約的な工程等様々な工程により構成される傾向にある。
したがって,ある製品をとらえてそれが労働集約的な財なのか,資本集約的な財なのかはにわかに判断できない場合が多くなっており,まさに電機・電子製品がその典型であると考えられる。アメリカのアジア途上国に対する電機・電子部品投資の中でも主流を占めるのは半導体を中心とする電子部品・付属品であり,電機・電子部門全体の投資残高の71%(82年末),売上高の75%(82年)を占めている。半導体は主にIC,トランジスター,ダイオード等からなるが,その組立工程は技術が標準化されており,労働集約的である。一方,その素材の生産は多分に資本・技術集約的な面が大きい。このため,アメリカの多国籍企業は最終製品の価格競争力を強化し,収益を最大化するため,各生産工程を合理的に再編化し,アメリカで生産した各素材をアジア途上国の現地子会社に輸出し,そこで加工・組立を行うという行動をとったと考えられる。
次に,アジア途上国の電機・電子産業の現地法人の売上の大半がアメリカ本国の親会社向けである理由を考えてみよう。まず,アメリカでは,本国から輸出された部品や原材料を海外で組立ないし加工した後再輸入した場合,課税対象が海外での付加価値部分のみに限られるという付加価値関税条項(806/807条項)が存在することがあげられる。
また,個体重量のことのほか小さい電子部品は輸送費を殆ど無視しえるので,純粋に生産コストだけを考慮した生産基地の立地選択ができたと考えられる。
そして,そもそも,アジア途上国が中南米とは違って輸出指向型の開発戦略をとったことが大きいと考えられる。特に,シンガポールやマレーシアのように外資の導入に積極的な国への投資は大きく,外資を導入する際に国内産業保護の観点から非競合部門に限る傾向があったことも電機・電子部門の投資が行われ易かったと考えられ,アメリカのアジア途上国向け電機・電子部門直接投資はアメリカの多国籍企業とアジア途上国双方の利益の一致の上に成り立っているといえる。
第3-3-4表は,アメリカの海外現地法人とその親会社との収支を示したものである。石油産業で大幅な赤字を出しているのは,資源開発型であるから,当然としても,製造業の全体の収支では黒字となっている。しかし,この中で電機・電子部門に限ると途上国,特にマレーシア,シンガポール等のアジア途上国との収支が赤字になっていることが注目される(アメリカの親会社とアジア途上国の子会社との収支は13億ドル程度の赤字(82年))。これはこの種の投資がアメリカ本国の親会社から輸出された素材が現地の子会社で加工・組立された後,アメリカの親会社に再輸入されるため,その製品の付加価値分が常に赤字要因となるためと考えられる。したがって,アメリカが上記のアジア諸国(アセアン中心)との間の電機・電子部門の収支が赤字である事実を捉えて安易にアメリカが同部門全体の競争力を失っていると結論づけるのは誤りであろう。同時にアセアン諸国が電機・電子製品の輸出を急激に伸ばし,第2節でみたようなプロダクト・サイクルの圧縮化が起こっているのも以上のような背景があるためと考えられる。
以上の分析で主に使用した“U.S.Direct Investment Abroad,1982″は,アメリカの直接投資の包括的な統計であるが,調査時点が82年と古いため,その後のアメリカの海外直接投資動向を利用可能なデータを使って分析することとする。第3-3-4図は,アメリカの製造業の直接投資残高と投資収益率を比較したものであるが,これをみると,70年代はおおむね順調に海外直接投資が増加し,投資収益率も上昇したが,80年代に入って,急激に投資収益率が低下するとともに,海外投資の引きあげ等が起こって投資残高はむしろ減少している。つまり,アメリカの海外直接投資は80年代に入って,内外の景気の低迷等による投資収益率の悪化を背景に,むしろ低調であり,少なくともドル高を原因としてアメリカの製造業直接投資が活発化したとは考えにくい。
一方,製造業の中でも電機・電子部門の投資はアジア途上国向けを中心に増加しており,収益率も製造業全体と比較しても相対的に高く(第3-3-5図),アメリカの電機・電子産業の企業が70年代に引き続き,生産コストの低下,収益の向上を目指した企業の国際化戦略を進め,アウト・ソーシングを活発化させていったものと予想される。
日本の海外直接投資(累計)の基本的特徴をみると(第3-3-6図),地域別にはもともと途上国向けのウェイト,特に,アジア向けのウェイトが高いが,近年,先進国,特に,北米向けのウェイトがかなり高まっていることもあり,途上国向けのウェイトは低下傾向にある。業種別では商業・サービス業が約6割を占め,製造業の割合はかえって低い。このように日本の海外直接投資は先進国,製造業中心のアメリカの直接投資とはかなり対照的である。また,現地法人の販売仕向け地別の構成比(第3-3-5表)をみると,全体としては現地販売中心である(製造業で全体の73%)。以下では日本のアジア,北米向けの直接投資に絞って分析することとする。
日本のアジア向けの直接投資累計の約半分は石油開発中心のインドネシア向けであるものの,業種別では投資累計の約40%は製造業投資であり,日本のアジア向けの投資は古くから製造業中心であるといえる。製造業投資の中でも特に繊維への投資が70年代前半に隆盛を極め,日本の製造業直接投資の中心であった(第3-3-7図)。これはまさしく日本が産業全体として比較優位を失った分野の生産を海外に移転するという「プロダクト・サイクル」に則った直接投資行動であり,同じ低労働コストを利用するといっても多国籍企業の世界戦略の一貫として行われているアメリカの電機・電子産業のアウト・ソーシングとは直接投資戦略の面でやや異なるといえよう。その後,鉄・非鉄や化学等で大型案件があったものの,繊維産業での投資の一巡や投資受け入れ国の外資抑制政策の表面化等もあって製造業のウェイトは漸減傾向にある。また,製造業の各業種のウェイトも均一化してきており,アメリカのアジア途上国向けの投資のように電機・電子部門に特化するような傾向はみられない。
また,アジアにおける製造業の各業種の販売仕向け地別構成比をみると(第3-3-5表),製造業全体では現地販売が67%と大半を占めるものの,繊維,電気機械において第3国向け輸出の割合が高いことが注目される。特に電気機械では第3国向け輸出(42%)が現地販売(37%)を上回っており,その第3国向け輸出の相手国をみると53%が北米向けである。これは,労働コストの優位性,貿易摩擦への対応等を考慮した日本の企業戦略を反映しているものとみられ,アジアNICSの貿易構造-日本から資本・中間財を輸入し,生産物をアメリカに輸出する-に少なからず影響を与えていると考えられる。ただし,日本の電機・電子産業はアメリカと異なり,労働集約的な生産工程を海外に移転するより,生産工程の自動化や工場の地方立地により対応してきており,最近までこの分野のアジア向け投資は比較的停滞気味であったといえよう。
日本の北米向け直接投資はもともと商業・サービス部門の投資が主であり,製造業投資の割合はかなり低かった。これは日本の企業が過去において国内生産を第1に考え,アメリカへの直接投資は輸出した製品をアメリカ市場で販売するための拠点作りとして位置付けていたためである。さらに,80年代に入ってからの商業・サービス部門の投資は金融・保険,不動産等を中心に大きく伸び,特に86年のアメリカ向け不動産投資はアメリカの税制改革によるキャピタル・ゲイン課税強化等を前にした資産売却の活発化や円高等の要因によりかなり増加している。
こうした中で,北米向けの製造業投資も70年代後半から増加テンポを早め,全体の投資累計に占める製造業の割合も着実に増加してきており(第3-3-7図),日本の製造業直接投資はかつてのアジア向けから北米向けにそのウェイトは移りつつある。北米向け製造業投資は70年代初には北米(アラスカ)の豊かな資源の確保を目的としたパルプの投資がほとんどすべてであった。その後,投資業種は多岐にわたるようになっているが,注目されるのは,70年代の後半に電気機械のシェアが,80年代に輸送機械のシェアが大きく増加していることである(第3-3-7図)。これは,77年のカラー・テレビ,81年の乗用車の対米輸出自主規制に端を発した現地生産の活発化と時期を同じくしており,引き続きアメリカ市場を維持・拡大してゆくための「貿易摩擦対応型」の直接投資形態といえよう。その証拠に日本のアメリカでの現地子会社の販売仕向け地別構成比をみると(第3-3-5表),製造業全体では90%,特に,電気機械,輸送機械,一般機械等は95%と現地販売が圧倒的多数を占めている。
この「貿易摩擦対応型」の直接投資は日米間の長期的な経済友好関係の形成に資することはいうまでもない。また,アメリカ国内の日系製造業工場の総雇用者は約16万人と推定され(ジェトロ,第7回在米日系製造業工場調査),アメリカの雇用創出に貢献している。
しかし,この型の直接投資が企業の利益率に直接結び付いているかどうかについては検討を要すると思われる。第3-3-8図はアメリカ,日本の海外現地法人と親会社の利益率を比較したものであるが,まず,アメリカのアジア子会社の利益率をみるとほとんどの業種で子会社の利益率が親会社の利益率を上回っている。これはアメリカの多国籍企業の高収益,効率性を目指した企業戦略に基づくものであろう。一方,日本のアジア子会社の利益率はアメリカと比較しても平均的に低く,親会社の利益率とおおむね変わらない。さらに,日本のアメリカ子会社の利益率は製造業全体としても親会社の利益率が子会社の利益率を上回っており,輸送機械,一般機械等は子会社が赤字を出している状況である。一方,食料,紙,パルプ,化学等北米の豊かな資源を活用し,日本向け輸出の多い業種では親会社より子会社の利益率の方が高くなっている。
このように,日本の北米向け製造業,特に,加工・組立産業の利益率が極端に低いのは,①これらの産業,特に,輸送機械についてはアメリカで現地生産を開始したのは80年代に入ってからであり,利益が十分出るまでに到っていないとみられること,②アメリカでの日本企業同士の競争が厳しいこと,③更には日本の企業が短期的な収益よりも市場のシェアの拡大という長期的戦略を重視していること等も影響しているとみられる。しかしながら,アメリカで現地生産を行う方が労働,原材料のコストの面で必ずしも有利性を発揮できるわけではなく,また,日本の経営方式もアメリカで評価されている一方,言語・習慣が異なる多種・多様なアメリカの労働者を管理する方式としては問題点もあり,現地生産により企業の利益率が高まるとは限らないことに留意する必要がある。
いずれにせよ,日本が強い競争力を有する輸送,電気機械等の分野のアメリ力への直接投資は「貿易摩擦対応型」の性格がかなり強いといえよう。
以上のように,「太平洋トライアングル地域」におけるアメリカと日本の製造業直接投資の特徴はアメリカの「アウト・ソーシング型」と日本の「貿易摩擦対応型」と端的に言い表すことができよう。
さて,日本の製造業の直接投資行動が特に,85年以降の急激な円高を背景にどのように変化したであろうか。経済企画庁の企業行動に関するアンケ一ト調査(昭和62年)によると(第3-3-6表),直接投資の相手先としては今後とも北米が第1位を占めている。しかし,その内容はこれまで「販売」(輸出品の販売ルートの確立)が第1位であったのに対し,今後は「完成品の生産」(製造業の現地生産)が第1位となっており,今後も「貿易摩擦対応型」の製造業直接投資は増加していくと予想される。一方,他の地域については今後,アジアNICsへの投資を行うと回答している企業の割合が増加していることが注目される。その投資内容も以前より「完成品の生産」,「部品又は半製品の生産」が重視されている。このような投資戦略の変化の背景には確かに円高の影響もあると考えられ,直接投資の誘因をみても北米,アジアNICsとも「円高による輸出競争力の低下」が第2位となっている。しかし,これは,円高が直接の誘因になったというよりも,円高を契機にして企業が経営のより一層の合理化・効率化を進め,国際的な見地から生産体制を考える必要にせまられているためといえよう。特に,アジアNICs向けの投資はその傾向が強いと予想され,日本の企業が今後アメリカの多国籍企業にみられるような「アウト・ソーシング型」の投資を行う可能性が出てきたと考えられる。
ここでは「太平洋トライアングル地域」以外の環太平洋諸国としてオーストラリアとニュージーランドのオセアニアと中国を選び,「太平洋トライアングル地域」との貿易を中心とした相互依存関係をみることにする。
オーストラリアとニュージーランドの貿易構造をみると(第3-3-9図),環太平洋地域の中でも日本との関係が古くから強く,日本はオーストラリアの輸出の26%,輸入の23%を,ニュージーランドの輸出の15%,輸入の21%(85年)を占めており,両国にとっての第一の貿易相手国である。しかし,輸出の7割が一次産品・鉱物性燃料が占める一方,輸入の8割が工業品であるという典型的な一次産品輸出国であり,日本との貿易も依然として垂直型の分業形態に止まっている。
中国が対外開放政策へ転換した78年から86年までの間に中国の世界貿易に占めるシェアは0.8%から1.6%へと大きく拡大した。その貿易構造をみると(第3-3-9図),輸出の約4割が一次産品であり,工業品の輸出の約半分は繊維,衣類である一方,輸入は工業品が8割を占め,基本的には垂直型の貿易構造を有している。地域別にはやはり日本が第一の貿易相手国である(貿易総額の約4分の1を占める)。
さて,中国の貿易収支は,84,85年の経済改革に伴う輸入の急増を主因に85,86年と対日を中心に大幅な赤字となった。このため,中国政府は輸出振興の重要性を更に認識するに到ったと考えられる。まず,これまで過大評価気味であった為替レートを85年後半以降緩やかに切り下げ,86年7月には大幅な切下げ(約16%)を行った。これにより,86年後半から貿易収支赤字は縮小傾向にある。
また,外資受入れ面でも86年には外資優遇・奨励策も公布され,政府は輸出増加のための外資導入に積極的に取り組んでいるといえる。輸出振興策についてはこれまでも経済特区(4区)の設置や沿岸都市(14都市)の開放等を実施してきており,経済改革をきっかけに,外資受入れも83年末の1,392件(累計)から86年末には7,775件と大幅に増加している。ここで特に合弁企業に限って,業種別,投資国別内訳をみると,85年の総件数616件の内,香港・マカオが477件とほとんどを占めており,アメリカは40件,日本は34件と比較的少ない。業種別では全体として軽工業の割合が高いが,アメリカとの合弁企業では他のアジア諸国と同様電機・電子産業の割合が高い。しかしながら,外資企業は中国国内での外貨の調達が制限されているため,必要な資本・中間財を自由に輸入できず,また,国内からの調達もままならないこと,外資企業に要求する労働コストや土地代が高いこと等の問題があり,直接投資対象国としての魅力に欠ける面もある。今後,中国が環太平洋地域内での相互依存関係を深め,アジアNICsのような輸出主導型の成長をするにはそもそも経済体制の問題もあろうが,今後とも外資の輸入・対外開放策を図るとともに,香港を貿易の窓口として一層活用することが必要であろう。中国の輸出(86年)の約3分の1は香港向けであるがそのうち7割が香港経由で輸出されており(第3-3-9図),香港が中国と他の国との貿易の中継地として大きな役割を果している。中でもアメリカ向けの輸出のシェアは大きく,その内訳も繊維・衣類以外にアメリカの対中国直接投資を反映した電機・電子製品の割合が増加している。
これまで,環太平洋地域の貿易・直接投資関係を中心に相互依存関係の進展をみてきたが,ここでは,環太平洋地域,特に「太平洋トライアングル地域」が全体として整合的に発展・成長していくために求められる国際協調を主に,為替レート調整と水平分業の推進の観点から考えてみたい。
85年春以降,米ドルは日本円,ドイツ・マルク等の主要通貨に対しては減価したものの,アジアNICsを中心としたアジア途上国の通貨との調整はなかなか進まなかった。その後,アメリカからの通貨切上げ要求等もあって新台湾元はかなり切り上がっているなどの動きがあるものの,この地域における為替レート調整は依然として大きな問題である。
アジア諸国の通貨制度は一般には米ドル・ペッグとみなされているが,実際は,おおむね単一通貨(米ドル,英ポンド)の固定制を廃し,バスケット・ペッグ等の管理フロート制に移行している。しかし,その為替制度はかなり管理色の強いものと考えられる。第3-3-10図は80年代のアジア諸国の実質実効レートの推移をみたものであるが,同じアジア諸国の通貨でも韓国ウォン,新台湾元とシンガポール・ドル,マレーシア・リンギの動きはかなり違いがみられる。韓国ウォン,新台湾元は80年代,一貫して減価傾向にあるが,シンガポール・ドル,マレーシア・リンギは米ドルに比較的近い動きをしている。
これは,韓国ウォン,新台湾元がドル高時代にはドルに対して減価したにもかかわらず,ドル安になってからはドルに対してあまり増価していないことを反映しているものであり,シンガポール・ドル,マレーシア・リンギと比較してこれらの通貨がより管理的に操作されていると予想される。その背景としては,シンガポール,マレーシアが70年代に既に為替・資本取引きの自由化を行っている一方,韓国,台湾はこれらの取引をかなり制限しており,それだけ為替を操作する余地が比較的大きかったことが考えられ,インフレによる為替レートの過大評価を避け,輸出に有利になるように実質実効レートを安定的に保つような為替政策を行ってきたとみられる。いずれにせよ,韓国,台湾がドル高期に自国通貨をドルに対して切り下げ,アメリカ向け輸出を増価させたのは事実である。さらに,現在,特に韓国ウォンは円に対して逆に大幅に切り下がっているため,日本からの輸入が不利になり,対日赤字も増加している。
したがって,自国の輸出に有利になるような為替操作を行うことは環太平洋地域の貿易・資本の流れに悪影響を及ぼし,保護主義を引き起こす可能性も懸念され,先進国間だけではなく,環太平洋地域内において各国の発展段階にも留意しつつ途上国も含めた各国間の整合的な為替レート調整とそのための協調が必要であろう。また,為替レートだけでなく,各国が市場開放を積極的に進めることも重要であろう。
「太平洋トライアングル地域」においてアメリカ,日本の先進国とアジアNICs,アセアンの分業体制は,アジア諸国の工業化の進展や輸出構造の高度化に伴い,アジア途上国が一次産品を輸出し,先進国が工業品を輸出するという「垂直分業」から工業品を互いに輸出する「水平分業」に移行してきており,そこにはアメリカや日本の直接投資行動も大きな役割を果たしたのはこれまでみてきた通りである。
さて,水平分業と一口にいっても人によって定義はまちまちであるのでここでは同一産業内での国際分業(「産業内分業」)を「水平分業」と解釈することにする。この「産業内分業」はさらに大きく「工程間分業」と「製品差別化分業」に分けることができる。「工程間分業」とは同一製品を各生産工程に応じて分業することであり,アメリカの電機・電子産業におけるアジア途上国へのアウト・ソーシングが代表例である。一方,「製品差別化分業」とは同一製品でもその価格,品質,ブランドに応じて分業することを意味しており,生産要素賦存,生産技術や所得水準,需要条件のあまり差のない先進国内,特にEC内の分業形態を示すものとされている。
以下では「太平洋トライアングル地域」において「水平分業」の中でも「工程間分業」,「製品差別化分業」のいずれの分業形態が行われているかを検討することにしたい。
まず,アジアNICs,アセアンが最も競争力を有している繊維関連産業について日本,アジアNICs,アセアンの分業体制をみたのが第3-3-11図である。これをみると第1に,繊維・織物,衣類とも第2節でみた重層構造を反映して日本はアジア諸国に対し輸入特化へ,アジアNICsはアセアンに対し輸入特化の方向へ動いている。ただし,繊維・織物については,日本がアジア諸国に対して,アジアNICsがアセアンに対して依然として輸出超過である一方,衣類は双方とも完全に輸入超過であるという違いがある。これは,繊維関連産業の生産工程において下流部門に当たる衣類等は非常に労働集約的であるが,織物さらに織物用繊維の糸等の生産工程の上流部門は労働集約的な面も強いものの,例えば合成繊維のように資本集約的かつ高度な技術を要する分野もかなりあるため,比較優位に応じて各生産工程の分業が行われていると考えられる。
次に,アジアNICs,アセアンの輸出主力産業である電機・電子製品の分業体制をみることにする。これらの諸国が電機,電子分野において輸出を増加させることができたのはこれまでみてきたようにアメリカ等が安価な労働コストを求め,労働集約的な生産工程をこれらの諸国に移転していったことが大きな役割を果しているとみられる。そこで,電機・電子製品の中でもテレビ,ラジオ,
トランジスターなど技術が標準化し,組立等の労働集約的な工程が中心である製品を「労働集約的電機・電子製品」,コンピューター,通信機器,医療電気機器など高度な技術・ノウハウを要求される製品を「技術集約的電機・電子製品」と定義してそれぞれの分業体制をみると(第3-3-12図),やはり,アメリカ,日本はアジアNICs,アセアンに対して「労働集約的電機・電子製品」よりも「技術集約的電機・電子製品」の貿易特化係数が大きく後者により比較優位を持つことがわかる。また,アメリカと日本を比較すると,アメリカはアセアン向けを除いて輸入に特化し,更にその傾向を強めているが,日本のアメリカ,アジアNICs,アセアンに対する貿易特化係数はほぼ横ばいと依然として強い競争力を保っており,電機・電子製品における日本とアジア諸国との水平分業は全体としてまだあまり進展していないといえよう。
さらに,電機・電子製品の中でもアメリカのコンピューター産業における分業体制をみると(第3-3-13図),コンピューター産業の場合,繊維産業の場合とは違い,上流のトランジスタ,集積回路部門が労働集約的であるためアメリカが輸入特化しているが,コンピューター本体や特に,中央演算処理装置(CPU)の部門は極めて技術集約的であることを反映してアメリカが輸出超過である。しかも,アセアンとの貿易特化係数をみると,技術集約的な製品の輸出超過と労働集約的な製品の輸入超過が更に際立っており,これは第3-3-12図からも明確に読み取ることができる。つまり,アメリカの電子・電機産業は直接投資により労働集約的な工程や製品は徹底的にアジア諸国,特にアセアンに依存する一方,技術集約的な製品は本国で作るという「工程間分業」を大胆に進展させていることがここでも確かめられよう。
このように「太平洋トライアングル地域」の「水平分業」は「工程間分業」が主流であるが,「水平分業」のもう1つの形態である「製品差別化分業」が進展する兆しがある。第3-3-14図は日本と韓国の各鉄鋼製品の分業をみたものであるが,日本と韓国との間で水平分業が進展している。しかし,同じ種類の製品でも分業度がかなり異なるものがある。例えば,鋼板の中でも厚板では日本は韓国に対し輸入超過になっているものの,薄板では依然日本は輸出超過になっている。また,鋼管でも全体では韓国の完全な輸入特化が解消されてきているが,継ぎ目なし鋼管(シームレス・パイプ)は日本がほぼ100%輸出特化している。これは,薄板やシームレス・パイプは鉄鋼製品の中でも特に高度の技術を要する製品であり,日本が依然強い競争力を持っているためであり,日本と韓国が鉄鋼製品の分野で「製品差別化分業」を行っていることが確認できる。
また,最近では電卓,ラジオ,扇風機等を中心とした電機・電子製品についても台湾,韓国から日本への輸出が増加しており,やや「製品差別化分業」の動きが出ている。
さらに,「太平洋トライアングル地域」における自動車産業の分業体制も韓国の対アメリカの乗用車輸出が86年から本格化したのに伴い,若干の変化がみられる。つまり,アメリカ市場において日本は小型車を中心に圧倒的な競争力を誇っていたが,韓国が低生産コストを利用した低価格車のアメリカ向け輸出を急速に増加させる中で,日本の自動車産業もこれまでの量産・低価格小型車の分野から高付加価値車に移行しようとする動きがみられる。一方,アメリカの自動車産業は小型車については日本や韓国と積極的に競争するのではなく,これらの国からOEMとして調達し,更に中・大型車に特化するなどアメリカ市場においてアメリカ,日本,韓国が「製品差別化分業」を本格化させつつあるといえよう。
なお,アメリカの自動車産業は同時に企業買収・合併等を通じて,企業のリストラクチャリングを行い,更に金融や情報・通信部門に進出している。
これまでみてきたように,「太平洋トライアングル地域」の水平分業は「工程間分業」が中心であり,アジアNICs・アセアンは労働集約的な工程,製品に比較優位を特化させることで,工業化を進め,輸出主導型の高度成長を遂げてきたことは間違いない。一方,その華やかな発展の裏ではアメリカを中心とする直接投資や日本からの資本・中間財の輸入に大きく依存しており,「国際的下請け国」の性格から脱皮していないことも事実である。
しかし,「太平洋トライアングル地域」のように発展段階,民族等がかなり異質である地域においては,それぞれの国の発展段階,比較優位に応じて分業する「工程間分業」が途上・中進国と先進国双方にとっても経済的合理性にかなっており,アジアNICs・アセアンが急激な追い上げや重層構造の圧縮化を図ることができたのも,「工程間分業」を抜きに考えることはできない。したがって,「太平洋トライアングル地域」に求められているのは,各国がフルセット型の産業構造を目指すのではなく,現在の「工程間分業」を更に進めるとともに,萌芽の兆しのある「製品差別化分業」をも行う過程で,アメリカ,日本,アジアNICs,アセアンが共に産業構造の転換・高付加価値化を図り,後から続く諸国の産業構造調整に悪影響を与えないような国際間での産業構造調整の協調を図ることであると考えられる。つまり,今後の世界経済の発展を考える場合,先進国間のマクロ政策協調が必要であるばかりでなはなく,一国の産業構造調整を越えた世界的な構造調整協調が求められる時点に来ているといえよう。
ただし,産業構造の比較優位が貿易財である製造業から非貿易財であるサービス業に移行しつつあるアメリカとの水平分業も進展が可能かという問題については,なお残る問題といえるが,大幅な貿易収支の赤字を抱え,保護主義の動きもあるアメリカが今後もこの地域で需要アブソーバーとしての役割を果たすことが期待しにくいのは事実であり,この役割をある程度担うという点からも日本が積極的に製品輸入を増加させることが必要である。