昭和62年

年次世界経済白書

政策協調と活力ある国際分業を目指して

経済企画庁


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第3章 変化する国際分業体制-米・日・NICs・アセアンの重層構造-

第4節 域内相互依存関係の強いECとの比較

EC(欧州共同体)では,環太平洋地域のダイナミックな動きとは対照的に,貿易の伸びが鈍化しており,経済の発展も滞りがちといえよう。この背景には,もともと似かよった発展段階,産業構造を持つ国々が相互の水平分業(製品差別化分業)をEC統合によって更に活性化することに一旦は成功したが,その後,内外の競争による刺激がうすれたこともあり,世界の工業品貿易において地盤沈下をみたことがある。当初,域内の貿易が活発化したのは関税同盟としてのECの域内関税撤廃のためであるが,これがもたらした競争も製品差別化が一層進み,いうなれば市場での「棲み分け」ができ上がるにつれて,弱まっていったと思われる。さらに,域外に対しては依然として障壁が存在し,分野によっては貿易障壁を高める動きもあったため,域外からの競争,とりわけ,プロダクト・サイクル論でいうところの後発国の「追い上げ」からの刺激が乏しく,産業構造も固定化し,技術革新が目覚ましい分野への進出も遅れることとなったものと思われる。本節では,こうしたEC経済の特徴をみることによって,環太平洋地域との比較の対象としたい。

1. ECの域内貿易依存体質と世界市場での地盤沈下

(ECの貿易の世界貿易に占める地位)

ECの世界貿易(輸出)に占めるシェアをみると,1958年の発足当初(6か国)は23%に過ぎなかったが,86年現在では,加盟国が12か国に拡大していることもあって,40%に達している(現在の12か国のベースで1958年当時のシェアを計算すると27%となる)。このように,ECの存在は世界貿易の中で大きな比重を占めているが,EC貿易の内容をみると,その過半は域内貿易によって占められている。域内貿易のECの輸出全体に占める比率は約55%,輸入の側でのこの比率は約50%となっている(1986年)。

ECの世界貿易に占めるシェアは,上でみたように一応高まりをみせているが,世界貿易の総額は一次産品価格,中でも原油価格の影響をかなり受ける。

そこで以下では工業品の貿易に絞って,ECの地位の変遷をみることにする。

まず,ECの工業品輸出の世界市場に占めるシェアをみると1965年において,52%と全商品の場合よりも更に高い数字となっている(連続した統計がとれないが,この程度のシェアは少なくとも1960年頃から確立していたと思われる)。そして,1970年代にかけて,これに近いシェアが維持されてきたが,70年代末からは,目に見えてこのシェアが低下している(第3-4-1図)。

1970年代の半ばまでECの輸出のシェアが維持されていたのは,次項でみるような域内貿易の伸長によるところが大きい。そこで,この部分を除く意味で,EC工業品の域外輸出の世界工業品輸入(EC工業品域内輸出を除く)に対する比率を求めると,1962年の47.1%から73年35.5%,85年33.9%へと一貫して低下しており,世界貿易に占めるEC工業品輸出の地位が低下していることを示している。

(工業品貿易でみた域内依存体質)

工業品について,EC(12か国)の域内貿易比率の推移をみると(第3-4-2図),1958年のEC発足当初すでに輸出の域内比率は30%程度(うち軽工業品30%,重化学工業品27%),輸入の域内比率は50%程度(うち軽工業品46%,重化学工業品52%)とかなり高水準にあったことがわかる。このようにECは当初から製品貿易を中心とする分業体制にあり,特に輸入については域内依存度が高く,その結びつきは,軽工業品的なものより,むしろ広義の重化学工業品でより強かったのである。

工業品の域内貿易比率は,その後70年代初までは急速に上昇した。これは,域内関税の段階的撤廃(1959年より10回にわたって引き下げ,68年に完了)もあって域内の水平分業が進展したことを反映している。

しかし,工業品の域内貿易比率を輸出でみると1973年の53%を境に横ばい傾向を示すようになり,85年現在51%となっている。このような工業品の域内輸出比率の頭打ちは,統合による域内の活性化効果が一巡してしまったことを示しているともいえる。

また域内輸入比率の方は,1972年の67%をピークに傾向的に低下してきており,85年には62%となっている。域内輸入比率の動きを業種別にみても,70年代後半以降は横ばい,ないし低下傾向を示している(第3-4-3図)。電気機械は65年をピークに傾向的に低下しており,一般機械も80年代に入って低下が著しい。一方,化学や輸送機械ではこの比率は70年代半ば以降についてみればほぼ横ばいとなっている。

(産業内分業‐水平分業‐の強まり)

このようにECでは発足当初から工業品を中心とした貿易が行なわれてきたが,その分業は産業間よりはむしろ産業内で進行しているという特徴がみられる。

産業内分業の代表的なものとして域内機械輸出の国別シェアの動きでみると,(第3-4-4図),一般機械(SITC,71),電気機械(72),光学機械(86)など,輸送機械(73)を除いて,いずれも当初は西ドイツのシェアがとびぬけて高かったが,域内統合の進展とともに,次第に西ドイツのシェアは低下し,代わってその他の国のシェアが高まっている。なお,輸送機械については,70年代央以降西ドイツのシェアが乗用車の輸出の伸びを主因として拡大しているが,これについては以下の特化係数による分析において検討する。

機械について,いくつかの部門別に特化係数を示したものが第3-4-5図である。特化係数はそれぞれの部門の対域内輸出と輸入の差を同じく対域内輸出と輸入の和で割ったものであり,当部門における水平分業が進行していれば,輸出と輸入の差が縮小するため,ゼロに接近することになる。第3-4-5図では,同様に輸送機械を除いて,いずれもほぼゼロに収斂する動きがみられ,水平分業が進行していることを示している。この水平分業は, ECの加盟国が次でみるように,製造業において,もともと似かよった産業構造を持っていたことから,「製品差別化分業」が中心であると考えられる。

なお,乗用車についてみると,西ドイツの特化係数は,70年代央に一時ゼロに接近した後,その後はかなり上昇を示した。しかし,最近ではそうした上昇も止まっており,西ドイツがいくぶん輸出超過,他がいくぶん輸入超過の状態で安定化している。いうなれば,「棲み分け」がやはり成立しているということであろう。

(工業品の貿易構造の変化と先端部門の遅れ)

ECの貿易構造は,加盟国それぞれの資源の賦存状況の差を反映して,輸出入の全体についてみると,農産物輸出の比率が高いフランス,製品輸出の比率が高い西ドイツ,燃料輸出の比率が高いイギリスというように国別にかなり大きな差がみられる。しかし,これを工業製品に限ってみると,国別の格差はあまりなく,いずれもEC発足当時すでに輸出の中心は素材型および組立加工型の重化学工業品であったことを示している(第3-4-6図)。

その後のECの工業品輸出構造の構成比の推移をみると,いずれの主要国についても,変化があまりないことが特徴となっている。すなわち,ECでは,①繊維,衣類といった軽工業部門の比重が維持されており,②化学や鉄鋼など素材型産業の比重も高いままで減少していないこと,③一般機械,電気機械など,技術集約的な産業をかなり含む部門について,その比重が増加していないこと,などの諸点が指摘できる。日本において軽工業部門や素材型産業の比重が急速に低下しており,それに代わってハイテク部門の拡大によって一般機械,電気機械の比重が拡大していることと比べると対称的な動きになっている。

このようにECにおける工業品貿易構造は硬直的といってよいが,これは本節の後段でみるような産業構造の適応の遅れが反映されているとみられる。ことに,産業構造変化の牽引力になるべき半導体やコンピューターのような先端技術産業の展開が日米に比べて遅れがちであったことが問題であったと思われる。

先端技術分野における貿易の動きを,例示的にコンピューター関連事務用機器と技術集約的電気・電子部品の貿易の推移によってみてみると,1975年から80年にかけてはEC諸国の輸出も急増を示していたが,80年代に入ると日本のこの分野の輸出の伸びに圧倒されたことがみてとれる(第3-4-1表)。ごく最近では,この分野に参入するNICsも多いが,その一方で西ヨーロッパでは,政策的な努力はみられ始めているものの,実際に力強い発展がみられるというにはまだ到っていない模様である。

2. 域外貿易障壁の存在

ECは対外共通関税率を徐々に引き下げてきたが,工業品についての現行共通関税率は6.8%と,アメリカ5.6%,日本5.9%よりは若干高くなっている(1984年ガット資料)。一方で,域外に対する非関税障壁が数多く残されており,新たな障壁を導入する動きも一部にみられる。

ECでは関税同盟の成立等を背景に,通商政策はすべてEC委員会が統括しており,加盟国は個別の措置をとることができなくなっている。しかし,従来からの2国間協定は実質的な効力をもって残存しており,新EC共通輸入規則の制定時(1982年)に,その付表に掲載されているそうした加盟国が個々に設けた非関税障壁の事例は,数量規制で147品目(CCTの4桁分類による。部分規制を含む),監視品目も多数にのぼっていた。その後,これらの規制件数は徐々に減少してきたが,86年のスペイン,ポルトガル加盟により増加し,87年1月現在の数量規制品目数は262となっている。

ECは共通輸入規制による新規の対域外非関税措置の事例はないとしているが,実際には,特別な共通輸入規制により繊維についての多国間繊維協定(MFA)が1974年以来,4次にわたって実施されている。

対日を含む差別的な対域外非関税障壁としては,第3-4-2表にみられるような各種の措置がとられている。特に,数量規制は工業品について100件(84年は46件)が実施されており,このほか規格・認証制度,通関手続き,政府調達などの制度的慣行,部品現地調達規制や監視制度などが実施されている。

このように,域内企業はそれぞれの製品について域内市場を比較的確保しやすい環境にあり,これがEC企業の産業内分業ないしは製品差別化分業を制度面で下支えしている面もあろう。

3. 産業構造の固定化と競争力の低下

(産業構造の固定化)

域内における工業品貿易構造の固定化は,加盟国の製造業の域内輸出依存度が高いこともあって,製造業の構造変化に直接的な影響を与えているとみられる。たとえば,製造業の業種別付加価値生産の動きをみると,各国とも重化学工業品のシェアが当初より高く,7~8割に達しており,そのシェアはあまり大きな変化を示していないというように,工業品輸出構造とほぼ同様のパターンとなっている。

ECの製造業の構造が加盟国間で同質的であり,それが固定化してきたことをみてきたが,その構造変化の固定化の度合いはどの程度がを,主要国について比較してみよう。第3-4-3表は,主要国の製造業生産構造の変化係数であり,業種別付加価値シェアの変化幅(絶対値)を累計したもので,係数が大きいほど構造の変化が大きいことを示している。EC主要国では,国別にばらつきがあるものの,変化係数がほぼどの期間についてもアメリカ,日本を下回っており,製造業の生産構造が相対的に固定化していることがわかる。なお,80年代に入ってからの構造変化を70年代後半と比較すると,ECの変化係数は0.6~0.7%ポイント低下しているのに対して,日本は0.3%ポイントの低下にとどまっており,アメリカでは逆にプラス0.6%ポイント大きくなっていることが注目される。

これを雇用者数についてみると,80年代の構造変化は,西ドイツを除いて,いずれも70年代後半を上回っているが,EC主要国の変化係数はアメリカ,日本よりも小さく,雇用面での調整が相対的に遅れていることを示している。

(EC製造業の生産性上昇の鈍化)

こうしたECにおける工業品輸出構造の固定化,製造業生産・雇用構造の固定化は,EC製造業のパフォーマンスを悪化させ,対域外競争力を低下させる大きな要因となっているとみられる。

主要国の製造業について,1960~86年における生産性(時間当たり)の動きをみると(第3-4-4表),ECでは,当初はかなり高い伸びを示していたが,ほぼ横ばいのイギリスを除いて,上昇率は鈍化傾向にあり,80年代には年率3~4%に低下している。これに対して,アメリカ,日本では,70年代に鈍化がみられたものの,80年代には,それぞれ3.1%,5.6%(73~79年はそれぞれ1.4%,5.5%)に持ち直している。

こうした生産性上昇率の鈍化が,競争力に直接結びつくわけではなく,間には賃金上昇率や為替レートなどの要因が介在しているが,生産性の上昇に象徴される技術進歩や労働面での柔軟性は,ハイテク製品の非価格競争力にも関係する。また,貿易による国際競争にさらされることが,生産性の低い部門の縮小をうながし,生産性を高めることから,この節でみたEC経済の問題点が,こうした生産性の動きに影響を与えているということにも注目する必要がある。

4大国の中では,西ドイツのパフォーマンスが最も良好であるが,西ドイツ工業品の域外貿易特化係数をみると,西ドイツの競争力も対域外については次第に低下傾向を示していることがわかる(第3-4-7図)。

結局これまでみてきたように,製品差別による産業内分業を軸としたECの貿易構造は,結果的にはEC製造業の競争に対する取り組みを弱める方向に作用してきたとみられ,その下に近年のEC経済の活力,パフォーマンスといったものは他の先進国に比べて低いものにとどまっている。実際,80~86年でみたECの成長率は年率1.5%と,アメリカ(同2.5%)や日本(同3.6%)に比べて低くなっている。したがって,EC経済が再び活力を取り戻すための道の一つとしては,こうした域内における「棲み分け」的な分業に閉じこもることをやめ,あくまでも企業の競争力を強化する方向で対応を進めて行くことが必要であろう。

今後,環太平洋地域,特に「太平洋トライアングル地域」はダイナミックな発展を継続させると思われる。しかし,その過程で発生する摩擦を恐れるあまり,各国が産業構造を固定化させ,非競争的な「棲み分け」をすることにより水平分業を達成することは,EC経済の状況にみるように必ずしも望ましいことではなく,あくまで経済の持つ競争体質,効率性,活力を生かし,拡大的な分業,産業調整を進めながら共存共栄を図るべきであろう。